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 宇宙の塵芥の戯言             2012年4月21日

久しぶりのお休み・・・しんどかったあ~だが、朝から、裏の木戸がこわれたので、新しい戸を入れ替えてもらうのに、立ち会う・・・・しんどかったあ~

朝刊を読むのもそこそこに、私は、うつらうつらとしていると、携帯電話が鳴った。職場の先生からだ。シフトの件で、お電話をもらう。私は、頭がぼーっとしていて(いつもそうやけど・・・)とにかく、手帳を見ながら、シフトを決めさせてもらった。もう、7月のことなので、予定がわからないので、ほとんど、お任せした。電話を切ると、また、うつらうつらしていたようだ。この辺りの記憶は、定かでないことが、証明している。

しないといけないことは、山ほどあるけれど、とにかく、うつらうつら・・・していたようだ。やっぱり、年度はじめは、何かと、疲れますです。ハイ・・・

家に居てても、心は、これからの、紙芝居の活動のことやら、仕事のことやら、寺子屋のことやら、家族のことやなんやかんやで、もう、頭の中の脳みそが、エンストしたみたいになるので、考えることをやめてみようと試みた。

演出家の、宮本亜門さんが、テレビでお話されていたが、スランプから脱却するためには、大自然の中に自分の身を置いたり、自分を客観視することで、違う視点で物事が見えるようになるそうだ。

また、自分と云う存在は、これは、私も、全くおんなじ考え方をしようとしていることだが、私という人間は、大宇宙の銀河系星雲の中の太陽系の地球と云う星の日本と云う小さな国の中の大阪と云う都市の、とある町のマッチ箱みたいな家に居る存在である・・・というように、自分を俯瞰視することによって、自分の悩んでいることや、捉われていることが、本当に小さいことに思えて来るから不思議だ。

宮本亜門さんと、同じ考えなどということは、おこがましいかもしれないが、自分の生かされてる時とは、宇宙時間の、ほんの数秒に過ぎないかもしれないが、だからこそ、一日、一日を大切に、しかも、時には、非日常の時間を持ち、自分自身と向き合う時間が必要なのだと、うちは想うのだ。

うちらは、宇宙の中の塵芥に過ぎんけれども、それと同時に、一人ひとりの命は、かけがえのない存在であることは、確かであるのだから・・・

                    byみかん

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