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紙芝居「嘉代子ざくら」           2011年11月10日

本日、森之宮に在る「ピースおおさか」で、「嘉代子ざくら」の紙芝居を実演させて戴いた。「嘉代子ざくら」の紙芝居は、長崎に原爆が落とされた時、亡くなられた、当時、高等女学校4年生だった、林嘉代子さんのお母さんが、原爆が落とされる日に、嫌がる嘉代子さんを、無理やり兵器工場となっていた、爆心地近くの浦上に在る、城山小学校へ行かせたことを、胸が張裂ける程、後悔して、小学校の瓦礫の中から見つけ出した嘉代子さんの遺体を、校庭でお父さんと一緒に、泣きながら焼いた。

そして、戦後暫く経ってから、お母さんは、学校の校庭に、花の大好きだった嘉代子さんや、原爆で犠牲になった、たくさんの女学生達を悼む為に、桜の木を植えさせてもらった。原爆が落ちた後は、80年間は草木も生えないと言われていたが、嘉代子桜は、それから、40年後経った入学式には、見事な桜の花が咲き乱れ、お母さんの手に引かれて、子供達が、幸せそうに歩いていた。

私が、何故、この「嘉代子ざくら」の紙芝居を、演じさせていただきたかったかというと、それは、もちろん、戦争や原爆の悲惨さを、紙芝居を通して、お伝えしたかったこともあります。

しかし、一番自分が、お伝えしたかったのは、お母さんの嘉代子さんのことを思う、深い愛情です。必死で、廃墟となった長崎の町を歩き回り、やっと嘉代子さんの亡き骸を見つけ、そして、80年間は、草木も生えないと思われていた、嘉代子さんが亡くなられた小学校の校庭に、嘉代子さんを偲んで、いや、嘉代子さんの生まれ変わりのように想って、桜の苗木を植え、大切に慈しんでこられた桜が、見事に咲き誇ったことが、この現代社会で、放射能の恐怖と闘っておられる、被災者の方々や、そして、この時代を生きていく全ての方々への、希望の灯りになれたらと云う祈りの気持ちだったのではないかと想うのです。

私にも、二人の娘がいるが、やはり、娘達が、もし、そのような境遇に遭ったら、自分も多分、嘉代子さんのお母さんのような、心情になるであろう。母親とは、こんなにも深く、我が子のことを大切に想っているのである。

私の祖母が、生前言っていた言葉が、私の頭を時々、過ぎることがある。祖母は、父を含めて、9人の子どもを授かったが、幼い時に3人の我が子を亡くしていた。その祖母が、父に仏壇を買いたいと、願い出た時に「わいは、のうなった子どもらのことが、忘れられへんのや。その子らを弔いたいんや。」そう言って、祖母は、仏壇を購入して、今も我が家に、納められている。

何時の時代でも、我が子を思う母の気持ちは、普遍である。いや、そう、あって欲しい。そんな気持ちを込めながら、紙芝居「嘉代子さくら」を演じさせて戴いた。多くの子供さん達や生徒さん達、一般の方々に、観て戴けて、本当に良かったと思う、みかんであった。

                   byみかん

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