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2011年11月

みかんの日本語論考 ?           2011年11月29日

最近、厭な事件?や不祥事が続いている。今日も沖縄のおえらいお役人様が、とんでもない失言?をされて、役職を更迭されたそうだ。詳しいことは、新聞や、ニュースで御覧ください。わたしゃ、自分から申すのも憚りますです。ハイ。

うちは、言葉を扱う、紙芝居と云う活動をさせて戴いているから、「言霊」(ことだま)と云うことを、とても大切に想う。特に、最近、日本語が乱れて来たというよりも、(確かに、言葉は時代と共に、変わっていく性質があるようだが)言葉そのものに、なっていないものが、多々ある。

しかも、メールとかで、言葉が記号化されて、原始人ではないが、言語化せずに、叫びや、雄たけびみたいな部類も見られる。美しい母国語を、次の世代に引き継いで行く為には、一体どうしたら良いのだろう?

そら、うちかて、何時も、お上品な言葉で、話しているわけではない。(一般庶民やさかい)だけど、仮にも、一国の大事な役目を担うお役人が、女性を蔑視するのを遥かに超えて、女性を冒涜する表現を使って、沖縄の人々の気持ちを逆撫でするような、発言をされて、更迭されるとは、あまりにも、変だ。

よく、言葉一つで、人を殺せるということを言われるが、全く、言葉と云うものは、本当に恐ろしいものだ。その言葉を遣って、私達人間は、自分の意思を伝達しているのだから、よくよく、考えて発言しないといけないと思うのだ。

そんな、自分自身、常に、人様を傷つけた表現をしていないか、自戒しながら、これからも、紙芝居と云う、日本で生まれた文化と真摯に向き合い、普及していくことが肝要かと、自分に、言い聞かせるみかんであった。でも、なんか、こんなこというたらなんやけど、文章が、堅なるなあ~ 

時には、ざっくばらんと、ユーモアも大切やけど、その折り合いをつけるのが難しいのが、日本人の特性なのかもしれんなあ・・・日本語を話すって、難しくて、大変ですね!

                     byみかん

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三人の友                   2011年11月27日

孔子の論語に「直きを友とし 諒(まこと)を友とし 多聞を友とす」という言葉がある。

その意味は、「交際して益を得る友に三種ある。直言・誠実・博学の友をいう。益者三友である。因みに、損を受ける三種の友は、損者三友といい、不正直・令色・巧言である。」(論語のこよみ 会津藩校日新館 より)

私も、そんな友を求めながら、これからも、生きて行きたい。器用に生きれなく、失敗だらけで、頭を打ちまくり、突っ走る傾向が大な気性で、愚直な人間の戯言と、お聞き捨てください。

今日の全興寺さんの紙芝居が、終わった後、隣のお茶屋さんで、紙芝居を一緒に演じられた、おばちるさんと、お話をさせて戴き、自分自身を姿見で、見てもらわせたような気持ちになれました。

やっぱ、人間、ちっちゃくまとまると、あきまへんね。私は、大きな円の弧になりたいと想うのですが、なかなか、まだまだ、これからです。はい・・・・

                  byみかん

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どうなる?大阪!              2011年11月26日

いよいよ、明日、大阪市長と、大阪府知事の選挙の投票日だ。もう、明日の今頃は、選挙の結果が出ていて、新しい、大阪市長と、大阪府知事が、誕生しているのだろう。

なんか、人事みたいで、すんません。て、言うか、今度の選挙戦ほど、白熱したものはないのですが、うちら市民にまで、立候補の方々の声が届かない選挙も珍しい。

選挙のポスターは、貼ってあるけんど、街頭演説は、大阪の街のど真ん中ばっかりなのか、それとも、うちが鈍感なのか、立候補の方の演説会も、身近な処で開催された形跡もない。

新聞読んでも、も一つ、具体的なマニフェストて、言うのですか、そういうのが、伝わってこない。何故でしょうか?

それは、何故かと尋ねたら、あまりにも、平松さんと、橋下さんの選挙戦ばかり、クローズアップされ過ぎて、この選挙全体の姿が見えて来ないと、うちは、思うのです。

ただ、これだけは、思うのですが、うちは、何も、大阪を、世界に通じる街にしたいとか、大きくなりたいとか、そんな、贅沢なことは、考えていません。ただ、当たり前の日常の生活を暮らすことが出来、大阪の街の人が、みんな活き活きとした、活気溢れる、元気な街で、あって欲しいと想います。

そして、何よりも、大阪の未来を担う子供達が、自分で考え、自分で行動し、自分で判断して、より良い「人の街大阪」になって欲しいと願うのです。

正直言って、子供達は、今、不安な気持ちと諦めの境地で、いっぱいみたいな気持ちがします。これは、本当に悲しいことです。どうか、大人は元より、子供達が不安や絶望などなく、豊かな、笑顔溢れる、「明るい大阪」を、市民や府民の方々に寄り添いながら、行動出来るリーダーを、みんなで、選ぼうでは、ありませんか?

私は、もう一度、投票に行く前に、自宅のポストに入っていた、立候補者の紹介された新聞を読んでみようと、想います。自分に与えられた、大切な一票ですから・・・

                      byみかん

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勤労感謝の日と云う休日          2011年11月23日        

今日が、何の祝日か判らないほど、失業者や、ニート、派遣切り、リストラで、満ち満ちた格差社会で、複雑な気持ちが交錯しながら、午前中は、中学校の学習ボランティアに、午後からは、地域のスポーツフェスティバルで、紙芝居を実演させて戴いた。

自分の好きなことをさせてもらえる自由が在る幸せを、かみしめるなどと云うほど、センチメンタルな気持ちになれない。気持ちだけは、若いが、身体はだいぶガタついて来たのか、スポーツフェスティバルで、風船バレー(踊るのとちゃうよ)をしただけで、息が、ハーハーあがる。

それでも、なんとか、イベントの最後に、紙芝居を実演させて戴いて、皆様に喜んで戴けたかどうかは、定かではないが、小雨の降る中を、ママチャリで、自転車こぎこぎ、家路に着いた。あっ、帰りにスーパー寄って、お米を買った。重かった。(誰が?)

働くというのは、はた(傍)を楽にするから、はたらくと云うと、どこかで聞いたことがあるが、果たして、自分は、人様を楽にしているのか、しんどくしているのか判らないが、少なくとも、自己満足という言葉とは、おさらばしたいと想いながら、紙芝居の活動を続けさせてもらっているつもりだ。

夜、テレビのニュースを観ていたら、いきなり、立川談志さんの訃報が、入って来た。ショックだった。談志さんの、あの鉢巻を巻いて、勢いよくまくし立てる話し方が、好きだった。大阪弁では語れない、歯に衣を着せぬ口調は、あの方を置いて他には、見つからない。

喉頭がんを再発されて、落語家の誇りを捨てず、最期まで声帯を残されて、逝ってしまわれた。生きていくということは、かくも過酷なことなのか?人間社会に生まれ落ち、死ぬまで、働くことが、一番幸せなことなのかもしいれないと、悟った。

今日は、勤労感謝の日であったことを、談志さんの死を悼むことで、やっと思い出した、相変わらず、鈍感で無骨者のみかんであった。談志師匠、どうか、安らかに眠ってください。合掌

           byみかん

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過去は変えられる!           2011年11月22日

本当に久しぶりに、神戸オリエンタル劇場まで行って、劇団キャラメルボックスのお芝居を見てきた。タイトルは「流星ワゴン」だ。内容は、勤めていた会社にリストラされて、妻と離婚し、一人息子は中学受験に失敗して荒んでしまう、三十八歳の男性の物語だ。

故郷の余命僅かな、癌に冒された父親を見舞いに行った帰り、東京のベッドタウンの駅前で、「死んでもいいかなあ」などと云う言葉が、頭の中を過ぎった時、不思議な車にでくわした。その車には、五年前に事故で亡くなった、父親と小学2年生の男の子が乗っていた。

その三人の不思議な出逢いで、男は、自分の過去を必死で変えようと努力する。「過去は変えられる!」という夢と希望を抱き、何故か、彼と同じ年齢の父親と出逢い、意気投合して、楽しい夢(本当に夢なのか)のような時間を過ごす。

だが、相変わらず、妻との仲は、上手くいかず、息子も学校でいじめられて、心が傷ついていた。それでも、男性は、過去を変えようと、必死で努力する。だが、挫折する毎に、何故か、あの車に乗っているのだ・・・

私はこのお芝居を観て思ったことは、「過去は変えられる」と、以前、或る知人から教えてもらったこを、思い起こした。「過去は、今と云うこの瞬間、瞬間を精一杯、輝かせて生きていくことで、変わる事が出来るのだ!」

このお芝居の男も、結局最後は、父親が亡くなり、妻と息子とも別れることになるが、生きていこう!という気持ちが甦って来る。これは、まさしく、辛い過去の体験を乗り越えて、「今」を生きていくことを決意した証しなのだ。

つまり、未来とは、過去と現代との接点を自分自身で織り交ぜて、精一杯輝かすことで、夢と希望の在る明日へと繋がっていくのであろう。

お芝居が終わり、満員の劇場の観客の拍手がなりやまなかった。主演した安部丈二さんは、ずっと、二時間舞台にでずっぱりであった。本当に、凄いエネルギーとパワーを戴いた。また、他の出演者の方の演技も、みんな、素晴らしかった。

客席からは、すすり泣く声や音が聞こえて来た程だ、私も、今年の一月に亡くなった父のことを思い浮かべ、目頭が熱くなった。本当のお芝居とは、涙と笑いの渦の中で、キャストが、活き活きと踊るように演じられるものであると、実感したみかんであった。

お芝居が終わってから、私は、ロビーで、作品の原作の文庫本(重松清作 講談社文庫)を購入した。こんなことは、初めてだ。やはり、この作品の持つ感動が、私にそうさせたのだろうか?

最後に、主演された、安部丈二さんに握手をしてもらい、その柔らかで温かい手の温もりを、いつまでも忘れないでおこうと、少し寒くなった三宮の駅で、大阪行きの電車を待つ私は、心も身体もとても、不思議な温かさに包まれていた。過去は変えられるんや!今、ここにこうして、精一杯、命を輝かして、生きていこう!見ててねっ、お父ちゃん・・・

                   byみかん

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どしゃぶりの雨にも負けず・・・        2011年11月21日

先週の19日の土曜日、長居植物園で、紙芝居をすることになっていた。だが、生憎、朝からどしゃぶりの雨・・・「もう、こんな凄い雨降ってたら、絶対に中止やわ」と自分で、勝手に思い込み、一緒に行くはずの人達に、中止の連絡を入れた。

ところが、ところがです。な、なんと、このイベントの橋渡し役をされている、「アクションプラン東住吉」の会長さんから、お電話を戴き、「屋内で、お昼から、紙芝居をやってもらえませんか?」とのこと。「え~っ、ショック!」私は耳を疑った。「だって、だって、外は、こんな、えげつない雨が降っているのに、果たして、お客さんが、観に来られるのでしょうか?」

とにかく、車でお迎えに来てくださるとのこと。私は、慌てて、従兄弟に電話して、マジックを一緒にして欲しいと願い出た。従兄弟には、申し訳ないが、他の方々には、こんなどしゃぶりの雨ン中を来てもらうのは、忍びない。(健志君ゴメンね!)

正直、もう、お休みモードの私は、まだ、布団の中で、パジャマでお邪魔姿であったが、すわっ!一大事と、飛び起きて、支度をし始めた。紙芝居だって、まだ、どれをやるか決めていなかったから、もう、手当たりしだいに、引っ張り出して来て、あれでもない。っこれでもないと、選びたおした。

結局、「ごきげんのわるいコックさん」と「へっこきよめ」と「まんまるまんまたんたかたん」の三つにしぼった。他にも3作品ほど持って行き、お迎えの車に乗って、長居植物園へ。途中、近鉄、今川駅で、従兄弟と、彼の同僚の友人の方を乗せてもらい、私達は、長居植物園に着いた。

もう、雨は、最大ピークに降りまくり、ほんまに、お客さんはおられるのかと、不安ではあったが、長居植物園のフラワーセンターの中には、家族連れのお子さんを連れた、方々が、大勢きておられた。

センターの中の「ひふみホール」と云う処で、午後2時から紙芝居の実演と、従兄弟のマジックショーをさせて戴いた。観客の子供達や、大人の方々も、みんな、いい雰囲気で、楽しんで戴けたような気がする。

実演が終わってから、従兄弟の健志君と、感想を意見交換仕合ったが、彼もお客さんの反応の手応えを実感できたとのこと。とにかく、よかった、よかった・・・

帰りも、また、車で自宅の玄関まで送って戴き、私は、ほっとして、その後、家に入り、もう、完璧に眠りこけてしまった。緊張と疲れが、たまっていたのであろう・・・

外は、もう、雨もあがっているようであった。今回のことで、私は、こんな雨が降っていても、紙芝居をさせて戴けることは、本当に有り難いことであると、心から感謝した。しんどかったけれど、観客の方にも楽しんで戴き、自分自身も楽しく演じさせて戴けた。

また、従兄弟のマジックも見せてもらい、野外でさせて戴くのとは、また違った趣で、彼も、実に満ちたりた気持ちで、手品を披露出来たようで、何よりである。

うちは、紙芝居を、これからも、ずっと、地道に、活動を続けさせて戴くことで、みんなが、笑顔で、明るい気持ちになれたら、こんな、嬉しいことはない。雨の日だからこそ、やらせていただいて、悪天候の中を来て良かったと、思って戴けたら、本望である。

最後になりましたが、どしゃぶりの雨の中を、迎えに来てくださった、多田係長さん、金田さん、ありがとうございます。長居植物園の職員の皆様、お世話になり、ありがとうございます。橋渡ししてくださって、アクションプランの松多会長さん、ハラハラして、何度もお電話して、気に懸けてくださって、ありがとうございます。

                 byみかん

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徒然(つれづれ)蜜柑             2011年11月18日

すんません。なんか、パソコンの調子が悪いみたいで、なかなか入力できませんでした。せやけど、まあ、このパソコンも、ようがんばってくれてますなあ。うちみたいな、メカに弱い人間に、キーボードを、バンバン叩かれて、誤字脱字は、日常茶飯事。何時も、おんなじような、しょうもないつぶやきを、打ち込んでいる。

そんな、パソコンですが、ほんまに、有り難いと思ってます。パソコンを串、ちゃうわ!駆使される方から見たら、ほんまに、つまらんブログですが、なんだ、かんだと言うても、もう、かれこれ、このブログを始めさせて戴いて、5年になるのでしょうか?

自分でも、ほんまにこんなに続けられるなんて、驚いています。これもそれもあれも、み~んな、何時も、このブログを、見て下さる方が、おられるという、心の支えのお陰です。ほんまに、ありがとうございます。

正直言って、このパソコンの前に座って、何時も、今日は何を書こうかと、考えるのです。そして、とりあえず、タイトルを記入して、そんで、だらだらと、思うに任せて書き込むという、全くもって、見てくださる方には、申し訳ないくらい、つまらん文章の羅列なのです。

でも、一応、見直しをしたり、校正をしたりしていると、あっと云う間に一時間くらいは、過ぎてしまうのです。やはり、自分の書いた言葉には、責任があると思うのです。今の時代は、言葉というものが、尚更、大切なのやと想います。

とりとめもないことを、並べたてましたが、明日、というか、今日は、長居植物園で紙芝居を演じさせて戴く予定になってるのですが、生憎の雨天のようで、多分、恐らく、絶対、中止!なのでしょうか?

紙芝居は、紙で、出来ているから(当たり前やけど・・・)、雨が降ると、野外で演じることは、出来ませんね。辛いところではありますが、とにかく、明日(今日のお天気)が、気になるので、もう、休みます。

「徒然なるままに、昼寝して暮らし 鏡にむかひて、心に溜まる他愛なきことを、こそこそと書き込みすれば・・・」な~んてつまらん文章を考えてる、健康奉師?青空みかんでした!ちゃんちゃん~

                  byみかん

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大阪の人は財産、自分に投資       2011年11月16日

皆さん、大阪のいい所て、なんだか知っておられますか?えっ?たこやきが美味しいて?それもありまっけど、「人」なんだそうです。大阪の名物は、素晴らしい人が、いっぱいいてるということです。

そういうたら、大阪のおばちゃんは逞しくって、おれおれ詐欺にだまされへん。大阪の人は、道をたずねたら、とっても親切に教えてくれる。大阪の人間が、二人居たら、漫才になる。大阪の商売人さんは、「べんきょうしまっさ!」と言って、値段を安くしてくれはる。

大阪の人は、みんな、元気で明るくて、前向きな人が多い。なんて、あんまり、大阪の人ばっかり誉めると、他の府県の方にひんしゅくをかいますが、とにかく、大阪の人は、めっちゃ、ノリがあって、サービス精神にも満ちているのであります。

元来、人を喜ばせることが好きなんでしょうね。もともとは、大阪は、商人の街やさかい、人様に悪い印象を与えたら、商売が成り立ちません。愛想ようしてな、お客さんに逃げられる。柔らかい言葉で、しゃれの一つでも言うて、お客さんとコミュニケーションを図ることが、生活かかっているから、生きていく手立てとして、身に備わっているのかもしれましせんね。

とにかく、大阪の人は、何時もいうているけど、ケチなのではなく、考え方が合理的やから、自分の為に価値が在ると思ったら、お金を出すのです。見得でお金を遣うのではなく、自分に投資することが出来るのやと思います。

うちも、大阪生まれの大阪育ちの人間ですが、やっぱり、ブランドのカバンよりも、一つでも多く、良い紙芝居を買いたいと想うのです。そして、何よりも人と人との繋がりを大切にして、一人でも多くの方と、良い出逢いとご縁を賜れることが出来れば、こんな嬉しいことは、ありません。

うちって、結構、さびしがりなんです。ロンリーハートのみかんになりたくない。素敵な出逢いをいっぱいして、豊かな人生を、送りたいですよね。誰でも!

                    byみかん

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人生は薄氷の上を歩くが如く         2011年11月14日

人生なんて、次の瞬間どうなるか、判らない。だから、おもしろい?だから、楽しい?だから、愉快だ。な~んて、呑気なことをつぶやいている、アホな人間が、約一名、ここにおります。

粗大ゴミの処分で、急に母ちゃんが、烈火の如くお怒りになられた。うちが、紙芝居の本の一節を読んで、熱く語っている時に、なんで、ゴミの話になったのかは、わからんけど、「あんた、なんで、私が市役所に行くて、言うてんのに、何しに行くのかて、尋ねんと、朝、さっさと、出かけていったやろ!」

皆様、これが、理不尽でなくて、なんでありましょうか?市役所に行く理由を聴かんから、あんたが、全て悪い。あの~、粗大ゴミを出したのは、私ではありませんのですが・・・それのどこがいけなかったのでしょうか?私には、判りまへん!

もう、こうなったら、何を言うても無駄なので、ただ、ひたすら、母の怒りが収まるのをやり過すのみ。一通り、気が済んだ処で、問題を解決するべく、うちは、電話を一本かけることしか、思いつかんかった。

知り合いのMさんに、SOSコール。「たすけて~」Sさんが、明日の夜、知り合いの業者の方に連絡して、うちに電話してくれはることになり、明後日にゴミを取りに来て下さるてはずで、一件落着。(もう、なんでこんな、ゴミのことで、もめなあかんの~娘が出したんやで。)

その後、久しぶりにMさんと電話で、近況報告会をして、お互いの活動にエールを贈った。彼は、心身にハンディーのある方の自立支援に、心血を注いでおられるのだ。(うちは、母ちゃんの怒りに神経を削がれそうになったけれど・・・)

とにかく、電話を切った母ちゃんは、嘘のようにおだやかに、ご機嫌麗しくなっておられたので、ほっとした。ほんでまた、ながながと、、なんかはなしをしかけたので、疲れきっていたうちは、「もう、寝るわ。」と申し上げて、そそくさと、二階に上がった。(あ~しんど。)

まったく、電話一本で、解決出来ることなのに、なんで、こんなにうちは、責められたんやろ?(うちって、いじられキャラ?)訳わかれへん。

ほんまに、生きていくということは、薄氷の上を踏んでいくように、おぼつかないものやなあ。「そう言うたら、今日の夕方、真っ赤な夕日が出ているのを観て、子供達が、感動するのではなく、地震が来る前ぶれや!なんて、不安がってたなあ。」こんな不確かな時代やからこそ、もっと、自分の軸足をしっかりと、ぶれんように踏みしめてなあかんのかなあ・・・(いや、重みで氷割れるヤン!)そんな、アホナ・・・

                    byみかん

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地道にコツコツと・・・            2011年11月13日

ただひたすらに、地道にコツコツとやり続けよう。そして、信じよう!明日はやって来ることを。なんて、かっこええこと言うてるけど、ほんまは、へたれのくせして、負けん気だけは強いという、やっかいな人間なのだ。

それは、誰かと尋ねたら、「あ~、みかん、みかん」お粗末様でした。て、言うか、今日のうちは、変!(いつものことやけれど・・・)今は、紙芝居の本髄とは、なんぞや?なんて、小難しいことは、考えられる頭は、ないのですが、ほんまもんの紙芝居とは、なんぞや?問が、絶えず、うちの頭の中をくるくると空回りしているのです。

その答えを出す為には、やはり、一回でも多く、一つでも余計に、人様の前で紙芝居を演じることに、尽きると思うのです。

ですから、地道にコツコツと・・・と、言うフレーズが、うちの心に、最近入ってきたのでごわす。(鹿児島弁か?)あまた在る紙芝居の作品を、一つずつ演じていくということは、大変な作業ですさかい、それに、紙芝居にも、TPP、ちゃうわ!TPOが、あるので、それは、それは、地道な作業です。

でも、うちは、決めました。やるっきやないと・・・新しく出版される紙芝居も、増えてきたし、昔の紙芝居も、リサーチしながら、ずっと、死ぬまで紙芝居と、お付き合いさせてもらいます。そしたら、どないなるかは定かでは、ございませんが、形になるものが、出来るかもしれんと。次の時代に、残していく文化として、確立出来るかもしれん。(だいそれたことやけんど)

そして、いつもどおりの、自分らしい紙芝居が、どんな時でも演じることが出来るようになる為には、練習することしか道は無いのだと、どんなことにでも、通じることやと思うのです。

今日、高橋大輔の、フィギアスケートを見て、リンクの上で、四回転ジャンプに失敗して、ひっくり返っても、すぐに立ちあがり、何事もなかったように、演技を続けることが出来るのも、普段の練習の甲斐在って、自分自身の力を信じ続けることが出来るからやと、実感したみかんで、ありました。(うちは、ギャグがすべるけど・・・)

                 byみかん

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法楽寺さんのくすのき文庫       2011年11月12日

夕方、近所の法楽寺さんの境内に在る「くすのき文庫」お邪魔した。長い間、お借りしていた本と紙芝居を返却して、それでも、やっぱり、紙芝居を選んで、三作程の紙芝居を、新たにお借りした。(もう、今年中にほんまに返せるんか~?)

こちらの文庫をずっとお守りしておられるMさんと、久しぶりのご対面。積もるはなしは山々あれど、やっぱり、最後には、うちの紙芝居談義を聴いてくださる、ほんまに有り難いお方だ。いっちょまえに、自分の紙芝居に対する熱い想いを、真摯に聴いてくださり、共感してくださる。

お寺は、5時に山門を出ないといけないので、結局、日が暮れる真っ暗な道端で、話し込んでしまった。(すんません。うちの家にお招きもせんで、失礼しました・・・)仕事の都合と、自分の体調のこともあって、紙芝居文化会の総会には、出席出来なかったが、自分の足下をしっかりと踏みしめながら、紙芝居の修行をしていきたいと想っている。

今の世の中、右も左も、真っ暗闇じゃあござんせんか?せめて、紙芝居の灯りの一つでも、灯していき、少しでも、この世の中が明るくなってくれれりゃあ、あっしは~うれしゅうござんす。(何、芝居がかってんねん!)

先日のトルコの地震で、救出された、日本人の女性の方が、おっしゃってた言葉が、心に残っている。「瓦礫の下敷きになって、真っ暗な闇の中で、身動き出来なかったが、そばに在ったパソコンの電源が入っていて、その灯りをずっと見つめていることで、自分は生きる希望が持てた。」と云うようなことを、おっしゃっていた。

人間て、ほんまに灯りがないと、生きていけないんやなあ。真っ暗な闇やと、きっと、絶望と孤独で、死んでしまうんや。うちも、微力やけど、少しでも世の中の希望の灯になれたら、蛍のお尻みたいでもええから、飛んでいけたらええなあ・・・なんて、アホなことばっかり考えている、みかんであった。

紙芝居のお陰で、自分の方が、たくさんの方々との出逢いや、希望を与えてもらっているのに、生意気なことばかり、考えている自分と、しっかり見つめ会うのでありました。「人生て、不思議なものですね~」

                 byみかん

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紙芝居「嘉代子ざくら」           2011年11月10日

本日、森之宮に在る「ピースおおさか」で、「嘉代子ざくら」の紙芝居を実演させて戴いた。「嘉代子ざくら」の紙芝居は、長崎に原爆が落とされた時、亡くなられた、当時、高等女学校4年生だった、林嘉代子さんのお母さんが、原爆が落とされる日に、嫌がる嘉代子さんを、無理やり兵器工場となっていた、爆心地近くの浦上に在る、城山小学校へ行かせたことを、胸が張裂ける程、後悔して、小学校の瓦礫の中から見つけ出した嘉代子さんの遺体を、校庭でお父さんと一緒に、泣きながら焼いた。

そして、戦後暫く経ってから、お母さんは、学校の校庭に、花の大好きだった嘉代子さんや、原爆で犠牲になった、たくさんの女学生達を悼む為に、桜の木を植えさせてもらった。原爆が落ちた後は、80年間は草木も生えないと言われていたが、嘉代子桜は、それから、40年後経った入学式には、見事な桜の花が咲き乱れ、お母さんの手に引かれて、子供達が、幸せそうに歩いていた。

私が、何故、この「嘉代子ざくら」の紙芝居を、演じさせていただきたかったかというと、それは、もちろん、戦争や原爆の悲惨さを、紙芝居を通して、お伝えしたかったこともあります。

しかし、一番自分が、お伝えしたかったのは、お母さんの嘉代子さんのことを思う、深い愛情です。必死で、廃墟となった長崎の町を歩き回り、やっと嘉代子さんの亡き骸を見つけ、そして、80年間は、草木も生えないと思われていた、嘉代子さんが亡くなられた小学校の校庭に、嘉代子さんを偲んで、いや、嘉代子さんの生まれ変わりのように想って、桜の苗木を植え、大切に慈しんでこられた桜が、見事に咲き誇ったことが、この現代社会で、放射能の恐怖と闘っておられる、被災者の方々や、そして、この時代を生きていく全ての方々への、希望の灯りになれたらと云う祈りの気持ちだったのではないかと想うのです。

私にも、二人の娘がいるが、やはり、娘達が、もし、そのような境遇に遭ったら、自分も多分、嘉代子さんのお母さんのような、心情になるであろう。母親とは、こんなにも深く、我が子のことを大切に想っているのである。

私の祖母が、生前言っていた言葉が、私の頭を時々、過ぎることがある。祖母は、父を含めて、9人の子どもを授かったが、幼い時に3人の我が子を亡くしていた。その祖母が、父に仏壇を買いたいと、願い出た時に「わいは、のうなった子どもらのことが、忘れられへんのや。その子らを弔いたいんや。」そう言って、祖母は、仏壇を購入して、今も我が家に、納められている。

何時の時代でも、我が子を思う母の気持ちは、普遍である。いや、そう、あって欲しい。そんな気持ちを込めながら、紙芝居「嘉代子さくら」を演じさせて戴いた。多くの子供さん達や生徒さん達、一般の方々に、観て戴けて、本当に良かったと思う、みかんであった。

                   byみかん

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今月のピースおおさか           2011年11月9日

今月のピースおおさかの平和紙芝居のご案内

11月10日(木) 講堂

*10時~10時20分

「とびうおのぼうやはびょうきです」  青空こもも

「のばら」                 青空もみじ

*11時~11時20分

「嘉代子ザクラ」             青空みかん

以上です。今回は、初めて、「嘉代子ザクラ」を実演させて戴きます。長崎で、原爆に遭って亡くなられた、林嘉代子さんのお母さんの深い愛情と悲しみが込められた作品です。未熟では、ございますが、どうぞ、宜しくお願い申し上げます。☆*:;;;;;;:*☆*:;;;;;;:*☆*:;;;;;:*☆*:;;;;;:*

                   byみかん

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みかんの紙芝居の原点             2011年11月8日

最近、あまり深く(いつもやんか!)物事を考えない私だが、日が暮れるのが早くなり、電車を降りると、もう、辺りは真っ暗で、空には、星が光っているのを見ると、「今日も一日、早かったなあ・・・なんか、時間に追われ、自分自身を見失いそうや・・・」家に帰ると、ぐったり、母は、母で、「眠たい、眠たい」と言って、半分、い眠っている。

嗚呼、人生なんて、空しいものですね~なんて、一人、ロンリーハートになることもなく、また、慌ただしい明日を迎える繰り返しなのか・・・こうして、自分は、紙芝居という好きなことをさせてもらっているのに、何故にこう、日々に追われているのであろう。

あのころの情熱?は、何処へ行ったのだろう?「あかん!こんなことでは、いけん!」うちは、もっと、気持ちにゆとりを持てるようにして、時間を大切に遣い、紙芝居をすることを楽しみたい。

お陰様で、いろいろな処で紙芝居をさせて戴くことが出来るようになったのだから、もっと、紙芝居を始めた頃の、自分に戻って、もっと、紙芝居を演じることを楽しみたい。

紙芝居を始めた原点に立ち戻ることが、大切や。そうや、「無欲の欲や!」紙芝居を始めた頃は、今でも好きやけど、紙芝居に対して、もっと、憧れや畏敬の念を持っていたような気がする。

それなのに、今のうちは、生意気や。ちっとも判ってないくせに、いっぱしに紙芝居のことについて、講釈をならびたてる。解ったような口ぶりで、人様の演じているのを批評する。

そもそも、紙芝居とは、自分にとっては、空気のようなものであり、また、生きて行く為のエネルギーでもある。それもあれもこれも(なんのこっちゃ?)み~んな、子供達が好きやからや。子供達の笑顔が見たいから、ただ、それだけで、紙芝居を始めたんや。

そうや!うちの原点は、子供達なんや。紙芝居を観てくれる子供達の笑顔と、輝く瞳が、たまらなく嬉しいから、続けてこられたんや。これからも、ずっと、子供達のことを、常に忘れず、うちは、紙芝居をやっていこう。

毎日、時間に追われて、うちは、一番大切なことを見失いそうに、なっていた。さあ、明日も、元気に、笑顔で子供達と、触れ合おう。いつも、真っ直ぐな瞳で見つめてくれる、君達の眼差しが、私にとって、生きていく源なんだよ。空に瞬く星の輝きのように・・・

                  byみかん

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うちらは、今を生きていくんや!       2011年11月7日

何時からこんな、閉塞感に満ちた、先行きの見えない不安な時代になってしまったんだろう?将来に希望が持てない若者や子供達、孤立し、自分に自信が持てず、相談する友も居ない孤独な人々よ、それでも、うちらは、「今」という時代を生きていかなければならない。

何が本当で、何が偽りなのか判らない、不確かな世の中を、必死で歯をくいしばって生きている人々よ、それでも、信じようよ。人間同士、助け合い、信じあうことの大切さを・・・

生きていくちゅうことは、大変なことやけれど、だからこそ、値打ちがあるんや。それだから尚、共に生きていくことの大切さを、再確認していくことが、今こそ問われているのでは、ないだろうか?

次代を担う子供達に、しっかりとバトンを手渡す為にも、私達大人が、明日を信じて、今、この一瞬、一瞬を丁寧に、前を向いて生きていくことが、明日への扉をたたくことになるのだと想う。

生意気かもしれんけど、私達大人が、希望というものを信じ、持ち続け、前を向いて生きていく姿を、子供達は、その背中を見て、大人になることも、悪くはないなあ。生きていくことは、しんどいけれど、明るい未来が待っているんやと、思ってもらえるように、そして、誰もが幸福になれる権利があることを、確かめながら、生きていこう。

青臭いと思われてもええ。そんなん、理想やと馬鹿にされてもええ。うちらは、子供達に、幸せな未来を提供する義務が在る。

何故なら、うちらは、縁あって「今」という時代を、共に生きているのだから、やっぱあ、まずは、うちら自身が幸せになることを、どんな時でも助け合って、笑顔で生きていくことを、行動で示してしていくことが、明日の未来を築くことだと、気付いていこう。いついつまでも・・・

                  byみかん

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雨あがりの日曜日の車中で・・・       2011年11月6日

地下鉄に乗って、扇町にある「キッズプラザ」へ行く車中、私が座っている座席の横に、バギーに乗った、一才位の赤ちゃんが、お母さんと一緒に、乗ってきた。

うちは、その赤ちゃんが、少しぐずっているようだったので、赤ちゃんの方を向いて、いないいないバーと、両手を顔をかくして、自分の顔を見せて、微笑んだ。何故なら、いないいないバ~をすると、孫の美鶴ちゃんは、泣いてても、すぐに笑ってくれるからだ。

めちゃめちゃ単純な、うちは、その赤ちゃんが、きょとんとした顔をして、全然笑ってくれないので、天王寺から、南森町の駅まで、意地になって、いないいないば~をしたり、グーとチョキで、かたつむりを作って動かしたり、広げた両手をくっつけて、ひひらひらして蝶が飛んでいる真似をしたり、とにかく、あらゆる手段を使って、この赤ちゃんが笑ってくれることを期待した。(ほんま、うちてアホみたい・・・)

その赤ちゃんの目の前には、絵本が置かれていて、なんと、それは、ハングル文字で書かれている絵本であった。(きっと、この赤ちゃんは、韓国の赤ちゃんやから、いないいないバ~や、手遊びは、日本でしか通じないんや!)と自分に、そう、言い聞かせて、失望の気持ちを退けようとした。

でも、南森町の駅で降りる時、その赤ちゃんとお母さんも降りられて、お母さんが、私に「ありがとうございます」と、日本語で言ってくださった。私は、赤ちゃんに笑ってもらうことは出来なかったが、そのお母さんは、ご自身も本を読んでおられながら、ずっと、私の奇怪な行動を見ておられたのだと、初めて気がついて、急に、恥ずかしさの気持ちが込み上げて来た。(おそいっちゅうねん!)

よう考えたら、電車の中で見知らんおばちゃんが、いないいないバ~て、あやしたり、手遊びまで披露して、わらわそうとしているなんて、けったいな話や。そら、赤ちゃんも、警戒するわな。

そんな心がしぼんだ気持ちではあったが、扇町の駅のエレベーターに乗ろうとしたら、キッズプラザの紙芝居グループのKさんと、お会いして、ほっとした気持ちになった、みかんであった。

雨あがりの日曜日のキッズプラザは、もう、心斎橋を歩いているくらい、大勢の家族連れの親子さん達で、賑わっていた。みんな、楽しそうに笑っているのを見て、何故か、嬉しくなって来て、来月の4日の紙芝居のお話会の日が、楽しみだ。(うちは、演じまへんけど・・・)

                 byみかん

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海遊館には、快優感がいっぱい!       2011年11月5日

昨日、娘と二人の孫達と一緒に、海遊館へ行ってきやした!何年ぶりかの海遊館。お魚いっぱいの海遊館。大阪の水族館だ海遊館。て、言うか、もう、めっちゃしんどかったわ。海遊館巡り。

何故かと申しますと、海遊館に一歩は入ると、上の孫の静流ちゃんが、「わ~っお魚さんが、いっぱいいてる!」と、もう、走る走る。脱兎の如く、一時もじっとしてない。次から次へと、水槽を見て回るのです。

娘は下の孫の美鶴ちゃんをバギーに乗せて、荷物をいっぱい積んでいるので、当然のことながら、静流ちゃんのお守りは、うちの当番です。お陰で、もう、めちゃ、疲れました。

そんで、一つ一つ、「ばっちゃん、これ何?」と、尋ねてくれるのですが、私に判るのは、ペンギンと亀くらいです。それでも、静流ちゃんは、あくなき好奇心を、身体中に満たして、次々と、水槽から水槽へと駆け回る。その後を、うちが、ヒーヒーと言いながら、追いかける。途中で、ベンチがあったので、「休憩しょうか?」と恐る恐るたずねると、「シーちゃん、疲れてない!」と、言うが早いか、また、次の水槽目がけて、走っていかれるのであ~ります。(皆さん、孫は、出来るだけ若い時に欲しいですね。体力要りますよ・・・)

この、あくなき好奇心が、成長の証しと、前向きに考え、うちは、ひたすら、静流ちゃんの後を追いかけました。そして、遂に、止まった処が、ありました。それは、ソフトクリームの看板の前でした。(やっぱり・・・)うちと、娘は、「あっ、向こうに、物凄い大きいお魚いてるよ、ほらほら。」と、静流ちゃんの気を逸らすのにのに、必死のパッチ。

そして、アッと云う間に海遊館も出口に、出てしまいました。なんとまあ、早いこと・・・私は、もう、海遊館の前の広場のベンチに座り込みました。まだ、若い元気な娘は、「ちょっと、キティちゃんのシッョップ見に行ってくるわ。」と言ったので、うちと、静流ちゃんは、広場のベンチでお留守番することにしました。

その広場では、ちょうど、大道芸のお兄さんが来ておられて、ショーが終わった処でした。うちは、是非、見てみたいと想い、これまた、あくなき好奇心の気持ちがフツフツと湧いて来て、もう一人の若い方のお兄さんに、「また、されるんですか?」と、尋ねたら、そのお兄さんが、「もう、10分位したら、ぼくのショーが、始まりますよ。」と、にこやかな笑顔で、言ってくださった。「よっしゃあ!ヤッター、見れるぞ。」と、うちは、小躍りして、喜んだ。

そして、静流ちゃんに、ソフトクリームを買いに行って、(勿論自分の分もしっかり買いました。)帰って来たら、お兄さんが、「そろそろ始めますよ。」と、おっしゃったので、うちは、自分が、紙芝居を演じる時の気持ちになった。(こんな時は、誰も、前におれへんかったら、お客さんがあつまれへんかったら、やる気が失せる。よっしゃ!静流ちゃんと一緒に、サクラになろう!」と、ソフトクリームで、べたべたになっている静流ちゃんの手を引っ張って、横のベンチから、正面の処へ移動した。

喜んだお兄さんが、静流ちゃんに、バルーンで何か作ってくださっているようだった。すると、なんと、やっぱり、子供達が、3~4人近づいて来た。お兄さんは、嬉しそうに、その子にも、バルーンの作品をあげた。すると、その子は、風船をもらったら、すぐに、その場を立ち去ってしまった。失望するお兄さん。

うちは、このお兄さんを、益々応援したくなり、必死で、お客さんが来ますようにと、願った。それと同時に、また、好奇心が湧き、一体、プロの大道芸の方は、どのようにお客さんを集めるのか、その方法を知りたくなり、勉強させて戴いた。

て、言うか、このお兄さんの、ひた向きな、大道芸の方なのに、なんか、うちに似て、不器用であぶなっかしい様子が、たまらなく魅かれた。誤解しないでくださいよ。決して、このお兄さんに、恋心を持ったとか、そんなのではなく、同じ?芸をする者として、応援したかったのです。

静流ちゃんも、水族館の中では走りまわっていたのに、何故か、お兄さんの前では、うちと、一緒に動こうとしないで、じっとしてくれています。お兄さんは、初めに、シュガーケースの芸をされたのですが、肝心な処で、失敗してしまわれました。でも、失敗すると、自分の得意な、ボールのお手玉を披露して、心のバランスを保っておられるようでした。

そんなことを繰り返している間に、娘も、戻って来て、また、お客さんもだんだんと、増えて来ました。そんな時のお兄さんの、一番のこだわりは、お客様との距離です。小さなサイコロの技を見せることで、お客さんを、ぐっと前の方に引き寄せられます。

また、見ているお客さんを、巻き込んで、コミュニケーションを図りながら、集中させることに努められます。また、お客さんに長い風船を持たせて、周囲の通行の方に、何かをしていることをアアピールされるのです。

大道芸の方にとっては、生活がかかっているのですから、本当に、ご苦労されて、観客の方を集められるのだと、うちは、感心しました。

そして、いよいよ、アトラクションのクライマックスの時が、やって来ました。お兄さんは、はしごを出して来られて、口上をされました。「ぼくは、一年前、この芸をして、はしごから落ちて、救急車に運ばれました。でも、今日、皆様に是非、見てもらいたくて、ぼくは、ヘルメットをかぶって、チャレンジするので、見てください!」と。

準備をしているお兄さんの顔つきが、だんだんと変化していくのに、うちは、気がつきました。(この人真剣や)当たり前やんか!そして、見事に、はしごの上で、ナイフをジャグリングされました。観客の人々も、思わず「オーッ!」という歓声と拍手がおきました。静流ちゃんも、美鶴ちゃんもじっと見ています。うちは、お兄さんの真剣な顔を、凝視していました。

そして、はしごから、笑顔で、ほっとした表情で降りたお兄さんは、本当に嬉しそうでした。それから、最初に失敗した、あの、シュガーボックスの技に、もう一度チャレンジされたのです。「このお兄さんは、うちとおんなじで、あんまり器用やないけど、誇りを持ってされているんや・・・」と、うちは、思った。

全ての芸が終わると、お兄さんは、黒い帽子を持って、お客様から、たくさんの贈り物を入れてもらっておられた。うちも、静流ちゃんに持たせて、僅かばかりではあるが、いくばくかのお金を持たせて、お兄さんの帽子に入れさせて戴いた。

お兄さんは、約束通り、初めに作ってくださった、大きなピンクのうさぎのバルーンを、静流ちゃんに手渡してくださった。お兄さんありがとうございます。

アトラクションが終わってから、うちら親子三代は、夕日を観に、海岸の方へ向かった。真っ赤な夕日が、こんな大阪で見られるなんて、幸せやなあ。外国人の観光客の人も大勢おられ、うちは、大阪て、この夕日みたいに、真っ赤で、燃え燃えの街なんや。海遊館には、そんな、大阪の人の快い、優しい気持ちが、いっぱいつまっている処=「快優感」の玄関口みたいなとこやなあ~なんて、5時過ぎて、綺麗なイルミネーションに飾られた海遊館を後にしようとしている、まさにその時に、静流ちゃんが、「お魚みたいなあ」とのたまうので、うちは、「うん?」と首をかしげ、これは、「お魚をみたなあ~」ということを言いたかったのだと、自分に言い聞かし、忘れていた疲れが、どっと出て来て、帰宅してから、娘が買って来てくれた、お刺身を、美味しく戴いたみかんであった。

えらい、しょうもない長い作文になってしまいました。すんません。大道芸のお兄さんの名前も、紹介してもらったのですが、忘れてしまいました。ごめんなさい。そして、楽しい一時を過ごさせてくださって、ありがとうございます!

                  byみかん

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みかん、文化の日に花丸あげる    2011年11月3日

11月3日は、文化の日。私も、紙芝居という文化を学ばせて戴いて、文化を学ぶことが出来ること、また、表現出来ることの有り難さを、しみじみと実感出来た。

今年も、紙芝居文化の会の総会に、出席させて戴きたいと、早くから申し込をしていたのだが、残念ながら、仕事の都合で、急遽、行けなくなってしまった。

自分のままならないことは、生きていくうちに、何度もあるが、今回も、そういう私の境遇を、後ろ向きに捉えず、これは、きっと、何か意味が、在ることなのだ。と、前向きに考えるように努めようと想う。

ところで、今日は、紙芝居と自分自身と、じっくりと向き合うことが出来、図書館に、紙芝居を返却に行き、また、紙芝居のコーナーで、ひたすら、紙芝居をリサーチするという行動をとる。紙芝居は、中を見ても、実際に実演しないと、どんな紙芝居か、判らない。だから、自分の、鈍い第六感と、直感とで、紙芝居を選んで、借りた。

そして、今日は、紙芝居の文献も、予約しようとしたら、なんと、現物が、図書館に在ったので、すぐにお借りすることが出来て、本当に嬉しかった。

文化の日に、紙芝居の学びを深めるには、まず、実演あるのみと早速、借りてきた紙芝居を、練習台になってくれている母に見てもらった。(母ちゃん、ありがとう!)そしたら、なんと、もう、いやと云うほど、今まで紙芝居を、さんざん私に見せられて、「もっと、ええ紙芝居は、ないの?」と、こぼしていた母が、くいいるような目で、見てくれた作品が、あった。あった。今日借りてきた紙芝居の中に、ありました。(うれしい~)

まだまだ、練習しないと、とても、人様の前では、お見せできませんが、これからも、紙芝居を、一過性のブームではなく、しっかりとした文化として、根付かせる為に、東京に行けないのは、残念ですが、なんとか、大阪で、手探り状態ですが、地道に学ばせて戴きたいと想います。

「人間万事塞翁が馬」という言葉が、私は好きです。世の中、何が幸で、何が不幸かは、誰にもわからんけれど、自分に与えられた場所や、機会で、精一杯、楽しんで、紙芝居の学びを深めていけたら、こんな、嬉しいことはありません。

そんな、のほほんとしたことを考えながら、紙芝居と自分自身と向き合えた、文化の日でありました。立派な章は、戴けないけれど、うちは、そんな自分自身に、花丸をあげたいと想いました。自己満足で、すんません。

                    byみかん

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11月ですね。みかんの予定      2011年11月1日

11月のみかんの予定です。今年も、もう、残すところ、後、2ヶ月となりました。今年は、大変な年になりましたが、一日も早く、日本の国が、元気になれるように、大阪から、紙芝居を明るく元気に演じさせて戴くことで、発信していけたら、嬉しいです。宜しくお願い致します。

11月2日・16日(水) しみん交流センターひがしよどがわ

              紙芝居入門講座 午後7時~9時

11月6日(日)        キッズプラザ大阪 午後1時~4時

          ボランティアさんの紙芝居グループのアドバイザー

11月10日(木)    ピースおおさか 平和紙芝居の実演

                 午前10時~ 午前11時~

11月19日(土)     長居植物園内バラ園「オータムフエア」

                  午前11時 午後2時 午後3時

11月20日(日)     紙芝居教室 難波市民学習センター

               OKATビル4F 午後1時30分~4時30分

11月23日(祝水)「第三回スポーツフェスティバル」 東田辺小学校

                12時30分~3時30分

11月24日(木)     城南女子短期大学

                午前9時~10時30分

11月27日(日)       全興寺紙芝居 大阪市平野区

                   午後2時と3時

以上でございます。今月も、楽しく紙芝居の輪を、大阪で広げていけたら嬉しいなあ~なんて、考えているノー天気な、みかんです。寒暖の差が激しい、気候ではございますので、皆様、くれぐれも、風邪など召されないように、ご自愛くださいね。いつも、ありがとうございます。

                   byみかん

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