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台風一過の日曜日              2011年9月4日

台風一過の日曜日、私は、扇町に在る、「キッズプラザ」へと、出かけた。ここのボランティアさんの紙芝居グループで、12月に、紙芝居のお話会をされるので、そのお手伝いの為、行かせていただいいたのである。

もう、風は涼しく、冷房も必要ないようで、駅のプラットホームに立つと、爽やかな風が吹いてくる。もう、季節は、すっかり秋なんだなあと、実感出来た。

だが、駅のホームは、日曜日のお昼といのに、やけに、暗い。めちゃくちゃ暗い。もう、夕暮れのように薄暗く、本や新聞の字は読めそうにない。(読まんけど・・・)

扇町の駅に降りた時も、自動販売機の電気が消されているのが、やけに、寂しげだった。私は、なんか、暗い処に在るもんばっかり、電気をけしてるみたいやなあと、感じた。

確かに、節電することは、大切やし、協力するべき処は、協力せなあかんと思う。せやけど、なんか、アンバランスなのだ。地上に上がったら、昼間やのに、お店の看板は、明々と点いているし、走っている車だって、いっぱい電気を使っているでは、ないか?電車の中では、あっちでゲームし、こっちでは、携帯をいじっているし、自動改札機だって、みんな動いとる。車掌さんが、キップ切りで、切符を切っていた頃が、あったっけ・・・

もう、なんか、すっごく変な気分。何故、ここまで、不徹底なことが、まかり通っているのであるのか?おかしい。テレビだって、深夜のバラエティー番組を放送せんかったら、どんなに、有効な節電になるであろう。

なんか、力の入れどころを、はき違えているのでは、ないだろうか?これって、なんか、そんなに遠くない過去にあったような時代に、似てませんか?

私は、電車の中でゲームをしている人や、携帯をいじっている人の目を観察することが、よくあるのだが、ほんとうに、虚ろな目をしている。何も考えない、何も感じない。ただ、ひたすら、一点を集中するというのではなく、ロボット(失礼)のような、機械的な目で、思考が、完全に止まってしまっているのだ。

はなしが逸れたようですが、私は、「キッズプラザ」での、お話会のプログラムに、敢えて、昔話を取り入れてもらうように、してもらった。子供達に、昔話の「はだかの王様」や「舌きり雀」などを、語り継ぐことで、何が嘘で、何が誠なのかという、考える力をしっかりと伝えていってもらいたいと、願うのであった。

帰りは、とても地下鉄で帰る気持ちに」なれなくて、JR環状線に乗って帰ったみかんであった。電車の窓から見える、大阪城公園の鮮やかな緑が、まぶしかったり、台風の大雨で川の水が、今にも溢れそうな車窓を見ながら、「感じる」という作業の大切さを、改めて実感出来た、みかんであった。

                     byみかん

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