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2011年7月

キッズプラザで紙芝居              2011年7月31日

7月最後の日曜日、午後から、扇町公園に在る、「キッズプラザ」の紙芝居グループさんの今年最初の例会に、お邪魔した。私は、紙芝居を3つほど持って行き、意気揚々と、久しぶりに、扇町の駅を降り立った。

この施設は、子どもさんに、いろいろな体験をしてもらう施設で、大阪市が建てた、子どもさんの為のテーマーパークのようなものだ。日曜日や、ことに、今日みたいな、夏休みの休日は、家族連れで一杯になる。まさしく、「子ども天国」のような場所だ。

こんな場所で紙芝居を実演して戴くのは、本当にうれしい限りである。私は、アドバイザー(口出し役)だけで、紙芝居の実演は出来ないが、紙芝居が広がっていってくれることが、何より嬉しい。

今日は、顔会わせと、年間計画と、発声練習と、簡単な紙芝居についてのレクチャーと私とリーダーのKさんの紙芝居の実演等など、盛りだくさんの充実した時を過ごさせて戴いた。正直、集まったメンバーの方の数は少なかったが、考えてみれば、紙芝居は、一人で演じるもの。うちも、最初は、一人で、長居公園や、近くの宅老所などに、こちらから押しかけて、紙芝居を演じさせて戴いたのが、自分の紙芝居活動の始まりである。

メンバーの数の多さよりも、素晴らしい紙芝居を、楽しく演じて、子どもさんや保護者の方に喜んでいただけるかどうかの方が、大切であると、うちは思う。

ふと、紙芝居をやり始めたころ、無謀にも、左手を骨折して包帯でつっているので、右手だけで、大型紙芝居を、長居公園で、見ず知らずの方にお願いして観て戴いた頃を思い出した。

あの頃からずっと、うちは、紙芝居のことを、ほんまに好きやったんやなあ・・・紙芝居のお陰で、うちは、たくさんの方々とのご縁を賜り、豊かな人生を生きることが出来て、ほんまに、有難いんよ。紙芝居と出逢わせてくださった、今は亡き、大河萬子次先生に、心から感謝の気持ちを抱いている。

大河先生のお声が、今もうちの耳に、絶えず聞こえて来るのだ。「山口先生、ありがとう、ありがとう、ありがとう・・・」と云う声が、うちに脳裏に焼きついている。キッズプラザさんとのご縁も、紙芝居という絆が結んでくれたのだ。大河先生、本当に、ありがとうございます。先生のマジック(手品)の鮮やかな、手捌きを、もう一度見たいものです。もう一度、先生とご一緒に、舞台に立って、観客の方々に喜んで戴きたいものです。

                      byみかん

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笑いで暑さを乗り切ろう!            2011年7月29日

みなさ~ん!お元気でっか?暑いけど、へばってまへんか?息してまっか?汗出まっか?

えっ?なんや、テンション高いて?そうでんねん。もう、うちも、へろへろですわ。なんか愚痴になるけんど、こんなに暑いのに、自分で自分の体温と、心のバランスと、エネルギーを保たなあかんのですから、そら、テンションも上げんと、身が持ちまへん。

今日でやっと、仕事のメドがついて、明日は休ませてもらえます。ほんまに有り難いわ。皆さんも、どうか、この過酷な、今年の夏の暑さに勝とうとせず、じょうずにお付き合い出来ますことを、心から願っております。

今日も、仕事が終わった後、疲れた足を引き摺りながら、弁天町市民学習センターでの、「笑天下」に行って参りました。もう、細かいことは、あんまり気にせんように慣れました。

お腹の底から笑うたら、疲れが昇華することが、判ったのです。笑いって、不思議な魔力を持っているんですね。自分自身の演技は、笑えなかったけど、皆さんのアドリブや、ノリ突っ込みを、観たり聴いたりしていると、お腹の皮がよじれるほど、おもしろかったです。

皆さんも、この暑い夏を、どうか、笑うことで乗り切ってみませんか?きっと、元気が湧いてきて、明日も、「フアイト!一発!」なんて、パワーが、みなぎって来るかも?でも、笑いすぎて、お腹が筋肉痛にならないように、ご用心くださいませ。

                        byみかん

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みかんの携帯水没の顛末記          2011年7月28日

灼熱地獄のような暑さの今年の夏休みが、始まった。だが、うちにとっては、夏休みが一番、大変な時でおます。なかなか、このブログが続けられへんですんません。

明日も、朝、7時起きなので、少しだけ、書き込みさせてもらいます。

一番、何が言いたいかと云うと、うち、一昨日、携帯を自分の不注意から、水没させてしまったんです。(トイレに落としたんちがいまっせ)それで、登録していたデーターが、全て消えてしまうという危機に陥りました。もう、目の前が、真っ暗くらのくら・・・これで、今までの培ってきた、私の大切なご縁が、全て白紙になってしまうのか・・・と。

でもね、幸い、携帯ショップの方のお陰で、なんと、そのデーターが、消えなかったのです!その方が、教えてくださった方法とは、「ドライヤーで、二時間くらい、ずっと冷風で、乾かし続けてみてください。」というアドバイスだったんです。

なんと、判り易い、原始的な方法なんやと、うちは思いましたが、溺れる者はわらをもつかむではないけれど、家に帰って、ひたすら、ずっと、夜中にも、ドライヤーで携帯を乾かし続けました。すると、どうでしょう!次の日、携帯ショップで、店長さんにみてもらったら、データーが、残っておりました。本当に感謝、感謝です。

そこで、うちが思ったことは、携帯電話一つ、水に浸けてしまって、あたふたとしている自分が、愚かというか、今回の震災で、何もかも無くされた方々のことを考えると、本当に、胸が、つぶれる思いです。どうか、一日も早く、復興されることを願っております。

私に出来ることは、ずっと、震災に遭われた方々のことを、忘れないで、紙芝居を演じさせて戴き、明るい、元気な力強い日本の国の再興の、ほんの少しでもお役に立つことが出来れば嬉しいです。

修理に出した携帯電話と暫しお別れし、日々、感謝、感謝の日常を過ごしていることが、有り難いと実感する、みかんであった。

どうか、一日も早く、日常の普通の生活を送られることを、心から願っております。いつも、ありがとうございます!

                   byみかん

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純粋だったらいけんのですか?          2011年7月24日

うちは、ひとが良くて、一本気で、曲がったことが嫌いで、融通が利かんような人やけど、それやったら、いかんのですか?

不器用で、世渡りが下手で、お世辞やじょうずが、上手く言えず、堅物ですが、それやlったら、あかんのですか?

うちの、お父ちゃんが、昔、「田辺ヤス」と言われて、ヤクザではありませんが、無鉄砲を絵に描いたような人間で、お母ちゃんが、これまた、生真面目過ぎて、その上お人良しで、人のいい人間で、おまけに、二人とも、自分がこうと想ったら、自分の考えを曲げない堅物人間なのです、

そんなDNAを受け継いだうちは、皆さんのご想像にお任せ致しますが、電車道みたいな人間ですが、お天道様の下を、堂々と歩くことを、誇りに思うように生きていきたいと、何時も、おもうとります。

純粋と、無菌状態とは、また、別だとうちは、思います。「はだしのゲン」のお父さんの言葉のような、「麦」のような生き方をしていきたいと、おもうとります。「踏まれても、踏まれても。霜や風説に耐えて生きていく、逞しい麦のように、うちはなりたいのです。

それは、純粋な生き方かどうかは、判りませんが、時には、したたかに、時には、開き直り、大地に根付く、麦の穂のように、生きていきたいんです。

大阪で生まれたさかい、人情には厚く、しかも、ユーモアがあり、ど根性が備わって、本ねで生きていく、そんな、大阪人をめざしたいのです。

くそ真面目を絵に描いたような、母ちゃんは、今、自分の「老い」と必死で戦っています。そんなかあちゃんに、もっと、アホになれと、言っている自分が、ほんまに滑稽ですねん。

なぜかと云うと、誰もが、一度は、必ず通らなければいけない道なのに、人事みたいに、説教じみたことを、自分の母親に、一所懸命言っている自分が居るからです。

人生って、気持ちが造ってくれるものなのですね。

                  byみかん

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ありがとう!田辺文化サロン         2011年7月23日

この度、本日を以って、すずき住建田辺文化サロンの紙芝居教室を終了させて戴きました。紙芝居教室を此処でさせて戴くことを、快くお赦し下さった、鈴木住建の鈴木宏昌社長さんには、本当に、感謝の気持ちでいっぱいです。

引き続いて、この、田辺文化サロンで、青空みかんの寺子屋は、開催させて戴きます。また、難波市民学習センターの紙芝居教室も、毎月第3日曜日の午後(八月はお休みです)に開かせていただきますので、何卒、宜しくお願い申し上げます。

地域で紙芝居の輪をひろげようという志は、今も持ち続けております。10月15日(土)に、この田辺文化サロンで、「防災紙芝居の実演会」を開催致します。時間は午前10時~11時までです。実演する紙芝居は、東住吉アクションプラン作の「3丁目のわんぱくケンタ」「いなむらの火」(童心社)「関東大震災」(教育画劇)です。皆様、是非、観にお越しくださいませ。

田辺文化サロンでの、紙芝居教室があったお陰で、難波市民学習センターの紙芝居教室を始めさせて戴くことが出来、地域での紙芝居活動は元より、大阪府下での、紙芝居の普及活動に励むことが出来ました。本当にありがとうございます。

一つの大きな区切りをつけさせて戴いて、また、新たなる出発を致したいと想います。日本中、世界中の人々が幸せになれる、そんな時代になれることを願いながら、青空視観は、これからも、ただただ、ひたすら、紙芝居の道を歩み、精進して行きますので、何卒、よろしゅうおたの申します。

簡単なようで複雑、自由なようで責任がある、おもしろいようでシリアスで、楽なようで、結構しんどいこともある、まだまだ、未開の分野を分け入らないとならない、紙芝居の学びの道ですが、どっぷりと浸かりながら、冷や汗たらたらと、恥をかきながら、いろいろな紙芝居にチャレンジっしていきたいと想っています。

こんな時代だからこそ、みんなが元気で、明るく、おもしろおかしく、そして、勇気の湧き上がる、青空みかんの紙芝居を創っていきたいと、とみに想う、みかんです。

明日は、全興寺さんの紙芝居です。もう、一ヶ月経ちました。早いですね。暑いけど、みんな、観てくれるかな?ワクワク、ドキドキします。

いつかは、自分が生まれ育った、田辺で、そんな楽しい紙芝居を演じることの出来る居場所を造るのが、私の夢です。そんな夢の入り口に誘ってくださった、田辺文化サロンさん、ありがとう!そして、これからも、宜しくおねがいします!

                   byみかん

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笑天下の報告で~す          2011年7月22日

毎週金曜日の夜は、大阪市立弁天町市民学習センターで、「笑天下」の講座を受講している。名前の通り、「笑い」の学びである。今の世の中で、一番必要なのは、ユーモアを解する心だと実感した私は、意を決して、この講座の門を叩いたのであった。(そない、たいそうな・・・)

講座の内容は、吉本新喜劇のような、寸劇をしながら、みんなでチームワークを組んで、笑いの極意を勉強するのだ。最終的に、10月2日(日)に、舞台発表会をして、一般の観客の方々に観て戴くことになっている。

今は、20分程度の短いお芝居を、三つのチームに別れて、競い合うということをしている。紙芝居は、裏のに書かれている字を読むので、覚えなくて良いが、お芝居は、台本を見てはいけないことに、今日、初めて気がついて、しまった!と、慌てふためく、どんくっさいみかんであった。

だが、面白いもので、台本が無いと、いろいろなアクシデントや、アドリブが化学反応を起こし、とんでもないお芝居が出来上がる。

今日は、初めて台本を見ないで芝居をした後、みんなで、その録画を観たのだが、もう、笑ってしまうこと、この上ない。

お芝居を甘く見ていたうちが、お馬鹿だった。講師の砂川先生が、いつもおっしゃってる言葉で、「芝居は、チームワークが、何より大切ですよ。」という意味が、やっと理解出来た。せやった、せやった、学生時代は、演劇部やったうちは、このことを、すっかり忘れてしもていたのや。

しかも、在ろうことか、85歳の母を、この「笑天下」に引っ張り込んだ責任の重大さを、改めて考えると、「あ~わたしバカよね。おバカさんよね。」なんて、呑気に歌など歌っておれまへん。

でも、だんだんと、仲間の方と仲良しになって、みんなで、和気藹々と楽しくおしゃべりしながら、帰宅する時間は、何故かとってもワクワクとして、楽しい。いろんな年代の人がおられるが、なんか、学生時代に戻ったような気分になって、不思議な気持ちになる。

まあ、これからどうなるのかは、判りませんが、とにかくみんなの足を引っ張らんように、楽しく最後まで、お芝居を演じきった時の喜びを夢に描いて、来週の金曜日も、弁天町に行きますね。

しかし、紙芝居に活かせられるんかなあ・・・まっ、ええか、いろんなことを学ばせてもらって、引き出しをいっぱい作っていくぞ!母ちゃんにも、楽しんでもらわないとね。母子で喜劇の舞台を踏むだけでも、やらせてもらえる価値は、あるぞな。

                 byみかん

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ありがとう!紙芝居観てくれて         2011年7月21日

夏休みの初日の今日は、守口市立児童センターで、大勢の子供達と、お母さん方に、紙芝居を観てもらった。守口は、私が仕事でお世話になっている都市で、ささやかな御恩返しが出来ればと想い、センター長さんに許可を戴いて、紙芝居を実演させて戴く運びとなった。センターの玄関には、大きな盾看板に「かみしばい」と書かれてあって、ここでも、歓迎してくださっているのが判り、本当に嬉しい限りである。

この地域では、紙芝居を観る機会が少ないようで、会場には、所狭しと子供達が、続々と入って来てくれた。私は、一人ひとりに挨拶したかったが、入って来る毎に、「こんにちは」「こんにちは」と、満面の笑顔で、挨拶して迎えた。

正直、一人で、これだけの人数(百名くらい)の観客の前で紙芝居を演じさせて戴けるとは、思ってもみなかったので、本当に、面食らった。でも、何時ものアバウトな性格が幸いして、「まっ、なんとかなるよ」と、自分で自分を励まして、実演を始めさせて戴いた。

今日の紙芝居の演目

   はじまりのうた

 「まんまるまんまたんたかたん」

 「ばけこちゃんのおべんとう」(新作)

 「クレヨンさんのけんか」

 「ひもかとおもったら」

 「ひやくまんびきのねこ」

 「どっちだ」

反省と振り返り

*間に手遊びを入れたのだが、小学生と幼児さんとが混じっていたので、小学生が嫌がったので、手遊びは「お弁当箱のうた」一つだけにした。

*紙芝居と紙芝居の合間に、子供達が立ち去る・・・(これはいつものことだけど)この逆境を打破する方法を、なんとか編み出さないといけない。

*最後にクイズをしようと考えていたのだが、「ひもかとおもったら」の紙芝居を演じた時に、同じ顔ぶれの高学年の子供達ばかり手を挙げていたので、幼児さんや低学年の子供達にも楽しんでもらえるように「どっちだ」の紙芝居に差し替えた。

本日の課題

紙芝居の準備をするとき、高さを考えていなかったので、想定外?の大人数だったので、後ろの方の子供達も見えるように、事前にしっかりと準備をしておくことが、とても大切だと思った。紙芝居が見えないと、楽しみが、半減してしまう。どこまでも、観る人の側の立場になって、演じる内容や、紙芝居の合間の繋ぎ方など、まだまだ、課題がたくさん在る。

紙芝居を観てくれた子供達、保護者の方々、児童センターの所長さん、職員さん方、今日は、本当に楽しい時間を共有させて戴いて、ありがとうございます!また、行かせてもらってもいいかな?

汗だくになりながら、職員さんに送ってもらって、重たいけれど、大切な紙芝居を入れた袋を、ひきずりながら(背が低いて、つらいなあ)地下鉄の大日駅まで、歯を食いしばりながら(そない、たいそうな)テクテク歩きながら、さわやかな、幸せな気持ちで、「紙芝居をやってて、ほんまによかった!」と、自己満足な達成感に浸るみかんであった。ああ、夏のおもいでは、おもいで・・・(さむ~)

                  byみかん

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どうでもいいけど~             2011年7月20日

どうでもいいけど、典子、お風呂に歯磨き粉をおきっぱなしにしないでね。おかん、すべって、頭打って、かしこなったけど・・・

どうでもいいけど、おかん、足音消して、玄関の鍵をかけてないでね。うちが、二階におって、ノックの音が聞こえたけど・・・

どうでもいいけど、台風6号、夏休みの始まる終業式の日に来ないでね。台風対応のマニュアルが、ややこしくなって、うちの頭が混乱するだけやけど・・・

どうでもいいけど、NHKテレビ、台風が日本に上陸するかどうかの瀬戸際の時に、与党と元与党の国会の建設的な意見のない国会中継を放送しないでね。テロップで、台風情報をながしてくれたけど・・・

どうでもいいけど、7月の「いちょう並木」にうちの写真が載っていた。アップに耐えられず、すんません!紙芝居の絵は綺麗やけど・・・

どうでもいいことないことあった!なでしこニッポン、よくやった。ありがとう!今度は、オりンピックで金メダルを目指そう!

久しぶりに、日本の人々が笑顔で輝いた。日本の未来は、これからもっと、希望に輝くぞ!(うちも、負けずにお肌のお手入れしくっちゃ!胡瓜パックを・・・)

もう、暑すぎて、ひさしぶりの更新ですが、しょうもないコメントで、すんません!書中お見舞い申し上げます。

                      byみかん

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うちら陽気な三人トリオ             2011年7月16日

女三人寄ったら、かしましいと、言われているが、最近、三人で漫才をしているトリオの芸人さんが、居なくなったのに、気がつきませんか?トリオ漫才師とも言いますが、昔のように「かしまし娘」さんを筆頭に、女性三人組の芸人さんが、見られなくなりました。

これは、何も女性に限ったことではなく、男性のトリオ漫才師さんも少なくなったきました。反対に、ピン芸人と申しますか、一人で漫談もどきの芸をして、舞台に立つか、複数の男性だと、漫才よりも、コントをする芸人さんがほとんどですね。

うちは、何も、お笑い芸人を目指しているのではありませんが、大阪の女性が三人寄ったら、もう、それで、充分、おもしろいのです。皆さんも心あたりが、ありませんか?

普通、お笑いは、ボケと突っ込みのやり取りで、笑ってもらうのですが、三人のトリオだと、どうなるのでしょう。ボケと突っ込みの二人のやり取りの中に、自然対で二人の会話に入り込んで、そのやり取りをかき回して、面白さを更に膨らましていく役が、三人目の人の役割なんやと思います。

漫才でもない、コントでもない、トリオ漫才は、新しい形式の笑いの型なのでしょう。そして、チームワークが、凄く大切です。笑いの奥は深い。紙芝居は、一人で演じるから、結構、気楽に思われますが、一人で、声色を使わずに、何人もの登場人物の声を使い分けないといけない。

今日、弁天町の市民学習センターで、阿波踊りの稽古をしてきましたが、あの、簡単そうに見える、二拍子の踊りの難しいこと・・・本当に、どんな芸でも、奥が深くて、やり甲斐がありますね。

阿波踊りの帰りに、「笑天下」でごいっしょの、コロンちゃんと、どきんちゃんと、うちとで、阿波踊りの練習の後に、あわの出るビールを飲んで、ただ、それだけを楽しみに、厳しいお稽古にも、耐えました。(そんな、たいそうな・・・)

そんなずっこけ三人が寄れば、ほんまにおもろいでんなあ。はてさて、今年の夏は、もえもえのみかんどす。阿波踊りに、「はだしのゲン」の紙芝居、そして、「笑天下」のお芝居の稽古と、八面六臂と動きます。やります。やらせて戴きます。

明日は、難波市民学習センターで、紙芝居教室でっせ。青空みかんの会の皆さん、ご参加宜しくお願い致しま~す!また、ご興味のある方も、午後1時30分から、第一会議室にお越しください。紙芝居ワールドが、あなたを、お待ちしています。「紙芝居って、奥が深くて、おもしろいですね。さよなら、さよなら、さよなら」(知る人ぞ知る古いせりふ)すんません。ビールのせいで、ちょっと支離滅裂になってしまいました。(いつものことやけど・・・)

                  byみかん

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真夏の夜のみかん            2011年7月15日

せやけどなんでんなあ~、こんなに暑かったら、みんな気持ちが、どっかおかしゅうなって、荒んでいきまんなあ。まあ、昨日のうちのブログも、ちと、愚痴が過ぎましたと、反省しております。

やっぱり、人間は、まるうならなあかん。(身体だけ丸いて?)四角四面に物事を突き詰めると、しんどい、しんどい。汗たらたらやのに、気持ちが冷え切ってしまいます。

今日は、弁天町の市民学習センターで、「笑天下」の授業を受けてきました。いや、もう、皆さん、笑いのセンス抜群です。人生いろいろやけど、どの人もこの人も、つわもの揃いで、どんな喜劇が出来ますことやら、それは、また、秋のお楽しみということにしておくれやす。

真夏の夜は、暑くて、寝苦しいけれど、空には、かすかに☆が瞬いていました。「笑天下」の講座の時に観た、夕焼けも綺麗やった。大阪でも、美しい景色や、自然が観れるのです。希望を捨てず、前向きに、清く、正しく、美しく(宝塚?)今年の夏のみかんは、自身の色のように、蜜柑色に、もえもえに、燃えつくまで、やりまっせ!(いらんちゅうに!)

皆様、暑くて寝苦しい時は、みかんの考えた「大阪のおばちゃん音頭」を思い出して、吹き出して笑ってやってくださいね。たこやき提灯も、お忘れずにお持ち下さいませ。

     みかんの大阪のおばちゃん音頭 

                          作詞 青空みかん

                          作曲 まだ 出来てない

日本全国、かずかずあれど~(ア~ソレソレ)

こんなたくましい女性は居ない

絶対おれおれ詐欺にはひっかからない(もとから振り込む金おまへん)

そんな、うちらをみんなは、こう呼ぶよ

おおさかのオバちゃん、おおさかのオバちゃんソレ~ハイハイハイ!

元気一杯、ど根牲一杯、ついでにカゴいっぱい

うちら、おおさかのおばちゃんは、一日一日を精一杯生きていく~

日本全国、かずかずあれど(ア~ソレソレ)

こんなおもろい女性は少ない

絶対、かばんのなかには あめちゃんあるで(いや、ほんま)

そんなうちらをみんなは、こう呼ぶよ

おおさかのオバちやん、おおさかのオバちゃんソレ~ハイハイハイ!

元気一杯、肝っ玉一杯、おまけにジャリ銭いっぱい

うちら、おおさかのおばちゃんは、きょうもママちゃりりんりん鳴らす~

ハイ!おおさかのおばちゃん!ハイ!おおさかのおばちゃん!

元気いっぱい、人情に熱い。

ハイ!おおさかのおばちゃん!ハイ!おおさかのおばちゃん!

絶対値切る、定価じや買わん。

ハイ!おおさかのおばちゃん!ハイ!おおさかのおばちゃん!

理屈はきらい、本音が好きよ。

きょうも、うちらは、ママチャリ乗って、チラシ片手に、家計を守る~

    

お粗末様でした。失礼をば致しました。

                 byみかん

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みかん、「はだしのゲン」に挑む         2011年7月14日

ピースおおさかで、夏休みに、紙芝居「はだしのゲン」の紙芝居を演じさせて戴きます。今の日本は、原発の恐ろしさにおびえ、毎日、その報道で持ちきりです。

人間の叡智を以ってしても、どうにもならないようなものを作り、その為に、ただ、節電せよ。節電せよ。と言われても、根本的に、原子力発電にのみ依存していた責任は、誰がとってくれるのですか?

私は、政治の難しいことは解りません。でも、先の戦争で、広島、長崎に落とされた、原子爆弾の為に、どれだけ多くの人々が苦しみ、そして、今もまだ、放射能の影響で病んでおられる方が、たくさんおられるこの現実を、少しでも多くの人々に、知っていただき、戦争の愚かさ、核は人間には必要のないもの、放射能のという目に見えないものの恐ろしさを、お伝えすることが出来れば、幸いです。

この酷暑に、節電を強いられ、みんなで乗り切ろうと、言っている人々の「正論」を、私達は、よくよく自分の頭で考え、何が正しくて、何がおかしいのかを、しっかりと見極めることが、肝要だと想うのです。

確かに、電気を無駄に遣うことは、いけないことだと思います。でも、何処で電気を始末するのかということを考えることよりも、どれだけ電気を大切に遣い、自分の健康を守るかということも必要やとおもいます。

例えば、これは、ほんの一例ですがエアコンの我慢を強いるよりも、深夜のテレビのバラエティー番組を放送する方が、よっぽど無駄な電気や資源を遣っているのでは、ありませんか?

夜中にテレビの放送をするから、テレビをつけて、照明の電気も付けて、エアコンも付けて、その他もろもろの無駄な電気を消費するのです。

駅のホームの時計や時刻表の電気を消すのだったら、次のに来る電車が、前の駅を走っているとかの云々の表示を消した方が、よほど電気が無駄にはなりません。時刻表と時計が在れば、電車は、時刻通りに来るのですから・・・

あまりにも世の中が便利になり過ぎて、私達は、選択を誤ってはいませんか?車で通勤するから、エネルギーを遣うのです。電車で通勤するのだったら、せめて、電車に乗っている時さけでも、快適に通勤出来るようにしたいものです。間引き運転なんて、論外です。

「はだしのゲン」の紙芝居を演じさせて戴くことで、今一度、日本の再興を考え、どうすれば、みんなが幸せに生きていくことが出来るのかを、考えていただくきっかけになってもらえたら、幸いです。

ゲンのように、逞しく、自分に正直に、まっすぐに生きることが、ますます、出来なくなってきた、今の日本社会に、新しい風を吹かせることが出来れば、こんな嬉しいことは、ありません。人間、それぞれ、考えや価値観が、違って当たり前です。だからこそ、話し合い、理解し合うコミニュケーションが、大切なんやと想います。

節電は、「正しい」ことではなく、「必要」なことであることを、今一度、みんなで考え、確認することが大事なんやと、うちは、思います。

                        byみかん

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念ずれば花開く              2011年7月13日

落語家の桂三枝師匠が、来年の7月に、師匠の師匠?(ややこしいなあ)の桂文枝の名前を襲名されることになった。新作落語を編み出し、若い頃は「イラッシャ~イ!」「オヨヨッ」などの、ギャグで、若者の人気を笑福亭仁鶴師匠と、二分した、あの、三枝師匠が、遂に、大きな名前を襲名される。誠におめでたい限りである。

桂三枝師匠のことを初めて知ったのは、従姉妹が深夜のラジオ番組で、「めちゃくちゃ面白い人が出演してるで!」と、教えてくれて、従姉妹の家に泊まった時、毎日放送の「ヤングタウン」の土曜日の公開番組を聴かせてもらって、一目、ちゃうわ!一耳で、「面白い人やなあ~」とファンに」なった。私が、まだ、ヤングではなく、小学生の時だったが、それから、すっかり、ラジオの深夜番組の虜になってしまった。

程なく、テレビで、日曜日の夜「ヤングオーオー」という番組が、桂三枝師匠の司会で始まった。知る人ぞ知る。もう、日本中の若者が、その番組に熱中した。そして、笑福亭仁鶴師匠は元より、月亭八方・桂文珍・桂きん枝、各師匠方三人組の「ザ・パンダ」のトリオや、漫才のオール阪神巨人師匠、中田カフスボタン師匠と言った、今の上方のお笑い会、否、日本のお笑いをしょっておられる面々が、デビューされた、凄い番組であった。

そんな番組、今では、正直言って、もう、登場しないでしょうね。それは、やっぱり、三枝師匠と仁鶴師匠程のカリスマ性を持った噺家が、登場していないからでは、ないでしょうか?そして、当時は、仁鶴師匠と三枝師匠をよく、比較されたものでした。正直言って、私は、その時、仁鶴師匠の落語やトークの方が、人気が在ったように思われたのでした。

でも、三枝師匠は、一つ先の時代の噺家を目指していたことに、全く気がついていなかったのです。多分、三枝師匠は、物凄く苦しんで、新作落語を創ってこられたのだと想像致します。落語の普及と、新作落語の創作と、そして、落語の定席「天満の繁盛亭」の創造。そして、いよいよ、大恩師、桂文枝師匠の名前を襲名と、ほんとうに、これは、三枝師匠の努力の賜物だと想います。

でも、それだけに、大きな名前を襲名される、プレッシャーみたいなものは、かなり感じられていると思うのです。でも、新しい落語のスタイルを構築した、三枝師匠だからこそ出来る、新たな、上方落語の世界が広がっていくような、希望がみえます。

三枝師匠の色紙「念ずれば花ひらく」を、床の間の掛け軸に飾って、何時も、心のささえにして、いつか、紙芝居という、芸術の花を開かせたいと想い続けて、青空視観(みかん)は、今日も、明日のピースおおさかでの、平和紙芝居の練習に励み、家族に、「やかましい!」と、怒鳴られながらも、とっくんに日付が過ぎているのも気がつかずに、自分であきれかえっている、みかんであった。

みなは~ん!ピースおおさかへ、来ておくれやす!て、言うか、もう明日に備えて、はよ、ねえや!

                     byみかん

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ありがとう!箕面紙芝居まつり         2011年7月10日

灼熱の7月第二日曜日、恒例の箕面紙芝居まつりに参加させて戴いた。昨日、また、半熱射病状態から復活して、私は、実演する紙芝居を携えて、阪急電車に揺られて、箕面に向かった。また、熱射病になって、御迷惑をおかけしてはならじと鑑み、駅から、タクシーで会場のメイプルホールへと、到着す。(テクシーより遥かに速く着いた。)

会場では、もう、出演者の方々が、全国から集まっておられ、右を向いても、左を向いても、紙芝居、紙芝居のオンパレード!中には、玄関の盾看板の前で、記念写真を撮っているグループさんも、おられた。

私は、メンバーさんに、今回は自分一人だけの出演やし、わざわざ来て戴くのは、申し訳ないと思って、案内だけして、連絡は避けさせていただいた。だから、結構、一人で、自由やったけど、やっぱりなんか、寂しかった。だけど、会場で、顔なじみのスタッフの方や、京都の女優さんOさんと地下の控え室で、出会ったり、全興寺で、いつもお世話になっている、鈴木常勝さんにご挨拶をさせて戴いていく内に、段々と、テンションが上がって来たような気持ちになれた。

今回、私が実演させて戴くのは、玄関だ。つまり、屋外。とっても暑いが、場所としては、不足はない。青空みかんの名前の如く、梅雨明けの青空の下で、紙芝居「たけいっぽんしおいっしょう」を、どちらかと言うと、大人向きのお話だったが、今回は、前のシートに座っている子供達も巻き込んで、実演出来たことが、何より嬉しかった。また、紙芝居仲間の方が、観に来てくださり、私は、水を得た魚のように、ピチピチと跳ね回った?(そんなアホな)

そして、自分の出番が、比較的早かったので、後は、ゆっくりと、全国から来られた、紙芝居の演じ手さん方の熱演ぶりを、ゆっくりと味あわせていただくことが出来、大変、勉強になった。この、箕面の紙芝居まつりでは、参加することも、勿論、意義が在るが、普段は、なかなか、人様は演じられている処を、拝見する機会が少ない。まして、作家の先生が、ご自身の作品を演じられるチャンスを見逃すのは、本当にもったいないことだ。({もったいないもったいない」という紙芝居もあった)

そんなこんなで、結局、交流会のラストの5時まで、ずっと、紙芝居ずくめの一日を過ごさせて戴いた。帰りは、ポンポン劇場の内藤さんと、お手伝いの中さんに、車で送って戴いた。わざわざ、遠回りをして、我が家まで送ってくださる途中で、内藤さんに回転寿司までご馳走になり、本当に、紙芝居をやっていて良かったなあ~と、心から実感出来た、ゴージャスな紙芝居日和であった。

紙芝居に携わる、全ての方に感謝です。仙台の、ときわひろみさんが、命以外、全てを津波で流されてしまわれたと聴き、ときわさんの、紙芝居をする為に、大阪の箕面に来ましたという、お話を聴かせて戴き、自分の日常生活の不変の有り難さを心から、感謝し、私も東日本の被災された方々に、紙芝居しかでけへんけど、エールを魂を込めて、贈らせて戴きたいと想い、紙芝居祭りの冊子に、メッセージを載せさせて戴いた。

紙芝居は、永遠に不滅です。そして、紙芝居で紡がれた絆も、永久(とこしえ)に繋がり続けていることを、願っております。ありがとうございます!

                   byみかん

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みかん、孫達に紙芝居をみせる?        2011年7月7日

7月7日、七夕の日に生野区の南巽駅近くに在る、グループホーム「サンビック」さんに、紙芝居仲間の、青空さつきさんと、紙芝居をお届けした。このグループホームでは、さつきさんのお母様も利用されているということで、なんか、気恥ずかしかったが、なんとか最後まで、紙芝居を演じさせて戴いた。

生憎、一日中、しとしとと雨が降り続き、車でお伺いしたのだが、皆さん、紙芝居を楽しみにしてくださっていたようで、喜んで戴けたように思われる。さつきさん、本当にありがとうございます。お母様に宜しくお伝え願います。

「サンビック」さんからの帰りに、二人の孫に会いに、娘の家に立ち寄った。孫達は、私の顔を見るなり、「ばっちゃん(結局こう呼ばせてます!)、カミシバイもって来た?」と、上のしずるちゃんが、訊ねる。どうも、私の顔を見ると、紙芝居がアウトプットされるようだ。

私は、「今日も持って来たよ!」と笑顔で応えて、先ほど演じたカミシバイを、見せた。だが、孫達は、カミシバイと言っても、そのお話の内容を楽しむのではなく、紙芝居の舞台(箱)の中に絵が描かれている紙を入れて、それを、次々と外へ、放り出す?のがおもしろいようだ。もう、なんの遠慮もなく、無造作に紙芝居の画面を、バラバラに引っ張り出して、二人で、ケタケタと笑うから、たまったものではない。

私は、孫達が、放り出した紙芝居を一枚ずつ、大切に拾い、また、舞台の中へ入れる。すると、また、二人で、紙芝居をパラパラと、外へ、引き抜く・・・この繰り返しなのだ。だが、誰が教えた訳でもないのに、紙芝居の画面を差し込み、抜くという動作を自然に、彼女達は学習していたのだ。

犠牲になった、うちの「おけやのてんのぼり」の紙芝居は、床の上で、無残にもバラバラと散らばっては、揃えられて、また、入れられる運命と相成った。もう、めんどくさくなったので、雷さんの場面の紙芝居を見せて、「かみなりさん怒ってるで!」と、うちが、しずるちゃんに言うと、しずるちゃんは急に泣きべそをかいて、「かみなりさんこわ~い」と言うので、私は慌てて、雷さんが笑っている場面を見せて、「ほら、もうおこってはれへんで。わろてはるやろ。」と言うと、彼女は安心したのか、私の見せた二枚の場面を舞台に入れて、確認していた。

私は、まだまだ、赤ちゃん紙芝居について、皆無に近い(他のも然り)が、少なくとも、私の孫達にとって、紙芝居は、ストーリーを楽しむというものではなく、舞台に入れて、その各々の場面の絵の変化を楽しむ道具のようだ。だが、しずるちゃんは、一応、舞台に紙芝居を入れると、「はみまり、はみまり~」と、言ってくれる。この流れは、一応判っているようだ。

その後、「なぜ七夕にささかざりをするの?」という七夕の由来話の紙芝居を見せると、やっぱり、女の子なのか、おませなのか、織姫と彦星が、目と目を見詰め合って、手を握り合っている画面が、とても気に入ったようで、「これは誰?」と、さかんに、織姫様の絵を気にしていた。

一方、マイペースの下のみつるちゃんは、紙芝居の舞台の扉のフックが気に入ったのか、そればかり、さわっておられる。自分で、まだ開けられないので、私に、開けろとか、閉めろとか、宇宙人語でのたまう。私が何回かやって見せると、今度は、自分でしたがるのだが、もう、鍵がこわされそうと云うか、うちの大事な紙芝居の舞台が、バラバラになりそうなので、丁重にお断りした。

なんだかんだと言っても、不思議なもんで、孫のすることは、なんでも許せる自分が、不思議だ。これが、家族や大人の人なら、どうして、腹が立つことばかりなのに、孫達だと、何をやっても、「まあ、ええやん!」と心の中で思い、そうして、どうしたら、怒らないで、理解してもらえるかと、自分で努力しようとする私が居るから不思議だ。

「やっぱり、孫はまごのだ!」などと、訳のわからないだじゃれを言いながら、逞しく子育てをしている娘に、感服した。うちが子育てしてた時は、近所の人みんなを巻き込んで、お世話になりながら、子育てしとったけど、今は、そんな、巻き込むほどの近所づきあいもでけん時代になって、子育てしてるお母さん方も大変やなあ~などと、自分の若いころのことを思い出し、そう言えば、昨夜、子育て時代の夢を見たことを思い出し、なんか不思議な気持ちになった、みかんであった。みかん曰く「子どもは、その存在そのモノが未来なのだ!無限の可能性を秘めている。世界中の子供達に幸い在れ!」

                     byみかん

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明日は七夕ですね              2011年7月6日

昨日、職場の七夕交流会で、紙芝居をさせて戴きました。皆さん、思い思いに短冊に願い事を書いて、笹の葉につるした。私も、星形の短冊に願い事を書いて、そっとつるしました。願い事は、昨年よりも、少し、遠慮した願い事にしました。

あっ、紙芝居ですよね。紙芝居は、七夕の由来話と、参加型の紙芝居とクイズにしました。クイズは、みんな、思いの外、元気に手を挙げてくれて、盛り上がり、とても嬉しかったです。

明日が本当の七夕の日ですが、予想では、雨となっております。残念。でも、私も知らなかったのですが、昨日、させてもらった紙芝居で、七夕の日に大雨が降っても、かささぎという鳥の群れが、天の川に橋を造ってくれて、おりひめ様と彦星様は、めでたく出会うことが出来るのだそうです。

だから、皆さん、もし、明日、雨が降っても、決してがっかりしないでください。かささぎさんが、橋を造ってくれて、みんなの願いも、きっと天に届くと想います。七夕は、中国で生まれた慣わしが日本に伝わったということです。

笹に飾りを付けたり、短冊をつるすのは、笹が、一年中枯れない強い木だからそうです。昔の人は、本当にいろいろなことを考えて、季節の行事を楽しんで、暮らしていたのですね。私達も、このように、昔から伝えられた伝統行事を、ずっと、後の時代まで、伝えていきたいものですね。

えっ?どんな願い事を書いたかって?それは、内緒です。皆さんも、一つだけ、何か願い事を書いて、笹の葉につるしてみてください。きっと、「念ずれば夢叶う」と言われていますから、かなうといいですね。

                      byみかん

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第三の紙芝居の黎明期来る?       2011年7月4日

このブログ、巷ではあまり、知られていないようで、お身内の方が、何時も熱心に見て下さるようで、なんとか、頑張って続けさせて戴いております。本当にありがとうございます。

やはり、紙芝居の語り手ということなので、紙芝居のことを、もっとお伝えした方が、ええのかなあと思い、今日は、私の好きな紙芝居の歴史の蘊蓄を、一つぶってみようと想います。暫くのご辛抱を願います。

紙芝居が、何時、何処で生まれたのかて、結構知られていないみたいですが、今の形式の紙芝居が生まれたのは、昭和5年(1930年)だということだそうです。意外と、新しいでしょ。で、何処で生まれたかと云いますと、東京の下町だそうです。当時は、世界大恐慌の影響と、関東大震災の為、失業者が町中に溢れていたそうです。そんな、下町の、在る長屋で、二人の男性が、今の形の、所謂、平絵の紙芝居を、ハガキ大くらいの大きさの紙に絵を描いて、それを、懐に入れて、市中を廻り、子供達に出会うと、その絵を見せて、飴や駄菓子を販売していたのが、そもそもの、始まりなのだそうです。

そして、瞬く間に、「黄金バット」や「少年王者」などの紙芝居が、子供達の心を捉え、爆発的な人気を博したのでありました。この辺のところは、加太こうじ氏の「紙芝居昭和史」(岩波現代文庫)を御覧になると、詳しく書かれております。

つまり、紙芝居の発生の、そもそもの元は、街頭紙芝居だったのです。そして、その紙芝居の流布性の凄さに着眼した、大人達が、印刷紙芝居を創り、キリスト教の布教や、幼稚園や学校教育などに利用したのです。その、最も恐ろしいのが、戦争を賛美し、戦争のプロパガンダ(宣伝)に利用されたのでした。日本中の津々浦々で、国策紙芝居が実演され、国民は皆、銃後の護として、その紙芝居を見る事で、洗脳されていったのです。紙芝居の唯一の悲しい負の遺産なのです。

そして、戦後、再び焼け野原の中で、真っ先に復活したのが、街頭紙芝居でした。復員兵や、戦争で家や職を失った人々が、その日その日を食べていく為に、食べ物に飢えていた子供達に、甘いお菓子を売る道具として、「黄金バット」のハハハ・・・という哄笑のように、勇ましく街頭紙芝居が、再び子供達の心を掴み、放さなかったのです。

でも、それも、昭和30年代に入り、テレビの普及と高度成長で、仕事を得る人が殆どになり、街頭紙芝居は、街角から、消えていったのです。しかし、紙芝居は全く消えることなく、幼児紙芝居や、図書館で視聴覚教材として残ったり、また、各地で、手作り紙芝居コンクールという形で、脈々と引き続けていかれ、そして、現代、この21世紀の平成の混沌とした時代に、三度、紙芝居が見直されて来た時が、やってきたのです。

紙芝居は、日本で生まれ、多くのその製作や、研究、実演に携わってこられた方々の熱い想いが、生まれては消え、消えては生まれ、今までに、二度、その人気を博した時代が在りました。だが、今こそ、紙芝居という大切なコミュニケーションであり、また、絵本とは違う、共感を呼び起こし、人々の心を捉える文化を、私達は、大切に育んでいく時が、やって来たのではないでしょうか?

これは、私の穿った考えなのかもしれませんが、少なくとも、紙芝居を観ることは、「独り」という気持ちを払拭してくれます。絵本とは、全く異質のものです。何故なら、紙芝居には、必ず、演じ手の存在が必要なだからです。その演じ手の実演に依って、同じ紙芝居でも、全く違ったものになります。つまり、紙芝居は、実演することで、初めて、完結されるのです。

話が、かなり長くなってきましたので、この辺で、置いておきます。紙芝居の歴史を、もっと知りたい方は、上地ちづこさんの「紙芝居の歴史」(久山社)をお読みください。紙芝居の歴史の話をすると、夜が明けてしまいそうなので、この辺で、失礼致します。中途半端な、知識で、大変失礼致しました。それでは、また、さよなら、さよなら・・・

                     byみかん

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踊るアホウに観るアホウ同じアホなら~      2011年7月3日

もう、こんなに毎日が暑かったら気がおかしくなっても不思議ではない。皆さん、大丈夫ですか~?うちは、あまりの暑さに、溶けてしまいそうです。(そんな、アホな!)アホといえば、阿波踊り(なんでやねん!)徳島の紙芝居ボランティア「おしやべりくまさん」に、今年はご招待戴き、8月の本番の日、生まれて初めて、阿波踊りデビューすることになりやした。

そこで、「連」の皆様の足を引っ張ったらいけないと想い、このたび、弁天町市民学習センターで、徳島出身の落語家、笑福亭学光さん(鶴光師匠のお弟子さん)が、中心となって御指導して戴く、阿波踊りの講座を受講しました。だが、阿波踊りは、私の予想を遥かに超える過酷な踊りでした。もう、よそう・・・とは、おもわんかったけど、足が棒みたいになり、女踊りを選んだ私は、がに股だったのか、指導の女性に「男踊りなん?」と、突っ込まれる始末・・・

弁天町市民学習センターの講堂で、踊ったのだが、もう、老若男女が、約50名くらい、それと、三味線、太鼓に、笛吹く人も入れて、もう、弁天町の夜は、暑く、もえもえに燃えたぎった。私は、「笑天下」で知り合った仲間の、コロンちゃんと、どきんちゃんと(どんな講座なんや・・・)一緒に、ふらふらになりながらも、なんとか、お互い、励ましあいながら、最後まで、踊りきることがでけた。

帰りの電車で、コロンちゃんと一緒になって、お互いのことをいろいろ話し、「やっぱり、自分の好きな道を歩むのが一番ええねえ!」と、意気投合した。先に帰ったどきんちゃんも、「笑天下」の一期生で、今回、うちら二期生と一緒に、また、笑いの勉強をされ、それに、阿波踊りを踊る=そのパワーには、頭が下がる。

踊るあほうに、観るあほう、同じアホなら、なんでも、参加せなソンソン~て、いうけど、結構、体力と気力が要りまんなあ・・・皆さんも、頑張りすぎず、ええ加減が良い加減と、自然体で、生きませう!あ~せやけど、阿波踊りしている人、みんなええ体格したはったなあ。あんまり痩せることは期待せんとこっと!

                   byみかん

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七月のみかんの予定            2011年7月1日

早いもので、もう、今年も半分過ぎてしまいました。光陰矢の如しと申しますが、一日、一日を、もっと丁寧に詳らかに、生きていきたいと想いつつ、つい、居眠りなどをしてしまう、相変わらず、ええ加減な生き方しかでけへん愚か者ですが、今月も、宜しくお願い申し上げます

(7月の紙芝居の予定)

7月7日(木) グループホーム「サンビック」さん 地下鉄南巽駅下車

              午後2時~3時 七夕祭り

7月10日(日)   箕面紙芝居まつり 「紙芝居がいっぱい」に参加

              午前10時~15時30分

7月14日(木)   ピースおおさか  地下鉄・JR 森ノ宮駅下車

              午前10時~ 午前11時~ 「平和紙芝居」

7月17日(日)      紙芝居教室in難波 OKATビル4F

              13時30分~16時30分 

7月21日(木) 守口児童センター地下鉄大日駅徒歩だいぶ歩く・・・

               午後2時30分~3時30分

7月23日(土)  紙芝居教室in田辺  地下鉄谷町線田辺駅下車

           午後2時~4時 すずき住建様田辺文化サロン

7月24日(日)   全興寺紙芝居 (地下鉄谷町線平野駅下車)

                午後2時と3時

7月31日(日)       キッズプラザ 地下鉄扇町駅下車

        ボランティアさんの紙芝居グループオリエンテーション

                午後1時~4時

以上でございます。今月も、目一杯、暑さに負けず、顔晴らせて戴きたいと、想います。何卒、よろしゅうおたの申します。いつも、ありがとうございます!

                         byみかん

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