« 念ずれば花開く              2011年7月13日 | トップページ | 真夏の夜のみかん            2011年7月15日 »

みかん、「はだしのゲン」に挑む         2011年7月14日

ピースおおさかで、夏休みに、紙芝居「はだしのゲン」の紙芝居を演じさせて戴きます。今の日本は、原発の恐ろしさにおびえ、毎日、その報道で持ちきりです。

人間の叡智を以ってしても、どうにもならないようなものを作り、その為に、ただ、節電せよ。節電せよ。と言われても、根本的に、原子力発電にのみ依存していた責任は、誰がとってくれるのですか?

私は、政治の難しいことは解りません。でも、先の戦争で、広島、長崎に落とされた、原子爆弾の為に、どれだけ多くの人々が苦しみ、そして、今もまだ、放射能の影響で病んでおられる方が、たくさんおられるこの現実を、少しでも多くの人々に、知っていただき、戦争の愚かさ、核は人間には必要のないもの、放射能のという目に見えないものの恐ろしさを、お伝えすることが出来れば、幸いです。

この酷暑に、節電を強いられ、みんなで乗り切ろうと、言っている人々の「正論」を、私達は、よくよく自分の頭で考え、何が正しくて、何がおかしいのかを、しっかりと見極めることが、肝要だと想うのです。

確かに、電気を無駄に遣うことは、いけないことだと思います。でも、何処で電気を始末するのかということを考えることよりも、どれだけ電気を大切に遣い、自分の健康を守るかということも必要やとおもいます。

例えば、これは、ほんの一例ですがエアコンの我慢を強いるよりも、深夜のテレビのバラエティー番組を放送する方が、よっぽど無駄な電気や資源を遣っているのでは、ありませんか?

夜中にテレビの放送をするから、テレビをつけて、照明の電気も付けて、エアコンも付けて、その他もろもろの無駄な電気を消費するのです。

駅のホームの時計や時刻表の電気を消すのだったら、次のに来る電車が、前の駅を走っているとかの云々の表示を消した方が、よほど電気が無駄にはなりません。時刻表と時計が在れば、電車は、時刻通りに来るのですから・・・

あまりにも世の中が便利になり過ぎて、私達は、選択を誤ってはいませんか?車で通勤するから、エネルギーを遣うのです。電車で通勤するのだったら、せめて、電車に乗っている時さけでも、快適に通勤出来るようにしたいものです。間引き運転なんて、論外です。

「はだしのゲン」の紙芝居を演じさせて戴くことで、今一度、日本の再興を考え、どうすれば、みんなが幸せに生きていくことが出来るのかを、考えていただくきっかけになってもらえたら、幸いです。

ゲンのように、逞しく、自分に正直に、まっすぐに生きることが、ますます、出来なくなってきた、今の日本社会に、新しい風を吹かせることが出来れば、こんな嬉しいことは、ありません。人間、それぞれ、考えや価値観が、違って当たり前です。だからこそ、話し合い、理解し合うコミニュケーションが、大切なんやと想います。

節電は、「正しい」ことではなく、「必要」なことであることを、今一度、みんなで考え、確認することが大事なんやと、うちは、思います。

                        byみかん

|

« 念ずれば花開く              2011年7月13日 | トップページ | 真夏の夜のみかん            2011年7月15日 »

コメント

この記事へのコメントは終了しました。