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日本丸よ、何処へ行く・・・            2011年6月14日

今日の毎日新聞の夕刊に、前宮城県知事の浅野史郎さんのインタビューの記事が、載っていた。浅野さんは、09年に、白血病に冒され、暫く静養されて、癌と闘って、骨髄移植の手術を受けて、復帰され、現在は、慶応大の教壇に立たれておられる。

浅野さんは、93年から3期、つまり、12年間、宮城県の知事を務めておられ、今回の震災に対しては、人並みならぬ、意識があるようだ。その、浅野さんのお言葉を紹介させて戴こうと想う。浅野さんは、今回の震災と自身の境遇に「共通するものがある」と、おっしゃっている。

「ALT(成人T細胞白血病)発症の告知を受けたのは2年前の5月25日。青天のへきれきではなかった。知事だった時に、仙台の献血をきっかけで、この病気の原因であるウイルスの保持者であることが分っていたので、定期的に診察を受けていたのです。だから、全く予想もしていなかったところに突然見舞われた震災とは違う。けれども、死ぬか生きるかの大変厳しい病気だということを告知されたことは、私にとっては運命に翻弄される出発点だったわけです。」

浅野さんは、この告知の一時間後、付き添っておられた、妻の光子さんに宣言した。「おれはこの病気と闘うよ。だからしっかり支えてくれ」と、「言った途端に、気持ちが前向きになって『根拠なき成功への確信の』の気持ちが、高まった」そうだ。また、こうも、おっしやっている。「被災地の人達も頑張るぞと言っています。それも言わば『根拠なき成功への確信』かもしれない。確信を持つことは勇気をあたえてくれる。非常に大切なことなんです。」と。

また、こうも、おっしやっている。

「不便、不足、不幸。被災していない人たちもそれらを我がものとして『分ち合おう』という心です。みんな同胞なんだ、苦しいときはお互いさまなんだと。元々、持っていたものが顕在化したというより、新たに意識として生まれたものだと思います。これから日本はどこへ行こうとするのか、というときに得た財産ですよ」

そして、浅野さんが、闘病されている時の自らの体験と、今回の震災に遭われた方とを、こう重ね合わされた。

「闘病中、勇気を与えられたのは「自分は一人で闘っているのではない」と思ったことだ。名前すら知らない40代の男性が、骨髄バンクを通して骨髄を提供してくれた。知人・友人・名前も知らない多くの方からも励ましの言葉をもらった。(中略)被災地でも、大勢のボランティアが行き、義援金が届けられていることが励みになっていると思います。被災地は復興を果たすことで、それに応える。私が病気から回復することが、支援者に対する答えと同じように」

そうして、この記事を書いた記者は最後に、こういう言葉で結んでいる。

「やればできる、とは限らない。しかし、そう信じて進むことが結果を生む。浅野さんの姿を見て強く感じた。」

この記事を読まれた、今絶望の淵に立っておられる方々が、少しでも、「できる」という確信を持ってもらうことが出来、勇気を与えられ、「分ち合いの心」に裏付けられた共感の気持ちを持つこたが出来、明日も生きていこうと、いう気持ちになってもらえることを、私は、切に願って止まない。

人間は、支えあうことと、励ましあうことで、一つになれることを、私は、浅野史郎さんから、教えられたのだ。浅野さん、何時までも、お元気でいてください!ありがとうございます

               byみかん

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