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青空みかんの名前の由来         2011年5月30日

今日は、ここで一つ、なんで私の芸名が、青空みかんと名付けられたかを、お話しましょう。(そんなの関係ない!て言うてた芸人さんいてたなあ・・・)

あれは、うちが、まだ、紙芝居を始めたばかりの頃やった。大河先生のお宅へお伺いした時に、先生が、私に、紙芝居をする時の芸名を考えようと、おっしゃってくださった。因みに、大河先生は、マジックをされておられて、舞台に立たれる時は「爆笑斎明朗」(ばくしょうさいほがらか)と名乗っておられた。

うちも、やっぱり、爆笑斎の名前を戴くのかな?と、おもったら、先生は、「みそら・・・はどうかな?」と言われたので、「いや、せっかくですが、美空ひばりさんと同じ名前を、名乗るなんて、恐れ多いです」と、申し上げたら、「それでは、青空はどうですか?」とおっしゃった。

私は、「あおぞら」という響きが、凄く心地良く感じられたので、「先生、青空は、とてもいいですね!青空にしてください。」と応えた。そして、その時は、秋頃だったので、先生の奥様の益江様が、お盆に一杯の橙色のみかんを持って来てくださった。

私は、そのみかんを見て、「先生、私、みかんがいいです!下の名前は、みかんにしてください!」と、お願いした。すると、大河先生が、「それでは、青空みかんという、名前にしましょう。」と、おっしゃってくださった。

「青空みかん、青空みかん・・・」私は、自分の名前が決まって、凄く嬉しかった。真っ青な空に、舞う橙色のみかんは、以前にもお話したと思うが、芥川龍之介の短編小説である「蜜柑」という、私の大好きな作品と重ね合わさるのであった。

あの少女が、見送りに来た幼い弟や妹達に、列車の窓から放り投げた青空高く舞うみかんのように、私も、紙芝居を観る人々に、感動して戴けるような演じ手になりたい。と、決意した気持ちを、今もずっと持ち続けて来られたのも、この名前を戴いたお陰であると、何時も、大河先生と益江奥様に、深く感謝している。

そして、それから暫くしてから、先生からお手紙を戴き、その手紙に{「青空視観」と漢字で、正式の時は表したらよろしいでしょう。}と書かれていた。私は、その手紙を戴いた時、小躍りして、喜んだ。先生から頂戴した名前に恥じない、紙芝居の演じ手になれるように、これからずっと、励もうと心に決めたのであった。

私の名付け親である、大河萬子次先生の、肉体は消えたけれど、しっかりと、私の心の魂に、父と一緒に宿っていると、信じている。舞台に立つ時は、先生のあの、鮮やかな手さばきのマジックは、もう見ることが出来ないが、残念だけれども、先生の志は、しっかりと受け継がせて戴き、観る人々に、感動して戴ける紙芝居を演じるのだと、心新たに、自分自身に誓う、みかんであった。

                      byみかん

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