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吹けば、とぶようなみかんの駒          2011年5月22日

昔、村田英雄さんという歌手の「王将」という歌が流行した。その歌の出だしが、「吹けばとぶような、将棋の駒に、懸けた命を笑わば笑え~」という歌詞がある。

私の人生も、そんな感じで、「吹けばとぶような、紙芝居の紙に懸けた命を笑わば笑え~」となるのかも。そんな気持ちで、本日の全興寺さんの紙芝居も、臨んだのですが、やっぱり、此処は鍛えられる修行の場所ですね。

今日は、東北の方々にエールを贈る意味で、東北生まれの、宮澤賢治の作品「注文の多い料理店」と「どんぐりと山猫」を持って行きました。正直、私は、少しこの作品を甘く見ていたのです。子供達が共感してくれるやろうと・・・だが、結果は、もう、大失敗でした。

特に「注文の多い料理店」は、ひどかった。ほとんど、裏読みで、全く子供達と向き合うことが出来ず、観客席の空気も冷めているのが、肌でビンビンと感じました。それでも、一番前に座っていた、三人くらいの女の子達が、私の語りに応えてくれるのが、唯一の支えで、なんとか最後まで演じきることが出来ました。やれやれ・・・

落ち込む気持ちを取り直して、次の回の「どんぐりと山猫」は、もう、裏の文を全て、自分の頭の中に叩き込んで、自分の言葉に置き換えて、演じました。そしたら、なんか、すーっと気持ちが楽になって、「ああ、此処では、こんなふうに演じた方がええねんや」と、気づかせてもらえたのです。

もう、此処に通わせて戴いて、何年も経っているのに、ほんまに不器用で、飲み込みの悪い自分ですが、めげずにチャレンジして、本当に良かったと思いました。

唐突ですが、私は、今、将棋を習いたいと想っているのです。将棋は、紙芝居と同じくらい、奥が深いようで、プロの方は、何百手も先の先まで見通す、洞察力が培われるそうですが、消去法で、差し手を考えるのやそうです。(谷川名人の著書より)

紙芝居もそうです。いろんな場所で、お客さんや、場所、状況に合わせて、いろんな紙芝居を持って行くこともあるけれども、今日は、何百という作品が在る中で、今日は、こう云う所で、こんな方々に観て戴くのだから、これではない、これでもない、と、作品を選ぶ時は、結構悩みながら、取捨選択をして、演じさせて戴く作品を決めるのです。

紙芝居は、演じる方も大切ですが、作品を選ぶのも、本当に真剣勝負です。将棋と同じです。お客さんがおられるから、一回一回が、俎板の上の鯉みたいなもんです。私は、まだまだ、修行をしていかなければならないと、改めて、今日の全興寺さんの紙芝居で、思い知りました。

全興寺さんからの帰り、鈴木常勝さんに連れて行ってもらって、一緒に紙芝居を実演された、オバチルさんと、串かつを食べながら、紙芝居談義に華が咲きました。鈴木さんの紙芝居に対する、熱い想いを、ひしひしと感じながら、でも、自然体で、何時も子供達に、紙芝居を演じられる、その引き出しの多さと、奥深さは、ほんまもんなんやなあと、生のキャベツをかじりながら、ほろ甘さを味わったみかんであった。鈴木さん、ほんまに、ありがとうございます。

                    byみかん

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