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2011年5月

青空みかんの名前の由来         2011年5月30日

今日は、ここで一つ、なんで私の芸名が、青空みかんと名付けられたかを、お話しましょう。(そんなの関係ない!て言うてた芸人さんいてたなあ・・・)

あれは、うちが、まだ、紙芝居を始めたばかりの頃やった。大河先生のお宅へお伺いした時に、先生が、私に、紙芝居をする時の芸名を考えようと、おっしゃってくださった。因みに、大河先生は、マジックをされておられて、舞台に立たれる時は「爆笑斎明朗」(ばくしょうさいほがらか)と名乗っておられた。

うちも、やっぱり、爆笑斎の名前を戴くのかな?と、おもったら、先生は、「みそら・・・はどうかな?」と言われたので、「いや、せっかくですが、美空ひばりさんと同じ名前を、名乗るなんて、恐れ多いです」と、申し上げたら、「それでは、青空はどうですか?」とおっしゃった。

私は、「あおぞら」という響きが、凄く心地良く感じられたので、「先生、青空は、とてもいいですね!青空にしてください。」と応えた。そして、その時は、秋頃だったので、先生の奥様の益江様が、お盆に一杯の橙色のみかんを持って来てくださった。

私は、そのみかんを見て、「先生、私、みかんがいいです!下の名前は、みかんにしてください!」と、お願いした。すると、大河先生が、「それでは、青空みかんという、名前にしましょう。」と、おっしゃってくださった。

「青空みかん、青空みかん・・・」私は、自分の名前が決まって、凄く嬉しかった。真っ青な空に、舞う橙色のみかんは、以前にもお話したと思うが、芥川龍之介の短編小説である「蜜柑」という、私の大好きな作品と重ね合わさるのであった。

あの少女が、見送りに来た幼い弟や妹達に、列車の窓から放り投げた青空高く舞うみかんのように、私も、紙芝居を観る人々に、感動して戴けるような演じ手になりたい。と、決意した気持ちを、今もずっと持ち続けて来られたのも、この名前を戴いたお陰であると、何時も、大河先生と益江奥様に、深く感謝している。

そして、それから暫くしてから、先生からお手紙を戴き、その手紙に{「青空視観」と漢字で、正式の時は表したらよろしいでしょう。}と書かれていた。私は、その手紙を戴いた時、小躍りして、喜んだ。先生から頂戴した名前に恥じない、紙芝居の演じ手になれるように、これからずっと、励もうと心に決めたのであった。

私の名付け親である、大河萬子次先生の、肉体は消えたけれど、しっかりと、私の心の魂に、父と一緒に宿っていると、信じている。舞台に立つ時は、先生のあの、鮮やかな手さばきのマジックは、もう見ることが出来ないが、残念だけれども、先生の志は、しっかりと受け継がせて戴き、観る人々に、感動して戴ける紙芝居を演じるのだと、心新たに、自分自身に誓う、みかんであった。

                      byみかん

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雨二モマケズ風ニモマケズ・・・      2011年5月29日

宮澤賢治の有名な詩の言葉程、大そうなことではないけんど、台風2号の迫り来る中を、紙芝居の舞台と紙芝居数作品と、拍子木とハーモニカなどを、大きな袋に入れて、傘を差し、長靴と雨ガッパを着るという、完全防備の状態で、一路、万博記念公園の中に在る、「水の館」へと、辿り着いた。(その道のりの長く感じたこと)

共生共走マラソンは、予定通り、大雨の中で、決行された。野外の大きなテントの屋根の下のステージでも、実演が、既に始まっていた。そして、ランナーの人々が、ずぶ濡れになって、走っておられた。

この共生共走マラソンは、今年で18回目になるイベントで、しょうがいの在る方も、そうでない方も、共に、楽しく歩んでいこうという、コンセプトで、大阪は平野区にある、マッサクグループの方が、主催されている。

この、マッサクグループの主催者、松場作冶さんも、自ら、車椅子のお方ですが、とっても熱い志を持っておられ、その実現の為に、車椅子で、当日も会場を、所狭しと東奔西走されておられる。

ひょっとしたら、平成の宮澤賢治なのかもしれない。へたれの私には、到底、できっこない事を、成し遂げられようとされているのだ。

とにかく、無事に本部席の隣を、松場さんが、場所を開けてくださり、無事に、会場に来られている子供さん達に、紙芝居を、存分に楽しんでもらえたのではないかと、想う。また、私自身も、楽しんで、紙芝居の実演をさせて戴けた。

外は、大荒れのお天気であったが、雨にも負けず、風にもまけず、イベントに参加された、全ての方が、共に生きていくことの喜びを、実感出来た「水の館」での、時間であった。

                byみかん

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気の早い台風がやって来る!         2011年5月28日

明日は、5月のおまけの、第5日曜日、しかも、恒例の「共生共走マラソン」が、鶴見緑地公園で開催される予定なのに・・・

ああ、それなのに、それなのに、それなのに、(指示語ばっかり遣うな)何ゆえ、今、この時期に、梅雨入りをした上に、もれなく、おまけに、でっかい台風さんが、付いてくるの?

ほんまに、ついてないでは、ござんせんか?この日の為に、明日のイベントを企画から、準備まで、奔走されていた関係者の人達(うちもやけど・・・)が、ほんまに、こまっとるんどす!(出た!京都弁)

一体全体、日本の国は、どうなってしまったのでっしゃろ?昨年の異常な酷暑、短い、秋と冬と春、そして、まだ、5月の半ば過ぎやのに、梅雨に入るや否や、台風が慌ててやって来る。

慌てたいのは、こっちの方だす。もうちょっと、日本の民達のことも考えてやっておくれやす。神様、仏様、女神様、お稲荷さん?(ああ、いかん、バチ当たるわ)

とにかく、自然の恐ろしさと、日本の気候、否、地球全体の気候が、変化して来ていることは、確かだす。私達人類は、嘗ての、恐竜のように滅びてしまうのでしょうか・・・・

そこの処は、誰にも答えは出せません。少なくとも、明日、日本列島めがけて、台風が突進して来ることだけは、間違いがないようです。

幸い、明日は、日曜日。良い子の皆さんは、学校や幼稚園がお休みですね。台風が接近して来たら、どうか、家族と一緒に、台風が早く、過ぎ去ってくれるように、見守りませう。

気の早い台風さん、あなたのコースは、どこですか~せめて、日本海に抜けるまでに、温帯低気圧に変身して、震災に遭われた方達を、これ以上、責めないでね。お願いだから。

ほんで、出来ることなら、もう少し、コースを移動して、日本列島をかすめて欲しいなあ~こんな小さな島国を、これ以上、いじめちゃあ、厭ですよ。たのむさかい、こんとって~来るな~と、くるったように、台風に叫びかけるみかんであった。ほんま、人間て、自然の前では無力な者やなあ・・・

                   byみかん

        

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人間は失敗から学ぶのだ          2011年5月27日

   人間は失敗から学ぶのだ   

                    山口朗鳳

完全無欠な人間など 存在しない

人間は、失敗して初めて自分の間違いに気づくのだ

大切なことは、失敗を活かして、そこから何かを勝ち得ることだ

失敗したら、次、どうすれば良いのかを考える

間違ったら、どうしたら、間違わないかを考える

人間だもの 失敗して当たり前さ

でもね、失敗したらふてくさることなく

謙虚に自分を省みて

次こそは、成功させよう、上達できるように伸びようという気持ちを持とう

誰でも、初めは新米だ

その最初の気持ちを持ち続けて、常に、自分に問うことをせよ

そうすれば、君の未来は永遠に、広がっていくよ

とこしえに、可能性を秘めて、進んでいくんだ、何処までも・・・

失敗をしよう 間違ってしまってもいい 

判らないことは、正直に判らないから、教えてくださいと言う勇気を持とう

そうして人間は、学んでいくことが出来成長することが出来るんだね

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我が恩師大河満子次先生永眠す         2011年5月25日

私を紙芝居と出逢わせてくださり、生涯の生きる道を導いてくださった大河満子次先生が、昨日永眠された。享年89歳。私に、何時も、後、百億年生きられると、おっしゃっていたのに、こんなに早く逝かれてしまうなんて・・・昨日は、風邪で寝込んで、病院で点滴を打ってもらっていた時に先生は、逝ってしまわれたのだ。

先生、本当にありがとうございます。私は先生から戴いた御恩を生涯忘れず、先生の志を引き継いで、これからずっと、子供さん達に喜んで戴ける、紙芝居の演じ手になるように努めます。先生の教えを守って、常に、自分自身を省み、勇気、忍耐、努力、継続の気持ちを持ち続けて、紙芝居を演じさせて戴くことで、子供さんはもとより、観てくださる方々が、明日への希望の灯りを燈せるような、そんな一隅の光明となり、そして、先生の志と、紙芝居の文化を、次代を担う子供さん達にお伝えさせて戴くことを、誓います。

大河先生の詩

明日の自分は今日の自分がつくる   

                    大河 鶏風

今日、くよくよしているから、明日だってくよくよのままだ。

今日も頑張って、明日もまた頑張ろう。それが頑張って生き抜く一日なのだ。

明日の自分は、今日の自分がつくるのである。

人は誰でも、自分以外の人の役に立つように、世の中に送り出されている。

大切な存在。死ぬ時に思い切って毎日を生き抜いたという気持ちになることが、生かされている者の役目ではないか。

「社会の皆さん、今日も頑張った。皆さんありがとう。」という。夕方を迎えることが出来れば、明日だってきっと素晴らしいはずである。

明日の自分は、今日の自分がつくるのである。ということを。

「人は。年を重ねることで老人とは言えない。」のである。

      (全文掲載)

今は、先生がお亡くなりになった現実を受け止めることの気持ちの整理と、感謝、ただ、感謝の気持ちと、お見舞いに通えなかった不義理の申し訳ない心で一杯です。

至りませんが、大河先生の志を引き継がせて戴くことが、私のこの世の中に送り出されて来た、役目だと信じて、務めます。大河満子次先生の志は、不滅です。これからも、脈々と伝えられていかれることを、願い、実行することを、お約束致します。本当に長い間、御指導くださり、ありがとうございます。☆*:;;;;;;:*☆*:;;;;;;:*☆*:;;;;;:*☆*:;;;;;:*

                 byみかん

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吹けば、とぶようなみかんの駒          2011年5月22日

昔、村田英雄さんという歌手の「王将」という歌が流行した。その歌の出だしが、「吹けばとぶような、将棋の駒に、懸けた命を笑わば笑え~」という歌詞がある。

私の人生も、そんな感じで、「吹けばとぶような、紙芝居の紙に懸けた命を笑わば笑え~」となるのかも。そんな気持ちで、本日の全興寺さんの紙芝居も、臨んだのですが、やっぱり、此処は鍛えられる修行の場所ですね。

今日は、東北の方々にエールを贈る意味で、東北生まれの、宮澤賢治の作品「注文の多い料理店」と「どんぐりと山猫」を持って行きました。正直、私は、少しこの作品を甘く見ていたのです。子供達が共感してくれるやろうと・・・だが、結果は、もう、大失敗でした。

特に「注文の多い料理店」は、ひどかった。ほとんど、裏読みで、全く子供達と向き合うことが出来ず、観客席の空気も冷めているのが、肌でビンビンと感じました。それでも、一番前に座っていた、三人くらいの女の子達が、私の語りに応えてくれるのが、唯一の支えで、なんとか最後まで演じきることが出来ました。やれやれ・・・

落ち込む気持ちを取り直して、次の回の「どんぐりと山猫」は、もう、裏の文を全て、自分の頭の中に叩き込んで、自分の言葉に置き換えて、演じました。そしたら、なんか、すーっと気持ちが楽になって、「ああ、此処では、こんなふうに演じた方がええねんや」と、気づかせてもらえたのです。

もう、此処に通わせて戴いて、何年も経っているのに、ほんまに不器用で、飲み込みの悪い自分ですが、めげずにチャレンジして、本当に良かったと思いました。

唐突ですが、私は、今、将棋を習いたいと想っているのです。将棋は、紙芝居と同じくらい、奥が深いようで、プロの方は、何百手も先の先まで見通す、洞察力が培われるそうですが、消去法で、差し手を考えるのやそうです。(谷川名人の著書より)

紙芝居もそうです。いろんな場所で、お客さんや、場所、状況に合わせて、いろんな紙芝居を持って行くこともあるけれども、今日は、何百という作品が在る中で、今日は、こう云う所で、こんな方々に観て戴くのだから、これではない、これでもない、と、作品を選ぶ時は、結構悩みながら、取捨選択をして、演じさせて戴く作品を決めるのです。

紙芝居は、演じる方も大切ですが、作品を選ぶのも、本当に真剣勝負です。将棋と同じです。お客さんがおられるから、一回一回が、俎板の上の鯉みたいなもんです。私は、まだまだ、修行をしていかなければならないと、改めて、今日の全興寺さんの紙芝居で、思い知りました。

全興寺さんからの帰り、鈴木常勝さんに連れて行ってもらって、一緒に紙芝居を実演された、オバチルさんと、串かつを食べながら、紙芝居談義に華が咲きました。鈴木さんの紙芝居に対する、熱い想いを、ひしひしと感じながら、でも、自然体で、何時も子供達に、紙芝居を演じられる、その引き出しの多さと、奥深さは、ほんまもんなんやなあと、生のキャベツをかじりながら、ほろ甘さを味わったみかんであった。鈴木さん、ほんまに、ありがとうございます。

                    byみかん

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ブログは、つづくよ~             2011年5月21日

このブログ、最近、更新するのが、ちょっとしんどくなってきました。て、言うか、ほんまに、このブログを見てくださる方のお役にたっているのか?とか、続けて行くだけの意味が、あるんか?なんて、弱音を吐いてる、へたれのみかんなのです。

最近、お陰様で、紙芝居の活動の出番も増えて来て、とっても、充実した毎日を送らせてもろてます。だが、このブログのことが、いつも頭の中によぎって、「今日は、何について書こうか?」とか、「今日は、しんどいから、休ませてもらおう。」などと、常に、このブログちゃんのことが、ついて回るのです。

たとえ、一人の方でも、このブログを見て、何かを感じていただけたら、有り難いのと、自分自身と向き合うのに、とても良いことだとは、判りつつ、何故か、最近、疲れがたまっているのか、ええ文章が書けません。ほんまに、ごめんなさい。

でも、そんな自分を、まるごとひっくるめて、肯定出来るのも、このブログが、あるからなのかもしれません。自分自身の、まあ、生活活動記録というか、感想文にしかなりませんが、それでも、このブログを、愛想つかずに、開いてくださる方へ、感謝の気持ちを込めて、つづけさせていただくことを誓います。

紙芝居の話をさせていただきますね。明日は、全興寺さんの紙芝居の日です。もう、一ヶ月て、早いものですね。つい、この前、させてもらったと思ったら、もう、明日なんですから・・・ここが、私の紙芝居の一番の修行の場所やとおもてます。

明日実演させていただく紙芝居は、当日のお楽しみ(誰も期待してへん?)ということで、今夜は、もう、休ませていただきますね。(なんや、もう終わるんか)

あっ、そうそう、今日、田辺の紙芝居教室で、学んだことですが、当たり前のことですが、紙芝居は、絵と脚本と演じ方と、この三拍子が揃って、始めて、ほんまもんの紙芝居として完成されるのだと、今頃になって、改めて気づかせてもらいました。

これからも、「ほんまもんの紙芝居」を探し求めつつ、青空みかんは、紙芝居の道を、ひたすら、走り続けます。こけてばっかりやけど・・・・‥…━━━☆・‥…━━━☆・‥…━━━☆

                  byみかん

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手帳こそ我が命                2011年5月19日

最近、歳の性か、日々に追われる為か、定かではないのですが、なんか、人の名前が思い出せないとか、何かを取りに、二階に上がり、何を取りに来たのか忘れて、下に降りて、思い出し、二階に上がると、また、思い出すという、始末です。

そんな私ですので、もう、手帳に、予定を記録しておくのですが、その手帳が無いと、もう、全く、明日のことも判らないという、情けない私です。また、手帳には、もう、いろんな物を挟んで、挟んで、挟み倒して、パンパンに膨れているのでございます。

仕事のシフト表や、領収書に、名刺、住所録、おまけに、父ちゃんの写真も挟んでいるので、もう、ハンバーガーみたいに、真ん中が膨れております。

手帳のカレンダーには、大切な予定が、書かれているので、もう、心の友というよりは、支えですね。予定があることは、それだけ、人様との繋がりが在るということで、ほんまに、有り難いことやと、思うております。

そんな、私ですが、明日のことも、予測がつかず、ちょっと、想定外の出来事があると、パニくってしまう、小心者なのでございます。

予定は、あくまで未定。どんな時でも、「今」を精一杯生きていくことが、大切やと、段々と実感出来るように、なってきました。遠い、昔の過去の思い出を懐古するのも良いけど、遠い未来の、でっかいことを夢見るのも時めくけれど、うちは、毎日のこの、平凡な日常の生活の中の、小さな喜びに、感動したり、笑顔でいられることを感謝して、明日という日を迎えたいと想います。

皆様にも、どうか、明日も、素敵な日常生活の喜びと幸いが、たくさん訪れることを、願っております。私の手帳は、そんな、幸せな日常の積み重ねの幸せが、たくさん詰まっているのだろうと、何時も想うのです。

                    byみかん

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てんやわんやの夜・・・            2011年5月18日

夜、仕事から帰宅して、お風呂場で、気持ちよくシャンプーしているところに、珍しく娘ののたまう声がした。「お母さん大変や!」私は、一瞬、ぎょっとして、母が倒れたのかと思ったが、「どないしんたん?」と、尋ねると、「着物に半襟が付いてないねん!どないしょう?」

ああ、そういえば、今度の日曜日は、娘の前の職場の先輩の結婚式で、彼女は受付を頼まれたので、着物をお召しにならないといけなかったっけ・・・と、相変わらずノー天気な母親と、着物を着付けてもらう美容院に持って行く前日の晩になって、用意をする、呑気な娘のちぐはぐな会話が、始まった。

「もう、お母さんの着物の長襦袢を持って行ってたら?多分、半襟が付いてるとおもうさかい。」と、これまた、ええ加減な返事をしたが、これが、私に出来る精一杯の返答やった。どないがんばっても、自慢じゃないが、お恥ずかしいことだが、着物の半襟は、つけてやれない。もう、裁縫が、思いっきり苦手で、増して、和裁など、到底疎いのだ。

娘は、前回、着物の着付けをしてもらった時に、半襟が付いていないと、着付けをしてもらった方に、思いっきり責められたことが、インプットされていたのだ。幸か不幸か、私は全く覚えていない。いやなことは、引き摺らない性格が、こんな時に災いするとは・・・トホホホ

結局、亀の甲より歳の功で、母の出番と、相成った。母も、私の母なので?裁縫は大の苦手だ。だが、孫の為と、発奮して、果敢に、娘の長い振袖の長襦袢の襟を持って、ああでもない。こうでもない。と、試行錯誤しながら、なんと、見事に半襟を、付けてくれたのだ!「母ちゃん、ありがとう!貴女を尊敬します・・・」(なんのこっちゃ?)

私は、老眼の母に代わって、針に糸を通す係を勝手でた。て、言うか、付け方をしっかりみておかないといけない気がしたが、私が縫ったら、百万回やり直しても仕上がらないだろう。多分・・・おお、親子三代、この着物の文化と向き合って、今日、改めて、繋がりを深めたのであった。(そない、たいそうな・・・)

とにかく、娘は、嬉しそうに「おばあちゃんありがとう!」と、言って、半襟を付けてもらった長襦袢を大事に、二階に持ってあがった。(しかし、あんた、いつまで振袖の着物を着るつもりなんや?)とは、言えず、「まっ、いいか。」着物を買ったときは、清水の舞台から飛び降りるような気持ちで、購入したが、こんだけ着たら、しっかり元はとれてるやろうなあ~

なんて、ええ加減なことを考えて、娘の部屋に入って、針と糸を返しに行ったら、「お母さん、明日、午前中に、車でこの着物のセット一式、美容院まで、届けといてくれへん?うち、明日、仕事やさかい無理。」やれやれ、まだまだ、世話がかかるなあと、思いながら、断ることが出来ず、いやいや承諾した、みかんであった。「うちも、明日、仕事やけど、遅番で出ることにするか。まっ、いいか!」と、てんやわんやの夜は、こうして、無事に、終息したのであった。トホホホ・・・・ワオ~ン!

                    byみかん

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児玉清さんを悼む             2011年5月17日

夜のテレビのニュースで俳優であり、クイズ番組「アタック25」の司会を長年に亘り務めてこられた、児玉清さんの訃報が流れた。ショックだったという驚きの反面、「ああ、やっぱり・・・」という、ため息が漏れた

ご本人が、一番無念であられたであろう。もう一度、あの「パネルクイズ、アタック25!」という、児玉さんのオープニングの掛け声が聞きたい。昨年のNHKの大河ドラマ「坂本龍馬」では、龍馬の父親の役を、お元気そうに演じておられたではないか?それなのに、何ゆえ、あんな素晴らしい方が、亡くなられてしまわれたのか、悔しくて仕方がない。

私は、役者魂というものを、何か教えられたような気持ちがした。入院される前日まで、テレビの収録をされたそうだ。本当は、もう、病魔に冒されていて、とっても苦しかっただろうに、お芝居に出演されたり、クイズ番組の司会をされたり、観る人の気持ちになって、最期の一瞬まで、燃え尽かれたのであろう。自分では、到底出来ないだろう。へたれの私には・・・

今日、生野区の、或るグループホームに初めてお邪魔して、紙芝居を演じさせて戴いた。自分で言うのもおかしいが、本当に皆様に喜んで戴けたような気がする。人生の先輩方に、楽しく紙芝居を観て戴いて、私は、自分の出来ることは、本当に、ささやかなことだけれど、悔いのない人生を、これからも送っていきたいと、心から想った。

逞しい気持ちと勇気があれば、精神論ではない自分に対する肯定感と、優しさが生まれるのではないだろうか?本当の意味での、自分で自分のことを称えることの出来る心があれば、人に優しくなれるのだと、うちは想う。

生意気なことばかり、申しましたが、児玉清さんが、天国で、あの緻密で計算された言葉と、アクションで、天国の人々を喜ばせておられることを願っております。

人生に、もう遅いはない。今、この一瞬、一瞬が、自分に課せられた、新たなスタート地点なのだということを、教えられたような気がします。本当に、ありがとうございます。そして、お疲れ様でございました。

                   byみかん

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共に学びあおう!紙芝居教室の皆様    2011年5月15日

初めて紙芝居教室を立ち上げた時、ほんまに、紙芝居を習いに来てくれはる人がおられるんやろうか?と、自分でも、無謀なことやと思いながら、始めさせていただいたのが、つい、この前のように思われる。

だが、本当に有り難いことに、ご支援、受講してくださった皆々様のお陰で、なんとか、現在も、地元の大阪市東住吉区の田辺文化サロンと、難波のOKATビルの4Fにある、大阪市立難波市民学習センターで、細々とではあるが、紙芝居教室を続けさせて戴いている。今日も、難波で、紙芝居教室を開講させていただいた。

紙芝居教室にこられる生徒さんに、紙芝居の学びと実践との、二本柱で、紙芝居を体感していただくという内容で行っている。

今までは、資料をコピーしたものを配布させていただいていたのだが、今月から、テキストを使って、今までよりも更に、体系的に紙芝居について学んで戴く予定である。しかし、あくまでも、紙芝居は、実演されて初めて完成されるという特性を持っている文化である。

「教科書は基本であり、答えは観客の方が持っている」と云う言葉をモットーに、もっと(だじゃれ?)紙芝居のことを、広く、深く、学んでいきたい所存である。

紙芝居教室の生徒の皆様!まだまだ、紙芝居の道は、奥深いけれど、輝く原石を掘り進んでいきましょう!紙芝居は、努力する私達を、決して裏切りません。努力すればするほど、きっと、応えてくれるでしょう。そして、紙芝居を通して、これからも、たくさんの人と、良い出逢いが生まれ、コミュニケーションそのものである、紙芝居を演じられることで、人間関係がスムーズになり、豊かな人生を送ることが出来ることを期待致します。

紙芝居を学び、演じて、究めるということは、本当に大変なことだと思うけれど、楽しく、愉快に、(おんなじか)チームワークを組んで、これからも、いろんな紙芝居を演じ、学びあいましょう。

今日も、日曜日の貴重な時間に、紙芝居教室に、足を運んでくださり、誠にありがとうございます!皆さん、紙芝居を選ぶ目が養われてこられ、本当に、良い作品ばかり、拝見させて戴き、私も、勉強させて戴きました。

青空みかんの紙芝居教室は、毎月第3日曜日は難波と、第4土曜日(今月のみ第3土の21日です)は、田辺で、どちらも午後から、開かせて戴いております。

紙芝居の演じ方、ルーツ、歴史、絵本と紙芝居との違い、紙芝居の特性、紙芝居の理論、作品の選び方、作品研究、紙芝居の創り方等、紙芝居のよろず相談、お伺い致します。

まだまだ、未熟者ですが、紙芝居は、これからの時代に、絶対必要な文化であることを確信し、ぶれない心で、真摯に、これからも紙芝居と向き合っていきたいと想います。

紙芝居仲間の皆様、何卒、宜しくお願い申し上げます。また、紙芝居を始めてみようかなあと、想っておられる方、どうぞ、お気軽にお声をお掛けくださいませ。ありがとうございます!

                    byみかん

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だから、人生っておもしろいんですね!     2011年5月13日

13日の金曜日、私は、いろんな人達に出逢いました。午前中は、近所の鍼灸院で、何時も、私に気合鍼を打ってくださる、女鍼灸師の先生・・・

みかん問う「先生は、なぜ、何時もそんなに、たんたんと、自然体で生きていくことが出来るんですか?」

先生曰く「私は、家庭問題研究所というところで、勉強したことがあって、そこでは、ほんとうに、いろんな問題を抱えている人達が来られて、その人達のお話を、絶対最後まで聴いて、そして、問題の解決方法をみんなで考えたりしていたの。」

そうなんや、やっぱり、人の話を最後まで聴くことて、ほんまに大切なことやなあ・・・と、学習したみかんであった。

午後、久しぶりに二人の孫達に会いに行く。お土産は、袋に入れた、紙芝居のお話だ。不思議なことに、私の持って行った紙芝居を、二人の孫が、喧嘩をしないで、笑顔で、お姉ちゃんの静流ちゃんが、紙芝居の画面を、一枚ずつ抜く毎に、一才になったばかりの、妹の美鶴ちゃんが、紙芝居を指差して、笑いながら、何かしゃべろうとするのである。

そうか、紙芝居を通して、赤ちゃん同士でも、コミュニケーションが出来るんや!と、学習したみかんであった。

夜、弁天町の市民学習センターで、母と「笑天下」(わろてんか)の講座を受講する。人生に、笑いは必要不可欠なものだと鑑み、この講座を受講する。(そない、たいそうなもんか!)今日も、「ノリツッコミ」の寸劇の練習。先週は、参加者が少なかったけど、今日は、ほとんど全員が参加する。みんな、凄いなあ。大阪の笑いには、パワーと機転が必要やと、改めて認識する。笑いの奥は深いぞと気づいたみかんであった。

こんな調子で、今日もたくさんの人と出逢わせていただき、また、紙芝居のお問い合わせや、講座の依頼のお電話を頂戴し、本当に、めまぐるしいが、有り難い一日であった。

人生は、出逢いの連続と、いろいろな、ハプニングとで、成り立っているのかもしれない。平凡な日常の日もあれば、今日のような、驚きや感動の嵐のような日もある。だから、人生って、おもしろいんですね。

                   byみかん

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命は一つ                   2011年5月10日

私達の身体の器官の全てが、自分の意思に拘わらず、常に、働いてくれている。24時間休み無く、しかも、生まれてから、一度も止まった事がない。

そう、考えると、人間(生物も含む)の生命力を、私は、本当に不思議で仕方がないし、この上なく、有り難いものだと、感謝しないではおられない。

そら、時々、風邪をひいたり、お腹が痛くなったり、ストレスで、体調が芳しくない時もある。だが、そんな状態のときでも、私達の身体の中では、必死で、病気と闘って、生命を維持しようとしているのだ。

母親の体内に、命が宿った時から、もう、10週ぐらいを過ぎると、ドクドクと心臓の音が聞こえるようになる。人間とは、本当に不思議な生き物だと、改めて、実感する。

そんな、生命力の逞しい人間でも、悲しいことに、その尊い命を、脅かす病に犯される時が、ある。そして、残念だが、天寿を全う出来ずに、道半ばで、尊い命が亡くなるということも、事実だ。

今、火曜日の午後10時から、関西テレビで、反町隆史が主演の「グッドライフ」というドラマが放映されている。反町隆史の息子の「わっくん」が、血液の癌である、白血病に罹り、父子の力強い絆で、病と闘うというお話だ。

私は、この幼い命が、精一杯、病魔と闘っている姿を見ると、本当に、胸がつぶれそうになる。私も、不定期では、あるが、大学病院の小児病棟に、紙芝居を見てもらう為に、訪問させて戴いている。自分の出来ることなど、たかが知れているが、尊い一つしかない、命を守り、そして、点滴の管を身体中に付けながら、それでも、最後まで、私達「カチカチ座」の、拙い紙芝居を、一生懸命観てくだる子供達に、本当に、こちらの方が、パワーを授けていただいている。

来月も、紙芝居をさせて戴く予定だが、幼い、尊い、小さな命と向き合い、私は、今から、どんな紙芝居を演じさせてもらおうか、ワクワク、ドキドキと、出会いに胸が高鳴る。

「命は一つ」この、当たり前のことを、今一度、私達は考え、神様から授かった自分の命を大切にしつつ、人様の命の尊さを鑑みて、戦争や災害に遭われて、失うことが、決してないように、みんな、自分の命を、最期まで全うできることが、私の、心からの願いなのです。

                   byみかん

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ははのんきだね?              2011年5月9日

私には、二人の娘がいます。だけど、娘達は、私のことを「おかん」とか、「大奥」とかのたまい、全く、頼りない親を務めている所存です。

そんな「反面母親」の私ですが、娘達のことを想う気持ちは、全く、どこのお母さんとも同じ気持ちを持っているつもりです。だけど、娘達に言わせたら、私は、まだ、「子離れ」出来ていないそうで、「そうかなあ」と、自問することもなく、相変わらず、「ノー天気」な母親なのであります。

娘達のことを、干渉するでなく、はたまた、野放し?するでもなく、程よい距離を保ちながら、接するのが得策かとは、想うのですが、なかなか、理想どおりには、参りません。

上の娘は、もうすぐ三十路に限りなく近い歳となるのですが、今だに、ご縁がないのか、お付き合いしている男性の気配もなく、毎日、せっせと、自宅と職場を、チャリンコで往復し、時たま、友達と(女友達だとおもうのだが・・・)夜の街を飲み歩いている様子であります。

下の娘は、年頃になると、さっさと結婚し、あれよあれよと云う間に、二児の母となってしまいました。必然的に、私は、「お祖母ちゃん」になったのですが、孫達は可愛いのですが、悪い「ばっちやん」みたいで、自分の紙芝居の道を歩んでいこうと、心に決めて、目下、邁進中なのでございます。

それでも、孫には、勝てず、絵本や、紙芝居を見せて、喜んでくれるのが、何よりも嬉しいのです。そんな、私は、女性としての幸せというよりも、人間としての喜びを求めているのだと想います。

呑気な母ちゃんですが、「親はなくても子は育つ」と申しますが、やはり子どもさんは、親の愛情に育まれて育てられるのが、一番良いのかもしれません。しかし、私の母のように、本当の親の愛情を知らずに、育った子どもさんも、今の時代には、数多おられることと、察しられます。

こんな時代だからこそ、家庭環境が複雑なお家も、たくさんあるのだと推測されます。そんな時代の、私は、一隅を灯す蝋燭のような人間になれたら、有り難いかなあと、何時も想っているのです。

決して、気高く、温厚で、聡明な母親ではありませんが、笑顔を絶やさない何時も明るく元気で、ちょっとずっこけた「おかん」で、ありたいと想っています。

紙芝居の作品で「おかあさんのはなし」というのがありますが、このお母さんは、本当に、強くて、聡明で、勇気があり、自分の子供の為に、命を捧げるほどの立派なお母さんが、描かれていて、死神から、自分の息子を取り返す、素晴らしい人間です。

私は、この作品を一目で見て、感動し、すぐに購入しました。こんな、お母さんにはなれないけれども、少なくとも、自分は、そうありたいと願い、努力してみることが大切だと想いました。そして、一人でも多くの方に、この作品を観てもらって、「命の尊さ」と「生きる喜び」を実感して戴けたら、嬉しいです。

私生活では、のんきな「おかん」ですが、紙芝居の演じる世界では、時代を超えた、普遍的な「母の愛」を表現し、お伝えすることが出来れば、幸いです。ギャップが激しいけど、その辺は、どうぞご勘弁くださいね!

                    byみかん

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備え在れば憂いなし・・・            2011年5月8日

皆さん、テレビの地デジ対策は、もう、お済みでしょうか?今日、我が家でも、遂に、やっと母の部屋とうちの寝室の、アナログテレビに、チューナーを取り付けて戴きました。

家の近くには、電波障害と思われる、高い建物が建っているのいで、昨年、ともかく、地デジ対応のアンテナを、思い切って、立ててもらいました。このアンテナ工事代が、結構かかったので、とりあえず、テレビを購入するのを止めて、チューナーを付けてもらうことにしました。

今、地デジ対策で、悩んでおられる方がいらっしゃったら、とりあえず、チューナーを付けられることを、お勧めいたします。テレビを購入するのは、後から、故障したり、旧くなって、画面が見にくくなってから購入されたら、いいと思います。(お金のある方は、液晶テレビなどを購入されたらいいでしょう)

でも、チューナーは、大体、5~7千円くらいで、取り付けしてもらうのに、4~5千円と、いったところでしょうか?うちの母は、ペースメーカーを付けているので、障害者一級ということで、無料でチューナーを、戴けました。

チューナーは、自分でも簡単に取り付けることが出来ますが、やはり、専門の電気屋さんに取り付けてもらうと、尚、安心です。

うちら、一般庶民は、とにかく、テレビが映れば、それで、有り難いです。これで、母も、大好きな、韓流ドラマと時代劇が観れると、喜んでおります。

これで、地デジの備えは、バッチリ。なんか、一仕事終えた気分で、すっきりしました。やはり、「備えあれば、憂いなし」とは、昔の人は、よく言ったものですね。

皆さんも、どうか、出来るだけ合理的に、そして、在る物を活かすように、対策を考えてください。何かの参考になれば、幸いです。

                     byみかん

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みかん「笑天下」にチャレンジ!         2011年5月6日

本日、5月6日は、ゴールデンウイークの間に挟まった、まるで、サンドイッチのハムか卵みたいな日でしたな。その心は、味があって、欠かせない・・・お後がよろしいようで。

今日、出勤された勤労者の皆様、誠にお疲れ様でございました。明日も仕事の方も、お休みの方も、今日という日を、精一杯過ごしてこられたことと存じます。(私も、仕事でした・・・)

最近、なかなか、このブログが更新出来なくて、すんません。「継続は力なり」をモットーに、細く、長く、続けさせて戴けたら、嬉しいです。

紙芝居は、一人で、何役も演じ、また、演出もしないといけません。そんなに器用ではない私ですので、今、演劇とお笑いの勉強を兼ねまして、弁天町市民学習センターで、「笑天下」(わろてんか)という講座を受けております。

今日も行って参りました。笑いの一つのパターンで「ノリツッコミ」というのが、あるのやそうです。講師の先生曰く「ノリツッコミ」は、一言で言えば、「優しさ」やそうです。どんなにボケてても、一緒にノル姿勢が大事なんだそうです。決して、否定せず、肯定し続けるところに、「ノリツッコミ」の醍醐味が、あるんやそうです。

今の世の中で、必要な要素やと思います。真剣に怒ったり、悩んだりするんやったら、一回、ノルことて、必要ですね。ノリノリで、ワクワクする気持ちや、笑い飛ばすことで、ちっぽけな悩みや、迷いや、悲しみが忘れることが出来る・・・こともある。

みかんの笑いの修行は、これから、半年ほど続きます。さて、どんな喜劇が生まれることか・・・発表会の時は、ノリノリか、スベルかわからんけど、どうか、皆様、観に来てやっておくれやす~

                 byみかん

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昔話と日本人の底力              2011年5月3日

ゴールデンウイークと言っても、我が家では、さして、特別、行楽に行く予定もなく、今日も今日とて、明日の泉佐野の街づくりのイベントの準備で、一日費やした。

もちろん、紙芝居の練習だ。一に練習、二に練習、三四がなくて、五に練習?そんな、紙芝居ばっかり、いつもやっている訳ではなく、前日のぎりぎりにならないと、練習できないという、情けなさ・・・

連休は、のんびりとしたいのだが、毎年、有り難いことに、紙芝居を演じさせて戴く機会が在るので、何処へ行っても、大変な人出で、映画を観たい気持ちを押さえて、「これでいいのだ」などと、自分に言い聞かせている。

夕方、母と買い物に出かけた。特売のお時間に行くのが、我が家の買い物の秘訣?なんて、しょうもないことばかり考えて、節約しているつもりが、つい、柏餅などを見つけてついつい、カゴに入れてたら、世話はない。

なんか、とりとめもない話ですみみません。考えてみたら、私のブログて、ほんま、皆様のお役に立っているのでしょうか?もっと、紙芝居のことについて、書き込んだら良いのですが、ついつい、たわいのない話ばかりで、すみません。

明日の泉佐野での紙芝居は、旧い町屋の中庭で、実演させて戴きます。旧新川家住宅と申すそうで、お昼から、青空みかん紙芝居の会の有志の方々と行かせて戴きます。

今日は、昔話を中心に、練習を致しました。どんなお話が出て来るかは、明日のお楽しみと致したいと、思います。(そんな、たいそうなもんか!)昔話には、先人の方の知恵と、生きていく逞しさみたいなものを感じます。昔は、もっと不便で、物も豊かでなかったのに、本当に、考え方が前向きで、ユーモアに溢れたお話が、たくさんあります。

日常生活が、過酷であれば、あるほど、人々は、お話の中で、豊かな気持ちと発想を以って、自分のことに置き換えて、語り継いでいくことで、生活の潤いを保とうとしていたのではないでしょうか?

私達は、昔話を紙芝居を演じることで、語り継がせて戴き、日本人の「底力」のようなものを伝えていくことが出来れば、嬉しいです。

                    byみかん

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五月のみかんの予定             2011年5月1日

皆様、ゴールデンウイークを如何お過ごしでしょうか?なんの予定もない方も、旅行に行くという方も、ようこそ、このブログを見てくださいまして、ありがとうございます。

今月の青空みかんの紙芝居の予定です。紙芝居を通じて、たくさんの方と出逢い、そして、大阪から、元気漲るパワーを発信することが出来れば、こんな有り難いことは、ございません。どうぞ、今月も、宜しくお願い申し上げます。

~青空みかんの5月のよてい~

5月4日(水)  第7回平成ルネッサンスin佐野町場 (南海泉佐野駅下車)        午後1時30分~泉佐野ふるさと町屋館(旧新川家住宅)中庭にて

5月12日(木)  ピースおおさか (地下鉄、JR森ノ宮駅下車)

          AM10時~ AM11時~ 平和紙芝居の実演

5月15日(日)紙芝居教室in難波大阪市立難波市民学習センター

            午後1時30分~4時30分 

5月17日(水) グループホーム「サンビック」(地下鉄南巽駅下車)

             午後2時~3時 

5月21日(土) 紙芝居教室in田辺文化サロン(地下鉄田辺駅下車)

             午後2時~4時 (すずき住建様田辺事務所)

5月22日(日) 全興寺さん紙芝居 (地下鉄平野駅下車)

           午後2時と3時

5月25日(水)     田辺親子サロン (田辺会館)

             AM11時20分~11時45分

5月29日(日) 第18回共生共走マラソン (地下鉄鶴見緑地下車)

         10時~16時 午前中は野外 午後は水の館にて

以上でございます。どこかで、青空みかんの会のお仲間との、紙芝居の実演を御覧戴ければ、幸甚に存じます。大阪人のノリで、パワー全開させて、紙芝居で、少しでも明るい世間に灯せたら、節電のお役に立てるのではと、真剣に考える、みかんであります。暗いより、明るい方がええと思うので・・・トイレの電気の球みたいやなあ(桂三枝師匠の古いギャグです。師匠、すんません・・・)

                    byみかん

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