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2011年4月

ありがとう!どっぷり昭和町          2011年4月30日

昨日は、お天気にも恵まれ、大阪市阿倍野区に在る、昭和町で、昭和の日に昭和のお祭りをするということで、昭和の時代に生まれた文化、紙芝居を引っ提げて、私達「青空みかん紙芝居の会」のメンバーが、会場の一つである、阪南中公園に集まった。

この会場は「昭和の遊びの広場」と名付けられて、昭和の良き時代の懐かしい遊びや、催し物が、体験出来たり、観ることが出来る。

私達「青空みかん紙芝居の会」は、当初、例年の如く、藤棚の下で、紙芝居を実演させて戴く予定であったが、今年は、ミニステージが設けられたので、そのステージと至近距離であったので、紙芝居の声が聞こえないと予測し、自ら、藤棚から撤退して、公園の端の石の上に、紙芝居の舞台を置いた。「石の上にも三年」という、諺があるが、ここで、自分達のペースで、淡々と紙芝居っを実演させて戴くのが、一番良いと、判断した結果、最後の時間の午後4時まで、休憩を間に挟んで、演じきることが出来た。

今年は、おおきな震災が遭って、本当にこのお祭りを開催されるか、不安であったが、どっぷり昭和町の実行委員会の方々の熱い想いで、開催されたことに、感謝の気持ちで一杯です。特に、毎年、遊びの広場を担当されている、久保さんには、大変、お世話になり、ありがとうございます。

久保さんは、王子神社の横で「あたりきしゃりき堂」という、ドーナツ屋さんをされていて、また、ここの、揚げたてのドーナツが、とっても美味しいのです。お店まで、チラシを受け取りに伺った時は、夕方のお忙しい時間にお邪魔してしまい、大勢のお客さんが、久保さんの揚げられたドーナツを、買われて行きました。

どっぷり昭和町の日は、久保さんは、駄菓子や玩具を車に一杯積んで、公園で販売をされました。私達は、水飴とミルクせんべいを、販売させて戴きました。

紙芝居には、なんと言っても、水飴は欠かせません。水飴を練り練りしながら、紙芝居を、みんなで観ることは、子供達にとって、視覚、聴覚、味覚、触覚を満たす、至福の時間となってくれたことでしょう。

私達も、そんな子供達の嬉しそうな、真剣な眼差しを見ると、元気をもらえるのです。子供達は、そんな私達、大人の生きる姿勢を、敏感に感じ取る、鋭い感性を持っています。

私達が、今、子供達に出来ることは、その、鋭い感性を、出来るだけ、真っ直ぐに、良い方向にう向けて、成長してもらえるお役に立つことやと思います。「どっぷり昭和町」で、学ばせてもらったことは、何時の時代でも、変わらないものは、人と人との温かい触れあいの心を大切に育んでいくことの大切さと、人間を信じる心やと、うちは、思いました。

紙芝居を演んじて下さった皆様、本当に、ありがとうございます。これからも、実践は、必ずしも、机上の学びとは、合致しないことを、実感していただきながら、めげずに、紙芝居の学びを続けていきたいと想います。水飴やミルクせんべいの販売と紙芝居の実演とで、大変だったと思います。本当に、ありがとうございます。

私達は、いろいろなイベントで、紙芝居を演じさせて戴くことが出来て、本当に果報者だと、感謝しています。それは、観客の方が、私を観てくださるのではなく、あくまでも、私達が演じる紙芝居を観ることを、楽しみにしてくださっているということを、ゆめゆめ、忘れてはいけないのだと、肝に銘じているのです。

ありがとう、どっぷり昭和町。そんな気づきを与えてくれた、この街が、私は大好きなのです。来年も、また、此処で、紙芝居を演ってもいいかな?

                      byみかん

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まあ、そのままでええがな・・・        2011年4月27日

この歳まで、頑固一徹の性格で、頭が固くて、融通の利かぬ性か、生き方が下手くそで、頭を打ち続けながら、角が取れそで、取れない、中途半端な自分だけど、こんな自分に、愛想をつかしても、一生、自分とお付き合いせんといかんのやさかい、まあ、そのままでええがな・・・

大したこともでけへんくせに、口だけは、いっちょまえな言葉を吐きよるけれど、そんな自分の言葉に酔うのでもなく、萎むのでもなく、ありのまま想ったことを、言葉を飾らんと言えてると思うさかい、心にため込むだけの度量がないけんど、まあ、馬鹿正直な性格は、母親譲りやさかい、そのままでええがな・・・

気が短くて、結構、喧嘩早い処があって、すぐ、むきになる子どもみたいな性格は、父親に似たみたいで、子どもが好きで、て、言うか、自分も子どもと同化して遊ぶことが出来る所は、ちょっと恥ずかしいけど、まあ、子どもが喜ぶさかい、そのままでええがな・・・

皆さんは、自分のことを好きですか?私は、自分のことは、好きな時もあるし、いややなあと、自己嫌悪に陥る時があって、なんか、猫の目みたいにくるくると変わるので、ややこしいのですが、一番、自分の好きなところは、なんか、子どもっぽいかもしれんけど、自分の気持ちに素直なところかなあ?(正直すぎて困ることも・ある)

そんな、子どもじみた性格で、もう、孫もおるという、ええ歳の人間ですけんど、これからも、子どもさんと一緒に、ずっと笑顔でいたいみかんです。でも、時々、雷落とす・時もある。でも、すぐに、からっと晴れるから、まあ、夕立やとおもて、すぐに止むから、我慢して、お付き合い願います。そのままのみかんが、一番、旬の味ですさかい・・・

                   byみかん

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みかんの知恵熱              22011年4月26日

昨日、職場でパソコンと格闘したり、発注するのに、分厚いカタログを目を皿のようにして調べていた性か、今朝、頭が痛くて、厭な咳が出る。「しまった!頭を使い過ぎたんや。これはあ、知恵熱の前兆か?」などと、自問自答しても、せんないことだが・・・

確かに、最近の私は、ちょっと無理している。ええ加減な性格のくせに、なんでも、頭を突っ込みたくなるから、もう、どうしようもない。せめて、29日の昭和町の「どっぷり昭和」のお祭りまでには、完治しなくては、皆様に申し訳が立ちませぬ。(そんな、たいそうなもんか!)

せやけど、なんでんな~、自分で一旦、志と決めた紙芝居の道ですが、紙芝居を演れば演る程、本当に紙芝居の奥の深さに、熱がでそうですわ。一昨日の全興寺さんも、図書館に寄って、予約している紙芝居を借りに行こうと、行ってみたら、カウンターの前の凄い行列を見て、すぐに、引き帰したのは良かったけれど、時間ギリギリセーフ。

もう、実演する紙芝居の紹介を、鈴木さんがされていた。私は、かばんの中から、必死に自分がやろうと想っていた紙芝居「まんまるまんま たんたかたん」を引っ張り出して、なんとか、紹介してもらえた。

その日は、紙芝居の演じる人が、結構多かった。いろんな紙芝居が観れるのも、ここで紙芝居をさせてもらっているお陰だ。3時の紙芝居も、参加型の「あのじのまほうつかい」を演じた。子供達も、一緒に、大きな声で「ありあのじにへんしーん」などと、言ってくれる。

演じている時は、やっぱり、「現場がええなあ~」などと、調子のええことを言っているが、「紙芝居とは?」などとこむずかしく考えると、どつぼに落ちる。

紙芝居は、実演して、初めて完成する。だから、紙芝居の値打ちは、その演じ手の紙芝居の実演を観た観客が決めるのだ。おもしろかったら、みんな、目が点のようになって、ぽかんと口を開けて、見てくれる。おもしろなかったら、さっさと、その場を立ち去るか、横の子とぺちゃくちゃ世間話に花が咲く。

紙芝居を演じることは、お客さんの心を攫むことだ。だから、難しい。難しい紙芝居よりも、簡単で判り易い紙芝居の方が、共感される。これも、紙芝居の大きな特色だ。

毎日、こんなことばっかり、考えてのとちがいまっせ。ふだんは、いたって、アバウトで、ノー天気な性格ですが、不器用なところが親譲りで、もう、そら、ちょっと込み入ったことしたら、知恵熱が出る始末ですわ・・・いや、ほんま、こんな、みかんのみかんなにんげん?ですが、どうぞ、これからもお願い申し上げます。

4月29日(祝)は、昭和町の阪南中公園の「遊びの広場」に起こしくださ~いね!

                byみかん

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するめのおちい?とローズフミコ!      2011年4月23日

弁天町の市民学習センターで、毎週金曜日の夜、「笑天下」(わろてんか)という講座を、母と一緒に受講し始めた。これは、最終的には、「吉本新喜劇」のノリで、素人さんばかりの、喜劇の舞台に立たせてもらえるという講座だ。

プロの喜劇作家の先生が、毎回、私達、ど素人を御指導くださり、「笑い」の極意を教えてくださるのだ。申し込み者は、約30名、年齢、性別、もう、ばらばらで、若い男性から、八十代真っ只中の女性まで、もう、役者は揃ったというかんじでんな。

なんで、そんな講座に申し込んだかと申しますと、今の日本に一番欠けているのは、ユーモアを解する心と、人様を笑わす技やと想うのです。人を怒らすことは簡単ですが、笑ってもらうことほど難しいことは、ありません。

私は、紙芝居に、この笑いの極意を取り入れて、人様に感動してもらうだけでなく、お腹を抱えて笑ってもらえる実演がしたいのです。医学的にも、笑うと、免疫力が増し、病気が治ったということも、証明されているそうです。

今のこの真っ暗闇の日本を、大阪から、笑いのパワーで、明るく照らし、みんなで、明るい日本の未来を創っていきたい(大風呂敷やなあ)と考えているのでございます。

そんな、講座に、あろうことか、母も受講すると申しまして、(ほとんど、私がたきつけたんですが・・・)昨日も、二人で行って参りました。どんなことするかと云うますと、まず、そこでは、ニックネームを付けてもらうのです。本名で呼ばず、ニックネームが、そのまま、芸名になるのだそうです。

私は、「青空みかん」という芸名があるのですが、其処では、そんなの関係ない。と、云うことで、高校時代のあだ名であった「ローズフミコ」というのが、私のニックネームになりました。はい・・・

母は、「するめのおちい」と申します。なんでかというと、母の名前は「ちづる」という名前で、これまた、女学生時代(想像つかんけど・・・)は、「するめ」というあだなだったそうです。なんで、するめかと申しますと、するめは、始めは、味がないけど、噛めば噛むほど味が出て来る食べ物で、母も、それと同じで、始めは、とっつきにくいけど、付き合えば付き合うほど、味の在る人間やとおもてもろたそうなのだそうです。それで、じぶんで「するめのおちい」と書いて、参加者の賛同を戴いて、そのニックネームになりました。

さて、この「笑天下」劇団は、これからどうなりますことか、それは、また、随時、皆様にご報告致します。少なくとも、この講座に出席すると、お腹の皮がよじれるほど笑えることは、間違いありません。それと、自分の知らない、もう一人の別の人間の発見が出来ることが、面白いです。もちろん、家で居る母とは、全く別人の母「するめのおちい」にも出逢えるのが、毎週金曜日の楽しみです。

                     byみかん

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みかん、直訴するの巻き          2011年4月20日

直訴と言っても、お上に、言上したの訳ではない。「わっしょいわっしょいぶんぶんぶん」という、かこさとしさんの作品で、とっても元気と勇気の湧いてくる、素晴らしい作品なのです。その紙芝居を、或る人から頼まれて、童心社さんに注文の電話をしたら、な、な、な、んと絶版になっているというでは、あ~りませんか?

えっ?なんで?どうして?何故だ?なんでやねん?そんなバナナ?(童心社さんすんません!私は、頭の中が真っ白の白~何故なら、3月11日に起きた、東日本大震災の被害に遭われた方々に、この紙芝居をお届けさせて戴いて、大阪から、元気の源をお贈りすることが、でけたらと、自己満足かもしれんけど、張り切っておりやした・・・・その、出鼻を挫かれたというか、ずっこけたというか、なんか、気持ちが後ろ向きになりそうになったのです。

でも、そんなことで参ってはいけないと、童心社さんに電話をさせていただいた。(ほんまに、すんません!)今度は、編集部のお電話番号へ、レッツ、テレホン!だが、先ほどの電話でお尋ねした、責任者の方は、会議中とのこと・・・・またも、空振りか~私は、もう、苦し紛れに、思わず叫んでしまっていた。「Sさんは、おられますか?」言ってしまった・・・

童心社の会長さんの名前を・・・「はい、少々、お待ちください。」と、取り次いでくださるではないか?(えっ?ほんまに、居たはるの?会議中とか、来社していないとかいう返事が、返って来るとおもてたのに、いたはったんや!どないしょ!)私って、案外、気が弱いんんです。でも、ここまで来たら、もう、引き下がれない。Sさん、ほんまに、すんません!

間もなく、Sさんが電話口に出てくださった。私は、挨拶もろくろくしないで、「あの、わっしょいわっしょいぶんぶんぶんの紙芝居を、再版してほしいんです。お願いします。あの、紙芝居は、今の日本の時代に、必要な紙芝居なんんです。あの紙芝居を、大阪から発信して、日本中の人達に元気になってもらいたいんです」と、わたしは、もう、無我夢中で、一気に、自分の想いを言ってしまった。しまった、しまった、しまくらちよこ?なんのこっちゃ?

Sさんは、優しく私の直訴に、耳を傾けてくださり、「一度、絶版になった作品を再版することは、とっても大変なことなの。」と、おっしゃり、それでも、私の希望をこわさないような応え方をしてくださった。本当に、ありがとうございます。

私如きが、お願いをするなんて、本当におこがましいことと判りつつ、直にお話をさせて戴いて、自分の考えを聴いて戴けただけで、有り難いです。でも、私は、本当に、元気になって欲しいと願いつつ、自分の紙芝居を選ぶ目は、確かなのかどうかは、定かではないが、少なくとも、考えるだけではなく、行動したことに対して、自分で、自分を誉めてあげたいと思います。

例え、再版出来なくても、自分の持っている紙芝居で、出来るだけ多くの場所で、一人でもたくさんの人に観て戴くように、努めます。それが、私の生きる道なのだから・・・(たいそうやなあ

                   byみかん

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最近、映画を見とりません。          2011年4月18日

最近、好きな映画を見とりません。ほんまは、わさおちゃん映画が見たかったですが、ついに見ることが、出来なくて終わってしまいました。

わさおちゃんの映画は、また、いつかきっと見ることが出来ると、信じております。最近の映画館のサイクルは、目まぐるしく早くて、悠長に構えていると、見ようと思った時には、時既に遅しということが、多多あります。

でも、見そびれた映画を、見ることが出来る機会が、結構やって来るのです。守口文化センターでは、月に一度、映画会を行なっていて、5月17日には、先日も観たかったのですが、この映画も残念ながら観ることができなかったのです。

映画は、やっぱり映画館で観るのが、良い映画が、ありましたら、また、教えてくださいね!::::::::::::::

                   byみかん

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日曜日はドラマが、おもしろい!         2011年4月17日

日曜日の夜、NHKの還流ドラマ「イ・ヨン」が、始まった。先週は、選挙で、お休みだったので、今日が、第二回目だ。このドラマの一番の面白い処は、なんと言っても、子役の俳優達の名演技に在る。

特に、世継ぎの王子様の役をしている子役の俳優が、素晴らしい。そして、三人の子役さん達のチームワークの演技も絶妙である。もう、はらはらどきどきで、そして、時には、可笑しくて笑ってしまうシーンもある。

ドラマでは、三人居ると、必ずと言っていいほど、三枚目の役が登場する。それで、緊張と弛緩のバランスで、笑いやユーモアが、表現出来るのだ。

このドラマでは、米びつの中に投獄された父親の無実を信じて、その無実を証明する絵を国王に見てもらう為に、自分の危険を顧みず、イ・サンが、女官見習いの女の子と、お城を抜け出して、冒険するのが、今日のドラマの内容だった。

韓流ドラマが、何故おもしろいのか?それは、今の日本のドラマには、少なくなって来た、愛と勇気と冒険の要素が込められているからだ。

だが、今日から始まった、大沢たかお主演のドラマ「仁」も、見逃せない。江戸時代にタイムスリップした、若い医師が、坂本龍馬や、西郷隆盛と出会うという、奇想天外な設定が、これまた、面白い。

自分の人生自体が、ドラマチックでは、決してないのだが何故か、共感してしまうみかんであった。幸せは居場所ではなく、ふと、立ち止まる時に感じるものなのかも知れない・・・なんか、今日は、やけに哲学的やなあ~て、そんなわけないっか!

                  byみかん

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四月のみかんの予定(後半)アゲイン     2011年4月16日

いつもこのブログを見て下さり、ありがとうございます。最近、年の性か、よく、家の中ですが、物を置き忘れるのです。せやから、自分の活動の予定も、忘れたらいけないので、確認させて戴く意味で、もう一度、紹介させて戴きます。

そんなん、いらんわ!見たくないと、思われる方がおられたら、ごめんなさい。ご辛抱下さいませ。紙芝居で、大阪から、パワーを発信させて戴くことが出来れば、幸いです。いつも、ありがとうございます!

4月後半の予定とイベントのご案内

4月17日(日)紙芝居教室in難波難波市民学習センター第一会議室

         13時30分~16時50分位(蛍の光が鳴る頃迄)

4月20日(水) 京都大学付属病院小児科病棟内 プレイルーム

               カチカチ座の紙芝居 15時~15時45分

4月23日(土)   紙芝居教室in田辺文化サロン

          14時~16時(すずき住建様田辺事務所内)

4月24日(日)  平野全興寺(せんこうじ)さん紙芝居 

               14時~と15時

4月29日(金)祝   第6回「どっぷり昭和町」昭和のあそびの広場

               10時~16時 阪南中公園にて 

5月4日(水)祝   第7回「平成ルネッサンスin泉佐野町場」

            13時30分~14時30分 15時~16時

            旧新川住宅(泉佐野にぎわい本舗)

5月29日(日)   第18回共生共走マラソン

            10時~16時  鶴見緑地公園

以上でございます。ご支援下さる方々のお陰様で、青空視観(みかん)の紙芝居をさせて戴くことを、心から感謝申し上げます。この御恩にお応えする意味でも、明るく、元気溢れる紙芝居の実演をさせて戴くことで、この度の震災の被害に遭われられた、全ての方々に、エールの気持ちを、お贈りさせて戴ければ、有り難いです。

被災された方々に、「がんばれ!」ではなく「共にがんばりましょう」と云う、メッセージをお伝えさせて、戴きたく想います。なんのお役にも立てませんが、紙芝居を元気一杯演じさせて戴くことで、日本の国が、ほんの少しでも活力を取り戻せるかもしれないと、本気で思っている、ノー天気なお気楽者ですが、自分自身も楽しみながら、活動していきたいと想います。どうぞ、よろしくお願い申し上げます。ありがとうございます!

                     byみかん

             

            

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ピースおおさかは、紙芝居の花盛り?      2011年4月14日

毎月第2木曜日の午前中は、大阪は、森之宮に在る、「ピースおおさか」で、紙芝居仲間の方と一緒に、平和紙芝居を演じさせて戴いている。

今日も今日とて、しっかり時間通り、地下鉄森之宮駅を降りる時、今日、紙芝居を一緒に演じる、青空こももさんと、出会った。私達は、一路ピース大阪目指して、地下鉄の階段を軽快に?駆け上がった。

一人で行くよりも、二人で行くほうが、ピースおおさかまでの道のりが、ずっと短く感じられた。ピースおおさかに着くと、もう、既に、青空もみじさんが、来ておられた。遠いところを、朝早くから、バスと地下鉄を乗り継いで来て戴き、有り難い。

私達は、大阪城公演の入り口にある、ぴーすおおさかで、大阪城公園の満開の桜の花よりも清く、美しく、気高く(宝塚か?)紙芝居の実演をさせて戴いたのであった。

今日実演した紙芝居の内容

*「お母ちゃん迎えに来て」 

    実演 青空もみじ

*「わっしょいわっしょいぶんぶんぶん」

    実演 青空みかん

*「はだしのゲン」第一巻

    実演 青空みかん

*「とびうおのぼうやはびょうきです

    実演 青空こもも

以上、本日も、ピースおおさかは、私達、女三人びじょびじょトリオで、紙芝居の花盛りでございました。

「はだしのゲン」は、中沢啓冶先生が作られた紙芝居で、第5巻まである大作で、御存知の方もたくさんおられると思うが、広島の原爆に遭った、逞しい少年のお話である。

わたしは、ずっと、以前に、図書館で借りて、マンガで読んで、感動した記憶があったので、今回、是非、この「はだしのゲン」の紙芝居を、実演させて戴き、出来るだけ多くの方々に観て戴けたら、幸いである。

こももさんが、演じられた、「とびうおのぼうやはびょうきです」は、1954年に、太平洋のビキニ環礁で、アメリカが水爆実験を行った為に、その放射能を浴びた海の魚の切ないだけでは、語り尽くせない、今の福島の原発事故で苦しんでいる方々を重ね合わせて、核の恐ろしさを伝えていきたい紙芝居である。

「おかあちゃんおかあちゃん迎えに来て」は、ピースおおさかで紙芝居を実演されている、学童疎開を実際に経験された吉田房彦さんの実体験を基にして、作られ絵本を紙芝居にしてつくられた、オリジナルの作品である。ご自身も、疎開の経験をされている青空もみじさんが、熱く演じてくださった。尚、この紙芝居は、明日、4月15日(金)午後13時30分~もみじさんが、実演される。何時も、この紙芝居は、毎月第3金曜日の13時30分から、吉田房彦さんが、実演されている。詳しくは、ピースおおさかのホームページのダイアリーの処をクリックされたし。

紙芝居が終わって、久しぶりに、大阪城公園で、ゆっくりと、お花見をして帰りました。大阪城公園も、花盛りで、植木市もやっており、とても、賑わっておりました。皆様、大阪にお越しの節はは、是非、ピースおおさかと、大阪城公園に、足をお運びくださいませ。ありがとうございます!

                    byみかん

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みかん、天王寺動物園に行くの巻       2011年4月12日

絶好の行楽日和。今日は、次女と二人の孫達と、新しくリニューアルした(もう、だいぶ経つけど)天王寺動物園に、行って来ました。

私は、遠足に行く気分で、娘がおにぎりを作って来てくれるというので、思い切って、ゆで卵を朝から、五つも作ってしまいました。それと、サラダと焼き鳥と金時豆(なんちゅう取り合わせやねん!)をタッパーに詰めて、おやつもしっかり入れて、ルンルン気分で、待ち合わせ場所の、天王寺駅に行きました。

待ち合わせ場所に行くと、娘が、携帯電話で話をしている時だったので、私は、そーっと、そばで待っている、しずるちゃんに、近寄りました。しずるちゃんは、驚いて、後ずさりして、娘の方へ行ってから、初めて、私だと判ったみたいで、にこっと笑ってくれたのです。

まあ、私も、その日は、いつもと違って、いっちょらいのブレザーを着て、いつもは、すっピンの時に会うのに、今日は、しっかりとお化粧をしていたので、別人に見えたのでしょう。

娘もしっかりと、眉毛を描いて、メイクをしていて、我が娘ながら、すっかりと母親の顔になって来たなあと、しみじみと感じる間もなく、私達一行は、いざ、天王寺動物園目指して、JR「新今宮駅」まで、電車に乗った。そうなんです。天王寺動物園は、天王寺公園の奥の方に在って、もう、到底、歩きそうにない、しずるちゃんを連れているのですから、一駅でも、ここは、電車に乗らないと、今日中に動物園に着きそうになかったのです。

新今宮駅から、新世界を通って、(なぜか、あちこちのお店の前に大きな、びりけんさんのおにんぎょうが置いてあった。)やっと、動物園の入口に到着した。動物園まで、うちは、やっぱり、しずるちゃんをだっこして、ヒーヒーハーハーと、息が、上がっているのであった。(予想通り、歩かん!)ゲートを入ると、いきなり、うちらの行く手に、アンパンマンや、汽車ポッポの乗り物が視野に入る。

私達は、それを見て喜ぶ、しずるちゃんを無視して、「はよ、きりんさん見にいこな!」と、わざと、早足で歩くのだった。全く、なんで、動物園に子どもの乗り物があるのだ?動物を観るだけで、充分幸せではないのか?などと、私は、ぶつぶつと心の中で愚痴っていた。

お目当てのキリンさんは、なかなか見つからなかったが、しずるちゃんは、何故か、水槽の中で泳いでいる魚が、とっても気に入った。(なんでやねん?)おまけに、やっと、お目当てのキリンさんの所に着いたのに、目の前にキリンさんが近づいて来たら、「キリンさんいらん、こわい」と、のたまう。

きっと、本物のキリンは、しずるちゃんが、何時も夢描いていたキリンさんとキリンさんが、違うのであったのだろう。現実とは、そいうものだよ。しずるちゃん。みつるちゃんは、まだ、わからないようで、ひたすら、バギーの中で、うつらうつらしていた。

お弁当をみんなで、時間差?で食べ終わった頃には、平日であったが、だんだんと人が増えて来た。この動物園も、上野動物園のように、ガラス越しに、ライオンやキリンなどの動物が観られるようになり、なんか、ようわからん、アメリカの西部劇に出て来るような木の看板があったと、思えば、お弁当を食べたベンチの付近には、パソコンの上に双眼鏡を載せたモニュメントがあり、なぜか、、その横にちっこい、カメレオンみたいな爬虫類のおきもんが置かれていて、その、向こう側に、コーヒーのマグカップと、書物らしき、これもモニュメントが在った。私は、どうしても、動物園と、そのモニュメントが、かけ離れているようにおもわれたのだが、少し、シュールで、設計された方の意図が、知りたかった。これは、余談だが・・・(全部余談やがな!)

しずるちゃんに、ライオンも「いらん!」、トラも、「いらん!」と、言われ、私達は、最後の頼みの綱である、コアラを見に行った。せやけど、なんでんなあ、動物園はリニューアルして目新しくなったけど、相変わらず、ここの動物園のライオンやトラは、みんな、ドベーっと横になって寝てばかりしていよる。コアラもしかり。お尻向いてふてくされているのや、ジーッとにんぎょうみたいに動かんのや、ほんまに、動物まで、ストレスたまっているみたいでんなあ・・・それでも、コアラのお食事の時間になって、コアラが動き始めて、うちの前のコアラのお昼ご飯を運んで来て、「さあ、コアラも動き出したぞ!どうなるのやろ?」と、おもてたら、しずるちゃんが、「コアラいらん。さかなさん見にいく!」と言って、コアラの館から、走って、出て行ってしまった。(もう、動物園に来た意味ないやん!)

お目当てのさかなさんを見て、しずるちゃんは、上機嫌。(これやったら、海遊館に行った方が良かったなあ。次は、魚見せに、連れて行ってあげよう!)と、わたしは、密かに心に誓った。

結局、泳げるのに恐がってプールに落ちた、どんくっさいペンギンを見て、何故か、自分と重ね合う共感を抱きながら、お金を入れなくても乗れる無料の、これまた、アメリカンスタイルの車の置物に、しずるちゃんは、しごくご機嫌で、気に入ったみたいなので、この車に、心行くまで乗せてあげた。(当たり前やがな・・・)

すんません。長い作文になって、もう、疲れ果てて泣いているしずるちゃんを、無理やり、みつるちゃんのバギーに乗せると、乗車拒否したみつるちゃんの泣き声の合唱が、あまりにも大きかったので、また、ヨタヨタの腰つきで、しずるちゃんを抱っこして、新今宮の駅まで、歩きました。でも、途中で、もう、ダウンして、娘と代わってもらって、私は、みつるちゃんの乗っている、荷物やおやつやお弁当の残りが、一杯載せているバギーを、押し押し、「子育てしていた時と、やっぱり、体力落ちたなあ・・・」とつくづく、自分の老いを実感した、みかんであった。

天王寺の駅で、また、娘と孫達とお別れをして、私は、ふらふらになりながら帰宅した。それでも、家で休憩してから、図書館に行って、明日の、親子サロンでさせて戴く紙芝居に、早速、動物の赤ちゃんと、お母さんの写真の紙芝居、「おかあさんといっしょ」を借りて来て、とっても充実し過ぎる、一日を過ごさせて戴いた。やっぱり、孫は、可愛いものですね!体力要るけど・・・

                     byみかん

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大阪人は新しい風を求めているのか?     2011年4月10日

今日は統一地方選挙の投票日であった。勿論、私も、唯一の参政権である、この選挙で、「清き一票」を投じさせてもらった。                              大阪では、橋下徹知事が率いる「大阪維新の会」が、予想を通りか、予想を遥かに上回る?結果となって、圧勝であった。

この結果を鑑みると、大阪人は、今、「新しい風」を求めているようである。これは、東日本で起きた、未曾有の大災害「東日本大震災」と、想定外?の事故「福島原子力発電所事故」の、民主党の対処法に対して、不安な気持ちの表れの反動?と取るのか、はたまた、経済の「地盤沈下」で、不景気で、閉塞感に満ちた世相に、なんらかしかの新しい風を求めている、大阪の人々の気持ちの表れの結果なのでるかは、定かではないが、とにかく、これからの大阪は、どのように変わっていくのか、見守るのが、うちら、「一般市民」の責務である。

投票しっぱなしと言えば、失礼なことなので、私達大阪人は、この結果をしっかりと、見据えて、大阪市が、また、大阪府が、どうなるのか、よくよく、往き末を見守る必要がある。また、時と場合に依っては、声を挙げていく必要が、あるのと、私は、思うのである。

今、大阪だけではなく、日本全体が、新しい息吹の風を求めている。なんとか、新しく当選された議員方々は、そういった民衆の願望に応える義務が、あるのではなかろうか?

当選することが、ゴールではなく、当選してからが、スタートなのである。私達は、そのことを、よくよく頭に叩き込んで、これからの、大阪が、未来の日本が、希望の持てる、新しい、良い風を吹き込んで、今の、人々の不安に満ちた、また、閉塞感に喘いでいる「一般市民」に、地に足のついた、「希望在る未来」へと誘う風を、大阪に、日本全国に吹き込んでもれいたいと、切に願う、みかんである。

「ローマは一日にして成らず」私達は、政治に、何かを一方的に、受身でもとめるのではなく、明日に希望の持てる日本を、もう一度築いていくことが出来るように、一人ひとりが、努めていくアクションを興すことが、肝要であると思う。まずは、自分の出来ることを、一歩でも前へと、歩んでいき、政治家の動向をしっかりと見据え、時には、声を挙げていくことが、大切なのではないだろうか?

風は、自然に起こすものではなく、自らの力で、起こす努力を怠ることのないよう、私達は、主体的に生きる選択をが、何より大切なのであると、私は、考えるのである。 

                   byみかん         

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春爛漫                    2011年4月9日

昨日の雨にも拘わらず、桜の花は、まだまだ美しく咲いてくれている。いろいろな処で見ることが出来る桜の花。電車の窓から、見える威勢の良さそうな桜並木、職場の学校の校庭に嬉しそうに咲く桜の花、お昼休みに行く公園で、ひっそりと恥かしそうに咲く桜の花々・・・

日本人は、本当に桜の花が好きだ。その潔さ。気高さ。誇り高く咲き、はらはらと、舞い落ちる花びらは、やがて、ピンク色の絨毯を敷きつめたように、一足、一足、踏みしめると、やわらかくて、心地良い。

まさに、春爛漫。こんな時期は、俳句のひとつでもひねるとか、和歌の一首でも詠うという趣を、昔の日本人ならするのだが、残念ながら、現代人の私たちは、桜の花の下で、飲んだり、食べたりするのが、せきのやまと、言ったところだ。

今年も、美しい桜の花をも観ることが出来たことに、感謝して、せめて、歌でもうたいませう。せめて、舞いでも一つ踊ろうか?えっ?止めといた方がええて?せっかくの花見が、台無しになるから?さも、ありなん。けど、皆さん、この、当たり前の、春の訪れを実感出来る喜びを、どうぞ、共に喜び、祝いませう。共に、感謝し、笑顔でくらしませう。

人生、一度。咲く花も、必ず散る。でも、それは、自然の摂理。人間も、自然の一部。私達は、今日という日を、一日、無事に生かされたことを、感謝し、感動し、感じ入りませう。

今日、9日の論語は「朝(あした)に道を聞けば 夕(ゆうべ)に死すとも可なり」

そういう生き方を、私は、毎日積み重ねていきたい。

                   byみかん

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みかんはしる!               2011年4月7日

夕方、どっと疲れた足どりで、仕事から帰宅する。何時ものように、「ただいま!」と言ったが、なんか、返事が聞こえない。「ま、いいか!」と、何時もの、アバウトな調子で、一番奥の仏間に行き、父に帰宅の挨拶をした。そして、母の部屋に入ると、母が、おめめをつぶって、「なんか、左目にゴミみたいなんが、入っていとうてたまらんねん。目薬差したり、洗面器で、目をパチパチさせたけど、全然痛みがなくならへんねん。」と、曰く。

生憎、この辺の眼科は、木曜日の午後は、ほとんど休診である。勿論、何時も行っている眼科も然り。私は、慌てて、二階に駆け上がって、パソコンで検索しようと、我が家の立ち上がりの遅いパソコンだし、おまけに慌てているから、なかなか思うように調べられない。

私は、思わず部屋で、木曜日で休んでいた(娘彼女も病院に勤めているのだ)に、尋ねた。「この辺で、木曜の夜に開いている眼科ある?お祖母ちゃんが、目に、なんか入ったみたいで、我慢でけへんて、いうてんねんけど・・・」と、私は、こんな時だけ役に立つ、ばかでかい声で、聞いた。

すると、彼女が「それやったら、この眼科やったら、やってるわ。私、診察券持ってるで。」「貸してくれる?すぐ、電話するわ!」と私は、娘から、診察券を受け取るや否や、すぐ電話にとびついて、診察券に書かれている番号に、電話した。「すんません、うちの母が、目に異物が、入ったみたいで、痛くて我慢出来ないんで診ていただけませんか?」と、必死で訴えた。

話の向こうの受付の女性の方が、「先生は、診察が終わったら、所要があるので、7時までに受付をされたら、診察できますが・・・」私は、思わず腕時計を見た。時間は6時55分だった。「すみませんが、私が、今から自転車で走りますので、宜しくお願いします。」

電話を切って、すぐに母に「保険証ちょうだい!○○眼科まで、きてね。先に自転車で、行っとくさかい。すぐに、来てね。」そうなんです。母は、もう、お歳を召されているので、危ないさかいと、私が、自転車に乗るのを止めてもらったのです。しゃあない。眼科の在る処は、商店街の中やから、車で行くよりも、勿論、正義の味方(なんのここっちゃ?)のママチャリ号で、レッツゴー!いざ、出陣。(たいそうやなあ)

私は、夜道を必死で、自転車のペダルをこいだ。時間がない。でも、絶対に間に合ってみせる。「目は大切や。一晩も、ほっておけない。大切な母の目だ。痛くて、私が帰るまで、ずっと我慢してたんや。なんとしても診てもらおう!」そんなことを、頭の中で駆け巡らしながら、私は、一目散に、アーケードのない、商店街の中に入った。前を走っている自転車が、どんなにもどかしく感じたことか。やっと、くだんの眼科に到着した。

ここのお医者さんは、二階にあるので、階段っをひた走りあがって、ガラスの自動ドアをおもいっきし勢いよく開けて、受付の方に、母の保険証を差し出した。私は、息が、あがって、満足に話せなかったが、やっとのことで、「さきほど、電話した者です。母は、後で来ますので、お願いします~」と、やっとのことで、犬みたあいに、ハアハア、言いながら、用件を述べた。受付の方は「どれぐらい、時間がかかりますか?」と尋ねられた。

私は、母の健脚を信じて、「ご、五分ぐらいです・・・」と自分の歳でも、さばをよんだことがないのに、この時だけは、だいぶ、さばをよんだ。おそらく、なんぼ、健脚な母でも、五分では、ちと、無理だろうが、ここは、どうしても、お願いしないといけないので、私は、少なめに行った。看護師さんが、「先生に聞いてきますので・・・」と、おっしゃってくださった。

私は、下に降りて、母を待とうとしたが、看護師さんが、「保険証をお返ししますので、ここでお待ちください。」と言われて、待たせていただくことにした。それでも私は、待合室の窓から下の道往く人を見つめて、母の姿が、早く現れないかと、身を乗り出して見続けていた。すると、後ろから、「えらい、すんません!」と、母の声がするでは、あ~りませんか?

「ああ、良かった!まにおうて。」私は、もう、ほっとして、全身の力が抜けるような気持ちがした。母は、すぐに診察室に入り、私は、待合室で、母を待つことにした。その間、受付の方と看護師さん達に、「ほんとうに、ありがとうございます。」と、お礼を述べた。

少し長引いたが、母が、診察室から、すっきりとした顔で、出て来た。「どうやった?」私が尋ねると、「目にできもんができていたのが、自然に取れて、それが、目の玉に当たって、いたかったけど、今は、取ってもろたから、すっとしたわ。」

原因が解り、私も安心した。受付で目薬をっもらって、丁重にお礼を述べ、帰りは、母と一緒に、ママチャリを押しながら、歩いて帰った。普段は、シャイで、私にお世辞も言えない母が、「やっぱり、持つべきものは、我が娘やわ」と、言ったかどうかは、定かではないが、娘っとして、当たり前のことをしたまでだが、私は、自分を信じることが、走るエネルギーとなったのだと、今になって、気がついたように思う。

「人間て、無理やと思うたら、そこまでやな。無理かどうか解らんけど、とにかく走った私は、少なくとも、自分を信じることが出来た。駄目でも、後悔はしなかったであろう。可能性を信じて、走ることに意義があるんや。」

今日、7日の論語の言葉「義を見て為さざるは、勇無きなり」と云う言葉が、私の頭の中で浮かんだ。紙芝居で「ねこはしる」(工藤直子作 すずき出版)という作品があるが、まさに、今日は「みかんはしる」という気持ちで、今日と云う日を精一杯、生かせていただけたことに、心から、感謝の気持ちで、満たされた、みかんであった。

                     byみかん

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もう、春ですねえ!             2011年4月6日

あちらこちらの桜の花が、つぼみをほこぼらせて、遂に、咲いて来ました!春です。もう、すっかり、春になりました。まだ、朝晩は、冷えるから、ズボンの下は、しっかり、冷えないように、着込む否、はきこんでおりますが、うららかな春の日差しが、舞い降りて、庭の薔薇の花も、ちょっぴり咲いてくれました。

私の家の近くに、桃が池という、美しい公園が在ります。本当は、池が、二股に分かれているので「股が池」と書くのが、正式なのだそうです。この公園は、その名の通り、美しい桃の花が咲き、そして、その上に、桜の花が、池の面まで届くばかりに、咲いていて、相乗効果というのですか?それは、それは、美しい、見事な眺めの公園です。

昨日、休日だった私は、桃が池公園に、散歩に行って来ました。(もちろん、減量の為、歩きです)一番初めに目に付いたのは、真っ赤な桃の花でした。まるで、自分が、この世で、一番美しいのだよと、囁きながら、勝ち誇ったように、凛として、咲いていました。

そして、池の橋の辺りまで行くと、まだ、3~4分咲きだけれど、それでも、充分、貫禄の在る、美しい桜が、道沿いに咲いていて、私は、あまりの美しさに、池の水面を背景に、薄ピンク色に咲き誇る桜の木の枝を、携帯の写真で撮りました。

う~ん!我ながら、綺麗に撮れたと、自画自賛し、さっそく、携帯の待ちうけにしました。さらに、公園の奥の方に行くと、これまた、美しい桃で、白と赤との花が、一本の木から咲いているのに驚かされました。またまた、シャッターチャンス!

こんなことをしている私は、暇人なのだと、思う方は、思ってください。日頃、もう、猫の手も借りたいほど、忙しくはないのですが、気持ちにゆとりがない昨今、久しぶりの散歩をして、心が和みました。

明日も明後日もその次の日も、ずっと、お勤めだけど、働くことは、はた(ほかの人)を楽にするから、「はたらく」と云うのだと、どこかで聞いたことがあります。今度の日曜日の10日は、父ちゃんの月命日で、先月は、「ピースおおさか」での紙芝居の実演で、お参りに同席出来なかったけんど、今月は、その分、しっかりと、お参りさせて戴きやす。

お父ちゃんはには、よく、お花見に連れて行ってもらいました。玉手山や、吉野、枚方パーク、桃が池にも、よく、犬の散歩に来たなあ。(思い出ばかりに、ふけってんと前を見いや)

紙芝居とは、なんの関係もない話で、すみません。最近の私は、すんごく、生真面目過ぎて、おかしいんです。そう、なんか、あの、大きな震災があってから、アホなだじやれが、言えなくなりました。お砂糖控えめ、そんなんあまいで!いい加減にしお?ばんざ~い、ばんざ~い、ねっ、やっぱりさぶいですよね。

このブログを、もし、真剣に見て下さっている方が、おられたらごめんなさい。日常は、結構、ハードやけど、前向きに生きているつもりです。今日という日を、大切に。人生で、一番、「今」が若いのだから・・・青春?真っ只中の、みかんなのです!

                      byみかん

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今女(なんじ)は画(かぎ)れり         2011年4月4日

私は、斉藤孝さんの本や、考え方に学ぶ処が多いので、皆さんにも、ご紹介したいと思います。斉藤孝さんが、小学生にも解るように著した「小学生のための論語」(PHP研究所)の本が在ります。その、一番最初に紹介された言葉が、「今女は画れり」だ。

この言葉の意味は、「今あなたは自分で自分の限界を決めて、見切りをつけている」となるそうだ。著書のもっと、詳しい文を紹介すると、

これは弟子の角栄さんが、孔子先生に「先生のおっしやることはすばらしいのですが、私の力が足りなくてできません」と言ったのに対して、きびしく答えて言葉です。

とある。なるほど、その通りだなあ、と、私は、つくづく感心した。私も、自分にいろんな言い訳をして、自分で、限界を作って、逃げていることが、多々ある。今の自分を、もっと戒めるわけではないが、少なくとも、昨日よりは、今日、今日よりは、明日の方が、ほんの一歩でも、半歩でもいいから、前進出来るような気持ちで、毎日を大切に生きていきたい。

原発の事故の報道は、だんだん悪くなるばかりで、とても、辛くて見ていられない気持ちで、一杯だが、現実から目を逸らさず、現場で、命懸けで事故と闘っておられる方々のことを思い、推し測って、自分達に、何が出来るか、考えていこうとする姿勢こそが大切だと思う。

私は、数学が苦手であったが、少なくとも、自分の生き方だけは、微分ではなく、積分の心で、生きていきたいと想う。それが、孔子先生のおっしゃる、「今女は画れり」の教えを、しっかりと頭に叩き込んで、器用に生きることは出来ないが、悔いのない生き方が出来るのだと、私は、思うのだ。真面目すぎて、面白くない作文で、ごめんなさい。

                   byみかん

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4月のみかんの予定です!         2011年4月1日

4月といえば、明るい未来が拓けるような、スタートの月ですが、今年は、3月11日の東日本大震災の災害に遭い、大切な肉親や友人を亡くされたり、家や、学校や、職場を失うどころか、自分の住んでいる街全部が、津波に流されて、消えてしまい、本当に辛い思いや、悲しい気持ちで一杯な方々が、たくさんおられ、とても、希望を胸に膨らませて、新しいスタートを始めるどころではないでしょうが、災害に遭われた方々に、心よりお見舞いもうしあげます。

私の出来ることは、紙芝居で、日本の国の方々が、少しでも、元気な気持ちを持っていただき、共に、せっかく救われた命なのだから、共に繋がり、共に、絆を結んで、日本の国の復興のエネルギーやパワーを引き出すことが出来れば、幸いです。今月も、そんな気持ちで、紙芝居の活動を行なわせて戴きますので、何卒、よろしくお願い申し上げます。今月の予定です。どうぞ、何かの参考になれば、幸いです。ありがとうございます。

                   記

4月4日(水)    あおぞらみかんの寺子屋 (小学生対象)

        17時30分~19時30分 「鈴木住建様田辺文化サロン)

            読み・書き・計算の基礎学力を身に付ける。紙芝居の鑑賞と実演

4月13日(水)   田辺親子サロン 「田辺会館」

            14時15分~14時40分 赤ちゃんとお母さんの紙芝居のお話し

4月13日(水)青空みかんの寺子屋(すずき住建様田辺文化サロン)

            17時30分~19時30分

4月14日(木) ピースおおさか(大阪国際平和センター)

        午前10時~10時25分と11時~11時25分

            平和と心の紙芝居の実演

月17日(日)青空みかん紙芝居教室in難波

       大阪市立難波市民学習センター・第一会議室

            13時30分~16時分 (OKATビル4F)

4月20日(水)京都大学付属病院小児科病棟

             午後2時30分~3時頃まで

            「カチカチ座の紙芝居」(にこにこトマトさん)

4月23日(土)    青空みかん紙芝居室in田辺

         午後2時~4時 (すずき住建様田辺文化サロン)

4月24日(日)    全興寺紙芝居 

             午後2時と3時

4月29日(金)    「どっぷり昭和町」

             詳細未定

                    byみかん

                

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