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がんばれ大河先生!がんばれ日本!      2011年3月14日

    震災に遭われた方々に、心よりお見舞い申し上げます。

我が恩師、大河萬子次先生が、入院されたので、仕事が終わってから、先生の入院されている病院にお見舞いに伺った。学研都市線の星田駅を降りると、もう、辺りはすっり暗くなっていた。

私は、駅前のコンビニエンスストアーで、病院の場所を尋ねたが、若い店員さんは、近くのサンクスの場所を教えてくださった。せっかく、ご親切に教えて戴いたのだが、いくら、「すぐそこ!」のサンクスでも、病院とは、程遠いように、感じられたので、私は、昨夜、大河先生の奥様に電話で教えて戴いた、病院の電話番号に、携帯で、電話をかけた。(始めから、そないしなはれ!)

道を教えてもらったコンビニエンスストアーの前で、待っていると、程なく、益江奥様がお迎えに来てくださった。私は、丁重に、無沙汰の挨拶をして、大河先生の入院されている病院へ向かった。

個室に入っておられた先生と、何ヶ月ぶりかでお会い出来、私は、感極まった。父が亡くなり、自分も喘息の持病持ちで、その上、紙芝居の活動と、仕事や、娘の引越しやら、なんやかんやわやで、大河先生のことは何時も、お会いしたいと思い続けながら、なかなか、その願いが、叶わず、やっと、昨日の日曜日に、お目にかかろうと思って、先生のお宅にお電話をしたら、お留守だったので、もしや、入院されたのではと、思って、夜、電話をしたら、やっぱり、救急車で運ばれて、罹りつけの診療所に、入院されたのこと。ほんまに、「恩師不幸者」な自分を恥じた。

先生は、少しやつれておられ、髭も、だいぶ伸びておられたが、頭の毛は、さすがにふさふさした、真っ白な髪を確認して、まだまだ、しっかりと頭脳は、働いているのだと、安心した。(失礼なことを申し、ごめんなさい。本当に、心配だったのです。)私は、先生の手をしっかりと、握った。先生の手は、温かかった。

ほんとうに、お元気そうな先生のお顔を拝見することが出来て、ほっとした。先生には、父の分まで、生きて戴きたいと、心から願った。

先生は、流動食の夕食と小さなおにぎりを懸命に食べておられる真っ最中だった。前日の電話で、奥様が、殆ど食事を召し上がらないので、心配しておられたが、今日の先生は、なんと、五つの小さなおむすびを全部食べられて、他のおかずも、八部どおり食べられたのだ。ほんまに、良かった。

東北や関東で、震災に遭われて、避難されている方が何十万人もおられると、帰宅したテレビで、放送されていたが、皆さん、やはり、食べ物や、お水を必要とされていた。やはり、生きることとは、食べることなのだ。早く、避難されている方々全員に、温かい食事が行き渡ることを、願って止まない。

新聞には、世界各国の人々が、日本のことを、心配し、応援し、支援の手が次々と差し延べられるようだ。ほんとうに、希望の灯りが、ほんの少し見えて来そうだ。

がんばれ日本!がんばれ大河先生!私に出来ることは、たかが知れているが、今こそ、みんなが、共に、手を繋ぎ、共に、生きる勇気を、紡いでいこう!

                      byみかん

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