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子どもは生ゴミではない!           2011年3月31日

お父さん、お母さん、間違っても、自分の子どもをゴミ袋に入れて、殺してはいけませんね。子どもは、生ゴミでは、ありません。未来を担う、大切な大切な、時代の宝です。心の時代が、やって来ました。何が、大切で、何が、悪いのか、規範意識を持つことは、いけないことでしょうか?百歩譲って、そんなの、ナンセンスだと、おっしゃる方がおられるのとしたら、せめて、命の大切さだけは、想像力を持つことで、育んでいきたいですね。

自分がしてもらいたくないことは、例え、自分の子どもであっても、してはいけないと、しっかりと、引き継いでいきたいものです。残念なことに、何か、そんな心の在り様が、寸断された、悲しくて、情けなくて、どうしようもない怒りの気持ちを、抑えることの出来ない、悲しい事件が、また、大阪市で起きてしまいました。

全く以って、ナンセンス。一言の、弁解も許容できません。自分が、ゴミ袋の中に入れられて、手足を縛られたら、どんなに苦しいか、どんなに我慢出来ないか、想像出来ない人間を育てた、教育とは、一体、どんな教育なのでしょうか?私には、どうしても、理解不能です。人の痛みの判らない人間ばかりではないけれど、子どもは親を選べないのだから、自分のお腹を痛め、血肉を分けた子どもを、せめて、人間として、扱ってやってください。

大阪の人は、そんな人間ばかりでは、ありません。でも、こんな事件が、何回も、同じように繰り返されるのは、どうしてなのでしょう?私は、涙が溢れて、堪りません。一体、どうすれば、二度と再び、このような、悲しい、残酷な虐待が無くなるのか、そのことばかり、考えています。

私は、紙芝居をすることしか、出来ないけれど、もう、これ以上、一人も、尊い幼い命を、虐待で失うことのないように、どうすれば良いのか、真剣に考えませんか?震災で、数多の人々の命が、亡くなったことを、無駄にしない意味でもで、命の尊さを、みんなで、伝えていきましょうでは、ありませんか。

私は、何度でも言います。例え、自分の子どもでも、子どもには、子どもの、大切な人格と命が在り、親は、それを蹂躙することは、出来ないのです。その大切なことを、伝えていかなかった私たちにも、責任があるのだと、思います。大切な心を繋ぐことと、伝えることを、今こそ、みんなで、力を合わせて、行っていこうでは、ありませんか。お願いですから、こんな、悲しい事件は、もう、これっきりにしてください。☆*:;;;;;;:*☆*:;;;;;;:*☆*:;;;;;:*☆*:;;;;;:*

                   byみかん

                 

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