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2011年3月

子どもは生ゴミではない!           2011年3月31日

お父さん、お母さん、間違っても、自分の子どもをゴミ袋に入れて、殺してはいけませんね。子どもは、生ゴミでは、ありません。未来を担う、大切な大切な、時代の宝です。心の時代が、やって来ました。何が、大切で、何が、悪いのか、規範意識を持つことは、いけないことでしょうか?百歩譲って、そんなの、ナンセンスだと、おっしゃる方がおられるのとしたら、せめて、命の大切さだけは、想像力を持つことで、育んでいきたいですね。

自分がしてもらいたくないことは、例え、自分の子どもであっても、してはいけないと、しっかりと、引き継いでいきたいものです。残念なことに、何か、そんな心の在り様が、寸断された、悲しくて、情けなくて、どうしようもない怒りの気持ちを、抑えることの出来ない、悲しい事件が、また、大阪市で起きてしまいました。

全く以って、ナンセンス。一言の、弁解も許容できません。自分が、ゴミ袋の中に入れられて、手足を縛られたら、どんなに苦しいか、どんなに我慢出来ないか、想像出来ない人間を育てた、教育とは、一体、どんな教育なのでしょうか?私には、どうしても、理解不能です。人の痛みの判らない人間ばかりではないけれど、子どもは親を選べないのだから、自分のお腹を痛め、血肉を分けた子どもを、せめて、人間として、扱ってやってください。

大阪の人は、そんな人間ばかりでは、ありません。でも、こんな事件が、何回も、同じように繰り返されるのは、どうしてなのでしょう?私は、涙が溢れて、堪りません。一体、どうすれば、二度と再び、このような、悲しい、残酷な虐待が無くなるのか、そのことばかり、考えています。

私は、紙芝居をすることしか、出来ないけれど、もう、これ以上、一人も、尊い幼い命を、虐待で失うことのないように、どうすれば良いのか、真剣に考えませんか?震災で、数多の人々の命が、亡くなったことを、無駄にしない意味でもで、命の尊さを、みんなで、伝えていきましょうでは、ありませんか。

私は、何度でも言います。例え、自分の子どもでも、子どもには、子どもの、大切な人格と命が在り、親は、それを蹂躙することは、出来ないのです。その大切なことを、伝えていかなかった私たちにも、責任があるのだと、思います。大切な心を繋ぐことと、伝えることを、今こそ、みんなで、力を合わせて、行っていこうでは、ありませんか。お願いですから、こんな、悲しい事件は、もう、これっきりにしてください。☆*:;;;;;;:*☆*:;;;;;;:*☆*:;;;;;:*☆*:;;;;;:*

                   byみかん

                 

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曽野綾子さんの「老いの才覚」を読んで・・・  2011年3月30日

もうすぐ、4月である。だが、まだ、桜の開花予想の便りは、聞いていない。どうやら、今年の桜の開花は、遅れそうだ。花より団子の私だが、やっぱり、早く、桜の花が開いて欲しいものだ。

今年は、何故か、何時までも寒さが薄れないせいなのか?早く、暖かい春本番と、なって欲しいものだ。4月に入れば、また、ピカピカの一年生が入学して来る。

今までは、無我夢中だったので、一年生が入学しても、気持ちの余裕などなかったが、ようやく、新入生を、気持ちの余裕を持って、笑顔で迎えられそうだ。

もう、孫と同じくらいの歳の子供達と、どう、接して良いのか、最近、とみに悩むのだが、まあ、自分が子どもみたいな所が、多々あり、否、子どもさんに何時も教えられことばかりあるから、今年の新入生も、さぞかし、私のいい「せんせい」になるでろうと、今から、出逢うのを、楽しみにしている。

私も、今は、年度末ということで、日々に追われ、少々、へたれ気味である。もう、そんなに若くはないのだから、無理は出来ないのかと思いつつも、やりたいことだらけの、勝手気儘な自分に、自分であきれ返っている今日この頃である。

人間、生まれてから、この世とおさらばするまで、たくさんの方とご縁を結び、人生を織り成していくのだが、私の人生も、どうやら、もう、峠を越えようとしているのか、はたまた、まだまだ、この先、いくつもの山が、待ち受けているかは、定かではないが、確実に、自分自身の道を、一歩ずつ、丁寧に踏みしめて生きたいものである。

母に借りた、曽野綾子さんの「老いの才覚」(ベスト新書・KKベストセラーズ)の最後のページに載せられた、アデマール・デ・パロスというブラジルの詩人が書いた詩を紹介させて戴きたいと、想います。

夢を見た、クリスマスの夜。

浜辺を歩いていた、主と並んで

砂の上に二人の足が、二人の足跡をのこしていった。

私のそれと、主のそれと。

ふと思った、夢のなかでのことだ。

この一足一足は、私の生涯の一日一日を示していると。

・・・・・・・・・中略・・・・・・・・・・・・・

苦悶の日、

悪を望んだ日、

利己主義の日、

試練の日、

やりきれない日、

自分にやりきれなくなった日。

そこで、主のほうに向き直って、

あえて文句を言った。

「あなたは 日々私たちと共にいると約束されたではありませんか。

なぜ約束を守ってくださらなかったのか。

どうして、人生の危機にあった私を一人で放っておかれたのか、

まさにあなたの存在が必要だった時に」

ところが、主は私に答えて言われた。

友よ 砂の上に一人の足跡しか見えない日、

それは私がきみをおぶって歩いた日なのだよ」

私は、曽野綾子さんのような、敬虔なクリスチャンでは、全くありませんでしたが、この最後の、言葉で、後は、なんの解説も、後書きもなく終わっている、この本と出逢って、自分の今まで生きて来た人生観に、物凄い、稲妻のような驚愕の電流が、全身に響き渡ったのでした。

                   byみかん

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全興寺は、お祭り騒ぎ!            2011年3月27日

全興寺さんに、紙芝居を演じに行った。すると、お寺の界隈のあちらこちらに、のぼりが立っている。見ると、「ホープゾーン祭り」とか、いう文字が書かれてあった。「えっ?今日は、お祭りなん?」私は、一瞬驚いたが、「まあ、ここは、何時も、第四日曜日が、街ぐるみのお祭りやから、別にいいか!」

今は、あちらこちらで、街づくりのお祭りやら、イベントが催されている。わが町、田辺も、「田辺ホープゾーン」のまちづくりということで、「にんやか田邊」という、街造りの運動が行われ始めた。

「ええこっちゃ、みんな、自分の生まれ育った街を、もっと大切にして、次の時代に引き継いでいってもらわななあ・・・」などと、私は自分で、納得して、いつもより、たくさんのお客さんに、動じず、紙芝居を演じさせていただこうと決意した。(そない、たいそうな)

今日は、やっぱり、お客さんが、ぎょうさんおられて、こちらも、やり甲斐があった。大人も子供も、みんな、紙芝居が大好きなのだ。いろんな、年代の人が、紙芝居の舞台を積んだ、自転車の前に集まって、水飴を買ったり、拍子木の音に、ちょっとびっくりしたり、小さい子供達が前で、少し大きいおにいちゃんやお姉ちゃんが、後ろに、誰に言われなくても、自然に座る。そして、大人の人達が後ろの方を、ぐるっと取り囲む。

紙芝居を中心に、小さなコミュニティーが、自然に生まれるや。紙芝居て、ほんまに、凄い力を持ってて、素晴らしいものやなあ・・・などと、改めて、感心するみかんであった。

寒かったらいけないと、貼るカイロを持って行っていたのだが、その必要はなく、暖かい春の日差しが、心地良く、みんなの顔や身体を照らした。(日焼け避けクリーム塗ってきて正解やったなあ)などと、しょうもないことばっかり考えながら、今月も、全興寺さんの紙芝居は、お祭り騒ぎの大盛況のうちに、無事に終えさせて戴いた。

今年度も無事に、殆ど毎月、皆勤で通うことが出来、本当に有り難い。四月からも、また、新たな気持ちで、ここ、全興寺さんで、みかんの紙芝居の修行をさせて戴こうと、決意したのであった。「嗚呼、紙芝居の出来ることの、喜びに、常に、感謝せよ!」

                    byみかん

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みかんの紙芝居レッスン         2011年3月26日

今日は、田辺サロンの紙芝居教室の日であった。だが、皆さん、お忙しかったり、体調が悪かったりで、来られないとの連絡を、次々と戴く。「まあ、いいか!こんな日もあるさ。」と、自分自身に言い聞かせ、持ってきた紙芝居で、自分で個人?レッスンを始める。

だけど、やっぱり、一人では、つまらない。一時間待ったが、誰も来られないので、仕方なく、紙芝居をかたづけて、田辺サロンを出ることにした。

私が、表のシャッターの鍵が閉まらなくて、鍵と格闘している時、教室の生徒のZさんが、来てくださった。ごめんなさい。せっかく、お忙しい中を来てくださったのに、帰ろうとして。私は、もう一度中へ入ろうか、どうか迷ったが、少し前、メールで、親戚にご不幸があったとお聞きしていたので、教室の予定表をお渡しして、ご挨拶だけさせてもらって、失礼させて戴いた。Zさん、せっかく来てくださったのに、ほんまに、ごめんなさい・・・

気を取り直すべく、私は、近くの法楽寺さんの楠木文庫にお邪魔した。お寺の境内では、子供達が、楽しそうに、鬼ごっこをして、遊んでいる。私は、お参りもそこそこに、楠木文庫に向かった。文庫のお世話をされているMさんに、お会いしに来たのだ。

しばし、Mさんと、他愛もない世間話をしてから、明日、全興寺さんでさせて戴こうと思って、持ってきた紙芝居をMさんに、観て戴いた。大きな震災が起こり、私は、これからは、日本中の人々が、元気になってもらえるような紙芝居を、いろいろな処で演じさせて戴けたらと、願っている。まずは、明日、全興寺さんで、そんな紙芝居を演じさせていただこうと,想うのだ。

演じた紙芝居は、ベトナムの紙芝居「大切なうちわ」と「わっしょいわっしょいぶんぶんぶん」だ。特に「わっしょいわっしょいぶんぶんぶん」は、かこさとしさんの作品で、戦後の復興期に創られたもので、いじわるで、よくばりなあくまに、ことごとく、楽器や道具を奪われた人々が、歌なら、奪われないと、みんなで、元気に歌を歌って、わるいあくまをやっつけてしまう、私の大好きな作品の一つだ。

この紙芝居を観てくれたMさんは、凄く乗ってくださって、みんなが歌を歌うところの部分に、凄く熱くなられて(Mさんはコーラスをしておられるのだ)私に、紙芝居を演じてくださった。やっぱり、紙芝居を、自分で練習することも大切だが、見せてもらうことも、本当に大切だなと、私は、改めて実感した。

Mさんは、歌の節を、「さざえさん」の曲で歌ってくださった。その後、私も、もう一度同じように、「さざえさん」の節で、歌って演じた。すると、Mさんが、「山口さん、やっぱり、さざえさんは、止めた方がええわ。さざえさんのキャラクターが、かこさとしさんの紙芝居の上をよぎるみたいやから、イメージが変わって来る気がする。」と言われ、結局、最初の私の下手くそな、でたらめの節でする方がいいと、収まった。

なんでもないようなことだが、やっぱり、ああでもない。こうでもない。と、考え合って、お互いが納得する一つの結論に導けたことは、本当に凄く有りがたかった。

改めて、紙芝居を一緒に学ぶ仲間て、大切やなあと、実感したみかんであった。これからも、未開の土地を開墾していくような気持ちで、常に、紙芝居だけではなく、いろいろなことを学び続けていきたいという気持ちが、ふつふつと湧いて来た、みかんであった。

みなはん、よろしゅうにおたのもうしますう~

                   byみかん

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もう、どないしょう?            2011年3月25日

今日は、寒かったですなあ。久しぶりに灯油を販売に来られたのですけど、値段を聞いて、びっくりしました。ものごっつう値段が上がってました。ガソリンスタンドの前を通った時も、なんと154円になってました。お水より高いがな・・・

その、お水が、スーパーに行ったら、売り場は空っぽ。お水というお水が、見事に消えておりやした。もう、どないしょう?

まあ、全ての食品が無くなった訳ではないし、ここは、本当に、被害に遭われた方々のことを考えたら、辛抱のしどころですな。でも、うちらも、流されて、買い占めるのだけは、止めておきましょうね。本当に必要な方に、物資が届くことを願って、冷静に、対応したいと想います。

灯油も、我慢して、炬燵でご飯を食べています。ガソリンも入れるの控えて、ママチャリで走っています。お水は、大阪の水道水は、美味しいですさかい、どうしても、という時は、ポットで沸かして、湯冷ましを作りませう。

下の孫の美鶴ちゃんも、来月で、一才になるのですが、もう、ミルクは卒業して、しっかりと、ふりかけご飯を食べていました。小さい赤ちゃんが、おられるお母さん方は、大変でしょうが、ミルクを作るときは、湯冷ましでも大丈夫です。

みんなが、少しずつ工夫したり、知恵を出し会い、落ち着いて行動すれば、[どないしょう?]と、いう言葉が少しでも、少なくなるといいですね。

今日の毎日新聞の夕刊にも、先日23日の歌手である、橋幸夫さんの投書に凄い共感の声が、上がっていると書かれていました。こんな、広がりだったら、大歓迎です。国会議員のセンセイ方、こんな時こそ、日頃、支援してくださっている地元の住民の方々、いや、日本中の国民の為に、人肌も、二肌も脱いであげてください。センセイ方は、なんと言っても、日本の国を代表する議員で、あられるのですから・・・うちは、そう思うのですが。

                     byみかん

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メディアの役割                2011年3月24日

東北地方と関東の東を、ズタズタにしてしまった、あの、おぞましい震災が起きてから、もう、二週間が過ぎようとしている。だが、未だに、消息の判らない方が、大勢おられ、また、命からがら救われた方々も、不安で寒い日々を送っておられる。

そんな中、昨日の毎日新聞の投書の欄で、歌手の橋幸夫さんが、実名で、今のこの日本の現状を嘆かれ、特に、「国会議員の顔が見えない!」と、憤りの気持ちを、心から問いかけておられた。私も、全くその通りだと思う。新聞や、テレビで、毎日報道されているニュースで、国会議員の方の顔が映っているのは、枝野官房長官の、原発事故のインタビューを受ける姿だけである。

詳らかなことは、存じませんが、何故、国会議員の先生方は、こんな、日本の一大事の時に、全く動かれないのでしょうか?あまりにも、予想外?の被害で、手の尽くしようがないというのでしょうか?

今日の夕刊を読むと、日本の生産食品どころか、機械製品までもが、世界中から、排斥されようとしているとのことです。今まで、日本の製品や食品は「安全・安心」とこぞって購入していた、中国や台湾などを始め、アジアの人々まで、原発事故の影響から、倦厭し忌み嫌われているそうです。

日本のメディアの方々は、震災に遭われた方々の報道はもとより、このような、世界中に広がりつつある、日本製品に対する、風評被害を打ち消す意味でも、日本の製品の安全・安心性を、世界中に発信していっていただきたいと願います。

メディアの役割は、時事刻々と現れる現状を知らせることだけではなく、世界の中の日本の国の立ち位置をしっかりと、踏みしめられるように、大局的な視野に立った報道を、世界中に発信していくことも、大切な役割だと、私は思うのですが、いかがなものでしょうか?日本人の底力を信じ、今、私達は、どうすれば良いのかを、政府の発表に右往左往されずに、しっかりと地に足をつけた、冷静な報道をして戴くことを切に願う、みかんなので、あります。

                     byみかん

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家康の故郷を訪ねて・・・         2011年3月22日

徳川家康の故郷である、愛知県の東岡崎に行って来ました。そこで、絵本や紙芝居を販売しているお店を経営されている、浅井さんにお会いするべく、震災で日本中の人々が、大変な思いをされている時でしたが、思い切って、行って参りました。

その方のお店「ちいさいおうち」では、毎週月曜日に絵本や紙芝居のお話会をされているので、厚かましくも、是非、そのお話会で、紙芝居を実演させて欲しいと願ったことと、前回、徳川家康館を見学させてもらった時、家康の言葉と出逢い、私の魂が、岡崎に向いていたのでしょう、近鉄特急と、名鉄電車に乗って、一泊どまりで、行っ来て、本日の夕方に帰宅しました。

結果は、思い切って行かせていただいて、本当に良かった。久しぶりにお会いした、浅井さんは、とってもお元気そうだったし、お店には、お話会の時間になると、次々と子供達が、集まってくれました。私は、「くれよんさんのけんか」「ききみみずきん」「ごきげんのわるいコックさん」「ねずみきょう」そして、最後に、「よいしょよいしょ」の紙芝居を、厚かましくも、ひとりで最後まで、演じさせて戴きました。

「ねずみきょう」の紙芝居の時は、子供達も、私と一緒に「おんちょろちょろ、おんちょろちょろ」と大きな声で、言ってくれて、とても嬉しかったです。そして、最後の「よいしょ よいしょ」の紙芝居を終えて、皆さんに、お礼の挨拶をして、ほっとした時に、一人の女性が「山口さん!」と、声を掛けてこられました。見ると、なんと、私が、図書館のボランティアになりたての頃に、一緒に活動していたKさんだったのです。

私は、びっくりしました。Kさんは、ご主人のお仕事の関係で、日本全国をあちらこちらに移り住んでおられて、確か、大阪から、静岡に行かれたはずだったのに、なんで、岡崎におられるのか、良く飲み込めなかった。

kさんも、静岡から、岡崎に3年くらい前に移られて、来月には、もう、富山に、また変わられるとのこと。Kさん曰く「浅井さんに電話して、大阪から、紙芝居をしに来る人が居てるというので、山口さんの名前が、頭を過ぎったけど、やっぱりその通りだったね。前も伊豆の修善寺の講座で、会ったけど、ほんとうに、また、会っちゃったね。」と、全く変わっていない、標準語の言葉で、落ち着いて、おっしゃった。

そうなんです。大阪で、一緒に活動していた時も、私の、この電車道みたいな性格で、突っ走ろうとする時、何時も、彼女が、赤信号を灯してくれて、「ちょっと、待て!」みたいに、客観的にアドバイスをしてくれていたのです。

一番思い出に残っているのは、彼女が障がい者さんの授産所で、ボランティアをされていて、そこの方々と、キッズソーランを踊るというので、その時、左手を骨折して腕に包帯をぶら下げていた私が、一緒に踊らせて欲しいと頼んだら、「お医者さんの許可をもらってからね。」と言われたので、私が、病院の先生にお尋ねして、お許しを戴いたので、彼女の指導で、皆さんとご一緒に、キッズソーランの練習を必死で、やったのが、まるで、昨日のように思われてきた。

本当に、人のご縁というのは、不思議なものだと、つくづく思った。結局、その日の夕食も、次の日の昼食も、浅井さんと彼女と私と三人で、一緒に食べて、東岡崎の駅まで、車で送ってくださり、私は、彼女に見送られて、とても、爽やかな気持ちで、岡崎を後にした。

徳川家康の生まれた、岡崎城を、浅井さんが案内してくださり、二人で、天守閣に昇った。お城の上から見る、岡崎の町は、本当に、眺めも素晴らしくて、家康も、幼少の頃から、人質として、他国にやられて、このお城に、どれほど帰りたかったことかと、思い遣ると、故郷というのは、人間の心の原点であり、自分自身の存在と向き合う処なのだと感じた。

東北の震災に遭われた方々も、一日も早く、自分の生まれ育った土地が、復興し、また、日常の平凡だけど、当たり前の幸せな生活が出来る日が来ることを、心から祈っております。

                   byみかん

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少しずつだが動き出した・・・          2011年3月19日    

テレビのニュースを観ると、少しずつではあるが、物資が、被災者の方々の所へ、運ばれているようである。また、あの、おぞましい、原発に苦しめられて、監獄のように閉じ込められた、福島の人々が、移動させてもらえているようでもある。

だが、まだまだ、おびただしい行方不明の方々の捜索や、孤立状態で、助けを求めておられる方々が大勢おられる。そして、原発の風評被害に遭われて、全く、物資も届かず、救いの手も差し延べられていない、いわき市の方の悲痛な声が、私の心にも届いた。

避難所に居る子供達の、心のケアも大切だ。ボランティアの受付が、始まったという報道も、あった。子供達だけではなく、お年寄りや、病気の方々、全ての方が、不安な気持ちで、毎日を過ごしておられる。

今の私に出来ることは、この方達の気持ちに寄り添い、そして、冷静に、報道を見守り、僅かな金額ではあるが、義援金の募金箱にお金を入れることぐらいだ。だが、ひとりでも、多くの方々が、希望の有る生活を送り、子供達の笑顔を取り戻すことが、なんとか出来ないものか、そんなことばかり考えて、いかんともせん、私は、昨日は、職場で、今日は自転車に乗っていて、二日続けて、転んでしまい、思いっきり、腰と、膝ぼんを打ってしまった。

幸い、骨と頭は大丈夫だったので、こうして、このブログを更新させていただくことが出来ることを、有り難く思っている。考えてみたら、今までだって、何度も死にそうになったことがあるが、お陰様で、こうして、生かされていることが、本当に奇跡のように思われることが、ある。まだまだ、やらなあかん、宿題があるようで、「ちゃんと生きや!」と、神様、仏様から、背中を押されているのかも?

今回の地震で、生死を彷徨い、命を救われた方々、まだ、ご家族の行方が判らない状況の人も、大勢おられることと思います。そんな、状況の中で、着の身着のままで、本当にお辛いと、お察し致します。被災された方と、全くおんなじ気持ちには、なれませんが、日本中の人々、いや、世界中の人々が、皆さんのお気持ちに寄り添い、少しでも、今日よりも明日と云う日が、希望の持つことが出来るように、お役に立てたらと、思っておられると、信じてください。

私は、紙芝居しか、出来ませんが、紙芝居をみんなで、観ることで、少しでも、心が和まれることが出来るのなら、こんな嬉しいことはございません。

日本中に、共感の輪が広がっていってもらえるように、少しずつですが、努めていきたいと、想います。一日も早く、温かい春が、北国にも、訪れることを願っております。

                    byみかん

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みんな、疲れてるんや!           2011年3月18日

震災に遭われ、避難されている方々に、心からお見舞い申し上げます。三月というのに、震災地では、極寒の気候の上、暖をとる燃料等が不足し、みなさん、寒さの為に、お身体の不調を訴える方が、後を絶たず、本当に、身の切られるような思いでおります。

そんな、大変な震災に遭わなかった私達も、毎日、テレビや新聞で報道されてくるニュースを見ては、何故か、どうしょうもない閉塞感に襲われ、正直、精神的に疲れて来ているのは、確かだ。直接、被害に遭われた方のことを思えば、雲泥の差では、あるが、日本国中の人々が、連日流れて来る、ニュースに心を傷めていることは、確かだ。

かく云う私も、今日、職場の運動場で、転倒し、厭と云うほど、腰を打った。傍に居た、一年生の児童が、「だいじょうぶ?」と声を掛けてくれなかったら、起き上がれなかったかも知れない。あまりの痛さに、保健室で休ませて戴き、勤務時間を終えて、真っ直ぐ、何時も通っている鍼灸院に飛び込んだ。

先生が、「今日は、皆さん転倒続きで、大変でした。」とおっしゃった。私は、「みんな、疲れているのだ・・・」金曜日の、ほっとした気持ちのゆるみと、震災のニュースを観て、精神的にも、肉体的にも、限界を超え、病院にベッドで、アイシング(幹部を冷やすこと)をして、まずは、手当てをして戴いた。

お陰様で、私の怪我は、処置が早かったのと、安静にしていたのが、効を走したのか、大事には、いたらかなかったようで、」だいぶ痛みの方も、休んだ。

「みんな、疲れてるンや!」先行きの見えない不安ほど、心細いことはない。今こそ、みんな、一致団結して、どうか、この苦境を乗り越えてください。なんの、お役にも立てない私が申し上げるのは、憚りますが、心よえい、皆はし」の、一日で早い、復興をお祈り申し上げます。

                     byみかん

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何故だ!                   2011年3月16日

最近、このパソコンの前に座るのが、とっても辛いのです。何故なら、震災で、えらい辛い思いをしておられる方が、一杯おられるというのに、私は、なんにも出来ない歯痒さと、しょーうもない、だじゃれでも打ち込んで、少しでも、皆さんが元気になってくださるのなら、嬉しいけんど、やっぱり、それは出来ないなあ~などと、あれこれ悩む、今日この頃なのです。

「何故だ!」このフレーズ、どっかで聞いたことがあるのですが・・・なんだっけ?今、どうしても思い出せないのですが、私は、テレビから流れて来る、被災者の方々の声を聞くと、この「何故だ!」という言葉しか、出てこないのです。

もう、地震が起きて、五日も経つのに、まだ、孤立して、救援を待っておられる方が、たくさんおられる。避難されている方々は、今だに、満足な物資が届いていない状態で、それは、物資を運ぶガソリンが無いからだそうです。

では、原発の事故で、命懸けで、自衛隊の方が、飛行機に乗って、上から水を撒こうとされているのなら、それは、それで、何故、空路で、物資を運ぶことが出来ないのでしょうか?ガソリンが足りないのなら、どうして、石油会社の方が、提供出来ないのでしょうか?

今日のニュースで、東北の或る被災地で、ガソリンスタンドの経営者の方が、自分のスタンドに残っていた、ガソリンを全て、その地区の方々に、少しずつガソリンタンク車で、配っておられるのが、放映されていました。

その方は、真っ赤な帽子をかぶり、赤い襟巻きを巻いて、まるで、サンタクロース(歳はお若い)のように、私の目には、見えました。そして、インタビューにも、たんたんと当たり前のことをしたような、真顔で、「うちに有るガソリンは、全て、みなさんにお分けしました。もう、からっぽです。」と、おっしゃっていた。

誤解しないでください。私は、何も、全ての人が、こうなったらいいと言いたいのでは、ありません。この、未曾有の災害に、今の日本の国は、何処から手をつけていいのか判らない。まさに、お手上げ状態なのでは、ないのでしょうか?

では、ボランティアの陣頭指揮官を拝命された、辻本清美さんは、あれから、どうなったのでしょうか?教えてください。原発も大変な事故ですが、今晩、寒さに震えている、数十万人の空腹の避難民の方々に、私達は、何を以って応えたらよいのでしょうか?それこそが、私の「何故だ!」と云う、クエッションなのです。

                     byみかん

                                 

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がんばれ大河先生!がんばれ日本!      2011年3月14日

    震災に遭われた方々に、心よりお見舞い申し上げます。

我が恩師、大河萬子次先生が、入院されたので、仕事が終わってから、先生の入院されている病院にお見舞いに伺った。学研都市線の星田駅を降りると、もう、辺りはすっり暗くなっていた。

私は、駅前のコンビニエンスストアーで、病院の場所を尋ねたが、若い店員さんは、近くのサンクスの場所を教えてくださった。せっかく、ご親切に教えて戴いたのだが、いくら、「すぐそこ!」のサンクスでも、病院とは、程遠いように、感じられたので、私は、昨夜、大河先生の奥様に電話で教えて戴いた、病院の電話番号に、携帯で、電話をかけた。(始めから、そないしなはれ!)

道を教えてもらったコンビニエンスストアーの前で、待っていると、程なく、益江奥様がお迎えに来てくださった。私は、丁重に、無沙汰の挨拶をして、大河先生の入院されている病院へ向かった。

個室に入っておられた先生と、何ヶ月ぶりかでお会い出来、私は、感極まった。父が亡くなり、自分も喘息の持病持ちで、その上、紙芝居の活動と、仕事や、娘の引越しやら、なんやかんやわやで、大河先生のことは何時も、お会いしたいと思い続けながら、なかなか、その願いが、叶わず、やっと、昨日の日曜日に、お目にかかろうと思って、先生のお宅にお電話をしたら、お留守だったので、もしや、入院されたのではと、思って、夜、電話をしたら、やっぱり、救急車で運ばれて、罹りつけの診療所に、入院されたのこと。ほんまに、「恩師不幸者」な自分を恥じた。

先生は、少しやつれておられ、髭も、だいぶ伸びておられたが、頭の毛は、さすがにふさふさした、真っ白な髪を確認して、まだまだ、しっかりと頭脳は、働いているのだと、安心した。(失礼なことを申し、ごめんなさい。本当に、心配だったのです。)私は、先生の手をしっかりと、握った。先生の手は、温かかった。

ほんとうに、お元気そうな先生のお顔を拝見することが出来て、ほっとした。先生には、父の分まで、生きて戴きたいと、心から願った。

先生は、流動食の夕食と小さなおにぎりを懸命に食べておられる真っ最中だった。前日の電話で、奥様が、殆ど食事を召し上がらないので、心配しておられたが、今日の先生は、なんと、五つの小さなおむすびを全部食べられて、他のおかずも、八部どおり食べられたのだ。ほんまに、良かった。

東北や関東で、震災に遭われて、避難されている方が何十万人もおられると、帰宅したテレビで、放送されていたが、皆さん、やはり、食べ物や、お水を必要とされていた。やはり、生きることとは、食べることなのだ。早く、避難されている方々全員に、温かい食事が行き渡ることを、願って止まない。

新聞には、世界各国の人々が、日本のことを、心配し、応援し、支援の手が次々と差し延べられるようだ。ほんとうに、希望の灯りが、ほんの少し見えて来そうだ。

がんばれ日本!がんばれ大河先生!私に出来ることは、たかが知れているが、今こそ、みんなが、共に、手を繋ぎ、共に、生きる勇気を、紡いでいこう!

                      byみかん

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ひとりでも多くの命が救われますように・・・  2011年3月13日

テレビで地震の報道が、一日流れている。その、悲惨な映像を見ると、私は、胸がつぶれる思いだ。自分が、何も出来ない無力感に駆られ、次々と、増えていく死者の数を、キャスターが報道する度に、亡くなられた方の数字だけが、目に飛び込んできて、200人、500人、と、なにか、数字だけが、一人歩きしているみたいで、空しい気持ちになるのは、私だけであろうか?

もちろん、報道する方は、それもお仕事の一つなおであるが、私は、死者の方の数が、段々と増えて来るのを見ると、お一人おひとりの命が、こんなにも、無機質的に数えられることに、云い様もない空しさを感じる。

もちろん、亡くなられた方の数を、数えることは大切なことは、百も承知だ。尊い命が失われた、お一人おひとりの冥福を祈り、今は、一人でも多くの方の命が助かって欲しい。

私達が、お役に立てることは、出来る限りのことをして差し上げたい。避難されている多くの方々の、支援を、日本中の人々の、あいみたがいの心で、協力していければと、想います。他人のことを我がことのように、思い遣る心が、日本人の、一番、日本人らしい心であると、私は、信じています。

                    byみかん

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未曾有の大地震に遭遇して・・・       2011年3月11日

午後2時46分、私は、紙芝居教室をさせて戴いている、田辺文化サロンに居た。初めは、自分の頭の中が、ぐらぐらっと揺れて、疲労の為にめまいを起こしたのだと思った。すると、私と同席されていた方が、「地震だ!」とおっしゃったので、私は、自分のコートを架けているハンガーが揺れているのを確認して、何が起きたのか、悟った。

帰宅するまで、情報が入らないので、まさか、こんな甚大な被害が起きる、凄い地震だとは、夢にも思わず、二度驚いた。テレビから流れて来るニュースは、次々と地震で被害に遭われた方々の、悲しい知らせばかりが、続く。

一体、神様は、私達日本人に、何を試されておられるのであろうか?16年前の阪神淡路大震災の時は、揺れと火災に拠る被害が殆どだったが、今回は、津波だ!津波が、こんなにも恐ろしいものであるとは、正直、外国での災害を見て知っているつもりであったが、自分の国で、こんなにも大きな津波が、次々と日本国中の大勢の方の命や家を奪ってしまうことが、恐ろしい悪魔のしわざのように見えた。

今、皆さんは、本当に、大変な恐怖と不安に駆られ、私自身も、本当に、自分の家が、安全であるかどうか、不安に思います。でも、どうか、皆さん、冷静になって、テレビやラジオから流れて来る情報を基に、何時でも避難出来るような態勢を持ち、この現実と向き合う様に、心掛けたいと想います。

そして、万が一、家族と離れてしまうことがあるやもしないので、必ず行き先を告げ、何処で待ち会うのかを、決めておいては如何でしょうか?

今日(11日)の論語より

父母在(いま)せば

遠く遊ばず

遊ぶこと必ず方あり 

(遊ぶとも遠くは行かじ父母に 行方も告ぐる人たのもしき)

亡くなられた方々のご冥福を祈り、皆様方のご無事を心より願っております。

有り難うございます。

                  byみかん

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生まれて初めてのテープカット          2011年3月10日

生まれて初めて、テープカットなるものをさせてもらった

ピースおおさかで、何がなんだか判らないけど

夢中で、テープに挟みを入れて、テープを切った

テープを切ると同時に、カメラのシャッターが押された

えっ、なんで、うちがこんなことをさせてもらってええの?

なにが、なんだかわからないけど、テープを切った時、

言いようも無い喜びと、例えようもない責任感が

ジワーっと、胸の奥からこみ上げて来た

今日から、7月10日まで、此処ピースおおさかで

空襲の時の光景を描かれた絵画が展示され

空襲で廃墟となった大阪の街の写真集も出版された

生まれて初めてのテープカット

それは、平和への願いを込めて

たくさんの戦争で逝ってしまわれた尊い命の声を

青空に届けとばかりに

解き放つ号令のように思われるのであった・・・

            byみかん

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春眠暁不覚                 2011年3月9日

眠い、とにかく眠たい・・・こんなことを言うたら、「何を寝ぼけたこと言うとんねん!」と、お叱りを受けるかもしれんけど、今日は、午後から、地域の親子サロンで紙芝居をさせて戴いた後、買い物をした以外は、殆ど、眠っておりました。

夜、楽しみにしていた「相棒」の最終回の特別番組も、最後まで見届けることなく、途中で眠ってしまった。ああ、疲れがたまってるのか、もう、そんなお歳なのかは、定かではないが、明日のピースおおさかの紙芝居のお稽古だけは、なんとか、やらしてもらいました。しんどかった・・・

まあ、こんな時もあるさ!考えたら、今週一週間は、仕事がお休みなんですが、お陰様で、なんやかんやと、用事がございます。でも、最近思うのですが、日々に追われて、自分が、何の為に紙芝居をするのか、とか、これから、どうしていきたいのかという、明確なビジョンを忘れそうになるから、いけん、いけんと、自分に言い聞かせております。

最近の私は、忙殺されている。あんたは、紙芝居を、どうしたいねん?なんで、紙芝居の活動してんねん?そんな小難しいこと考える必要は、ないのや。理屈抜きで、紙芝居のことが、好きやから、自分が、紙芝居をすることで、周りの人が元気で、幸せな気持ちになってくれはったら、嬉しいんです。

ねむけ眼で、パソコンと向き合って、ボソボソと、この作文を打っておるのですが、自分と向き合う時間て、大事ですね。そして、心身を休める意味でも、睡眠は大切です。

皆様も、どうか、時には、思いっきり眠りこけて、自分の魂を休めてあげてくださいね。私は、今日、一日、よく眠らせてもらえましたので、明日のピースおおさかでの紙芝居に向けて、気持ちをリセットさせてもらえました。

明日、3月10日は、東京大空襲の日でもあり、母の誕生日でもあり、父の月命日でもあります。この日に、ピースおおさかで、心から平和を願って、紙芝居仲間の方達と、心を込めて、実演させて戴きたいと想います。どうぞ、よろしくお願い致します。

                   byみかん

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ありがとう!おしゃべりくまさん!        2011年3月8日

一昨日の三月六日の日曜日に、無事に徳島の紙芝居ボランティアグループ「おしゃべりくまさん」主催のスキルアップ講座「青空視観の楽しい紙芝居講座」を務めさせて戴きました。当日は、23名もの受講生の方が、参加して下さり、皆さん、とても熱心に、私の紙芝居の拙い話や、実演を見聞きしてくださいました。

おしゃべりくまさんのメンバーの皆さん、本当に、お世話になり、ありがとうございます。徳島駅のバス停にお迎えに来てくださった時は、なんと「歓迎!青空視観さん」と書かれた、立派な横断幕まで、創ってくださり、温かく出迎えて戴き、本当に嬉しかったです。

午前中は、とくしま動物園の「動物センター」で、紙芝居を実演させて戴き、午後から、徳島市民活動プラザの研修室で、みっちりと三時間半、紙芝居の演じ方や、歴史や、作品論を熱く語らせて戴き、最後は、手遊びの「いわしの開き」で、、無事にお開きとなりました。

この徳島の講座は、今回で三回目ですが、何時も、講座を終えると、すぐに、大阪行きのバスに乗って帰っていましたが、今回は、朝が早かったので、徳島に宿泊させて戴くことにしました。講座の終了後、メンバーの皆様とご一緒に、夕ご飯を食べて、交流を図れたことが、本当に在り難かったです。美味しいお魚をご馳走になり、本当にありがとうございます。また、八月の阿波踊りにも、ご招待戴き、是非、八月に、再び、徳島で皆様と、楽しく踊れますことやら、足を引っ張ると思いますが、よろしくお願い致します。

おしゃべりくまさんの、益々のご活躍を心より願っております。私達、「青空みかんの紙芝居の会」のメンバーも、大阪で、顔晴って、紙芝居の文化の普及に努めさせて戴きたいと想います。

「紙芝居、観る阿呆に、演じる阿呆、同じ阿呆なら、演じなソンソン~」などと、アホなことを申しておりますが、今日も、市民交流センター住吉北のセンターまつりの、リハーサルで、大型紙芝居を練習して参りました。青空みかんの紙芝居の会のメンバーのYさんと一緒に、12日の午前中に、晴れ舞台に立たせて戴きます。とっても立派な舞台に立たせて戴き、大型紙芝居「みんなでぽん」と「おおきくおおきくおおきくなあれ」を、それぞれ演じさせて戴くことを、とっても喜んでおります。

紙芝居って、奥が深くて、まだまだ、磨けば磨くほど、きらきら光る宝石の原石のようなものやなあと、いつもおもてます。徳島に行って、皆さんの紙芝居に対する、熱い想いをお土産に持ち帰り、大阪で、仲間の方々と、紙芝居の花を咲かせましょう。

最後になりましたが、おしゃべりくまさんの山下様、ほんまに、お世話になりました。山下様がおられたから、私は、徳島の方々と、紙芝居で、ずっと繋がることが出来たのだと、実感しております。紙芝居は、人と人とを、くっつける心の接着剤やと、うちは、思うのです。ありがとうざいます!

                      byみかん

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明日はとくしまで、とくしまっせ!       2011年3月5日

嗚呼、怒涛のような、4連勤が終わりました。無事に、なんとかお勤めを終えさせて戴き、明日は、朝の七時半のバスに乗って、徳島へ、旅立ちます。(そないたいそうな・・・)

とくしま動物園の紙芝居ボランティア「おしゃべりくまさん」のご招待で、紙芝居講座を務めさせて戴く予定です。とくしまで、おとくしまっせ!何故なら、とくしま動物園で、紙芝居の実演もさせて戴けるのです。動物園で、紙芝居を演らせて戴くのは、生まれて初めてどす。

さて、どうなることやら、子どもさん達、喜んでくれるかな?えっ?わさおちゃんが演じてるみたいに見えるかもしれんて?そうでんな、まあええか!わさおちゃんやったら、可愛いし・・・今日から、映画も始まったことやし、徳島で、思いっきり紙芝居の魅力をお伝えさせて戴き、徳島の皆さんと、親交を深められたら、嬉しいです。

朝早いのは、苦手やけど、遠足に行く前の日の晩みたいに、バスの中で食べる、おやつや飲み物を、カバンに詰めている、みかんであった。ああ、また、目方が増えそ~

               byみかん

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みかんのおやじギヤグ           2011年3月2日

私は、或る中学校で、学習ボランティアとして、時々、行かせて戴いています。そして、中学生の男子生徒の、モチベーションを上げるのに、何故か、英語の単語の小テストで、全問正解したら、おやじギャグを一つ、言わないといけないことになってしまったのです(自分から、言い出したんやんかいさ)

昨日も、行って参りました・・・みんな、俄然、ハッスルして、1月~12月までのテストと、1~31までの序数て云うのですか?それのミニテストをしたら、なんと、みんな、満点をとったのです。私は、万事窮す!必死のパッチで、おやじギャグを考えました。

一つ目は、すんません。劇団ひとりさんの小説から、戴きました。「ゴキブリが骨折した。ゴキ・ブリ!」結果は、大うけでした。ひとりさん、ありがとうございます!

二つ目は、もう、学習の時間も終わりという時に、「先生、はよ言うて!さあ、言うて!」と、みんな、私を取り囲んで、やんや、やんやの、大騒ぎ。うちは、もう、やけくそになって、とっさに、「となりの医者は、頭が堅いなあ。いしや!」と、口が、勝手に言うてしまったのです。

みんな、爆笑して、喜んでころこんで、うちの背中や肘を、タッチしてきました。うちは、慌てて、隣の控え室に、逃げ込みました。もう、恥ずかしい~

こんなアホなことを言うたりしますけんど、しっかりと、学習する時は、ビシッと決めてますので、ご安心下さい。でも、また、新しいギャグを考えとかなあかんなああ・・・せやないと、次回から、行かれへん。誰か、お助け下さいませ。ああ、神様、仏様、観音様・・・そして、やっぱり最後は、神頼みの、みかんなのでありました。

                     byみかん

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3月のみかんの予定            2011年3月1日

いよいよ、今日から3月が始まりました。弥生の春は、もうすぐです。三寒四温の気候の折、皆様、くれぐれも体調に気をつけて、お身体を大切になさってください。今月の私の予定です。どうぞ、よろしくお願い申し上げます。

                    記

3月6日(日)紙芝居ボランティアおしゃべりくまさんスキルアップ講座

                青空みかんの楽しい紙芝居講座in徳島

                午後1時30分~5時

3月9日(水)        田辺親子サロン 田辺会館

                午後2時20分~2時50分

3月10日(木)       ピースおおさか平和紙芝居

                午前10時~ 11時~

                地下鉄・JR森之宮駅下車

3月12日(土)     市民交流センターすみよし北センターまつり

        南海住吉東駅・阪堺線(ちんちん電車)神ノ木駅下車

                午前10時50分~午前11時

3月20日(日)       紙芝居教室in難波  

            大阪市立難波市民学習センター第一会議室

                午後1時30分~4時30分

3月26日(土)       紙芝居教室in田辺

                すずき住建様田辺文化サロン

                地下鉄谷町線田辺駅下車

                午後2時~5時

3月27日(日)       全興寺紙芝居 

                午後2時と3時 地下鉄・JR平野駅下車

以上でございます。今月は、徳島の紙芝居グループ「おしゃべりくまさん」のスキルアップ講座に2年ぶりに、行かせていただく予定です。また、「とくしま動物園」での、紙芝居の実演もさせて戴きます。徳島の皆様にも、お会い出来るのを楽しみにしています。待っててね~

                     byみかん

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人と人とを結ぶ紙芝居講座           2011年2月28日

午前中は、大雨だったが、お昼からは、からりと、嘘のように晴れわたり、私は、環状線に乗って、西九条駅に降りたった。今日は、西九条小学校で、「人と人とを結ぶ紙芝居講座」が行われるのである。

この講座は、大阪市の教員で、人権教育推進委員会の講座を司る、N先生が主催されている、学校の先生方に、教育の現場で紙芝居を活用して頂こう云う為の講座である。

私は、この講座で、先生方に紙芝居の素晴らしさや、楽しさや、その教育的意義などを、お伝えさせて戴く役目を担わせて戴いている。そして、今日が、月に一度で、6回連続講座の、最終日である。

私は、西九条駅で、紙芝居仲間で、小学校の先生を目指しておられるKさんと一緒に、西九条小学校へと歩いた。もちろん、今日実演させて戴く紙芝居を携えて、少し、緊張した面持で、校門をくぐった。

この講座は、学校の先生方に、実際に、いろいろな紙芝居を実演して戴くことで、紙芝居を演じる楽しさや、喜びを実感して戴くことで、紙芝居を、先生方の教育の現場に普及していって戴ければという想いを込めて、N先生の熱い志で、行われて来た。

そんな、先生方が実演される紙芝居に、おこがましいが、私の助言で、先生方にもっと、紙芝居を素敵に演じて戴くお手伝いと、私の実演を、先生方に観て戴くことで、進行される。私は、出来るだけ、いろいろな紙芝居を観て戴こうと、今まで、ない知恵を振り絞って、作品を選ばせて戴いて、実演させていただいて来た。

正直、ここでさせて戴く紙芝居は、本当に悩む。そして、今回が最後ということもあって、ずっと、何を演じようか、悩みに、悩みながら、練習を続けて来た。そして、今日は、昔話の「ききみみずきん」と、有島武郎の「ひとふさのぶどう」を選んで、実演させて戴いた。

その場に合った紙芝居を、選ぶこと程難しいことはない。これは、演じることと同じ位、難しいのだ。だけど、迷ったらいけない。自分を信じ、観客の先生方を信じることで、紙芝居を最後まで、演じきることが大切である。

学年末の、月曜日の、お忙しい中を、決して多くはないが、熱心にお越しくださった先生方に、感謝の気持ちを込めて、精一杯、演じさせて戴いた。また、先生方も、とても初めてとは思われないほど、活き活きと、楽しく実演されておられた。

この講座の名前のように、紙芝居を演じることを通して、人と人とが、心から結び合い、学校現場でも、豊かな人間関係とコミュニケーションを築いていくことが出来れば有り難い。

講座を振り返り、私も、もっともっと、紙芝居のことだけではなく、人間としての幅を広げていく努力を惜しまないで試みることの大切さと、まだまだ未熟な自分の紙芝居に対する技量と知識を、研鑽していかなければと、反省するみかんであった。(今日は、なんか、優等生みたいな、作文になりました。ほんまは、普段はもっと、アホみたいなことばっかり云うてるんですが、先生方の前で実演させて戴いて、きんちょうしたまんまのモードですねん。悪しからず・・・)

N先生、ほんまに、お疲れ様でございました。そして、こんな素晴らしい講座を開いてくださり、ありがとうございます。

                      byみかん

      

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