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牛若丸と弁慶                 2011年2月16日

母は、今、詩吟の他に、あろうことか、謡曲を習い始めた。そう、あの、能の謡の謡曲である。何故に、謡曲お始めようよ思い立ったのかは、定かではないが、謡曲の本を拝見すると、漢字ばかりの詩吟の本とはまた違った感じ?がして、漢字と平仮名とが、踊るように書かれた本を拝見して、これは、手ごわいぞ!と、直感で感じた。

母が今、格闘しているのは、「安宅」という謡で、御存知の方も多々おられると思うが、弁慶が、源義経を東北へ連れて、逃げていく時に、安宅の関と云うところで、弁慶が、主君の義経を守る為に、白紙の勧進帳を朗々と読み上げたり、主君である、義経を逃がす為、わざと、杖で打ち続けて、後で、涙を流して、義経に謝まるくだりである。

母は、カセットテープで、この謡を聞き、私も、何故か、おんなじように、その踊る字を目で追いながら、テープに耳を傾けた。すると、いつしか、母の鼻水をすする音が聞こえて来るではないかいな?「えっ?まさか、この謡を聴いて、泣いているの?」私は、自分の耳を疑ったが、やはり、母は、泣いていたのである。

そして、そのテープを全部聴き終えると、母が、「どんな芸事でも、良いものは、何回も聞いていくうちに、益々、その作品の真髄を読取ることが出来て来るから、凄いんやで。」と、のたまう。

私は、母が、何を言わんとしていたか、すぐに察した。今、私は、ある作品に、挑んでいるのだが、なかなか、上達しないでもがき苦しんでいる。つまり、壁にぶち当たっているのだ。そんな時、母の言葉を聴いて、私は、「何回も練習するのみ」と、すぐさま、紙芝居を出して来て、母に観てもらった。

ちょうど、弁慶が、牛若丸を大切に思う気持ちが、何故か母の気持ちと重なった。弁慶と牛若丸は、主従の関係であるが、私達は、母子である。母は、きっと、私にもっと、精進して、紙芝居の芸を磨けと、言いたかったのであろう。

まだまだ、未熟な演じ方しか出来ない自分が、苛立たしい。あせってはいけない。そんな時は、いつも、大河満子次先生の「レッスン、レッスン、とにかく、レッスンですよ。」というお声が聞こえてくるのである。嗚呼、先生にお会いしたい・・・判官びいきの日本人の心とは、この謡曲から来るのだろうか?そんな、支離滅裂な思考を巡らしながら、今日も紙芝居と向き合う、みかんであった。もっと、集中することが大切ですぞ!みかんはん!

               byみかん

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