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2011年2月

みかんのはちゃめちやな一日          2011年2月26日

朝から、久しぶりに散髪?に行ってきた。出かける時、忘れ物をとりに、家に入り、母から、なんやったんかなあ・・・あっ、そうそう、ボランティア活動の助成金の件で、メールと電話で、やりとりしてて、母ちゃんは、関係なかった。すんません。

それで、9時に予約していたのが、(散髪を)家を出たのが9時だったので、遅れるとのことを、散髪してもらう美容院に電話した。もう、その辺から、なんか、集中力がのうなって来たみたいで、愛車のパタパタに乗って、行きつけの美容院へと走らせた。

急いてはことを仕損じるとは、よく言ったもので、少しでも早く着こうとして、何時もと違う道を突っ走った。そしたら、なんかヘン?道を間違ったみたいで、「こら、あかん!」と思って、すぐに引き返した。

そんな調子で、もう、頭がボーっとしていたのに、散髪してもろて、少し、頭がすっきりとした。(意味ちがうやん!)無事に帰宅して、えっ!と、驚いた。

そうなんです。前と後ろに椅子が着いて、おまけに、傘を差す、サスベイをしっかりと取り付けた、見慣れた?自転車が置いてあるでは、あ~りませんか?「えっ?この前、引越ししたとこやのに、もう、お越しになられたの?」

そうなんです。お嬢様方三名様が、お里帰りに来られたのだ。「もう、どうにでもなるわ。」と、開き直って、思い切って、玄関のドアを開けて、「ただいま!」と大きな声で、言うた。

しずる様が、二階から、一人で、お出迎えくださって、(階段、一人でおりれんねんや)「こんにちは」と、挨拶されるではないか?さすがは、我が孫じゃ!(ババ馬鹿?)

そんな悠長なことは言うてられん。こちとらは、もう、必死のパッチ。適当に、昨夜の残り物で、お昼を済ませ、今日、お稽古をする、大型紙芝居の舞台と、小さい舞台と、紙芝居を持って、また、一目散に、バタバタで、さわやかセンターへ書類もらいに、そして、田辺文化サロンへ、その足で、向かった。「ああ、なんとか、時間に間におうた・・・」

だらだらした作文で、すんまへん。とにかく、紙芝居教室も、無事に終えて、自宅へ帰宅して、みんなで、夕餉を戴いて、無事に、娘達を見送り、さあ、二階で、少し休もうかとおもって、ハタと気があ付いた。(おそい。)「ない、携帯がない。そんな、ばなな!」私は、もう、家中を必死で探し倒したが、やっぱり見つからない。「もう、あそこしか、かんがえられへん・・・」私は、一縷の望みを込めて、紙芝居教室を開かせて戴いた、田辺文化サロンへと、すっ飛んだ。もう、時間は、夜の八時を回っていた。

「わ~ん!社長さん(お部屋のオーナー)ごめんなさい。勝手に、こんな夜に、また、来てしまいました。ああ、ややっぱり、見覚えのある(当たり前やん”)私の携帯ちゃんが、本棚で、一人、ポツンと寂しそうに置かれているでは、あ~りませんか?

うちは、もう、ヘロヘロで、また、家に帰った。(近くでよかったー)早速、持ち帰った携帯で、友達に電話をした。彼女も、忙しそうだった。話し終わった最後に、「お互いにあんまり、無理せんとこな!」と、誓い合って電話を切った。それから、また、性懲りもなく、明日の全興寺さんで実演する紙芝居の練習を始めた。まったく、懲りないなあ・・・と、我ながら、呆れる始末である、みかんであった。

今日のはちゃめちゃな一日を、思い起こしながら、紙芝居教室で学んだ紙芝居を紹介いたします。

「みんなでぽん」(大型紙芝居と並版)

「おおきくおおきくおおきくなあれ」(大型紙芝居」

「へっこきよめさま」(童心社)

「注文のおおい料理店」(童心社)

「まつりのばん」(童心社)

「青の洞門」(童心社)

以上です。何かの参考になりましたら、幸いです。忘れんように、記録しとこう~っと・・・自分の参考になりました。(どういうこっちゃ?)

                 byみかん

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紙芝居、ニュース番組に出演する        2011年2月25日

NHKのニュース番組で、紙芝居の紹介がされた。番組では、最近、紙芝居が嬉しいことに、注目を浴び、企業の宣伝のツールや、紙芝居専門の営業会社が設立されたり、子育て中のお母さんが、電子仕掛けの紙芝居を子どもに読んで聴かせておられるのを、紹介していた。正しく、現代の紙芝居か・・・

番組の中で、コメンテーターの方が、「紙芝居て、古いものだと思っていたけど、全然新しいですね。」と、感心されていた。(そうなんや!紙芝居は、一番古くて、新しいメディアなんやで!)と、私は、突っ込んだ。

また、別の方が、「紙芝居って、なんかみんなが、一緒だという一体感が在って、ライブパホーマンスて、感じですね。」(そやそや、紙芝居は共感の感性を育む、実体験なんや)と、これまた、私は自分で、ウンチクをぶつ。)

テレビの画面では、いろんな人が、いろんな紙芝居をされていたが、残念ながら、うちが目指している様な、芸術としての紙芝居は、見られなかった。みんな、パホーマンス的な要素が、あまりにも前面に押し出されたものばかりであった。だが、紙芝居にスポットが当たり、テレビで、紙芝居そのものを紹介されることは、本当に喜ばしいことである。

思い起こせば、うちが、紙芝居を始めた頃は、ヨヨヨ・・・紙芝居をしているというだけで、理不尽な思いをしたことも、多々ありました。でも、紙芝居をしているということで、良かったと思えることの方が、ずっと多いです。私は、紙芝居に感謝しています。

紙芝居に出逢えたから、自分の人生は、こんなにも豊かなものになれ、生きることの喜びを、何時も実感させてもらいながら、これからも、紙芝居と共に、自分の人生を歩んでいきたいとおもてます。

紙芝居と出逢わせてくださった、大河萬子次先生に、心から感謝しています。紙芝居の理論を教えてくださった、まついのりこさんは、ほんまに凄い方だと敬服しています。紙芝居の楽しさを実感させてくださった、多くの紙芝居仲間の方々とこれからも、心底、共感の喜びを共有して往きたいと、願っております。

小さな四角い箱みたいな舞台に入った絵が、次々と抜いては差し込まれていくお話を、演じ手が語りながら進めていくという、こんな簡単で判りやすい紙芝居のように思われるけれど、本当は、物凄く奥が深い。やれば、やるほど、解らんようになって、何時も、頭を抱えて悩みながら、練習をしているんや。せやけど、本番で、紙芝居を観ている子供達の目が、キラキラと輝いているのを見たら、もう、跳び上がる程、嬉しい気持ちになれる。

この前も、南住吉大空小学校で、「たつのこたろう」の紙芝居を、仲間のJさんと、前編と後編を二人で子供達の前で実演したら、子供達の目が、感動でウルウルとしているのが解った瞬間、うちは、今までの厭なことを全部、忘れることが出来、「ああ、紙芝居をやってて、ほんまに幸せやなあ~」と思えた。

テレビで、紙芝居を紹介してもらえたことは、嬉しいことだが、自分が目指している、優れた作品を優れた演じ方で実演することで、ほんまもんの紙芝居が、日本国中、世界各国に広まっていって欲しい。

私は、そんな素晴らしい文化である、紙芝居に関わらせてもらえて、ほんまに果報者だと、改めて、じわ~っと、顔のしわを緩めて、にんまりと微笑むみかんであった。「あっ、クリームでマッサージして、パックせな。明日は、田辺の紙芝居教室の日やんかいさ!」

みんな、来てね~ お顔を美しく手入れして、待ってま~す。えっ?無駄な抵抗やて?そうでんな!自然体で、参りましょう。

                     byみかん

   

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天災は、忘れた頃にやって来る        2011年2月23日

今朝のニュースで、飛び込んで来たニュージランドの大地震。日本からも、大勢の人が留学して、勉学されているとのこと。本当に、ご家族の気持ちを考えると、いたたまれない気持ちになって来る。

昔から、天災は忘れた頃にやって来ると言われているが、16年前の、阪神淡路大震災を、思い起こす。日本の家屋は、木造が多いが、ニュージーランドでは、コンクリートや、レンガなどで建てられた家屋が、殆どであるから、下敷きになっておられて、行方不明の方々の安否が心配だ。

ニュージーランドは、また、観光でも人気があり、旅行に行かれた方達も、楽しい旅行が、あっと言う間に、魔の旅行となってしまった。

私達は、本当に、明日が保証されて、生きているのではない。何時、どうなるのか、全く解らないことが、今回の地震のニュースで、改めて、実感させられた。

一日、一日を、悔いのないように、精一杯に生きることの大切さを、今回の地震で、知らされた。今日と云う日を、大切に生きることが、悔いのない人生を生きるということなのだ。

偉そうなことばかり申しましたが、一日も早く、行方不明の方々の生存されていることを願い、復興するために、世界中の人々が、手を差し延べることを、願って止みません。

明日は我が身に降りかかる災難を、人事と思わず、ニュージーランドが、また、みんなの憧れの国となり、一日も早く、立ち直ることを切に願っている。

                       byみかん

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天使たちと紙芝居             2011年2月22日

やっとのことで、以前から、図書館で予約していた紙芝居を、夕方、帰宅してから借りに行った。明日は、親子サロンの日でもあるのに、まだ、何も用意出来ていなかったので、赤ちゃん向けの紙芝居も借りることにした。

図書館で、あれやこれやと、十作品くらい貸し出しをして、いざ、娘の家に、孫達に会いに馳せ参じた。孫達は、絵本や紙芝居が、大好きだ。特に、しずるちゃんは、うちの顔を見るなり、「ほん、ほん、・・・」とせがんで来る。

今日は、貴女たちにぴったりの紙芝居を選りすぐって来たわよ。(ほんまは、明日使うべしなんやけど)突発性発疹の出た、みつるちゃんは、すこぶるご機嫌が麗しくなく、もう、頭を布団に押し付けて、泣き止まなかった。

目敏いしずるちゃんは、私のかばんから、すぐに紙芝居を引っ張り出して来た。もちろん、大好きなお菓子の登場するお話だ。すると、ずっと、泣き止まなかった、みつるちゃんが、じっと紙芝居の場面を見入っているでは、あ~りませんか?「ああ。やっぱり、十ヶ月の赤ちゃんも、紙芝居をしっかり観るんだ!特に、赤ちゃんの絵とぞうさんが好きみたいやんかいさ。」と、私は、心の中で、そう思った。

しずるちゃんは、気にいった紙芝居をカバーから取り出して、自分で一枚ずつ見ておられる。「ふむふむ、こちらは、バラバラの絵を一枚ずつ確認しながら観られのが、お好きなようだわ。」と、これまた、私は、心の中でつぶやいた。

自分の孫達に、紙芝居を見せて、紙芝居は、笑顔の、波及効果を及ぼすのと、あやすのと、言葉を覚えるのに役立つのだ。そして、何より、可愛い二人の孫達と私との、最高のコミュニケーションのツールとなるのだ。ようし、これからも、いっぱい、紙芝居や絵本を一緒に観ようね。

アンパンマンの手遊びを、可愛い手で、一生懸命覚えようとしているしずるちゃんや、私が、「いないいないばあ」をすると、満面の笑顔で応えてくれる、みつるちゃんは、私にとって、懸け替えのない天使達なのだ。

                     byみかん

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紙芝居「いなむらの火」            2011年2月20日

難波の紙芝居教室を控えて、教室に通ってくださっているMさんが、「いなむらの火」の紙芝居の実演で、悩んでいるので、よろしくお願いします。」という、相談を持ち込まれた。

「いなむらの火か・・・」、私は、心の中で、つぶやいた。「いなむらの火」というお話は、御存知の方もおられると思うが、江戸時代の終わりごろ、和歌山県で、本当にあった出来事を、小泉八雲が、再話して作られた物語である。以前、小学校の国語の教科書に載っていたのだが、来年度の5年生の教科書に、再び登場することになったそうだ。

話の内容は、荘屋で、つくり醤油屋をしていた、浜口五兵衛が、高台の上から、海を眺めていた時に、地震が起こり、海の水が、一機にひいていくのを目撃する。五兵衛は、すぐに、津波がやって来ることを悟った。浜辺では、村人達が、稲の豊年を祝う祭りの支度をしていた。五兵衛は、津波が来ることを、村人達に知らせる為に、刈り上げばかりの、たわわに実ったいなむらに、火をつけて村人達に知らせて、4百人の人々の命を救ったというお話だ。

Mさんは、この紙芝居を実演するにあたり、和歌山県の湯浅の現場まで、見にいかれたそうだ。そして、大型紙芝居で、実演の本番を控えて、実演の壁にぶち当たっておられるようだった。

「いなむらの火」の紙芝居は、偶然にも、並版であるが、私も、今、練習をしている作品であった。正直、最初は、とてもやり易い紙芝居だなと、この作品をなめてかかっていた。だが、何回も練習をすればするほど、わからなくなってくるのだ。

私は、本物の良い作品とは、こうして、何回も練習しても、奥が深くて、練習すればする程、とてつもなく未知の世界に入り込んでしまうような気持ちになる。

Mさんも、きっと、何回も何回も練習をされて、悩まれていたのであろう。私も、正しく、同じ気持ちであった。それで、今日の朝から、時間ぎりぎりになるまで、何回も練習を重ねた。練習台の母の前で、何回も、駄目だしをされ、私は、悔しくて、何度も、「いなむらの火」に挑んだ。すると、不思議なことに、絵を見て、練習していると、裏の文の行間が垣間見えて来るような気持ちになった。「ああ、こういうことが、言いたかったのか。」とか、「ここは、こういうこと風にも捉えることができるなあ」と、だんだんと、五兵衛さんが、いなむらに火を点けた時の心の変化や、津波が押し寄せて来た後の、村人達の絵の表情を見た時に、津波の大水で埋もれてしまった村の姿と、明々と燃えるいなむらの火の明かりとの対比など、この作品の奥底に秘められているメッセージが、私の脳みそに、むくむくと湧きあがって来たように思えた。

母が、「まあ、完璧やないけど、だいぶ出来てきたんとちがう?」と言ってくれた。私自身も、これでいいとは思われなかったが、もう、時間がない。教室が始まるぎりぎりの時間に、部屋に飛び込んだ。(みなさん、ほんまに遅れて、ごめんなさい。)

最後の実演で、「いなむらの火」を演じさせて戴いた。じしんの紙芝居で、じしんはなかったが、迷いのない演じ方をしないと、Mさんに申し訳ない。私は、自分が実演した後に、演じる時の留意点を、ありったけの想いを込めて、Mさんや、出席してくださった皆さんに説明させて戴いた。すると、Mさんの隣に座っておられた方が、「紙芝居って、ほんまに難しいですね」と、ぽつりと、おっしゃった。

そうなんです。紙芝居て、奥が深くて、やればやる程、難しいんです。だからこそやり甲斐が、あるんですね。どんな芸術でもそうやけど、紙芝居は、日本で生まれて、まだ、80年ほどしか経っていないし、文献も少なく、研究もこれから為されていくものだから、出来るだけ多くの紙芝居を、出来るだけ多くの方々に観て戴くことで、これからも皆さんと共に、紙芝居の学びを深めていきましょう。紙芝居は、演じられて、初めて完結するものなのですから・・・

                     byみかん

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後生畏るべし               2011年2月19日

私は、或る小学校の放課後の児童クラブに勤務している。今日も、朝から、満員電車(学生が休みなので少しましでした。)に揺られて、いざ出勤。土曜日は、学校がお休みなので、朝の9時から、開室する。

土曜日は、普段の授業のある日と違って、子供達も、宿題がないので、ゆったりと此処で、休日を過ごす。保護者の方にも、安心して、大切なお子さんが過ごせる居場所の一つとして、喜んで戴いている。

土曜日は、私も、比較的時間の余裕が、あるので、或る4年生の男子児童に、将棋の手解き?をしてもらっている。と云うか、もう、来室するなり、お相手のご予約?を賜る。

勿論、私は、喜んでお相手をさせて戴くのであるが、もともと、将棋とは、全くご縁のなかった私なのだが、毎回、この子どもさんのお相手をさせて戴いて、なんとなく将棋の筋道が理解出来るようになって来た。

駒の進め方が書いてある、初心者用の将棋を使って、お相手をさせて戴く。勿論、私が負けるのだが、そんなに簡単に負けられないのが、辛いところで、なんとか、がんばって、出来るだけ長い時間指すようにしなければならない。かと言って、次の手を考える時間が、あんまり長いと、「はよして!」と、お叱りを受ける。いやはや、全く、こんなに脳みそを使うことは、あんまりないので、試合?終了の後は、精も根も尽き果てて、しばらく、頭がぼーっとしてしまう。

どんな、競技でもそうなのだが、自分が、勝ち進んで、「いける!」と、思った瞬間、相手にさされて、あっという間に、負けてしまう。つまり、自分が勝てると思った時に、隙が出来るのだ。相手は、その隙を狙って、とどめの駒をうって来るのだから、完敗である。

私は、将棋を通して、「後生畏るべし」という論語の言葉が、頭をよぎった。初めのころは、簡単に勝っていたのだが、彼は、物凄い、ゆうもうしんを抱いて、切磋琢磨して、将棋のルールや攻め方を覚え、努力したのであろう。もう、今は、とてもかないまへん!

「後は、勝った時、もう少し謙虚な姿勢になれたら、完璧やねんけど・・・」などと、負けたくせに、私は、偉そうに批評して、自分の心を鎮める。そら、小学生に負けたら、やっぱ、悔しいやん!(大人気ない・・・)

とにかく、私も、また、修業の旅?に出て、「次回こそは、勝たなければ、大人の面目?が立たぬ」などと、意地になる、なんとも大人気ないみかんであった。

                 byみかん

~紙芝居教室開催のお知らせ~

明日、2月20日(日)は、予定通り、大阪市立難波市民学習センターで、午後1時30分~午後5時の蛍の光の音楽が鳴るまで、「青空みかんの紙芝居教室」をさせて戴きます。お部屋は、第二会議室です。今回の講座内容は「紙芝居の歴史~戦前編~」です。印刷紙芝居の誕生と戦前迄の歴史をお話させて戴きます。勿論、実演もさせて戴きますので、演じられる紙芝居を、ご持参下さい。2月27日(土)田辺サロン教室も、予定通り行います。いずれかの、ご都合の良い日に、お越し下さいませ。

先月1月は、父の急逝の為、難波教室を、急遽中止いたしまして、大変御迷惑をお掛けして、申し訳ございませんでした。今後とも、青空みかんの紙芝居教室を、どうぞ、よろしくお願い申し上げます。何時も、ありがとうございます。

                                  青空視観

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身体のメンテナンスに行ってきました。     2011年2月18日

昨夜の大雨は、からりと止み、とってもいいお天気になった。久しぶりに、何時も通っている、鍼灸院に行って、疲れた身体をメンテナンスしてもらいに行って来た。

私が何時も、通っている鍼灸院は、全身地治療の鍼で、もう、かれこれ、5年以上は、ここに通っている。私は、何時も、女先生に鍼を打ってもらいながら、日頃のストレスを、女先生に聞いてもらったり、冗談を言い合ったりしている。つまり、ここは、私のオアシスなのだ。

鍼治療もしてもらうが、日頃のストレスを、ここで吐き出して、リフレッシュして、また、新たな気持ちで、日々の生活を送るのが、慣わしとなっている。

今回は、久しく行けなかったので、もう、身体はガチガチ、心はボロボロで、混んでいたのに、申し訳なかったが、たっぷりと、90分程、鍼とお灸で、全身のメンテナンスをして戴いた。一番利くという、足の小指の外側に鍼を打ってもらい、(物凄く痛いのだが、それが利くのだ)お陰様で、かなり、楽になった。

私の場合は、身体の中の水代謝が悪く、どうやら、むくんでいるようだ。毎度、毎度、不調を訴えては、手厚く治療をして下さるので、本当に有り難い。

私は、どうやら、この鍼治療と合性が、上手く合ったようで、頑固だった肩こりも、最近は、あまり苦痛にならなくなった。後は、このストレスを減らしていくべく、治療に専念する予定である。

                  byみかん 

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牛若丸と弁慶                 2011年2月16日

母は、今、詩吟の他に、あろうことか、謡曲を習い始めた。そう、あの、能の謡の謡曲である。何故に、謡曲お始めようよ思い立ったのかは、定かではないが、謡曲の本を拝見すると、漢字ばかりの詩吟の本とはまた違った感じ?がして、漢字と平仮名とが、踊るように書かれた本を拝見して、これは、手ごわいぞ!と、直感で感じた。

母が今、格闘しているのは、「安宅」という謡で、御存知の方も多々おられると思うが、弁慶が、源義経を東北へ連れて、逃げていく時に、安宅の関と云うところで、弁慶が、主君の義経を守る為に、白紙の勧進帳を朗々と読み上げたり、主君である、義経を逃がす為、わざと、杖で打ち続けて、後で、涙を流して、義経に謝まるくだりである。

母は、カセットテープで、この謡を聞き、私も、何故か、おんなじように、その踊る字を目で追いながら、テープに耳を傾けた。すると、いつしか、母の鼻水をすする音が聞こえて来るではないかいな?「えっ?まさか、この謡を聴いて、泣いているの?」私は、自分の耳を疑ったが、やはり、母は、泣いていたのである。

そして、そのテープを全部聴き終えると、母が、「どんな芸事でも、良いものは、何回も聞いていくうちに、益々、その作品の真髄を読取ることが出来て来るから、凄いんやで。」と、のたまう。

私は、母が、何を言わんとしていたか、すぐに察した。今、私は、ある作品に、挑んでいるのだが、なかなか、上達しないでもがき苦しんでいる。つまり、壁にぶち当たっているのだ。そんな時、母の言葉を聴いて、私は、「何回も練習するのみ」と、すぐさま、紙芝居を出して来て、母に観てもらった。

ちょうど、弁慶が、牛若丸を大切に思う気持ちが、何故か母の気持ちと重なった。弁慶と牛若丸は、主従の関係であるが、私達は、母子である。母は、きっと、私にもっと、精進して、紙芝居の芸を磨けと、言いたかったのであろう。

まだまだ、未熟な演じ方しか出来ない自分が、苛立たしい。あせってはいけない。そんな時は、いつも、大河満子次先生の「レッスン、レッスン、とにかく、レッスンですよ。」というお声が聞こえてくるのである。嗚呼、先生にお会いしたい・・・判官びいきの日本人の心とは、この謡曲から来るのだろうか?そんな、支離滅裂な思考を巡らしながら、今日も紙芝居と向き合う、みかんであった。もっと、集中することが大切ですぞ!みかんはん!

               byみかん

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父の法要を終えて・・・          2011年2月15日

先日の日曜日、2月13日に父の35日の法要を、お陰様で無事に終えることが出来ました。親を亡くし、弔うことが、こんなに大変なことだとは、本当に知りませんでした。

多くの親族や家族に支えられて、母ともども、ふらふらになりながら、無我夢中で、少し早いですが、満中陰を終えさせて戴いたことに、させてもらいます。私達は、また、これから、未来に向かって、父の分まで、希望を持って生きて参りたいと想います。

紙芝居の活動は、もとより、昨今、念願であった、寺子屋を始めさせて戴きました。ほんまに、無謀なことやと、笑われる方もおられると思うのですが、私は、子どもさんに、活き活きと未来に向かって、希望に満ちた時代を切り拓いて行って欲しいと願い、この度、田辺で、寺子屋を始めさせて戴きました。

昔の寺子屋の内容は、読み書き計算を中心に為されていたようですが、私も、勿論、その基礎学力を培うことの大切さを基本とし、尚且つ、自分の価値観である、「自主独立の精神」「思い遣りの心」「チャレンジ精神」この三つの心を、育んでいくことが、つまり、成績だけを上げる塾とは違った、正しく、これからの時代を担う大人に成長してもらえる子どもさんを育むお役に立てることが出来るのだと、自負しております。

この寺子屋は、田辺の紙芝居教室で、大変お世話になっている、すずき住建社長の鈴木宏昌様のご理解とご幸甚を賜り、開設させて戴くことが、出来ました。本当にありがとうございます。まだまだ、始めたばかりですが、「紙芝居のある寺子屋」ということで、現在、小学一年生と4年生の兄弟二組の4名の子どもさんが、月に一度、通って来られます。

紙芝居仲間の、小学校の教師を志望されている、Kさんと一緒に、この寺子屋をやらせていただいております。百マス計算、音読、漢字の書き取り、ことわざカルタ、英語カルタ等で、楽しく学んでいます。そして、最後に必ず「紙芝居タイム」を設けて、K先生と私みかんの紙芝居を、子供達に観てもらうようにしています。

活き活きとした子供達の目を見ているだけで、私は、本当に嬉しくなってきます。(自己満足やけど・・・)これからも、細く長く、この寺子屋を続けさせて戴きたいとおもてます。

子どもが好きだった父の血をひいた私は、自分の娘達の子育ての恩返しをして、少しでも父の供養になれば幸いです。まだまだ、未熟者の私ですが、どうか、長い目で見守って戴ければ、有り難いです。ありがとうございます。

                     byみかん

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困った時は、ご互いさん               2011年2月13日

昨日の探偵ナイトスクープを見ていたら、長いおはしを自分で持って、熱いおうどんを食べようとしているのが、地獄の者で、長いおはしを二人の者が、それぞれ持って、お互いが、相手の口に、おうどんを入れて、食べさせるのが、天国の者だという、説話があり、本当に、一人で、食べられないかどうか、実験をしていた。

この教えは、自分のことだけを考えて、欲張って長いお箸でいくら食べようよしても、思うようにならない。それよりも、相手のことを考えて行動すると、願いが叶うのだということを悟らせる教えなのだと、私は、思った。

同じようなお話を、我が家の近くのお寺の御住職が、されていたことを記憶する。その時は、一人で、長いお箸を持っても、食べたい物が食べられないようなことを、おっしゃってくださった。私は、なる程だなあと、感心した。分不相応な、我が身が可愛いことばかり考えていては、ちっとも願いが届かない。

それよりも、例え、道に落ちているゴミを一つ、拾うことでも、徳を積むことで、見返りを考えず、ただ、無欲の心で、行動することが、本当に大切なのだと、悟った。

残念なことに、大阪では、結構信号無視をしたり、路上駐車をしたり、挙句の果てには、ひったくりや、窃盗など、犯罪が、段々とエスカレートすることが多い。誰も見ていなかったら、これくらいはかまへんやろ。とか、みんながやってるさかい、自分もやっても別に問題あらへん。などと、結構、大阪人は、厚かましいところがある。人情が厚い代わりに、顔の皮も厚いのか、みんなで、やれば、こわくない。

うちも、大阪人やさかい、あえて言わしてもろて、すんません。でも、いいところは、伸ばし、悪いところは、直しましょう。えっ?それが、なかなか、でけへんて?そうでんな。そんな時は、笑い飛ばしましょう。ワハハハ・・・と、自分で、自分を笑い飛ばして、厭な自分と、さようならして、みんなで、力を合わせて、幸せになろうと努めましょう。

大阪弁で「ご互いさん」と云う言葉が、あります。うちは、この「ご互いさん」と云う言葉が、結構好きでおます。「困った時は、ご互いさんでんがな!」と、云う具合に使うのだ。

最初の、長いお箸の説法も、きっと、この「ご互いさん」の気持ちを持つことの大切さを説いているのやと、うちは、思います。昨今、「無縁社会」とか、「孤立化」とか「地域社会の崩壊」などと、あんまり、ええ世の中やないようなことを言われてますが、私らは、今、一度、この「ご互いさん」精神を取り戻し、住み良い社会になれたら素敵ですね。

                   byみかん

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雪の祝日                  2011年2月11日

あろうことか、大阪に雪が降って、そして、積もった。朝、目を覚まして、雨戸を開けると、一面の雪景色。えっ?なんで?こんなことってあるんや・・・・

大阪で、雪が積もったのは、なんでも三年ぶりのことだと、テレビのニュースで、言っていた。今日は、祝日ということで、私は、昨日、ピース大阪での紙芝居の実演で、少し、疲れていたので、もう、今日は、完全休息と、心に決めていたので、雪が積もったこともあり、雪景色を見ながら、休息としゃれこんだ。

午後から、NHKのおやじバンドの番組を観て、うつらうつらしていたら、母が、高校のときの同級生が訪ねて来はったと、二階に上がって来て、知らせてくれた。正直、うちは、もう、気持ちは休息モードなのだったが、久しく会っていない、彼女の顔を見たいと思い、玄関を出た。

寒い中を、みっちゃん(呼び名)は、待っていてくれていた。高校を卒業してからも、ずっと、うちと、みっちゃんは、なぜか、気が合うのか、お付き合いをさせてもらっている。彼女は、うちのことを「ローズ」と呼ぶ。これも、不思議なことに、私の高校生の時の呼び名が、何故か「ローズ」と呼ばれて、今でも、高校の時の友人は、うちのことを「ローズ」と呼んでくれる。

考えたら、あの頃からうちは、芸心が在ったのかもしれない。演劇部に入っていて、それ以外でも、クラスで、みんなが、うちのことを「ローズフミコ」と、呼んで、芸人扱いしてくれていた。

そんな、懐かしい思い出も、今は、宝物のように、自分の胸にしまっているのだが、みっちゃんと会うと、やっぱり、その頃のことが、懐かしい思い出話として、溢れ出て来るから、不思議だ。

雪解けの水が、屋根から、ポタポタと落ちる音が、聞こえて来る。そんな二人が、話に花が咲いていたとき、ボランティア仲間で、子育て支援の同士のOさんが、双子の妹さんと一緒に、我が家を訪ねて来てくださった。

めったに降らない雪が、私達に、出逢いの機会を誘ってくれたような、不思議な気持ちであった。「やっぱり、友達はええもんやなあ・・・」

私は、この歳になっても、まだ、高校の時の友人や、ボランティアの同志が居て、そして、紙芝居の仲間の方々や、たくさんの大切な友人が居ることに、心から、有り難いと思った。

気持ちは、休みモードでは、あったが、今日の雪の白さのように、自分の心も、真っ白でありたいと思い、自分の人生は、まだまだ、これからや。後悔のないように生きていかなあかんなあ・・・と、自分自身に、言い聞かせたみかんであった。

雪の祝日・・・今日は、父と母の結婚記念日でもあったのだ。

                       byみかん

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忙しいとは、心を亡くすこと           2011年2月8日

最近、忙しい、忙しいと言っては、大切な友や、仲間の方々への関わりが、おざなりになっている自分が居る。忙しいとは、心を亡くすと書くように、心を失ってしまい、気持ちの余裕がなくなることだ。

忙しいのは、有り難いことだが、何時も、それを言い訳にして、ご無沙汰致している、友や紙芝居仲間の方々、また、お世話になっている方々、ほんまに、ごめんなさい。この場をお借りして、お詫び致したいと想います。

毎日を、精一杯に生きているのですが、なかなか、器用に事を運ぶのが、苦手でして、たくさんの方々の御恩を賜り、心から感謝致します。本当に、ありがとうございます。

マイペースで、ドジばかり踏んでおりますが、子どもさんの幸せと、紙芝居の学びと、世界中の平安を、生意気ですが、心から願い、これからも、ぼちぼちと、自分の道を歩んでいきたいと想います。

忙しい時こそ、しっかりと、地に足つけて、歩かんと、また、こけるで~(いつも、あわてたら、道で、こける、どんくっさい私です)今、父の35日の法要の準備やら、職場の年度末の仕事やら、紙芝居の活動などで、いろいろ大変ですけど、身は一つということを、常に心がけて、あせらず、あわてず、あきらめず、くさらず、ぼちぼちと、参りたいと想います。いつも、ありがとうございます。

                   byみかん

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ブラボー!「キッズ紙芝居」           2011年2月6日

2月6日、日曜日。いよいよ、今日は、キッズプラザで、紙芝居のお話会をする本番の日だ。私は、演じませんが、自分が実演するよりも、胸がドキドキと高鳴った。

本番は、午後からと云うことで、午前中に、リハーサルをする。朝から、皆さん、真剣な表情で、少し、硬くなっておられたんか、最初の「始まりの歌」の時、顔がこわばっておられた。私は、そんな皆さんに「スマイル、笑顔でやってください。」と、声掛けをした。

キッズプラザさんの、イベント案内にも載せてもらい、今回は、急遽、同じプログラムを、二回実演することになった。「紙芝居は、ライブやから、おんなじ内容でも大丈夫ですよ。」と、これまた、私の持論で、皆さんの気持ちを、リラックスしてもらうことに、徹した。

でも、出演されるメンバーの皆さんも、各自の紙芝居を練習されると、だいぶ、落ち着かれたようだ。早めのお昼を食べて、いざ、本番のライブラリーコーナーへ出陣!

今日のプログラムは、作品は、各人が決められて、順番は、私の独断と試行錯誤でプログラムを決めさせて戴いた。題して「キッズ紙芝居の世界へようこそ」(これは、発足者のFさんの想いを込めて名づけられた)皆さんの熱い想いが、折り重なって、いよいよ第一回目の本番が始まる。

   プログラム

         はじまりのうた

1、「ぷくぷくいけのちびわにちゃん」

2、「ひよこのろくちゃん」

3、「まんまるまんまたんたかたん」

4、「なにがつれるかな」

5、「のーびたのびた」

6、「おおきくおおきくおおきくなあれ」

7、「どっちだ」

8、「あんもちみっつ」

  終わりのあいさつ

小さい子どもさんに視点をあてて、参加型の紙芝居を中心に演じられた。最後は、やっぱり、昔話を一つ、入れたかったという私の想いと、紙芝居を選ばれたNさんの意見が、合致して、短い昔話をさせて戴いた。

結果は、集まったほとんどの子供達や、保護者の方が、最後まで観てくださり、大成功。皆さん、本当に、心から楽しんで演じられておられて、素晴らしかったです。

二回目も、同じプログラムということで、これまた、急遽、一番最後に、しりとりの言葉遊びの紙芝居「これはりんごです」を、私が、無理にお願いして、前回、素晴らしい実演をされた、Aさんにお願いしをした。(ほんま、むりばっかり言うて、ごめんなさい。)

二回目が、始まる時、ライブラリーコーナーの入り口で、十代の車椅子に乗っておられた少年が、ヘルパーさん二人と一緒に、観てくださった。車椅子から降りて、足を伸ばして、本棚にもたれて、その方は、本当に、紙芝居を楽しんでくださっている様子が判り、とても嬉しい気持ちになれた。

子供達はもとより、高齢者の方が、一人で、椅子に座って、じっと、紙芝居と向き合っておられたり、お子さんを連れた、お父さんが、気持ち良さそうに、居眠りをしておられた。また、ライブラリーコーナーの横の、赤ちゃんコーナーから、覗いておられる親子さんや、コーナーの後ろで、じっと立ち止まって観ておられる大人の方も、おられた。紙芝居は、こんな小さい舞台一つで、実演されるだけで、その周りの空間全てが、良い気持ちになれるんだと、改めて、実感出来た。

二回の実演を無事に終わり、控え室で、ミーティングをして、皆さんの、達成感が溢れた笑顔っを拝見出来て、私も、本当に嬉しい。来年度もずっと、此処で、紙芝居を演じ続けて戴いて、キッズ紙芝居が、共感の輪を広げていっていただけたら、こんな、有り難いことはない。私は、「演?の下の力持ち」になれたかどうか、定かではないが、自分の実演の時とは、また、違った喜びと、パワーを、皆さんから戴けた。ほんとうに、ありがとうございます!

また、来年度も、新しいキッズ紙芝居の方が、参加してくださることを願って、グループ立ち上げの時から、ずっと活動してくださっているMさんに、見送って戴き、キッズプラザを後にしたみかんであった。うちも、がんばるで!

                       byみかん

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紙芝居は人と人とを結ぶ磁石なのだ!     2011年2月5日

このブログ、最近、結構真面目に続けています。お陰様で、いろいろな方が見て下さることが、私の、何よりの励みになります。本当に、ありがとうございます。

明日は、大阪は、扇町公園の敷地に在る、「キッズプラザ」の紙芝居グループのボランティアさん達の、お話会があります。今回は、ライブラリーコーナーで、午後1時30分から、紙芝居のお話会をされます。良かったら、観に来てください。私は、演じませんが、ボランティアさん達の、熱い想いが、ひしひしと伝わって来ることを期待しています。

キッズプラザさんで、紙芝居グループが立ち上がったのは、今から、約3年前のことです。これも、紙芝居が、私とキッズプラザのボランティアさんのご縁を結んでくれて、実現しました。私は、大阪市の生涯学習インストラクターバンクに登録をさせて戴いていて、その登録者の研修が、大阪市生涯学習センターで行われていた時に配布された、一枚のチラシに、「紙芝居」という文字が書かれていたので、ともだちパネルの講座に申し込み、受講したのです。

そこで、出逢った、当時、キッズプラザのボランティア(インタープリンターさんというそうです)のFさんと出逢い、その講座で、紙芝居を演じさせて戴いて、キッズプラザにも、紙芝居ウループを立ち上げられることになりました。

それだけではありません。そこで、これまた、出逢った、小学校で人権教育の育成をされているN先生とも出逢い、N先生も、紙芝居の素晴らしさを実感され、学校の先生方が、教育の現場で紙芝居を出来るように、働きかけることを、現在試みられておられます。

その講座で、御指導戴いた、大阪市大の教授H先生のご紹介で、南住吉大空小学校で、紙芝居を演じさせて戴くご縁も賜りました。

紙芝居って、本当に不思議ですね。人と人とをくっつける磁石のような、凄い力を持っています。子どもさんから、大人の方まで、みんな、紙芝居の舞台の前に来ると、真剣に観てくださいます。私は、学生の頃、演劇部に居ましたので、舞台に立った時の、あの、ドキドキワクワクする気持ちが、忘れられないのです。

もう一つの、紙芝居を演じている時の魅力は、観客の方々と向かい合った時の空気です。緊張した糸が、ピーンと一本、紙芝居の作品と一体化した、演じ手の私の空間と、観客席の空間に、張り切ったような緊張感を実感出来るのが、たまらないのです。

紙芝居を観ている人が、みんな、一つの作品を観ている、その集中が、私の魂に、物凄いエネルギーを浴びせてくれるのです。そして、特に、子供さん達の澄んだ、あどけない瞳が輝いていたら、私は、本当に狂喜してしまうのです。

やっぱり、うちは、紙芝居バカですね。アホと言われてもいいから、紙芝居の素晴らしさを、世界中の人々と分かち合いたいと想います。そしたら、みんな、怒りの気持ちなど消えて、争い事など、やらなくてもいいようになってくれたら、尊い命を失うこともなくなるでしょう。そんな力が、紙芝居には、秘めていると信じて、うちは、紙芝居の道を邁進します。「念ずれば花開く」(桂三枝師匠のお言葉)の心で、参りたいと、常に想てる、みかんです。

                      byみかん

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時の流れに身をまかせて・・・           2011年2月4日

人生なんて、何が起きるかわからんから、おもしろい!予定は未定。未定は、ハプニングを生む。ハプニングとは、人様とのご縁結び・・・

夜、布団の上で、ビートたけしの番組で、今、流行の「断捨離」(物を捨て去ることで、心の執着を取り除くことだそうだ)をテーマに、その道の先生が、熱く語られている時に、娘が、帰宅した。

開口第一番、「お母さん、鍼の先生来られたよ!」とのたまう。私は、なんのコッチャとばかりに、布団から、飛び起きて、階段の踊り場で、固まってしまった。なんと、若い男の人が、我が家の階段を昇って来られるでは、あ~りませんか?

娘の話によると、なんでも、一緒に、その鍼の先生と飲んでいて、家の近くまでまで、もう一人の先生を送って行って、その鍼の先生が、父のお参りをしてくれるというので、家に連れて来たとのこと。

とにかく、パジャマ姿で、挨拶をして、慌てて着替えた。なんか、わからんけど、今も、娘と、その先生は、楽しく談笑しておられる。

昔、テレサ・テンという、韓国の歌手が「時の流れに身をまかせ」と、唄っていたっけ。最近、いろいろな出来事が起きて、頭がパニクって来た。せやから、細かいことにくよくよせんと、時の流れに身を任せるんや。

なんでも、そんな、マニュアル通りにいかんのが、世の中ちゅうもんでんな。せやから、コミュニケーションが、苦手で、家に引きこもっている若者の皆さん、大丈夫ですよ。人生て、気持ちが作ってくれるのですから、引きこもったって、大丈夫。悩んだって、構わない。

ケセラ、セラ、なるようになる。明日のことなど、わからない。どうでもどいいけど、今日の私は、変?典子にもらったビールで、少し、酔っているようだ。

今の日本、いろいろ大変やけど、悩むより、笑おう!笑えなかったら、目尻を下げるだけでも、心が少し和みますよ。お金は、ぎょうさん持っている人と、そうでない人といてはるけんど、時間は、どんなにお金持ちの人でも、一日24時間しか、ありません。お金を遣って、時間を合理化することは出来るけど、お金で、時間自体を買うことはできまへん。

せやから、皆さん、時間に、自分の身体を委ね、先のどうなるのか判らない、不安を雪だるまみたいに転がさず、今、この時を大切に、生き生きと、生きてゆきたいですね。お互いに・・・

                      byみかん

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たびたびすいません・・・            2011年2月3日

節分の日、我が家は、お昼は助六寿司弁当、夜は、丸かぶり寿司のメニューだ。そんなの関係ない!と言われる方も、おられるから、説明させて戴きます。

関西だけやと思うのですが、何時の間にか、節分に、巻寿司を、その年の恵方(今年は確か南南東)を向いて、無言で、巻寿司を食べると、今年一年、無病息災で暮らせるという、慣わしがあります。

我が家でも、御他聞に漏れず、この慣わしに準じて、丸かぶり寿司(こう呼んでいます)を食することに、なっております。胃袋の小さい娘は、ハーフサイズのサラダ巻を食されます。朝刊のチラシには、それは、それは、賑やかに、各スーパーが、いろとりどりの巻寿司の写真を載せて、広告されていました。

丸かぶり寿司とは、関係ないのですが、私は、三月に、岡崎の子どもさん向けの絵本や紙芝居などを販売しているお店を経営されている友人の所へ行こうと想い、彼女に頼んで、宿泊先をお世話してもらいました。

せやけんど、なんでんなあ~知らない街に旅する時は、やっぱり、そこの土地に詳しい人に、お任せするのが、一番安心ですなあ。

同じ三月にも、徳島の、紙芝居ボランティア「おしゃべりくまさん」のスキルアップ講座に、行かせて戴く予定です。やはり、朝が早いので、思い切って、今回は、徳島に宿泊させて戴くことになりました。これまた、宿泊先のお宿を、「おしゃべりくまさん」のYさんに、お世話して戴き、ほんまに、有り難いです。

そんな、こんなで、三月は、旅に、二度ほど出かけますが、たびたびすいません。父の法要が終わったら、母と一緒に、ゆっくりと、桜の花でも観に行きたいと、想てます。

なんか、春って、いいですね。ウキウキワクワクしてきます。暦の上では、あすから、立春です。春が来るのを、待ちわびながら、丸かぶり寿司を、口一杯にほおばる、みかんであった。

                byみかん

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2月のみかんの予定             2011年2月1日

お陰様で、このブログを読んでくださる方が、すこうしずつ増えて来て、私の何よりの、励みになります。今月も寒い日が、続きそうですが、寒さに負けず、紙芝居の普及と、子供さん達の未来の為に、活動させて戴きたいと想います。何時も、温かく見守ってくださる、全ての方々に、感謝の気持ちを込めて、今月、2月のみかんの予定を、お知らせさせて戴きます。何卒、宜しくお願い申し上げます。ありがとうございます!

                      記

2月6日(日)  キッズプラザ 「キッズ紙芝居の世界へようこそ」

           午後2時30分~2時45分 ライブラリーコーナー

               地下鉄扇町公園駅下車すぐ

          紙芝居グループのボランティアさん達によるお話会

2月10日(木)      「ピースおおさか」平和紙芝居の実演

               午前10時~と、午前11時~

2月20日(日)紙芝居教室in難波 難波市民学習センター

               午後1時30分~午後4時30分

               OKATビル4F 第2会議室

2月23日(水)       田辺親子サロン 田辺会館

                午後11時~11時30分

          赤ちゃんとお母さん対象の紙芝居のお話会

2月23日(水)       大阪市立南住吉大空小学校

          「3学期オープン講座」で、紙芝居の実演

                午後1時50分~2時35分

2月26日(土)      紙芝居教室in田辺文化サロン

         すずき住建様田辺事務所 谷町線田辺駅下車

               午後2時~4時 

2月27日(日)       全興寺さん街頭紙芝居 

            午後2時と3時 地下鉄谷町線平野駅下車

2月29日(月) 大阪市西九条小学校「人と人とを結ぶ紙芝居講座」

           午後4時~5時 環状線西九条駅下車すぐ

        教育の現場の先生方に紙芝居を演じて戴く講座です。

          勿論、関心の在る大人の方もご参加、大歓迎です。

以上、駆け足で、ご紹介させて戴きました。紙芝居教室等のお問い合わせなどは、

06-6621-2467 「青空みかん紙芝居の会」まで、お問い合わせ下さいませ。何時も、ありがとうございます!(._.)アリガト

                      byみかん

                 

                

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大雪の日本の未来はどうなる?         2011年1月31日

かつて無いほどの大雪に見舞われた日本列島、あちらこちらで、鉄道や車が、その雪の為、立ち往生していて、列車や車の中に閉じ込められてしまった人々が、青い顔をして、不安な気持ちで、過ごしておられるという記事が、新聞に載っていた。

考えてみれば、こんな大雪になることは、誰も予測がつかなかっただろう?だが、ちょっと待ってください!私が子供の頃は、冬になると北国では、雪が二メートルも三メートルも降り積もり、大変な苦労をされて、過ごしておられるのを、テレビのニュースや、本等で知らされていたのを、なんとなく覚えている。

近年は、地球温暖化の為か、冬になっても、そんなに大雪に見舞われることが、あまりなく、よもや、雪に阻まれて、列車や車が動けなくなるなどということは、想像もつかなかったことなのだと思われる。

昨年の灼熱の暑さの夏といい、今の想像を超える大雪に見舞われる冬の現象を、私達は、どう、考え、判断し、解決していかなければばらないかを、神に問われているような気がする。これが、今回、一度きりの現象であるなら、楽観的に考えても良いが、私は、そうは、思われない。

これは、何も、日本だけに限ったことではないが、少なくとも、日本人は、今、試されているのだと思う。電車に乗っていても、携帯や、DSや、イヤホーンから流れてくる音楽だけに集中して、回りを見ないで、自分さえ良ければいいと思っている若者(中高年も)が、あまりにも多い。

我が子を虐待したり、自分より弱い者をいじめたり、仲間はずれにしたり、家にひきこもり、仕事も出来ず、人とも関わりの持てない若者や、高齢者などが、孤立してしまい、物質的な豊かさだけを求めて、心の豊かさを置き去りにしてきた日本人に対して、今、神が警鐘を鳴らしているのではないだろうか?

日本人よ、目覚めよ!内に目を向けず、外(世界)に目を向け、自分の足で、しっかりと大地を踏みしめよ。と、自然が、目に見えない強い何者(それを神というのかもしれない)がが、私達日本人のお尻をぺんぺんしていることに、まだ、気がついていない人が、あまりにも多いのではないだろうか?

日本の先行きは暗いとか、未来に希望が持てないとか、中国や韓国に先を越されてしまったとか嘆いてばかりいないで、一体、私達日本人は、これから、どうすれば良いのか、何処へ向かって歩んでいけばいいのか、真剣に考えなければならない時が来ているのだと、私は思う。

今の日本人には、先を読み通す、洞察力が欠けていて、あまりにも、身近な喜びや快楽だけを求める、刹那主義な人間が増えてきているのではないだろうか?

私自身も、偉そうなことは、言えないが、少なくとも、みんな、今の現状に不安な気持ちを持っている(何も考えていない人間も居るが・・・)人の方が、圧倒的に多いと思う。

いくら、一生懸命働いても、ストレスばかり増えて、豊かさが減少していく、空回りな日本社会に、今、一番大切なで、必要なことは、想像力と創造力だと、うちは想う。

大雪のニュースから、かなり、かけ離れた作文になってしまったが、これだけ、科学が発達して、人工衛星が打ち上げられるような、現代の日本社会でも、一たび、大雪に見舞われたら、立ち往生してしまう。誤解しないいで欲しいのは、大雪に阻まれた人々を非難しているのではない。何が言いたいかと言えば、私達日本人は、もっと、目に見えない自然現象に対して、畏敬の念を持ち、もっと、叡智を以って、自然を共存していくことが出来る人間を育んでいかなければならないのでは、ないだろうか?

そこに、やはり、教育の問題が、孕んでくるのだ。生意気なことばかり申して、恐縮だが、今の日本で、どうすれば、50年先、100年先の世界を見据えて、豊かな、みんなが幸せに暮らせる国になれるのか、国民全員で、考える時が来たのだと、思う。

私達日本人一人、ひとりが、「今」この時を、如何に生きていくことで、この国の行く末が、定まるのだと思うと、私は、もう、黙って傍観は出来ないのである。今、この時も雪の中で閉ざされている方々、お辛いでしょうが、どうか、もう暫くご辛抱され、お身体を労わり下さい。明けない夜がないように、溶けない雪はないのですから・・・

                     byみかん

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