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みかんの水間観音参り          2011年1月24日

父の入院していた病院へ、主治医の先生や職員さんにお礼のご挨拶と、事務手続きをするべく、母と一緒に貝塚へ、車で高速を走らせて行って来た。

私は、病院からの帰り道、母に車の中で、「帰りに水間観音さんお参りに行こう。」と、強引に誘った。母は、「せやな、お父ちゃんをずっと守ってくれてはったさかい、お礼にお参りさせてもらおうか。」と、心良くお参りをすることを承諾してくれた。

この、水間観音には、父との思い出があるのだ。まだ、父が寝たきりになる前、春のお彼岸の時やったと思う。病院で車椅子をお借りして、私は、父を車椅子に乗せて、母と、娘とで、外出させて戴いて、観音さんに出かけた。

その時は、物凄い参拝者で、観音さんへの参道は、混雑していて、警備員さん達が、交通整理をしたり、参拝者の誘導をしてくださっていた。観音さんに詣でるのに、私達は、赤い欄干橋を渡らなければならなかった。だが、そこは、人、人、人で、ごった返していた私達は、車椅子に乗せた父をが居るので、とても、橋を渡れそうになく、橋の手前で難儀していた。

その時、橋を渡るのに躊躇していた私達に気がついた警備員の方が二人、近づいて来てくださり、なんと、父の乗っている車椅子を担いで、橋を渡らせてくださったのだ。

私は、ほんまに嬉しかった。人の情けが身に沁みて、今日も、母とお参りに行った時、その話を母も覚えていて、二人で、その時の感激を思い返していた。

その頃の父は、まだ、自分で食べることが出来たので(晩年は嚥下障害で管で栄養分を注入していた)、何よりも食べることが、楽しみだった父は、たこ焼きや、フランクフルトや、今川焼きなど、次々とむさぼるように、満足そうな顔で食べていたのを覚えている。

母は、本堂にお参りする前に、真っ先に、蝋燭とお線香をあげていた。そして、二人でご本尊にお参りをさせて戴いた。

平日にも拘わらず、参拝者の方々が、次々に見えられていた。本堂を、一周してから、母は、疲れたと行ったので、駐車場に戻り、帰ることにした。

もう少しして、暖かくなり、梅や桜の咲く頃に、また、お参りに来させてもらいたいと想い、私達母子は、水間観音を後にした。今頃、父は、あの世で、観音様に、そんな思い出話をさせてもらっているのかもしれないなあ・・・と、父が、美味しそうに食べていた姿が常に、まぶたの奥に、浮かんで来るみかんであった。

                    byみかん

                                          

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