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イチローの挑戦と孤独               2011年1月28日

イチローといえば、誰もが知る、素晴らしい記録を持つ、野球選手だ。今日のNHKの深夜の番組で、イチロー選手のインタビュー番組が、放映されていた。

私は、半分寝ながら(失礼!)半分、耳に入って来る彼の言葉の重みに、胸が締めつけられた。何故、、胸が締めつけられたかと云うと、イチローの野球に対する、ひた向きな努力を超越した、彼なりの流儀というものがあり、それは、常に、アメリカの、メジャー選手のプレッシャーと、常に闘っている姿を、垣間見たからである。

イチローの生きる姿勢と、私の生き方とを並べるのは、いささか、ど厚かましいことであるが、そこは、ご勘弁いただき、常に、自分の道を切り開いていくことは、本当に、自分自身との闘いであり、そして、常に、孤独と向き合わなければならない。

私は、イチローの言葉で、印象に残ったことは、自分がこの世を去る時、誰にも知られず、ほんの親しい人にだけ見守られて、この世去りたいと言われたことに、ショックを受けた。あれだけの、野球のスター選手である、イチローが、そんなことを考えていたなんて、彼は、あくまでも、どれだけ生きて来たかということよりも、どう生きて来たかということを、常にみつめながら、生きているのだということが、理解出来た。

イチロー選手の生き方には、常に、前を向いているのだ。それが、彼の10年間、連続200本安打という、前人未踏の記録を生んだ、基盤になっているのであろう。

常に前を向きながら生きて行くからこそ、この世とお別れするとき、なんの未練もなく、親しい人にだけ見守られて、息をひきとりたいと、言えるのである。とにかく、イチロー選手の生きかたそのものが、私にとって、とてもおどろき、カルチャーショックを受けたことは、確かである。

イチロー選手の生きかたを、お手本とまではいかなくても、自分自身、紙芝居の文化の普及の為に、常に、自分の進んだ道の後に、確かな道を創る事が出来る人間でありたいと、きづかせてもらえた、みかんであった。

                     byみかん

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