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あきらめない心                2011年1月29日

私の性格は、母に似て、結構諦めが悪くて、粘る性格なようだ。娘から「ガムテープみたいや」と云う、お墨付き?を戴いたこともある。ガムテープ・・・そう、くっついたら離れない。こう、受け取ったら、あまりええ気持ちはしない。まあ、ねばり強いとでも、しておこうか。

ねばり強いを言い換えれば、諦めないということだが、残念ながら、私の心の中で、この「あきらめない気持ち」と「ええかげんな性格」が、喧嘩している時がある。て、言うか、その「ええかげんな性格」が在るので、自分の心身の健康のバランスを保つことが、出来るのかもしれない。

粘り強いというたら、聞こえはいいが、反対に、「諦めが悪い」ということだ。だから、どうでもええことに、こだわって無駄なエネルギーを費やし、自爆することが、今まででも多々あった。だが、最近な、体力、気力が、年齢と共に、落ちてきた性か、粘れない時が、多々ある。「諦めが悪い」と言うよりも、「粘れない」のだ。

でも、自分の心の中では、結構、葛藤があるので、気持ちと身体が、空回りするのだ。そんな、失敗の連続で、今まで生きてきた。要するに、生き方が不器用なのだ。どうでもええ事にこだわって、ここぞと云う大事な時に諦めてしまう。そんな、頭打ちの繰り返しで、ボコボコだ。

だが、このボコボコのお陰で、いいのか、悪いのか、それなりに角が取れて来て、丸い性格と云うよりも、ガタガタの性格と言った方がええかも知れない。

がんばり処と、妥協することのちぐはぐさは、相変わらずだが、幸か不幸か、体力的に落ちて来ているので、力尽きて、家に帰ると、バタンキューということが、多い。

そんな私だが、夢だけは、どうしても捨てきれないでいている。性格的に幼稚で、単純だが、夢を捨てきれず、諦めない心で、ぼちぼちと、夢に向かって、何度も失敗しながら、チャレンジを試みる。

人からみたら、アホみたいに見えるやろけど、結構自分では、真剣だから、滑稽だ。でも、後悔のない生き方をしたいと、自分の老体?に鞭は打たんけれど、最近はマイペースでいかんと、倒れるということに、やっと気がつき始めた鈍感な自分に呆れているのである。

太宰治の「走れメロス」が大好きで、メロスのように、大切な友の為に走り続けたいと想いながら、私の場合は、未来を担う子ども達の為に、紙芝居を届けたいと想いながら、走るのではなく、転がる方が速い?どんくっさいみかんであった。

                      byみかん

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