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2011年1月

あきらめない心                2011年1月29日

私の性格は、母に似て、結構諦めが悪くて、粘る性格なようだ。娘から「ガムテープみたいや」と云う、お墨付き?を戴いたこともある。ガムテープ・・・そう、くっついたら離れない。こう、受け取ったら、あまりええ気持ちはしない。まあ、ねばり強いとでも、しておこうか。

ねばり強いを言い換えれば、諦めないということだが、残念ながら、私の心の中で、この「あきらめない気持ち」と「ええかげんな性格」が、喧嘩している時がある。て、言うか、その「ええかげんな性格」が在るので、自分の心身の健康のバランスを保つことが、出来るのかもしれない。

粘り強いというたら、聞こえはいいが、反対に、「諦めが悪い」ということだ。だから、どうでもええことに、こだわって無駄なエネルギーを費やし、自爆することが、今まででも多々あった。だが、最近な、体力、気力が、年齢と共に、落ちてきた性か、粘れない時が、多々ある。「諦めが悪い」と言うよりも、「粘れない」のだ。

でも、自分の心の中では、結構、葛藤があるので、気持ちと身体が、空回りするのだ。そんな、失敗の連続で、今まで生きてきた。要するに、生き方が不器用なのだ。どうでもええ事にこだわって、ここぞと云う大事な時に諦めてしまう。そんな、頭打ちの繰り返しで、ボコボコだ。

だが、このボコボコのお陰で、いいのか、悪いのか、それなりに角が取れて来て、丸い性格と云うよりも、ガタガタの性格と言った方がええかも知れない。

がんばり処と、妥協することのちぐはぐさは、相変わらずだが、幸か不幸か、体力的に落ちて来ているので、力尽きて、家に帰ると、バタンキューということが、多い。

そんな私だが、夢だけは、どうしても捨てきれないでいている。性格的に幼稚で、単純だが、夢を捨てきれず、諦めない心で、ぼちぼちと、夢に向かって、何度も失敗しながら、チャレンジを試みる。

人からみたら、アホみたいに見えるやろけど、結構自分では、真剣だから、滑稽だ。でも、後悔のない生き方をしたいと、自分の老体?に鞭は打たんけれど、最近はマイペースでいかんと、倒れるということに、やっと気がつき始めた鈍感な自分に呆れているのである。

太宰治の「走れメロス」が大好きで、メロスのように、大切な友の為に走り続けたいと想いながら、私の場合は、未来を担う子ども達の為に、紙芝居を届けたいと想いながら、走るのではなく、転がる方が速い?どんくっさいみかんであった。

                      byみかん

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イチローの挑戦と孤独               2011年1月28日

イチローといえば、誰もが知る、素晴らしい記録を持つ、野球選手だ。今日のNHKの深夜の番組で、イチロー選手のインタビュー番組が、放映されていた。

私は、半分寝ながら(失礼!)半分、耳に入って来る彼の言葉の重みに、胸が締めつけられた。何故、、胸が締めつけられたかと云うと、イチローの野球に対する、ひた向きな努力を超越した、彼なりの流儀というものがあり、それは、常に、アメリカの、メジャー選手のプレッシャーと、常に闘っている姿を、垣間見たからである。

イチローの生きる姿勢と、私の生き方とを並べるのは、いささか、ど厚かましいことであるが、そこは、ご勘弁いただき、常に、自分の道を切り開いていくことは、本当に、自分自身との闘いであり、そして、常に、孤独と向き合わなければならない。

私は、イチローの言葉で、印象に残ったことは、自分がこの世を去る時、誰にも知られず、ほんの親しい人にだけ見守られて、この世去りたいと言われたことに、ショックを受けた。あれだけの、野球のスター選手である、イチローが、そんなことを考えていたなんて、彼は、あくまでも、どれだけ生きて来たかということよりも、どう生きて来たかということを、常にみつめながら、生きているのだということが、理解出来た。

イチロー選手の生き方には、常に、前を向いているのだ。それが、彼の10年間、連続200本安打という、前人未踏の記録を生んだ、基盤になっているのであろう。

常に前を向きながら生きて行くからこそ、この世とお別れするとき、なんの未練もなく、親しい人にだけ見守られて、息をひきとりたいと、言えるのである。とにかく、イチロー選手の生きかたそのものが、私にとって、とてもおどろき、カルチャーショックを受けたことは、確かである。

イチロー選手の生きかたを、お手本とまではいかなくても、自分自身、紙芝居の文化の普及の為に、常に、自分の進んだ道の後に、確かな道を創る事が出来る人間でありたいと、きづかせてもらえた、みかんであった。

                     byみかん

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落ち込んだ時は・・・           2011年1月27日

落ち込んだ時は、明るい方へ、明るい方へ、気持ちを切り換えよう

落ち込んだ時は、自分の心の鍵を開けよう

そうして、自分の心の扉をひらこう

それでなくても、どうしたって、気持ちがめげるのだから

自分の気持ちに、正直になって、言葉を発そう

落ち込んだ時は、自分の一番好きなことに、専念しよう

音楽を聴くもよし、新聞を読むもよし、友達に電話するもよし

それでも、どうしたって、落ち込む時は

落ち込んで、落ち込んで、落ち込みきって

涙が涸れるまで泣いたっていいじゃないか

明るい気持ちになれなくったって、構わないよ

どんなに楽天的な明るい人だって

みんな、悲しいみや寂しさを抱えて生きているんだ

ただ、立ち直るのが、早いか、遅いかのちがいだけだ

誰だって、みんなしんどい気持ちを抱えて、生きている

だから、そんな自分を責めないで

どんなに落ち込んだって 自分のことをを大切に思ってあげよう

だって、落ち込んだ時に寄り添ってくれるのは

自分自身しかいてあげられないのだから

誰だって、孤独を抱えて生きているのさ

でも、落ち込んだ時は自分の心の鍵を開け

心の声を聴いてあげよう

貴方は、決して、独りではないのだから

もう一人の貴方という人間が、何時も傍に居てくれるよ

優しく寄り添ってくれるよ

落ち込んだ時は、もう一人の貴方と向き合ってみよう

きっと、よくがんばっているよ、えらいねって

自分のことを 褒めちぎってくれるよ

そんな 自分にありがとう!て、感謝していいんだよ

誰にも、憚ることなく 自分を信じて生きていこう!これからも、ずっと・・・

               

どうしようもなく、落ち込んだ時、自分自身と向き合うことは、合わせ鏡を見るようで、勇気が要りますが、どうしようもなく、落ち込んで、どつぼにはまった時は、優しく、自分自身と向き合っていきたいと、思えるようになりたいです。やっぱり、私は、そんなに強い人間じゃあないから、せめて、自分に優しくしてあげたいです。まだまだ未熟者だから、そうして、自分の心のバランスを保とうとするのかもしれませんね。きっと・・・

                   byみかん

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みかんの大阪人の銭感情論           2011年1月26日

大阪弁のやりとりの定番と言えば、「もうかりまっか?」「ぼちぼちでんなあ」という言葉を思い起こす人も多いと思う。だが、大阪人は、会話をするとき、言葉の始めに、「お蔭さんで、元気にやっております。」とか、「お蔭さんで、皆さんに可愛がってもろてます。」などと、「お蔭さんで~」という言葉を付け加えることが、多々ある。

これは、大阪が商いの街ではあるが、単なる社交辞令だけで言っているのではない。昔から、大阪では、商いをする人を「商人(あきんど)」と呼んでいた。私は、言葉の語源には、明るくないので、由来は、判らないが、この「あきんど」と云う言葉が、結構好きだ。

商いは「飽きない」に繋がる。お客様に接して、真心の篭もった接客をして、品物を売る。この、お客様との、触れあいが、商売人にとって、本当に、飽きない事で、面白くて楽しいことなのだ。そして、お客様に対する、感謝の気持ちが、自然と、「お蔭さんで~」と云う言葉が口をついて出て来るから、不思議である。

また、大阪では、今でもそうだが、商品の値段を安く値切ることを、「勉強する」と言う。特に、大阪の女性は、逞しいから、電化製品や、家具などの、値段の高いものを買う時は、必ずと言っていいほど、「もうちょっと、勉強してえなあ」(私も御他聞に漏れずしますです。はい。)などと言って、電卓を持った店員さんと、真剣勝負さながら、やり取りをする。

大阪は、そんな商いのやり取りで、人と人との触れあいが満ちた街です。だからと言って、大阪人は、ケチなのではなく、普段は、節約をして、質素な生活をしていても、自分が、これは、値打ちがあるとか、お金を出す価値があると納得したら、お金を出します。つまり、考え方が合理的なのです。

私も大阪で生まれ育ち、両親が商売をしていたので、考え方が合理的やと言うたら、決してそうでは、ありません。お金の遣い方が物凄く下手くそです。でも、母は、違います。もう、根っからの商売人の家に生まれ育ったから、物凄く、合理的で且つ、義理堅く、潔いです。ですから、私が言うのもなんですが、活きたお金の遣い方が出来る人やと、思います。きっと、昔の商人さんは、みんな、母のような生き方をされておられたと、推察します。

何が言いたいかと云うと、生粋の大阪人は、決して、ケチではなく、お金の遣い処を熟知し、勘と感謝と気骨=この、三つのKで生きて来た人々のことをいうのだと、うちは、思います。商人の娘の端くれが、中途半端な物議を醸し出しまして、失礼をば致しました。ごめんしておくれやっしておくれやす。(大阪弁の謝り方でんねん・・・吉本みたい

                   byみかん

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みかんの水間観音参り          2011年1月24日

父の入院していた病院へ、主治医の先生や職員さんにお礼のご挨拶と、事務手続きをするべく、母と一緒に貝塚へ、車で高速を走らせて行って来た。

私は、病院からの帰り道、母に車の中で、「帰りに水間観音さんお参りに行こう。」と、強引に誘った。母は、「せやな、お父ちゃんをずっと守ってくれてはったさかい、お礼にお参りさせてもらおうか。」と、心良くお参りをすることを承諾してくれた。

この、水間観音には、父との思い出があるのだ。まだ、父が寝たきりになる前、春のお彼岸の時やったと思う。病院で車椅子をお借りして、私は、父を車椅子に乗せて、母と、娘とで、外出させて戴いて、観音さんに出かけた。

その時は、物凄い参拝者で、観音さんへの参道は、混雑していて、警備員さん達が、交通整理をしたり、参拝者の誘導をしてくださっていた。観音さんに詣でるのに、私達は、赤い欄干橋を渡らなければならなかった。だが、そこは、人、人、人で、ごった返していた私達は、車椅子に乗せた父をが居るので、とても、橋を渡れそうになく、橋の手前で難儀していた。

その時、橋を渡るのに躊躇していた私達に気がついた警備員の方が二人、近づいて来てくださり、なんと、父の乗っている車椅子を担いで、橋を渡らせてくださったのだ。

私は、ほんまに嬉しかった。人の情けが身に沁みて、今日も、母とお参りに行った時、その話を母も覚えていて、二人で、その時の感激を思い返していた。

その頃の父は、まだ、自分で食べることが出来たので(晩年は嚥下障害で管で栄養分を注入していた)、何よりも食べることが、楽しみだった父は、たこ焼きや、フランクフルトや、今川焼きなど、次々とむさぼるように、満足そうな顔で食べていたのを覚えている。

母は、本堂にお参りする前に、真っ先に、蝋燭とお線香をあげていた。そして、二人でご本尊にお参りをさせて戴いた。

平日にも拘わらず、参拝者の方々が、次々に見えられていた。本堂を、一周してから、母は、疲れたと行ったので、駐車場に戻り、帰ることにした。

もう少しして、暖かくなり、梅や桜の咲く頃に、また、お参りに来させてもらいたいと想い、私達母子は、水間観音を後にした。今頃、父は、あの世で、観音様に、そんな思い出話をさせてもらっているのかもしれないなあ・・・と、父が、美味しそうに食べていた姿が常に、まぶたの奥に、浮かんで来るみかんであった。

                    byみかん

                                          

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全興寺は寒かった!            2011年1月23日

毎月第四日曜日の午後2時と3時に、私は、大阪市平野区の全興寺(せんこうじ)さんというお寺で、紙芝居の修行をさせてもらっている。

今日も、朝からええお天気だったので、少し、油断して、薄着の上にコートを着て行った。何時もなら、もう、お寺に着いたら、紙芝居の舞台を積んだ自転車が、境内の水掛不動尊さんの前の楠木の下に置かれていて、鈴木常勝さんと、御住職がおられるのに、今日は、なんだか、いつもと様子が違う。

自転車は、境内のおもちゃ博物館の前に置いてあって、いつもの場所に行くと、ベンチに、これまた、最近、紙芝居を一緒に演じられる、おばちるさんが、ポツンと不安そうに座っておられた。うちは、「今日は、御住職は休みかも!」と、とっさに、その考えが浮かんだ。

慌てて、おも路地の駄菓子を販売されている、御住職の奥様の所へ行って、お尋ねしたら、「今日はお葬式があって、えらい、すんません・・・」と、おっしゃった。そうか、鈴木さんがまだ、来られていないけど、遅れてこられるのだろう。私は、とにかく、自転車を、何時もの場所に移動さそう!と、決意し、おばちるさんに、うちの荷物を持ってもらい、自転車を動かした。

正直言って、こんな貴重な自転車を、自分が、勝手に動かしていいのだろうかと、少し迷ったが、そんなことは、言っていられない。もうすぐ、2時になる。紙芝居を楽しみにして待ってくれている子供達が居るのだから。

おばちるさんと二人で、こわごわ、自転車を所定の場所に置き、引き出しの中に、水飴とおせんべいが入っているのを確かめ、紙芝居の舞台を立てかけた。

すると、もう、子供達や、大人の人も次々と、集まって来られた。うちは、あわてて、着替えをして、とにかく、少しでも準備を進めておこうと、一月の寒い中を、あれよあれよと、大勢の人が集まって来られた。「わあ、もう、じぶんらで始めなあかんのかなあ」と、腹をくくっているところへ、やっと、鈴木さんが来られた。うちは、ほっとして、「ああ、よかった~」と心の中でつぶやいた。

御住職がお休みいうことで、私は、二つ、紙芝居を演じさせて戴いた。「るるのおうち」と「もみもみおいしゃさん」をした。おばちるさんは、自分で創られた紙芝居を演じられた。鈴木さんは、昔の街頭紙芝居の大作「雪の花?」という、因縁物の紙芝居を流暢な語り口で演じられた。

そして、何時もの御住職の「おやじギャグクイズ」が出来ないので、おばちるさんの「きつねのなきいろ」のなぞなぞを題材にした昔話と、鈴木さんが歌あてクイズをされた。

3時からも、これまた、二つさせてもらえた。「おやつのじかんだよ」と「三つのねがい」だ。今日は、本当は「るるのおうち」と「三つのねがい」を演らせていただくつもりだったのだが、何故か、余分に紙芝居を持って来て、正解だった。

3時の紙芝居は、2時の時と較べて、お客さんは、少なかったが、それでも、いつものこの時期にしては、それなりの観客の方がおられた。子供達も、みんな、真剣な眼差しで、観てくれている。

だが、だんだんと時間が経つと、寒さというか、身体が冷えて来て、二つ目の作品「三つのねがい」で、一番の山の、おじいさんの鼻にソーセージがぶらさがる場面で、咳が出て苦しくなってくるのを我慢して、演じるのがしんどかった。でも、なんとか、最後まで演じきることが出来、やれやれ・・・

紙芝居を演じた後、もう、我慢できなくなり、コートをはおり、マフラーを首に巻いて、水飴を、子供達に作った。クイズに当たると、水飴の引き換え券がもらえるのだ。

ようやく、紙芝居が終わり、水飴の引き換えも済んだ頃、御住職が、顔を出された。きっと、さぞかし、おやじギャグクイズをされたかったことだろう。

うちは、図書館に寄るので、皆さんとお別れをして、御住職の奥様に、ご挨拶をして、一路、平野図書館に向かった。もう、身体が冷え冷えで、カチコチに凍りそうで、あったかいコーヒーが飲みたかったが、図書館が閉館になるといけないので、真面目に、寄り道せんと、直行した。そして、予約していた「たつのこたろう」の紙芝居と、他にも、3つほど、紙芝居を選らんで借りて帰った。

来月の2月は、もっと、冷えるかなあ・・・でも、風邪をひかんようにして、また、子供達に喜んでもらえるように、練習するぞ!と、紙芝居のことになると、ほんまに日常のことをわすれてしまう、みかんであった。父ちゃんごめん!お線香の火、絶やしてしもて・・・

                   byみかん

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「心に太陽を持て」             2011年1月22日

今日は、私の生涯の恩師、大河満子次先生から教えて戴いた、詩を紹介させて戴きます。この詩は、19世紀の西ドイツの文学者、ツェーザル・フライシュレンという方が書いた作品です。

           心に太陽を持て

                        ツェーザ・フライシュレン原作

あらしが吹こうと 雪が降ろうと

天には雲

地上に争いが満ちようと!

心に太陽を持て

そうすれば どんな事でも来るがよい!

どんな暗い日だって

それが明るくしてくれる!

他人をも 慰める言葉を持つようにせよ

くちびるに 歌を持て

ほがらかな調子で

毎日の苦労に

よし 心配が絶えなくとも!

くちびるに 歌を持て

そうすりゃ 何が来ようと

平気じやないか!

どんな さびしい日だって

それが 

元気にしてくれる!

他人のためにも 言葉を持て

なやみ 苦しんでいる 他人のためにも

そうして なんで

こんなに ほがらかでいられるのか

そうすれば  どんなことでも 来るがよい!

それを こう話してやるのだ!

くちびるに 歌を持て

勇気を失うな 

心に太陽を持て

そうすりゃ なんだって

ふっ飛んでしまう!

この詩の後に、大河先生の解説が、こう書かれている。

*心に太陽を持てというのは、いかに明るく 心を引きたてるいい詩です。

「人間的育成を産む郷土を大切にする気運を促進し、青少年の文学の創造を与え、青少年善化に、この歌を広く世におくると共に、日本放送協会は、ラジオ、テレビを通して世におくり、文部科学省は新制中学校国語教科書及び音楽教科書を通して青少年教育に役立てて又、「少国民文庫」の巻十一に「心に太陽を持て」があるのです」少国民文庫は十六巻。

一般社会人にとっては、とてもよい詩であるので、結婚式で、祝詞の代わりにこの詞を朗読されたという話があります。

 歌詞青少年文化の会  

 作曲 團 伊玖磨

大河先生は、今、重い病と闘っておられる。師の心を思い図るにつけ、私は、無力な自分が、歯痒くなって来る。だが。私は、この詩を読むと、紙芝居「わっしょい わっしょい ぶんぶんぶん」の作品を思い起こす。

現代社会の暗澹たる時代に生きる、今こそ、私達は、心に太陽を持ち、くちびるに歌を持ち、明るい言葉で、人々に接することの出来る人間でありたいと、切に願うみかんであった。師の教えの万分の一も実践出来ない未熟者であるが、師の教えを常に忘れずにいたいと想う。

明日の全興寺さんの紙芝居の実演も、そんな心で演らせて戴けると有り難い。歌はへたくそやけど・・・  

                   byみかん                

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みかんからのお知らせ          2011年1月21日

何時も、このブログを見て戴き、ありがとうございます。父が亡くなり、まだ、十日ほどしか経っていないのに、なんだか、毎日が、慌ただしく過ぎて行き、忙しいのが、有り難いのか、父を亡くした悲しみも、鈍感な私は、喪失感をそんなに感じないで、毎日を精一杯、生かさせてもろてます。

まだ、喪中であるのですが、自分らしく、活き活きと生きることが、父は喜んでくれると、勝手に都合の良い解釈をして、予定通り、紙芝居の活動をさせて戴くことに致しました。

明日1月22日(土)は、予定通り、田辺サロンの紙芝居教室は、何時もの様に、午後2時から、開かせて戴きます。16日の難波教室をキャンセルして、勝手致し、大変御迷惑をおかけ致しました。お時間のご都合が、合う方は、どうかお越し下さる様、お願い申し上げます。明日の教室の内容は「紙芝居と絵本の違いを演じることで検証し体感する。」等と、大上段に構えてしまいまして、要するに、紙芝居を演じることをとことん、追求していくことを、皆さんと一緒に学びたいと想います。

今年の、青空みかんの紙芝居教室の目標は、「演じることを深める」と、したいと、想います。紙芝居という、独特の形式の文化を広めていき、また、高めて行く為にも、演じ方の基礎と応用を、あくまでも追究し続けていく年としたいと想います。

勿論、実践もあります。いろいろな場所で、紙芝居を演じていただき、そして、また、その振り返りを、各自、教室で振り返りながら、いろいろな紙芝居の実演にチャレンジして戴けたらと、考えております。ご興味の在る方は、06-6621-2467(FAXも)青空みかんの紙芝居の会まで、お問い合わせ下さいませ。

以上、みかんからのお知らせでした。

                    byみかん

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就職氷河期の学生諸君へ!          2011年1月19日

今、就職活動に奔走している大学生諸君!大変だね。頑張れよ。だなんて、ありきたりの言葉は言いません。テレビのニュースで、何十社、何百社と駆け回り、駄目でした。先行きが見えない不安、とっても共感します。

こんな時代だからだとか、自分の人格を全否定されたようだなどと、嘆かないでください。君達が悪いのではない。時代が悪いのではない。君達は試されているのです。人生最初の試練なのです。

そんな、無責任なことを言わないで欲しい。と、お怒りの方もおられるかもしれません。さもありなん。でも、少なくとも、君達は大学に通わせてもらえた。最高学府で学んだことは、決して無駄ではないのです。何のために学ぶのか?何故、大学に進学したのか?この二点さえ、きっちりと押さえていれば、迷うことはないのです。

いえ、迷ってもいい。悩んでもいい。ええ加減なことを言うな!僕ら、私達の苦しみが、判ってたまるか!と、怒ってくださってもいいのです。いえ、むしろ、怒りの気持ちを自分にではなく、外へ向けてみましょう。

そうすれば、自分はどうしたいのか?何を目指して奔走しているのか?自ずと見えて来るやも知れません。大企業に就職することが、めでたいのか?公務員の試験に受かることが、良かったのか?希望の職に就けることが、全て良しというのだったら、世の中、おめでたい事ばかりです。

問題は、就職した後の生き様なのです。その為には、いろいろな挫折を味わうこともあるでしょう。また、めでたく就職してからも、いろんな失敗するでしょう。

だから、今は、氷河期なのかもしれません。すんなり、自分の思い通りになることなんて、世の中は、そんなに甘くないのでしょう。また、そうなれば、なったで、全く、人生が面白くないでは、ありませんか?

努力をすることをしないで、自分の思い通りになったら、少しのことで、こけてしまいます。ちょっとのことで、腹が立ちます。思い通りにならないから、努力するのです。出来ないから、なんとか、出来るようにがんばるのです。

生意気なことばかり申して、お怒りの方も多々おられることと、察します。だけど、なんと言っても、貴方達には、若さがあります。無限の可能性があります。体力があります。だから、どうか、諦めないでください。

どうか、何度でも、チャレンジしてください。先行きの見えないことは、不安でしょう。心細いでしょう。泣きたくなるでしょう。だからこそ、がんばれるのです。

おんなじことばかり、申しますが、青春は二度とない。今が、一番若いのです。どうか、この、大変な氷河期と言われている時代に、就職活動に奔走されている学生諸君!(えらそうに言うて、すんません)氷河の下には、とてつもなく大きな氷の塊が、海の中に存在するのです。私は、それが、目に見えない可能性なのだと、信じています。

どうしたって、これから君達も、私も、この世の中を生きていかなければ、ならないのです。だから、少しくらい回り道しても、大丈夫ですよ。きっと!自分を信じ、人を信じ、世の中を渡る労苦を惜しまないで、共に、生きていきましょう!人間は独りじゃないのですから・・・

                   byみかん

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みかんの徒然なるままに            2011年1月18日

父の葬儀も終わり、昨日から仕事に行き、なんか、瞬く間に一日、一日が、過ぎて行く。朝目覚めると、歯磨きと洗顔をするや否や、真っ先に父のお位牌の前に座り、お線香と蝋燭に火を灯すのが、日課になってきたようだ。

「お父ちゃん、おはよう!今日も一日、よろしゅうお願い致します。」なんて、殊勝に挨拶なんかして、雪でも降るんとちがうやろか?

そして、慌ただしい一日が、始まる。真面目にお弁当を作って、通勤電車に揺られ、職場に着く。自分でも、よくがんばっているなあ、なんて、誉めてあげたい気持ちになって、ちょっと気恥ずかしい。

勤務先の小学校の校門をくぐり、校舎の下を歩いていると、もうすぐ音楽会があるのか、子供達の歌声が聞こえて来る。私は、その歌声を聞くと、何故か、急に切ない気持ちになり、「いかん、いかん、しめっぽくなってる場合とちがう!」と、自分に言い聞かせ、小走りに、職場の児童クラブの部屋へ向かった。

昨日から、通常の生活に戻りはしたのだが、何故か、気持ちが張りつめたり、しぼんだりするので、自分で精神のバランスを保つだけで、精一杯だ。(まだまだ、修行が足らんなあ)でも、授業が終わって、子供達が入って来ると、心が救われる。

ちょっと、あまえたな女の子、腕白盛りの男子児童達、みんな、大切な宝や。仕事をさせてもろているけれど、うちは、この子達に元気をもろてるんや。いつまでも、悲しんでばかりいてられへん。

なんか、今日も、とりとめもない作文になったなあ~吉田兼好はんが、笑うわ。えっ?最近は、紙芝居は、どうしているのかですって?

まあ、ぼちぼちとやらせてもらおうと、思てます。最近は、宮澤賢治の紙芝居の作品を手掛けています。今は「まつりのばん」という作品が、気に入って、練習を始めました。

この作品に出て来る、りょうじが、うちで、山男が、父みたいな気持ちになるんです。素直で正直に生きることの尊さを謳っている、この作品が大好きになりました。うちも、お祭りが、大好きですから・・・

あっ、お祭りといえば、今度の3月に徳島の、紙芝居のボランティアグループ「おしゃべりくまさん」にお伺いすることになりました。阿波踊りの本場、徳島で、「おなじ阿呆なら、紙芝居演らなきゃそんそん~えらいやっちゃ、えらいやっちや~よいよいよいよい」なんて云いながら、とくしま動物園でも紙芝居を演じさせて戴きます。徳島の皆さん~待っててね!

今、夜中の3時で、うちの不良娘が、やっと帰宅してきたので、だんだん元気になってきたみかんでした。もう、遅いっちゅうに!もっと、早よ帰ってき~よし。せっかく、あったかい、具沢山のお味噌汁作ったのに・・・・と、ぐちるみかんであった。

                    byみかん

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君達は知っているかい?           2011年1月17日

君達は知っているかい?今から、ちょうど16年前の1995年1月17日午前5時46分、神戸や淡路島に、それはそれは、大きな地震が起きて、たくさんの人が亡くなったんだよ。

君達は知っているかい?その大きな地震で、それはそれは、たくさんの家が壊れ、焼け、高速道路が寸断されたんだよ。

君達は知っているかい?その大きな地震で、それはそれは、たくさんの人が家を失い、寒い空の下で、凍えながら、焚き火に寄り添って、震えていたんだよ。

君達は知っているかい?その大きな地震で、日本国中、世界各国の人々が、食べ物や着る物などを提供し、たくさんの人々が、地震で困っている人に「何かお手伝いすることは、ありませんか?」と名乗り出たんだよ。

君達が生まれる、ほんのすこうし前、日本で、そんな大きな地震が起き、そして、助け合うことの大切さを、身を持って知ることが出来たんだ。ボランティアという精神や言葉は、その頃に、みんなの心の中で広がっていったんだ。

今、世界のどこかで、大きな地震や、津波や、戦争が起きているけれど、決して、遠い国のこととして、黙視しないで欲しい。

16年前の今日、阪神淡路大地震という震災で、6千人以上の方が亡くなられた。そして、今も震災の傷で苦しんでいる方が、何万人もおられるんだ。

私達は、この出来事を、決して忘れてはならない。そして、再び、このような大きな地震が、もし、起きるようなことがあったら、6千有余人の方々の死を無駄にしないように、一人でも多くの犠牲者の方が、出ない様に私達は、どうすれば良いのか、考え、行動しなければいけないと想う。それが、人間の本当の叡智なのだよ。

                       byみかん

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ドラマ「スクール!」始まる          2011年1月16日

金八先生のテレビドラマ以来、久しく、熱血先生のドラマがなかったが、今日、何気なく、新聞のテレビ欄を見たら、午後9時から、江口洋介が、小学校の民間校長の役になる「スクール!」が始まった。

番組が始まって、途中から観たので、どういう経緯で、民間校長になったのかは、定かではないが、江口洋介が、熱血校長になりきり、算数の九九が出来ない児童に、体当たりでぶつかる役に、なりきっている。

今の教育現場を反映させている、このドラマを観る私は、江口洋介の気持ちに、非常に共感出来る。まだ、始まったばかりなので、どのような展開になるのかは、判らないが、何時の時代でも、学校のいじめ問題というのは、避けて通れないようだ。

我が子のことを言って恐縮だが、私の娘が中学の入学式の時に、担任の先生が、私達保護者におっしゃった言葉がある。それは、「お母さん方に、一つだけ私からお願いがあります。それは、子どもさんに必ずお弁当を毎日作って、持たせてあげてください。」と云われた。

あまり深く考えなかった私だが、素直なだけが取り得の私は、毎朝、お弁当を娘に作って、持たした。お弁当が作れない時は、パンを買うように、お金を渡していた。

そんな、ある日曜日の夜、娘が、突然、「お母さん、明日学校行きたくないから、お弁当は要らないわ。」私は、最初、娘の言っている言葉の意味が判らなかったので、「なんで?」と聞き返したら、「学校でいじめられているから、行きたくないねん!」と、のたまう。

私は、頭を漬物石で、ガーンとぶつけられたようなショックを受け、娘に事の真相を尋ねた。いじめられた内容は、ここでは割愛するが、とにかく、私は、何故、担任の先生が、入学式の時に、お弁当を持たしなさいとおっしゃった意味が、その時、やっと理解出来た。

お弁当は、母と子の愛情の架け橋のようなものであり、また、学校生活が順調に過ごせているかどうかの、バロメーターであることが、その担任の先生の長い教師生活で培われた経験で、理解されたのであろう。

それから、娘は、どうなったかと云うと、私は、藁をもすがる思いで、その先生にご相談させて戴いて、幸い、先生の御指導で、娘に対するいじめは、なくなり、それからは、元気に登校出来るようになった。

何が言いたいかと云うと、私が中学生の娘の母親であった時と、現代では時代が、だいぶ経っている。しかし、いまだに、いじめはなくなることはなく、それどころか、小学生が、いじめられて、自殺するという、ひどい時代になってきている。

生意気なようであるが、教育の荒廃は、大人社会の合わせ鏡のようなものであると、私は考える。

この、江口洋介が主演の「スクール!」が、教育の現場に、良い状況を波紋出来るような、社会現象となってくれることを、私は、切に願って止まない。何故なら、子どもは、社会の宝であるのだから、要らない子など、ひとりも居ない。みんな、この世の中に必要だから、生まれてきたのだ。全ての子供達が、自分を信じ、友達や先生や、大人を信じ、社会に巣立って、成りたい自分になれる世の中に、なって欲しい。

江口洋介さん、大変な役ですが、期待しています。日曜日の夜が、楽しみになりました。

                      byみかん

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父の死と高村光太郎の詩「道程」           2011年1月15日

お陰様で、昨日、父の葬儀を無事に滞りなく、行わせていただきました。ここに、生前、私共親子にお世話になりました方々に対して、心よろ御礼申し上げます。

正直言って、、父が亡くなった時には、悲しみの実感と喪失感が、はっきりと湧いて来ずにいましたが、焼き場で骨と灰になった父の姿の変わり果てた姿を見た時は、父を亡くした現実を厭と云うほど、思い知らされ、とても、ショックが大きかったです。

葬儀の際、父を先導してくださった、長年、我が家でお世話になっている御住職のお話が、心にのこりました。「人間と云うものは、朝、紅顔で元気に生きていても、夕べには、二つの眼が閉じ、白骨と化してしまうのが常である。だからこそ、一日一日を精一杯、大切に生きて、後悔のないように、自分の道を歩んでいって欲しいものです。また、地に足をしっかりとつけて、自分の足下を見失わないように、一歩、一歩、着実に生きていくことが大切だと思います。」というような、有り難いお言葉を賜った。

これからは、母に後悔のないように親孝行をし、また、自分の人生をしっかりと、前向きに生きていきたいと云う気持ちを込めて、高村光太郎に「道程」の詩をご紹介させて戴き、今日のブログの書き込みをの締めとさせて戴きたいと想います。

       道程         高村光太郎

    僕の前に道はない

    僕の後ろに道は出来る

    ああ、自然よ

    父よ

    僕を一人立ちにさせた広大な父よ

    僕から目を離さないで守る事をせよ

    常に父の気魄を僕に充たせよ

    この遠い道程のため

    この遠い道程のため

ありがとうございます。これからは、しっかりと、自分の足で、一歩、一歩踏みしめて、自分の道を築いて参りたいと、想っております。・‥…━━━☆・‥…━━━☆・‥…

                   byみかん

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父の死                    2011年1月12日

お正月早々、縁起のいい話でなくて、申し訳ありません。私の父が、去る、1月10日、眠るように、身罷りました。83歳でした。残念ながら、日頃の親不孝が祟ったのか、死に目に逢うことは叶いませんでしたが、最期を看取ってくださった、看護士さんが、目を真っ赤にされながら、苦しまず、眠るような、やすらかな最期だと聴いて、なんとか、心の安寧を保てました。

病院からの知らせが、夜遅かったのと、あまりにもとうとつな事でしたので、もう、頭の中が真っ白になりながら、夜の高速を走り、父の入院していた病院に向かいました。

病室でのベッドに横たわった父の顔を見ると、それは、おだやかな、まるで、眠っているいうなやすらかな表情で、私は、「お父ちゃん、来たで!」と声をかけたら、父の大きな目が、ぱっちりと開くような錯覚に陥りました。

しかし、父の目は、もう、二度と再び開くことはなく、私と母とで、父の身体を綺麗に拭いてあげました。ガリガリになった父の肩や腕を拭いていると、幼い頃、何時も、父が私をその手で抱いてくれていたことが思い浮かんでは消え、涙が溢れて止まりませんでした。

すいません、お正月から、こんなしめっぽい話をして・・・・でも、私は、父と母の子どもに生まれてこれて、本当に良かったと思います。誰でも、親を見送ることは、避けて通れませんが、私は、一人娘ですが、娘達や、たくさんの伯父や伯母、そして、従兄弟達が居て、本当に有り難いと思います

突然のことだったので、本当に、何をどうした良いのか判らず、うろたえてしまいましたが、今、こうしてなんとか、ブログを書き込み、更新させて戴いております。

父が、私の為に、ゆっくりとした時間を与えてくれたのだとおもいます。今日が友引ということや、お正月明けと、寒さが厳しかったこともあって、火葬場が一杯で、明日の晩、通夜を、明後日14日に本葬を執り行わせて戴くことになりました。

昭和、平成の時代を、戦争をくぐり抜け、一生懸命、私達家族のために働き、そして、私を育ててくっれた父に、心のこもった、葬儀をさせて戴き、最後の別れをさせて戴きたいと想います。

急なことだったので、たくさんの職場や、紙芝居仲間の方々に御迷惑や、ご心配をおかけしたことを、この場を借りて、お詫び致します。本当に、申し訳ございませんでした。そして、ありがとうございます!

                   byみかん

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ムーブ21土曜ステージ出演の感想文      2011年1月9日

寒さが少し和らいだ土曜日の午後、私は、守口の大日にある「ムーブ21」へと向かった。そう、今日が、土曜ステージの本番の日である。今年初めての、紙芝居の活動日だ。

なんだかドキドキする。紙芝居は、「たべられたやまんば」をさせて戴くのだが、前日に、プログラムを作成して、当日の朝から、印刷にかかるという、ほんまに、どんくっさい自分ではあるが、まあ、なんとか、準備はでけた!後は、本番あるのみ。

でも、その前に、大切なことがあるある。このステージのリハーサルを、当日出演される皆さんと一緒にせなあかんのですわ。なんせ、皆さん、お忙しい方ばかりなので、全員集合出来るのは、当日ということで、本番前の午後の時間をかけて、リハーサルを行なった。

土曜ステージは、昨年も出させて戴いたのですが、7名の出演者の半分以上が、初めての舞台なので、やはり、綿密な打ち合わせや、リハを行わなければ、でけしません。

私も風邪気味で、喉が痛くて辛かったのですが、そんなことは、言っておられまへん。リハーサルの時、皆さんに、結構、きつい言葉を投げかけて、申し訳ないとは、思いつつ、つい、熱が入ってしまいました。

紙芝居の実演の稽古はもとより、入れ替わりの段取りから、司会の方法、オープニングと、エンディングの挨拶、紙芝居の舞台を置く台の設定、出演者の立ち位置まで、ありとあらゆることを駆使して、リハーサルを行った。

また、4時からは、本番の場所を使わせて戴いて、もう一度、舞台の台の位置のチェック、ライトとマイクのテストなど、学生時代に、演劇部で経験したことが、ここで役に立つとは、夢にも、思わんかった。

出演者の皆さんは、一致団結して、準備に臨んでくださり、また、ムーブ21の職員方も、大変だったとおもうのですが、会場の設定や、うちらの贅沢なお願いなどに、心良く応えてくださり、有り難い気持ちで、一杯でした。そして、なんと言っても、舞台の後ろに金屏風を設置して戴き(これは、次の日お琴の演奏会の為なのですが・・・)そんな、晴れ舞台で、紙芝居を演じさせて戴くことが、ほんまに嬉しかった。

いよいよ、本番になり、胸ドキドキで、沢田研二の「確信」のテーマ曲と共に、うちらは、舞台に飛び出した。観客は、ほとんど年配の大人(当たり前やんか!)方ばかりで、うちらの予想通りだった。昔話を中心としたプログラムの内容で、紙芝居を次々と、演じさせて戴いた。観客の方は、とても、熱心に聴き入ってくださっている。演者の方々も、リハーサルより、本番の方が、遥かに良い調子だ!

いよいよ、最後の自分の番が来た。私は、「たべられたやまんば」を精一杯、演じさせて戴いた。実演の時、観客の方の方を見ると、皆さん、本当に空気が張りつめ、集中してくださっているのが実感出来る。どなたも、途中で、帰らなかったようで、最後まで観てくださったのだ。

時間が、少し、遅れていたので、私の紙芝居の実演が終わると、出演者の方が、全員、舞台に出て来てくださり、「ありがとうございました!」と、ご挨拶をして、ステージは、お開きとなった。私は帰られるお客様に、「ありがとうございました」と、ご挨拶をして、職員の方々にも、ご挨拶をして、控え室に飛び込み、出演者の皆さんに、「お疲れ様でした!」と、挨拶をした。

ステージが終わった後、皆さん、本当にほっとした、でも、達成感を実感出来た、良い笑顔をしておられた。ほんまに、みなさん、おおきに。こんな、たよりないうちに、附いて来て戴き、心の底から嬉しい気持ちと、感謝の気持ちで、一杯です。

来年のお正月も、このステージに立たせて戴けることになり、ほんとうに、「こいつは、春から縁起がよいわい!」と、叫びたい気持ちだった。

控え室まで、駆け付けて来てくださったHさん、ほんまにありがとうございます。皆様の応援が、あってこそ、うちらは、がんばり続けることが出来るのやと思うのです。

決して、プロのような、素晴らしいステージではなかったけれど出演者と観客が、一体になれたことが、何より嬉しい、舞台でした。本当に皆々様、ありがとうございます!

                   byみかん

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守口「ムーブ21」土曜ステージ整いました!  2011年1月7日

明日1月8日は、ムーブ21(守口生涯学習情報センター)で、土曜ステージの舞台を、青空みかん紙芝居の会の仲間の方々と務めます。題して「新春お楽しみ紙芝居ステージ2011」(我ながら、ええタイトルや!自分で言うか?)

皆様、明日1月8日は、是非、守口のムーブ21にお越し下さいませ。時間は、夕方の5時~6時迄です。間違って、朝の5時に来ないようにして下さい。まだ、開いてませんので・・・

アクセスは、地下鉄谷町線大日駅3番出口北へ徒歩3分、もしくは、大阪モノレール大日駅北へ5分です。昔話の紙芝居を中心に、皆様方に、新春の土曜日の夕方の一時を、どうぞ、紙芝居でお楽しみ下さい。

勿論、木戸銭は要りません。投げ銭もありません。(当たり前やんか)どうぞ、お隣近所、お気軽にお誘いあわせて、起こし下さいませ。今年もやります。やらせて戴きます。大人の方も、どっぷりと、紙芝居の世界をご堪能ください。

皆様のお越しを、青空みかん紙芝居の会社中(坂本龍馬か?)一同、心よりお待ち申しております。

(出演者の方へ業務連絡?)

明日も寒いようやけど、皆様、体調を整えて、張り切っていきましょう!日頃の紙芝居の練習の成果を観客の方々に観て戴き、明るく、元気に、楽しく演じましょう~ 宜しくお願いしま~す!

                     byみかん

 

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宮澤賢治と沢田研二             2011年1月5日

朝、5時に目覚めてしまった私は、どうしたものかと、久しぶりにラジカセで、沢田研二の歌を聴いた。最近、疲労が蓄積していて、音楽を聴く元気もなかったのだが、やっぱり、ジュリーの歌は、心にしみいる。

ふと、私は、今度の8日の、守口市民学習センター(ムーブ21)の土曜ステージで、ジュリーの曲を、紙芝居のオープニングと、エンディングに流そうと、考えた。どの曲がいいか、いろいろと聴いてみて、「これだ!」という曲に出逢った。それは、「確信」という曲で、のりがよく、とってもパワー溢れる曲なので、新春にぴったりだと、勝手に思い込んだ。(一緒に出演してくださる方、ごめんなさい。)

とにかく、音楽は、不思議な力を持っている。宮澤賢治の「セロひきのゴーシュ」という作品があるが、これも、音楽の不思議な魔力と、どんな芸術でも、基礎の練習が如何に大切かということと、心が篭もっていないといけないことが、ひしひしと伝わって来る。

宮澤賢治は、稀な才能の持ち主だ。もう、百年近く昔に生きていた人なのに、その表現することや、言わんとすることは、全然古くなく、現代社会に通じるものばかりだ。宮澤賢治の「注文の多いレストラン」や、「貝の火」などは、本当に、今の時代の問題を孕んだ、鋭い洞察力溢れる作品だ。こういう作品を普遍的というのかも、しれない。

「セロひきのゴーシュ」は、私が小学生の時、確か国語の教科書に載っていたと、記憶する。紙芝居は、優れた作品を優れた演じ方で、実演されることで、芸術性が高められていくのだと信じている。

紙芝居の発生は、失業者が日銭を稼ぐ、子どもに飴や駄菓子を売る道具として生まれた、街頭紙芝居が最初である。だが、私は、今、確かに、この時代に宮澤賢治の作品のような「ほんものの紙芝居」を、次代を担う子供達に伝えさせて戴けたらと、想うのである。

ジュリーの歌は、ほんまもんの歌唱力で、人の心をうつから、素晴らしいのだ。(個人的にかもしれんけど・・・)私も、ジュリーみたいな、ほんまもんの紙芝居の演じ手になれるように、自分を磨きたいと想い、重い身体をお布団から出て、起き上がった。

そして、今日も充実した一日を過ごすことに励みつつ、洋服に着替えるみかんであった。「けんじ」て、ええ名前やなあ・・・

                    byみかん

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買い物へ、いざ、出陣!          2011年1月4日

お正月も三が日が過ぎ、我が家の冷蔵庫もからっぽになってきた。しからば、買出しに、いざ参ろう!ということで、娘と二人の孫を引き連れて、一般庶民の味方の、スーパーMへと、車を走らせた。

やっぱり、駐車場は満車で、暫くの間、お待ち申した。みんな、考えることは一緒やなあ。今日は、食料の初買出し日であって、そろそろ、お餅も飽きてきたので、パンとか、乳製品の、まあ、売れること。

うちも、御他聞に漏れず、朝食のパンをカゴの中に入れた。勿論、私は、静流ちゃんをカーゴに乗せてのお買い物だ。娘は次女の美鶴ちゃんを乗せて、カゴに一杯、食料品をうず高く入れて、買い物をしていた。

うちも、何故か、あっさりした物が食べたかったので、大根としらすを買って、じゃこおろしにすることにした。それと、シャケの切り身が、一切れ、105円(ああ、なんと庶民的なお値段!)だったので、家族分、ビニールの袋に入れて、カゴの中に収めた。

とにかく、あっさりした物ということで、納豆とか、きゅうりとか、温泉玉子とかを、次々とカゴの中に入れた。韓国のりが、美味しそうで、これまた、3パック入って、105円だったので、試しに買ってみた。

我が家の食卓を、お正月早々、公表しても仕方ないけんど、皆さん、ほんまに買い物は、度胸とインスピレーションと、洞察力が必要です。いかに、無駄なものを買わず、効率的に献立を決めて、その食品を購入するかに、かかっているのです。

おまけに、魚焼きのアルミを買いいの、うちの、無駄な抵抗の化粧パフまで、忘れんと購入しなければいかんのです。(なんのこっちゃ!)静流ちゃんに、アンパンマンのお菓子も、しっかり買って、いよいよ、レジに突入です。

私は、札入れと、がま口と、小銭入れとを、しっかり握り締めて、店員さんの打つレジの値段の数字と、にらめっこです。勝負!ヤッター、予算はオーバーせんかった。やっぱり、あっさりした献立で貫き通して、正解や。(大袈裟やなあ・・・)

娘も、無事に買い物を済ませたようで、ご機嫌のいい顔をしていた。よかった。よかった。そして、もう、外に出ると、すっかり辺りは、暗くなっていた。いざ、帰宅じゃ!私は、急いで娘と孫を自宅まで、送った。

山盛りの買い物の袋を、娘が、せわしく運ぶ間に、うちは、車の中で静流ちゃんのお守りをした。(美鶴ちゃんは、眠ってしまった)静流ちゃんは、私の座っている、運転席に来て、私の膝の上に乗ろうとして、思わず、クラクションの音を、「ブーッ!」と思いっきり鳴らしてしもうた。しまった、しまった、ご近所の方の御迷惑になる。私は、慌てて、静流ちゃんを助手席に座らせた。

娘来て、「近所の人におこられるわ~」と笑いながら言った。さも、ありなん。それでのうても、二人の孫の泣き声の合唱で、何時も、ご近所に御迷惑をかけているのだから・・・・

私は、最後の荷物?静流ちゃんを、娘の自宅の玄関まで運んで、さよならの挨拶も、そこそこに、車に乗って、我が家へと走らせた。「ああ、うちの正月は、もう終わったのか?これから、また、日常の生活が、待ち受けているのだ。」なんて、かっこうつけている場合やあらへん、はよ、帰ってご飯の支度せんと!

こうして、みかんのお正月休みは終わり、明日からは、また、日常の日々の生活を送るべく、慌ただしく、しかし、慎重に車を運転する、みかんであった。 

                        byみかん

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みかんの紙芝居初稽古             2011年1月2日

1月2日、うちは、真面目にも紙芝居の初稽古をした。初稽古の作品は、大型紙芝居「たべられたやまんば」」だ。大型紙芝居は、抜き方と、特に差し込むのが、難しい。うちは、我が家の「大奥」(娘達が名付けた仏間)から、大型紙芝居の舞台と、これまた、大型紙芝居の「たべられたやまんば」をずるずると、引っ張って、練習台になってくれる母の所まで持って来た。(結構、重たいんや!)

大型紙芝居の舞台は、めったに使うことはないけど、以前、近所の保育園で、大型紙芝居を演じて欲しいとのリクエストがあった時、思い切って購入した。それまでは、何時も、平野のボランティアグループさんのをお借りしていたのだが、大切な舞台に、万が一破損させたりしたら大変なので、清水の舞台から飛び降りる(そないたいそうな)気持ちで、思い切って買うことにしたのである。

その大型紙芝居の舞台を、母の部屋に持って入り、母の支持に従って、所定の場所に置いて、さあ、初稽古だ!やっぱり、大型紙芝居は重たい。片手で抜くのは、なんとかでけるけど、差し込むのが、結構大変。でも、大型紙芝居のカバーに、左手を添えてもええと書いてあったので、差し込む時は、両手ですることにした。

うちは、最後まで、「たべられたやまんば」を熱演し、なんとか演じきった。練習台の母は、なんと、居眠りをしておられた。だが、母は、半分眠りながらも、「初めの、おばあさんが、こぞうを家に誘う時の台詞を・・・・」と、むにゃむにゃ言いながら、アドバイスをしてくれた。

うちは、「初稽古は、もう、これでお終い。」と、自分に言って、舞台の扉を閉じて、部屋の隅に置いて、二階に上がった。何故なら、うちも、近所の氏神さまと、お寺に初詣に、行って来て、お昼ご飯を食べてから、その勢いで、稽古をさせてもらったので、疲れていたのだ。自分も、昼寝をさせてもらうことにした。

娘達や、孫達がやって来た賑やかな声で、目が覚めて、うちは、飛び起きて、階段を降りて孫達と、満面の笑顔でのご対面を果たした。紙芝居の初稽古は、一度しかでけへんかったけど、後で、母に、「さっき、なんてアドバイスしてくれたんか、もう一度教えて?」と尋ねたら、おばあさんが、小僧を自分の家に誘う時の台詞を言う時の気持ちをもう少し、不気味さを醸しだしたら良いのでは?と云うことだった。

なるほど。言われる通りやなあ。さすがは、元、演劇少女!ツボを押さえたアドバイスをして戴いた。うちは、母というのは、ほんまに有り難いなあ。娘の為に、何回もおんなじ紙芝居を観てれる。しかも、眠りながらでも、アドバイスを忘れずしてくれるのだ。

うちは、「お母ちゃん、今年も、元気でいてくれて、よろしゅうたのんまっせ!」と、心の中でつぶやいた。賑やかな娘夫婦と孫達が帰った後でも、私を寂しい気持ちにさせてくれない、母と紙芝居の存在に、改めて感謝の気持ちでいっぱいだった。今年も、紙芝居の道を精進しまっせ!

こうして、みかんの紙芝居の初稽古の日は、過ぎていった。(なんや!一回しただけやんか!)

               byみかん

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新年のご挨拶と1月のみかんの予定       2011年1月1日

皆様、新年、明けましておめでとうございます。私ごときのことですが、このブログを始めさせて戴き、6年目に入ります。これも、ひとえに、皆様の温かいご支援や、エールを賜りましたお陰です。本当にありがとうございます。

今年は兎年でございます。うさぎは、何も言わないで、もくもくと草を食み、そして、真っ赤なおめめで、ぴょんぴょん跳ねて、脱兎の如くという言葉が、あるように、ここぞという時に、物凄い速さで走ります。私も兎のように、無言実行出来る人間でありたいと、想います。今年も、青空視観(みかん)の紙芝居を何卒、宜しくお願い申し上げます。

今年が、皆様方にとって、幸多き年となるよう、祈っております。このブログをお借りして、新年のご挨拶に代えさせて戴きたく存じます。いつも、このブログを見て戴き、本当に、ありがとうございます。では、一月の予定をお知らせ致します。何かの参考になれば、幸いでございます。ありがとうございます!

                     記

1月8日(土)      「ムーブ21」土曜ステージ

              地下鉄谷町線大日駅3番出口

              新春お楽しみ紙芝居ステージ2011

              17時~18時(青空みかん紙芝居の会有志)

1月10日(月祝)    劇団コーロさんのお芝居とのコラボレーション

             午後2時~子どもさん向けのお芝居の公演後

              大型紙芝居「たべられたやまんば」の口演

        近鉄南大阪線矢田駅下車西、もしくは地下鉄長居駅東

1月13日(木)      ピースおおさか・平和紙芝居の実演

               午前10時~ 午前11時~

               地下鉄・環状線「森之宮」駅下車

1月16日(日)      紙芝居教室in難波  OCATビル4F

               大阪市立難波市民学習センター和室

               午後1時30分~午後4時30分

1月22日(土)紙芝居教室in田辺サロンすずき住建様田辺スタジオ

               午後2時~午後4時 

        地下鉄谷町線田辺駅下車南へ6分(東和病院向え)

1月23日(日)    平野全興寺紙芝居 (地下鉄平野駅下車)

               午後2時と3時

1月25日(火) 大阪市立西九条小学校(環状線西九条駅下車)

              「人と人とを結ぶ紙芝居講座」

               午後4時~午後5時

1月26日(水)       田辺親子サロン 田辺会館

               午前11時~11時30分 

               (赤ちゃんとお母さんに紙芝居を)

1月30日(日)   キッズプラザ 扇町公園内 午後1時~午後4時

      2月6日(日)のボランティアグループさんの発表会の練習

以上でございます。今年も、お陰様で、目まぐるしい一年が、始まりそうですが、これも、皆様のご支援の賜物と、感謝の気持ちでいっぱいでございます。まだまだ、未熟で若輩者ではございますが、紙芝居を普及させて戴くことで、この、閉塞した日本の国の出口が、少しでも見通しの利くように、お役にたてば、こんな嬉しいことはございません。どうぞ、阿呆者と、笑ってやって下さいませ。

                    byみかん

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