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我が恩師大河満子次先生            2010年12月10日

最近ご無沙汰していて、なかなかお伺いに行けないので、手紙を認めて、昨日投函したところ、本日、その大河満子次(ましじ)先生のお宅から、荷物が届いた。

大河先生は、私の生涯の恩師であり、手品の名手であられ、その志は、戦後ずっと、公務員のお仕事をされながら、まだ、ボランティアなどという言葉や、概念のない時代から、ただ、人様の喜ぶ顔が見たいという、その想いだけで、ご自身の休日を全て費やして、いろいろな施設を慰問に回られておられたのだ。

紙芝居と私を出逢わせてくださったのも、大河先生で、先生との出逢いがなければ、私は、紙芝居も、自分自身も好きになれなかったであろう。

そんな大河先生も、今は、ご病気で大変お辛いお気持ちでおられるであろうと察する。だが、無力な私は、なんの御恩返しも出来ず、ただ、先生が、いつも私におっしゃる言葉「これからも紙芝居をずっと続けていってください。」という、言いつけを守るべく、ぼちぼちと弛まずに、紙芝居をさせて戴いている。

大河先生のお宅に、お礼の電話をさせて戴くと、奥様が出られ、私の手紙が届いたことを教えてくださった。そして、大河先生に代わってくださった。

電話に出られた先生は、嬉しいことに、何故か以前よりもお元気そうな声で、いろいろと私にお話をしてくださった。私も、先生のお元気そうな様子が判り、本当に嬉しい。

先生は、何度も私に、先生のお宅に来るように、おっしゃってくださった。もう、こんな風邪ひきの、軟弱な身体が、つくづく厭になって、すぐにでも、先生のお宅に飛んで行きたいような気持ちになった。きっと先生は、私に教えたいことが山程在るのだとおもう。私も、先生に、もっといろいろなことを御指導して戴きたい。

人生の師匠を「メンター」と呼ぶそうだ。船が暗い海を航海する時に、その方向を照らしてくれる、光明の意味から来ていると、どこかで聴いた記憶がある。大河先生は、まさしく、私の、人生のメンターであられる。

我が恩師、大河満子次先生は、目の不自由な方にマジックを楽しんでもらう為に、点字を覚えたり、耳の不自由な方とコミュニケーションを図る為に手話を学ばれたり、それはそれは、物凄く勉強をされ、努力をされている。

生涯現役を貫く為、昨年は、通信教育で、生涯学習コーディネーターの資格も、86歳で取得された。私も、先生に勧められて、この通信教育を受講したが、正直言って、本当に難しい内容だった。こんな難しい内容を、大河先生は、86歳の病気の身体で、学ばれたのかと思うと、本当に凄い方だと、改めて思った。

これからも、私は大河先生の後を、ずっと、ついて行くつもりだ。どこどこまでも、もう一度、先生とご一緒に、マジックと紙芝居をステージで共演するのが、今の私の望みなのだから・・・・・

                  byみかん

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