« 2010年11月 | トップページ | 2011年1月 »

2010年12月

涙の大掃除バトル             2010年12月30日

暮も押し詰まり、遂に、我が家でも、恐怖の大掃除の日がやって来た。片付けが何より苦手な私は、朝から、昨日から体調が、芳しくなく、それでも、健気に自分の部屋をお掃除していると、長女様が、やって来られて曰く「お母さん、今日は、みんなで下の台所と居間を片付けるて、約束してたやんか!うそつき!」と、怒り心頭でのたまう。私は、泣く泣く、下に降りて、「降りてきたよ。何処を片付けたらええの?」「そんなん、自分で考え!」それは、ちと、言葉が過ぎるのでは、と、思いつつ、私は無い知恵を振り絞り、小さい方の冷蔵庫を掃除することにした。

掃除をしている時から、気分が悪くて、吐き気がしたので、自分を鼓舞するつもりで、「丘を越え行こうよ、口笛ふきつつ~」と、歌を歌いながら掃除をすると、「お母さん、うるさい!やめて。」と、また、娘がおっしゃる。(もう、歌を唄う自由も閉ざされたのか!」私は、泣きたい気分で、とりあえず、冷蔵庫の掃除を続けた。

せやけど、私は、精神的にかなり、参っていた。娘も、かなり、しんどいのだと思う。でも、健気に、手馴れた手つきで、次々と台所の食器棚を片付けてくれる。そう、娘は、私と違って、仕事が速いのだ。どんくっさい私に似ないで、夫に似た性格なのか、物を捨てられる勇気があるのだ。

私は、もう、ふらふらになって、吐き気がして来た。そんな、私の不調に、気づいてくれたのか、「お母さん、しんどかったら、休んでてええで!」と、優しく言ってくれた。私は、お言葉に甘えて、二階に上がって、せめて、洗濯物っを干すことにした。

外の空気を吸って、少し気分が良くなったので、再び、自分の部屋の掃除に取り掛かった。もう、とにかく、分別すると言うよりも、手当たり次第に、ゴミ袋に突っ込んだ。要らないものが、殆どなので、私は、躊躇することなく、ゴミ袋の中に、チラシや、使わない小物、化粧品類、等など、自分のこの一年間を総括する意味でも、なんかすっきりしたい気持ちで、殆どのものを捨て去った。

すると、なんか、不思議と自分の気持ちが、楽になって来るから、不思議だ。「捨てる」ということが、何か、自分の心の中のゴミまで、持ち去って行ってくれるような気持ちになって来るのだ。

お昼ご飯も返上で、私は、ひたすら、片付けに専念した。(めずらしい!)そして、無情にも、ゴミの回収車には、間に合わず、大量のゴミ袋が残されたけんど、部屋は、すっかり片付いた。

私は、もう、ふらふらのグロッキーになってしまい、今にも、ぶっ倒れそうになったので、母の部屋の炬燵で、横になり休ませてもらった。一時間余り、横になったら、少し、気分が楽になって来たなあと、喜んでいたら、程なく、下の娘が、孫達えお連れてやって来た。

今日は、旦那さんが忘年会で、遅くなるので、みんなで、「とことん」と云うお寿司屋さんで、長女」が、ボーナスが入ったとのことで、私達をご招待してくれることになっていたのだ。

私は、飛び起きて、孫達とご対面をした。みんな、元気そうで、何よりだ。まだ、少し、片付けが残っていた部屋を、掃除機をかけていると、上の孫の静流ちゃんが、私の部屋にやって来た。彼女は、今、好奇心のかたまりで、なんでも、興味や関心を持つ。私は、掃除機をかけてしまいたかったので、彼女に絵本を与えて、作業を続けた。

静流ちゃんは、絵本に興味を示してくれていたが、すぐに、部屋の中のものに、気持ちが移り、あれやこれやと手にとって確認してくれる。私は、少し困って、テレビをつけて、NHKの12チャンネルの子ども番組を観てもらうことにした。初めは観ていたが、すぐに飽きたのか、「ママ~」と言って、娘の元に戻ってくれた。「やれやれ・・・」

やっと、部屋が片付き、嘘の様に綺麗になった部屋は、なんだか、いつもより広く感じられた。私は、嬉しくなって、「ああ、いつも、この状態をキープしていたら、こんなしんどい思いせんと済むのに、全く、我ながら学習能力がないわ!」と、反省しつつも、清清しい気持ちになった。

夕方、娘が、お寿司屋さんの予約をしてくれていた時間になったので、いざ、わたしたちは、近所のお寿司屋さんに向かった。ここのお寿司屋さん、「とことん」で、私達は、美味しいお料理を戴き、ビールを飲んで、本当に心の大掃除もさせていただけた。

私は、娘にお礼を言って、来年も、また、みんなで来させてもらいたいと、想った。今度は、母ちゃんが、ご馳走出来るように、がんばって、働くよ。孫達の成長が、何よりの、私の励みになるから・・・ねっ!みんな、ありがとう!♪:;;;:♪:;;;:♪:;;;:♪:;;;:♪:;;;:♪:;;;:♪:;;;:♪:;;

                   byみかん

| | コメント (0)

みかんの仕事修めの日            2010年12月28日

今日で、今年のお勤めも、無事に終えました。子供達に怪我もなく、みんな元気に帰って行き、パートナーさんも挨拶をして、帰って行かれ、ひとり、ぽつんと、部屋に残っても、まだ、なんか、やり残したことが、あるような、ないような、そんな中途半端な気持ちやったけど、とにかく、終わったという、なんか、ほっとした気持ちになれました。

だが、その時、突然、轟くような雷の音がして、隣の部屋の子供達の悲鳴のような声が、聞こえて来た。私は「雷お越しやな・・・」と、その時、その言葉が頭をよぎった。

昔、なんかの本で、冬の始まりに、雪国では、雷が鳴り、それが、冬の到来の合図であると書かれていたのを記憶する。雷は、一回だけ鳴って止んだ。帰宅時間になったので、戸締りをして、隣の部屋の先生方と、職員室の先生方に挨拶をして、駅に向かった。雨は降っていなかった。

心地良い、疲労感を感じながら電車に乗って、それでも、なんかまだ、終わりのない結末を実感出来ない、不思議な気持ちになって、電車に揺られて、天満橋の駅で降りた。

少し、迷ったが、やっぱり何時もの本屋さんに立ち寄り、或る学校の先生が勧めてくださった、村上春樹さんの小説ではなく、エッセイの文庫本を購入した。何故、読みたかったかというと、私は、その先生の講演会のお話を聴かせて戴いて、とても共感し、感動したからだ。だから、その先生が、勧めてくださった本やったら、読んでみようかなあ~という気持ちと、はっきりタイトルが判らんくせに、カウンターで調べてもらったら、ちょうどその本があって、お値段も、税込み540円だった。だったら、その先生も、2.3日で読めると、おっしゃっていたので、私やったら、まあ、一ヶ月くらいあったら、ぼちぼちと読めるかなと思い、購入した。

なんやまた、へたくそな作文みたいな書き込みになってしまい、すんません。今、夜中の2時前です。なんか、頭が、ぼーっとして、ええ言葉が出て来ませんねん。

なにはともあれ、読みたかった本も手に入り、ルンルン気分で、地下鉄に乗って我が家へと向かいました。不思議と駅を降りて、家までの道中も、あんなに荒れていたお天気なのに、雨は降っていませんでした。

家に帰って、母に雨に遭ったかと尋ねたら、どしゃぶりの雨の中を歩いて帰ったとのこと。でも、積年の痛みの元凶やった前歯を抜いてもらったので、夜が明けたように、すっきりとした気持ちになったと、喜んでいました。ええことと、わるいことは、表裏一体、人生、山あり谷ありですけど、来年は、さて、どんな年になるのか?

皆様も、どうぞ、良い年をお迎え下さいませ。あっ、今日、私が買った本の題名は「走ることについて語るときに僕の語ること」(村上春樹著 文春文庫)でした。参考までにお知らせ致します。まだ、初めの方しか読んでないけど、この本読んでたら、走りたくなる気分になれそうです

                 byみかん

| | コメント (0)

今年最後の全興寺の紙芝居          2010年12月26日

寒い!あまりにも過酷な寒さだ。こんな寒いのに、今日も、今日とて、うちは、紙芝居を持って、バタバタに乗って、平野の全興寺さんへ向かった。

「あ~っ、今日も先月みたいに、何時もの場所の水掛不動尊さんの前で、紙芝居するねんやろなあ~。寒いやろな~」なんて、バチ当たりなことを考えながら、時間ぎりぎりに、おも路地の横の駐車場に到着した。すると、なんと、おも路地に、鈴木常勝さんがおられ、拍子木のカチカチという音が、聞こえて来るではあ~りませんか?

「ヤッター!今日はおも路地でするんや。これで、ちょっとは、寒さをしのげるよ~」なんて、不純なことを考えたのが、大間違いだった。確かに、おも路地は、屋根もあって塀に囲まれているので、何時もの場所よりは、遥かに寒さはしのげる。だが、やっぱり寒い。それに、寒いさかい、子供達はみんな、おも路地の中の、暖房のきいている部屋の中から、出てこん!これ、どういうこっちゃ!

それでも、紙芝居が始まるというので、寒いのにも拘わらず、健気に舞台の前に座ってくれる子供達が、数人居てくれた。まっ、こんな日もあるさ!みんな、寒いのに観てくれて、ほんまにおおきに。

うちは、実は先月、ここでの紙芝居のせいかどうかは、定かではないが、次の日から、風邪をひいて、寝込んでしまった。だが、そんなの、関係ない。うちは負けへんで!紙芝居を楽しみに観てくれる子らが居てくれる限り、ここで、紙芝居をさせてもらえることが、ほんまに有り難い。

今日は、2時からが、「クレヨンさんのけんか」3時からは、私の好きな作品の一つ「にじになったきつね」を、わりと、淡々と演じさせてもらった。と、言うのは、一緒に紙芝居をされた、鈴木常勝さんや、おばちるさんの紙芝居が、凄く熱演だったので、何故か、圧倒されて、抑え気味になった。

今年一年、この全興寺さんで、紙芝居を演じさせて戴いたことで、心の底から、感謝の気持ちが湧いて来た。うちは、ここで、子供達の前で紙芝居させてもらえるのが、一番、鍛えられる。来年も、ずっと、元気で皆さんと一緒に紙芝居を演じさせて戴きたいと、心から願った。なんやかやいうて、来年での春で、丸6年になるのか・・・この境内でさせてもらうようになって・・・そのわりには、全然、成長せんなあ~

紙芝居が終わってから、鈴木さんに、おばちるさんたちと一緒に、隣のお茶屋さんで、おぜんざいをご馳走になった。ほんまに、あったかくて美味しかった。あったかいおぜんざいを戴きながら、鈴木さんを中心に、みんなで、また、熱く、紙芝居について語り合った。紙芝居は、ほんまに、自然に人と人を、ええ形でつないでくれる。これやから、紙芝居は、やめられへんのかなあ・・・鈴木さん、ほんまにご馳走様でした。そして、この一年、お世話になり、ありがとうございます。

全興寺の御住職さんと奥様、何時もありがとうございます。御住職の「おやじギャグクイズ」は、ほんまにおもろい。いや、おもしろい。子供達と一緒に、必死で、答えを考えて、観客のなってしまいます。御住職や、奥様は、お寺のお役目が、一杯あるのに、毎週、土曜日と日曜日は、この、おも路地を、地域の子供達に、昔の遊びの場所として開放され、そして、第四日曜日には、御住職自ら、紙芝居をされるのですから、その熱意には、ほんまに感服致します。

うちも、何時か、自分の生まれ育った街で、こんな素敵な場所が、出来たら嬉しいとおもてます。自分が子どもやった頃の、昭和の時代は、近所の違う年齢の子供達で、路地裏で遊び回っていました。

平野の全興寺さんのおも路地は、そんな昭和の時代に、タイムスリップしたような居場所でんなあ。今年最後の、全興寺さんの紙芝居を、そんな場所で、やらせてもらって、ほんま、在り難かったです。(紙芝居、必死で寒さに耐えてやってるときに、部屋の戸を閉めんといてえなあ~なんか、むなしいなるわ~)

紙芝居って不思議なものですね。

                    byみかん

| | コメント (0)

教育は楽しくなければやってられない!    2010年12月24日

今年、心の病で、休職された学校の先生が、過去最多の人数になったそうだ。この数字は、年々増加している。一体、教育の現場で、何が起きているのか?

私は、今、或る中学校で、生徒さんに学習支援ボランティアとして、行かせて戴いている。また、学校の先生方に、紙芝居を、教育の現場で活かせてもらおうと、月に一度、勉強会の講座を務めさせて戴いている。

そんな、僅かな教育現場との係わりだけで、感じたことだが、教育現場に、笑いや、ユーモアを醸しだす雰囲気が、無くなって来ているのではないかと、実感した。それと、もう一点は、先生方の同士の繋がりが、希薄になってきているのではないだろうか?

授業の準備や、テストの採点、報告書の製作、等など、いろいろな仕事が、たくさん在って、気持ちの余裕がないのだと思う。今日も、中学校で、生徒さん達と、勉強をしたのだが、彼らは、明るくて、とても素直な生徒達だ。そして、私が、アホな冗談を言って、笑かすと、意外な反応が、返って来る。もっと、面白いことを言って欲しいと、リクエストして来るのだ。私は、思った。「彼らは、ユーモアや笑いを求めているのだ。学校の先生方は、きっと、することが、いっぱいいっぱいで、こんな、うちみたいな、あほなことを言うてる余裕なんか、殆どないのかもしれんなあ。」

勿論、学校の先生方が、面白いことを言うのが大事だと言う事ではなく、残念なことに、心の病で倒れて、休職される先生方が、後を断たない現実を鑑みるにつけ、やはり、教育は、学校の先生方だけでは、本当に手が回り切れない現状が、あるのだと感じた。

子供達の教育は、家庭と学校と、そして、地域の人々が、一丸となって、手を携えて行なっていくことが、私は、大切なのではないかと、生意気だが、そう、思った。

また、教育の現場で、紙芝居を広めていくことも、今の教育の現場で孕んでいる問題解決の糸口になってくれると、こんな、嬉しいことはない。紙芝居を、担任の先生が、することで、子供達も、楽しいし、先生も楽しんで、児童や生徒との良い関係が、構築できると、私は、信じている。

教育の現場で、担任の先生が、一生懸命、楽しいお話や、感動する物語をされることで、心のバランスを保つことに寄与出来るのだと、私は、信じている。中学生にも、充分、紙芝居の素晴らしさは、伝わる。勿論、小学校でも然り。

学校の先生方、本当に、、毎日大変な日々をお過ごしと、お察し致します。先生方が、心から楽しく、子供達と触れ合う時間を設け、この職業に就かれて、活き活きとお仕事が出来ることを、心より、願っております。

まら、全ての子供達や、生徒達が、学校に来るのが、楽しい、心の底から笑える日々を、学校生活で送ることが出来、楽しい思い出一杯詰まった、毎日を過ごすことを、切に希望i致します。

                      byみかん

| | コメント (0)

みかんの祝日               2010年12月23日

今日は、天皇誕生日と云うことで、久しぶりの休日。年末も押し詰まって、やることは、山程あるが、まずは、自分の心身のバランスを保つべく、休養が一番?と、昼寝をさせて戴いた。目覚めは、すっきり、はっきり、爽やかで、なんか、エネルギーの補充をさせてもらえた、贅沢な休日であった。

昼寝の後、孫にクリスマスプレゼントを持って行くべしで、いざ、出陣!(そない、たいそうな)昨日、帰宅の際、天王寺に寄って、2時間くらいかかって、二人の孫のプレゼントを、それぞれ選んだ。(なんで、こない悩むねん!)結局、音楽の鳴る絵本と、バギーに付ける木のおもちゃを選んだ。

だが、彼女達は、母が買ってくれた、木の滑り台みたいな玩具が、一番お気に入りのようで、二人で夢中になって、遊んでいた。(うちのあげたおもちゃは、いらんのか?)

晩御飯の支度せんと、あかんので、早めに引き揚げた。「まあ、ええわ。来年は、もっと気の効いたプレゼントを探そう!」と、気を取り直し、帰宅した。

晩御飯のちゃんこ鍋?の支度をし、これまた、久しぶりにビールを飲みながら、夕飯を食べたら、また、恐ろしい睡魔が、襲って来た。また、布団に横になって、爆酔状態で、眠ってしもうた。やっぱり、相当、疲れがたまっててんなあ・・・と、自分に言い聞かし、夜遅く目覚めて、お風呂に入り、また、ゴキブリの如く、夜間、活動するみかんであった。もう、はよ寝えや!明日も、やること、よおけあるやろ!

皆様も、年末は、何かとお忙しいことと思いますが、くれぐれも、無理せんと、休めるときは、休んでくださいね。

                   byみかん

| | コメント (0)

紙芝居は楽しいで~           2010年12月22日

今日は、西九条小学校で、「人と人とを結ぶ紙芝居講座」の日だ。雨も上がり、晴れ渡った空の下、私は、西九条小学校へと向かった。今日の紙芝居講座の内容は、主催のN先生のご要望で、とにかく、楽しい、ほっこりとした紙芝居を演じて欲しいとのこと。

私は、そのことを、予めお伺いしていたので、またまた、前日から、練習台になっている母の前で、紙芝居の稽古に励んだ。うちの母ちゃんも、えらい迷惑やと思うわ。毎回、おんなじ紙芝居を、何べんも聞かされて・・・母ちゃん曰く、「あんた、もうちょっと他にも、ええ紙芝居を探しておいで、もう、何回も聞き飽きたわ!」と、まあ、こんな具合に、ぼやかれつつも、母は、辛抱して、まいど、おんなじ紙芝居を観てくれているから、ほんまに有り難い。

今日の紙芝居は「へっこきよめ」と「ねずみのすもう」と「きつねのなきいろ」昔話のオンパレードだ。昔話は、やっぱり、ほのぼのとしていて、嫌味が無く、誰が観ても、楽しいお話が多い。特に、うちは、「へっこきよめ」が大好きだ。凄まじいおならをする可愛いお嫁さんが、おならの力で、風で倒れた大木を元通りにしたり、岸に乗り上げた、米俵を一杯積んだ舟を動かしたりして、人々の役に立つ。

ひどいおならをするので、里へ帰されそうになったお嫁さんは、その手柄で、無事に元の嫁ぎ先に戻ることが出来て、じょうずに「への力」で、お姑さんと、だんなさんと三人仲良く、幸せに暮らしたというお話だ。

今日は、学期末と云うことで先生方もお忙しかったようで、出席された方は、前回より少なかったが、それでも、遅れてきてくださった先生方も、熱心に、しかも、紙芝居を楽しく観たり、演じたりしてくださった。

とにかく、この講座では、出来るだけ多くの紙芝居に触れていただき、紙芝居の醍醐味を味わって戴き、学校の現場で、子供達に紙芝居をやってみよう!と、思ってくださることが、私の一番の喜びだ。

絵本もいいけど、紙芝居は、子供達の反応を、肌で実感出来るところが、凄く楽しい。私も、微力ながら、この、月に一度の講座を、実の在るものにする、お手伝いをさせて戴き、大阪の街が、笑顔溢れる街になって、先生も子供達も、活き活きとした、学校生活を送ってくれることを、願っているみかんであった。

                       byみかん

| | コメント (2)

みかん、映画「最後の忠臣蔵」を観る     2010年12月18日

イヤ~ずい分さむなりましたな。今日は、土曜日ということで、どうしても、映画が観たくなりました。昨日の新聞で、紹介されていた、「最後の忠臣蔵」を観てまいり申した。

感想は、良かった。凄かった。感動した。侍の志を貫くことの、凄まじさ、切なさ、潔さが、こんなにも人々の心を揺り動かすものなのかと、私は、もう、泣けて、泣けて、久しぶりにハンカチ王女?になりもうした。

主役の役所弘司さんの、目だけの演技が素晴らしかった。顔の表情を変えず、目の表情で演技が出来るのは、本物の役者さんにしか、出来ない。相手役の佐藤浩市さんの演技も素晴らしかった。彼は、明らかに、役所さんの役を光らせる影の役柄になりきっておられた処が、さすがだと思った。

女優の大石内蔵助の隠し子の娘役をされた、新人の女優さん(すんません名前忘れました)の、初々しい演技も華が在り良かったが、役所さんをずっと16年間慕い続ける、安田成美さんの円熟した、演技は、私は見逃せないと悟った。

この映画は、忠臣蔵の顛末を映し出すものではなく、日本人の一番貫き通したい、人間の心棒を浮き彫りにしている。討ち入りで、死ぬのも無情、生き延びるのも地獄。人間とは、いかに生きるのではなく、何のために生き抜くのかということを問うているような気持ちがした。誰かの為に生きることは、並大抵の覚悟では、貫き通せない。そして、そういう生き方をすることは、あまりにも、過酷で、辛い。だが、その辛さをつき抜けた処に、人間の本来持っている情愛という優しさが、生まれるのであろう。

生きるということは、かくも、並大抵の覚悟を持ってしても、大変なことであり、また、それだけ、喜びも深いものなのだ。私は、この映画を観て、そんなことを気づかせてもらえた。

そして、映画の初めから、最後まで、場面場面に写しだされる、文楽の「曽根崎心中」の浄瑠璃は、そんな人間というより、男と女の性というものを描く、キーステーションとなり、この映画のドラマツルギーを見事な形で、アウトプットさせてる効果を放っているのだ。

百聞は一見に如かず。「十三人の刺客」に、匹敵する、素晴らしい日本映画であると、私は確信した。みかん食べながら、みかんは、映画館で、目から鱗と涙の両方を落とし、コンタクトは、しっかりと落ちないように、マスクで防ぐ戦法で、この映画と向き合い、みかんをむいていた、みかんであった。なんのこっちゃ、判らんようになってきたので、この辺でやめておきます。失礼をば致しました。チャンチャン~

                         byみかん

| | コメント (0)

みかん、走る!                 2010年12月16日

師走とは、師が走ると書くが、全くもって、私は、先生ではないけんど、何故か忙しいのよ~何故なら、夜、帰宅するなり、娘が「お母さん、日曜日で、暇な日ある?」とのたまう。

ああ、遂に来たか!年末の大掃除のご予約が・・・母は、暇な日曜日はないのじゃ。だけど、娘が、健気に大掃除をしようと気遣ってくれている。私は「日曜日も、用事があるから、30日と31日に、大掃除をしませう」といらう。娘は、それで、納得してくれたようだ。

ほんまに、それまで、仕事と、紙芝居の活動と、年賀状書き、お正月の買出し等など、この身を4つくらいに、分けたいけんど、それも儘ならず、相変わらず、アバウトな気持ちで、乗り越えようと目論む。

しかし、今日のNHKのテレビで、いらない物を捨てることが、自分の人生と向き合い、良い方向に導いてくれるというような、特集番組を放送していた。この際、私も、全ての執着を捨てるべく、家の中の不用品を整理して、新しい年を迎えようと想う。

あしたも、明後日も、明々後日も、多分、うちは、走っているだろう。だが、今年を総括する意味でも、自分の身辺を綺麗にして、新たな気持ちで、来年は、羽ばたくのだ!バタバタバタ!にわとりか?

                    byみかん

| | コメント (0)

やっぱり寒くなりましたね!          2010年12月15日

ブルブルブル・・・・。ブルドッグが首を振っているのではない。寒いのだ。師走も中旬となり、いよいよ、寒波がやって来た。きっぱりと、冬になったのだ。北国では、大雪になっているとのこと。大阪も、今日は、底抜けに、寒かったぞな。(高知弁?)

震える身体(重さでとちがうで)で、出勤した私のいでたちは、コートを着て、マフラーを巻いて、手袋をして、長靴(ブーツとも言う)をはいて、マスクをして、完全防備である。寒さにはめっぽう弱いので、これ以上、寒くなったら、ドテラ着て、外出せなあかん。

冗談はさて置いて、昨日は、職場の学校のクリスマス交流会があり、私は、「ねずみのすもう」と「かさじぞう」の紙芝居を実演させて戴いた。子供達と、地域の方々が、熱心に観てくださった。私は、特に「かさじぞう」が大好きで、この紙芝居には、日本人の本来、持っている無欲の施の心と、貧しくても豊かに暮らす生き方が、描かれている素晴らしい作品だと想う。

特に、お地蔵様たちが、笠をかぶせてくれたおじいさんと、そのおばあさんの家に、宝物をどっさり入れた米俵を引っ張る時の声「じょいやさ、じょいやさ、シャーンシャーン」という快い響きと、立ち去る時の「じいもばあも、まめでな・・・」というフレーズが、なんとも言えない慈愛に満ちている。

私は、このような美しい日本語で書かれた、心が洗われるようなお話を、紙芝居を実演することで、伝えさせて戴けたら、こんな嬉しいことはない。何故なら、私には、確かに、日本人としての血が脈々と流れていて、そういう突き上げるような衝動が、身体の奥底から溢れ出て来るのである。

冬の寒さは、ちと、堪えるけんど、その寒さがあって、春の暖かさを、待ちわびる気持ちが生まれる。後、半月で新しい年を迎え、「おとしとり」をする私達は、来る年が、往く年よりも、遥かに豊かで、明るく、幸せな年になることを、心から願っている。

仕事が終わって、もう、まっしぐらに帰宅した私は、玄関のドアを開けて、温かい家に戻り、温かい夕飯を戴き、温かいお風呂に浸かり、温かいお布団にもぐり込むことの幸せを実感し、「明日もいい日でありますように」と願いながら、眠りに就くのであった。

                   byみかん

| | コメント (0)

紙芝居のバリヤフリー            2010年12月13日

12月13日月曜日雨・・・私は地下鉄御堂筋線に乗り、江坂に向かった。今日は、今度の日曜日に、教会で紙芝居を実演されるという、目の不自由な仲間のKさんに、出前講座?をさせて戴く為、ガイドヘルパーのNさんのお宅に、お伺いすることになっていた。

Kさんは、とても前向きな方で、「点字毎日」という、点字新聞で、これまた、目が不自由なHさん(私と紙芝居同期の方)が、紙芝居をされるという投稿の記事を読まれたのが、きっかけで、紙芝居に感心を持ってくださり、私の教室に、今も通ってくださっている。

紙芝居は、ヘルパーのNさんが、全て、点訳してくださって、それを指で読まれて、演じられるのである。勿論、舞台も購入されて、本格的に紙芝居を始めようとされている、大切な時期であるので、私も、凄く責任を感じ、少しでもKさんが、楽しく、いろいろな紙芝居を、さまざまな処で、実演して戴くお役に立てればと、今日、初めて、紙芝居の出前講座となったのである。

今日練習する紙芝居は「あひるのおうさま」で、前回は「おおきくおおきくおおきくなあれ」という紙芝居だったので、比較的、裏の字数も少なく、参加型の紙芝居だったので、やり易かったようだ。

だが、「あひるのおうさま」は、物語の紙芝居で、登場人物の台詞と、ト書きとが書かれているので、まず、これを区別して、読むのが大変だ。また、登場人物の役柄の気持ちになって、演じて戴かないといけないので、全体の物語の構成を、まず、把握してもらうことが、重要なのだと、私は実感した。

紙芝居のバリアフリーを図るべく、私は、どのように練習させてもらったら良いのか、一生懸命考え、やっぱり、鸚鵡返し式にするのが、一番良いと悟り、第一場面から、言葉を出来るだけ細かく区切って、しかも、感情を込めて、私の読んだ通りに、繰り返して戴くようにした。

何も、自分の演じ方が、100パーセント完璧だとは、思っていないのは、百も承知だが、何しろ、私も、手探り状態で、必死のパッチであったから、この方法が、一番てっとり早いし、確実なのだと考え、練習を繰り返した。

そして、紙芝居のそれぞれの場面の絵が、どのような絵なのかを説明しながら、練習をさせて戴いた。そして、何回も練習をしていくうちに、熱心なKさんの努力の成果が、みるみる現れて来た。

一緒に聞いてくださっていた、ヘルパーのNさんも「凄く良くなりましたよ!」と、おっしゃってくださった。私も、そう言ってもらえて、とても、嬉しかった。

練習が終わった後、三人で、いろいろなおしゃべりをしている時のKさんの笑顔を拝見して、本当に私は、ここに来させて戴いて、良かったと心から思った。

私は、視覚障がい者(あえて、こう表記させていただくことをおゆるしください。)のことを、改めて、何も解っていないし、努力をしていなかったことを、反省した。

でも、私は思った。そういうふうに心の中に線引きをしてしまうことの方が、返って、ネックになるのではないだろうか。私の目の前に座って、笑顔で普通の人と、全く変わらない気持ちで、接することが、心のバリアフリーとなって、自然体で、お付き合い出来るのかもしれないのだと、漠然とだが、理解した。

紙芝居のバリヤフリーとは、つまり、心のバリヤフリーに繋がるのだ。私は、KさんとNさんから、こんな大切なことを、教えて戴いたのだ。外は雨模様だったが、私の心は、青空のように、爽やかに、澄みわたったような気持ちになれて、嬉しかった。

                    byみかん

| | コメント (0)

キッズプラザにおこしやす            2010年12月12日

今日は、大阪の扇町公園に在る、「キッズプラザ」にお邪魔した。お昼から、紙芝居の練習と、打ち合わせをされるということで、お昼ご飯をしっかり食べて、いざ、出陣!(たいそうな)

今日の打ち合わせは、来年の2月6日に、館内で、紙芝居のお話会をされるということで、その、プログラムの組み立てと、練習を行なった。

皆さん、だんだんと、要領を得てこられたみたいで、選ばれた作品も、参加型の紙芝居や、楽しくて判り易い作品を、どんどんと選んでくださり、とても、良かったとおもった。

不特定多数の方に、紙芝居を演じる時は、まず、あまり長い物語は避けたほうが良い。それから、観客の方と、一体になれるように、出来るだけ参加型を中心に選ばれることをお勧めする、あと、これが、一番大切なことだが、演者の方も、その作品が好きで、心から楽しめる作品を選ぶことが、一番だと思う。

紙芝居の実演は、何より、演じる人が楽しみ、それを視ている観客の方も、その気持ちが伝わり、紙芝居の演じる空間が、楽しい、みんなの居場所になることが、一番素敵だ。

紙芝居は集団で観るものだから、顔を知らない人同士でも、一緒に居ていても、全く違和感や、閉塞感を感じず、隣に居ている人の存在を実感し、みんな、一緒なんだという、連帯感や、共感の喜びを味わうことが出来るのが、紙芝居の醍醐味であると、私は自負している。

キッズプラザでは、いろいろなお仕事の体験や、実験、ものづくりなど、様々な、実体験を子供さん達に経験していただきながら、ご家族ぐるみで、一日、楽しく過ごせる施設です。雨が降っても、館内はだいじょうぶ。これから、寒くなってくるので、休日は、キッズプラザで、お楽しみください。

私も、孫を連れて行って、遊ばせてやりたいと思います。キッズプラザは、地下鉄扇町公園駅下車すぐです。2月6日の紙芝居は、午後1時からと2時から、別々のプロ不ラムをやりますので、是非、遊びに来て下さいね。

ちょっと、早いけど、キッズプラザの紙芝居のお話会の、お知らせでした。勿論、毎日、楽しいイベントがあるので、一度、来て見てください。

以上、キッズプラザ紙芝居グループの世話役、みかんからのお知らせでした。

                     byみかん

| | コメント (0)

寒くはないが、年末ですね!        2010年12月11日

全く、娘の家に電話すると、話が出来ない。何故かというと、電話口で、ワーワーワーと、こわれスピーカーのような、雑音(ごめん)孫の声が、響いてくるのだ。

だから、メールしようとおもうのやけれど、その雑音が、私の耳にとって、なんとも言えない心地良い響きなのだ。なんや、孫の自慢話かと、不愉快に思われる方、お赦しください。

せやけど、なんでんなあ、私、最近、わりとおとなしくしてるんですけど、そんな時、本でも読もうかという気持ちにもならず、考えるのは、この国の行く末ばかりなんです。孫が成人した頃に、この国は、一体どうなっているのかと、すんごく不安に感じるのです。

娘達が赤ちゃんの頃の私は、そんな不安を感じなかった。皆さんはどうですか?話は、ころっと変わりますが、私は子供の頃から、寒いのが苦手で、12月にもなって、木枯らしが吹き、クリスマスや、お正月が来るのは、楽しみやけど、この寒さが、まだまだ続くというのが、すっごく厭でした。特に朝、起きて、パジャマから、洋服に着替える時に感じる、冷たさは、もう、耐えられませんでした。

せやけど、今は、どうですか?そんなに寒さを感じないのです。大人になって、感覚が鈍くなってきたのか、それとも、凍てつくような寒い気候ではないのか、定かではないのですが、寒くて、ブルブルと震えることが、少なくなってきたようにおもいます。

そろそろ年賀状を書こうかという季節、街では、ジングルベルの音楽が聞こえてくるのに、何故か、年末という季節感が、実感出来ない自分が、不思議です。

やはり、地球温暖化は、確実に進んで来ているのでしょうか?昔は大阪でも、氷が張ったり、雪がちらついていましたが、今は、さっぱりですわ。そのくせ、いっちょまえに、風邪だけは、しっかり、ひくのは、どういうことでっしゃろ?

季節感がなくなると、なんか、人間も一定のリズムみたいなんが、狂ってくるみたいで、頭もぼーっとしてきます。(もともとですけんど)

なんや、ほんまにしょうもない作文になり、申し訳ありません。有り難いことに、こんなブログを懲りずに続けさせて戴いていると、いろいろな講評や、ご希望みたいな声も、聞かせてくださいます。どうぞ、忌憚のないご意見を、どんどん、お申し出ください。

明日は、扇町公園にある、キッズプラザさんに参ります。ボランティアさんの紙芝居のグループが出来て、3年目。ずっとお付き合いさせて戴いております。

来年の2月の紙芝居のお話会の練習と、プログラムを決めて、子どもさんや、親御さん達に観て戴き、喜んでもらえたら、嬉しいです。私は、実演できませんが、皆さん、とってもパワフルな方ばかりです。乞う、ご期待くださいね。

                      byみかん

| | コメント (0)

我が恩師大河満子次先生            2010年12月10日

最近ご無沙汰していて、なかなかお伺いに行けないので、手紙を認めて、昨日投函したところ、本日、その大河満子次(ましじ)先生のお宅から、荷物が届いた。

大河先生は、私の生涯の恩師であり、手品の名手であられ、その志は、戦後ずっと、公務員のお仕事をされながら、まだ、ボランティアなどという言葉や、概念のない時代から、ただ、人様の喜ぶ顔が見たいという、その想いだけで、ご自身の休日を全て費やして、いろいろな施設を慰問に回られておられたのだ。

紙芝居と私を出逢わせてくださったのも、大河先生で、先生との出逢いがなければ、私は、紙芝居も、自分自身も好きになれなかったであろう。

そんな大河先生も、今は、ご病気で大変お辛いお気持ちでおられるであろうと察する。だが、無力な私は、なんの御恩返しも出来ず、ただ、先生が、いつも私におっしゃる言葉「これからも紙芝居をずっと続けていってください。」という、言いつけを守るべく、ぼちぼちと弛まずに、紙芝居をさせて戴いている。

大河先生のお宅に、お礼の電話をさせて戴くと、奥様が出られ、私の手紙が届いたことを教えてくださった。そして、大河先生に代わってくださった。

電話に出られた先生は、嬉しいことに、何故か以前よりもお元気そうな声で、いろいろと私にお話をしてくださった。私も、先生のお元気そうな様子が判り、本当に嬉しい。

先生は、何度も私に、先生のお宅に来るように、おっしゃってくださった。もう、こんな風邪ひきの、軟弱な身体が、つくづく厭になって、すぐにでも、先生のお宅に飛んで行きたいような気持ちになった。きっと先生は、私に教えたいことが山程在るのだとおもう。私も、先生に、もっといろいろなことを御指導して戴きたい。

人生の師匠を「メンター」と呼ぶそうだ。船が暗い海を航海する時に、その方向を照らしてくれる、光明の意味から来ていると、どこかで聴いた記憶がある。大河先生は、まさしく、私の、人生のメンターであられる。

我が恩師、大河満子次先生は、目の不自由な方にマジックを楽しんでもらう為に、点字を覚えたり、耳の不自由な方とコミュニケーションを図る為に手話を学ばれたり、それはそれは、物凄く勉強をされ、努力をされている。

生涯現役を貫く為、昨年は、通信教育で、生涯学習コーディネーターの資格も、86歳で取得された。私も、先生に勧められて、この通信教育を受講したが、正直言って、本当に難しい内容だった。こんな難しい内容を、大河先生は、86歳の病気の身体で、学ばれたのかと思うと、本当に凄い方だと、改めて思った。

これからも、私は大河先生の後を、ずっと、ついて行くつもりだ。どこどこまでも、もう一度、先生とご一緒に、マジックと紙芝居をステージで共演するのが、今の私の望みなのだから・・・・・

                  byみかん

| | コメント (0)

銀杏の葉っぱの絨毯踏んで・・・        2010年12月9日

地下鉄森之宮駅の階段を上がったら、其処は、一面の銀杏の葉っぱが敷きつめられた、まるで黄色い絨毯を敷きつめた散歩道のようだった。

そんなことを思ったのは、ほんの、一瞬で、私はその黄色い道をまっしぐらに進み、本日、平和紙芝居を実演させて戴く、ピースおおさかに向かった。

事務所のドアを開け「おはようございます!」とマスクをしたまま、(レスラーますくとちがうで)元気よく挨拶した。担当の職員さんが出迎えてくださり、入館手続きを済ますと、私は、事務所の方々に「よろしくお願い致します」と挨拶してから、一目散に、紙芝居の会場の講堂に向かって、これまた、突っ走った。(ああ、しんどいけど、痩せへんなあ)

講堂の前のベンチには、もう、既に、本日共演するMさんが、待ってくださっていた。私は、孤独な?療養生活をしていたのが、いっぺんに、なんか気持ちがは~と、楽になって、とても嬉しかった。やっぱり、仲間がいてくださるということは、いいことだ。

程なく、もう一人、共演してくださるSさんも、駆けつけてくださり、これで、女三人揃い組み整いました!

今日は、大阪市内の小学生6年生の児童さん達、70名ずつ、二回に分けて紙芝居を演じさせて戴きました。

一回目 「とびうおのぼうやはびょうきです」(Mさん)

     「父のかお母のかお」 (みかん)

二回目 「かりゆしの海」 (Sさん)

      「のばら」 (みかん)

みんな、最後まで真剣に観てくれている空気を実感出来て、本当に嬉しかった。ほんまは、実演している時、病み上がりで、頭はくらくらするし、喉は痛いし、膝は体重の重みでガタガタするし、もう、最後までやりとげることが出来るかという不安」な気持ちで、演じさせて戴いた。だが、仲間の方の素晴らしい実演と、子供達の真剣な眼差しで、うちは、なんとか、やり遂げることが出来た。

担当の職員さんを初め、照明や音声のスタッフの方々には、本当に何時もお世話になって、有り難い気持ちで一杯です。紙芝居は、お芝居や映画と同じで、演じている人の見えない処で、たくさんの方々の協力があって、実演出来るのだと実感した。

いつでも、どこでも、誰にでも。簡便にお届け出来るのが、紙芝居の良い処やけど、こんな大きな立派な場所で演じさせて戴こうと思ったら、多くの方々の協働が必要なんや。

立派な紙芝居の看板も創って戴き、ホームページにも載せて戴いたんやから、これからも、精進して、紙芝居の練習と学びに励み、細く長く、こちらで紙芝居を演じさせて戴けたら幸甚です。

紙芝居の実演が終わり、子供さん達に挨拶をしたら、みんな笑顔で、展示のコーナーへ向かった。よかった、紙芝居をやらせてもらって、ええ出逢いを、こんなに一杯の子供達とさせてもらえて。紙芝居の実演にご理解戴きました、引率の先生方、本当にありがとうございます。

私達、女三人揃い組(もう、ええっちゅうに!)は、受付の女性の方に挨拶をして、表玄関から、ピースおおさかの建物を出た。そこには、お昼から見学予定の大勢の小学生の児童達が、お弁当を美味しそうに食べていた。

私達は、その子供達と、少し立ち話をして、また、爽やかな気持ちで、銀杏の絨毯の道を踏みしめながら、地下鉄森之宮の駅へと歩いた。ふと、先日、初めて孫を家の近くの公園に連れて行った時、嬉しそうに、にこやかに、落ちている銀杏の葉っぱを小さな手で掴んで、空へ舞い上げて遊んでいたしずるちゃんの姿を思い出した。「まるで、いちょうの葉っぱのプールみたいやなあ」と、私は、心の中の自分に話しかけ、季節の移ろいを愛でることが出来たのだった。★゜・。。・゜゜・。。・゜☆゜・。。・゜゜・。。・゜

                      byみかん

| | コメント (0)

明日は、ピースおおさかですぞ!        2010年12月8日

今から、69年前の今日1941年12月8日、太平洋戦争が起きた。日本軍が、ハワイの真珠湾を攻撃して、アメリカとの戦争が勃発したのだ。否、アメリカだけではなく、ドイツとイタリア以外の全世界と戦争を起こしたと言ってもいいだろう。

この戦争に至った、歴史的事実については、正直、私は、そんなに詳しく知らない。だが、この戦争のプロパガンダとして、紙芝居が、国策紙芝居として利用され、全国津々浦々の日本人が、国策紙芝居を見る機会設け、その内面的な部分で、銃後の護して、多大な影響を与えたことは、確かである。

事実、当時、数多在ったであろう、戦争のプロパガンダで、東京裁判にかけられたのが、唯一、国策紙芝居だけであった。この事実を考えただけでも、国策紙芝居の凄さが想像される。私達、紙芝居文化で歴史を学ぶ時は、国策紙芝居のことを「負の遺産」と呼んでいる。二度と、紙芝居が、戦争の為に利用されない為にも、私達は、紙芝居を通じて、平和の尊さを伝えさせて戴きたい。

明日9日は、午前10時~と11時~、大阪城公園の入り口の、森の宮にある、「ピースおおさか」で、紙芝居を演じさせて戴くことで、平和の希求をお伝えさせて戴く。

戦争が起きて、本気で、心底楽しく、家族や仲間と、お腹を抱えて笑うことが、できる人が居るでしょうか?

今から69年前の今日、1941年12月8日に戦争が始まりました・・・テレビゲームではない死んだ人が二度と生き帰らない本物の戦争です。

                   byみかん

      

       

| | コメント (0)

日本語が通じない!?           2010年12月7日

思いの外、風邪が長引き、今日も安静に休んでいたのだが、夕方、病院へ点滴を打ちに出かけようとして、玄関のポストをふと覗いたら、ずっと前から予約していた、国民休暇村の案内が、入っていた。

小さい時から、商売をしていた我が家では、お正月を旅館でゆっくりと過ごすことなど、一度も出来なかった。それで、思い切って、元日は、もう、満室だったのが、3日の日の予約がとれたので、宿泊することにした。

私は、思わず自宅に引き返し、パソコンで検索して、或るバス会社に予約の電話を入れた。そのてん末が、次のようなやりとりだ。まあ、私も風邪をひいていて、暫く、頭を使っていなかったので、言葉がっしどろもどろだったのかもしれないが、それを百歩譲っても、やっぱり、楽しみにしていた旅行に、水が注された気持ちは、ぬぐえない。以下、その会話

みかん「1月3日に高松に行きたいのですが、宿舎の迎えのバスが15時30分に迎えにくるので、それに間に合うように行きたいのですが・・・」

職員「あの、よく意味が判らないのですが・・・」

みかん「ですから、高松の駅に、午後3じ30分に宿泊先のバスが迎えに来てくれるので、何時のバスに乗ったらいいのでしょうか?11時20分ですか?」と、私は、パソコンで調べた時間を伝えた。

職員「お客様、それは当社のバスの時間ではありません」

みかん「では、何時に乗ったらいいのですか?」

職員「11時10分に乗ると14時45分ですね」

みかん「では、それでお願い致します」

職員「往復でしたら、帰りはどうされますか?」

みかん「高松駅行きの宿舎のバスが9時30分に出ます。」

職員「はあ?」

みかん「10時20分のバスは、そちらにありますか?パソコンで調べたのですが?」

職員「ございます。では、お二人様ですね。お一人7000円です。只今から、予約番号を言いますので、XXXのOOOのVVVです。当日受付の窓口にお申し出下さい。」

このやりとり、一見、なんとも思われない方が、おられるかもしれませんが、最後の予約番号は、物凄い早口で言われ、10時20分のバスが何時に到着するのか、また、7000円の料金が、片道か往復かという説明されることもなく、電話を切られそうになったので、私は、不愉快というより、不安になって、

みかん「すいませんが、すごく早口なので、聞き取りにくいので、復唱させてください。」と、思い切って、言わせてもらった。

いくら、スピード時代やメールやプッシュフォンで、なんでも予約出来る時代になろうが、バスに乗るのは、機械ではない。生身の人間なのだ。私は、この職員さんのみを、批判しているので、このようなやり取りを、細かく記したのでもない。

この電話のやりとりを経験した私は、やはり、人間同士の触れ合いの希薄化と、コミュニケーション能力の欠如(私も含め)そして、何より、日本語の理解力が、特に、はなし言葉が低下しつつある。相手の話を聞いて、相手が何を言いたいのかを理解するには、やはり、こちらの話し方も未熟であったのだが、相手さんも聴く力が、足りていなかったのだと思う。

最近の日本人は、対話力がなくなってきた。相手の言っていることを「一を聴いて十を知る」とまでいかなくても、せめて、「一を聴いて五分は推し測る」努力は、必要だ。そうでなければ、なんか、今の世の中が、ますます、殺伐とした時代になって、「ものの哀れ」などを重んじた、日本人の心が皆無になる時代が、来るのではと、危惧するみかんであった。

まあ、うちも、長いこと、布団に寝ていて、人とあまり話すことなどなくなったから、舌がもつれながら、電話で話していたので、要領が得んかったのじゃろ。バス会社の職員さん、失礼をば、致しました。

                 byみかん

| | コメント (0)

みかんまた風邪か!              2010年12月5日

え~、昔から、美人薄命とは、よく言ったもので、私も、一昨日から熱を出し、怒涛のような咳が出て、皆様に大変、御迷惑をおかけいたしております。

お陰様で、熱は下がりつつあります。咳も、だいぶおさまってきました。今年の風邪は、急激にやって来そうです。私が言うのもなんですが、皆様方も、くれぐれもお身体を労わってください。

幸い、大したこともなく、明日からは、仕事に行けそうです。看病してくれた母には、本当に有り難い気持ちで、一杯です。病気になって、判ることは、健康の有り難さと、家族の存在の価値でんなあ。

また、ぼちぼち、このブログ更新致したいと、おもてます。最近のうちは、ちょっと、突っ走っていたので、お陰で、少し休ませて戴くことがでけました。て、言うことは、美人ではなかったということか?命在ってのものだねでんな。

                   byみかん

| | コメント (0)

12月のみかんの予定            2010年12月2日

いつも、青空みかんのブログを御覧戴き、誠にありがとうございます。いよいよ、今年最後の月を迎えました。一日、一日を大切に遣いたいと願い、今月の私の予定をお知らせさせて戴きます。何時もありがとうございます。

                    記

12月1日(火)     京都大学付属病院小児科病棟 カチカチ座

                午後3時30分~4時15分

12月9日(木)       ピースおおさか(大阪国際平和センター)

                午前10時~ 午前11時~

12月12日(日)  キッズプラザ 紙芝居グループのアドバイザー

                午後1時~4時

12月19日(日)       紙芝居教室in難波 (OKATビル4F)

                大阪市立難波市民学習センター和室にて

                 午後1時30分~4時30分

12月22日(火)       大阪市立西九条小学校 

                 人と人とを結ぶ紙芝居実践講座

                 午後4時~5時

12月26日(日)       全興寺紙芝居 

                 午後2時と3時

以上でございます。今年は寅年ということで、虎のように、突っ走って参りましたが、これからの自分の紙芝居をどのように実を結んで良いのかを、しっかりと考えながら、不器用な生き方しか出来ない、粗忽者ではございますが、青空視観の紙芝居が、皆様のお目に留まれば、幸甚に存じます。これからも、尚一層、精進致し、皆様方に喜んで戴ける紙芝居の文化を構築することに、励んでまいりたいと存じます。何卒、宜しくお願い申し上げます。ありがとうございます。

                      byみかん

| | コメント (0)

人と人とを結ぶ紙芝居実践講座         2010年11月30日

夕方、大阪市立西九条小学校の図書室で、学校の先生方や、教育関係者の方々と、紙芝居の勉強会をさせて戴いた。九月から、月に一度、こちらの学校で、人権教育推進の研修を司っておられる、N先生の計らいで、この講座を為されることになった。

私も、ずっと教育の現場で、学校の先生方が紙芝居を活用してくださることを願っていたので、そのお手伝いをさせて戴くことが出来、本当に嬉しい限りである。

午前中は、高速を往復して、母と一緒に、父の入院する病院に行き、久しぶりの父の痩せた姿を見て、母を残して、一人になった帰りの車の中で、「おとうちゃん、ごめんなー、お父ちゃん、かんにんしてー」と、大声で叫んで、号泣したら、何故か自分の心の整理をすることが出来、自宅に戻ると紙芝居を携えて、電車に飛び乗って、環状線の西九条駅に着いて、約束の時間にぎりぎり間に合って、小学校の正門に辿り着いた。

N先生に、あったかいコーヒーをご馳走になり、教育センターの先生と一緒に、図書室に上がった。部屋に入ると、紙芝居が並べられていて、後は、紙芝居のスタンドに舞台をセットするだけになっていた。さすがに、用意周到整い、私は、自分の持ってきた紙芝居を袋から取り出した。今日のテーマは、平和紙芝居だ。

講座が始まると、私は、まず、国策紙芝居を実演し、平和紙芝居との違いを実感していただいた。その後、松井エイコさんの「二度と」の紙芝居を実演させて戴いた。

テーマが重いので、演じ方というよりは、まずは、紙芝居を実演させて戴くことに徹し、平和紙芝居の意義を、各々の先生方が、ご自身で持ち帰って戴けたら幸いである。

次に、「おかあさんのうた」の紙芝居を、この作品の主人公である、紙芝居実演家の、田中和子さんのお話を取材された、Sさんが実演された。やっぱり、歌声がすばらしかった。

最後に、私が無理を言って、「のばら」を実演させて戴いた。他の平和紙芝居は、みんな実際に遭った戦争の出来事を元に創られた作品であるが、この「のばら」は、国語の教科書にも載った作品で、小川未明の原作を堀尾青史さんが脚本を書き、桜井誠さんが画を描いた寓話である。どこかの国のある老兵と、どこかの国のある若い兵士の深い絆が、一発の大砲の弾が撃たれて、二つの国の間に戦争が起こる。

戦争が、どんなに残酷で、非道なもので、老兵が「おお、はやく春よこい 平和よこい」と叫ぶ処は、私は、自分の父の姿と重ね合わさって、言い様のないやりきれない気持ちが、投影された。父も戦争で、戦場にこそ行かなかったが、青春時代を戦争の為に犠牲になり、生き残ったやりきれなさから、戦後、心が荒んでいた時期があったと、母から聞かされた。

戦争で死ぬのも地獄、生き残るのも、死者に対する後ろ暗さのようなものが、特攻志願だった父には、あったのであろう。戦後、父は、神も仏も信じない、無神論者になってしまったのだ。

戦争を知らない私は、どのように、平和の大切さを伝えていけば良いのか判らないが、こうして、学校の先生方に平和紙芝居を実演させて戴くことで、それだけの意味はあると想う。紙芝居は両刃の刃。ひとたび、使い方を間違うと、国策紙芝居のような、戦争賛美のプロパガンダになってしまう。

私達は、よくよく、心眼を開いて、本当の真実を見抜く眼を開化させる必要があるのだと、私は思う。日本人は、同じ過ちを犯すほど、愚かではないと信じ、これからも、愛と平和の為に、紙芝居の普及に努めたい、みかんである。

今日は、堅苦しい文章になってしまいましたが、最後まで、読んでくださってありがとうございます。明日から、いよいよ、12月・・・一年の締めくくりの月として、毎日を丁寧に生かせて戴きたいと想います。皆様も、寒くなってきましたので、風邪などひかれないよう、ご自愛下さいませ。いつもありがとうございます。

                     byみかん

| | コメント (3)

« 2010年11月 | トップページ | 2011年1月 »