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みかんの大阪市役所デビュー譚       2010年11月16日

最近の私は、お陰様で結構、密度の濃い日々を送っていて、一日を振り返ると、私は、何をしたのか、思い出せない程、有り難いことに、充実した日々を過ごさせて戴いている。

今日は、朝から、大阪市役所の玄関ホールで、従兄弟がマジックをするので、私は、その前座で紙芝居を実演させて戴いた。従兄弟と、私は、大阪市生涯学習インストラクターの人材バンクに登録しているので、今回、大阪市の生涯学習発信ネットワーク事業の一環として、市役所のホールで、私達がランチタイム企画のステージを務めさせて戴いた。

正直言って、大阪市の市役所のホールで紙芝居を演じさせて戴くというこことは、私にとって、本当にステータスな場所であり、有り難い気持ちで一杯だった。担当の大阪市の生涯学習の担当の職員さんも、本当に、万全の行き届いた準備と進行をして戴き、嬉しかった。控え室で、従兄弟と待っている時は、やっぱり緊張して、待っている時間が、凄く長く感じられた。

私は、大人の方に楽しんで戴けるように、また、紙芝居の奥深さを実感して頂けたらと想い、母も勧めた、昔話「たけいっぽん しおいっしょう」を実演させて戴くべく、控え室で、一通り、練習をして、気持ちを落ち着けた。

従兄弟は、でっかいリュックサックに一杯入れた、手品の道具を取り出して、準備にかかっている。私達は、緊張のせいか、口数もだんだんと、少なくなってきた。

もう、準備が、整いすぎて、待ちきれなくなり、三階の控え室から、一階の玄関ホールへと、エレベーターで降りた。会場は、準備が整っていて、後は、紙芝居の舞台と、暗幕を設置して、持参したピンマイクを装備するだけだった。音楽は、従兄弟が、私の好きな「トトロ」の曲を選んでくれていた。

いよいよ、ステージが始まった。車椅子の方も一番前に来てくださった。そして、なんと、うちの母ちゃんも、お越しになlられたではあーりませんか?正直言って、母が、私の紙芝居の本番を観に来てくれたのは、私が、初めて、家の近所のお寺で、花祭りの日に紙芝居をさせてくださいと、押しかけてさせて戴いた時以来だから、もう、何年も前のことで、誠に画期的なことなのである。

そんな、母の姿を尻目に、私は、従兄弟と、オープニングの挨拶をしてから、紙芝居の舞台が置いてある段上に昇った。つまづかんでよかった。ずっこけたらわやや。

私は、何時ものように、ばかでかい声で、広い玄関ホール中に響くような声で、口上を述べて、紙芝居を演じさせて戴いた。観客の方は、私の想像したように、やはり、年配の方が殆どで、数奇な運命の女性の昔話「たけいっぽん しおいっしょう」を、厳かに演じさせて戴いた。

後で、母に言わせると、あの場所では、この作品は少し地味やったとのたまわれたが、私は、さも、ありなん。だが、その後の従兄弟の、健志くんのマジックが、華やかにひきたてば、それで、バランスがとれて良いかと、自分に、言い聞かせた。

健志くんのマジックが、いよいよ、始まった。紙芝居と、マジックの間に、ちょっと間が空いたので、何かトークをしようかと思ったが、やめておいた。彼の集中を削いだら申し訳ないので、私は、静かに、ステージから下りて、観客の方の視野に入らないように、ステージの一番後ろの端から、彼のマジックを見守っていた。

私達に与えられた時間は、30分だったので、私の紙芝居の後、彼には、15分の時間で、バルーン、紐棒、そして、最後は彼の十八番、リングの鮮やかなマジックで、しめられた。

終わりの挨拶は、少しぎこちなかったが、なんとか無事に、「ランチタイム企画」のステージを務めさせて戴けたことが、何より嬉しかった。と、私が、ほっとして、客席の方を見てみると、なんと、うちの母ちゃんが、取材に来ておられた、ケーブルテレビ局の方のカメラが向けられ、インタビューを受けているでは、あ~りませんか?「えっ?なんでやの!」私は、何がなんだかわからなくて、その時まで、取材の方が来られていること知らなかったので、二度びっくりした。

「ああ、うちの母ちゃんも遂に、テレビデビューか・・・」私は、なんだか、嬉しいような、恥ずかしい気持ちで一杯になった。なんでも光フレッツのケーブルテレビ局の方で、幸か不幸か、うちの家では、ケーブルテレビは観れないので、少し、ほっとした。

ステージが終わって、控え室に戻った私達は、従兄弟がプレゼントしてくれた手品の道具を開けて、その手品の手解きをしてもらった。ほんまに、有り難い。今度は私の方も、従兄弟に紙芝居を、お伝えさせてもらおう!

一階のホールに降りると、あの、有名な「はやぶさ」の講演会をされていた。ホールは、聴講の方で一杯だった。私達は、お世話になった職員さん達に、ご挨拶をして、市役所の外に出た。そして、従兄弟は、市役所の玄関の写真を撮っていた。私も、もう、こんな処で何時出来るか判らんから、おんなじように慣れぬ手つきで、カメラのシャッターを押した。

従兄弟は、まだ、若いから、元気があるみたいだったが、私は、緊張と安堵で、どっと、疲れていたので、二人で、淀屋橋から、地下鉄御堂筋線に乗って、健志くんとは、難波で別れた。心なしか、電車を降りる彼の後ろ姿も、少し疲れたようにみえた。「明日から、また、電車の車掌さんの勤務、がんばってや!」と、私は、心の中で彼に、そう呼びかけた。

さあ、うちも、明日から、また、お勤めが始まる。長いようで、あっと言う間に済んでしまった東京の勉強と、紙芝居の実践は、私にとっては、貴重な経験であった。

この学びを、これからも、紙芝居の活動に活かせるように努めたいと、やけに真面目なことを考えながら、家路に着いたみかんであった。帰宅すると、母も、いやにウキウキしていた。やっぱり、テレビカメラの力は偉大だ。母の座っている炬燵のテーブルには「老いてもぼけない云々」と書かれた本が、置かれていた。そんなん、読まんでも充分、大丈夫やで、母ちゃん!

                  byみかん

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コメント

メジャーデビューおめでとうございます\(^O^)/正に「継続は力なり」ですね重ね重ねお疲れ様でした。

投稿: いそちゃん | 2010年11月17日 (水) 06時38分

いそちゃんさん、重ね重ねのエールのメールを戴き、ありがとうございます。メジャーデビューなんて、畏れ多いです。これからも、地道にコツコツと、三歩進んで、二歩下がりながら、歩んで参ります。よろしくお願い致します。
ありがとうございます。
                        みかん

投稿: | 2010年11月17日 (水) 23時59分

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