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2010年11月

みかんの贅沢な一日             2010年11月28日

朝、気持ち良い寝覚めだった。今日は月に一度の、全興寺さんの紙芝居がある日だ。この日を迎えると、うちは、ウキウキ、わくわく、どきどきする。何故かというと、全興寺さんで紙芝居を演じさせて戴く時が、一番、鍛えられるし、また、勉強になる。

朝は、近くの中学校で、学習ボランティアということで、中学生の生徒さんと、数学の勉強をし、お昼ご飯もそこそこに、いざ、全興寺へ出陣!(そないたいそうな)

急いで、何時もの場所に行くと、もう、今にも紙芝居が始まろうとしていた。しまった、しまった、しまくらちよこ?もう、ぎりぎりやんかいさ!うちは、御住職に挨拶をして、すぐに、支度にとりかかった。正直、今日は実演する紙芝居を4作品持って行っていて、自分で、どれをさせて戴こうか迷っていた。

最初は、「にんじんさん だいこんさん ごぼうさん」を取り出していたのだが、一緒に紙芝居を演じられる、おばちるさん(おばさんの子どもという意味)に、「へっこきよめ」にしようかと、迷っているんです。と、いうと、おばちるさんが、「へっこきよめ」の方がいいんとちがう?とおっしゃってくださった。

鈴木常勝さんに「へっこきよめ」やらせていただきます。と。報告すると、鈴木さんは「それで、笑いをぶっとばしてもろて」と、おっしゃってくださった。私は、あんまり自信がなかったが、意を決して、「へっこきよめ」に挑んだ。

結果は、予想以上の反応があって、観客の方が、みんなどっと笑ってくださった。私は、なんか、凄く嬉しくなって、やっぱり、これをやらせてもらってよかったと、思った。紙芝居は、一人で演じるけれど、やっぱり、みんなで、いろいろと相談したり、協力し合うのが、私は楽しいから、ずっと、ここに来させてもらっている。

3時からは、鈴木さんの新作の紙芝居を、じいーっと見入ってしまった。恐い話やったけど、ぐぐっと鈴木さんの話術と紙芝居の絵の迫力で、私は、完全に観客の気持ちで、見入ってしまった。ほんまに、紙芝居て、おもしろいもんやなあと、改めて実感した。

さすがに、11月の最後の日曜日ということで、寒くて、冷えて来たけれど、子供達も大勢、観に来てくれた。紙芝居が終わった後、鈴木さんのリードで、わんぱくそうな男の子達数人と、「あっちむいてホイ」のゲームをして、買った子供達が、鈴木さんから、ソースせんべいをもらっていた。負けた子も、サービスで、一枚、おせんべいをもらって、嬉しそうだった。

紙芝居が終わると、今日は、解散して(一緒に反省会?する時もある)私は、平野図書館へ、予約していた紙芝居を借りに行った。図書館から、また、直行で、家の近くのお寺で、林家染二師匠の落語会があったので、芸のコヤシにと、聴きに行かせてもらった。実は、この林家染二師匠は、私の卒業した高校の、一応、後輩にあたる方で、自宅も東住吉区にお住まいである。だから、すんごく御迷惑かもしれんけど、時々、師匠の落語を聞かせて戴いて、勉強させて戴いている次第です。

今日は、露の眞さんという、女性の落語家さんが、トップを務められ、歯切れの良い口調で、「道灌」の落語をされた。その次に染二師匠が、高座に上がられて、もう、客席を笑いの渦に巻き込んだ。さすがは、芸暦27年のキャリア。凄い。最初の外題は「ちしゃ医者」じょうずに、枕にご自身の胃カメラの検査や、近所のスイミングスクールに通われた時の話を持ってこられて、自然に本題に入る話術は、さすがやと感心して、聴いていた。

中入り後は、講談の旭堂南青さん、これまた、うちの高校の後輩の方やそうです。もう、同窓会みたいな感じやけど、そんな馴れ合いは、全く感じさせず、まだ、30歳という若さで、「赤穂義士外伝の忠義元介」を、よどみなく、しかも情感豊かに講談された。最後の場面で、赤穂義士が、見事、吉良の首を討ち取り、凱旋している時に、義士の家来の中元である元介が、抱えきれないくらいの蜜柑を一杯持って来て、主君や大石内蔵助を初め、全員の討ち入りで乾いた喉を、蜜柑をふるまって、潤したというのを聴いて、私は、自分の名前をみかんにして、本当に良かったと思い、嬉しかった。南青はん、これからも応援してまっせ!講談は地味やけど、やっぱり奥が深い。ずっと、これからも続けていっておくれやす。

なんか、長い解説になりましたが、最後は、染二師匠が「植木屋娘」を演じられ、もう、観客の皆さんは、心から満足して、帰られた。今日が「龍馬伝」の最終回だということも、考慮されたのかどうかは、定かでないが、7時頃にお開きとなった。

朝から晩まで、あっちこっち駆け回り、目まぐるしい一日が過ぎた。だが、満ち足りた幸福感を味わいながら、お茶の間で「龍馬伝」をしっかりと観させてもらえた。こんな贅沢な日を過ごさせて戴いて、ほんまに、うちは、果報者や。龍馬はんも、きっと、毎日を精一杯生きはったんやなあ~

       

                     byみかん

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駄作「からまわり」              2010年11月26日

       からまわり 

                 山口朗鳳

  こだわるからしんどい、しんどいからこだわる

  こだわりとしんどいは、くるくるとからまわり

  からまわりやから、まえもうしろにもすすまへん

  なんもかわらんし、なんもええことあらへん

  こんまいことですやん

  みてみなはれ、おつきさんやおほしさんを

  そらみたら、うちらにんげんなんてこんまいもんでんなあ

  こんまいもんやけど、いのちがかがやいてまんねん

  せやから、もうすんだことわすれてしまいなはれ

  かことたにんはかえれん

  かえれるのはうちだけや

  そんなかんたんなこともわからんと

  いつもからまわりしながらでも

  ひっしにまえにすすもうとしながら

  ひっくりかえったあぶらむしみたいに

  もがきながらいきてるんや

  でも、またもとにおもてがえって

  あしたもまえにすすもうと

  けんめいにいきているうちが

  このごろは、けっこうすきになってきましたんや

  いや、ほんまに・・・

♪:;;;:♪:;;;:♪:;;;:♪:;;;:♪:;;;:♪:;;;:♪:;;;:♪:;;;:♪:;;;:♪:;;;:

 

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みかん再活始まる!              2010年11月24日

昨日のひとたびの休日を憩い、今日から再び活動をはじめるのだった。名付けて、再活?こんな言葉あったっけ?まあ、ええか、細かいことは気にせんことが、一番肝要。

今日の活動は、地域の親子サロン。赤ちゃんとお母さんの居場所にお邪魔して、紙芝居を楽しんで戴く。赤ちゃん紙芝居については、まだまだ、勉強することが多々あるけんど、ここの親子サロンで紙芝居を演じさせてもろうて、約3年くらいになる。石の上にも3年という諺があるように、私も最初は、かなりとまどっていたが、最近は、だいぶ赤ちゃんにも観てもらっているのだという手応えを実感出来るようになって来た・・・・かなあ?

今日の田辺親子サロンのプログラム

  始まりの歌

 「ぞうさんのおやつ」

 「のーびたのびた」

 童謡 「ぞうさん」の歌

 手遊び「お弁当箱の歌」

 「大きなぼうし」

 童謡「どんぐりころころ」

今日は、このように、ぞうさんをテーマにまとめてみました。て、言うか、プログラムを決めたら、偶然、こうなりました。ぞうさんというのは、鼻が長くて、大きくて、赤ちゃんにとっても、インパクトの在る動物の一つだと思いました。一人の二歳くらいの男の子が、「ぞうさん、ぞうさん」と、大きな声で呼んでくれて、とっても嬉しかったです。

親子サロンを終えると、うちは、担当のボランティアさんに見送られ、風のように立ち去った。(そんな、かっこええもんちゃうやろ。)そして、自宅に紙芝居の道具を置いて、いざ、仕事に出かけた。

通勤電車に揺られ、ああ、今日も子供達が待っている職場に(待ってへんがな。)青空視観は、秋空のように志を高く携え、背は低いけど・・・一歩ずつ歩むのであった。かっこええのお~

                byみかん

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日本人よ、どうする?             2010年11月23日

鮮やかな紅葉を愛でて、疲れた心を癒していた勤労感謝の祝日の日に、突如、お隣の韓国で起きた銃撃戦のニュースが、飛び込んで来た。

完全オフ日に充てて、お茶の間のこたつの前で、テレビを観ていたうちの目に、そのニュースが放送された時、動じるというよりも、犠牲者の兵士や、ご家族のことを思うと、本当にやりきれない気持ちで一杯になった。

おんなじ人間同士が、それも、元はおんなじ国の人同士が、どうして殺し合わなければならないのか?私は、その日、月に一度、「ピースおおさか」で平和紙芝居を実演させているので、その担当の職員さんと連絡をして、来月はどの紙芝居を演じさせて戴くかを相談していた矢先だった。

戦争を知らない私が、戦争を判らない子供達に、何を以って、戦争の悲惨さや酷さを、実感してもらえるのか、悩みに悩んだ。そして、小川未明原作の「のばら」の紙芝居を実演させて戴くことに決めた。戦争は知らないが、ひとたび戦争が起きると、深い人間同士の絆が断たれ、死んだ若い兵士はもとより、生き残った老兵士の「あの若者の墓を弔いたいものだ。もう一度将棋を指したいものだ・・・」という最後の場面が、言いようも無く、この現実に起きた戦いと、自分の心の中でだぶついてくるのだ。

日本人の皆様、今こそ私達は、半径50センチ以内の自分に関係ないことしか見ない時から、もっと視野を広げ、どうしたら日本の国の人々、そして、世界中の人類が平和で幸せになれるのかを、みんなで考える時期が来たのだと、私は想うのです。

生意気なようですが、太平の世は、もう、とっくの昔に過ぎ去り、私達がもっと主体的に生きていくことの必要性が重視されて来たのではないでしょうか?

真の平和は、対話を措いて外、ないのではないでしょうか?私は、「いいな、いいな、人間ていいな」と、何時も心の中で歌っています。そんな時代になれるように、私は次代を担う子供達に手渡したいのです。微力だけれど・・・・・゜・。。・゜゜・。。・゜☆゜・。。・゜゜・。。・゜

                     byみかん

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みかんのながい一日              2010年11月21日

秋晴れの日曜日、私は、長居植物園の「オータムフエア2010」というイベントで、植物園の中の芝生広場で、「秋のわくわくどきどきランド」というコーナーで、自分が、わくわくというか、ドキドキで、紙芝居を実演させて戴いた。

5月のゴールデンウイークに、同じ場所で、青空視観紙芝居教室の方々とご一緒に、紙芝居を演じさせて戴いたので、大体の場所の雰囲気は、把握しているつもりだった。だが、、今日は、お昼から、難波市民学習センターで、その自分の紙芝居教室が在る日なので、物理的に、うち一人で、紙芝居の実演をさせて戴く外なかった。

お話を戴いた、アクションプラン東住吉の皆様方には、本当は、午後からも紙芝居の実演があるのだが、無理を言って、11時~と12時~の二回のみ、口演させて戴いた。(午後からは、アクションプラン東住吉のT様が実演された。ありがとうございます。)

会場の長居植物園は、本日は「関西文化の日」ということで、無料開放ということもあって、家族連れで、続々とお客さんが入場して来られた。かなり奥まった場所だったにも拘わらず、うちの紙芝居が始まると、有り難いことに次々と、観客の方がお集まりくださった。

本日の実演の紙芝居のプログラム

1回目 11時~11時30分

     はじまりの歌

     「三丁目のわんぱくケンタ」

     「野菜クイズ」

     昔話「きつねのなきいろ」

2回目 12時~12時30分

     はじまりの歌

     「クレヨンさんのけんか」

     「どっちだ」

     「ごきげんのわるいコックさん」

そして、みかんは、これらの実演を終えさせて戴くと、ママチャリに乗って、風のように地下鉄谷町線田辺駅へ、すっ飛んだ。そして、ひたすら、皆さんが待っておられる、OKATビルに在る、難波市民学習センターの教室へと、目がけた。う~ん!若い?

教室へ入る前に急いで、受付の方に来月のお部屋代を払い、資料をコピーして、一目散に教室のある第一会議室へ入った。皆さんには、うちが到着するまで、発声練習をして戴くようにお願いしていたので、ちょうど、それが、終わった時だったので、なんとか間に合った。皆様、ほんまにありがとうございます。

今日は、新しく来られた方もおられたし、難波教室に初めて来られた方もいらっしゃったので、改めて、紙芝居の歴史で、そのルーツと発生、そして、今の時代に紙芝居を学ぶ意義というのを、今年の夏に、横浜歴史博物館に、紙芝居のルーツである、「立ち絵」と「覗きからくり」を見に行ったので、その写真を紹介しながら、解説させて戴いた。

また、先日、紙芝居文化の総会で学ばせて戴いたことも活かせて、皆様に、紙芝居の先駆性というものを実感して頂けたら、有り難い。

後半は、いつも、出席してくださる方全員に、紙芝居を実演して戴いて、皆さんと共に、いろいろな紙芝居を観ることと、その演じ方を共有させて戴くことに努めている。紙芝居の研究や、学びは、まだまだ、未開の分野だと、うちは、自分でも実感している。だからこそ、紙芝居のことを、学び、そして、演じるという実践の、二つのことを踏まえて、深めていきたいと想っている。

本日、紙芝居教室にご出席くださった方が、このブログで、私の紙芝居の活動を、もっと詳らかに紹介して欲しいとの、お声をかけて戴いたので、今日は、長居植物園での実演と、紙芝居教室の模様を、紹介させて戴いた。

長居植物園では、アクションプランの役員の皆様に、荷物を持って戴いたり、焼き芋やおでんをご馳走くださって、本当にお世話になり、ありがとうございます。一回目の紙芝居が終わって、ほっとしていた時、後ろから駆け寄って来てくれた、3~4歳くらいの男の子が、「さようなら!」と言って、挨拶に来てくれた時は、本当に嬉しかった。

紙芝居をやらせて戴いて、自己満足や勘違いなことも多々あるかもしれまへんけど、道なき道を、分け入りながら、青空視観は、これからも、紙芝居という道を辿りながら、希望という道標を頼りに、歩んで生きたいと想います。

今日は長居で、長いような、それでいて瞬く間の時間を過ごし、難波の紙芝居教室で、熱い想いでいてながら、冷や汗をかきかき、講義する、完熟したみかんになれたと、勘違いしている、みかんであった。あ~、いつもながら、ながい、だらだらした作文になってしもて、えらいすんません。

                       byみかん

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今年の紅葉はいい感じ!           2010年11月19日

最近の世の中で、一番足りないもの。それは、ユーモアを解する笑いやとおもう。国会中継観てても、もう、眉間に皺を一杯つくって、答えになってないとか、何回もおんなじ答弁を鸚鵡返しに言うたら、また、いきりたつ。

なんかさあ~余裕て、言うのか。間を持つというか、そんな話術に長けて、冗談の一つでもとばしても、場の空気を和らげた方が、共感を得られるとおもうんやけど、うちは・・・・

そら、国の最高立法の機関やから、場を弁えろと言われたらそれまでやけど、なんか、崖っぷちに追い込んだ獅子を、突き落とすような、そんな、緊迫感というよりも、悲壮感が、漂うている。

こんなにも、日本人が殺伐としてきたのは、やはり、自然に親しむ気持ちや、星空と会話をするような感性がなくなってきたからだろう。だが、唯一、今年の秋の紅葉は、例年になく美しいそうだ。何故なら、あの過酷な夏の気温と、秋になってからの温暖差が大きかったことと、11月に適度な雨が降ったからだそうだ。

人間も、この紅葉のように、過酷な状況に遭い、人生の雨に降られて、本当に苦労した人が、晩年にその美しい紅葉を、得ることができるのかもしれない。

今日の毎日新聞の夕刊に、漫談家の綾小路きみまろさんの特集が載っていた。きみまろさんは、苦節30年の年月を経て、今の時代に欠けている、中高年の方をターゲットにした「笑い」の必要性を実感し、自腹で、ご自身の漫談のカセットテープを3000セットつくり、団体バスに、無料で配ったそうだ。

これで、駄目だったら、もう、芸能界を辞めようと、腹をくくり、奥様と一緒に、夜を徹して、テープを復元されたという。そして、そのテープを国内の団体バス旅行のお客様に配布して回った。

ほんとうに、苦肉の策というよりも、自身の身を崖っぷちに追いやり、必死で耐えてこられた努力の結果が、今のきみまろさんをスターの地位にのし上げたのだろう。

でも、慢心することなく、謙虚に、何時も、新しい時代の笑いを磨く心と姿勢には、本当に頭が下がる。最近のうちは、気持ちの余裕がなくなって、笑いの扇子、ちゃうわ、センスに欠けていると、反省している。

代々、なんでもうちの家系は、まじめくさった顔で、おもしろいことを言う家系だそうだ。うちの、父方のお祖父ちゃんも、そんな人だったと聞く。そんな血をひいているうちも、あほなこと言うて、みんなに笑ってもらうことが、何より嬉しい。

「笑い」と「お笑い」の違いは、自分を笑い跳ばすことと、人をちゃかして笑いを求めることやと、うちは思う。勿論、うちは、「笑い」の方が好きや。「お」は、要りまへん。

話の論点が、だんだんずれて来るのが、このブログの持ち味?でして、今日は、何が言いたいかと申しますと、美しい紅葉のように、人間も、ほんまの意味で、苦労して、揉まれて、初めて、美しく晩年に、色づくのどすなあ~(出たー!久しぶりの京都弁。もう、ええっちゅうに!)そういう人間に、うちもあやかりたい。ああ、あやかりたい。まだまだ未熟者のの、修行の身ではございますので、尚一層、これからも精進致したいと想います。何卒、宜しゅう、おたの申します。

                   byみかん

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今の世は平成の幕末か?                2010年11月17日

私の好きな論語に、「過ぎたるは猶(なお)及ばざるが如し」という言葉がある。何故、この言葉が好きなのかと云うと、これは、なんでも熱中し過ぎて、我を忘れて、冷静さを失った時に、この言葉を、自分の戒めの言葉として、問い返すのだ。

尤も、この言葉が、今の自分の行動にあてはまるかどうかを見極めるには、まだまだ人生勉強が必要だ。

その「過ぎたるは及ばざるが如し」という現象が、今の世の中でも、蔓延っている。物と情報が氾濫し、自分の思い通りになりたいことは、たいがい叶えられる。食べたい物は、スーパーや、コンビにに行けばすぐに手に入るし、知りたい情報があれば、パソコンで検索すれば、すぐに判る。友人に伝えたいことが在れば、メールを送るだけで、すぐに知らせることが出来る。

こんなに豊かになったのに、何ゆえ、最近の新聞を見ると、中学生の少年が相次いで、自殺を図ったり、先日は、小学校6年生の女の子が、同じように、自ら命を断つのであろうか?

それらのニュースを聞くにつけ、見る度に、胸が潰れるような、悲しい気持ちになる。日本人は、武士の心得というものがあって、死ぬことを潔しとして、美化する傾向がある。

その上、今の現代社会の日本人は、ほとんどの人が、信仰する宗教というものがない。(自分も含めて)では、何を、一体信じたら良いのか?それは、自分自身の心しかないのである。これを、私は、「絶対的価値観」と、自分で勝手に名付けた。

自分を信じることは、なかなか大変なことだ。だが、自分を信じることが出来て、初めて人を信じることが出来るのでは、ないだろうか?

私自身も、自分自身を卑下し、人間が信じられないと思ったことがある。そして、死を選ぼうとしたことも、嘗てはあった。そんな自分を救ってくれたのは、子供達の声であった。生死の淵を彷徨っていた時、子供達の声が、はっきりと私の耳に聞こえて来たのだ。

私は、その時、「こんなことをしていてはいけない。子供達が、私の紙芝居を見ようと、待ってくれている!」と、はたと、気持ちを切り換えることが出来て、そこできっぱりと、死神と別れることが出来たのだ。

信じてもらえなくても、別段、構わない。何が言いたいかと言えば、「絶対的価値観」を持つことは、そんなに難しいことではない。「過ぎたるは猶及ばざるが如し」を実践すれば良いのだ。一見、矛盾したことを言っているようだが、物事を一方向からばかり見てしまうと、どうしても、ネガティブな感情が、先行してしまう。自分自身の主軸を定めるべく、物事の本質を見極める心「絶対的価値観」を通して、いろいろな見方をする柔軟性を持つことが、一番素晴らしいと、私は思う。

こんな、混沌としている時代だからこそ、世は、平成の幕末に似たり。不安な気持ちを持つことは、否めないが、個の確立と、他との協調心を養うことが、今の時代に、急務なのではないだろうか?

いささか、理屈っぽくなったみかんである。いか~ん!柔らかに、しなやかに、爽やかにまいりませう。

                byみかん

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みかんの大阪市役所デビュー譚       2010年11月16日

最近の私は、お陰様で結構、密度の濃い日々を送っていて、一日を振り返ると、私は、何をしたのか、思い出せない程、有り難いことに、充実した日々を過ごさせて戴いている。

今日は、朝から、大阪市役所の玄関ホールで、従兄弟がマジックをするので、私は、その前座で紙芝居を実演させて戴いた。従兄弟と、私は、大阪市生涯学習インストラクターの人材バンクに登録しているので、今回、大阪市の生涯学習発信ネットワーク事業の一環として、市役所のホールで、私達がランチタイム企画のステージを務めさせて戴いた。

正直言って、大阪市の市役所のホールで紙芝居を演じさせて戴くというこことは、私にとって、本当にステータスな場所であり、有り難い気持ちで一杯だった。担当の大阪市の生涯学習の担当の職員さんも、本当に、万全の行き届いた準備と進行をして戴き、嬉しかった。控え室で、従兄弟と待っている時は、やっぱり緊張して、待っている時間が、凄く長く感じられた。

私は、大人の方に楽しんで戴けるように、また、紙芝居の奥深さを実感して頂けたらと想い、母も勧めた、昔話「たけいっぽん しおいっしょう」を実演させて戴くべく、控え室で、一通り、練習をして、気持ちを落ち着けた。

従兄弟は、でっかいリュックサックに一杯入れた、手品の道具を取り出して、準備にかかっている。私達は、緊張のせいか、口数もだんだんと、少なくなってきた。

もう、準備が、整いすぎて、待ちきれなくなり、三階の控え室から、一階の玄関ホールへと、エレベーターで降りた。会場は、準備が整っていて、後は、紙芝居の舞台と、暗幕を設置して、持参したピンマイクを装備するだけだった。音楽は、従兄弟が、私の好きな「トトロ」の曲を選んでくれていた。

いよいよ、ステージが始まった。車椅子の方も一番前に来てくださった。そして、なんと、うちの母ちゃんも、お越しになlられたではあーりませんか?正直言って、母が、私の紙芝居の本番を観に来てくれたのは、私が、初めて、家の近所のお寺で、花祭りの日に紙芝居をさせてくださいと、押しかけてさせて戴いた時以来だから、もう、何年も前のことで、誠に画期的なことなのである。

そんな、母の姿を尻目に、私は、従兄弟と、オープニングの挨拶をしてから、紙芝居の舞台が置いてある段上に昇った。つまづかんでよかった。ずっこけたらわやや。

私は、何時ものように、ばかでかい声で、広い玄関ホール中に響くような声で、口上を述べて、紙芝居を演じさせて戴いた。観客の方は、私の想像したように、やはり、年配の方が殆どで、数奇な運命の女性の昔話「たけいっぽん しおいっしょう」を、厳かに演じさせて戴いた。

後で、母に言わせると、あの場所では、この作品は少し地味やったとのたまわれたが、私は、さも、ありなん。だが、その後の従兄弟の、健志くんのマジックが、華やかにひきたてば、それで、バランスがとれて良いかと、自分に、言い聞かせた。

健志くんのマジックが、いよいよ、始まった。紙芝居と、マジックの間に、ちょっと間が空いたので、何かトークをしようかと思ったが、やめておいた。彼の集中を削いだら申し訳ないので、私は、静かに、ステージから下りて、観客の方の視野に入らないように、ステージの一番後ろの端から、彼のマジックを見守っていた。

私達に与えられた時間は、30分だったので、私の紙芝居の後、彼には、15分の時間で、バルーン、紐棒、そして、最後は彼の十八番、リングの鮮やかなマジックで、しめられた。

終わりの挨拶は、少しぎこちなかったが、なんとか無事に、「ランチタイム企画」のステージを務めさせて戴けたことが、何より嬉しかった。と、私が、ほっとして、客席の方を見てみると、なんと、うちの母ちゃんが、取材に来ておられた、ケーブルテレビ局の方のカメラが向けられ、インタビューを受けているでは、あ~りませんか?「えっ?なんでやの!」私は、何がなんだかわからなくて、その時まで、取材の方が来られていること知らなかったので、二度びっくりした。

「ああ、うちの母ちゃんも遂に、テレビデビューか・・・」私は、なんだか、嬉しいような、恥ずかしい気持ちで一杯になった。なんでも光フレッツのケーブルテレビ局の方で、幸か不幸か、うちの家では、ケーブルテレビは観れないので、少し、ほっとした。

ステージが終わって、控え室に戻った私達は、従兄弟がプレゼントしてくれた手品の道具を開けて、その手品の手解きをしてもらった。ほんまに、有り難い。今度は私の方も、従兄弟に紙芝居を、お伝えさせてもらおう!

一階のホールに降りると、あの、有名な「はやぶさ」の講演会をされていた。ホールは、聴講の方で一杯だった。私達は、お世話になった職員さん達に、ご挨拶をして、市役所の外に出た。そして、従兄弟は、市役所の玄関の写真を撮っていた。私も、もう、こんな処で何時出来るか判らんから、おんなじように慣れぬ手つきで、カメラのシャッターを押した。

従兄弟は、まだ、若いから、元気があるみたいだったが、私は、緊張と安堵で、どっと、疲れていたので、二人で、淀屋橋から、地下鉄御堂筋線に乗って、健志くんとは、難波で別れた。心なしか、電車を降りる彼の後ろ姿も、少し疲れたようにみえた。「明日から、また、電車の車掌さんの勤務、がんばってや!」と、私は、心の中で彼に、そう呼びかけた。

さあ、うちも、明日から、また、お勤めが始まる。長いようで、あっと言う間に済んでしまった東京の勉強と、紙芝居の実践は、私にとっては、貴重な経験であった。

この学びを、これからも、紙芝居の活動に活かせるように努めたいと、やけに真面目なことを考えながら、家路に着いたみかんであった。帰宅すると、母も、いやにウキウキしていた。やっぱり、テレビカメラの力は偉大だ。母の座っている炬燵のテーブルには「老いてもぼけない云々」と書かれた本が、置かれていた。そんなん、読まんでも充分、大丈夫やで、母ちゃん!

                  byみかん

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そうかいはそうかいだった?           2010年11月14日

13日、14日と、東京の紙芝居文化の会の総会に出席させて戴いた。全国から、紙芝居の熱い想いを抱いて、150名の会員が、結集した。

そして、ホテルの一室で、二日間、朝から晩まで、紙芝居三昧の日を過ごした。紙芝居の演じ方はもとより、外国語で紙芝居、紙芝居の実演会と続き、食事をする時間もそこそこに、ただひたすら、紙芝居のことについて、学びを深め、仲間の方との輪を広げていくという、「紙芝居の日」というのがあれば、そう呼ばせてもらいたい二日間であった。

この総会に出席させて戴いて考えるに、何ゆえ、紙芝居とは、こうも人々の心の奥底に入りこみ、とりこにするのか?それは、一言で言わせてもらえれば、紙芝居の持つ資質が、日本人の心の本質を突いているからであるからだと、私は思う。

少し前までは、紙芝居は絵本と較べて、文化的に一段低いものと思われていたが、今は、幸か不幸か、スポットを浴び始めて来た。それは、紙芝居の持つ特性、共感力に在ると考える。

日本の現代社会人に、今一番欠けているのは、この、共感力と、コミュニケーション能力であろう。紙芝居は、この二つの要素を見事に兼ね合わせている文化であるのだ。もっとも、共感とコミュニケーションは、表裏一体であるのであるが、孤独な現代社会人の求めているものが、まさしく、紙芝居ならではの特性と合致したのだ。

私達に課せられた事は、この時代のニーズにマッチしてしまった、この紙芝居という素材を、本物の文化として確立していくことであると、私は思う。

総会では、私は、本当に勉強三昧で、その本質をゆっくりと思慮する余裕がなかった。だが、自宅に帰り着いて、こうして思い返してみると、改めて、紙芝居の普及する意味が、とてちもなく大きな意味合いが在ることに気づかされて、自分でもおどろいている次第である。

だが、学ぶということは、そういう自分自身が、気づくことに尽きるのだと悟ると、何がしか、心の奥深くから、じわっと、何か温かい気持ちが、吹き上がって来て、爽快な気分になるから、不思議だ。

おそらく、学ぶということは、知識を得ることではなく、このような爽やかな達成感を実感することを得る為に、努力することなのではないだろうか?

150名の会員の皆様が、みんな、そんな気持ちを実感出来たなら、この総会は意義の在るものであると、位置づけるこたが出来る。

総会を開催してくださった、運営委員の方々、本当にありがとうございます。そして、お疲れ様でございました。紙芝居は、これからも空高く、世界中に羽ばたいていくことでしょう!

               byみかん

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みかんの戯言(たわごと)         2010年11月11日

最近の私は、すこうし、パワーダウンしているようで、すんません。なかなか、このブログを更新できんと・・・

最近の私は、布団に入ったら、すぐに寝てしまうようで、すんません。なかなか、パソコンの前に座れんと・・・

最近の私は、かなり、自分自身と向き合うことをきらっているようで、すんません。なかなか、つぶやくことができしまへんで・・・

最近の私は、そうとう、ネット社会の恐ろしさに怯えているようで、すんません。なかなか、書き込みするのが遠のいて・・・

最近の私は、いたく、日常生活に忙殺されているようで、すんません。正直、言い訳ばっか、しているようで・・・

こんな自分に、嫌気がさすこともあるけんど、結構、ようやってるやん!と、自分で自分を認めて、上げたり、下げたり、シーソーみたいに、自分の心が揺れ動いています。

うちって、結構、ナイーブ?やったんか!なんて、今頃気がつく鈍感者で、それでも、やっぱり、自分の意地を押し通す頑固もんですね。

昭和2けたの、戦後生まれは、結構、大勢いるけんど、うちらが生まれた頃は、「もはや戦後ではない」という時代やけど、まだ、人と人との温かい触れ合いが、平凡な毎日の中の当たり前のことやった。

だのに、何故に、こんな豊かな、平成2けたの時代になって、人々の心がすさんで来たのであろうか?

その原因は、いろいろあって、交錯しとるとおもうから、一概に言えんけど、うちも、この時代の中を泳いでいかならん。

浮くことも、沈むこともでけへんねんやったら、犬掻きでもなんでも、手足をバタつかせて、泳いでいくしかないですね。

何が言いたいねん?一体全体・・・すんまへん。こんな言葉しか出てきまへん。でも、確実に、時代の変遷のウネリを実感する、今日この頃の私です。

だから、そのウネリに、呑み込まれそうにならんよう、上手に、休み休み、毎日を生かせてもらいたいと想います。

                    byみかん

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みかん、坐骨神経痛になる           2010年11月8日

せやけど、まあ、なんでんな、よる年波にはかないまへんわ。先週の土曜日の朝から、朝、起きたら腰が痛くてたまりませんでしたんや。ほんで、また、いつものように、体重が支えられんと、腰骨が悲鳴をあげているのかと、軽く考え、シップを貼ってごまかしていました。

そしたら、今日になって、もう、我慢がでけへんくらい腰が痛くて、歩くのもやっとこさでしたので、何時も通っている、鍼灸院で診てもらいました。その時は、ぎっくり腰みたいな診たてでしたが、鍼の先生が、夜、もう一度きてくださいと、おっしゃったので、私は、これは、やっぱり、気をつけねばと思い、そのまま、出勤しました。

仕事の帰り、鍼灸院に行って、「どうですか?」と尋ねられたんで、「あきまへんわ。足までひびいてきよります。」と、私は応えた。「それは、どうも、坐骨神経痛の気がありますね。」と、女先生が、おっしゃった。「えっ!ザコツ神経痛?」私は、その病名を聞いて、驚いた。

さも、ありなん。昨日も、腰が痛かったのだが、また、あほほど重い荷物を持って、堺の「けやき通りの文化の集い」に行かせて戴いたのだ。えっ?一体、何を持っていったんかて?それは、紙芝居を、初めての場所で演じさせて戴くので、6~7作と、拍子木、太鼓、マイクにカメラ、化粧道具に、マジック、ガムテープ等など。

幸い、紙芝居の舞台と暗幕は、会場で用意して戴くことになっているので、助かりました。それと、水飴と割り箸、おせんべいと、ラムネ・・・うちは、朝、これだけの荷物を両手に提げて、駅に向かった時、腰の痛みで、もう、生きて帰れるのかと、真剣に悩んだ。

そやけんど、そんな、弱音は吐いてられへんから、勢いで、その日は、なんとか耐えられたけど、さすがに、イベントが終わって、家に辿り着いた時は、もう、息も絶え絶えで、「うちは、これから、後何年、こんな活動がでけるんやろか・・・」なんて、弱腰になってしもうた。

そして、お風呂に入って、もう、二度と再び、お布団から、這い出ることはできなかったのであった。そして、今朝、鍼灸院で、治療してもらい、夜も、同じ所で、思いっきり、お尻と足に鍼を打ってもらい、なんとか、痛みが和らいできたのだ。

鍼灸院から、帰る時、女先生が、「まあ、今日が、一番、お大事にしてくださいね。」と優しく言ってくださった。うちも、そう、思う。幸い、今度の木曜日の「ピースおおさか」まで、仕事は行かないといけないが、紙芝居の活動はない。まあ、おとなしくしていたら、日にち薬で、痛みもやわらいでくるやろう。

相変わらず、アバウトな性格が、幸いしているのか、そうでないのかは、定かではないが、老いていくということは、こんなことの繰り返しなのであろうと、悟った、みかんであった。もう、若くはない。けど、今が一番若いのや!今を大切に生きていこ!

                 byみかん

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いろんなことが、ありまして            2010年11月6日

「いく時代かがありまして、茶色い戦争ありました」というフレーズは、中原中也の詩「サーカス」ので出しである。そんな、詩をもじる訳ではないが、ここ数日、私、青空みかんも、いろんなことが、ありました。

いく日がありまして、いろんなことがありました

いく日がありまして、冬が近いのにに木枯らし吹かず

紙芝居劇場 低い台

のんどがかれます 声はりあげたら

落下しないでと、しっかり片手で押さえ

観客さまは、皆、にこにこ

ポワーンポヤン ポワポヤン 

なんか、へんなパロディーになってしまいましたが、要するに、うちは、これから紙芝居と、どう付き合っていきたいかと、自分自身に、常に問いかけているのです。

それは、時には、憧れであり、また、時には、甘い蜜のようであり、そうかと思えば、悪魔のように、自分の心に襲い掛かって来ることもあるし、紙芝居に呑まれてしまう自分と闘う時もあるのです。

なんで、こんなにしんどいことをやろうと決めたのか?それは、やはり、紙芝居で、みんなが幸せになれると、信じたからです。紙芝居のお陰で、自分を信じ、人間を信じることが出来た私は、紙芝居を、もっとほんまもんに磨きあげて、時代に手渡したいという、大それた気持ちになっているのです。

紙芝居のほんまもんて、なんでっしやろ?それは、やっぱり、大人の方が観ても、笑って泣けて、感動してもらえる、優れた作品を演じきることだと想います。

なかなか、難しいことですけど、あんまり、根つめんと、これからも、ぼちぼちと勉強していきます。

明日は、堺の街造りのイベント「けやき通り文化の集い」です。堺の皆様、宜しくお願い致します。

あっ!そうや、2,3日前に、娘と孫達と一緒に「ひらかたパーク」に行って来ました。菊人形は、見れんかったけんど、上の孫の静流ちゃんは、アンパンマンの乗り物を見て、興奮していました。きっと、その日の晩は、アンパンマンの夢を見たでしょう。

アンパンマンは、悪いバイキンマンをやっつけるだけでなく、困ったひとを見つけると、自分の頭のあんこを分けて、助けるのだそうです。これこそ、本物のヒーローですね。

日本の国には、今、本物のヒーローが登場しないから、みんな、不安なのですね。どうなるのか?日本丸!

                   byみかん

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みかんせいのみかん?            2010年11月3日

今日、11月3日は文化の日だ。ということでもないのだが、私、青空みかんも、珍しく本日は、午前中は、部屋の片付けや、お掃除を致し、午後からと、夜に、みっちりと、紙芝居のお稽古に励みました。

今度の7日に、堺の街造りのイベント「けやき通りの文化の集い」や、再来週の火曜日の16日に、大阪市役所の玄関ホールで、私の従兄弟とコラボレーションして、従兄弟のマジックと私の紙芝居を、ランチタイムに、お勤めの方々に披露させて戴く。それと、なんと言っても、明後日の5日、学校の先生方、しかも若い先生方の前で、紙芝居の講義と実演をさせて戴くので、まずは、教育の現場の先生方に、どんな紙芝居を観て戴いたら良いのか、作品を選ぶのに、悩み悩み、悩み続けて、自宅に在る紙芝居で、何点か選んで、片っ端から実演してみた。

紙芝居は、演じることで初めて完成される。だが、こんなに、迷いがあると、完成どころか、未完のまま、当日を迎えてしまう。イベントや講座が重なることは、本当に有り難い。だからこそ、一つ、一つ、自分の納得のいくまで、作品を選び、練習をして、当日は、皆様に喜んで戴けるような状態にすることが、何より大事と思い、作品を選んで、何時もの様に、母に練習台になってもらって、練習に励んだ。が、母は、夢うつつで、私の紙芝居を前にして、眠りこけてしまった・・・・

そら、何時も、おんなじ紙芝居ばっかり観やされたら、眠たくなるやろう。と、自分に言い聞かせ、せやけど、そんだけ、うちの紙芝居の実演は、まだまだ魅力がなく、面白うないといということかなあ。唯一、母が気に入ってくれたのは、「北風がくれたテーブルかけ」だけであった。さあて、この紙芝居、一体、何時、何処で演じたら良いものか?

まだまだ、どこで、どんな紙芝居を演じたら良いのかも、自分でも判っていない、未完成のみかんであった。人間死ぬまで勉強やなあ・・・

                    byみかん

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11月のみかんの予定              2010年11月2日

早いもんで、今年も後、残す処二ヶ月足らずとなりやした。「光陰矢の如し」「時は金なり」と、昔の人は、よく言ったものです。私も、一日、一日を、大切に生かされていることに、感謝して、紙芝居の道を精進して、ぼつぼつ歩んで参りたいと、おもてます。今月のみかんの予定を紹介させて戴きます。何かのお役に立てれば、幸いです。いつも、ありがとうございます

                       

11/5(金)   大阪市立西九条小学校 若い先生方の紙芝居講座

            18時30分~20時

11/7(日)     大阪府堺市「けやき通り文化の集い」

            11時~15時 南海高野線堺東駅下車徒歩7分

11/11(木)    「 ピースおおさか」での平和紙芝居

            午前10時~ 午前11時~

11/16(火)     大阪市役所一階玄関ホール

       大阪市生涯学習情報発信ウイーク 12:20~12:50

  LUNCHタイム企画 やすけんマジックショー&みかんの紙芝居

11/21(日)     紙芝居教室in難波 OKATビル4F

          午後1時30分~4時30分

11/24(水) 田辺親子サロン 赤ちゃんとお母さんの紙芝居

           午前11時~11時30分 田辺会館

11/28(日)     全興寺紙芝居  大阪市平野区

            午後2時~ 午後3時~

以上でございます。尚、今月の田辺サロンの紙芝居教室は、勝手ながら、私の仕事の都合上、お休みをさせて戴きます。悪しからず、ご容赦くださいませ。

それでは、今月も、日本の国は、外憂内患の危機に晒されていて、ほんまに世知辛いですが、そんな厭なことを吹っ飛ばす位の勢いで、私も、身体で吹っ飛ばすのではなく、紙芝居の力量で、吹っ飛ばすぐらいの気概を持って、活動をさせて戴きたいと存じます。隅から隅まで、ず、ず、ずいーと、おん願い奉りまする~チャチャ、チャン、チャーン!

                 byみかん

           

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飛鳥は、大雨で寒かったけれど・・・    2010年11月1日

昨日、私達、青空視観紙芝居の会のメンバー八名は、奈良の飛鳥国営歴史公園で、夢プラン「飛鳥で紙芝居がいっぱい」のイベントを行なった。

心配していた台風の影響は、なかったのだが、朝からすこうし、雲行きが怪しく、なんとか、お天気はもってくれたらと、願いつつ、私達は大阪を出発した。

近鉄電車に揺られること、約40分、私達は、奈良のいにしえの里、飛鳥に到着した。お天気は微妙だったけど、私達は、息をきらしながら、慣れない、ハイキングを行なうように、高松塚古墳にむかった。高松塚古墳の横の展望台に登ると、大和の山々が見渡せて、とても気持ちが良かったが、そんな、のんびりとしている時間もそこそこに、私達は、すぐに準備にとりかかった。

そうして、準備を終えると、もう、ハイキングに来られている方々が、椅子に座って、紙芝居が始まるのを、待ってくださっていた。私は、コミュニケーションを図るつもりで、軽い気持ちで、「どちらから来られたのですか?」と尋ねたら、「東京からです。」と応えられたので、びっくりした。奈良も、今年は平城遷都1300年ということで、結構、遠方の方が、方々から来られているようだ。

いよいよ、紙芝居をはじめさせて戴いた。やっぱり、大人の方ばっかりやし、一人、一作ずつ演じるので、観客の方々は、入れ代わり、立ち代わりしたが、国営公園の担当の職員さんが、人数をカウントしてくださっていたら、80名余り来てくださっていた。嬉しい限りだ。

さて。いよいよ、お昼からは、石舞台横にあるあすか風舞台での実演だ。だが、だんだんと、雨が大粒になって来る。「まあ、ええか、舞台に屋根があるから、その中でさせて戴くことにしよう。」私は、相変わらず、アバウトなO型の考え方で、とにかく、みんな、タクシーに乗って、あすか風舞台へ、いざ、出陣!

現地に到着して、準備をしてから、お昼ご飯を食べ、いよいよ、午後の部を始めさせていただいた。最初は、雨も、少し小止みになっていたが、プログラムの真ん中くらいになると、もう、どしゃぶりの雨になっていて、遂に、私の「ねずみきょう」の紙芝居の実演を終えると、最後の親子連れの観客の方も帰ってしまわれった。致し方のないことだ、こんな、どしゃぶりの寒い雨の中を、よくぞ、観てくださった。本当に、有り難い。

残りのプログラムを、私達は、心がめげそうになりながら、大雨の中を最後まで、寒さに震えながら、やり遂げた。最後に、みんなで、童謡を歌い、自分達自身にそれぞれ、拍手を贈り続けた。

こんな、最悪のお天気の中を、よくぞ、みなさん最後まで、やり遂げて下り、ほんまに、ありがというございます。この思い出は、私達の財産となることでしょう。

まるで、荒行をしているような、イベントでありましたが、メンバーの皆様、観客の方々、そして、国営公園の職員のNさん、ほんまに、おおきに。

日本人の心の故郷、飛鳥の里で、昨年に続き、今年も紙芝居をさせて戴いたことに、心から、感謝をして、私達は、バスと電車に乗り継いで、大阪に帰った。

来年もまた、絶対にここで、紙芝居させてもらいたいです!みんな、もう、こりごりやなんて、言わんといね!

                    byみかん

               

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