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2010年10月

明日にならんと判らんわ!           2010年10月29日

大型台風14号が、日本列島目がけて、まっしぐらに迫って来ている。この台風、ちょっと恐い。明日、早めに暴風警報が発令してくれた方が、みんなが、安全に自宅で待機出来ると思うのだが・・・

もんもんとした気持ちで、職場の先生に電話で、相談した。やっぱり、こういうことは、経験された方に尋ねるのが、いちばん的確なアドバイスを戴けると思ったからだ。

先生曰く、やっぱり、明日の朝の情報を見て判断したらよいのではないかと、おっしゃってくださった。さもありなん。今から、やきもきしていても仕方がない。これは、自然現象なんやから、明日にならんと、誰もわからん。

「そうだ、そうだ!」と、心の中のA君もBさんも言いました?なんのこっちゃ。最近、いろんなことが、有り過ぎて、頭が爆発しそうだ。て、言うか、あんまり、生真面目に考え過ぎるんとちがいまっか?みかんはん、あんさんは、不器用なんやさかい、もうちょっと丁寧に整理して生きなはれ。と、自分自身に言い聞かすみかんであった。

ほんま、たのむで~31日の日曜日に、飛鳥で紙芝居する予定になってるねんから、みんなで、練習がんばったんやから、台風はん、はよ、温帯低気圧になって、日曜日は、良いお天気にとは、いいまへんから、雨だけは堪忍してね。おねがいよ。被害も出さないでね。たのんだよ。台風14号はん。

明日にならんと、わからんけんど、確実に台風は、やってくる。「災難に遭う時は遭う」この教えを肝に念じて、もう、休ませてもらいます。お休みなさい。

                   byみかん

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孫のお守りは、まごつくけれど・・・       2010年10月27日

今日は、地域の田辺会館で、親子サロンがあり、私も、月に一度、この親子サロンで、赤ちゃんとお母さん方に、紙芝居を観て戴いている。

私は、娘に孫を連れておいでと、誘ったのだが、彼女は、年子の孫の子育ての真っ最中で、気持ちに余裕がなかったようで、遠慮した。

私の紙芝居の原点は、二人の年子の娘達を、近隣の方々にお世話になって、子育てをさせてもらった恩返しがしたいよ想い、子育て支援の活動を始めたのが最初だった。

だが、今、娘は子育ての真っ只中、本当は、もっと娘の子育てを助けなければという想いと、紙芝居の活動の狭間で、正直、悩んでいる。

いくら、ノー天気な私でも、今日は、娘の家に、夜に出かけ、孫達の子守りを、わずかな時間であるが、させてもらった。

上の静流(しずる)ちゃんは、もう、口が回らない以外は、ほとんど、私とコミュニケーションが、図れる。全く、おどろく程の成長ぶりだ。妹の美鶴ちゃんは、只今、6ヶ月で、私が行くと、大きな声で、ずっと泣いていた。寝返りをして、首がましっかりとあがらないので、しんどいのか、お腹がすいているのか、ずっと、泣き通しだった。

娘が、洗濯ものを取り入れ、私と静流ちゃんでたたむ。洗濯物をみると、ほとんど、孫達の服ばっかりで、本当に、大変なのが、想像される。

静流ちゃんは、私の持って来た本が、気に入ったみたいで、何度もページをめくって、私に解説してくれた。食べ物がたくさん出て来る、まついのりこさんの新しい本で、彼女は、食べ物に、とっても執着があるので、私の予測どおり、何回も見てくれていた。

美鶴ちゃんは、相変わらず、ずっと泣いていた。なんか、子育てしてきた自信がなくなってきたが、だっこしたり、おもちゃを持たしたりして、苦心惨憺したが、依然として、泣き止まない。この調子では、娘もさぞかし大変な毎日を送っているのであろう。那さんは、帰って来るのが、おそく、殆ど、娘が一人で子育てを担っている。(悪い母親でごめんね)

娘が、二人をお風呂に入れて、わたしは、身体を拭いて、パジャマを着せる係りだ。この大変な作業を、彼女は何時も一人でしているのだとおもうと、本当に辛い。

だが、私も、仕事から帰ると、日疲労困憊で、娘の所に行こうと想うのだが、なかなか、出向くことが出来ないので、本当に申し訳ない気持ちでいっぱいだ。

それでも、二人をお風呂に入れて、出て来た娘は、美鶴ちゃんにミルクを飲ませながら、テレビをつけて、「大奥」の録画を見ていた。これで、彼女の心のバランスを保っているのだろう。

赤ちゃんをしっかりと、抱きしめてあげなければいけない!とか、こどもと触れ合う時間を持とうとか、いろいろと言われるけんど、私は、娘のペースで育児をしたらいいのだと想った。マニュアル通りに子育てすることよりも、如何に、自分のスタイルで、子育てに励み、そして、困ったときは、いつでも私を使ってください。

私は、孫の静流ちゃんに、遊んでもらって英気をもらい、お風呂からあがった、あんだけ泣いていた美鶴ちゃんの満面の笑顔を見せてもらって、幸せな気持ちにさせてもえて、幸せだ。

自分の時の子育てと、今は、かなり情勢が変化しているが、子育てのしんどさは、やった者にしかわからない。なんて、生意気なこと言っているけど、これからも、出来るだけ娘の家に行って、お守りくらいしかでけへんけど、娘の負担が、少しでも軽くなれるように努めようと、想った。

娘よ、大変やけど、無理せんと、生意気なようやけど、子育てを完璧にやろうと思わないで、健康で、すくすくと育ってくれているから、ほんまに、よく、がんばっていると、自分を誉めてあげようね。

                   byみかん

       

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夢プランのリハーサル           2010年10月26日

本日、田辺サロン(すずき住建様田辺スタジオ)にて、私達、青空視観紙芝居の会のメンバーは、今度の10月31日に行なわれる、奈良の飛鳥の夢プラン「飛鳥で紙芝居がいっぱい」の練習兼、リハーサルを行ないました。

生憎、当日のお天気の予報は、台風の影響で大荒れのようで不安ですが、この練習が無駄にならないように、良いお天気の下で、皆さんと楽しく、紙芝居を演じたり、わらべ歌や、童謡を歌いたいです。

現代社会の世知辛い世の中で、日本人が、心の故郷を取り戻してもらいたい、ただ、そのことを願いながら、やらせて戴けたら、こんな、嬉しいことはございません。

そろそろ、夏の疲れが出て来て、急に寒くなりましたので、皆様、風邪などめされないように、お身体を労わってくださいね。

本日、練習に参加した、大阪の熟女達は、まだまだ若い?ので、なんとか、乗り越えられると想います。負けへんで~今日、参加してくださった皆さん、ほんまに、ありがとうございます!

また、本日、練習の場所を提供して下さいました、田辺サロンの家主の、すずき住建社長の、鈴木宏昌様、寛大なお気持ちを賜り、ありがとうございます。私は、鈴木さんとは、ご縁が深いようで、私と紙芝居を出逢わせてくださった、大河満子次先生を紹介してくださったのも、鈴木さんという方でした。

人生を豊かにすることは、たくさんの方と、良い出逢いをすることなのだと、改めて実感した、みかんでありました。また、良い本や、映画、お芝居、音楽などの出会いも、人々の心を豊かなものにしてくれますね。紙芝居も然りです!

                    byみかん

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みかん、全興寺でハーモニカデビュー     2010年10月24日

今にも雨が、空から降り出しそうな怪しげなお天気の中、私は、何時ものように、「降ったら、降った時のこっちゃ!」と、ノー天気な気持ちで、無謀にも、バイクに乗って、平野区にある、全興寺さんへと向かった。

お天気が悪いようで、10月にしては、観客の方が少なく、また、子供達よりも、大人の方の方が多くて、ぐるっと中途半端な距離で、紙芝居の舞台を載せた自転車を取り巻いていた。幸い、雨は降らなかったので、何時もの野外の場所で紙芝居を演じさせて戴くことになった。

今日は、御住職が、お寺の用事で来られないとのことで、鈴木常勝さんと私の二人で、紙芝居を口演させて戴いた。私は、紙芝居を三つ持って来ていたので、2時から紙芝居では、「にじになったきつね」と「クレヨンさんのけんか」をえんじさせて戴いた。

鈴木さんは、今日は御住職の代わりに、紙芝居の実演の他にクイズも担当されることになって、いろいろな動物の歌を歌うクイズをされたのだが、悲しいことに、今の子供達は、全く、童謡を歌ったことがないのか、歌を知らない。私は、なんか、さびしいと言うか、空しい気持ちになった。

それで思い切って、2時の紙芝居が終わると、鈴木さんに、「今日、ハーモニカ持って来ましたけど・・・」と、勇気を出して言った。何時も紙芝居をするときに、ハーモニカを持って来ている訳ではなく、今度の31日に奈良の飛鳥で、イベントをさせて戴く時に、紙芝居を演じて、童謡も歌うので、その練習を今しているので、何気ない気持ちで、今日はカバンの中に、ハーモニカを入れておいたのだ。

鈴木さんが、「そしたら、曲当てクイズをしてくれる?」とおっしゃったので、私は、自信はなかったが、とりあえず、「チューリップくらいやったら、吹けると想います。」と言って、3時の紙芝居の一番最後に、ハーモニカクイズをさせて戴くことになった。

3時からの紙芝居は、2時の時よりも、お客さんさ少なかったが、子供達の人数は増えていた。私は、「ねずみきょう」の紙芝居を演じさせて戴き、後は、ハーモニカを吹くことが、頭から離れず、鈴木さんの紙芝居の実演が、とっても長く感じられた。

遂に、ハーモニカクイズをする時が、やってきた!最初はやっぱり「チューリップ」を吹く。女の子が、曲名を答えてくれた。みんなで、チューリップの歌を歌う。次は「ちょうちょ」これも、なんとかクリアする。あ~緊張するなあ。次は「どんぐりころころ」子供達は、次々に元気よく手を挙げてくれて、みんなで歌った。そして、「くつがなる」「夕焼けこやけ」最後に、「ドレミの歌」を歌いきった。私のハーモニカの演奏も、高橋大輔のスケートみたいに上手くはないが、時々、高橋選手が氷の上で転倒するみたいに、失敗するけど、なんとか最後まで演奏をさせて戴くことが出来たことが、凄く嬉しかった。

鈴木さんも、喜んでくださって、「ハーモニカを演奏した、みかんさんに、拍手をしてあげて!」とおっしゃってくださった。私は、凄く恥ずかしかったけど、やり切ったと言う云う達成感を実感出来て、嬉しい気持ちで、皆さんに頭を下げて、挨拶をした。

全ての紙芝居が終わるのを待っていたように、雨が降り出した。私は、雨が降っても全然厭な気持ちにはならなかった。むしろ、雨が降って来たことで、何か、自分の心の中が、綺麗に洗い流されていくような気持ちになった。

「紙芝居やってたら、いろんなことを学ばんといかんなあ・・・今日は、いい経験をさせて戴いて、ほんまにありがたかった。紙芝居も、まだまだやけど、ハーモニカも、もっと練習に励まんといかんなあ。」私は、心のリセットをしながら、今日も紙芝居の修行に励もうと、改めて決意をしたのだ。

夜、テレビをつけると、高橋大輔選手の活き活きとした氷上の演技を観て、その表現力に、改めて感動するみかんであった。練習は、死ぬほど長い時間するけど、本番は一瞬で終わる。だが、練習に裏づけられた自信ほど心強いものはない。うちも、がんばるで~

                 byみかん

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食欲の秋がやってきました!          2010年10月23日

いよいよ、私の恐れていた、食欲の秋が到来したようです。て、言うか、年中食欲の在る私にとって、秋は、美味しい食べ物が、一杯実る季節なので、困ってしまうのです。

特に私の一番好きな果物の柿を使った、柿なますは、もう、やめられないとまらない。柿と大根を甘酢であえて作る柿なますは、私の大好物なのです。

それから、栗ちゃん、これは、以前は、そんなに好きではなかったんですが、何故か、栗が大好きになってしまいました。梨も、だいぶお安くなって、店頭に並んでくれています。

そして、なんと言っても、私の名前の、みかん、これが登場する季節となりました。甘くて、皮をむくと、なんとも言えない、いい香りがして、しかも、栄養満点の果物。

本当に、秋は、美味しい食べ物が目白押しで、私は、困ってしまうのです。でも、美味しいものは、美味しく戴くのが一番!誰が、なんと言おうと、日本人に生まれて良かった!(そないたいそうな・・・)

私の母もお芋が大好きで、何時も密かに、オーブンでお芋を焼いたり、時には、乾燥芋を買って来て、テレビの韓流ドラマを観ながら、食べているようです。

食べ物の話ばっかりで、恐縮ですが、明日の全興寺さんでの紙芝居も、食べ物が登場する紙芝居を演じさせてもらおうと想っております。午後の2時と3時の二回口演でございます。秋の休日の一時を楽しんで戴ければ、幸いでございます。

ようやく秋らしい気候になって来ました。どうか皆様、短い秋の季節を満喫して、ハイキングや、美術館巡り、お寺参り?など、いろいろな秋の季節を楽しんでくださいね。

                      byみかん

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いろいろありましたが・・・             2010年10月22日

最近、お陰様で紙芝居の活動が広まっていき、イベントや、講座であたふたとしております。明日は、田辺サロンで、紙芝居教室を開催させて戴きます。どうぞ、宜しくお願い致します。

考えてみれば、紙芝居のことを学ぼうと志したものの、何処で、どのようにして学んだらいいのか判らず、藁をもすがる想いで、東京の紙芝居文化の会の分科会で、まついのりこさんの、絵本と紙芝居の違いのお話を聴かせて戴いたのが、私と紙芝居の出逢いでした。

それまでも、紙芝居を図書館や、保育園などで演じていましたが、紙芝居と絵本と何処がどう違うのか判らず、どうしても知りたくて、大河満子次先生に、東京に紙芝居文化の会という団体が在ることを教えて戴き、夜行バスで、朝の6時ごろに、西も東も解らない、新宿のバス停に着き、そこから、吉祥寺の文化の会の総会の会場まで行った時の、あの心細い気持ちは、今でも忘れません。

しかも、その時、私は腕の骨を骨折していて、三角巾の包帯をして、文化の会の総会の会場に行きました。今から考えたら、よくも、まあ、あんな怪我をしていたのに、東京まで行ったなあと、自分でも驚いています。

その次の年から、毎年、紙芝居文化の会の連続講座を受講して、紙芝居のことを学び続けました。そして、今も学び続けています。

紙芝居は、昭和の初めに、日本で街頭紙芝居として生まれ、まだ、その歴史は浅く、研究することがたくさんあり、未開のジャングルを彷徨うような気持ちですが、紙芝居のお陰で、たくさんの方々とご縁を賜り、また、たくさんの仲間が出来て、私の人生も豊かなものになれたような気がします。

正直、苦しいことや、悲しいことや、辛い別れもありましたが、それを超越するに尚あまりある、人生の喜びを紙芝居で得ることが出来ました。

私の紙芝居の原点は、まずは、子供達の幸せです。子供達が幸せになることが、私の喜びでもあるのです。

これからも、いろんなことが在るでしょうが、まずは、紙芝居を観ている時の子供達の輝く瞳を思い出し、自分の心の原点に立ち返ることを忘れないようにして、紙芝居を世界中の子供達に観てもらい、豊かな心を育んでいってもらい、私自身も、生きていて良かったと思える人生を、これからも歩んでいきたいと想います。

いつもありがとうございます。いろいろありましたが、これからも、いろいろあると思いますが、どうぞ、宜しくお願い申し上げます。

                      byみかん

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花も嵐もふみ越えて~           2010年10がつ20日

毎日が、走馬灯のように、ぐるぐると目まぐるしく過ぎて行く。出来るだけ、大切に時を遣うように心掛けているが、なかなか、自分のやりたいことの、万分の一も成し遂げられない。

こんなことを考えるのは、専ら、厚かましくて欲どしいと思うのだが、なんせ、時間の遣いかたのへたくそな者であるから、まどろっこしくて仕方がない。

紙芝居の道を志して、決めた限りは、何がなんでも、自分自身の弱さと向き合わねばならない。母に言わせると、私は、ほんまに、ええ加減な人間で、アバウトな性格やから、もっときっちりしなはれ!と怒られてばかりいるのだ。

しかしながら、私も、もう、そんなに若くてピチピチ、キャピキャピの歳ではないので、自分のペースで、ゆっくりと、そろりそろりと、亀の如く、しかし、花も嵐も踏み越えて、ぼつぼつ昇ろう、富士のおやまを・・・

明日は、昨日のことも、思い出せない時もあるし、明日為すべきことも、覚えていない、どんくっさい人間ではあるが、今、この一瞬、一瞬を精一杯、生きることを宗として、これからも、紙芝居文化の普及に努めて参りたいと想います。

今日という日は、二度とやって来ない。今日の繰り返しが、人生を築きあげていくのだ。

青春にもう、遅いということはない。やってやれないことはない。やらずに出来る訳がない。信じよう。ちっちゃなことでも、自分にできることを・・・人様のお役に立つという喜びが、在るから・・・

                    byみかん

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百足のみかん?                  2010年10月18日

やわらちゃんの愛称で知られている、谷亮子さんが、柔道を引退された。彼女にとって、柔道を辞めることは、本当に苦渋の選択であったことと思われる。

国会議員と母と妻と柔道の選手。まさに四足の草鞋を履くのは、本当に大変なことと想像される。特に、日本の国のように、まだまだ、女性が子育てや家事を主になってするのが、当たり前だという考え方から抜け出せない処では、本当に辛くて、悔しい気持ちで一杯だったのではないか?

私も、人様のことは言えない。何処にでも首を突っ込みたくなる性分で、全くもって、四足の草鞋どころか、百足(むかで)のように、一杯草鞋を履いていて、足が洗えない、どうしようもない厄介者でござんす。

ここ数日も、いろいろな処へ、東奔西走し、やっと、今日、このブログを更新することが、できやした。なあに、大した用事では、ござんせんが、紙芝居の活動やら勉強やら、お勤めやらで、目が回るような日々でござんした。(なんで、渡世人言葉やねん!)

だから、谷亮子さんの気持ちは、痛い程、判るような気がしやす。私は、紙芝居を辞めることは出来ませんが、もう少し、自分の身体と相談して、動かないと、美人薄命?やから、長生き出来ないと困るんどす。

ほんまは、一番、家族と一緒の時間を、もっと大切にせんといけんのですが、(何処の言葉や?)やっぱり、日本の行く末が案じたれるのです。(かっこええ・・・)

なにはさておき、明日も、紙芝居の普及の為に、拙い講座に行かせて戴きやす。これから、明日、実演する紙芝居の特訓です。母に練習台になってもろて、百足ではなく、働き蜂?のように、精進努力を積み重ねやす。(ちょっと休んでから・・・)

へんな日本語ばっかり遣うて、すんまへん。青空みかんは、百足のごとく、もぞもぞと、働き蜂のように、さっとうと、尺取虫のように、柳腰?で、これからも、ゆっくりと、ぼとぼち、紙芝居道を歩んで参りたいと想います。いつも、ありがとうございます。暫く、ご無沙汰致し、申し訳ございませんでした。

                    byみかん

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もう、秋なんですけど・・・           2010年10月12日

10月も、もう半ばにさしかかろうというのに、この暑さは、一体なんだ?みんな、半袖を着ても、暑いくらいの陽気だ。やっぱり、地球は、悲鳴をあげているのだろうか?

ひょっとしたら、日本の国は、もう、四季が無くなってしまったのか?この謎をといてくれる研究者が、早く現れてほしい。野菜も値段が上がる一方やし、柿も黄色い。だいだい色とちゃう。うちの大好きな柿なますが食べられないじゃあ、ありませんか?

コスモスの花は咲いているけんど、何故か、背が高い。伸びすぎか?それは、それとして、今だにクーラーをかけなければならない。この現状を如何とする?

夜になったら、少しは涼しくなるかと思いきや、お布団かぶってても、暑い!ふとんがふっとんだ。寒いだじゃれを言っても、ちっとも涼しくならない。

秋なのに、秋なのに、ちっとも、私の心は変わらない?これは、関係ないか・・・

今年は、枚方パークの菊人形が、何年ぶりかで見られるそうだ。もちろん、龍馬伝の菊人形だ。私は、孫のしずるちゃんに、アンパンマンショーも、見せてあげたいと想っているのだが、もう少し、涼しくなってから、行くことにしよう。

いにしえの人々は、季節の移ろいを、楽しんだり、愛でたりして過ごしてきたようだが、現代社会に生きる私たちは、何を以って、この季節の変化を実感したら良いのであろうか?

問題は、もう、差し迫っている。早く、どうにかしないと、人類、否、地球の存亡に懸かっているのだ。それは、これでいいことは絶対ないのだ。 

                     byみかん                    

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今日かあすかと待ちわびて・・・          2010年10月11日

10月11日月曜日、秋晴れの体育の日に、私たち、青空視観紙芝居の会のメンバー4人で、夢プラン「飛鳥で紙芝居がいっぱい」のイベントの下見に、国営飛鳥歴史公園に、行って来ました。お弁当のおにぎりを、Mさんが、朝から握ってきてもらったのを、あすかに着いたら、食べようと、みんなで、「そうだ、そうだ」と言って、そうだんしました。私は、お茶の買出し当番でしたので、自動販売機で、一本ずつ買っていたので、待ち合わせの時間に、少し遅れてしまいました。

おやつは、電車の中では、しゃべることに一生懸命に、口を動かしていたので、食べられませんでした。だので、お弁当のおにぎりを食べるのが、とっても楽しみにしていました。

公園事務所の職員の方に、案内をしてもらって、私たちは、まず、高松塚古墳に向かいました。まだ、お弁当を食べていなかったので、とっても、お腹がすきましたが、私達は、フーフー言いながら、高松塚古墳の横の展望台に倒着、あっ、ちゃうわ!到着しました。展望台からながめる、飛鳥の里の景色をゆっくりと眺めるのも、そこそこに、わたしたちは、早速、職員さんと、打ち合わせをしました。

優しい職員さんが、「先にお弁当を食べてください」と、言ってくださったので、私は、みなさんに先に食べてもらい、職員さんと、打ち合わせをしました。打ち合わせは、昨年も来させてもらっているので、簡単にすみました。が、私は、まだ、お弁当を食べていないので、食べようとしたのですが、次の場所の石舞台の方へ移動することになりました。

また、公園事務所まで戻って、職員さんに車に乗せてもらって、私達は、石舞台古墳へと向かいました。車を待っている間に、みんなが、「はよ、今の間におにぎりたべたら?」と言ってもらったので、おにぎりを一口だけほおばると、もう、車がやって来たので、慌てて、おにぎりを、カバンの中にしまいました。もう、お腹の皮と背中の皮が、くっつきそうでした。

石舞台に着くと、そこは、まるで、都会のように、車が一杯走っていて、人がたくさん歩いていました。石舞台古墳の横に、ひろ~い芝生の原っぱがあって、その向こうに、わたしたちが、紙芝居をさせてもらう「あすか風舞台」がありました。お腹は、もう、へりすぎて、へったという、感覚は感じませんでした。

風舞台で、また、簡単に打ち合わせをして、公園事務所に、車に乗せてもらって、戻りました。今度こそ、おにぎり食べられると思ったのですが、当日、雨が降った時に、室内でさせてもらうお部屋を見せてもらいました。

ようやく、打ち合わせが終わり、わたしたちは、職員さんに挨拶をして、公園事務所をでました。わたしは、お腹がへりすぎて、ふらふらで、トイレに行きたかったのですが、トイレで倒れると、はずかしいので、がまんしました。そして、トイレの横の休憩場で、みなさんに、「おにぎり食べましょ」と言ってもらって、やっと、おにぎりを口にすることができました。

その、おにぎりの美味しかったことといったら、まるで、夢のようでした。わたしは、あすかに来て、初めて、胸いっぱい空気を吸って、お腹もふくれました。

今日かあすかと待ちわびていた下見の遠足でしたが、みんなと、いっぱいおしやべりをしたり、きれいな山の景色をみたり、お弁当も食べられたし、おやつもわけっこして、楽しい思い出がいっぱいできて、とっても楽しい一日でした。

                     byみかん

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紙芝居は言葉のあやとり            2010年10月10日

明日は、飛鳥で、今月の31日に、夢プラン「飛鳥で紙芝居がいっぱい」の、下見を、紙芝居仲間の方々と行く予定だ。

今年は、平城遷都1300年を寿ぐ意味でも、私達は、日本人の心の故郷「飛鳥」で紙芝居を演じさせて戴けることが、本当に、この上ももない喜びである。

日本で生まれた文化で、世界中のどこの国にもない文化である、この紙芝居を、美しい日本の童謡と共に、飛鳥を訪れる人々に、楽しんで戴けたらと想うのだ。

紙芝居は、お芝居だが、一人で演じないといけない。そして、美しい日本語で書かれた作品を、作家の方が人生を懸けて創られたのだから、言葉を丁寧に、そして、優しく扱わなければいけない。そう、まるで、紙芝居の舞台を使って、言葉をいろいろな形に、一人で綾取りをするような気持ちで演じる。

たかが紙芝居、されど、紙芝居。紙芝居の秘める魅力は、底なしなのだ。紙芝居を謗ると、頭を打ち、甘くみると足下をすくわれる。紙芝居は、観客がおられるから、もう、始まったら逃げられない。最後までやり遂げるしかない。途中で、やり直しが出来ない。やめられない!とまらない!

そんなしんどい、紙芝居やさかい、やり甲斐があるんですね。どんな文化も、そうやけど、人間の哲学みたいなものが込められていて、それでもって、演じ手の人生観が、丸ごと演じることで、観客の方に解る不思議な文化ですね。

言葉は、宝。言葉は、命。言葉は、人生そのもの。本物の紙芝居を演じることで、言葉を自分が、今まで生きて来た想いを、ありったけ綾取りたいと想う、みかんであった。

10月31日は、飛鳥で、紙芝居を楽しんで、仲間の方々と演じられるように、明日の下見をしっかりとして、本番まで、お稽古に励みませう。

                      byみかん

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大荒れの日本の秋             2010年10月9日

やっと、朝晩涼しくなって、少し秋めいて来たと、喜んでいたら、今朝から大荒れの天気だ。台風でもないのに、嵐のように吹き荒ぶ、風雨・・・一体全体、日本はどうなってるのか?明日の10月10日は、以前は、体育の日で、絶対に雨が降らない日であるとされていた。だのに、明日の天気の予報は雨・・・

運動会や、行楽を楽しみにしておられた人々は、もう、がっかりされていることと思われる。私も、あの灼熱地獄のような夏を生き延びることが出来たのが、不思議な気持ちだが、さすがに、今日の雨も、恵みの雨とは言えない程、日本全国で大雨が展開されているのを、テレビのニュースで観るにつけ、胸が痛む。

明日は、娘と一緒に、あろうことか、玄関の植木の植え替えをする予定をしていたのが、いけなかったのか?(そんな、あほな!)

だが、大荒れは、お天気だけではない。日本の国が、今、円高、不況、データー捏造、自動虐待、無差別殺人等など、閉塞感を通り越して、もう、嵐の真っ只中に巻き込まれている。一体全体、この国は、何処へ流されていこうとしているのか・・・

話がくらくなって、すんません。明るいニュースもありました。日本人の博士が、二人も、ノーベル化学賞の受賞され、本当に嬉しいです。やはり、日本には、資源がないから、「物づくり」の精神が、培われているのでしょう。

窓の外の大木の枝葉が、風雨にさらされ、波打ちながら揺れていても、しっかりと、幹は、根がしっかりと大地を踏ん張って生えているので、びくともしない。これが、本当の「生きる力」なんだと、私は気づかせてもらえた。

大荒れの日本の現代社会を、しっかりと立て直すのには、僅かばかりの給付金や、利息の経済政策よりも、もっと大切な、「日本人の心」の立て直しを図ることが、急務であると、生意気なことを、敢て、ここで申し上げさせて戴きたい。

私に出来ることは、紙芝居で、人々の心の豊かさを育むことや、人と人の触れあう喜びを実感してもらう。そして、孤立感から脱却して、生きる喜びと命の尊さを、全ての人々に味わって戴きたい。拙い紙芝居では、あるが心を込めて、皆様にお届けさせて戴きたいと想うのである。

嵐の後には、必ずや、爽やかな青空が広がることを、私は信じている。

                  byみかん

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地デジのアンテナ立てました         2010年10月8日

テレビの韓流ドラマの大好きな、母ちゃんに、親孝行の真似事をと想い、昨日、電器屋さんに、アンテナを立ててもらいました。

ほんまは、うちも、「リトルチャろ」とか、「探偵ナイトスクープ」を観たいので、早めに、とにかく、アンテナだけは立てておいた方がええと、考えて、立ててもらいました。

電器屋さんも、暑い中を、もう、汗だくだくで、作業をしてくださって、ほんま、申し訳ない気持ちでした。

家の電波の状態は、なんか、難しいみたいで、地デジを映そうととすると、アナログのテレビが映らなくなり、アナログを見えるようにしようとすると、地デジが映らないという、もう、中途半端で、ややこしい家で、電器屋さんも、相当苦心されておられました。

でも、ようやく、テレビが綺麗に映り、諦めていたサンテレビも、映るようにしてくださいました。これで、母は、これからも毎日、お昼の韓流ドラマを楽しみにして観ることができます。

私も、部屋のテレビは、アナログですが、綺麗に映り(一番映りがわるかったのです)、やれやれです。

皆さんも、来年の7月には、アナログ放送が観れなくなることは、もう、充分ご承知でしょうが、私の所のことで、恐縮ですが、アンテナを立てても、テレビの在る場所で、微妙に電波の入り方が違うので、どうか、くれぐれも、電器屋さんにお願いして、尚且つ、自分自身の目で、しっかりと、全てのチャンネルが、綺麗に映るかどうかを、確認されることをお伝え致します。

電器屋さんのご主人は、夕暮れの頃に全ての作業を終えられ、爽やかな笑顔で、また、次の現場に向かわれました。本当に、ありがとうございます。私達は、手を振って、電気屋さんの車を見送ったのであった。(完)

                      byみかん

                   

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忍耐、努力、継続、そして、勇気!       2010年10月5日

我が恩師、大河満子次先生が、今、病の床に臥しておられる。なんとか、一日も早く、先生がお元気になって、あの、華麗なマジックを、披露して戴きたい。先生とご一緒のステージに立って、紙芝居を演じさせて戴きたい。

私が、初めて大河先生のご自宅にお伺いした時、先生が、私に教えてくださった教えは、「人間として生きていく上で一番大切なことは、忍耐、努力、継続、そして、一番大切なことは、勇気です。」と、手話をまじえて、私に御指導くださいました。

私は、先生の教えを、出来ないなりにも精一杯、やろうと努めて、紙芝居の道を歩んで来ました。その、大切な恩人である、大河先生に、私は、なんのご恩も報うことが出来ず、本当に苛立たしい気持ちで一杯です。

私と紙芝居を出逢わせてくださったのも、大河先生です。青空視観(みかん)という名を授けてくださったのも、先生です。生涯学習の通信教育を受講して、生涯学習インストラクターと、生涯学習コーディネーターの資格を取りなさいと、おっしゃってくださったのも先生です。紙芝居の勉強する為に、東京に「紙芝居文化の会」が在ることを教えてくださったのも先生です。

私は、大河先生と、奥様に、私の両親が私を産み、育ててくれたのと同じくらい深いご恩が在るのです。私の父は、もう、寝たきりですが、生きてくれているだけで、有り難いです。私の母は、お陰様で、病院通いはしてますが、元気でいてくれます。

大河先生、どうか、奥様の為にも、生きる勇気を決断してください。私は、何もご恩返しは出来ませんが、紙芝居の道に精進し、先生が、何時も私におっしゃってくださるように、紙芝居で、みんなが幸せになり、子供さんも大人の方も、全ての人々が未来に希望が持てる世の中になれるように、少しでも明るく灯すことが出来る人間でありたいと、これからもずっと、活動を続けさせて戴きます。

大河先生は何時も「人を怒らせることは簡単だが、笑わせることは難しい。」とおっしゃっていましたね。私も、大阪人の端くれです。みなさんに、なごやかに、お腹の底から笑って、泣いて、感動してもらえるような、紙芝居の演じ手になることをお誓い申し上げます。

勇気は、誰かがすこうし、背中を押してくれると、不思議と出せるものなのですから、へたれの私ですが、どうか、大河先生、これからもずっと、私の背中を押してくださいね。

皆様方、どうか、これからも、宜しくお願い申し上げます。何時も、誠にありがとうございます。感謝の気持ちを込めて、この場で、御礼申し上げます。 大河先生ご夫婦に、永久(とわ)の幸在れ!

                byみかん

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豆な一日でした               2010年10月2日

土曜日の朝、近くの中学校で学習ボランティアということで、ママチャリに乗って、いざ、出陣!予め、送られて来た教材は、な、な、なんと、私の一番苦手な数学では、ありませんか?「ほんまに、出来るやろか・・・」などと、情けない声を出すことも出来ず、学校に到着すると、「おはようございます!」と、元気に挨拶をした。

そもそも、なんで、私ごときが、中学校で生徒さん達の勉強のお相手をさせて戴くことになったかというと、町内の掲示板に、中学校の支援ボランティア募集のポスターが貼られてあった。私は、多感な時期の中学生の皆さんにも、是非、紙芝居を観て戴けたらと想い、希望した。

だが、残念ながら、募集されていたのは、学習支援と、園芸のボランティアさんだけであった。私は、中学校の生徒さんと、兎に角、触れ合う機会が欲しかったので、無謀にも、学習支援を希望した。

そして、今日が、その初日であるのだった。「嗚呼、数学よ、あなたは、どうして、数学なの?」と言っても、始まらない。私は、一生懸命、夢中で、数学の問題を、生徒さんと一緒に考えて、自分なりに、精一杯取り組んだ。「なんや、やったら、できるやん!」私は、生徒さんと一緒に、汗だく(殆ど冷や汗)で、方程式の問題を解いた。

この学校では、土曜学習ということで、今日が、初めての日であったが、凡そ、十名余りの生徒さんが、部活の体操服を着たり、征服姿で、やって来た。みんな、本当に偉いよ。

やっと、2時間の学習時間が終わり、私は、どっと疲れが出たが、生徒さん達のほうも、みんな、数学の問題と格闘して、疲れていたと思うが、生徒さんもボランティアさん達も、爽やかな笑顔で、終わりの挨拶をして、教室を出た。

「やれば、できるやん!数学は、閃きと根気やなあ~」と、自分自身に言い聞かせながら、校舎を後にして、校門の傍のママチャリに向かった時、年配の男性のボランティアさんが、「初めての学習はどうでしたか?」と尋ねてくださったので、私は「もう、皆さんの足を引っ張って、すいませんでした。」と応えた。

ほんま、私の達成感が、自己満足になったら、申し訳ない。配られた数学のプリントを横に置いて、ひたすら、先生が書いてくださった座右の言葉の紙を机の上に置いて、必死で、英語の勉強をしていた生徒さんも、おられた。本当に、みんな、素晴らしい生徒さん達だ。私は、彼らや彼女達に、いろいろなことを教えられ、また、エネルギーを与えられていることに、その時、初めて気がついた。

帰りに、近くの商店街に寄って、何故かむしょうに、豆ご飯のおにぎりが食べたくなったので、母と娘の分とで、二パック買った。家に帰ると、母も、同じ豆ご飯のおにぎりを二パック買っていたのだ。そんな訳で、豆豆だらけで、ほんまに、まめな一日を過ごさせて戴けた。有り難い、有り難い。

                 byみかん

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10月のみかんの予定              2010年10月1日

何時も、このブログを見て下さり、ありがとうございます。なかなか、毎日、更新出来ず、自分に言い訳を、一杯しながら、毎日を生きている、否、生かされている自分に、もっと、感謝の気持ちを抱いて、一日、一日を大切に、生きていこうと、月も変わり、新たな気持ちで、精進致したいと想います。今月の予定です。何かの参考になれば、幸甚です。ありがとうございます。

                    記

10/3(日)      紙芝居教室in難波 難波市民学習センター 

             13時半~16時半 (第二会議室)

10/14(木)      ピースおおさか  地下鉄・JR 森之宮駅下車

             午前10時~ 午前11時~ 館内講堂にて

10/17(日)      キッズプラザおおさか 地下鉄扇町駅下車

       午後1時~・午後2時~ こどもの街で紙芝居のお話会

   紙芝居グループのボランティアさんの実演を観に来て下さい!

10/23(土)    紙芝居教室in田辺サロン 地下鉄谷町線田辺駅

             午後2時~4時 すずき住建様田辺事務所

10/27(水)   田辺会館親子サロン 地下鉄谷町線田辺駅下車

              午前11時10分~11時30分 

10/31(日)       国営飛鳥歴史公園 夢プラン 

              「飛鳥で紙芝居がいっぱい」

            午前10時~12時 高松塚古墳横展望台

        午後1時30分~3時30分 石舞台横あすか風舞台

以上でございます。本日、紙芝居を図書館に返却しに、国道をバイクで走っていて、自転車とライトバンの交通事故に出遭いました。事故の直後のようで、私は、バイクを停めて、携帯を取り出し、大声で、事故現場の方々に、「もう、119番はされましたか!」と尋ねたら、「もう、しました!」と応えてくださったのですが、自転車の横で、倒れている方が心配で、とても、その場を離れることが出来ませんでした。

間もなく、パトカーが到着しました。私は、救急車が、一秒でも速く到着してもらえる為に、自分は、どうしたら良いのか、必死になって考え、バッグの中から、黄色のタオルのハンカチを出し、右手で持って夢中で振りました。間もなく、救急車のサイレンの音がして、私は、速く救急車が、事故現場に到着して欲しいのに、車が渋滞していて、なかなか現場まで着かないことが、本当にもどかしく感じました。

やっと、救急車が、現場に到着し、私は、一刻も早く病院へ、事故に遭われた方を運んでもらいたいと、願いました。そして、どうか、尊いその命が助かりますようにと祈り、祈り続けていました。道端に、事故に遭われた方が、買い物されたであろう、林檎が、悲しそうに転がっているのを見つけ、私は、言いようのない悲しみに襲われました。

きっと、買い物をされた後、急いでおられて、事故に遭われたのでしょう。どうか、皆様も、くれぐれも、自転車に乗る方も、歩く方も、車を運転する方も、バイクに乗る方も、気をつけて、安全に心掛けましょう。この、生かされている命を大切に、明日も元気に家族と団欒できることを幸せに感じることが、全ての方々が出来ますことを、切に祈っております。

                   byみかん

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