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2010年9月

リトルチャロ2で英語に恋したい・・・      2010年9月28日

前回の書き込みで、偉そうに、日本語を学ぶことの大切さを、さんざん述べた私だが、密かに、英語の勉強をしようともくろんで、三ヶ月程前から、NHKの「リトルチャロ2」のテキストを購入して、午後11時になると、テレビの前で、テキストと格闘しながら観ている。

だが、三日坊主ではないが、三月坊主になりそうになり、昨夜、番組を観ていると、テキストの何処にも載っていない!「しもた!もう、新しいテキストに変わってるねんわ。」と、言った具合に、全くもって、ついていけない自分が、情けなかった。

それも、昨夜、電話をかけてきてくれた友人に、教えてもらって、再び観ようという気持ちになったのだ。ああ~情けない。日本語も大切にしたいし、英語も勉強したいて、そら、どういうこっちゃ?

何故なら、私は、紙芝居を世界中の人々に広げたいと、本気で想っている。せやから、日本語しか話せなかったら、外国の方々に、紙芝居の素晴らしさをお伝えさせて戴けない。大阪弁で、紙芝居の説明しても、あかんと思い、一念発起して(そないたいそうな)、英語の勉強をしようと思い立った。

それなら、私の大好きな犬のキャラクターが登場する、「リトルチャロ2」の番組を観て、英語を学ぼうと志したのだ。

昨夜、電話をしてくれた友人も、英語の教師だが、彼女も「リトルちゃろ2」を観ているのだと判ると、何故かとっても心強くなった。一人ではない。彼女も、この番組を観ている。否、日本中の英語を学ぼうとしている人々が、みんな、この番組をテキストを手にして、がんばっているのだと思うと、なんだか、もう一度、続けてみようという気持ちになった。

今日の仕事の帰り、テキストを購入して、真面目に電車の中で、予習した。(また、雨降るかなあ)チャロも可愛いけど、私は、ペンギンのムウの声が、大好きだ。何故なら、そのムウの声は、その友人の声に、とてもよく似ているからだ。だが、残念ながら、(本当はめでたいことなのだが)そのムウは、間(あい)の国から現世へと、今回のレッスンで、旅立ってしまうのだ。(我ながら、真面目に勉強してるなあ・・・)

テレビの「リトルチャロ」は、中学生レベルの英語やそうやけど、やっぱり、日本語しか、しゃべられへん私にとっては、聞き取るだけでも、必死のパッチ!だけど、このお話は、すごく素敵。登場人物?の主人公にチャロを始め、みんな、魅力的な動物達が、登場するし、内容も、愛と勇気と冒険の物語だ。

どこまで、ついていけるかわからんけど、ともかく、新しいテキストを無駄にせず、出来るだけ、続けて観るようにしよう。(予習もしいや!)どんな学びでも、楽しく、興味を持って、続けることが大切ですね。

挫折しかけた私を、呼び戻してくれたMさん、ありがとう!明日も、絶対観るぞ!おめめぱっちりで・・・

                  byみかん

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みかんの母国語考            2010年9月26日

今朝の毎日新聞に、来年度からいよいよ、小学校で英語の授業をするということで、テキストの写真が写った記事が載っていた。小学生に、英語の文法ではなく、会話を楽しんで、親しめるようにするのが、目標だということだ。

私は、小学校で英語を学ぶことには、別段、肯定も否定もしない。ただ、一つ言いたいことは、国語教育を絶対に、疎かにしてはいけないということだけは、声を大にして叫びたい。

「国家の品格」の著者で有名な、数学者であられる、藤原正彦氏の「祖国とは国語」(新潮文庫)を是非読んで戴けたら、有り難い。

私は、この、新田次郎さんと藤原ていさんのご子息である、著者の満州で生まれて、日本に、苦労して(お母さんが)引き揚げて来られて、自分のルーツを探しに行く、その熱意は、自分が日本人であること、そして、母国語である日本語の根底に流れている美学を、日本の現代社会の危機の打開策を、「国語教育絶対論」にリンクさせているのだと感じた。

藤原氏は、また、「教育を立て直すこと以外に、この国を立て直すことは無理である。」と言い切っている。私も、全く同感である。そして、「国語こそが、全ての知的活動の基礎であると述べている。情報の伝達方法として、読む、書く、話す、聴く、が最重要であり、これが確立されずして、他教科の学習はままならない。(中略)読む、書く、話す、聞くが全教科の中心ということについては、自明なのでこれ以上触れない。」とまで、はっきりと断言されている。

また、筆者は、「それ以上に重大なのは、国語が思考そのものと深く関わっていることである。」という切り口で述べて、「人間はその語彙を大きく越えて考えたり感じたりすることはない、といって過言でない。母国語の語彙は思考であり情緒なのである。」と結論づけておられる。

この文面を読んだだけで、母国語を愛する私は、本当に涙が出るほど、共感する。つまり、今の教育の荒廃は、母国語の崩壊に近いものなのではないかと危惧するのは、私だけであろうか?

私には、2歳の孫がいるが、孫は、本当に、親や、その回りの大人の言うことを、その通りに、オウム返しして、言語を覚える。だから、「三つ子の魂百まで」どころか、お母さんのお腹の中に宿っているその時点から、すでに、赤ちゃんは、お母さんや、その回りの大人の言葉を聞いているのでは、ないだろうか?何が言いたいかと云うと、人間はその子を取り巻く環境に依って、人間形成が決まってくる。勿論、遺伝的な要素も影響するが、私は、殆ど、その子供さんが、どのような環境で、どのような、言語を聞き取り、どのような心で触れあい、どのような地域で育ち、どのような食べ物を食して成長したかということで、人間形成が為されるのだと思う。そして、その一番大切な要素が、教育なのだ。使っている言語なのだ。

いささか、頭でっかちな書き込みになったが、私は、大真面目である。英語が話せることは、本当に素晴らしい。数学の幾何問題を解くことは、パズルをするような爽快感がある。科学の新しい発見や発明をすることに、喜びが湧く。だが、それらは全て、日本語という、母国語を遣って、培った言葉の力に依って、勝ち得たものに外ならない。

私は、紙芝居を演じることで、出来るだけ美しい日本語をお伝えしていきたいと、想っている。また、紙芝居を伝えることで、日本語の素晴らしさを実感して戴きたいともかんがえている。何故なら、日本語ほど、豊かで美しい言語はないと、自負しているからだ。私達日本人は、日本人同士、また、外国人に対しても互いの違いを認め合い、尊敬し合い、そして、対話することの大切さを、切に願う。何故なら、言葉が違っても、同じ、人間という万物の霊長たる尊厳は、皆、平等であると信じているからである。対話は、人間としての大切な責務である。対話のない処には平和は存在しない。母国語を大切に語り伝えることで、安寧な時代の復活が図れるのではないだろうか。

                     byみかん

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青空視観の紙芝居談義           2010年9月25日

テレビのニュースで、愛媛県の八幡浜という処で、「みかん検定」というのが行なわれたと、報道された。

昨今、いろいろな検定が為されているが、なるほど、「みかん検定」とは、いいアイデアだと、感心した。みかんは、日本人にとても親しまれている果物で、「こたつにみかん」という組み合わせが、よく合う。

私の名前を「みかん」と名乗らせて戴いたのも、蜜柑のあの、橙色の暖かな色が、人々の心に、なんとも言えない、ほっこりとした気持ちにさせてくれる。そして、蜜柑のあの、甘くて、ちょっと酸っぱい、なんとも言えない味を思い出すだけで、唾液が口の中から出て来る、この不思議な果物の名前を名乗らせて戴いた。

そして、青空視観(みかん)という名前は、私の生涯の恩師であられる、マジックのボランティアを戦後ずっと続けて来られた、大河満子次(ましじ)先生が、名付けてくださったのだ。

私は、この素晴らしい名に恥じないような、紙芝居の実演を皆様に観て戴くべく、芸の道を模索し、努力を惜しまず、精進していきたいと、想っている。

イチロー選手が連続200本安打を達成したのは、野球の天才でも、スポーツの才能に長けていたからでもない。毎日の弛まぬ、地道な努力の積み重ねの結果を出せたのだと想う。「天才は、99パーセントの努力と1パーセントの才能から成る」という言葉が在る。

自分が天才などとは、勿論、毛頭思ってはいないが、何かを成し遂げる為には、忍耐、努力、継続、そして、勇気、この四つの心が大切であると、何時も、大河先生がおっしゃってくださっている。

私は、これからも、大河先生の教えを守り、日本で生まれた紙芝居という、素晴らしい文化を世界中の人から愛され、そして、紙芝居で、みんなが幸せになれるように務めさせて戴きたいと願う。

今、人気爆発のテレビドラマ、「ゲゲゲの女房」に登場されて、時の人となられた、漫画家水木しげるさんも、街頭紙芝居の絵描きをされていた。

漫画「ゲゲゲの鬼太郎」の元になった紙芝居が「墓場キタロウ」という作品である。そして、その「墓場キタロウ」は、もとは、「子育てゆうれい」という、幽霊が、赤ん坊を墓の中で産んで育てたという昔話をヒントにして作られたということだ。

昭和の始めに生まれた街頭紙芝居は、不況な時代の失業者の日銭を稼ぐ手立てとして、始められた。そして、その時代の娯楽や、甘いものに飢えていた子供達に、爆発的な人気を博したのである。「黄金バット」の紙芝居が、その火付け役となったっことは言うまでもない。この辺の紙芝居の成り立ちは、加太こうじ著の「昭和紙芝居史」に詳らかに述べられているので、ご興味のある方は、一読されることをお奨めする。

話が、長くなったが、何が言いたいかと云うと、紙芝居は、この荒廃しつつある現代社会に、必要不可欠な文化であると自負している。何故なら、一言で言えば、紙芝居は、現代社会に一番欠けている「共感の心」を呼び戻す、コミュニケーション文化そのものであるからである。

人間は、人と人との温かい触れあいや、温もりの中で育まれて、初めて人間らしい生き方を出来るのではないだろうか?孤立社会が生む現代社会の問題をオールクリア出来るのは、紙芝居であると、私は信じている。紙芝居を謗ることなかれ。紙芝居を糾うことなかれ。文化として、大人の方でも鑑賞に堪えられる、素晴らしい作品が、紙芝居にはたくさん在るのだ。

ダイヤモンドの原石を磨くが如く、青空視観は、今日も、素晴らしい紙芝居と出逢うことを信じて、亀の如く歩むのである。ああ、しんど~道は遠いなあ・・・けど、がんばるぞ!

                    byみかん

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女は黙って、羽二重餅食べる!?      2010年9月21日

こまったなあ、明日は、お月見の日やと云うのに、お天気が芳しくない。そんなことは、どうでもええねんっちゅうに!お月さんごめん・・・

明日は、母ちゃんの頭の検査の結果の日やというのに、父ちゃんの入院している病院から、携帯に電話があって、父ちゃん、また、熱がでたらしい。母ちゃんに言おうか、言うまいか、迷ったけんど、やっぱりやめておこう。

とりあえず、明日は仕事が休みやさかい、うち一人で、病院へ行って、主治医の先生に、父の容態を尋ねることにしよう。

女は度胸。黙って、腹括るしかないわ。かあちゃん、今日は、やけにご機嫌が良くて、テレビドラマ観て、楽しんでいるから、このまま休んでもらおう。

明日、かあちゃんの検査の結果と、父の容態を看てから、言うても遅くはないやん!もう、なんで、もう一人くらい相談する姉妹、産んどいてくれへんかったんな!もう、ええけど、全部、うちが、引き受けさせて戴きやす。

一人っ子て、結構、我が儘やとか、自分勝手やとか、あまやかされているとか、(そうかもしれんけど・・・)あんまりええように思われへんけど、一人っ子て、結構、大変なんですよ。相談する姉妹は、居てないから、自分で判断せなあかん。だけど、一人っ子やねんから、仕方がない。

責任は、全部、私で、お引き受けさせて戴きやしょう。なんて、かっこええかっこ言うてるけど、娘のお土産の羽二重餅たべて、黙って寝るぞ!今夜は・・・ワオ~ン!

                     byみかん

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紙芝居文化で明るい未来をきり拓きたい   2010年9月19日

私は、今、田辺サロンと、難波市民学習センターで、紙芝居教室をさせていただいています。私のような者が、紙芝居を、皆様にお教えするということは、誠に、おこがましいことながら、なんとしても、紙芝居の文化の花を大阪に咲かさせて戴きたいという想いで、生涯学習の一環ということで、思い切って、開講させていただきました。

初めは、ジプシーのように、あちらこちらの公共施設で開かせて戴いていて、その前は、このブログを作ってくださった、YUI企画の山田重昭さんのお世話で、初めて、平野で紙芝居教室で開かせて戴きました。

あちらこちらの公共施設で、転々としていた時、どうしても、自分の住んでいる地域で紙芝居を広めさせて戴きたいと想い、私の住む、大阪市東住吉区の田辺に在る、すずき住建の田辺サロンで、紙芝居教室をさせてくださいと、社長さんにお願いした処、心良く受け入れてくださり、今の田辺教室である、田辺サロンで、毎月、第4土曜日の午後、ここで紙芝居教室を始めさせて戴きました。

ところが、やはり、地域では、紙芝居を習おうという方は、なかなかおられなくて、教室の存亡の危機を実感した私は、紙芝居の公開講座でお世話になっている、大阪市立難波市民学習センターで、体験教室をやらせてくださいとお願いしたところ、条件があって、最低、月に一度、この施設を利用しないと出来ないということだったので、だったら、ここで、教室を始めさせて戴こうと考え、それが、一年半前のことでした。

今では、お陰様で、毎月、田辺も、難波も、なんとか運営させて戴けることが出来、紙芝居の仲間の方が、すこしずつ増えて来て、本当に、感謝の気持ちで一杯です。

教室の運営は、無理なく、楽しく学び合うことをモットーに、頼りない私を、皆様が支えて下さるので、本当に嬉しい限りです。

紙芝居を始めようとされるきっかけは、皆さんそれぞれ違いますが、お互いの存在を認め合い、助け合い、学び合い、この三つの「あい」「愛」を三本柱に、これからも、楽しく、紙芝居の学びを深めて、広げていきたいです。

本当に、いつも、こんな頼りない、そそっかしい私を、フォローしてくださり、毎回、紙芝居教室に、足をお運びくださり、ありがとうございます。

紙芝居で、全ての方々が、平和で幸福になられることを願いながら、青空視観(みかん)の紙芝居の会は、これからも、活動を続けさせて戴きたいと想います。何卒、宜しくお願い申し上げます。

全ての方へ感謝の念を抱きながら、なんの御恩返しも出来ない不行き届きを、お赦しくださいませ。紙芝居の文化の未来の一端を切り拓かせて戴くことで、成就させて戴きたいと存じます。ありがとうございます!

                    byみかん

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踊る阿呆に観る阿呆・・・         2010年9月18日

不覚にも、テレビの前で、眠ってしまった。目が覚めると、そこでは、高知のよさこい踊りの中継録画をやっていた。

私は、思わず、先日の扇町公演で観た、「こいやさ祭り」を思い出し、鳴子を手に男の人も女の人も、大人も子供も、みんな活き活きと踊っていた。

そして、「よさこ踊り」に続いて、徳島の「阿波おどり」の、これまた、中継録画が放送された。私は、この二つの、街ぐるみの祭りの踊りを拝見して、血湧き、肉踊る想いで、テレビの前で、踊り始めた。

特に、阿波踊りの「踊る阿呆に観る阿呆、同じあほなら踊りゃなそんそん~」という、掛け声が、大好きで、お祭りと、盆踊りが大好きな私にとって、この、二つの街ぐるみのお祭りを拝見して、是非、自分も踊りに参加してみたいと、想った。

来年の3月に、徳島の紙芝居ボランティアグループ「おしゃべりくまさん」に、久しぶりにお会い出来るので、その時に、来年度は、是非とも、8月の阿波踊りに、参加させて戴きたいと願っている。

踊っている方々のインタビューを聞かせて戴いて、皆さん、本当に汗だくで、満面の笑顔で、踊りきったという、なんともいえない達成感を実感されて、踊るこで、日常のことを忘れ、無心になれて、踊れることに、感謝の気持ちを述べておられるのが、心をうたれた。

踊ること=生きていることの証なのだ。そして、この伝統ある踊りを、次の時代へと、脈々と引き継いでいき、日本の伝統文化を絶やさず、守っていくのだという、気概のようなものが、伝わってくる。

私も、夏祭りの時や、盆踊りの時に、浴衣を着せてもらって、踊りに行くことが、何より楽しかった。また、高校生のとき、みんなが、一致団結してりや、応援の型の練習を、夜遅くまで、練習して、当日まで、1,2年の時は、先輩に指導して戴き、3年になって、法被を着て、河内音頭を踊って、みんなで、力を合わせて、体育祭を行なったことを、思い出した。特に3年生の時は、前日に激しい雨に見舞われ、次の朝早く、学校に行って、全員が、新聞紙を持って、運動場にたまった雨水を、必死で吸い取った思い出は、今でも、私の心の財産だ。

学校から帰って来ると、母が、「よう、がんばったね!」と、一言言ってくれたとたん、私は、涙が止まらなくなって、自分でも、何を言うたかわすれたけど、とにかく、自分達が、精一杯やらせてもらったことに、感謝した。

そんな、遠い昔の、青春時代の思い出を、今日の、この二つの踊りは、私に、呼び覚ましてくれた。夏祭りの日に生まれた私は、きっと、お祭りも好きだが、自分自身も、それに参加し、見ている方々に、喜んで戴き、パワーを分かち合う、この、日本の文化を、これからも、ずっと、守っていって欲しいと願い、また。紙芝居も、日本の文化として、次代を担う人々にお伝えさせて戴きたいと、改めて、心に誓った、みかんであった。

紙芝居、演じる阿呆に観る阿呆、同じあほなら、演じなそんそん~ソレソレソレ・・・

                    byみかん

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憧れの星*その名はジュリー          2010年9月17日

沢田研二のコンサートに、行って来た。会場は、まるで、プレ、デイサービス(失礼)のように、中年の淑女、紳士が大勢、集まっていた。

エスカレーターで、つまずいて転倒する事故もなく、無事に、観客は、席に着いた。中には、チケットの席番号が、老眼の為か、見えにくくて、間違った席に座る方や、うろうろと探し回る方もおられた。私自身も、何回もチケットと席番号を照合して、座った。が、誰かが、すいませんが・・・なんて、声を掛けはしないかと、冷や冷やしたが、そんなトラブルもなく、無事に、コンサートが始まった。

ジュリーが出て来ると、みんな、黄色い?声援を送った。私は、二階の席だったが、一階は、オールスタンディングだった。(二階でよかった・・・)

ジュリーこと、沢田研二が、何故こんなに凄いかと云うと、彼の歌声は、ほんまもんだからだ。声量といい、表現力といい、体力、気力、ステージマナー、全てが一流なのだ。

観客もそれを知っている。ずっと、タイガースの時から、あの、憧れのジュリーが、ずっと永遠に、スターであり続けることは、本当に、並大抵の苦労ではないと、想像する。

でも、沢田研二の凄いところは、62歳という年齢を、全く感じさせず、何十曲歌っても、全く息があがらず、それどころか、歌いながら、舞台狭しと、端から端まで、全力疾走で駆け回る。あのパワーは、一体、どこから来るのであろう?

二年前のジュリーが、60歳の還暦の時に、東京と大阪のドームで、全曲60数曲を歌いきった後、ジュリーの中の何かが、つき抜けたのであろうか。その、走る姿は、以前見たときよりも、遥かに若々しい。

ジュリーは、観客を関西弁で、笑わせ、和ませ、パワーを与えてくれる。最高のエンタテナーだ。70歳まで、歌い続けると、私達に約束してくれた。後8年したら、私が、今のジュリーの歳だ。

私も、これから、益々、もっと精進して、ジュリーを希望の星と崇め、紙芝居の星になるんや!と、心に誓い、大阪国際会議場を後にした。窓からは、大阪の美しいネオンが瞬いていて、ただただ、とても眩しかった。

                    byみかん

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やっと、秋らしくなってきましたね!      2010年9月16日

久しぶりに雨が降り、ようやく、秋がすこしずつ、近づいてきたような気がします。

日本には、春夏秋冬の四季が在るから、日本人の心の感性のようなものが、育まれていくのだと想います。

四季が、あることは、素晴らしい。四季を実感することは、幸せだ。そして、秋は、なんと言っても、実りの秋。食べ物が美味しい。

今日も、職場の先生に、おいもを戴きました。それも、とびきり、上等の鳴門金時!家に帰って、早速、母に手渡すと、とっても喜んでくれました。

収穫の祝いをする、お祭りが、日本の各地にありますが、我が大阪にも、浪速の伝統野菜なるものがあり、私の住んでいる、田辺も、最近、まぼろしの大根ということで、「田辺大根」が、復活したのです。

田辺大根は、私の足ほど太くて、丸くて、煮ると、とっても甘くて美味しいのです。大阪では、大根のことを「だいこ」と言って、大根を炊いた物を「だいこだき」と言うます。

もう少ししたら、また、そんな、美味しい田辺大根が、食べられる季節が、やって来るのですね。

やっぱり、日本人に生まれて良かったと思うのは、この、季節の移ろいの空気を肌と味覚や嗅覚、視覚等、身体全身で、感じることが出来る喜びが、あるからだと思います。

虫の音を聞き、秋の日のビオロンの音に、耳を傾け、お芋をかじる・・・絵になりまんなあ。なんでやねん!飽くなき食欲と葛藤しながら、紙芝居の稽古に、今日も励む、みかんであった。今日の紙芝居の練習は、宮澤賢治の「セロひきのゴーシュ」にしよう。

                   byみかん

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いいとこ、はあとこ、いとはとこ?       2010年9月15日

私には、従兄弟が、12人居る。その、一番年下の従兄弟から、夜、電話をもらった。彼は、仕事の傍ら、マジックのボランティア活動をしていて、私の紙芝居と何度か、コラボして、交友を深めている。

一番歳が離れているので、親子ほど歳も違うが、結構、馬が合う。同じ、ボランティアの仲間同士ということもあって、紙芝居とマジックの取り合わせは、かなり、観客の方にも喜んで戴けると想っている。

そんな、私達が想うことは、どうも、お互いの芸能?に憧れを持って、そのスキルを共有したい気持ちが、合致したようだ。

彼は、マジック以外に、いろいろなことに、チャレンジをされたいようで、紙芝居の実演に関心を持っておられるようだ。

私は、私で、なんでも好奇心の塊みたいな処が在って、不器用なくせに、手品の技を、紙芝居の合間に皆様に、ご披露させて戴けたらと、願っている。

そんな、従兄弟同士の私達ではあるが、お互いに、仕事やなんやらで慌ただしい日々を送っているので、なかなか、最近話す機会もなかった。

だから、電話で、お互いの活動の情報の交換や、手品の手法や、紙芝居の作品の選び方など、蘊蓄し合い、結構、充実した話が出来たようだ。(かけてもらった電話で、長話して、ごめん・・・)

果ては、二人のご先祖様の話にまで至り、また、時間があれば、お墓参りに行こうという内容になって、やはり、血の繋がりというのは、不思議なご縁だと、実感した。

それにしても、マジックと紙芝居、この二つに共通することは、たくさん在るが、やはり、人様に観て、喜んで戴くことが、私達の最高の喜びであることに尽きるのであろう。

これからも、私達は、ずっと、従兄弟同士という血縁に感謝し、ご先祖様にも喜んで戴けるような、人様のお役に立てる人間でありたいと望む。

くしくも、今月20日は、祖父の50年目の祥月命日である。「お祖父ちゃんがうちらに、顔晴れよ、孫達!」と、天国から、エールを贈ってくれているような気がする。血は、水よりも濃しか・・・

                   byみかん

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封筒の宛名は「紙芝居様」!?         2010年9月13日

夕方、仕事から帰宅すると、何時もの様に、テーブルのうちの座る席の前に、郵便物が置かれていた。

「なんや、今日は多いなあ・・・」と、見てみると、二人の娘にそれぞれ同じ所から、バーゲンのお知らせかなにかの、大きな封筒が一部ずつと、もう一つ、多分、いや、おそらく、私宛だと思うのだが、なんと、その宛名が「紙芝居様」になってるのだ。

中を開けてみると、一昨年、応募した、或る生命保険会社の、「子育て支援プロジェクト」の受賞作の紹介の冊子が、一部入れられていた。

その応募作には、確か、紙芝居で子育て支援をさせて戴きたいようなことを、書かせて戴いて、見事に落選したのだが、何故か、毎年、このプロジェクトに応募しなさいと、背中を押してくださっているように、たくさんの応募用紙と、有り難いことにポスターまで送って来てくださっていたのだ。

だが、今までは確か、私の名前の宛名で来ていたのだが、今回のは、住所が、うちの住所になっていて、宛名が「紙芝居様」となっているでは、あ~りませんか?

「えっ?これで、なんで、うちの家やて、配達の職員さんも判るの?」やっぱり、紙芝居関係の郵便物を、何時も拙宅のポストに入れておられるので、もう、覚えてくださっているのかなあ・・・有り難いことや。また、この、差し出してくださった会社の方も、落選したのに、うちの紙芝居の活動のことを、覚えていてくださっていたなんて、役者冥利、否、紙芝居冥利に尽きる。

来年こそは、この「子育てプロジェクト」に、応募させて戴くかどうかは、まだ、わからんけど、紙芝居様とは、うちのことではなく、ほんまに、紙芝居そのものに、子育て支援の期待を懸けられているようで、改めて、身の引き締まる思いを実感した、みかんであった。

                   byみかん

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みかん、「こいや祭り」に出逢う        2010年9月12日

地下鉄扇町公園駅を降りると、賑やかな声が、聞こえて来る。「キッズプラザ大阪」の紙芝居グループのボランティアさん達が、紙芝居のお話会を、来月にされるので、アドバイザーを務めさせて戴くべく、この駅に降り立ったのだ。

お祭りの大好きな私では、あったが、そこをぐっと堪えて、キッズプラザさんに、向かった。10月17日(日)に同施設の「こどもの街」と云う処で、本番を控え、熱い稽古をさせて戴いた。子供達に喜んでもらえる、お話会になるといいのになあ。

午後の4時過ぎに、練習が終わり、帰宅の途についた私は、やっぱり、自然と、扇町公園の方に、足が向いていた。すると、公園の入り口に「こいや祭り」という、若者達が、活き活きと、よさこい踊りを踊っているポスターが貼られていて、おまけに「入場無料」とマジックで、力強く書き足してあるのが、なんとも言えない、大阪人らしい心遣いが感じられた。

公園の奥の音楽の聞こえる方に、どんどんと進んでいくと、なんと、赤いステージの上に、若者達が、元気良く、楽しそうに、よさこい踊りを踊っている真っ最中であった。

一番前のベンチには、カメラや、ビデオを撮影されている方達がおられ、その後ろを、舞台と取り巻くように、観客の方々が、みんな、暑いので、ビールや、かき氷を口にして、熱い若者達の、踊りを真剣に、しかも、楽しそうに観ておられた

私も、一番前の席が、空くや否や、すかさず席に座らせて戴いて、若者達の生き生きとした、そして、なんとも言えない、ありったけの笑顔で、踊っておられる姿を観て、物凄いカルチャーショックを受けた。

この若者達は、本当に、今の世知辛い現代社会を生きる本当の姿なのか?!凄い、凄すぎる。私が拝見したのは、もう、ほとんど最後のグループの若者達の踊りであったが、中には、小学生くらいの子供達も、真剣に踊っていた。

そして、最後は、全員が、舞台狭しと、土煙りの舞う、観客席にまで、踊りながら、笑顔を振りまく、なんとも言えない素晴らしいフィナーレが、あっという間に終わった。司会者の方の解説によると、これで、まだ、終わりではなく、この後、引き続いて千里のメイン会場を移して、夜の9時まで、行なわれるのだと言う。「おお!なんというお祭りなんだ、一体全体?」好奇心の塊の私は、受付のテントに行き、お祭りのパンフレットを戴いた。

そして、お祭りのスタッフで、OBでもある、これまた笑顔の素敵な男性が、声を掛けて来てくださり、この「こいや祭り」の説明をしてくださった。

このお祭りは、毎年行われていて、今年で、なんと11年目になるのだそうだ。しかも、毎年、大阪で催よされていて、中には、北海道から参加されるグループもおられると言う。

私は、この説明してくださった、好青年のOBの方に、自分は紙芝居の活動をさせて戴いている者で、このお祭りを拝見して、改めて、大阪の若者、否、日本の若者が、こんなに活き活きと、もんなで力強く一致団結して、しかも、感謝と礼接の心を忘れず、全員が満面の笑顔で、踊っている姿に、物凄く感動したことを、お伝えさせて戴いたら、日に焼けた顔から、こぼれるような真っ白い歯を見せて、笑顔で、私の気持ちに応えてくださり、本当に、在り難かった。

紙芝居とよさこい踊り、どちらも、全く違うものでは、あるが、私は、そこに、コミュニケーションという、共通する要素が在ることを、発見した。

お忙しい中を、お話を聞かせてくださった、OBのお兄さん、本当に、ありがとうございます。私は、この素晴らしい、若者のお祭りが、大阪で開催されていることに、本当に、希望を抱くことが出来、「ああ、大阪の街、日本の未来は、まだまだ、これで、大丈夫だ。」と、心から喜ぶことが出来、名刺の交換をするべく、現役の実行委員の方を紹介して戴き、青空みかんは、とても、満ち足りた気持ちで、扇町公園を後にしたのであった。

                    byみかん

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ピースおおさかで紙芝居を演じさせて戴いて   2010年9月9日

今日は重陽の節句。なんのことかは、よく判らない方もおられるかもしれませぬが、なんでも、昔は菊の花びらをお酒に浮かせて、お祝いをしたそうです。

そんな、おめでたい日に、平和の資料館「ピースおおさか」で、紙芝居を子供達に観て戴きました。有り難いことです。

たくさんの子供達が、紙芝居が始まるというので、講堂に来てくれました。でも、紙芝居が始まると、すぐに出て行く子や、一つ目の紙芝居をMさんが演じてくださった後、不肖、私、みかんの実演の番になりますと、潮がひいたみたいに、バタバタと、出て行くではあ~りませんか?でも、一番前の何人かの子供達と、その周りの、数人の子供達が、残ってくれて、真剣にうちの紙芝居を観てくれていました。

私は、一人の真剣な眼差しをして、じっと見入っている少年が居たので、彼とアイコンタクトをとりながら、必死で、演じきりました。彼の目の瞳の輝きが、私の折れそうな心を立ち直らせてくれたのでした。(もちろん、観てくれている子供達全員に心を込めて演じさせて戴きました)

紙芝居って、本当に不思議ですね。こんな、小さな舞台に入っている絵を観ながら、演じ手が、お話を語ることで、みんなが、集中し、コミュニケーションを図ることが出来、そして、それが、土台となって、共感の空気が、会場に漂うのが、実感出来るのです。

あんなに、子供達が出たり、入ったりして、バタバタとしていても、誰も私語もなく、また、観ている子は、しっかりと、紙芝居のお話の世界を、みんなで共有出来ているのです。

最近、マスコミなどにも、紙芝居のことを、いろいろと取材してくださったり、とりあげて戴くことが多くなりました。

でも、ここで、はっきりとさせて戴きたいのは、私の目指しているのは、やはり、観る人が、感動し、心の奥底の魂に深く刻み込まれるような、そんな紙芝居を私は、演じさせて戴きたい。また、知っていただきたいのです。

紙芝居は、演じる人の生き様そのものが、もう、丸ごと表れます。だから、ほんまもんの紙芝居を演じないと、観る人の心に深く入っていけない。また、紙芝居は、集団で観るものだからこそ、尚一層、作品の中身が本物であることが、大切です。

少々、堅苦しい話になりましたけんど、本日、ピースおおさかで紙芝居を演じさせて戴いて、改めて、そのことを身を持って、感じ取りました。

正直言って、今日の紙芝居の実演では、いろいろ、自分なりに、苦しみ、悩み、もがきましたが、やっぱり、あの少年の瞳の輝きを思い起こし、自分なりの結論に至りました。

面白い、楽しい、ほっとする紙芝居も、確かに必要でしょう。でも、最後に残るのは、やはり、心の琴線に触れることの出来る作品が、ずっと、永遠に、これからも、語り継がれていくのではないかと、想います。また、そう、ありたいです。

みかんは、くさっても鯛ではなく、種が残ります。残った種を蒔くと、また、芽が出て、白い花を咲かせ、美味しいみかんをたわわに実らせてくれることを信じて、うちは、これからも、紙芝居の花を咲かせる為に、歩み続けて参ります。何時も感謝の気持ちと、無我の境地を忘れずに、邁進しとう存じます。ありがとうございます!

                   byみかん

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これでいいのだ~           2010年9月8日

故赤塚不二夫さんの漫画、「天才バカボン」のお父さんの決め台詞で、「これでいいのだ!」というフレーズが或る。最近、この言葉が、コマーシャルにも出て来るので、御存知の方も多々おられると思う。

私は、この「これでいいのだ!」という言葉が、何故か、とっても共感出来る。この、O型にして、ええ加減な、ノー天気だけど、かなり、気持ちのこまい私の性格には、この「これでいいのだ!」という言葉を聞くと、やけに勇気が湧いてくるのだ。

ひらきなおるのでもなく、自己否定するでもなく、ただ、ありのままの事実を丸ごと受け入れる寛容さが、この言葉には込められている。

うちら現代人は、こんな、バカボンのお父さんのような、おおらかな気持ちを忘れているのかもしれない。うちも、最近、なんだか、気持ちの余裕がなくなって、暑さのせいだけではなく、気持ちのアンバランスな時が多くなって来たので、気をつけます。

考えてみたら、大阪人て、おせっかいで、いちびりで、人懐っこいところが、特徴やったけど、最近、一つ目は、まあ、大阪のおばちゃんがしっかり実行してくれたはる(うちも含めて)けど、後の二つの性格を持った人て、すくのなってきたような気がする。

特に、二つ目の「いちびり」。他県の方は、なんのことかと首をかしげられるかと思うが、要するに、ユーモアがあって、思いも拠らんおもしろいことを言うたり、やったりする人のことを指す。

そんなけたはずれた人間が、なんでおらんようになったのかは、定かではないが、とにかく、「これでいいのだ~」と、何時でも言える気持ちの余裕を持てるような、こんまいことにこだわらんような、広い心をもてる、そんな人にわたしは、なりたい。(深津絵里さんみたいな女優になれたらすてき・・・)なんのこっちゃ!無理に決まっているやろ。どあつかましい!

                  byみかん

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生きてることって凄い!            2010年9月5日

生きていることは、心臓の鼓動が聞こえること

生きていることは、家族と共にご飯を食べること

生きていることは、大切なことを信じきること

生きていることは、友と一緒に笑い、時には喧嘩すること

生きていることは、悲しみを深く自分の心にそっとしまっておくこと

生きていることは、誰かの役に立てるとは思わないけど、そう、ありたいと願うこと

生きていることは、生きているということの喜びを実感し、感謝の気持ちを抱くこと

命の声が聞こえる。生きたい、生きる、生きているんだ、生きていることが素晴らしい!

そんな命の声達の喜びの気持ちを大切に、大切に、育みながら私は、今宵も眠りにつこう

やすらかに、あたたかく、ふわふわと、やわらかな眠りが、こんことを願いつつ・・・

命ほど、尊いものはないと、確信す。今日もまた。

                   byみかん

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狂った9月                2010年9月4日

皆さん、もう、いい加減におかしいとは、思いませんか?9月に入っても、まるで、真夏のような太陽がぎらぎらぎらと、照り続けるこの異常気象!

ロシアでは、あの、寒い国の典型のロシアでですよ、暑さの為に森林が火事になる!

台風が、発生しても、そのコースが、本来なら今頃は、もっと南のコースを通過して、日本に直撃する二百十日と言われる頃なのに、はるか、北のコース、韓国を通過するコースに変わっている!

九月と言えば、実りの秋ということで、新鮮な野菜や果物や魚などが、食べられる季節になるのに、不作、不漁で、値段があがっている!

そんなん、わたしら関係ないわ。などと傍観しているあなた、それは、とっても、恐いことですよ。

今、地球全体が、悲鳴をあげているのです。気づいてもらわなくては、困るのです。

高速道路が安くなり、明石海峡を航海している「たこフェリー」がなくなるというでは、ありませんか?

自分達さえ良ければ、他はどうでもいいのでしょうか?

これは、絶対、私達自身に降りかかって来ている問題です。

夜空を見上げても、大阪では、お星様が一つか二つしか見えないのは、私の目が、老眼になったからでしょうか?

この季節になると、赤とんぼちゃんが、飛んでいるのを見ることもなく、こおろぎさんの鳴き声も聞こえなくなり、すずめが、電線に止まっている気配も感じないのは、私の鈍い勘が、もっと、鈍感になってきたからでしょうか?

季節の移ろいを実感出来ないと狂うのは、人間の感性だと、私は思ういます。高齢になった親を亡くしても、悲しむどころか、親の年金でご飯を食べている息子や娘。

これからこの国は、一体、何処へ行こうとしているのでしょう?朦朧とした陽炎のように、人々の心も虚ろになると、誰が、この国の未来を引き受けてくれるのでしょうか?

とにかく、問題意識を持つことから、始めませんか?地球の悲鳴は、日本の悲劇に繋がるのです。「おかしいと気づく心が身を護る」

                byみかん

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まだまだ暑い9月のみかんの予定        2010年9月1日

九月に入ったというのに、この異常な暑さに、全く息も絶え絶えの方も、おられましょうが、後、もう少しの辛抱と想い、お互いに、乗り越えていきませう。今月の予定です。何かの参考になれば、幸いです。宜しくお願い申し上げます。いつも、ありがとうございます。

                     記

9/9(木)    「 ピースおおさか」 地下鉄、JR 森之宮駅下車

            午前10時~10時30分

9/12(日)      「キッズプラザ」 地下鉄扇町駅下車

         午後1時~4時 紙芝居グループさんのアドバイザー

9/19(日)紙芝居教室in難波大阪市立難波市民生涯学習センター

            午後1時30分~4時30分 「紙芝居を選ぶⅡ」

9/22(水)      親子サロン  田辺会館

             午前11時20分~45分 赤ちゃんとお母さん

9/25(土)    紙芝居教室in田辺  地下鉄田辺駅下車

          午後2時~4時   すずき住建様田辺スタジオ

9/26(日)      全興寺紙芝居  地下鉄平野駅下車

             午後2時と3時 

9/30(木)       マザーズドリームさんの紙芝居のお話会

         午後4時~4時30分 地下鉄田辺駅下車徒歩3分

以上でございます。今月は、久しぶりに、マザーズドリームさんのお話会に、参加させて戴けるので、とっても楽しみにしています。みんな、もう、ずいぶん大きくなっただろうなあ・・・

                byみかん

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夏休みが終わった・・・           2010年8月31日

遂に、夏休み最後の日を迎え、あの、猛暑の激しく、厳しかった夏休みが、過ぎて行った。

せやけど、今年のこの夏の暑さは、ほんまに、中途半端やない、まるで、南国のような気候であった。熱中症で亡くなられた方も大勢おられた。今、生きているのが不思議なくらい、過酷な夏休みであった。

でも、子供達は元気で、今日は、お昼からの出勤であったが、楽しそうに、夏休み最後の日を過ごしていた。でも、明日から二学期を迎えるとは、とても思えない暑さで、本当に秋がやって来てくれるのであろうかと、不安になる。

でも、帰りの電車の中では、もう、さすがにスーツ姿の方は、おられなかったけれど、みんんな、なんとなく、夏の終わりを迎えているような雰囲気を醸しだす服装であったような気がする。

お店のショウーウインドウには、秋物の服が飾られ、季節の移ろいを実感した。考えてみれば、子供の頃は、夏休みは、まるで、楽園天国(宿題がなかったらもっと!)のように感じられた。でも、子育てしている時は、早く、2学期になってくれよと、子供達のお昼ご飯の支度に追われて、そう、願っていた。

今、この歳になると、毎日が、必死のパッチの生活の積み重ねで、何か、もう、夢中で過ぎて行った。さすがの、元気者の私も、今日は、仕事から帰ると、何時もの如く、へしゃげた蛙のように、ぐったりとのびてしまった。ああ、歳はとりたくないものだ。

なんて、ぼやいている暇はない。また、秋という、新しい季節を迎え、気持ちを引き締めて、仕事に、紙芝居活動に奔走しなくてはならない。課題は、山積みだ。

なんかわからんけど、夜、娘が友達泊めてもえいいかと、尋ねていたなあ。また、家の大掃除もあかんなあ・・・

   夏休み終われば涼し砂遊び

              byみかん

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