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憧れの星*その名はジュリー          2010年9月17日

沢田研二のコンサートに、行って来た。会場は、まるで、プレ、デイサービス(失礼)のように、中年の淑女、紳士が大勢、集まっていた。

エスカレーターで、つまずいて転倒する事故もなく、無事に、観客は、席に着いた。中には、チケットの席番号が、老眼の為か、見えにくくて、間違った席に座る方や、うろうろと探し回る方もおられた。私自身も、何回もチケットと席番号を照合して、座った。が、誰かが、すいませんが・・・なんて、声を掛けはしないかと、冷や冷やしたが、そんなトラブルもなく、無事に、コンサートが始まった。

ジュリーが出て来ると、みんな、黄色い?声援を送った。私は、二階の席だったが、一階は、オールスタンディングだった。(二階でよかった・・・)

ジュリーこと、沢田研二が、何故こんなに凄いかと云うと、彼の歌声は、ほんまもんだからだ。声量といい、表現力といい、体力、気力、ステージマナー、全てが一流なのだ。

観客もそれを知っている。ずっと、タイガースの時から、あの、憧れのジュリーが、ずっと永遠に、スターであり続けることは、本当に、並大抵の苦労ではないと、想像する。

でも、沢田研二の凄いところは、62歳という年齢を、全く感じさせず、何十曲歌っても、全く息があがらず、それどころか、歌いながら、舞台狭しと、端から端まで、全力疾走で駆け回る。あのパワーは、一体、どこから来るのであろう?

二年前のジュリーが、60歳の還暦の時に、東京と大阪のドームで、全曲60数曲を歌いきった後、ジュリーの中の何かが、つき抜けたのであろうか。その、走る姿は、以前見たときよりも、遥かに若々しい。

ジュリーは、観客を関西弁で、笑わせ、和ませ、パワーを与えてくれる。最高のエンタテナーだ。70歳まで、歌い続けると、私達に約束してくれた。後8年したら、私が、今のジュリーの歳だ。

私も、これから、益々、もっと精進して、ジュリーを希望の星と崇め、紙芝居の星になるんや!と、心に誓い、大阪国際会議場を後にした。窓からは、大阪の美しいネオンが瞬いていて、ただただ、とても眩しかった。

                    byみかん

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コメント

みかんさん、ジュリーのファンやったの?
私はトッポ、ピーが好きやった〜♪
同じ世代で生きてきたようですね(笑)。
ジュリーのステージ、一度行ってみたいです。

投稿: まりあ | 2010年9月21日 (火) 06時49分

まりあさんも、同じ世代なんですね。私が、小学校6年生位の時が、グループサウンズの最盛期でした。その時は、オックスの真樹ヒデトの大ファンでした。
あの頃のジュリーは、まるで、神様みたいな存在だったので、とても、コンサートなんて行けなかったけれど、今、あのジュリーこと、沢田研二のコンサートを観に行けることが、夢みたいです。
ほんまもんは、いくつになっても、歌声が変わらないのですね。
                             みかん

投稿: | 2010年9月21日 (火) 22時45分

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