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踊る阿呆に観る阿呆・・・         2010年9月18日

不覚にも、テレビの前で、眠ってしまった。目が覚めると、そこでは、高知のよさこい踊りの中継録画をやっていた。

私は、思わず、先日の扇町公演で観た、「こいやさ祭り」を思い出し、鳴子を手に男の人も女の人も、大人も子供も、みんな活き活きと踊っていた。

そして、「よさこ踊り」に続いて、徳島の「阿波おどり」の、これまた、中継録画が放送された。私は、この二つの、街ぐるみの祭りの踊りを拝見して、血湧き、肉踊る想いで、テレビの前で、踊り始めた。

特に、阿波踊りの「踊る阿呆に観る阿呆、同じあほなら踊りゃなそんそん~」という、掛け声が、大好きで、お祭りと、盆踊りが大好きな私にとって、この、二つの街ぐるみのお祭りを拝見して、是非、自分も踊りに参加してみたいと、想った。

来年の3月に、徳島の紙芝居ボランティアグループ「おしゃべりくまさん」に、久しぶりにお会い出来るので、その時に、来年度は、是非とも、8月の阿波踊りに、参加させて戴きたいと願っている。

踊っている方々のインタビューを聞かせて戴いて、皆さん、本当に汗だくで、満面の笑顔で、踊りきったという、なんともいえない達成感を実感されて、踊るこで、日常のことを忘れ、無心になれて、踊れることに、感謝の気持ちを述べておられるのが、心をうたれた。

踊ること=生きていることの証なのだ。そして、この伝統ある踊りを、次の時代へと、脈々と引き継いでいき、日本の伝統文化を絶やさず、守っていくのだという、気概のようなものが、伝わってくる。

私も、夏祭りの時や、盆踊りの時に、浴衣を着せてもらって、踊りに行くことが、何より楽しかった。また、高校生のとき、みんなが、一致団結してりや、応援の型の練習を、夜遅くまで、練習して、当日まで、1,2年の時は、先輩に指導して戴き、3年になって、法被を着て、河内音頭を踊って、みんなで、力を合わせて、体育祭を行なったことを、思い出した。特に3年生の時は、前日に激しい雨に見舞われ、次の朝早く、学校に行って、全員が、新聞紙を持って、運動場にたまった雨水を、必死で吸い取った思い出は、今でも、私の心の財産だ。

学校から帰って来ると、母が、「よう、がんばったね!」と、一言言ってくれたとたん、私は、涙が止まらなくなって、自分でも、何を言うたかわすれたけど、とにかく、自分達が、精一杯やらせてもらったことに、感謝した。

そんな、遠い昔の、青春時代の思い出を、今日の、この二つの踊りは、私に、呼び覚ましてくれた。夏祭りの日に生まれた私は、きっと、お祭りも好きだが、自分自身も、それに参加し、見ている方々に、喜んで戴き、パワーを分かち合う、この、日本の文化を、これからも、ずっと、守っていって欲しいと願い、また。紙芝居も、日本の文化として、次代を担う人々にお伝えさせて戴きたいと、改めて、心に誓った、みかんであった。

紙芝居、演じる阿呆に観る阿呆、同じあほなら、演じなそんそん~ソレソレソレ・・・

                    byみかん

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