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2010年8月

みかんの本屋さん探索記             2010年8月28日

今日は花の金曜日じゃなくて、土曜日。明日はお休みということで、心ウキウキ、胸ワクワク、足下ルンルン気分で、天満橋の京阪モールのジュンク堂書店へ、寄り道をした。

ワー、あるわ。あるわ。本が、一杯並んでる!(当たり前やがな!)私は、まんず、今NHKで放送されている「リトルチャロ2」の9月号のテキストが出ているか、確かめてから、何時ものコースの、落語・芸能の本のコーナーと、絵本のコーナーをゆっくりと回った。ついでと言っては、なんだが、旅の本のコーナーにも寄って、青春18キップの旅行の本と新しい時刻表を見てみた。(全く買う気はない。)

落語の本コーナーでは、以前見たのと、あまり変わらず、そんなに目新しい本は、出ていなかったので、さっと流して見た。相変わらず、落語家ブームということで、たくさんの本が出ている。紙芝居の本も、いつかは、この位出るようになってほしいなあ・・・と何時も想いながら、一番奥の絵本のコーナーへと、進む。

絵本コーナーは、こちらも、今、日本語ブームということで、落語の絵本や、四字熟語や、論語の本まで置いてある。日本語ブームと言うよりも、言葉のブームやなあと、一人感心し、その棚の隅に、申し訳なさそうに、紙芝居が五つ程並べられていた。

ヤッター、また、新しいのが入っているのかなあ?と、一つ一つ見てみると、なんと「北風がくれたテーブルかけ」が、入っているではないか?こうして、少しずつでも置いてもらえたら、有り難い。

私の目は、それらの紙芝居から、ずっと横の絵本コーナーへと移動した。「ああ、なんで、こんなにぎょうさん絵本の理論や歴史の本が並べてあるのに、紙芝居の本は一冊もあらへんのかなあ・・・さびしいなあ」と、ため息をついて、ふと、絵本コーナーの一番奥に、木製の机と椅子が置いてあって、絵本を見ることが出来るようになっていた。

うちも、いつかは、こんな机や椅子を置いて、みんなで楽しく、紙芝居や絵本を見てもらうスペースを造れたらいいだろうなあ・・・」などと、思い巡らしていた。

時間は、もう、7時をとっくに回っていた。いけない!帰らなくっちゃ!私は、一目散に、最初に確認した、「リトルチャロ2」の9月号のテキストを取りに行き、レジに並んだ。

やっと、テキストだけ買って、でも、そのままでは帰らない、みかんさん。しっかりと、或る方から頼まれた、紙芝居を予約してから、(ぬかりはないぞ。自分で言うか?)やっとこさ、ジュンク堂の本屋さんを出た。やれやれ、ほんまに、本屋さんに行くと、もう、どうしても、時の経つのを忘れてしまう、みかんであった。そんなに、大して本読まんくせに、好奇心だけは、旺盛なんだから、まったく困ったものですね!

                   byみかん

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さわやかな夕立と虹をみならいたい      2010年8月26日

夕方、一転、俄かに掻き曇り、遠くの方では、ゴロゴロと雷さんの鳴る音がする。いよいよ、これは、遂に、やっぱり、待ち望んでいた夕立ちゃんが、降ってくれて、涼しくなるやんかいさ~と、喜んで、雨が降るのを期待しておりました。

だが、残念ながら、ほんの、申し訳程度に、雨がパラパラ降ってきて、熱く焼けた、アスファルトの道路も、ほんの少し濡れただけで、その濡れた道路から、反対にムンムンと熱気が、伝わって来た。

それでも、駅へ向かって、帰宅の途に着いていた私は、何故か、懐かしい水の匂いが漂うのが、感じられた。「そうや、夕立が降った後は、こんな、水の匂いが、いつも地面から湧き上がって、どこかから、涼しい風が吹いていたなあ・・・あれは、もう、まぼろとなったのか。

そんなことを考えながら、駅に向かう歩道橋を歩いていて、ふと、空を見上げると、なんと、其処には、大きな弧を描いた虹が出ているではあり~ませんか?

私は、思わず紙芝居の「にじになったきつね」の、ごろざえもんぎつねが、病気になったおじいさんを、元気づける為に、命がけで虹になる場面を思い起こした。「ごろざえもんも、きっと、こんな立派な虹に化けてんやろうなあ・・・」と、夕立にはあわなかったけど、でっかい虹を見ることが出来て、なんだか、とっても得さいた気持ちになれた。

「私も、夕立や、虹にはなれんけど、みんなの心に爽やかな風を吹くように、感じてもらえる人間になれたら素敵だなあ・・・」とひとりごつを言いながら、おけいはんの電車に乗って、家路に着いたみかんであった。

                       byみかん

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回れ、拡がれ、人の縁(えにし)          2010年8月25日

午前中、絶不調の身体で、高速を車をとばして、お父ちゃんの入院している病院に向かった。なんでも、尿を出している管を交換しようとして、管がはずれなくなったので、別の専門の病院で診てもらうので、来るように言われた。

なんで、そうなったんか、どうして、治療してもらうのか、そんなことも、なんにも判らず、不安な気持ちで、私と母は、岸和田の病院まで、連れて行ってもらった。

人間の不安というのは、2つの段階があることに、気づいた。一つは、これから先がどうなるのか判らないという、不確か性から来る不安。もう、一つは、自分の信頼する、または、信頼したい人が、とても、不安な表情や態度をとられて、こちらも、その雰囲気が伝わってくる不安。

幸い、一緒に行ってくださった、看護師さんは、ベテランの方で、本当は、父のことを心配してくださっているのが、判ったが、そんな不安な表情を、全く見せないで、私達と同行してくださった。

幸い、父の身体から抜けなかった管は、診察してくださった医師に依って、あっという間に抜けてくれた。「よかった!」その場に居る、みんなが、そう、叫んだ。

これこそ、本当の共感の喜びと言うものであろうか?傍で、大きな器具を持って、スタンバイされていた、もう一人の医師も、ほっと、安堵してくださった。

私は、(もし、この管が、どうしても取れへんかったら、どないしはんのやろ?やっぱり、切開手術ということになるのかなあ・・・)と、本当に、救われた気持ちと、そうならなかった、感謝の気持ちで一杯になった。

医学の発達と進歩は、こんなにも、人々に喜びと、生きる希望を与えてくれるのだ。そら、確かに父は、寝たきりで、口から、食べ物を食べることもできない。でも、父の、大きなパッチリと開いた眼を見ると、確かに、身体は寝たままで、口もきかれへんけど、生きているのだ。いや、生かされているのだ。

私は、久しぶりに会った父の元気そうな様子を見ることが出来、また、病院の職員の方々が、本当に親身に父のお世話をしてくださり、入院してもらった時は、本当に、辛かったけれど、この病院にお世話になって、本当に良かったと思う。

母も、父が生きていてくれていることが、唯一の支えのようになっているので、私は、人様のご縁を大切にしながら、回りまわって、そして、拡がり続けていって、これからの、日本の高齢者の方々が、安心して暮らせる世の中になっていって欲しい。

いずれは、自分が、行く道だ。父が元気で、私が、まだ、今より、もっと若くて、生意気(今でも充分生意気でっけど・・・)な時、祖母のことで、喧嘩になり、その時父が、「人間は、誰でもいつかは、年老いていくもんや。そやから、お祖母ちゃんのことをもっと大切にせなあかんやないか!」と、言われて叱られたことがある。

その父が、今は、やっぱり年老いて、寝たきりになって、病院のお世話になっている人の一生も、また回りまわって、自分に還ってくるもんなんや。その為には、今という、この時を精一杯、大切に生きて、周りの人に、優しくなれる自分でありたい。

そんなことを考えながら、私は、今日も、たくさんの方と出逢わせて戴いて、今日、一日の自分の人生を振り返り、また、明日へと、突き進んで生きたいと想う、みかんであった。おぬし、かっこええのお~

                   byみかん

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今日と明日は、地蔵盆の日です。       2010年8月23日

今日、8月23日と明日24日は、地蔵盆の日だ。聞く所によると、この、地蔵盆と云う風習は、関西にしかないそうだということを知り、私は、少し驚いた。

だって、お地蔵さんは、子供さんを守る為に、何時も、ひっそりと、各々の街の片隅に佇んでおられるのだ。その、お地蔵様のお祭りが、在っても不思議ではない。

この二日間に、子供達が、お賽銭を持って、お地蔵様をお参りすると、地域のお世話役の方が、子供達に、お菓子やら、ジュースなどを下さる。

家の娘達も、子供の頃は、二人で、自転車に乗って、あっちこっちのお地蔵様をはしごして、山程のお菓子を戴いて来た。(我が子ながら、逞しいのお・・・)

くしくも、明日8月24日は、初孫の静流ちゃんの誕生日である。この子は、お地蔵様が、授けてくださった子かもしれない。

お地蔵様のある処に、テントを張って、ちょうちんを吊り下げ、子供達が、元気に集まっている様子を見ると、私も、なんだか、とっても嬉しくなる。この風習だけは、ずっと、廃れずに、続いていって欲しい。

お菓子が欲しいのではないけんど(当たり前やがな)子供達は、地域の宝であるという考えが、これからもずっと、脈々と引き継がれて、二度と、幼い子供達が災難に遭わないで、みんな、幸せになって欲しい。

もし、お時間がある方が、ございましたら、どうか、近くのお地蔵様をお参りして、差し上げてください。そして、子供達の健康と幸せを祈ってあげてくださいませ。

                   byみかん

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みかん、紙芝居のルーツ立絵を探る!     2010年8月22日

現在の形の紙芝居が生まれたのは、今から凡そ、80年前の昭和5年、東京の下町である。その以前は、立絵(たちえ)と呼ばれる、今で言う、ぺープサートの人形芝居が、人気を博していた。

当時、その立絵を、紙で作った人形のお芝居であったので、紙芝居と呼ばれえていたのだ。つまり、紙芝居のルーツである。私は、友人のTさんと一緒に、この紙芝居のルーツである、立絵が、どうしても観たくて、横浜に在る、横浜市立歴史博物館へ観に行かせて戴きに行ってきた。

横浜市立歴史博物館では、今、「大紙芝居展」が催されていて、覗きからくりや、立絵の実演や、昔の街頭紙芝居の展示が行なわれているのである。

私達は、横浜に着くと、横浜市立歴史博物館目指して、まっしぐらに向かった。横浜の街を訪れるのは、初めてで、モダンな建物や、変わったお店が並んでいて、なんとなく、異国情緒の漂う街である。

私達は、歴史博物館に、やっと辿り着いて、真っ先に目に入ったのが、玄関のエントランスに置かれていた、立派なのぞきからくりの舞台であった。「幽霊の継子いじめ」という演目らしく、大きな、立派な字で描かれ、その下に、美しい、大正ロマン調の絵が、何枚も並べて描かれていた。

その、絵の下には、丸いガラスの穴が、上段と下段に、いくつも仕掛けられていて、思わず、中を覗きたあくなったのだが、残念ながら、柵がしてあって、入れない。う~ん残念!

でも、気を取り直し、館長さんから、いろいろお話を聞かせて戴き、そして、立絵の語り手であられる、飯田豊一先生に、ご挨拶をさせて戴いた。

飯田先生は、日本で、ただ一人の、立絵の語り手であられるそうで、本日の実演作品は、「鈴ヶ森 白井権八」だそうだ。飯田先生曰く、「立絵の実演は、その殆どが歌舞伎の演目です。だから、昔、立絵師のことを、歌舞伎やさんと呼ばれていました。」と、粋のいい江戸っ子弁で、教えてくださった。

そうか、立絵は歌舞伎と、深い関係があるんや。やっぱり紙芝居は、日本の伝統文化と深い縁が、繋がっているのやなあ」と、私は、感心した。

やがて、立絵に実演の時間になった。これまた、紙芝居同様、小さな箱型の舞台(これも、飯田先生作)に、歌舞伎の舞台のような、縦じまの幕が開き、その中は、後ろに黒い布が張ってあり、人形使いの方が一人で、全ての人形を操られる。すごい!そして、それぞれの人形に、いろいろな仕掛けが施されていて、裏を向けると、パッと変わる、その変化を、当時の人々は、楽しんでおられたようだ。

飯田先生の語りに合わせて、効果音の太鼓を叩く方も、おられ、都合三人の方で、この立絵の芝居が、進行される。だが、昔は、この三役と、飴を売ることと、四つの事を、一人でされていたというのだから、これまた、凄い。

飯田先生のお話と、文献によると、当時は、鏡を使ったり、人形を焼き鳥のように串刺しして、ひっくり返して、立体的な変化を施していた人も、おられたそうだ。そうして、こうしたお芝居は、昔は、各町に、一軒ずつ、映画館が在ったように、このようなお芝居を観せる為の寄席が、建てられて、見料を払って、人々が楽しんでいたそうだ。

だが、やがて、道具一式を肩にかついで、街の中を練り歩き、子供達に飴を売って、見せる様になっていった。この立絵というのが出来たのが、大体、明治20年頃だそうだ。

この立絵の前が、所謂、幻灯のような、写し絵と呼ばれているものであった。それとは、別の流れで、江戸時代の終わりごろから、昭和の初めにかけて、のぞきからくりというものが、縁日や、寄席で為されていたということである。

紙芝居の歴史の蘊蓄は、この位にして、私達は、飯田豊一先生の語りの「鈴ヶ森 権八」の実演を、じっと見入ってしまった。紙芝居とは、また、違った魅力が秘められていた。それは、一言でいうと、伝統の貫禄とでもいうのか、私達は1時半と3時の二回の実演を観せて戴いた。

二回目の3時の時は、子供達が大勢観ていたので、私は、そうっと、一番前の席から、振り返って、子供達の顔を見せてもらった。すると、子供達の目は真剣に、舞台の方えを見つめ、じっと、お芝居の世界に入り込んでいるのが判った。「やっぱり、立絵は、凄い!この伝統は、絶対残していって欲しい。」と、私は願った。

紙芝居の前進の、立絵を、自分の目で観た、Tさんと私は、紙芝居の体験コーナーで、お互いに、紙芝居を実演し合いながら、楽しんだ。

私は、この紙芝居展のことを教えてくださって、一緒に観に連れて行ってくださったTさんに、心から、感謝の気持ちで一杯になった。Tさん、ほんとうに、ありがとう。そして、飯田先生や、実演してくださった方々、そして、この紙芝居展を企画され、親身になって解説してくださったり、飴まで販売して、雰囲気を味あわせてくださった、歴史博物館の館長さん、お世話になり、ありがとうございます。

この紙芝居展で、学ばせていただいたことを、また、自分の紙芝居の活動の糧として、これからの21世紀に、私達はどのように紙芝居の道を歩んでいけば良いのか、自分の与えられた宿題として、学ばせ続けて戴きたいと、想います。歴史は、ある日突然、変わるのではなく、一日、一日の、その時代に生きた人々の営みに依って、創られて行くということが、今回の見学で、本当に、よく判りました。「ローマは一日にして成らず」私達も、この激動の平成という時代を、共に、より良く生きていくことで、次代を次ぐ子供達の為、また、私達自身が、幸福になる為に築いていこうでは、ありおませんか!

                    byみかん

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みかんの昨日今日明日           2010年8月20日

皆様、残暑お見舞い申し上げます。お盆も過ぎて、夏休みも、後、残すところ、十日程となりました。子供達も、ぼつぼつ、夏休みの自由研究や、読書感想文などの宿題と、格闘する頃なのでは、ないでしょうか?(この宿題て、親の方が大変でんなあ)

さて、私は、この猛暑にも、ひたすら耐えながら、仕事と紙芝居活動と、昼寝?にいそしんでおります。昨日は、孫の静流ちゃんの、お誕生日プレゼントに、ぽっぽっちゃん人形を届けに、行ってまいりやした。静流ちゃんは、そのお人形が、気に入ってくれたみたいです。

ミルクをあげたり、抱っこをして、よしよしと、お人形の背中をトントンさすってあげたりして、娘が、下のあかちやんを、お世話する通りにするのです。そして、なんと、娘がおっぱいを、吸わせてあげると、静流ちゃんも、自分の着ている服もまくりあげて、ぽっぽっちゃんにおっぱいをあげる真似をするでは、ありませんか!本当に、子は、親の鏡とは、よく言ったものですね。

2歳になる静流ちゃんは、もう、立派な女の子です。私は、これからも、孫達の成長を楽しみにしながら、自分の好きな道を歩ませていただけることに、感謝して、紙芝居の普及に努めたいと想います。

明日は、横浜の歴史博物館に行って、紙芝居のルーツである、立絵の実演を観に行かせて戴きに参ります。歴史博物館では、昔の紙芝居や、覗きからくりなどの展示もされているそうなので、自分の目と耳で、しっかりと見聞を深めさせて戴きたいと、想っております。

23日の、平野の全興寺さんの紙芝居は、午後3時からですので、それに間に合うように還ってまいります。今月は、お祭りということで、3時からだけの一回口演です。

何時ものように、プロの紙芝居師の鈴木常勝さんや、御住職の足を引っぱらない様に、精一杯、努めさせて戴きたいと想います。どうぞ、よろしゅうおたの申します。

いつも、ありがとうございます。まだまだ、暑い日が続きそうです。どうか、皆様、熱中症には、くれぐれも、ご用心下さい。

                   byみかん

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みなさ~ん、お元気でっか?        2010年8月17日

みなはん、お元気でっか?~こんな、どうしようもない暑い時は、べたべたの大阪弁で、思いっきり、ボケて、突っ込んで、笑うのがいちばんでんなあ・・・せやけど、この、脳みその少ないうちは、そんな気の効いたギャグも、おもろい話もでけしまへんので、まあ、そこは、この、うちのべたべたの大阪弁丸出しの言葉で、ご辛抱ください。

この暑さ、まだまんだ、続きそうですので、うちは、今、体力つけるのと、美力?を備える為に、ハーブティーなるものを、飲んでます。これが、結構、いけてるんです。まあ、薬とちごうて、すぐには、効き目がおまへんけど、このごろ、うちは、布団に入って、分厚い本を開いて、1,2、行よんだら、バタンキューと、朝まで眠れるのです。

仕事柄、昼ねがでけへんのですけど、前やったら、午後から、きょうねぎ、あっ、ちゃあうわ!きょうふの睡魔が、襲ってくるのでしたが、最近は、おめめぱっちり、頭、すっきり、とまでは、いきませんが、子供達と、野球ゲームしたり、ウノしたり、将棋なんぞをして、遊んでもろてます。

勿論、実務のお仕事も、怠りません。電卓片手に、帳簿と格闘している時も、おます。そんな、元気な、みかんから、皆様へ、サマープレゼントを贈り待っさ。

小噺その一 「かあちゃん、パンツやぶれた!」

       「またか」

小噺その二 「ゴキブリが骨折した」

        「ゴキ! ブリ!」

小噺その三 「お母ちゃん、この魚の炊いたん何?」

        「そんなわかりきったこと、おかあちやんに、イワシなはんな!」

すんません、だいぶ、さむうなって来られたと想いますので、しょうもない小噺は、この辺で、お開きさせてもらいます。みなは~ん!暑い時は、大阪弁丸出で、アホなこというのが、やっぱ、一番でんなあ?えっ?ちっとも、すずしならへんて?それは、すんません。まだまだ、こおりまへんのやなあ・・・お後がよろしいようで~

                   byみかん

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すいません。ついていけませんでした。      2010年8/15

皆様、お暑うございますです。一応、このブログは私本人が更新しているのですけんど(当たり前やんか!)なんか、バージョンアップしたのか、機械についていけず、四苦八苦して、やっと書き込むことがでけました。やれやれ・・・

せやけど、なんでんなあ、お盆とか、年度変わりとか、年越しとかの節目、節目に、リニューアルされるので、機械に弱いうちは、ドキドキですわ。昨夜は、なんぼ、がんばっても、自分のブログを開くことが出来ず、大汗かきました。

まあ、人生もそんな似たようなことが、一杯ありまして、一寸先は闇ですけんど、希望の光を消さず、冷や汗かきながら、これからも、生かせてもらいまっさ。

今日は、お盆の真っ只中の日曜日やというのに、無謀にも、難波で紙芝居教室を開かせて戴きました。こんなお忙しい日にも係わらず、お越しくださり、本当にありがとうございます。本日は、平和紙芝居を演じるというテーマで、終戦の日に、多くの先の戦争で亡くなられた方々を悼み、学ばせて戴きました。

特に、印象深かったのは、戦争の時に学童疎開された、Sさんがえんじられた「平和のちかい」の紙芝居でした。時々、胸をつまらせながら演じられるので、こちらも、とても切ない思いを抱き、感慨深い実演をされました。

ベトナムの方が創られた「象牙の櫛」という、紙芝居も実演して戴き、やっぱり、平和が一番、有り難いと、ひしひしと、実感させて戴けました。

戦後65年というのは、あまりにも長いようですが、徳川幕府の260年の期間に較べたら、ほんの四分の一程の期間です。(計算おうてるかな?)私達は、時代の中を生きているのだということを、常に意識しながら、これからも、どうしたら、みんなが幸福になれるのかということを、一緒に考えていけたら、素敵ですね。

メカには、めっぽう弱いみかんですが、これからも、このブログを続けさせて戴き、地道にコツコツと、紙芝居の素晴らしさを、皆様にお伝えさせて戴きたいと想います。どうぞ、宜しくお願い申し上げます。

まだまだ、暑い日が続きそうです。くれぐれも、お身体を労わってくださいね。

                   byみかん

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みかんのお盆休み               2010年8月13日

今日から、お盆に入り、私も、有り難いことに、お休みを戴いた。娘は、鉄砲玉みたいに、朝から、何処かへ出かけられ給い、私は、ママチャリに乗って、久しぶりに、何時もお世話になっている、鍼灸院へいって、鍼と灸をしてもらって、くたびれた身体のメンテナンスをしてもらった。

鍼灸院からの帰り、スーパーに寄って、お買い物をした。ここのスーパーのポイントカードをためていて、500ポイントたまると、500円の商品券がもらえる。そして、もう少しで、その商品券をゲットできるので、張り切って、玉子(98円安い!)やら、お肉やら、パンやら、その他、食材を真面目に買って、レシートを、おそるおそる、確認してみると、な、な、なんと、遂に、500ポイントを越えていた!ヤッター!私は、胸をワクワクさせながら、自分で発券出来る、機械の前まで行き、遂に、お買い物券を手に入れたのだ。

たかが500円、されど、500円。この大切な券は、まだ、遣わないで、大切に財布にしまっておこう。(たいそうやなあ)うちは、ほんまに、頭が単純に出来ているみたいや。でも、結構、ナイーブなところもあるんでっせ。(ほんまかいな?)

昼からは、お墓参りに、レッツゴー!ああ、だけど、だけど、道に迷ってしまった。しまった、しまった、島倉千代子(もう、ええっちゅうに)結局、回り回って、もう一度、自宅から振り出しに戻る。人生も、こんなもんかいなあ?迷った時は、一からやり直しや!

やっと、墓地に着いた。やれやれ・・・処が、なんと、お墓に着くや否や、母が「しもた!お花忘れてきたわ!」「もう、戻るしかないやん!お花のないお墓なんて、クリープを入れないコーヒーみたいなもんや!」なんか、もう、自分でも訳わからんことを言うて、また、自宅に戻った。ほんま、お墓が近いということは、有り難いことや。ご先祖様に感謝、感謝。

そんな、修業のような、お墓参りだったが、お墓に飾った花は、決して立派なお花ではなかったけれど、凛として、墓石を飾ってくれていた。今年も、こうして、お盆に、お墓参りをさせて戴けることを、心から有り難いと、感謝の気持ちで一杯だった。

お墓参りを済ませてから、兼ねてから、修理に出していた、母のラジカセを受け取りに、今度は、道に迷わず、大型電器店に行った。カウンターの前には、殆ど、人が並んでいなかったけど、修理係の受付の所の店員さんが電話をされていて、他の店員さんも、誰もでんわ?その、店員さんは、うちらが、待っているのに、ずっと、電話で話しこんでいる。オイオイ、お客さんが先やろ!他の店員さんも、そんなに忙しそうでないのに、うちらを無視する。もう、疲れていたうちは、思わず、ばかでかい大きな声で、「すみませ~ん!」とどなった。こんな時は、おおきな声やと、お得ですわ。

やっと、念願の母のラジカセが、修理されて、母の元に還って来た。母は、すかさず、電池を買う。私は、くたくたで、母が電池を買っている時間も、長く感じられたが、しっかりと、「ポイントカード出しときや!」と、母に促した。すると、なんと、電池のお値段が割引きされたでは、あ~りませんか?ほんま、ポイントカードさまさまでんなあ~

くたくたになったうちらは、やっと、店の外に出た。そして、母と喫茶店に入り、私達は、久しぶりにクリームソーダーを注文した。その、クリームソーダーの美味しかったことと言ったら、この上ない。この味は、一生忘れられないだろう。(そない、たいそうな)

こうして、私らは、無事に自宅へ帰り、もう、とにかく、休憩した。「ああ、しんど!」

夜、テレビのニュースでは、お盆で、高速道路が渋滞しているとか、新幹線が満員だとか、円高で、海外旅行に行くのが楽しみだとか、放送されていたが、うちのお盆は、遠い、田舎に行くでもないけんど、近場を効率良く巡ることが出来た、充実した一日を過ごすことが出来、我ながら、満たされた気持ちになれて、幸せであった。

ほんの一日だけの、休みであったが、私は、明日への鋭気を蓄えられたようで、満足であった。「さあ、明日も、また、暑いけど、顔晴るぞ!」と、目をらんらんと輝いたかどうかは、定かではないが、目薬を注して、パチパチとすると、爽やかな気持ちになれた、みかんであった。(なんのこっちゃ?)

                byみかん

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平和をありがとう!             2010年8月12日

本日、大阪市の森之宮に在る「ピースおおさか」で、紙芝居仲間の方と、平和紙芝居を実演させて戴きました。正直、今日、実演させて戴く紙芝居のプログラムを、朝、出かける、ギリギリまで迷ってしまい、遅れてしまいました。

その時、一本の電話がかかってきて、原爆2世の紙芝居仲間の方から、本日、ピースおおさかに来られるという、お電話を戴き、私は、2つは決めていたのだが、3つ目の作品を「平和のちかい」をさせて戴こうと、決意した。

急いで、ピースおおさかに、駆け込み、実演させて戴く場所に走って行った。すると、もう紙芝居の舞台を置く台を準備していてくださっていた。

だが、頭の堅い、わがままな私は、せっかく準備してくださった場所では、観客の方との距離の隔たりを感じ、実演し辛いと言って、場所を移動していただいた。(職員のTさん、勝手言うて、すんません!)皆さんを巻き込むのが、私の悪い癖で、このブログを見て、朝、早くから来てくださったMariaさんと、Nさんにも手伝っていただいて、紙芝居コーナーを設えさせて戴いた。皆様、本当に、ありがとうございます!

最初は、こんな、台風の来た、悪天候の朝から、誰も、紙芝居なんて観てくれへんやろと、思っておりましたが、子供達や、大人の方もあわせて、10名余りの観客の方が、集まってくださいました。

初めに、私の「平和のちかい」を演じさせて戴き、次に、仲間のMさんが、「とびうおのぼうやはびょうきです」を演じてくださった。最後に、私の「父のかお 母のかお」を演じさせて戴いて、無事に、平和紙芝居のお話会を終えることが、出来ました。

一番前の、ちいちゃい男の子は、ちょっとたいくつそうやったけど、最後まで観てくれた。小学生の高学年の女の子が、二人ほど、小まめめに、メモをしてくれていたのが、嬉しかった。勿論、その場に居てくださった、全ての観客の方々が、じっと、紙芝居を見入ってくださっている空気を実感出来、本当にあり難かった。

予定の時間をオーバーしてしまい、ピースおおさかさんに、御迷惑をおかけしたので、2回目の実演は、「平和のちかい」を省いて、後の2作品を、同じように実演させて戴いた。

2回目は、観客の方は、殆どおられなかったけど、高齢者の男性と、職員のTさんと、仲間のNさんが、熱心に観て下さった。私は、何百人の方の前で演じさせて戴く時と、少しも違わず、心を込めて実演させて戴こうと、精一杯やらせてもらった。

ほんものの作品には、年代を超えた普遍的な魅力が込められていると信じている。紙芝居が終わってから、職員のTさんも、そう、おっしゃってくださった。そして、「とびうおのぼうやはびょうきです」の中に出て来る、海の中の白い雪のようなものは、放射能を浴びてしまった珊瑚の残骸なのだと、教えてくださった。

先日、この紙芝居の舞台となった、ビキニ珊瑚礁が、世界遺産になったと、新聞に書かれてあった。平和とは、自然を守ることに他ならないと、改めて気づかせてもらえた。

午前中で、紙芝居の実演は終わらせて戴き、私は家路の途についた。紙芝居を実演した後、一緒に紙芝居をしてくださったMさんが、「わたし、紙芝居のことが、おもしろくなってきました。」という、嬉しいお言葉をかみしめて、「平和紙芝居のことを、もっと、勉強させてもらわなあかんなあ。平和をありがとう!」65年間も、戦争をしないで来れたこと、そして、これからも、ずっと、平和続くようにと、感謝の念と祈りの気持ちを抱いたみかんであった。

夜、NHKの戦争の特番を観た後、母に、また、戦争の時の話を聴かせてもらった。戦争を体験するということは、かくも、大変な思いをすることなのか・・・二度とごめんだ!

                     byみかん

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明日は、戦争を知らないみかんの紙芝居です!2010年8月11日

明日は、ピース大阪で、紙芝居を実演させて戴く予定である。台風はんが、ちょっと気になるが、多分、恐らく、殆ど、大体、大方、(もうええわ、ええかげんにしなはれ!)必ず、参ります。行かせて戴きます。花も嵐も踏み越えて~(ふるう~)紙芝居仲間の方々と・・・

どんな紙芝居を演じるかは、当日の秘密とうことにさせてもらいます。私は、戦争を知らないけれど、戦争を体験した両親から、聴いた話を思い起こし、二度と再び、戦争が起きないことを願い、ありったけの想いを込めて、演じさせて戴きます。

今年は終戦65年ということで、もう、戦争のことを語れる方が、80歳を超えてしまっているという現実に直面し、私は、なんとか、戦争の悲惨さや、ひもじさ、辛さ、苦しさを、体験していないけれども、次代を担う方々に、紙芝居を演じさせて戴くことで、お伝え出来れば、幸甚です。

どうか、皆様、紙芝居がない日でもいいですから、一度、大阪の森之宮に在る「ピース大阪」を訪ねてみてください。今の世の平和な時代も、楽しい友との学校生活も、豊かな

毎日の食卓も、みんな、先の戦争で犠牲になった、沢山の方々の命の代償と思うと、私は、毎日の生活の一日たりとも、疎かにしては、ならないと鑑みます。

そして、一番大切なことは、今を、いかに楽しく生きるかということですね。戦争は知らないけれど、亡くなられた方々のぶんまで、何時も、笑うことを忘れず、笑顔でいたいと想います。明日も、そんな気持ちで、紙芝居を演じれれたら、嬉しいなあと、想っております。

最近、夏バテで、少しお疲れの皆様へ、お盆休みもあらへんわ!とお嘆きの方々へ、私の拙い、この作文のブログで、少しでも、憩って戴けたら、嬉しいです。いつも、ありがとうございます。

                  byみかん

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戦争を解らない子供達            2010年8月9日

今日、8月9日は、長崎に原子爆弾が落とされ、14万人以上の方々の尊い命が、一瞬で消えてしまった。悲しい日である。

そんな、大切な日だが、子供達は、今から65年前の今日、長崎に原子爆弾が落とされた日であることを知らない。いや、知らないというより、全く理解していない。

子供達は、何時もどおりに、自分の好きな遊びに、各々、夢中になっていた。私は、一人、部屋にあるテレビをつけて、原爆で亡くなられた方の慰霊式の中継を見つめていた。

私は、思った。現代の子供達は、戦争を知らないだけでなく、戦争というものを理解していないのだ。自分達とは、全く、関係のないものとして、意識されていないことが、判った。

私は、そんな子供達を責める気持ちは、もうとうない。むしろ、戦争というものを、理解させてもらえないことが、なんだか、とても、不安でならなかった。

でも、今の私に出来ることは、命の尊さと、原子爆弾の恐ろしさや、戦争の愚かしさを、伝えていくことしかないのだと、実感した。

確かに、65年という、歳月は、今の子供達にとっては、あまりにも遠い時代であだろう。だからこそ、二度と再び、無邪気に遊んでいる子供達を、二度と戦場に送り出すことのないように、私達大人が、しっかりと、伝えていかなければならないのだと、認識した。

戦争は、ある日、突然、いきなり起こるものではない世の中が不景気になり、国と国の利害を主張試合、話し合いではなく、武力で解決しようとする動きが、じわじわと、押し寄せて来て、そして、話し合いが決裂した時に、戦争が勃発するのだ。

だが、私達日本人は、核の恐ろしさを、二度も亘って体験した、唯一の被爆国である。核爆弾が、如何に恐ろしいものであり、そして、爆弾を落とされた後、今もずっと、被爆された方々の子々孫々まで、影響を及ぼすことを、身を持って蒙っている、こ

の、悲惨な現実を、世界中の人々に知ってもらい、二度と再び、このような恐ろしい爆弾が落とされてはならないことを、日本が、リーダーシップを率いて、先導していかなければならないと、私は思う。

戦争を解らない子供達が、本当の原爆や、空襲の恐ろしさを理解する為には、高齢化した、戦争を体験した方々のお話を聞かせて戴き、伝えていく、今が、ぎりぎりの時期であるのではないかと想う。

もう、そんなに時間はない。私は、テレビで、演説をしている管首相の演説を聴きながら、この、慰霊祭が、単なる儀式で終わらせてはいけない。本当の平和を希求し、犠牲になった、多くの方々の御霊に、恒久の平和を誓う、意味の在る式とならなければいけないのだと、心から願うのだった。合掌

                    byみかん

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みかん、高野山の修業から帰る!     2010年8月8日

以前から、ずっと行きたい、行きたいと憧れていた、毎日新聞社主催の、高野山夏季大学に、行って参りました。不安と期待の気持ちを胸に抱いて、二泊三日の、学びの合宿でした。今回は、平田オリザさんや、西川へレンさん、増田明美さん、谷川浩司さん、茂木健一郎さん、などなど、本当に多彩な顔ぶれで、この、時代を生きていく上で、大切なことを、それぞれの専門家の講師の先生方の切り口で、貴重なお話を聴かせて戴き、本当に、良い経験をさせて戴き、元気に本日、帰って参りました。

宿坊も、由緒のあるお寺で、美味しい食事を戴き、朝の勤行にも、二日間とも、参加させて戴き、二日目の時に、御住職から、瞑想の手ほどきを伝授して頂き、是非、家でも実践して、自己を見つめる時間をつくる習慣が、つければいいなあと、思いました。

この高野山夏季大学は、大正10年に始まり、今年で、なんと、86回目を迎えるという、本当に、脈々と続けてこられた夏季講座で、今回も、全国から、700名余りの方々が、参加されたと、言うことです。

私も、初めて参加させて戴き、一番楽しかったことは、一人で参加したのだけど、同室の4名の方々と、すぐに親しくお話をするようになり、まるで、ずっと前から友達だったような、錯覚さえ、覚えました。

終了してからも、名残惜しかったですが、お別れの挨拶えおして、来年も是非、再会しようと、誓いました。

ほんとうに、実の在る、貴重な3日間でした。講師の先生の書籍は購入したけれど、お土産をゆっくりと買う時間もなく、寺院も散策出来なくて、写経も奉納させていただけなかったのが、心残りでしたが、次回は、段取り良く、スケージュルを組んでいけたら、いいなあと想います。

それ以上に、いろいろな方と出逢わせて戴き、日頃の日常生活から、離れて、高野山の自然の中で、自分を見つめることと、「無」の境地になることの大切さを学ばせていただき、本当に、感謝の気持ちで一杯です。

明日から、また、日常の生活に戻りますが、高野山で学ばせて戴いたことを、少しでも心掛けて、一日、一日を大切に過ごしていきたいです!

でも、高野山て、もっと涼しいと思っていたけど、やっぱり、地球温暖化の影響か、大阪よりは、ましでしたが、気温が、あんまり低くなかったですね。

それについての内容の講義も在り、もう、危機感で一杯になrました。幽霊やホラーよりも、そのことを考えると恐ろしい気持ちになった、みかんでした!地球を守る為に、今、私達一人ひとりが、出来ることを真剣にかんがえなくてはいけない時代になりました。

私も、これから、紙芝居を通して、そんなことも、お伝えしていけたらと想います。

                  byみかん

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未来に託したい心            2010年8月2日

今日は、大阪府茨木市のローズWAMという施設で、紙芝居と友だちパネルを子供達に観てもらった。

物凄い、猛暑の真っ只中を、私は茨木市へと、電車に乗って向かった。こんな暑い日に、果たして、子供達は来てくれるのだろうかと、不安だった。

でも、会場には、元気な子供達が、みんな笑顔で迎えてくれた。友達というテーマで、私も、無い知恵を絞って、紙芝居のプログラムを組ませて戴き、実演させて戴いた。

そして、紙芝居の歴史や、絵本との違いを、子供達にわかりやすい言葉で、説明させて戴き、昔話と、参加型の紙芝居を、あわせて5作品実演させて戴いた。

施設のボランティアさんたちが、私の紙芝居と紙芝居の間に、ともだちパネルを使って,

ワークをして下さった。私も、一緒にパネルを見せて戴いた。みんなで、友達について、考えた。

私も、子供達が、いろんな意見を、発表するのを聞かせてもらい、改めて、友達について、考えさせてもらえた。そして、友達って、相手のために、勇気を持って行動することが出来る存在の人のことをいうのではないかと、気がついた。

そうだ!勇気だ。今の子供達に、一番託したい心は、勇気を持つことだ。どんな時でも、自分の心に、勇気の気持ちを持って行動すると、きっと、素晴らしい友達や仲間の輪が広がり、素晴らしい人生が拓けて来ると想う。

私は、最後の紙芝居を実演させて戴いた後で、「友達を思い遣る、人を大切にする、どんな小さな勇気でもいいから、その心を持って、行動しよう。みんなが、大人になって、もし、つらいことに出遭ったら、今日、みんなで、紙芝居や、ともだちパネルのワークをしたことを思い出して、勇気を持つ気持ちを忘れないでいてください。」と、子供達に伝えさせて戴いた。

私は、紙芝居で、子供達や、若い人達にも、愛と真心と、勇気を持って行動することの大切さを、生意気だけど、託していきたいと、心から願っている。

本当に、このような機会を設けてくださった、職員の皆様、ありがとうございます。

熱い心は、暑い夏に、炎のように燃え滾って来た、みかんの志が、また、一歩、前に進んだ喜びで、一杯です。自己満足やけんど・・・「誰かがやらんと」、なんて、おこがましい事を考えている私なのでした。自分は生かされているだけやのに・・・

                 byみかん

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8月のみかんの予定            2010年8月1日

皆様、暑中お見舞い申しあげます。子供の頃は、夏になるのが、嬉しかった私ですが、さすがに、この歳になると、暑さが見に沁みて来ますが、皆様も、くれぐれも、お身体を労わってくださるよう、切に、願っております。

今月も、暑さにと、お友だちになってお付き合いしながら、紙芝居の活動をさせて戴きます。健康で、自分の好きなことをさせて戴けることを、感謝して、務めさせて戴きます。何卒、宜しくお願い申し上げます。いつも、ありがとうございます!

                   

8/2(月)    「夏休み小学生講座」 午後1時~3時

          大阪府茨木市立男女共生センター(ローズWAM)

8/12(木)    ピース大阪 午前10時~

          平和紙芝居の実演

8/15(日)    紙芝居教室in難波  午後1時30分~4時30分

          大阪市立難波市民学習センター第2会議室

8/22(日)    全興寺紙芝居   午後3時~

          大阪市平野区

8/29(日)    キッズプラザ紙芝居グループ講座

          扇町公演内

以上でございます。尚、8月の田辺サロンの紙芝居教室は、お休みさせて戴きます。悪しからず、ご了承願います。

それでは、今月も、暑さと寄り添いながら、皆様に、紙芝居という、素敵な宝物をお届けさせて戴き、少しでも、この世知辛い世の中が、明るくなれるように、努めたいと想います。まだまだ、未熟者ではございますが、よろしゅうおたの申します。あ~あっつうー

                      byみかん

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