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みかん、国語力の復活を乞う!      2010年7月23日

電車の中で読もうと、古い書籍の中から、引っ張り出して来た文庫本を見て、目から鱗が落ちた。本の題名は、「祖国とは国語」(藤原正彦著 新潮文庫)だ。

この本を読んで、今の日本の国の危機が、国語の語彙力の低下に原因が在ることを、論理的に検証されている。私も、全くおんなじ想いで、出来るだけ美しい母国語である日本語を、次の世代を担う子供達にお伝えしたいという気持ちで、紙芝居という文化を通じて、実践させて戴いている。

何故国語力が、大切なのか、筆者は、五つの理由を挙げている。

1)小学校の国語教育の再生が国家の浮沈から救う。

2)国語は全ての知的活動の基礎である。

3)国語は論理的思考を育てる。

4)国語は情緒を培う。

5)祖国とは国語である。

著者の藤原正彦氏は、数学者であるにもかかわらず、何故にこれだけ、国語力を養うことが、今の日本を救うことになるのかは、私は、この本の上記の五つの項目の文章を読んで戴くだけで、歴然と、ご理解戴けると想うのだ。

今や、グローバル化や、IT社会などと、謳われているが、果たして、どれだけの人間が、わたし含めて、英語を話すことが出来、コンピューターを、自由自在に駆使出来るであろうか?私たちの日常の会話は、依然として、日本語である。それどころか、最近は、なんでも、メールや、パソコンをで打ち込むことが出来(私も御他聞に漏れずだが)自分の手で、字を書いたり、人と直接話をすることも少なくなり、コミュニケーション力が、著しく衰えている。

これは、やはり、言葉の語彙力と、言葉のやり取りの機会の減少によるもので、例えば、一人暮らしの若者が、一日中、誰とも話さないでも、コンビ二でお弁当を購入したり、自動販売機で、飲み物を買ったり、電車の切符を券売機で買い、自動改札口から出入りする。会社に行って、パソコンの前に座り、一日中、仕事をし、退社後、同僚と飲みに行くこともなく、疲れ果てて、マンションの自分の部屋に帰り、また、パソコンの前で、インターネットをして、戯れる。

こんな生活していたら、口から、言葉なんか発する機会が、全くないじゃあありませんか?先日も言いましたが、みかんは見た。街の横丁での男の人同士の、殴りあいの激しい喧嘩を、たくさんの人が見ていて、うちが、「誰か、警察に通報しましたか?」と尋ねても、みんな、知らん顔。唯一、通報したのが、隣のコンビ二の店長さんと、うちだけやった。

これって、ほんまに、恐いことですよねえ。他人のことは、興味はあるけど、関わりになりたくない。日本人の本来の風習である、「人様のことを我が事のように思う感性が、今の時代、消えてしまいつつあるのやと、危惧します。

どれだけ、学校の成績が良く、立派な大学を出て、エリートの職に就いても、人間としての思い遣りの心を育むのは、知識ではなく、どれだけ、国語力を育み、古典や文学に親しみ、情緒豊かな人間になれるかということが、大切やと想います。

確かに、今の時代、英語も大切です。だけど、英語を学ぼうとしたら、根本的な国語の読解力や、作文力が培われていなかったら、英語は理解出来ません。何故なら、考える時、頭の中を駆け巡る言語は、自国の言葉、日本語そのものなのですから。

どんなに、難しい数学の証明問題も、どんなに複雑な化学の実験も、みんな、日本語で考えるでは、ありませんか?日本語で、まず、論文を書いてから、英訳するのでは、ありませんか?

うちは、大学院に行っていないから、ようわからんけど、どんなに偉い博士でも、みんな、日本の博士は、日本語で教えられるのでは、ありませんか?中には、英語だけの授業や、英語だけを話さないといけない企業もあるそうですが、どうして、日本語で、英語を教えては、いけないのでしょうか?日本語で、英語の仕組みを教える方が、もっと、解り易いし、理解出来ると、私は思います。

まず、日本語、国語ありきでは、ないでしょうか?何故なら、私たちは、この美しい自然に囲まれた、日本という国に生まれたのですから、お母さんのお腹の中に居る時から、聴いている言葉ですから、もっと、美しい日本語を、ずっと、これからも遣っていきたいでは、ありませんか?大切にしたいとおもいませんか?

               byみかん

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