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2010年6月

和歌山は熱かった!            2010年6月27日

昨日、和歌山市で、紙芝居文化の会の一日講座が在り、受講させて戴いた。講師は、勿論、我ら、紙芝居文化の会代表の、まついのりこさん。それに、運営委員の長瀬比奈さんだ。

和歌山まで、JRに揺られて、うちらは、会場に到着した。だが、この、慌て者の私は、なんと、受講票を忘れるという始末。あ~!先が思いやられるわ。

でも、何故か受付番号だけは覚えていたので、すぐに、受講票を再発行して戴いて、会場の中に入れた。やれやれ・・・

うちは、厚かましくも一番前の席に座らせて戴いて、朝の10時から、午後の4時まで、たっぷりと、まついのりこさんのお話と、長瀬比奈さんの、英語の紙芝居や、絵本の語りを、気持良く見聞させて戴いた。

まついのりこさんのお話は、何時も同じ感想ばかり、申し上げて恐縮だが、何回聴いても、切り口が新しくて、しかも、奥が深い。うちは、一番前で、聞かせて戴いたのだが、のりこさんのお話を聞かせて戴くことが、とても、この上なく幸せだ。

会場には、160名もの方が来ておられ、一日講座は、大成功だった。実行委員の方々、本当にお疲れ様でございました。そして、和歌山で講座をしてくださってありがとうございます。お陰様で、たくさんの、紙芝居のお仲間の方々が、大阪からも受講させて戴けました。

また、心を新たに、これからも大阪で、紙芝居文化の発展為に、身を尽くさせて戴きたいと想います。

帰宅したのが、夜の11時くらいで、一日、紙芝居三昧の時を過ごさせて戴き、ますます、紙芝居が好きになり、そして、いろいろな未知の世界が広がって、和歌山の講座は、私に、いくつもの宿題を与えてくれた。

大阪は、暑いけど、和歌山は、紙芝居で熱かった!

                     byみかん

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ちょっと、待った!              2010年6月26日

大阪の女子中学生が、投身自殺した。遺書をしたためての、覚悟の自殺のようである。悲しい。これから、花も実も在る人生が待ち受けているかもしれないのに、生きていることが、そんなにつらかったのであろうか?

以前にもお話させて戴いたことがあるが、わたしも、或る一時期、生きていることがどうしようもなく辛くて、辛くて、雨の降りしきる中を、近くのお寺へ駆け込んだことがある。

その時、そこのお寺の御住職が、私におっしゃってくださった言葉がある。それは、「貴女が、今、そうして苦しんでおられる時も、心臓が動いていて、あなたの命は、必死で生きようとしていることを、忘れないでください。」と言う様なことを、私を座敷に上げて、おだやかな口調で、お話して下さった。

私は、その時、自分の命が、自分のものであって、自分のものではないことを悟ったような気持ちがした。それからも、紆余曲折しながら、いろいろな辛い思いをして、もう、本当に死んでしまいたいと思って、海の波止場で、身を投げようとしたこともあった。

こんなことを言うことは、本当にお恥ずかしいことであるが、その時、私は、本当に辛かった。だから、自殺される方を、決して責める気持ちにはならない。ただ、唯一、私がその時、死を思いとどまったのは、何時間も波止場で、横たわって、生死を彷徨っていた時に、子供達の声が、突然、耳に聞こえて来たのだ。

私は、その時、はっとして、「自分は、こんなことをしている場合ではない。私の紙芝居を観てくれる子供達が、待ってくれているのだ。」そう思い返し、すっくと、起き上がり、無事に家路に着いた。

だから、こんな私みたいな、ノー天気な人間でも、辛い時に、ふと、死神がとりつくことがある。だから、この女子中学生が、何故、死を選んだのか、そこまでは気持ちが、判らないが、少なくとも、これだけは言える。

自分の命は、自分だけのものではない。神様から授かった大切な、たった一つしかない、かけがえのないものである。生きていることが、死ぬより辛いと思うことが、誰しもあるだろうが、あなたが死んだら、あなたを産み、育んでくださったお母さん、お父さんは、どんなに辛い思いをするでしょう。あなたの周りの人々が、生涯、その深い傷を背負って、これから生きていかなければならないのです。

偉そうなことばかり申しましたが、私も、一度ならず、二度も三度も、死にたいと思ったことが、何度かありました。でも、そんな私を、死神から引き離してくれたのは、自分と向き合うことが出来たからなのかもしれません。もちろん、家族や周りの方々の温かい思い遣りが、在ったからです。

こんな私の話なんか、なんの役にも立たないかもしれませんが、私は、毎年、自殺者が、十年以上も、3万人を越え、あたら、将来の在る若い命が消えてしまうことが、本当に辛くて悲しいのです。勿論、高齢者の方の自殺も後を断たないことを、憂いております。

今、本当に辛くて、辛くて、死を選ぼうと思われている方がおられたら、どうか、他の選択肢はないものか、考え、自分の悩みを聴いてくれる人が、周りになかったら、「命の電話」というところで、24時間、あなたの話を聴いてくださいます。

死ぬことは、一瞬の苦しみ、痛みですけれど、あなたを愛する人々は、死ぬまで、その十字架を背負っていかなければならないことを、どうか、忘れないでいてください。自分も死のうとした人間が、こんな生意気なことを申しまして、本当に申し訳ありません。

「照れる日も在れば、雨の日も在る」~人生一度~

                     byみかん

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みかん美容院に行く              2010年6月25日

梅雨空の、うっとおしい日であったが、以前から、予約していた美容院へ行って、散髪をしてもらいに行って来た。もう、今日、行かなかったら、なんか、今年の終わり迄行けないような気がして、(そない、たいそうな)思い切って、今里に在る美容院で、何時もお願いしている美容師さんに、頭を綺麗にしてもらった。

自慢じゃないが、うちは、物凄い天然パーマで、もう、この梅雨時の湿気の多い時は、髪の毛が、クリンクリンにはねて、全く、思い通りにヘアースタイルがおさまってくれない。別に、この歳になって、茶髪にして、ロングヘアーで、美しく見てもらいたいという、願望はないのだが、やっぱり、毎日と言って良いほど、通勤電車に乗ったり、紙芝居を観て戴くのに、いろいろなお方に、お会いするので、あんまりクシャクシャの髪の毛では、失礼だし、髪の毛は、女の命であるので、大切にケアーしてあげたい。

ああ、それなのに、それなのに、美容院行くのに、なんで、雨ん中、ヘルメットかぶって、バイクでいくのであろうか?何時もそうなのだ。せっかく、綺麗にしてもろても、ヘルメットかぶってたら、世話ないわ。だけど、今日も、電車で行く気力と体力がなく、今里筋を、「小雨じゃあ、濡れていこう!」と、言う訳で、今日はいつもより、スピードアップして、ひた、走った。

しかしなんでんなあ。美容院て、なんで、こんなに時間が、かかるんでっしゃろ?今日は、何時もより、特に念入りにしてもろたので、4時間ほどかかりました。そんな効果があったか、なかったかわからんけど、兎に角、髪の毛がはねなくなった喜びの方に集中して、帰りに、明日の田辺サロンの紙芝居教室を開かせて戴くべく、鍵をお借りする為に、すずき住建の社長さんのお宅に、寄らせて戴いた。

社長さんとは、電話で、うちが美容院に行くことを、予め、お伝えしておいたのだが、どこで、間違ったのか、うちが、病院へ行ったと勘違いされていたようだ。まあ、ほんまに、日本語て、ややこしいでんなあ。

多分、うちが、何時も忙しいそうにしているので、心配してくださったのかもしれない。(今、更年期真っ只中!)久しぶりに社長さんと、お話をさせて戴き、自分の今の活動報告などをお伝えさせて戴いた。

考えてみみれば、紙芝居教室をさせてくださいと、厚かましいお願いをして、田辺サロンの場所を快く提供して下さったお陰で、だんだんと、紙芝居を活動させて戴く場所が増えていき、本当に有り難いことだと、心から感謝している。

なんの御恩返しもでけへんけど、紙芝居を地域で、根付かせ、住み良い街にさせて戴くことで、報いたいと想っている

家に帰って、母が、うちの髪形を見て、「私も、そんな頭にしてくれへんかなあ・・・」(おんなじ美容師さんにお願いしている)と、やっぱり思てた通りのことを言っていた。私は、顔をひきつらせながら、笑みをこぼし「大丈夫やよ、今度、頼んでみたら?ちょっと、時間かかるけど・・・」と応えた。

全く、うちの母のあくなき好奇心と、ポジィティブな気持ちには、私も、脱毛、否、脱帽する。やれやれ・・・

                    byみかん

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みかんお札を授かる              2010年6月22日

本日、有り難いことに、琵琶湖の竹生島神社から、大きなお札が送られて来た。そう、うちが、先日、この神社に祈願を懸けさせて戴いて、奉納料を送金させて戴いたので、その時、ご祈祷して戴いたお札を授けて戴いたのだ。

うちが祈願したのは、「世界の平安」だ。アホやとか、頭が変やとか思われても、構わない。うちは、本気でそない思うて、祈願させて戴いたのだ。うち一人の、こんなちっぽけな人間ごときが、祈願懸けても、なかなか難しいことは、百も承知や。せやけど、何もせんよりも、希望は在ると信じている。

こんな、閉塞感に満ちた、世知辛い世の中やからこそ、中には、こんな祈願を懸ける人間も要るのやと、うちは思うて、これからも、ずっと願い続けるつもりです。

せやけど、うちは、そんな立派な人間でもないし、大したこともでけへん一般庶民や。せやからこそ、今の世の中を、もっと、普通の人が住み良い、幸せな時代になって欲しいと願うだけや。

なんでやのかって?せやかて、うちらの子供の頃は、みんな、将来の夢や希望がほんまに叶うと信じることが出来たから、うちらは、幸せな子供時代を過ごすことが出来たんやから、そんな未来への希望を引き続けて行って欲しいからなんや。子供達が、自分の学力や家庭の事情だけで、選択肢を奪われてしまうなんて、うちは、絶対いやや!

楽しい時は、思いっきりお腹を抱えて、笑いたい。悲しい時は涙を流して、誰かに話を聴いてもらいたい。苦手なことを克服した時は、大人の人に、思いっきり誉めてもらいたい。

何時の時代も、子供の心は変わらへん。だから、竹生島神社のお札、大切にして、毎日願います。世界が平安であることを・・・世界が平安ということは、人々の心が穏やかで優しいということなんだと、うちは想うのです。そんな時代に、早くなって欲しいですね!

                       byみかん

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最高湿度80パーセントの夏至        2010年6月21日

皆様、お元気でいらっしゃいますか?まあ~今日の蒸し暑いことと言ったらなかったですねえ。なんでも、暦の上では、夏至やと言うのに、もう、朝から、ムシムシ、ムンムン、湿気がたこうて、気温も上がって、まるで、サウナ風呂に、一日入っているようで、私も、もう、夕方には、限界灘を越えておりましたです。

そんな、くそ暑い時には、さっさと休んで、明日に備えて、英気を養うことが肝心でんなあ。(やたらに、大阪弁尽くし・・・)一体全体、この地球は、どうなるんでっしやろ?うちら人類は、果たして、この過酷な気候に、耐えていけるんでしょうか?

えっ、何?そんなことを考えてたら、夜も、おちおち休んでられへんて?さもありなん。今の日本人は、おかしい。すぐに、切れる。切れたら、人を殺す。思考回路に、過程が、全然あらへん。即物的過ぎる。これも、カミュの「異邦人」の論理なのか?「太陽がまぶし過ぎたから、人を殺した・・・」それは、小説の中の話であって、ほんまになったら、こまるんどす!(出た!京都弁)

ともかく、うちら日本人は、今、岐路に立たされていることは、確かでんなあ。中国に、産業や、経済のおへそが、移りつつある今、うちら日本人は、携帯のメールやゲームにうつつを抜かしてていいんでっしゃろか?

勘違いせんとくなはれ!うちは、アンチ中国では、ありません。世界人類、皆兄弟という気持ちは変わらんけど、電車の中でも、ピコピコ、駅のホームで、大声で電話、新幹線の中でまで、パソコン繋いで、どないしまんねん?窓側の人、トイレ行かれへん。

そんな情景を見ると、悲しいというよりも、空しいですなあ。小学生まで、電車の中で携帯いろとる。あのね、電車の中では、携帯のご使用は、ご遠慮下さい。て、学校で、教えてあげてください。教育関係の皆様。

だんだん、ぼやきが増してきて、血圧が上がって来たらあかんので、この辺で止めときます。皆様、この夏を乗り切る為にも、「字をかく。汗をかく。恥をかく。」この、三つのことをかいて、清清しい、風を日本の国に興しましょう。もう、恥は、かいととるがな・・・

                    byみかん

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みかん、相田みつを展に行く          2010年6月19日       

今月も東京へ、紙芝居の修業をしに行って参りました。今年の連続講座は、結構、回数が詰まっていて、ハードなのですが、なんと言っても紙芝居の研究も進歩しているのですから、常に学ばせて戴く気持ちと、姿勢が肝心だと想い、時間もお金も、自分に投資と想って費やして、大雨の降る中を新幹線に乗って、行って参りました。

今日は、昨夜の紙芝居の講座と、日頃の煩雑な日々の疲れを癒すべく、有楽町に在る、相田みつを美術館に行って来ました。先月に行った時に、相田みつをの本等を購入したら、無料招待券を戴いたので、思い切って行ってまいりやした。(どこの言葉や?)

今回の作品展のタイトルは、「命のバトン」ということで、相田みつをさんの、魂の奥底から、にじみ出るような、命を大切に育もうとする言葉が、いくつも展示されていた。

相田みつをさんは、先の戦争で、二人のお兄さんが戦死され、そのことが、みつをさんの心に、深く根をはって、戦争体験が、命の尊さの原点であるような気持ちがした。

私は、今日は、みつをさんが書かれた詩を、出来るだけ紙に書き写す作業をして回ることにした。すると、ある、一つの発見に行き着いた。それは、みつをさんの書は、ほとんどがひらがなで、とっても散文的なものだとおもっていたのだが、紙に書き写していると、ほとんどが、正確な韻を含んだ、素晴らしい詩だったのだ。

こんな、当たり前のことにも気がつかん、とろいうちやけど、確かに、みつをさんの伝えたかった言葉を理解出来たような気がする。

人生の羅針盤となる言葉の渦の中で、私は、自分と向き合い、「せや、せや、ほんまやなあ」なんて、一杯共感して、なんだか、とっても気持ちがほころび、頭が柔らかくて、軽くなった(もともと軽いけど・・・)気持ちがして、清清しい気持ちで、美術館を後にした。

相田みつをさんの言葉に、何故、現代を生きる私達が、こんなにも共感できるのかと考えたら、みつをさんの心は、本当に純真無垢で、一点の曇りもなく清らかで、美しい。

そして、何より、自分に正直に生きて来られ、本当は、物凄く、書を書くのに、自分と向き合い、苦しまれただろうに、作品に、その苦しみの心が透析されて、生きることの素晴らしさのエキスが、散りばめられているのだ。相田みつをさんの作品には、欲とか慢心とか邪念というものから、全く切り離された、彼独自の作品の宇宙が秘められている。

生きるのにしんどい、現代社会の人間が、相田みつをの、判り易く、しかも、奥深い、魂を持つ宇宙観が、とても心地良いものに感じられるのであろう。

かく言う私も、暫し、日常の煩雑さを忘れ、相田みつをの作品の中に没頭することで、時間を感じることを忘れることが出来、大阪に帰って、相変わらずムシムシとする、この雑踏の街ではあるが、やっぱり、自分の生まれ育った街やから、「すっきやねん!」と、堂々と言える元気が湧いて来た、みかんであった

                  byみかん

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暑いなんて、言うてられへん !         2010年6月17日

今日も暑かったですね。皆様は、お変わりございませんか?今日のこの暑さは、尋常ではありませんね。うちは、もう、汗だくでしたわ。

そうそう、こんな暑い中を、うちの下の娘が、わたしが仕事から帰ると、家の前に、さすべえを付けて日傘をさしてある、前と後ろに子供さんシートのついているママチャリに乗って、お越しになってたのです。

うちが、玄関に入って間もなく、二階から、いつもやったら、バーバ、バーバと、散髪屋さんみたいに、最近は呼ばれるようになってたのに、珍しく、「あっ!お母さん帰ってきてるわ。」と、のたまいながら、二人の娘が降りてこられましたのです。

「お母さん、今日は静流ちゃん、おれへんで。」と云うので、「見たらわかるがな。」と、ありきたりの突っ込みを入れると、「何でおれへんのか聞いてくれるとおもたのに」と、また、かぶせるように言葉を続けるので、「なんでやのん?」と、馬鹿正直に尋ねると、「向こうのお母さんに見てもろてるの。」「さよか」なんか、ようわからんけど、うちは、それより、娘の前に抱かれてる美鶴ちゃんの顔を、もっと見たいのや。

娘は、ちょうど帰るところだったようで、思いっきり、かいもんしたスーパーバッグを三つくらい、長女が、自転車の前と後ろに振り分けて入れた。美鶴ちゃんは、このくそ暑いのに、目の下にまでかかるぐらい帽子をかぶせられて、可愛い顔が見えず、苦しいのか手をバタバタさせていた。

「ほな、帰るわ。また、来るわな。」「気いつけて帰りや」としか、言いようがないくらい、娘のママチャリは、荷物が溢れ、左右に揺れながら走り始めた。

「あれで、その上に、静流ちゃんを乗せて、何時も走っているんやなあ。母親になると、たくましくなるわ。」よう、考えたら、うちも、自転車の前と後ろに二人の娘乗せて、前かごにスーパーバッグ乗せて、ハンドルの両側にも、スーパーバッグ引っ掛けて、おまけに、後ろに乗せていた娘に、ティッシュかトイレットペーパーなどの、落としても大勢に影響のないもんを持たせて、行きは下り坂で、帰りは心臓破りの、上り坂を、えっちら、おっちらこぎながら、買い物してたなあ。若かったから、でけたんや。今やったら、目回して、ぶっ倒れてるで。

パトロールカーに乗っていたお巡りさんに、マイクで、おもいっきし「お母さん、危ないですよ!」と言われた時もあった。娘も、多分、お巡りさんに注意されたことあるんと違うやろか?今から考えたら、母は強し。母は、逞しく、そして、開き直らな、やってられへん。

娘を見送ってから、家の中に入ると、テーブルの上に、可愛い二人の孫が映っている写真を一杯入れた額が、置いてあった。私は、こんな大切な宝物が在るのだから、本当に幸せだと思う。暑いなんて、言うてられへん。二人の孫の為に、ばっちゃんは、顔晴るぞ!オーッ 

                   byみかん

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お帰りなさい!はやぶさ君          2010年6月16日

6月13日の深夜、遂に、はやぶさ君が、なが~い宇宙旅行から帰って来た。私は、偶然かどうかは、判らないのだが、この日の一週間程前に、難波パークスで和歌山大学の先生に、はやぶさくんの映像と、お話を聞かせて戴いていたのだ。

だから、はやぶさくんが、地球に帰っても、かけら一つ残せず空中で分解してしまい、お土産の小惑星、イトカワの砂を持って帰って来てくれるのだということを教えて戴いた時は、すごく、ショックだった。

7年間も宇宙を旅して、立派に自分の務めを果たして、やっと帰って来たと思ったら、粉々になって、跡形もなく消えてしまうなんて・・・

「はやぶさくんがあまりにもかわいそうや!」日本中の人々が、そう、感じたのではないだろうか?でも、はやぶさくんの持ち帰ったお土産を解明することで、太陽系の成り立ちの研究が出来るのだそうだ。

はやぶさくん、君は、立派に自分の役目を果たしたね。君のお陰で、仕分け事業で予算を削減されそうになっていた、宇宙開発の費用も大丈夫なようだよ。君の成し遂げた功績は、本当に偉大だよ。

暗いニュースばかり続く、日本の国で、久しぶりに、明るい知らせを届けてくれて、本当にありがとう。そして、はやぶさくんのことを、教えてくださった、和歌山大学の尾久土教授、本当に、ありがとうございます。

先生は、今頃、まだ、オーストラリアの砂漠で、宇宙服みたいな重装備で、はやぶさくんの持ち帰った物質を分析するべく、奮闘されているのでしょう。

うちらは、地球と云う星に生まれて、ほんまに良かったですね。こんな素晴らしい星は、あまた宇宙に存在する星の中でも、稀ではないでしょうか?うちらは、ラッキーなのです。ついているのです。だから、皆様、共に喜びながら、生かせて戴きましょう。明日も・・・

                 byみかん

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猫も食わん親子喧嘩             2010年6月15日

まあ、みなさん聞いとくなはれ。昔から、「夫婦喧嘩は犬も食わん」ていいますけど、なんでんなあ。親子喧嘩は猫も食わんみたいに、しょうもないことですわ。

それは、夜の11時少し前どした。(京都弁)二階でテレビを観ていたうちは、留守番電話の親機から、声が聞こえてくるので、廊下に出ると、紙芝居教室の方からのお電話で、なんでも、奈良の或る寺院の奥様が、紙芝居の舞台を急いで、欲しいとおしやってるので、手配してほしいとの用件であった。

私は、隣の部屋で寝ている娘を気遣って、出来るだけ、返事だけで受け応えをしていたのだが、娘が、突然部屋から、飛び出して来て、大きな声で「携帯でかけなおしてもろて!」と、怒鳴った。相手の方は、すぐに電話を切ってくださったのだが、私は、どんな人と話をしているのかも考えず、自分のことだけを考える娘に対して、言いようもない情けなさを覚えた。

確かに、夜遅く、電話をかけてくるのは、いけないかもしれん。せやけど、百歩譲って、その人のことを非常識と考える前に、我が親が、話している人が誰かも判らないのに、親の立場というものも考えず、怒鳴る娘も非常識だと、うちは思った。

うちは、娘の部屋に入って、自分の思ったことを言った。娘は、激怒した。その後は、もう、ほんまに猫も食わん、しょうもない喧嘩ですわ。でも、お互いに、言いたいことを言い合って、親子やさかい、後に残らんのかもしれませんなあ。

これからは、うちも、気をつけて、こちらから携帯電話でかけ直すことにします。みんな、疲れが出て来る季節になったみたいどす。猫みたいに、まあるくおさまるように、ねむりたかったのでしょう。

でも、こんな親でも、一応、親です。やっぱり、親を敬う気持ちというものを、訓えなかった私の責任かもしれまへんなあ。

「夫婦喧嘩は犬も食わん。親子喧嘩は猫がまるうおさめる。」とまいりたいものですね。

                     byみかん

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ちんちん電車と女学生           2010年6月13日

日曜日の雨の大阪で、ミュージカル「ちんちん電車と女学生」が演じられた。どしゃぶりの雨にもかかわらず、会場は若い方もたくさん来られ、満席であったので、少し驚いた。

お芝居の内容は、本でも出版されているのだが、戦争中に広島で、男性が兵隊にかり出されたので、ちんちん電車を運転したり、車掌を務める女学校の少女達の物語である。

戦争の時代に生まれた彼女達の、美しくも、悲しくせつない生き様を、舞台狭しと、歌い、踊り、実演する姿を観せて戴き、本当に、心から感動し、私の胸の中から熱い想いが、込み上げて来て、そして、何かがはじけた。この戦争の悲惨さと、平和の大切さを、次の世代に、お伝えさせて戴かなければ・・・

私は、芝居の公演が終わるや否や、お約束をしていた、劇場のある駅のすぐ隣の「森ノ宮」の平和博物館「ピース大阪」に、雨の中を急いで向かった。そして、職員さんとお話をさせて戴き、紙芝居仲間のSさんと一緒に、打ち合わせをさせて戴いて、その施設で、これから、平和紙芝居を中心に実演をさせて戴くことになった。

館内では、昭和20年3月の大空襲で、焦土と化した大阪の街の大パノラマ写真等が展示されていた。私の母も、この空襲で焼け出され、大阪市内を南へ逃げたという話を、何時も聞かされていたので、改めて、焼け野原になった写真を見せて戴いて、戦争の恐ろしさを実感した。

原爆も恐ろしい武器で、たった2発の爆弾の投下で、何十万人という尊い命が失われてしまったが、空襲も、母の話を聴かされるにつけ、日本全国の各地が、焼け野原となり、これまたたくさんの犠牲者の方々がおられることを、私達は決して忘れてはならないと思った。

ピース大阪では、大阪大空襲で亡くなられた方々のお名前が刻まれている石碑がある。私達は、こんなに多くの方々の儀牲の上に、今の平和が在るのだ。子供達に、二度と戦争という、悲惨な思いはさせたくない。

私の出来ることは、本当に微々たることではあるが、紙芝居を観て戴くことで、平和の大切さと、生きていることの素晴らしさを、一人でも多くの、来館された方々に実感していただけたら、こんな嬉しいことはない。

楽しい紙芝居もいいけれど、こんな時代だからこそ、本当に命の大切さを、みんなで考えることが必要なのだと、改めて実感するみかんであった。文化が栄える必要条件は、世の中が平和であることである。平和なくして、文化は繁栄しないし、また、滅びてしまうであろう。人間が人間らしく生きる為にも、私達は、今一度、平和を伝えていくことが必要な時代に差し掛かっているのではないだろうか?たった、65年で、あれだけの戦争を風化させてしまっては、亡くなった方々に対して、本当に申し訳ない。

そんなことを考え、今日も一日を生かされていることに感謝しながら、雨のピース大阪を後にした。ここへ来る時に、地下鉄の駅で、二人の少年が、雨の中を釣竿を持って、楽しそうに、魚釣りに行く姿を見て、なにか、ほのぼのとした気持ちにさせられた。平和って、本当にいいものですね。

                     byみかん

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梅雨入り前の真夏日の戯言          2010年6月12日

みなさ~ん!お元気でっか?今日もほんまに暑かったでんなあ。(大阪弁丸出しで失礼します)うちは、うちとて、今日も土曜日ではございましたが、満員電車に揺られて、勤め先の学校に出勤させて戴きましたです。

朝の9時前だと言うのに、かんかん照りの中、校門をくぐり、警備員さんに、「おはようございます!」と、大きな声で挨拶して、自分で自分を元気づけてあげました。

なんかしらんけど、今からこんなに暑かったら、真夏になったら、チョコレートみたいに、溶けてしまうような気がしながら、部屋に入って、空調を整えた。もう、今日はしんどいけんど、なんとか、若さ?で乗り切るで~なんて、厚かましいことを考えながら、仕事の戦闘態勢?の準備をし始めた。

せやけど、学校の先生て、ほんまに、もっと大変やろうなあ・・・うちらは、放課後と休日に、子供達の見守りをさせて戴くだけでも、もう、エネルギーが必要なんやから。現場の先生方のご苦労が、身に沁みる。

だけど、子供達は、すっごく可愛い。みんな、活き活きと遊んでいる姿を見ているだけで、幸せな気持ちになる。やんちゃな子、ひょうきんな子、甘えん坊さんに、おてんばさん。みんな、違って、みんないい。

これから、じめじめとした梅雨を迎えるけど、みんな、外で遊べなくても、いろんな遊びを考えて、一緒に楽しく過ごそうね。あつ~い夏を迎えるとおもうけんど、暑さに負けず、ちょっと、減量して体力をつけなければ・・・

今日は、あんまり暑すぎて、支離滅裂なことばかり書き込みまして、失礼致しました。明日の日曜日は、大雨という予報で、いよいよ、梅雨入りかな?ゲリラ雨にならんといてほしいなあ。明日も、うちは、出かけんといかんのよ。ああ、神様、どうか、この迷える羊、否、迷えるみかんに、晴天を与えたまえ・・・すんません。ぜいたくは、言いません。せめて、小雨にしといてください。厚かましいなあ。雨、降れへんかったら、田植えが、でけへんやろ!自然の摂理に、お任せしなさいです。はい

                   byみかん

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点字の紙芝居               2010年6月11日

今朝、宅配便で荷物が送られて来た。見ると、それは、紙芝居の箱であった。私は、一瞬驚いた。「えっ?紙芝居注文したっけ・・・」最近、歳の性か記憶が、途切れることがある(そんなあほな!)こともないし、送り主は、なんと、茨城県にお住まいの、紙芝居仲間の方からである。

私は、一目散に家に入って、まるで、宝石箱を開けるような気持ちで、「紙芝居」と書かれている箱を開くと、なんと、そこには、二つの紙芝居が、入れられていた。一つは、まついのりこさんの紙芝居で、もう一つは、ベトナムの紙芝居「たいせつなうちわ」だ。

え~っ!これを私に、プレゼントしてくださったの?うれしい~!と、私は、天にも昇る気持ちで、喜んだり、ころこんだりした。(ほんまに、たいそうやなあ)よく見ると、その紙芝居は、二つとも、全ての場面が、点字訳されていた。

私はおもわず「あっ!こえは、私に下さったのではないわ。点字されているから、Kさんにお渡ししなければいけない。」と、とっさに悟った。Kさんは、目が御不自由なのだが、とても、前向きな方で、昨年の暮に、守口でさせて戴いた、まついのりこさんの紙芝居の講座に、点訳ボランティアの方とご一緒に、出席して下さった。

何故、紙芝居に興味を抱いて下さったかと言うと、「点字毎日」という、点字の新聞に、今回の紙芝居を送ってくださった茨城県にお住まいのHさんの、紙芝居を生き甲斐に、活き活きと活動されているという投稿を読まれて、紙芝居に関心を持ってくださり、まつのりこさんの講座に出席されてから、私の紙芝居教室にお越しくださっているのだ。

早速、Hさんと、Kさんに電話を差し上げた。もう、こうなったら、乗りかかった船だ。うちも、紙芝居の普遍性を信じて、Kさんに紙芝居の素晴らしさを、出来る限りお伝えさせて戴き、いろんな処で、紙芝居を演じて戴けるように努めたい。

紙芝居で、世界に羽ばたこうと、英語の紙芝居を買ったけど、点字の紙芝居も自分のものとして、演じることを学ばせていただこうと、決意したみかんであった。

久しぶりに、自分への励ましの言葉をかけた。「やってやれないことはない。やらずに出来るわけがない。」実行あるのみ!紙芝居よ、たくさんの出逢いをありがとう!

                   byみかん

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がんばれ!「はやぶさ」くん           2010年6月9日

昔、或るハムメーカーのCMで、「わんぱくでもいい、たくましく育て!」というフレーズが、一世を風靡したのを、ご記憶にある方もおられると思うが、今、地球に向かって、7年間宇宙を旅して、イトカワという、小惑星の物質を持ち帰るべく、「はやぶさ」くんが、もうすぐ帰って来る。

「はやぶさ」くんは、何度もイトカワに、着陸を試み、何度も失敗し、迷子にもなり、イトカワの表面の熱い地表の熱で、自分の身を焦がしながら、命がけで物質を採取し、そして、遂に、今月の13日の夜、故郷の地球に帰還するのだ。

しかし、悲しいことに「はやぶさ」くんは、地球に帰って来た瞬間、粉々に破裂してしまうのだそうだ・・・かわいそう!「はやぶさ」くんの持ち帰った、イトカワの物質が、どうか、宇宙開発の為にお役に立てますように。

皆さんも、どうか、どうか、13日の夜に、オーストラリアの砂漠で、自分の身を投じて、命がけで帰還する、「はやぶさ」くんを応援してあげてください。

人類の夢と希望を載せて、「はやぶさ」くんは、今日も、懐かしい故郷、地球を目指して、まっしぐらに突き進むのであった。「はやぶさ」くん、君の勇気ある姿を目に浮かべながら、うちら、地球市民は、君の持ち帰るお土産を、あの1970年の大阪万博で見た、「月の石」以来の宇宙の物質として、大切に保管し、科学者の先生方に、宇宙へ馳せる気持ちを委ねるよ。

ありがとう!「はやぶさ」くん。君の名は永遠に人類の歴史に残るだろう。未来への希望と、人類の叡智とともに・・・・‥…━━━☆・‥…━━━☆・‥…━━━☆

               byみかん

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「ゲゲゲの女房」と水木しげるさん        2010年6月7日

このブログも、最近、毎日更新できず、相済みません。出来るだけ毎日書き込みさせて戴きたいと想いつつ、なかなか出来ず、申し訳ございません。ほんとうに、継続することて、大変なことですね。とにかく、途切れ、途切れで、すんませんが、細々とこのブログを続けさせて戴きたいと想っておりますので、どうか、よろしゅうおたのもうします。

最近、お陰様で、NHKの朝の連続小説「げげげの女房」で、街頭紙芝居の絵描きをしておられた、水木しげるさんの奥様が主人公のドラマが放映されているからかどうか、紙芝居をさせて戴いているということで、いろいろとなご縁を賜り、紙芝居に対して、今まで以上に、温かいご支援を戴き、本当に有り難い気持ちで一杯です。ありがとうございます。

私も、毎朝、この「ゲゲゲの女房」を観るのを楽しみにしております。なんといっても、水木しげる役の、向井理さんが、めっちゃ男前で、かっこいい!ほんでもって、脇役の方々が、しっかりと、主人公の女優さんを支えておられる。

それと、昭和の30年代の貸本屋さんが登場して、貸本時代に育った私は、とっても懐かしい気持ち一杯で、拝見しております。

時代の変遷は、激しく変化し、街頭紙芝居の衰退で、貸本マンガ家になった、水木しげるさんが、貸本マンガも、雑誌の登場で、貸本マンガの出版も壊滅状態になり、いよいよ、テレビアニメと、マンガ雑誌の時代の到来がやって来るであろう、時代の変化と、家族を養う為に、必死でたたかっておられる、向井理さんが演じておられる、水木しげるさんの姿を拝見するにつけ、今の現代社会のめまぐるしい変化と相俟って、何故か、人の心のうつろぎに、追われるマンガ家さんたちの苦悩が、身に染みて感じとられます。

水木しげるさんは、街頭紙芝居は、テレビには決して勝てないというようなことを、ある本で、おっしゃっておられました。確かにそうかもしれません。でも、紙芝居とテレビとは、本質的に全く別個の文化であると考えている私にとって、水木マンガのルーツである、紙芝居は、とても、懐かしさだけでは言い尽くされない、日本人本来が持っている、生きていくことの喜びとせつなさが秘められた、素晴らしい文化であると想うのです。

動機が不純ですが、毎朝、向井理さんの男前の顔を拝見出来ることも、私の一日の原動力になっている「ゲゲゲの女房」を是非、一人でも多くの方々に観て戴き、戦後の昭和の時代のみんなが、貧しかったけどみんなで差さえあって、生きて来た時代の人々の姿も観て戴き、孤立社会に生きていく私達に、「お互いさん」という助け合っていく姿も、是非、一人でも多くの方に観て戴きければ、大変嬉しいです。

                      byみかん

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今日と云う日を・・・                2010年6月4日

        今日と云う日を           山口朗鳳

私には、明日という日が在ると誰もが信じている

今日と云う日を大切に過ごそうが、無駄に時間を費やそうが

絶対に、明日がやって来ると疑わないだろう・・・多分

たとえ、明日、地球が滅亡しても、自分の存在がなくなることは考えない

と云うか、殆どの人は、そんなことは在り得ないと思うどころか、

未来を信じる心の窓が塞がっている。

滅亡しても、宇宙の彼方に逃げる選択だってあるんだよ。

今の科学が、そんなに進歩していないって?

さもありなん。だから、私達は、この地球という星で毎日を丁寧に生きなければならない

たとえ、明日、地球が滅亡しても、私は、花の種を蒔くだろう

そして、星の王子様みたいに、信じよう。花が咲き誇る姿を・・・

未来の存在を信じる為に、今日と云う日を大事に生かせてもらいたい。全ての人が

過去は、現在の落し物ではなく、未来への希望なのだ!

だからこそ、私は信じて今日を生きたい!

明日という名の小切手を持ちながら・・・

             

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交通博物館は残っていた!         2010年6月3日

今日、港区にある小学校で、紙芝居のお話をさせて戴くということで、環状線の弁天町の駅を降りた。すると、なんと、ここは昔、私が幼い頃に、父母によく連れて行ってもらった「交通博物館」が目の前に建っていた。

「おお、懐かしい。まだ、あったんや!SLもそのまま置いてあるわ。」私は、平日で誰も入場していないであろう、交通博物館の柵の中を覗いた。ここに来て、いろいろな電車に乗るのが、すっごく楽しみだった。まるで、遠くに旅行に行った気分になれるやんかいさ。

昨今、諸事情により、事業仕分けとかなんとかで、いろいろな施設が無くなってしまっているのだが、ここは大丈夫なのだろうか?出来るだけ長く、いや、永遠に残って欲しい。

うちの孫のその孫の孫が、ずーっと、ここに来て、笑顔で電車に乗って楽しんで欲しい。大阪中の子供達が、この博物館に来て、電車が好きになり、いろんな体験をして、感動を実感し、未来への希望を持ち続けてくれたらええのになあ。

私は、そんなことを自分の頭の中で、考えを巡らしながら、だけど、これから、学校の先生方に、紙芝居の魅力を、どうしたら知って戴けるかを、話下手な自分を歯痒く思いながら、「当たってくだけろ 案ずるより産むが易し 千里の道も一歩から 」などと、たわいのない諺を引き出しながら、思い切って、学校のチャイムのボタンを押した。

何事も、一度に事が上手く行くわけではない。時には、悩み、時には、苦しみ、時には、へこみながら、せやけど、交通博物館やないけど、良いものは、次の世代を担う子供達に継いでいってもらいたい。そんなことを考え、私は、冷や汗をかき、恥をかき、頭をかきながら、先生方にお話を聞いて戴き、紙芝居を観て戴いた。

懐かしいけど、新鮮なもの=それが、生き延びていく条件なのかもしれんなあと、自分自身の身体を労わることを、少しは考えようと今さら気づいた、蛍光灯のみかんであった。蛍の光窓の雪なんのこっちゃ?

                 byみかん

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6月のみかんの予定           2010年6月2日

早いもので、もう、6月を迎え、今年も後半分過ぎようとしております。政界では、鳩山首相の突然の辞任表明のニュースで、世間は震撼しておりまするが、海外ではそれほどニュースには、なっていないというのが、ちょと空しい気持ちです。更にもっと、どうでもいいことなのですが、今月の私の活動予定をお知らせさせて、戴きます。今月も、青空みかんの紙芝居をどうぞ、宜しくお願い申し上げます。

                     記

6/3(木)     大阪市立波除小学校 (5月31日の変更です) 

        「 紙芝居の特性と実演について」16時~17時30分

6/15(火)     かちかち座口演  京都大学付属病院小児病棟

           15時~15時45分

6/20(日) 難波紙芝居教室 大阪市立難波市民学習センター和室

           13時30分~16時30分

6/23(水)     田辺親子サロン   田辺会館

           11時~11時30分

6/26(土)  田辺サロン紙芝居教室 すずき住建様田辺スタジオ

            14時~16時

6/28(月)     大阪城南女子短期大学

         「大阪の人と文化3」~上方落語紙芝居を中心に~

以上でございます。今月も、ぼちぼちと、かたつむりや、カメの歩みのように、自分のペースで、紙芝居の道を、仲間の方々と伴に歩んでまいりたいと想います。何卒、よろしゅうお頼みもうします。いつもありがとうございます!★゜・。。・゜゜・。。・゜☆゜・。。・゜゜・。。・゜

                    byみかん

            

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生きていくて大変やなあ            2010年5月31日

今の世の中、政界も経済界も教育界も、近所の町内会もみんな混沌として、そこしか,

ちゃうは、不確かな先行きが全く見えない、不安な状況です。これから先、うちら日本人は一体どうなるのか、皆さんは不安な気持ちになりませんか?

高倉健さんやないけど「右も左も真っ暗闇じゃあござあんせんか」と言いたいけんど、真っ暗やったら、こまるんどす!なんとかせなあかんて、今頃思ってももう、遅いということはないと、うちは想います。

考えてみたら、昔と比べるのは憚るけれど、現代よりももっと不便で、食べ物も少なく、情報も今と比べたら、格段に無かった。だのに、なぜ、今、こんなにも大変な時代になってしまったのでしょうか?

それは、心を忘れてしまったからやと思います。どんな心かというと、気づきです。感動です。感謝です。あまりにも、物が豊かに有り過ぎて、便利で、情報が氾濫して、「不便」ということを忘れて、この三つの心を、私達は無くしかけているのではないでしょうか?

えらそうな事を言ってすんません。しかし、私達は、明日も、明後日も、一ヶ月先も、多分、一年先も生きているでしょう。いえ、生きていかなければならないのです。生きていくことて、大変やけど、しんどいけど、家族が居ます。友だちが居ます。仲間が居ます。

そんなもん、誰もおらんわい!と、おっしゃる方は、どうか、このブログを時々、覗いてやってください。なかなか、毎日続けようと努力しておりますが、体力、気力が持続でけへんで、途切れ途切れになり、申し訳ありませんが、ふと、心に空洞が出来た時は、うちのつまらん、つぶやきと、ぼやきを見て、大阪にはこんな変わった紙芝居しか取り得のない、おっちょこちょいな人がおるねんなあと、笑ってやってください。

笑福来門 生きていくことて大変やけど、おんなじ生きていくんやったら、一回でも多く笑ったり、笑ってもらって、生きたいですね。今の政治家さん、みんな怒ってるか、泣いてはる。そんなのを国民が見せられて、みんな、笑顔になれるでしょうか?ちょっとくらい、冗談交じりの、建設的な政策を言行してくれはる、骨のあるお人は、この国にはおりまへんのやろかいなあ~

                    byみかん

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