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2010年5月

恩師の訓え                 2010年5月27日

私の生涯の恩師であり、私を紙芝居と出逢わせてくださった大河満子次先生は、今年で、86歳になられる。終戦直後から、手品を、公務員のお仕事をされながら、休日や有給を全て、費やされて、施設を訪問されて、人々の喜ぶ顔を我が事の喜びとされている、先生の発起のきっかけになったのは、小学校の修身で学ばれた、石井十次先生の話に感銘を受けて、当時の孤児院を造ろうと決意された志の、一環である。

大河先生は、目の不自由な方や、耳の不自由な方にも、手品を楽しんでもらおうと想われ、点字や手話を独学で学ばれ、また、児童の心理学や、障がいのある方の心理学なども勉強され、ボランティア歴は、今年で、63年になられる。本当に凄いお方だ。

大河先生の訓え

「下学上達 」 日常生活から道を学び、哲理、真理に達する。哲学の理論、人生の本質・深い道理。

「百聞一見」  百回聞くよりも、一回見ることが確かである。

「百尺竿頭」  努力の上にも努力を重ねる態度。

「沈思黙考」  静かにじっと深く考え込む。

「幕天席地」  士気が豪放でこせこせしない、雄大なこと。

漢文が好きな方もそうでない方も、昔の人は、本当に素晴らしい考え方をされたのだなあと、改めて実感して戴けたら、嬉しいです。私も、まだまだですが、少しでも、自分の生き方貫き通すことが出来たらいいなあと想います。へたれのみかんですが、努力いたしますです。はい。

               byみかん

                           

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これでいいのだ!               2010年5月26日

故赤塚不二夫さんのマンガで「天才バカボン」のお父さんの決め台詞で「これでいいのだ」という言葉が、どっと疲れた私の身体を乗せて走る、原付バイクの風を切って、聞こえて来た。

今日は、近くの女子短大で、保育士の卵の学生さんたちに、紙芝居の実演を観て戴き、紙芝居のお話をさせて戴いた。決して、満足のいくお話は出来なくて、自分がお伝えさせて戴きたかったことの、万分の一もお話出来なかったので、申し訳なかったが、少なくとも、紙芝居の愉しさを実感して戴けたかと想う。

感想文を見せて戴いていないので、まだ判らないが、紙芝居の歴史についてに、ポイントを絞り、紙芝居の楽しい作品世界を実感してもらえたら、「これでいいのだ」と、慢心ではないけれど、出来たことをまず、自分に誉めてあげようと想う。

「己の欲せざる所 人に施すこと勿れ」という、今日の、論語のカレンダーの言葉をしっかりと胸に刻みつけ、未熟ではあるが、若い女子学生さんたちに、気持ちよく接しさせて戴き、紙芝居を楽しんで戴けたら、こんな嬉しいことはない。

私のような若輩者で、学識もない人間を、大学の教壇に立たせてくださった先生に、改めて感謝の気持ちで一杯です。先生の教育に対する、熱い想いが改めて知ることが出来、本当に、こんな素晴らしい先生に教えてもらえる学生さんは、幸せだなあと思いました。

自分自身の学生時代を振り返ると、時代の隔たりを感じることもありますが、私のたどたどしい話に、真剣に耳を傾けてくれている学生さんの姿を見ると、よかったなあと思い直すのです。

また、まだまだいろいろ、一杯課題があり、もっともっと、学ばせて戴かなければいけないことが、山程ある。これが、私のスタートなのだと鑑み、これからも、紙芝居の学びを、実践を踏まえつつ、ぼちぼちと歩んで参りたいと想います。

紙芝居は、永遠に「普遍」です。これでいいのだ~

                 byみかん

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街の電気屋さん              2010年5月24日

今朝、急に台所の電気が点かなくなった。困ったなあ。夜までになんとかせなあかん。

私は、それでなくても、雨の降るうっとおしいお天気の日を迎え、少し憂鬱な気持ちになった。ノー天気が売り物の私の性格をしても、やっぱり、トイレの電気一つ、消えるだけでも、世の中、まっくらやみじゃあござんせんか・・・

それなのに、それなのに、家族が集う台所の電気が消えたとくりゃあ、こりゃあなんとかせんならん。それで、私は、何時も、ポストに入っている近所の電器屋さんのことを思い出した。瓦版風のチラシで、結構いいことを書いておられるので、以前から気になっていたのだが、なかなか機会がなく、今回は、何がなんでも、台所の電気を灯してもらおうと、ママチャリに乗って、お店におうかがいにあがった。

お店には、奥様らしき女性の方がおられて、ご主人に連絡をとってくださった。台所の蛍光灯が切れたので換えて欲しいと、おねがいしたのだが、どの蛍光灯か、さっぱり判らなかったので、ともかく、一番長いのです。とお伝えした。夕方には来て下さるとのこと。やっぱり、お忙しいのだろう。

夕方、6時頃にお店のご主人が来てくださって、長い蛍光灯を持って来てくださったのだが、どの蛍光灯も(結構種類あるんですねえ)入れてもらっても、灯りがつかない。

ご主人は「照明の機械自体があかんみたいですわ。」とおっしゃった。なるほど、さもありなん。このおんぼろの家も、建てて、かれこれ20年経ち、あちこち具合が悪いのであろう。

私は、「こちらで蛍光灯を交換できる照明にしてください。」とお願いして、カタログから、一番、明るくて、使い勝手の良さそうな(勿論お値段も)のを選んだ。電気屋さんは、すぐにお店に電話して、在庫を確認してくださって、在庫があるので、そのまま、近くのお店に取りに行ってくださった。

間もなく、帰ってこられて、電燈はものの5分もかからずに、吊るしてもらうと、今まで真っ暗な台所が、真昼のように明るくなった。電気屋さんのご主人に「いつもチラシ見せてもらっています。ええこと書いておられますねえ」と、心から申しあげたのが、効いたのかどうか、お値段をかなり勉強して下さり、本当に有り難かった。

今は、大型の電気店に行く人が多い中、やはり、このような細やかなサービスや、商品を提供して下さる電器店は、本当に大切にお付き合いさせて戴きたいと、思った。

地域の人と人の繋がりの大切さに気づき、そして、この真面目で実直な電器屋さんに、心から感謝した、みかんであった。

                   byみかん

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加勢婦、みかんは見た!           2010年5月22日

田辺サロンでの紙芝居教室を終えた後、駒川商店街に寄って、美鶴ちゃんのでんでん太鼓を買いに行った。明日が、お宮参りの日なので、静流ちゃんの時は、ドラえもんのがま口の財布を持って行って、これを付けてあげてと言ったのだが、やっぱり、娘に却下された。(あたりまえやんか!)

それで、今度こそは、美鶴ちゃんには、でんでん太鼓を吊るしてもらいたいという、ただ、その一心で、いざ、駒川商店街に向かった。せやけど、でんでん太鼓て、売ってくれる所があるんやろうか?何処へ行けばいいのか、愛車のパタパタを走らせながら、思案してめぼしいお店を駆けずり回った。

そして、商店街の中の文房具やさんで、おそるおそる、「あの~でんでん太鼓なんて、置いたはりますか?」と尋ねると、年配の女性が「ございます」と自信たっぷりの声で言ってもらえた時は、天にも昇る気持ちやった。

うちは、でんでん太鼓を手に入れて、るんるんで、早速、娘の所へ持って行こうと、愛車を走らせていると、向こうの方で、なんだか、人だかりがしている。はて、火事かしら?消防車の鐘も聞こえて来ないし、不思議に思って、近づいて行って、その横丁を覗いてみると、なんと、二人の男性が、血しぶきをあげて、殴り合いの喧嘩をしているではないか?

うちは、これは尋常ではない。警察に知らさないといけないと思い、近くで見ていた人に、「どなたか、警察に知らせたのですか?」と尋ねたが、誰も返事がない。なんでやねん。うちは、すぐに携帯電話で110番を押して、「けんかです」と知らせた。場所を知らせている間に、殴りかかった男(どっちも殴っている)が、捨て台詞を吐いて、自転車に乗って立ち去った。

そうしているうちにすぐに、お巡りさんが自転車で数人、駆けつけて来られた。コンビ二の横だったので、そこのお店の店長さんが、既に110番通報されていたのだ。せやけど、これもコンビ二の仕事なん?

とにかく、うちはお巡りさんに、自分の見たことだけを伝えて、自分の名前と住所と連絡先と、ちょっといややったけど年齢も正直に、さばを読まんと申し上げた。それからお巡りさんに、「つい、この前も近くで女の子が刺されたから、安心して道もあるけませんね。」と、さりげなく、パトロールの強化してもらえることを期待して、感想をのべさせて戴いた。

あの時、自転車で立ち去った男の人を、引きとめようとは思わなかった。それだけ、物凄い殴り合いの喧嘩で、正直、うちも恐かった。でも、110番通報したら、自分の所在を全て明らかにしないといけないことは判っていたうちにとって、警察に通報するのが、精一杯の地域を守る自分の行動だったと想う。

コンビ二の店長さんも、若いけど、とても落ち着かれていて、逃げた男の服装や年齢や身長等を具に、警官に知らせておられた。警察の方も大変やとお察します。でも、事件は起きてからでは遅いので、防犯が、一番大切なのですね。そして、係わりたくない気持ちは判らないでもないですが、人事だと環視するのではなく、みんなが当事者であるという意識を持つことが、大切やと、うちは思います。

誰の為でもない。自分達の町は、自分達で守っていかなければいけないし、こんな住みにくい世の中だからこそ、みんなが繋がっていくことが大切なんですね。

二人の幼い孫を持つ身だけで、こんなことを言っているのではありません。大人も子供も安心して暮らせる街にすることが、今の世の中を生き易くするのだと想います。

大阪のおせっかいな、加勢婦みかんは、そんなことを考えながら、愛する孫の下へ、でんでん太鼓を持って、愛車のパタパタで、ひた走るのであった。(完)なんのこっちゃ?

                 byみかん

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ロンリーみかん               2010年5月20日

しばらくのご無沙汰でした。仕事でいろいろと立て込む事があり、正直、結構疲れています。

せやけど、人間て弱いもんでんなあ。心身が疲れると気持ちの余裕がなくなりまんなあ。ほんで、人間性が、さもしいなる。つまり、了見がせもなりまんねん。

今日も、疲れ果てて帰って来て、娘と晩御飯のおかずに、オクラがでたんでっけど、その本数が一本、娘の方が多かった。なんで、そんなことで腹が立つのか、解らんけど、娘が、静流ちゃんの為に買った、アンパンマンのお皿で、おいしそうにカレーを食べているのを見て、うちは、なんか、すっごくネガティブな気持ちになりました。

娘は、静流ちゃんに会ってきた。自分は、逢いに行けない。それやのに、明日会いに行こうと思てたのに、明日はおれへんと、のたまう。自分の心の中が空回りして、ほんで、遂に、オクラをゴミ箱に捨てたので(オクラが生やった)、うちは、血液が逆流したのです。

ほんま、しょうもないことですわ。たわいない母娘喧嘩なんやけど、何故か、うちは、とっても心が寂しくて仕方なくなりました。普段は、其処におるとも言わんと、どうでもええ時に、まともに相手になって、売った喧嘩を買うてくれる・・・こんな有り難いことはないねんけど、疲れから、心が狭くなってしまうんでんなあ。

何時も、えらそうなことばっかり、言うてるけど、所詮、自分の度量なんて、この程度なのかと判ると、なんか、自分自身がせつのうて、いじらしく思えてくるんです。

何が言いたいのか、よう判らんけど、とにかく、このストレス社会において、一番大切なことは、自分を見失わんことでんなあ。その為には、自然の中に自分の身を置いて、もっと広い視野に立って、物事を考える習慣をつけんといけまへんなあ。孤独と孤立の違いは、一人でも耐えられるか耐えられないかということと、一人を寂しいと思うか、自分から心を閉ざして独りになるかの違いではないでしょうか?

なんや、自分でもよう判らんことを、言うているようでっけど、兎に角、人間て、誰かに必要だと認めてもらえることが、一番の喜びなのかもしれません。こんなうちでも、必要やと思ってくださる、有り難い方々に心より感謝の気持ちを持ち続け、これからも、あんまり無理せず、ぼちぼちと、自分の人生街道を歩いて参ります。よろしゅうお他の申します。

                   byみかん

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泣かないで、赤ちゃん!         2010年5月16日

今日は、難波市民学習センターでの紙芝居教室の日だった。私が、ホワイトボードに向かって、紙芝居と絵本の違いと、紙芝居ならではの特性について、熱く語りながら、板書していると、廊下から、あかちやんの泣き声が聞こえてきた。

最初は、気にならなかったのだが、その泣き声が、あんまりいつまでも、続いていて、紙芝居ならではの特性を説明させて戴いている時に、さすがの私も、こんな場所で、なんで赤ちゃんが泣き続けるのかと、不思議に思い、ひょっとして、学習センターで捨て子?そんなはずはない。でも気になるので、扉を開けて、廊下の向こうの方を見ると、一人の中年(失礼)と思しき女性が、火のついたように泣いている、あかちやんを抱いて、立っておられるではないか。

一緒に見に、外へ出てくださった受講生の方と、私は、思わず「お母さんはどちらですか?」と尋ねた。すると、なんでも、何かの講座を受講されていて、その女性が、その間、赤ちゃんをあずかっておられているのだそうだ。

私は、「今、何ヶ月ですか?」と尋ねると、「三ヶ月です。」と答えてくださった。なんでも、母乳で育てておられるので、ミルクをのませられないので、困っておられる様子だった。その方は、私達に「すいません。御迷惑をおかけして・・・」とおっしやってくだったので、私はなんとか出来ないものかと、「ちょっと抱かせてください」と言って、その赤ちゃんを抱っこした。

赤ちゃんを抱いて、暫く、身体をゆらせて、トントンと、赤ちゃんの背中をたたくと、赤ちゃんは泣きやんだ。だが、暫くすると、前より一層、激しく顔を真っ赤にして、泣き出したので、その女性に、赤ちゃんを返した。

「やっぱり、お母さんでないとあかんなあ・・・」と、つぶやきながら、私達は諦めて部屋に入った。すると、なんだか不思議なことに、今まで、気になっていた赤ちゃんの声が、暫くすると聞こえなくなった。

というか、私は、その時、紙芝居の話をするのに夢中になっていて、後で気がついたのだが、私達が出て行って、赤ちゃんの所在がわかり、しかも、自分で抱っこして、泣き止ます努力をする行動をとったので、自分の心が、その行いで整理され、泣き声に対して、こだわりの気持ちがなくなったのかもしれない。

人間の気持ちて、不思議なものやなあと感じた。うるさいと思えば、余計、泣き声が気になって、講座を進行することに支障が生じたかもしれない。でも、心配だと思って、手を尽くしたことと、話すことに気持ちが集中されると、赤ちゃんの泣き声が、自分の心の耳から消えたのだ。

あかちゃん、お母さんの勉強中で、お母さんの顔が見えなくて、知らない場所で、とっても不安だったのでしょうね。でも、お母さんが、貴女とほんの少し、お別れして、他のことに神経を集中することで、また、貴女と余裕を持って、向き合うことが出来るのかもしれないですね。

昨今、虐待で尊い、小さな命が粗末に扱われ、失なわれてしまう事件が後を断たないのが、本当に悲しくて、情けないけれど、どうぞ、小さい赤ちゃんを持つ若いお母さん、お父さん方、子供さんのお世話は、本当に大変でしょう。でも、赤ちゃんは、泣くことでしか、自分の感情を表現できないのです。頭で解っていても、やっぱり、しんどいとおもいます。だから、あなた方は、決して独りではない。しんどい時はしんどいと、身近な人に声をあげてみてください。

赤ちゃんを床にたたきつける前に、誰かに相談にしてみてください。きっと、救いの手があると信じています。泣かないで、赤ちゃん、お母さんをゆっくりと、今夜は眠らせてあげてね

             byみかん

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まだまだや~みかんはん!           2010年5月15日

まだまだや~、みかんはん!せやけど、あんたはん、自分を責めたらあかんで。

まだまや~、みかんはん!せやけど、あんたはんは、あんたはんなりに、努力してはる。

まだまだや~、みかんはん!そうおもてるうちに、気持ちも立て直せるようになる。

まだまだや~、みかんはん!東京まで行って、紙芝居の路きわめるんやったら、腹くくりなはれ。

まだまだや~、みかんはん!どない考えても、あんたはんは、頭が堅いから、もちっとソフトになりなはれ。

まだまだや~、みかんはん!自己肯定と自省心をシーソーみたいに、ギッタンバッタンして、なやみなはれ。

そこから、答えが出るか出えへんかは、問題やない。あんたはんには、大勢の仲間が、何時も居てくれはるやんか。

自分の好きなことをさせてもろうて、たくさんの仲間が居て、その上、人様に喜んでいただけるんやったら、これ以上幸せな人生は、おまへん!

まだまだや~、みかんはん!あんたはんの人生は、まだまだ、これからも、永遠やないけど、命尽きるまで、続くのやさかい、せいぜい、おきばりやす。自分の選んだ紙芝居の路を歩んでいくことを・・・

人間、せいぜいなごう生きれても、百年近くや。

そうかんがえたら、あんたはんは、まだまだや~、ほんまに、ひよこや。せやけど、でけへんもんは、でけへんなりに、よう顔晴ってはるやんかいさ!ぼちぼちと、せかんでもええから、今より一歩でも前へ進めるように、はげんでおくれやす。しんどうて、へたばったら、必ず、いっぷくしいや、しんどいで。

へえ、おおきに、すんまへん。:;;;:+*+:;;;:+*+:;;;:+*+:;;;:+*+:;;;:+*+

                 byみかん

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みかん文机を買う             2010年5月13日

本日、遂に新しい文机がやって来た。私は、本格的に紙芝居の学びをする決意をして、ゴールデンウイークの最終日に、近くのコーナンに買い物に行った時、一目で気に入った、少しアンティークなガラス板で引き出しの中が見える、木製の文机を思い切って購入した。

在庫がなかったから注文し、本日入荷したとのことで、我が家に新しい文机がやって来たのだ。今までは、古い座敷机を机代わりにしたり、コタツを机に見立てて、書き物や、調べ物をしていた。

だが、今回、一念発起して、いよいよ紙芝居の学びを、生意気にも究める志を具現するべく、まずは、環境から整えようと想い、今回、この文机を思いきって買ったのだ。

まるで、明治か大正時代の女流作家にでもなったような気分で、私は早速、その机の上で、以前、東京の古本店で求めた、紙芝居について書かれている本を紐解いた。

 うん、やっぱり集中力が湧いてくるわ!なあんか、やれるやん!ていう気持ちになってきたでえ」と、一人、喜んでいるみかんであった

分で、よう組み立てもせんのに、無謀にも、フィーリングで購入して、長女に組み立ててもろうたにも係わらず、相変わらず、ノー天気な私だが、新しい机に向かいながら、苦労して、紙芝居の時代を築いて来られた先人達の息吹が、不思議にも感じられるような気がするのは、何故だろう?

さあ、この机で勉強するのが三日坊主や、もの置きにならんようにして、紙芝居の未来の為に勉学に励むぞ!学生時代、勉強嫌いな私が、何故か、今頃になって、勉学の意欲が湧いて来るのには、全く、自分でも驚いている。こんなことやったら、もっと、若い時に真面目に勉強してたら、もうちょっと、学習能力の在る人間になっていたのに・・・

いや、人生において、もう遅いということはない。実行しようと想った時が、私の入学の時なのだ。「今が、一番若い!」この言葉を肝に銘じ、これからの長く続くであろう、紙芝居の学問の路を辿っていくのである。かっこええなあ~

                 byみかん

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紙芝居「かたきうちの話」            2010年5月12日

私の紙芝居活動の目標は、優れた本物の紙芝居の作品を演じることを通じて、人間として、如何に生きるかということを問いかけながら、観客と共に、生きることの意味と喜びを共に実感し、先達の築いてこられた、伝統と志を、次の世代を担う子供達に引き継いでもらい、人々の幸福と安寧を永久に保証し、また、自分自身の喜びが他の人々の喜びとなることを、脈々と受け継いでもらえることを望んで、日々、邁進し、自分磨きを怠らぬ様に努めている次第である。

文章が、かなり堅くなり、理解しにくい方もおられるであろうが、要するに、優れた作品を演じ、出来るだけ大勢の方々に紙芝居を観て戴くことで、共に、この行き詰まった現代社会に、一筋の光明を照らすことが出来れば、こんな嬉しいことはない。

そんな、本物の紙芝居の一つに「かたきうちの話」という作品がある。これは、私が、何時もお世話になっている、近くのお寺の文庫で、お借りした作品で、その作者はなんと意外にも、国語の教科書にも載っている「ごんぎつね」や、子ぎつねが手袋を買いに行く話「手袋を買いに」などの、童話作家で有名な、新実南吉の作品である。

この物語は、兄の仇を討つ為に、十年という、気の遠くなるような歳月を、日本国中を渡り歩いて、探し続けている主人公が、京の或る旅館に宿泊した時に、一匹の虱を柱に封じ込み、一年後に、その虱に自分の血を吸われ、高熱を発して、虱に仇を討たれたと実感した、主人公の侍が、遂に、兄の仇の男と出逢う。だが、その男は、盲目となり、仇を討つのは、大根を切るより、た易いことなれど、ふと、自分に敵討ちをした、虱のことを思い浮かべ、自分は、虱ではない。人間なのだ。その、万物の霊長たる人間の自分が、本当は、兄の方が、闇討ちにしようとして、返り討ちに遭った仇を、しかも、目の全くみえなくなってしまった男を、どうして切れようか?

人間としての在り様に、気づいた侍は、その仇なる男を刀で切って、兄の仇を討つことを思い留まった。そして、最後の場面で、僧侶となった敵討ちの男は、今では、諸国を托鉢して回り、人々のために、自分の人生を投げ打って奉公し続けるのであった。

私は、この紙芝居が、何故本物なのかと実感したのかというと、人間として生まれた意味を、この男は、一匹の虱に教えられ、命の尊さ、人間としての誇り、そして、人を赦すという寛容の心等、、自分達が生きていく上で大切なメッセージが、多様に、しかも、小さな虱と人間の対比という形で表現されているところが、実に素晴らしいと思った。

新実南吉は、わずか30年の人生しか生きることができなかったが、彼は常に、生きることとは、命を尊ぶということは、どういうことであるのかということを、常に自分自身に問いかけながら、この作品を創作したのだと想像する。

因みに、この話は新実南吉の28歳の時の作品である。晩年というには、あまりにも若い南吉が、生きることの意味を自問し、敵討ちという、日本独自の江戸時代の慣わしを通して、人間の誇りと生命の尊厳を著したのであろう。

この作品も、また、機会が在れば、一人でも多くの方々に観て戴き、今一度、現代社会に生きる私達に、人間として生きるということは、どういうことであるのかを、考えて戴きたいと想う、みかんであった。

                   byみかん

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びっクリしたなあ~もう・・・          2010年5月11日

あれは、忘れもしない、昨日の午後のことやった。母と一緒に出かけるべく、家を出ようとしたら、母ちゃんが、韓流ドラマにはまってしもてて、これを見てから出かけるとのたまう。

うちは、その時、難波に用事が在るので、それから、母と一緒に電車に乗ったらええか、その方が段取り良く事が運ぶと、判断した。

「ほんなら、駅のエレベーターを2つ上がったとこの切符の券売機の前で、2時に待ち合わせしょうか?」と提案したが、母は、ちょっと不安そうな顔をしたので、以前待ち合わせをしたことのある場所が、とっさに頭に浮かび、「じゃああ、クリ売ってるとこの前で、この前とおんなじ場所で、2時ね。」

母もそれで、得心したようやし、うちも、その方が安心やと納得した。それが、大きな間違いの始まりであった。

地下鉄で難波駅に着いて、用事を済ませたうちは、すわ、クリ売り場へ駆けて行った。時刻は、ちょうど2時少し前。ばっちりや!だが、私は、その場所へ着くと、目が点になった。「ない。あの、いつものクリ売り場が、どこにもない・・・なんで?何処いったん?」私は、慌てて、デパートの中に入って、店員さんにクリ売り場はどこかと尋ねた。

店員さんは、正確に、方向おんちの私に解る様に教えてくださった。私は、目を血走らせて、クリ売り場へ急いだ。ああ、やっぱり、こんな解りにくい所に変わっている。これでは、私に、輪をかけた、方向おんちの母では、到底、此処まで来れないであろう。

全てがうまくいくと思ったうちが、おばかさんだった。まさか、クリ売り場が、デパートの新装改築工事のおかげで、宿替えされていたなんて、そこまで考えが及ばなかった。

私は、案内係の男性に、恥も外聞もなく、「すんません。母とクリ売り場で待ち合わせしてるんです。アナウンスで、クリ売り場で待っているて、呼び出してもらえませんか?」

「えっ?クリ売り場でですか?もっと他の解り易い場所にされたらどうですか?」と、おっしゃってくださったが、うちは、「いいえ、母とクリ売り場で待ち合わせするて約束したんです。前もクリ売り場やったから、其処にしたのに、場所が変わってしまったから、会えないでこまってるんです!」と、うちは必死で頼み込んだ。

男性は、納得されたようで、内線電話で、母の名前とクリ売り場で家族が待っているとアナウンスして欲しい旨を伝えてくださった。だが、やっぱり、アナウンス担当の方も、待ち合わせの場所が、クリ売り場だということが、不思議で仕方なかったようだ。二言三言、やり取りされて、男性は電話を切った。

うちは、クリ売り場の横の椅子に座って、母を待つことにした。クリ売り場の店員さんも、うちのことを気の毒がってくださって、お声を掛けてくださった。うちが、「場所を移動するんやったらあ、張り紙一枚でええから、一言書いて、貼ってくれたらええのになあ」とぼやいていた。

クリ売り場の横で座っていると、一人の高齢の男性が寄ってこられて、「いつも、入り口で売ってるクリはここでっか?」と尋ねて、クリを買っていかれた。

うちは、その時思った。「クリを売ってた場所には、綺麗なエレベーターが設置されてて、見る人によったら、クリ売り場が無くなってしまったと考える人もいたはるやろうなあ。一時的な売り場とちごうて、常設の売り場やったから、いつも楽しみにして、買いに来るお客さんもいたはったやろうに・・・たかが、クリ。されどクリやなあ。」

そんなことを考えながら椅子に座って、母を待っていると、さっきの案内係の男性が、走り寄って来て、「来られましたか?」と尋ねてくださった。うちが、まだ来ないというと、もう一度、アナウンスをするように手配してくださった。

結局、母はクリ売り場に来そうにもなかったので、うちは、最初に言った駅の改札の前で、待つことにした。そこで、3時間待った。自分の今まで生きてきた人生の中で、こんなに長い時間、人を待ったのは、初めてだ。もう、足がガクガクで、精神的にもまいってしまう。何時の間にか、おんなじように、ずっと駅で高齢の男性を待っていると云う年配の女性と、最後には、二人で、地べたにハンカチを敷いて、待つことにした。

やがて、その女性も、待ってた人が自宅に帰っていることが解り、うちに、丁寧に挨拶をされて、帰って行かれた。取り残されたうちは、帰宅のラッシュ時間になり、めまぐるしく行き来する人々の雑踏の中で、なんだか凄く、孤立感を抱き、不安な気持ちなってきた。母は、今頃、何処で、どうしているのだろう?ひょっとして、うちを探して、うろうろしている間に、具合が悪くなって、病院にかつぎこまれたのでは?だんだんと、不安の塊が雪だるまみたいに、膨れ上がっていく。

その時、先ほどから、何度も問い合わせている目的の宿泊地の方から、連絡があり、なんと、母は、到着しているとの連絡を戴いた。「ああ、良かった!無事やった。」

私は、4時間近く待ち続けて、もう、精も根もつきはてそうになっていたが、最後の力を振り絞って、電車に乗り、宿に着いた。時間はもう、7時半を回っていたが、宿の方が駅までえに来てくださっていた。宿に着くと、母が、部屋から出て、廊下で不安そうな顔で、うちを出迎えた。

やっぱり、クリ売り場がなくなっていたので、うろうろと探して、思い切って、電車に乗って、目的地に先に行っていたのだと言う。さもありなん。誰が悪いのでもない。ちゃんと、しっかりと一緒に引き連れて行けば良かったものを、年老いた母と、そんな駅の雑踏で待ち会わせしようとしたうちが、おばかだったのだ。

そういうたら、クリて栄養があって、美味しいけど、イガイガのトゲや堅い渋皮に包まれて、ガードのしっかりした食べもんやから、あもうみたら、あきまへんなあ。

全てのお世話になった方々に、厚く御礼申し上げます。本当にありがとうございます。

せやけど、人生て、先に何が有るかわからんから、おもしろいでんな!

                   byみかん

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みかんの花咲く丘             2010年5月9日

今日は、母の日。プレゼントを贈った娘さんや、息子さん。プレゼントをもらったお母さんもおられるであろう。うちも、娘であり、一応、二人の娘のおかんでやんすので、両方の喜びを味あわせて戴けた果報者である。

童謡に「みかんの花さく丘」という歌がある。私は、この童謡が大好きで、うちがまだ小さかった頃、この歌の本を見ると、小高い丘の上から、海を眺めている女の子の絵が描かれている。こども心に、何故か、この女の子は、きっと、お母さんが居ないのでさびしいのだと想像して、その海の風景が、自分自身の原風景になった。

お母さんのおられない方には、申し訳ないが、自分自身は、幸い、まだ母が健在で、この母の日を、喜びの日と、実感させて戴けることが、有り難いが、やはり、お母さんを偲んでおられる方も、たくさんおられることと思う。

どうか、世界中のお母さんが、自分の子供を慈しみ、そして、母性の心を、次の時代に引き継いでいくことが、私達に課せられた責務であると思う。

心豊かな、時代になる為には、母の愛情を以って、我が子を育むことが、一番大切だと、うちは思う。様々な家庭の事情で、母の愛情を以って、子供さんを育めない家も在るかと思うが、根本の心は、この母性に全て、当てはまるのだと、うちは思う。

みかんの花は、白い。白いみかんからあんなに明るい、橙色の蜜柑の実が熟すには、優しいお母さんのような太陽の陽の光を一杯受けて、初めて、完熟するのだと思う。

母の日に、うちは、お母さんやったんやと、二人の娘から、カーネーションの花をプレゼントされて、気がつく、どんくっさいみかんであるが、明日は、母に、娘として、親孝行の真似事をさせて戴くべく、近くの休暇村に一緒に行ってきます。

                     byみかん

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青空みかんの生まれた町「田辺」        2010年5月8日

うちが生まれ育った町は、大阪市東住吉区の田辺という所です。ここいらは、昔は、「田辺大根」という、煮炊きすると、とっても味のある、丸々とした大根畑が、一面にあったそうです。その、まぼろしの大根、田辺大根を復活させて、今は、その種を、いろいろなお店などで配っていて、田辺大根が、また、蘇えったのです。

大根畑だったのは、うちが生まれるずっと以前で、うちが子供の頃は、すぐ近くに、南海平野線のちんちん電車が走っていました。田辺の駅前には、公設市場や、商店街もあり、結構、賑わっていました。今は、地下鉄谷町線が通り、ちんちん電車を見ることが出来ませんが、子供の頃、この電車に乗って、えべっさんや、住吉大社などに、お参りに連れて行ってもらいました。

家の近くには、駄菓子屋さんがあり、毎日、10円玉握りしめて、駄菓子や、たこ焼き、夏には、氷まんじゅう(かき氷)なんかを、近所の友だちと一緒に、買いに行きました。ちょっと、リッチな気分になりたい時は、友だちや従兄弟と、駄菓子屋さんの奥で、お好み焼きをたべながら、マンガの本を読むのが楽しみでした。

楽しみと言うと、その頃は十日に一度、3のつく日、つまり、3日、13日、23日に、これまた、近くの近鉄南大阪線の今川駅前通りで、「夜店」があり、この時も、近所の友だちと、金魚すくいや、ヨーヨー、型抜き、スマートボールなどをしたり、花火を買うて、みんなで、家の横丁で、打ち上げ花火やロケット花火、ドラゴン、へび(知ってるひとは知っている)そして、最後に必ず、線香花火をして終わるという、不思議な順番で、みんなで楽しんだ。

これまた、ちょっと歩いた所に、股が池という池のある公園があり、ここで、ボートに乗せてもろうたり、するめをえさにして、ザリガニとりをしたり、網を持って行って、めだかをすくったりして、遊んだ。

学校から帰ると、近所の誰かの家で、おかあさんごっこをして、誰がおかあさんになるのかを、じやいけんで決めたり、外では、まりつきをしたり、なわとびやゴムとび、それから、ロウ石で線を描いて、ケンパをしたり、なんにもない時は、探偵ごっこや、はないちもんめ、とおりゃんせ、三歩あて、などをして遊んだ。

着せ替え人形では、バービーの次に出た、タミーちゃんの人形で遊び、なかなか服を買ってもらえないので、きれはしを使って、自分で服をつくったりして、楽しんだ。

今川駅の前に、今はスーパーマーケットになっているところが、土管置き場の原っぱで、そこの大きな土管の中で、よく、基地をつくって遊んだ。土管の陰で、子犬が死んで、白骨化しているのを見て、子供心にショックを受けたのを何故か覚えている。

その頃は、アニメのマンガをテレビで、誰かの家で一緒に観ていた。鉄腕アトム、鉄人28号、スーパージェッター、おおかみ少年ケン、宇宙少年ソランなど、なぜか、男の子向きのマンガが多かったけど、みんな夢中になって観ていた。

思い出したら、限がないので、この辺にしておきます。考えたら、これは、うちの生まれ育った田辺の町だけでなく、昭和30年代に育った子供達みんなが、体験したことやと想います。

懐かしいとおもわれた方や、そんなん全然、知らんわいと、しらける方もおられることでしょうが、でも、間違いなく、うちらの年代は、誰しも子供の頃は、みんな、遊びの中で、いろんなことを学んだような気がします。今の時代もそうだといいですね。‥…━━━☆・‥…━━━☆・‥…━━━☆

                  byみかん

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5月のみかんの予定             2010年5月6日

大変、永らくお待たせ致しました。(だれも、まってないて?)ゴールデンウイーク明けの、今月の青空みかんの予定でございます。今月も紙芝居の魅力について、一人でも多くの方に、お見知り戴ければ、幸いに存じます。何卒、宜しくお願い申し上げます。

                    

5/16(日) OCAT紙芝居教室 大阪市立難波市民学習センター

        午後1時30分~4時30分  第4会議室

       「 紙芝居と絵本のちがいについて」

5/22(土)  田辺サロン紙芝居教室 すずき住建様田辺スタジオ

        午後2時~4時  「平和紙芝居と英語の紙芝居」

5/23(日)  全興寺紙芝居   大阪市平野区

        午後2時と3時

5/26(水)  大阪城南女子短期大学 総合保育学科

        「言葉と表現」

5/31(月)   大阪市立波除小学校

        「紙芝居の魅力と演じ方の基本について」

          午後4時~ 大阪市港区

以上でございます。今月は、紙芝居のお話をさせて戴く機会を設けて戴き、本当に感謝の気持ちで一杯でございます。紙芝居という、素晴らしい文化をお伝えさせて戴ければ、私は、嬉しい限りでございます。本当に、ありがとうございます。

                    byみかん 

       

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連休最後の日は心の掃除           2010年5月5日

昨日、無事に泉佐野市のイベントを終えさせ戴きました。お陰様で晴天に恵まれ、旧い佇まいの大きなお屋敷の中庭のステージで、私達、紙芝居の一行は、気持ち良く紙芝居を実演させて戴き、観客の方々にも喜んでいただけました。本当に、ありがあとうございます。

今年のゴールデンウイークは、かなりハードなスケジュールでしたが、お世話になった方々のご支援や、家族の理解もあり、無事に、全てのイベントを行なわせて戴けました。

せやけど、なんでんなあ、私も今回は、相当きつかったんですけど、これ、まだ若いから、できましてんなあ。それでも、もう、昨日、家に帰った時は、膝はガクガク、足はパンパンにはれ、泉佐野でもろた、かわいいサンダルが、足に入れへんくらい、むくんでましたわ。え?最初から足が大きんとちがうかて?そうかもしれまへんんあ。そやけど、お風呂に入って、布団に横になると、もう、すぐに、バタンキューと寝てしまいました。

今日は5月5日の子どもの日でんなあ。新聞を見ると、相変わらず、こどもさんや、赤ちゃんの命を疎かにする、忌まわしいニュースが目に飛び込んでくると、もう、悲しいのを通り越して、怒りの気持ちがこみあげてきましたわ。

なんとかせなあきまへんなあ。そのためにもうちは、今日は、身体を少し休め、鋭気を溜め込んで、この生き難い平成の世の中をなんとしてでも、子供さん達が笑顔溢れる、活き活きとした、未来に希望の持てる時代にさせて戴くべく、紙芝居で、顔晴りたいと想てます。

今の日本人に、一番必要なのは、ユーモアを持つ扇子ちゃうわ!センスでんなあ。うちら、大阪人は、結構おもろい人間が揃てます。大阪人のボケと突っ込みで、世の中を明るくする運動も、その一環として、やらして貰いでんなあ、いや、ほんま!おおきに。

                 byみかん

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明日は泉佐野です!            2010年5月3日

皆様、連休を如何お過ごしでしょうか?今日がなんの日かも判らずに、休まれている方もおられるかもしれませんが(失礼)、因みに、今日は憲国記念日ですね。憲法が定められた、大切な日だということに、感謝して、過ごしたいと想います。

さて、明日、4日の日もお休みで、なんの日でお休みなのかは、定かでないのですが、なんでも、緑の日だということだそうです。

明日は、私達、青空視観紙芝居の会一行は、大阪府泉佐野市の、旧新川家住宅(泉佐野ふるさと町屋館)で行なわれている、「第6回 平成ルネッサンスin佐野町場」というイベントで、紙芝居を実演させて戴きます。

場所は南海泉佐野駅西出口を出て、駅前通り商店街をまっすぐ、信号を越えて直進。つきあたり「つばさ通り商店街」アーケードを右へ曲がり、「学生服ノグチ」を左折。一つ目の角を右折して、左側にございます。お問い合わせは、072-469-5673(NPO法人 泉州佐野にぎわい本舗)までお願い致します。

紙芝居の実演の時間は午前11時30分~と、午後3時~でござます。市民に開放された旧い町屋の中庭で、しっとりと、紙芝居を演じさせて戴けることに、心から感謝致し、観に来て下さる方に喜んで戴けるよう、精一杯努めたいと、想います。

また、当日は、オカリナコンサートや、お琴の演奏もございます。宜しければ、ご家族揃って、お越し下さいませ。ありがとうございます。

                 byみかん

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みかん、紙芝居冥利に尽きる!       2010年5月2日

うちの性格、単純、素直、不器用、勝気、負けずぎらい、ゲラ、思い根だらとことん突っ走る時もある。などなど、・・・考えてみたら、解り易いようで、すんごくへそ曲がりな人間やなあと、改めて実感する今日この頃どす。(なんのこっちゃ)

そんな、うちが、今日、今まで紙芝居をさせて戴いて、一番嬉しかったことが有る。それは、長居植物園の中で、青空みかん紙芝居の会の方々とご一緒に、芝生の所で、ブルーシートを敷いて、紙芝居を実演させて戴いた。

紙芝居の最後にクイズをして、子供達が元気良く手を挙げて答えてくれた。そして、お話会が終わって、最後にプレゼントの品をもらい、みんな満足そうに、帰って行った。

うちは、紙芝居をケースの中になおしながら、メンバーさんと一緒に雑談をしていた。すると、一人の女の子が、うちに近づいて来て、私の顔をまっすぐに見て、「きょうは、ありがとう!」と言ってくれたのだ。

私は、紙芝居をさせてもらって、こんなにストレートに、素直な気持ちで子供さんから、お礼を言ってもらったのは、はじめてだった。もう、嬉しくて、嬉しくて、思わず、その子の手を握りしめてた。それでも、喜びの気持ちが押さえきれず、思わず、その子をしっかりと、両腕で抱きしめてしまった。

自分でも、何故、そんなことをしたのか判らなかったが、もう、涙が今にも目から溢れそうなのを我慢して、その女の子に、別れの挨拶をした。その子は、お母さんの元へ、嬉しそうに駆けて行った。

たった、それだけのことやけど、うちは、さっきも申した通り、すっごく単純で、熱い性格やさかい、その出来事が、自分の宝物になったことが、何より嬉しい。

紙芝居の活動をしていると、正直言って、いろいろなことがあるが、だが、紙芝居を演じている時の、子供達の目が、真剣で、空気がピーンと張りつめたような感覚、そして、子供達の笑顔を見ると、私は、紙芝居をやらせてもらって、本当に良かったと、生きることの喜びを見出すのである。

子供さんは、地域の宝物、社会全体で、子供さん達に豊かな心が育まれるように、支えていければ、素晴らしい未来が拓けるのだと、私は、本気で信じているのだ。その為にも、もっと良い作品を探求jし、切磋琢磨して、自分の紙芝居の演じる力を培っていけたらいいなあと想う、みかんであった。

            byみかん

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明日は長居植物園です!            2010年5月1日

みなさま~、いよいよ、ゴールデンウイークに突入でございます。連休を如何お過ごしでしょうか?うちは、今日は、OFFデーでした。とにかく、疲れたら休む。これをモットーに、なんとか、健康維持に、日々、奮闘努力を怠らず、(そないたいそうな)明日の、長居植物園での、イベントに挑みたいと想います。

お陰様で、明日は、私達、青空みかんの紙芝居の会一行は、「長居植物園スプリングフェスタ2010」というイベントで、東住吉アクションプランの参加という形で、紙芝居を実演させて戴きます。

当日は、ミニSL(300円)も走るそうで、初めての会場ですが、東住吉アクションプラン作製の紙芝居「三丁目のわんぱくけんた」の実演をご披露しいしい、いろいろな紙芝居を楽しんで戴けたらと想います。

植物園には、きれいなお花がたくさん咲いていることと想います。私達、青空みかん紙芝居の会の白いみかんの花は、咲いていないけれども、春真っ盛りのお花に囲まれて、紙芝居を観て、心を和ませてくださいね。

青空みかん紙芝居の会の皆様、東住吉アクションプランのスタッフの方々、明日は、どうか、宜しくお願い申し上げます。

話は、変わりますが、うちの長女も遂に、自転車で通勤するとかで、おばちゃん手袋を買ったそうです。うちも、明日は、日焼けせんように、しっかりと、防備して参りたいとおもてます。しかし、なんでんなあ、イベントて、結構、野外が多いさかい、雨が降らないのは、有り難いのですが、年頃?の女性にとっては、過酷な紫外線との戦いが、まちうけてまんなあ。いや、ほんま!

                byみかん

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宇宙の国からこんにちは!         2010年4月30日

いよいよ、明日から中国の上海万博が始まるそうだ。万博と言えば、やはり、大阪万博を思い出す。自分の歳が、ばれるけど、あの頃のうちは、まだ小学生やった。父にせがんで、連れて行ってもらったのを思い出す。

まるで、万博会場は、未来の国のように、光り輝いていた。たくさんのパビリオンと、大勢の人々で、華々しい、まるで、夢を見ているような気分だった。

特に、覚えているのは、大きなパビリオンの思い出ではなく、「空中ビュッフェ」という、観覧車のような乗り物に乗って、その乗り物の中で、今から考えたら、ファーストフードみたいな食べ物で、観覧車を一周して、万博の会場を上から見下ろしながら、父と母と三人で食べたのを覚えている。

確か、その時で5百円ぐらいだったと思うが、当時の5百円の価値としては、結構、高い値段やなあと、子供心に感じたのを記憶する。

今度の上海万博は、どのような、ビジョンが在るのか、よく判らないし、また、今の所、行く計画もお金もないので、あんまり、ピンとこないのだが、今日、久しぶりに孫の静流ちゃんに会って、我が孫の行動を見ていると、まるで、宇宙の彼方から、やって来てくれたような、不思議な気持ちになる。

何故、宇宙の国から来たような気持ちになるかと言うと、静流ちゃんは、この、地球で起こる、全ての事が、新しい発見と感動なのである。

ボールが転がれば、オーッと叫び、生まれて初めて、うちが買ってきた、たい焼きなるものを食して、美味しいと感動して、晩御飯の後に、お母さんの目を盗んで、たい焼きを食す。私の、バッグの中から、財布や携帯や、ボールペンなどと一緒に、お母さん(娘)と美鶴ちゃんが写っている写真を出して来て、ママ、ママと言って、憧れる。

静流ちゃん、貴女が大人になる頃には、もう、宇宙人でなくなるかもしれないけれど、決して、希望だけは、持ち続けていてください。貴方が成人する時には、そんなことは、決してあってはいけないけれど、例え、世界中のお花が枯れてしまっても、貴方だけは、美しい夢の花を持っていてください。

ばっちゃんが、子供の頃に見た、輝かしい万博の会場で、一番楽しかった思い出は、家族で、ご飯を食べたという、平凡やけど、一番幸せな時を過ごしたことだということを、何時か、貴女にお話しましょう。

そして、希望溢れる未来とは、決して非日常の出来事ではなく、平凡な毎日の日常の中のささやかな幸せが、本当の美しい人生を彩るのだということを、貴女に伝えていきたいです。ばっちゃんは。勿論、貴女の妹の美鶴ちゃんとともに・・・♪:;;;:♪:;;;:♪:;;;:♪:;;;:♪:;;;:♪:;;;:♪:;;;:♪:;;;:♪:;;;:♪:;;;:

                 byみかん

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