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孔子の言葉                  2010年4月13日

今、関西の三つの空港の存続について、いろいろな意見と言うか、折り合いをつけて、知恵をしぼっているみたいである。卵が先か、鶏が先かの話ではないが、一体全体、なんでお金が無いのに、2つの府県に、三つも空港をつくらなあかんかったのか?と疑問に思うのは、私だけだろうか?お金が無いのがはじめから判っているのやったら、新しい空港を、うちらの血税で、そんなに簡単に、つくらんとってほしいなあ。つくってから、じゃんけんで、決めようかとか、10年は閉鎖せんとこかとか、ずい分、都合のええ、アバウトな考えや意見しかでないんやったら、もう、空港の話は、しなはんな。WTCの話と、あんまり変わりまへんのとちがいますか?

結局、うちら、一般庶民の目線で、あんまり考えてもろていないのかなあということの、典型みたいなもんでんなあ。これでは、いつまでたっても、大阪の街は、元気になれまへん。

お金も大事やけど、うちは、やっぱり、今の政治家はんは、みんな、人というものを大切に考えておられないように、思われて仕方ありません。生意気なようですが、ここに、論語の中の一節を紹介させてもらいます。

  不義にして 富み且つ貴きは

  我に於いて 浮雲の如し

子日わく、疏食を飯い水を飲み、肱を曲げて之を枕とす。楽しみも亦其の中に在り。不満にして富み且つ貴きは、我に於て浮雲の如し)

人道にはずれたことをして得た富貴は、浮き雲のようにはかないものである。不義の富貴は浮かべる雲の如く、孔子にとっては、無縁なものであった。

私が、お金に全く執着がないと言えば、嘘になるかもしれないが、少なくとも、人様を大切に思い遣ることの出来る人間になろうと、努力し続けたいと想います。幸せな人生とは、どれだけ長く生きられるかということではなく、どのように精一杯、自分らしく、人様と係わりながら、人様も自分自身も活かせる、有意義な生き方が出来たかということだと想うのですが、如何でしょうか?

                                       byみかん

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