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みかん「金子みすず展」に行く           2010年4月4日

「私と小鳥とすず、みんなちがって、みんないい」という詩のフレーズを聞かれた方は、この詩の作者が、金子みすずであることを、御存知の方が、ほとんどおられると思われる。

この、私が敬愛する詩人、中原中也と同じ、山口県が産んだ、偉大な詩人、金子みすず展を、友人と一緒に、大阪心斎橋の大丸へ、見に行ってきた。

日曜日ということもあって、会場は、大勢の人で、一杯だった。文学、特に詩が大好きな私は、金子みすずの生い立ちから、非業の最期までを、パネルと写真や資料で、展示されているものを、ゆっくりと見て回った。

学生時代は、抜群の成績を修めた彼女は、やはり、本を読むことが大好きな、文学少女であった。そして、女学校の時に、「ミサヲ」という、学校の雑誌に詩を投稿したのが、詩人活動の始まりであった。

卒業後は、下関市の書店に勤めながら、詩作を続け、西条八十に認められて、鈴木三重吉の「赤い鳥」などに、彼女の詩が掲載された。

だが、みすずの不幸は、彼女の望まぬ結婚生活から、起きたようだ。詩人としての、彼女の才能は、結婚生活という、平凡な日常とは、相反するものであったのか、彼女の夫の理解を得られず、みすずは、病に陥る。

そんな、消え入るような夫婦中の最中に、みすずは、女の子を出産し、溺愛して、育児に専念する。

しかし、やはり、離婚という現実は避けられず、しかも、最愛の娘も手離さなければならないと決まった時、彼女は絶望し、自死してしまったのだ。わずか26年の生涯であった。

金子みすずの詩を、よくよく読んでいると、彼女の詩の中には、いつも小さな命と大きな宇宙が、同時に存在している。それは、人間も含めて、全ての生きとし生ける物を自然(神)の賜物で在り、その普遍的な捉え方が、現代社会に生きる私達に、強い共感をもたらしのであろう。

今、金子みすずの詩が、いや、存在自体が、何故こんなに、人々の心を捉えるのかは、ただ、「みんなちがって、みんないい」という、「わたしと小鳥と鈴と」の一フレーズだけでは、語り尽くせない、幼い我が子を残して、自ら死を選んだ、彼女の、私達現代人に、本当の心の故郷を取り戻すことの、大切さを教えてくれているのではないだろうかと、私は、そう思いながら、友人と一緒に、彼女の生まれた、故郷のパンフレットをもらって、会場を後にした。

                   byみかん

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