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2010年4月

どっぷり昭和町は大賑わい         2010年4月29日

昨晩の大雨も、嘘のように止み、お日様もひが差してきて、本日、無事に、「どっぷり昭和町」のイベントが、盛大におこなわれました。

私達、青空みかんの紙芝居の会の一行も、阪南中公園の、藤棚の下で、紙芝居の実演をさせて戴き、観客の皆様に喜んで戴けたのではないかと、想っております。

このお祭りは、年々、盛況になっていくようで、お昼頃には、もう、既に、たくさんのお客さんが、昭和の時代にタイムスリップ体験を楽しもうと、老若男女の大勢の方が、お越しになられました。

私達が、紙芝居をさせて戴いた、阪南中公園の会場でも、駄菓子や、金魚すくい、ゴム鉄砲、綿菓子などが販売され、チンドン屋さんも練り歩き、賑やかな雰囲気の中、紙芝居を実演させて戴きました。

午後からは、プロの紙芝居師、鈴木常勝さんも来られ、水飴を練りながら、子供さん達も楽しそうに、鈴木さんの紙芝居の世界に惹き込まれていくようでした。

紙芝居は、子供さんだけでなく、大人の方も真剣に観てくださり、皆様に、心から楽しんで戴けたようで、本当に嬉しいです。

また、お昼からは、私の従兄弟のやすけんこと、保田健志さんも、忙しい仕事の中を時間をつくって、あざやかな手さばきで、マジックショーを披露してくださいました。

準備をしてくださった、スタッフの皆様方に、心から御礼申し上げます。本当に、ありがとうございます。

この、お祭りに参加させて戴いて、感じたことは、いかに時代が、便利になり、どんなにハイテクな機械が発明され、携帯やパソコンで、コミュ二ケーションを図れても、やはり、生身の人間同士の心の触れあいに勝るものはないと、改めて実感させていただけました。

昭和の時代が、全て良かったということでは、ありませんが、良い文化や、風土は、残していき、次の世代に引き継いでもらえ、豊かな人間関係を、いつまでも育んでいけたら素敵ですね。

来年も、また、この会場で紙芝居を演じさせていただける事を願い、私達は、無事に、会場を後にしました。昭和の時代の人と人との触れあいを、今の時代にも、ずっと続いて欲しいとねがいながら・・・

                  byみかん

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明日は、昭和町で会いましょう!         2010年4月28日

明日は、地下鉄御堂筋線昭和町駅界隈で、「どっぷり昭和町」という、イベントがございます。私は寺西家住宅を西に少し行った所に在る、阪南中公園というところで、紙芝居を、紙芝居仲間の方と一緒に、演じさせて戴きます。

昭和の日は、昭和に生まれた文化、紙芝居で、どっぷりとお楽しみ下さいね。タイムスケジュール的には、10時から、紙芝居を始めさせて戴いて、11時30分~子供達のワークショップ、ダンボールレースがございます。そして、メインのプロの紙芝居師、鈴木常勝さんが、12時30分頃、現われて、昔懐かしい、街頭紙芝居の実演と、水飴の販売がございます。この機会に、是非、懐かしい昭和の時代に、タイムスリップしてください。

午後からは、私の従兄弟の保田健志さんの題して、「やすけんのマジックショー」がございます。私とは、かなり年も離れていて、まだ、独身で、若いですが、彼の手品暦は、学生時代からしているということで、存分に、やすけんのマジックワールドをご堪能下されば、幸いです。

また、他にも、腹話術や、大道芸の方も来られ、駄菓子や、金魚すくい、フラメンコ、なんでもありいの、賑やかなお祭りになることと想います。

どうぞ、皆様、ご家族揃って、昭和の日は、昭和町に起こしやす~明日は晴れますように

                 byみかん

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落語ばんざい!            2010年4月27日

本日の夕刊に、明日から、「第一回上方落語まつりinミナミ」というイベントの案内が、でかでかと載っていた。上方の落語家さん達が、所属事務所を超越して、一同に、大阪のミナミの、さまざまな場所で、落語会をされるとのこと。誠に、喜ばしい限りである。どうか、このおまつりが、成功して、大阪の文化の財産となってくれることを願っている。

昨今の落語ブームは、桂三枝師匠の悲願であった、落語の定席、天満の繁盛亭が完成されてからは、飛ぶ鳥を落とす勢いで、めざましい発展を遂げている。そんな、上方落語も、冬の時代が在り、終戦当時の上方落語は、風前の灯のように、消え入りそうな、危うい時代を経てきたそうである。

そんな、苦しい時代の先人達の蒔いて来た種が、ようやく、花開き、実を結び、今日に至っているのだ。現在、上方落語家さんは、総勢、な、な、なんと、230名もおられるそうだ。また、女性の落語家さんも増えて来たそうだ。

私は、この上方落語の発展を、心から祝し、また、この、上方落語まつりの成功を陰ながら、祈っている。大阪を元気で明るく、活気のある街にする為にも、是非とも、上方落語の益々の発展を願ってやまない。

そして、出来る事なら、上方落語の紙芝居の実演とコラボレーションして、舞台に立たせて戴くのが、私の夢の一つである。その為にも、落語は元より、これからも、自分の紙芝居の芸に、益々、精進し、学び続けていきたいと想っている、みかんである。

本当の笑いの中に人間らしい、優しさや、人情や、人間臭さが、秘められているのだと、私は想うのだ。新聞の記事の中で、或る落語家さんが、語っている。「古典落語の中で、最も予習の必要のないのが落語です。そして、リーズナブル。「デジタル」があふれている今だからこそ、「アナログ」な落語に触れてください。」と・・・これは、全く、紙芝居にもあてはまることだ。

ここら辺に、何故、落語がブームになったのかという、秘密が在る様に思われるのだが、いかがであろうか?

                   byみかん

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全興寺の紙芝居修業             2010年4月26日

昨日の第4日曜日は、いつものように、大阪平野の全興寺さんで、紙芝居をさせて戴いた。夏空のような暑い中を、紙芝居を持って、全興寺さんの山門に向かった。

すると、なんと、其処かしこに自転車が置かれてあって、うちのバイクを置くスペースがない。「しゃあないなあ。境内の中へ停めさせてもらおう。」と、バイクを押して、山門をくぐると、な、な、なんと、御住職が、紙芝居の舞台を載せた自転車を、本堂の横の庭に運んでおられるではないか?

え~っ!こんな、かんかん照りの所でするの?それやったら、日焼けどめのクリーム塗って、お肌対策をしておくのだった。

だが、後の後悔、先に立たずで、うちは、せめて、防止、いや、帽子代わりに、バンダナを頭にくくり、頭を紫外線から守り、お肌は、家に帰ってから、胡瓜パックでもしたらええかと、お寺のど真ん中で、紙芝居をさせて戴くことの方が、有り難いと考え直した。

案の定、紙芝居の舞台の前に、大勢の人が集まった。子供達も、みんな嬉しそうにしている。紙芝居は、やっぱりめずらしいのか、魅力があるのか、それは、定かではないが、現代の人々の心を惹きつける、何かが秘められているのだろう。

紙芝居を実演させてもらう頃には、暑いことや、お肌の美容のことなど忘れ、うちは、夢中で、「ねずみのすもう」の紙芝居を演じた。うちが、一番好きな場面は、長者の家のねずみが、大きな小判?を背中にしょって、やせたねずみの家を訪れる処だ。ここの説明で、皆さん、どっと笑ってくれはった。その思いもよらない反応が、嬉しかった。だから、紙芝居は、一度やったら、止められない。

そんなこんなで、結局、2時と3時の紙芝居は、ずっと、お寺の境内の真ん中で、行なわれた。プロの紙芝居の鈴木常勝さんの演じ方を、しっかりと見せてもらい、とても勉強になる。鈴木さんの紙芝居には、紙芝居と演じ手と観客が、一体となって、その場所が、紙芝居劇場と化す。お客さんを飽きさせない。本当に凄い方だ。

川口御住職の「おやじギャグクイズ」も、すごくおもしろい。とても、お坊様(失礼!)が考えられたとは思えない、意地悪なとんちクイズばかりだ。でも、子供達は、一生懸命考えて、元気に手を挙げ、正解したら、水飴の引き換え券を、嬉しそうにもらっている。

うちは、このお寺で、紙芝居をさせてもらうようになって、教えられたことは、紙芝居は、決して、演じ手の一人芝居では、おもしろくない。ということだ。あくまでも、観客の空気や、雰囲気、そして、反応を見て、子供達の声に耳を傾けながら、演じることが大切なのだ。

全興寺で演じる時が、正直、一番、難しいし、観客に鍛えられる。そして、紙芝居ほど、人々の心を魅了するものはないのだと、いつも教えられる、みかんであった。

                 byみかん

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人生八転び九起き              2010年4月24日

今年もまた、東京の紙芝居文化の会の連続講座を申し込み、昨日、第一回目の講座を受けて来た。いつも、もう、これで、やめておこう、もう、これで、最期だと思いながら、紙芝居の更なる学びを深めることが、自分の務めなんて、かっこうのええことを考え、巣鴨の童心社に赴いた。

童心社の建物の最上階(4階)に、KAMISIBASIホールなるものが在り、其処が、連続講座の会場である。

私は、逸る心を抑えながら、また、全国の紙芝居仲間にお会い出来ることを機待しいしい、エレベーターで、4階の会場まで、上がったが、なあんか、変だ。知っているのは、事務局の方だけで、運営委員の方や、顔見知りの方が、だ~れもおられない。

受講される方の名簿を見て、驚いた。知っている方のお名前が、ない・・・・「さびしいな~。せやけど、初めて受講した時は、もっと、不安で孤独やったやん!」と、自分で自分に言い聞かせた。

私は、その日、紙芝居「おかあさんのはなし」を実演する予定であったのだ。だが、体調もそんなに良くなく、おまけに、その日の朝、突然、携帯電話が繋がらなくなり、慌てて、携帯ショップに行って、新しい携帯を、契約したりして、精神的にもだいぶ、まいっていた。

そして、いよいよ、講座が始まり、童心社の会長の、酒井京子さんのお話が始まると、私は、集中して聴いてはいたが、やっぱり、実演のことが、頭からはなれなかった。

そして、いよいよ、実演の時間がやって来た。今日は3名の人が実演するよていだった。私は、物語だから、後の方だと思っていたのが、あほやった。なんと、一番に指名された。(え~っ!最初なん?どないしょう・・・)動揺したうちが、おばかだった。そんなん、順番なんか、関係ないやんか、どうせ、今日することは、わかってんねんから・・・

私は、完璧に舞い上がっていた。裏の文字も、少し光って、みえにくい。でも、そんなん、観客の方には、関係のないこと。私は、もう、無我夢中で、演じはじめた。(あかん、緊張しすぎや。あせるな!)と、思えば、思うほど、表情が硬くなり、身体が強張るのが、自分でも判る。ようやく、後半になると、自分のペースが、もどって来たように思われた。ようやく、なんとか最後まで、演じさせて戴いた。

酒井さんの評価は、やっぱり、辛口だった。そう、真剣過ぎて、観ている方が、しんどいのだ。自分でも解る。それが、私の壁なのだ。

講座が終わり、足どり重く、部屋に戻ると、もう、精も根も尽きて、暫く、ベッドに横になったまま、動けなかった。お風呂に入りたかったのだが、全く、身体が言うことをきいてくれない。ふと、私は、ホテルの部屋の壁にかかっている額に書かれている言葉に目をやった。其処には「人生 八転び九起き」とあった。

私は、以前にもこの部屋に泊まり、その時は、その言葉の意味が、なんとなく理解出来るようで、頭にピンと来なかったが、今日は、その言葉の意味が、厭というほど、理解出来るような気がした。

そうや!これで良しと思う心が、慢心を生む。そして、足をすくわれるのや。人生は、七転び八起きで終わりということはない。八回転んでも、九回起き上がる、そんな逞しさと、謙虚さが、大切なんやと思う。うちは、正直、上手く演じようとする気持ちが在ったんかもしれん。でも、思うように演じられず、焦った。その動揺が命とりになったんや。

どんな状況の時でも、平常心で、自然体で演じることが大切なんや。そんな、気づきを実感出来たような気がする。これからの自分の新たな目標が定まった、

ほんまに、貴重な、いい経験をさせて戴けた、今回の東京の紙芝居修業であった。大阪に帰ると、運営委員のTさんから、私に、何度もお電話を下さっていた。夜、やっと、連絡がとれて、私に、有り難いアドバイスをしてくださった。本当に嬉しかった。

今回の東京での勉強は、初心に戻った気持ちになり、まっさらな気持ちで、受けさせていただこうと、心に誓った、みかんであった。

                     byみかん

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愚痴っててもしゃあないけど         2010年4月21日

うちは、文句言いの人間でっさかい、付き合いにくい方もおられると思われるでしょうが、堪忍してください。

何故に、この国は、こんなにみんな、自分のことだけ考えるのか?(うちもふくめて)

何故に、この国は、人を簡単に裏切ったり、騙したりするのか?

何故に、この国は、未来に明るい希望が開けないのか?

何ゆえに、うちらは、この国の行く末を、もっと真剣に考え、議論し、行動出来ないのか?

何ゆえ、うちらは、自分の力で立ち上がり、明確なビジョンを持って、この国を良くしようと考えないのか?

愚痴っても、しゃあないから、行動に移すしかない。どんな?一人の大人として、自分の言動に責任を持って、子供達と向き合うこと。

大人を信じていない子供達に、中には、こんな、本気で向き合う、変わり者の大人がおるんやで~て、知ってもらう。そして、一人の子供さんと、とことん付き合い、本気で係わる。

自己満足と言われようと、ええかっこうしいと言われようとかまへん。本気で、子供達と係わり、ちょっと変わったおばちゃんやけど、まあ、付き合ったげてもええやんかと、心を開いてくれたら、しめたもの。

この国を、愚痴ってもかまへんから、その代わり、自分の言うたことに、責任を持てる大人が、一人でも増えてくれれば、有り難い。

この国の首相さんの、答弁を聴いていると、とっても、弱弱しくて、何が言いたいのか、この国をどうしたいのか、全く見えて来ない不安が、拭いきれず、とっても不安な気持ちなのは、私だけでしょうか?

鳩山さん、もっと、自信、持ってくださいよ。お願いしますよ。貴方の背中に、日本の国の人々の命運が、かっているのですから・・・

                     byみかん

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どっぷり昭和町に来てや!          2010年4月19日

皆様、ゴールデンウイークも、間近に控え、いろいろと計画を練っておられることと、お察し致します。私も、何処へ、遊びに行くこともなく、紙芝居の活動のイベントに専念致す所存でございます。

そんな、ええかっこう言うてるけんど、大したスケジュールは、ございませんが、紙芝居をさせて戴けることが、私の喜びなのでございます。(そない、たいそな)

まずは、今日は、4月29日の昭和の日に催される、大阪市阿部区昭和町での、イベント、「第6回 どっぷり昭和町」のご案内でございます。今日、やっと、詳しい案内のチラシやポスターが、届きました。本当に、ありがとうございます。

うちらは、阪南中公園という所で、「昭和の遊び広場」というテーマで、公園全体が、昭和の時代にタイムスリップして、楽しい昭和の遊びの広場となります。

勿論、青空視観一行は、紙芝居を実演させて戴きますが、メインは、やはり、プロの紙芝居師の鈴木常勝さんの紙芝居です。どうか、水飴を練りながら、昔懐かしい、街頭紙芝居をどうか、存分に、ご堪能下さいませ。

その他には、大道芸や、腹話術、割りばし鉄砲やべったん、勿論、駄菓子の販売もあります。なつかしいですね。阪南中公園は、地下鉄御堂筋線昭和町駅4番出口から、西に徒歩5分ほどの所に在ります。

私達の紙芝居は、朝の10時ごろから、4時ごろまで、公園で、随時口演させて戴きますので、ご家族揃って、お越しくださいね~ 

以上、みかんからの、「どっぷり昭和町」のお知らせでした。よろしゅうおたのもうします。

                  byみかん

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明日香で、歌って踊って紙芝居         2010年4月17日

昨夜の雨が嘘の様に、良いお天気に恵まれ、本日、無事に、奈良の明日香で、たくさんの方々と、ご一緒に、賑々しくイベントをさせて戴きました。

今回のイベントは、紙芝居でご縁を賜った、Nさんの主催で、平城遷都1300年を寿ぎ、日本人の心の古里、明日香で、感謝の気持ちを込めて、日舞の先生の踊りや、河内音頭の踊りを、みんなで踊ったり、童謡を歌い、私は、紙芝居を奉納させて戴いた。

今回は、宮澤賢治の「貝の火」と「セロひきのゴーシュ」を実演させて戴き、日本人が本来持ち合わせている、美しい心を、一人でも多くの方々に、呼び覚ますことが、出来ば、ありがたい。

久しぶりに河内音頭を踊った私は、とっても楽しかった。紙芝居も、なんとか、演じられたかな?

このような、大きな舞台で、演じさせて戴き、本当に有り難い。今年の秋も、是非、やらせて戴こうっと ~ 

                 byみかん                                                                                                                                                                                                  

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今日か明日香と待ちわびて・・・         2010年4月16日

有り難いことに、昨年の秋、国営飛鳥歴史公園で行なわせて戴いた、夢プラン「飛鳥で紙芝居がいっぱい」というイベントを行なった私達、紙芝居教室の有志一行は、昨年の全国の国営公園のプランの中から、入選の賞を戴いた。

この、お知らせの通知を、2月の初めにもらい、表彰状なるものが戴けるのではと、毎日ポストの中を隅から隅まで、目を皿のようにして見ていていたのだが、いっこうに、配達されそうな気配がない。

問い合わせをしたかったが、なんや、催促してみているみたいで、気の弱いわたしは、なかなか、連絡出来なかった。だけど、通知の書面では、3月の上旬に送られてくるようなことが書かれてあったのに、4月に入っても、まだ、なんのお知らせも来ない。

あれは、狐に抓まれたのかと、なんか、だんだん、心ぼそうなって来たけど、この賞は、私一人で戴いたものではなくて、一緒に行った皆さん全員の努力の賜物であるのだから、申し込みをさせてもらったうちに、皆さんに報告する義務がある。と、決心して、思い切って、封筒に書いてあった、東京の担当の方に問い合わせさせて戴いた。

すると、返って来た、お返事によると、なんと、私が、明日に17日に飛鳥で、紙芝居を再びさせて戴きに行くので、その時に戴けるとのこと。ああ、良かった。やっぱっり、夢ではなかったんや!これで、皆さんに報告させて戴ける。良かった、良かった。

明日は、明日香で、紙芝居の実演を、精一杯演じさせて戴き、その後で、賞が戴けるようだ。あすは、いにしえの方々に、この、危機感溢れる、危うい平成の日本の国を、なんとか、生き易い時代になって欲しいと願い、宮澤賢治の紙芝居を実演させて戴こうと、想っている。

今日か明日香、待ちわびる、寿(ことほぎ)事に、胸踊りなむ

                 byみかん 

                              

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ようこそ、みつるちゃん!          2010年4月15日

皆様、私事で恐縮ですが、遂に、待望の二人目の女の子の孫が生まれました!お陰様で、母子ともに無事で、元気にしております。本当に、ありがとうございます!

二人目の孫は、美鶴と書いて、「みつる」と命名されました。鶴のように美しく羽ばたいて欲しいと願って、美鶴ちゃんのお父さんが、名付けてくださいました。

お姉ちゃんと早く、一緒に遊べるようになれたらいいね。とにかく、健康で、元気にすくすくと育って欲しいと願っております。

巷では、次々とパパ父などによる、卑劣な虐待で、尊い幼い命が奪われている昨今、私は、孫の為だけではなく、全ての子供さん達が幸せになって欲しいと願い、これからも、紙芝居の活動をさせて戴くことで、命の尊さをお伝え出来れば、嬉しいです。

明日も、病院に行って、娘と美鶴ちゃんに会ってきます。まずは、皆様方にご報告させて戴きたく、お知らせ致しました。ありがとうございます!

                     byみかん

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見事な花吹雪舞う                2010年4月14日

一年生と一緒に、ぬり絵をしたり、カルタをしていたら、一人の女の子が、「あっ!桜の花びらや!」と窓の方を指差して、教えてくれた。

見ると、春風に吹かれて、桜の花びらが、まるで、吹雪のように、それはそれは、見事に舞い落ちているのである。誰かが、「雪みたいやなあ。」と言った。ほんまや、花吹雪とは、よく言ったものだ。

子供達と一緒に、こんなに美しくて、切ない桜の花びらの舞い落ちるのを観ていると、自分の人生も、こんなに潔く、散ることができるのかなあ?と、ふと、思った。

日本人は、特に、桜の花を一番愛でるが、私は、このあまりにも美しく、華々しく咲く桜の花が、雨が降ったり、風が吹いただけで、はかなく散り去っていく姿を観ると、何故か、可愛そうになる。

そして、そんな、桜の潔さを愛する、日本人の心というものに、共感できる所もあるが、もっと、しぶとく、貪欲に咲いていても、バチは当たらないのではないかと、感じるのである。

だから、私は、桜よりも、むしろ梅の花が好きである。特に、紅梅が美しく咲く姿を観ると、春がやって来た喜びを実感出来るのだ。

話には、元に戻り、桜吹雪を窓から、観ていた私達は、その、あまりにも多くの花びらが舞い降りていくので、また、誰かが、「地面の花びらのプールが出来て、泳げるで~」と言った。なる程、そうやな、花びらが、一杯積もった中で、泳いでみたら、きっと、美人になれるかも?

私達は、季節が過ぎ行く姿を目の当たりにして、これからの、ピカピカの一年生が、学校に来るのが楽しくて、元気に生き生きと、これから、6年間、この学校で、素晴らしい学校生活を送ってもらえることを、心から願っている。

みんなの夢を一人ずつ聞いてみた。「大きくなったら、何になりたいのん?」と・・・

「ケーキ屋さん!」「ピアニスト!」「サッカー選手!」「まだ、決めてない」ええよ、ええよ、これから、ゆっくりかんがえな。君達には、無限大の可能性を秘めているんやから・・・

桜吹雪を眺めつつ、まだ、給食が始まらなくて、お弁当を持ってきた子供達と、美味しく、お昼ご飯を戴いた。お母さんの作ってくれた、お弁当は、美味しいね。また、明日も一緒に、食べようね!みんな。

                      byみかん

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孔子の言葉                  2010年4月13日

今、関西の三つの空港の存続について、いろいろな意見と言うか、折り合いをつけて、知恵をしぼっているみたいである。卵が先か、鶏が先かの話ではないが、一体全体、なんでお金が無いのに、2つの府県に、三つも空港をつくらなあかんかったのか?と疑問に思うのは、私だけだろうか?お金が無いのがはじめから判っているのやったら、新しい空港を、うちらの血税で、そんなに簡単に、つくらんとってほしいなあ。つくってから、じゃんけんで、決めようかとか、10年は閉鎖せんとこかとか、ずい分、都合のええ、アバウトな考えや意見しかでないんやったら、もう、空港の話は、しなはんな。WTCの話と、あんまり変わりまへんのとちがいますか?

結局、うちら、一般庶民の目線で、あんまり考えてもろていないのかなあということの、典型みたいなもんでんなあ。これでは、いつまでたっても、大阪の街は、元気になれまへん。

お金も大事やけど、うちは、やっぱり、今の政治家はんは、みんな、人というものを大切に考えておられないように、思われて仕方ありません。生意気なようですが、ここに、論語の中の一節を紹介させてもらいます。

  不義にして 富み且つ貴きは

  我に於いて 浮雲の如し

子日わく、疏食を飯い水を飲み、肱を曲げて之を枕とす。楽しみも亦其の中に在り。不満にして富み且つ貴きは、我に於て浮雲の如し)

人道にはずれたことをして得た富貴は、浮き雲のようにはかないものである。不義の富貴は浮かべる雲の如く、孔子にとっては、無縁なものであった。

私が、お金に全く執着がないと言えば、嘘になるかもしれないが、少なくとも、人様を大切に思い遣ることの出来る人間になろうと、努力し続けたいと想います。幸せな人生とは、どれだけ長く生きられるかということではなく、どのように精一杯、自分らしく、人様と係わりながら、人様も自分自身も活かせる、有意義な生き方が出来たかということだと想うのですが、如何でしょうか?

                                       byみかん

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母ちゃんになるて、大変!            2010年4月12日

紙芝居で、「おとうさん」という作品が、あるが、これは、スマトラの民話を元にした、お話で、マンダラグリーンベクウと云う魔物が、独りぼっちでさびしいので、ぼうやのお父さんに化けて、ぼうやをさらってしまう。本物のおとうさんが、ぼうやをとりもどそうとして、魔物と対決することになった。王様の言いつけで、樽の中にぼうやを入れて、山のてっぺんまで運ぶことで、どちらが、本当のお父さんか、決着をつけることになった。

魔物のマンダラグリーンベクウは、山に登るとき、「お父さんになるのは、大変だ」と言った。本当のお父さんは、「ぼうやをとりもどす為にがんばるぞ!」と言った。二人の言葉を樽の中で、聞いていたぼうやは、王様の前で、その通りのことを言うと、王様は、「こっちのお父さんが本物だ。」と、見破って、魔物は、元の姿にかえって、逃げてしまった。と、ざっと、こんな内容である。

これは、おとうさんの本当の愛情の深さを知る、傑作であるが、お母さんになるのも、また、大変だと言うと、私は、偽者の母親か?と、言うと、そうではないことは、天地天命に誓わせてもらう。(そんなたいそうな)

現実生活では、うちは、今、予定日を過ぎても、まだ、生まれてこない大きなお腹を抱えた娘を、病院に連れて行き、まだ、入院できないようで、帰宅して、上の姉ちゃんが、お昼に帰って来るさかい、ふらふらで、お昼の支度を整え、また、下の娘を自宅まで、送り届けた。

さすがに、もう、限界灘の疲労を癒すべく、雨の中をとぼとぼと歩いて、鍼灸院で、気つけの、必殺の鍼を、女医の先生にうってもろうて、話を聴いてもろうた。先生は、「おばあちやんになるて、ほんまに、大変やねえ」と言ってくださった。

そうなんや、出来ることなら、自分が代わりに産んでやりたいけど、そら、どうがんばっても、無理な話や。せやから、ここは、自然に任せて、なるようになるわと、開きなおらなしゃあない。その為にも、自分の身と心のメンテナンスをしておくことが、一番肝心やと、自分に言い聞かせた。

久しぶりの鍼の治療が、功を奏したのか、晩御飯を食べて、二階で横になると、漠睡してしもた、ようやく起きて、お風呂からあがって、台所に、お水を飲みに行くと、テーブルの上に、珍しく、長女の眼鏡と髪の毛を巻くリボンが置いてあった。

私は、それを見て、何故か、この娘も、心から幸せになって欲しいという気持ちが、うちの身体の奥の奥から、込み上げて来た。そして、その眼鏡とリボンが、とても、愛しい物であるように想われ、そっと、何時もの、彼女のテーブルの席の上に置いた。

本当の幸せて、こんな、なんでもない、平凡やけど、当たり前の日常生活を送れることが、本当に有り難いのやなあ・・・と、妙に神妙な気持ちになり、今日も、こうして、パソコンに向かい、皆様に、ご報告させて戴き、幸せな気持ちになって戴けたら、幸いです。

余計なお世話やと、うっとうしく思われた方は、ごめんなさい。今日も、無事に、つつがなく一日を無事に、過ごさせて戴きました。ありがとうございます!

                     byみかん

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素の自分に戻れる場所           2010年4月11日

とかくこの世は、住みにくい。なんだかんだと、連日いろんなことが有り過ぎて、厭な渡世となりやしたたで、ござんす。

そんな、住みにくい現代社会の東京のど真ん中の新宿に、思い出横丁という、今、ちょっと、若い方、特に、OLの女性の方(当たり前やんか!)に、隠れた人気の場所があると、テレビで紹介されていました。

其処は、大阪で言うと、新世界のじゃんじゃん横丁みたいな、こじんまりとした飲み屋さんが、道の両側に立ち並ぶ横丁で、中年のサラリーマンのおじさん(失礼)に混じって、若い女性が、2,3人連れ持って、楽しい時を過ごしているのを、放映されていた。

インタビューに答えた、彼女達の話によると、何故、この場所がいいかというと、近すぎづ、かと言って、離れすぎない、ほど良い距離で、見知らぬ人とでも、気軽にお酒を飲んだり、話に花が咲く場所なのが、魅力を実感出来るのだそうだ。

そして、女性の後輩が、先輩に、仕事の不安や派遣社員という待遇の不安な気持ちを聴いてもらい、また、先輩の方は、30過ぎて、結婚もされず、いつまで、今の仕事を続けられるのかという、言わば、お互いの先行きの不安な気持ちを、自然体で話し合える場所でもある。

そして、隣同士で、座った、中年のおじさんと、普通、電車の中や、街角では、到底、話などすることがないけれど、この、カウンター席の居酒屋では、自然に、話の花が咲くのが、素晴らしい。

昨今の世の中では、ネットカフェや、カラオケや、一人だけとか、仲間同士だけで、楽しんでいた若い人が多い中、こうして、近すぎず、かといって、離れすぎず、適度な距離で、人々が、触れ合う場所に、スポット照らされて来たことは、本当にいいことだと思う。

殺伐とした、都会の街で、今、若者が、本当の、素の自分に、気のおけない仲間同士で、触れ合う場所が、現れてきたことは、私は、本当に、素敵なことで、こんな、居場所が、もっと出来るれば、もう少し、風通しのいい、清清しい世の中になっていくのでは、ないかと期待している、みかんであった。ああ、うちも、久しぶりに、飲みに行きたくなってきたなあ。お酒は、あんまり飲まれへんけど、みんな、ほんまに楽しそうやったなあ・・・

                    byみかん

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中原中也の見事な起承転結の詩         2010年4月10日

図書館で、在る本を探している時、私は、突然、目がらんらんと輝いた!なんと、書棚の一番下の段に、私が、一番敬愛している、中原中也の別冊「太陽」の雑誌が、有ったからだ。しかも、全ページに、中原中也や、彼の所縁の写真や詩が載っていて、具に、中也の生い立ちから、最期まで、解説されていた。私は、迷わず、この本を借りて、目をさらのようにして、読んだ。

何ゆえ、私が、中原中也に、これほど惹かれるのか、自分でも判らない。だが、彼の詩を初めて、高校生の時に、国語の教科書に載っていた詩が、とても印象に残っていて、進学して、卒業論文で、中原中也の詩について、書かせてもらい、中也の故郷、山口県の湯田温泉まで、行って、中也の詩の原点を探索したのだった。

それから、最近、再び、本当に、何十年ぶりかで、中也の故郷を訪ねた。すると、な、な、なんと、其処は、すっかり変わっていて、(当たり前だが・・・)立派な、中原中也記念館が建てられ、中也グッズまで、販売されていた。

やっぱり、中原中也は、時代の先を駆け抜けた詩人で、彼が、夭折したのも、その、あまりにも、目まぐるしい生き様と、鋭くて、しかも繊細な感性を持ち、その才気溢れる、彼の才能に、肉体がついていけなかったのかもしれない。

ここに、彼が、書いた詩で、「一つのメルヘン」という作品を紹介させて戴きたい。この作品を、私は、今、改めて、読んでみて、なんと、凄い完成され尽くした作品なのかと気づかされた。何故なら、この詩は、4連の典型的な、抒情詩であるのだが、この詩ほど、起承転結が、顕著に表現された作品はない。そして、その、一連、一連が、まるで、一枚の絵画のように描写されているのだ。私は、まるで、紙芝居の絵を観るように、この詩をの世界を深く味わうことが出来て、幸せである。皆様も、どうか、中原中也ワールドを、存分に御堪能くださいませ。

 

            一つのメルヘン             中原中也

       秋の夜は、はるか彼方に、

       小石ばかりの、川原があって、

       それに陽は、さらさらと

       さらさらと射しているのでありました。

       陽といっても、まるで硅石か何かのやうで

       非常な個体の粉末のやうで、

       さればこそ、さらさらと

       かすかな音を立ててもいるのでした。

       さて小石の上に、今しも一つの蝶がとまり、

       淡い それでいてくつきりとした

       影を落としているのでした。

 

       やがてその蝶がみえなくなると、いつのまにか、

       今迄流れてもいなかった川床に、水は

       さらさらと、さらさらとながれているのでありました・・・・・

(中原中也記念館のパンフレットより出典しました。「個体」の字はママです。)

如何でしたか?すいません。ちょっと、自己満足に浸りすぎた、みかんでした。失礼をば致しました。現実は、もっとシビアだけど、ちょっと、メルヘンの世界に逃げ込みたい時は、こんな詩を、見られるのはどうでしょう。以上、みかんの中原中也ワールドからのお知らせでした 。ちゃん、ちゃん。(やっぱり、最後は、この落ちか? )

               byみかん        

                              

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地味やから、つづくねん!           2010年4月8日

いつもこのブログを見て下さり、ありがとうございます。最近、とみに思いますのは、いつも申しておりますように、写真も動画もない、じみ~な、作文の連続ですが、私、青空視観の、とりとめもない考えや、日々雑感などを、皆様にお届けさせてもろてます。

せやけど、なんでんなあ、昔から、「継続は力なり」とは、よく言うたもんです。正直言うて、こんな長いこと、このブログをやらてもらえるなんて、思いもよりませんでした。毎日とは、いけませんが、アクセスして下さる方々がおられるお陰で、なんとか、続けていこうというモチベーションが保ててます。本当に、ありがとうございます。

紙芝居の話を、もっとさせて戴きたいのですが、なかなか、機転がきかず、しょうもない毎日の日記になってしまっておりますが、そういう、日常生活の中の思考回路から、うちの、紙芝居の演じる時の持ち味や、作品の選択などに繋がっているのだと、思ってください。

今は、娘のお産のことで、頭が一杯で、無事に生まれたら、皆様に喜びのご報告をさせて戴きたいと想います。二人目の出産ですが、どうやら、予定日を過ぎようとしております。きっと、お母さんのお腹の中が、よっぽど居心地がええみたいで、まだ、居座っていて、娘も、かなりしんどいと思います。

地味に、続けさせていただきながら、これからも、私の人生模様を、皆様に観て戴き、(そんな、たいそうなもううやないけど)この、ブログを、宜しければ、お時間の在るとき、のぞいてやってください。

今は、宮澤賢治の紙芝居の稽古をしております。「貝の火」と「セロひきのゴーシュ」です。皆様に観て戴ける機会が、ございましたら、幸いです。この2つの作品は、今のこの、混沌とした時代に生まれて来る孫の為に、本当に大切なことは、何かということを、教えてくれているような気がして、選ばせてもらいましたことを、ご報告させて戴きます。ありがとうございます!

                   byみかん

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カウントダウンですぞ!            2010年4月6日

皆様方には、なんの縁もゆかりも、ふりかけもございませんが、私事で、恐縮ではございますが、もうすぐ二人目の孫が生まれる日が、近づいて参りました。

娘の、今にもパンクしそうなお腹を見ると、はよ出てて来て、お母ちゃんを楽にしたって欲しいと思いつつ、生まれたら、生まれたで、宇宙人のような言葉の通じない、上の孫と二人目とを育てるのに、まごまごするやろうなあと、自分が、年子の二人の娘を、子育てしていた時のことが、フラッシュバックするのでございます。

ほんまに、子育ては、人生最大の修業やなあ。せやけど、しんどかったけど、有り難いことに、ご近所の方に、本当にお世話になり、なんとか、孤立せんと、どうやらこうやら、子育てをさせて戴けた。

今は、時代が変わったから、人々の考え方や価値観や、社会の環境や情勢などが、大きく変化して、子育てするのも大変な時代になってきたみたいや。

せやけど、子供は、親を選べない。自分を産んでくれた人が、母親や。せやから、産んだ限りは、母親の役目をしっかりと、まっとうせなあかん。でも、本当に、子育てて、大変やけど、特に、日本の国では、まだまだ、父親の育児という責任の概念が皆無といってもいい国なので、大変やとおもいます。

うちも、子育てしている時は、社会から、隔離されてるみたいな気持ちになったことが、何度かあった。新聞は読むけど、字を書くということが、あまりなかったので、えらいもんでんなあ。役所や、銀行へ行っても自分の名前や所を書くことも、覚束ないようになるんです。

子育てしている時に、虫歯が痛んで、歯医者に行けず、泣きながら、お向かいの方にお願いして、娘達を預かって戴いて、歯医者へ行ったこともありました。

かと思えば、感情的に子供達をしかって、表にほり出して、娘達がいくら泣いても、自分が見えなかった私は、決して、子供達を家の中へ入れようとしなかった。自分では、いっちょまえに躾のつもりでいたのだが、お隣の年配の奥さんがやって来られて、「躾するやったら、家の中でやって下さい。」と言われて、娘達を、家の中へ入れられた。

頭に血が上っていた、私は、そこで、やっと、はっと気がついて、我に返り、「自分は、一体、何をやっていたんやろ?」と、自分の愚かさに、気づかせて戴いた。

いろいろなことが、あったけど近隣の方達の、温かい、ご支援とご理解なくして、私の子育ては、成し遂げられなかったであろう。そして、今度は、自分が、お世話になった社会に御恩返しをしたいと、始めさせて戴いた子育て支援の活動で、紙芝居と出逢わせて戴けたのだ。

カウントダウンで、二人目の孫が生まれるという、この現実をしっかりと受け止めて、ミクロとマクロの目と心で、子供達の未来が、明るく、希望に溢れる時代になるように、うちは、これからも、紙芝居を、一人でも多くの方にお届けさせて戴くことが、自分のこの世の係だと信じて、一つでも多くの生きることの意味と素晴らしさを込めた、作品を見つけて、生きることは、大変やけど、素敵なことやと、実感して戴けたら、嬉しいです。

混沌とした時代やからこそ、未知の可能性を秘めていると信じ、明るく、元気に、しんどい時は、しんどいねんと、素直に言って、話を聞いてもらえる人が、そばに居てくれたら、いいですね。もし、そんなお方が、おられんかったら、このブログに、書き込みして、心の内を吐露してくださっても、大丈夫です。子育ては、独りでするより、社会でするのが、一番、いいですね

                    byみかん

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みかん「金子みすず展」に行く           2010年4月4日

「私と小鳥とすず、みんなちがって、みんないい」という詩のフレーズを聞かれた方は、この詩の作者が、金子みすずであることを、御存知の方が、ほとんどおられると思われる。

この、私が敬愛する詩人、中原中也と同じ、山口県が産んだ、偉大な詩人、金子みすず展を、友人と一緒に、大阪心斎橋の大丸へ、見に行ってきた。

日曜日ということもあって、会場は、大勢の人で、一杯だった。文学、特に詩が大好きな私は、金子みすずの生い立ちから、非業の最期までを、パネルと写真や資料で、展示されているものを、ゆっくりと見て回った。

学生時代は、抜群の成績を修めた彼女は、やはり、本を読むことが大好きな、文学少女であった。そして、女学校の時に、「ミサヲ」という、学校の雑誌に詩を投稿したのが、詩人活動の始まりであった。

卒業後は、下関市の書店に勤めながら、詩作を続け、西条八十に認められて、鈴木三重吉の「赤い鳥」などに、彼女の詩が掲載された。

だが、みすずの不幸は、彼女の望まぬ結婚生活から、起きたようだ。詩人としての、彼女の才能は、結婚生活という、平凡な日常とは、相反するものであったのか、彼女の夫の理解を得られず、みすずは、病に陥る。

そんな、消え入るような夫婦中の最中に、みすずは、女の子を出産し、溺愛して、育児に専念する。

しかし、やはり、離婚という現実は避けられず、しかも、最愛の娘も手離さなければならないと決まった時、彼女は絶望し、自死してしまったのだ。わずか26年の生涯であった。

金子みすずの詩を、よくよく読んでいると、彼女の詩の中には、いつも小さな命と大きな宇宙が、同時に存在している。それは、人間も含めて、全ての生きとし生ける物を自然(神)の賜物で在り、その普遍的な捉え方が、現代社会に生きる私達に、強い共感をもたらしのであろう。

今、金子みすずの詩が、いや、存在自体が、何故こんなに、人々の心を捉えるのかは、ただ、「みんなちがって、みんないい」という、「わたしと小鳥と鈴と」の一フレーズだけでは、語り尽くせない、幼い我が子を残して、自ら死を選んだ、彼女の、私達現代人に、本当の心の故郷を取り戻すことの、大切さを教えてくれているのではないだろうかと、私は、そう思いながら、友人と一緒に、彼女の生まれた、故郷のパンフレットをもらって、会場を後にした。

                   byみかん

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4月のみかんの予定               2010年4月2日

今月と、連休のみかんの予定でございます。もし、よろしければ、何かのご参考に、お心の隅にお留め置きくださいませ。何時も、ありがとうございます。

                     記

4月17日(土)      国営飛鳥歴史公園 (近鉄線飛鳥駅下車)

        高松塚古墳横展望台(午前)石舞台横風舞台(午後)

4月18日(日)紙芝居教室in難波 大阪市立難波市民学習センター

           午後1時30分~4時30分 (OKATビル4階)

4月24日(土)紙芝居教室in田辺サロン鈴木住建様田辺サロン

       午後2時~4時頃 (地下鉄谷町線田辺駅南徒歩7分)

4月25日(日) 平野全興寺紙芝居(地下鉄谷町線平野駅下車)

            午後2時と3時

      

4月28日(水)  田辺親子サロン 田辺会館 赤ちゃんとお母さん

           午前11時~11時20分

4月29日(木)どっぷり昭和町 地下鉄御堂筋線昭和町駅下車

           午前10時~午後4時頃迄  中公園にて

5月2日(日)  長居公園(大阪市東住吉区)植物園前  

       東住吉アクションプラン(時間は未定)

5月4日(火)「第6回平成ルネッサンスin佐野町場」

        NPO法人泉州佐野にぎわい本舗

         午前11時30分 と 午後3時(南海泉佐野駅下車)

以上でございます。全てのお問い合わせ、お申し込みは、06-6621-2467(FAXも)「紙芝居大好きの会」まで、ご連絡下さい。留守電の時は、ご連絡先をお知らせ下されば、こちらから、連絡させて戴きます。よろしくお願い申し上げます。

新しい年度となり、これからも、皆様方が、明るく、元気に、過ごされますことを心から願って、微力ではございますが、紙芝居の活動を、お仲間の方々と努めて参りたいと存じます。これからも、青空視観の紙芝居を宜しくお願い申し上げます。ありがとうございます!

                byみかん

    

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