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中原中也の見事な起承転結の詩         2010年4月10日

図書館で、在る本を探している時、私は、突然、目がらんらんと輝いた!なんと、書棚の一番下の段に、私が、一番敬愛している、中原中也の別冊「太陽」の雑誌が、有ったからだ。しかも、全ページに、中原中也や、彼の所縁の写真や詩が載っていて、具に、中也の生い立ちから、最期まで、解説されていた。私は、迷わず、この本を借りて、目をさらのようにして、読んだ。

何ゆえ、私が、中原中也に、これほど惹かれるのか、自分でも判らない。だが、彼の詩を初めて、高校生の時に、国語の教科書に載っていた詩が、とても印象に残っていて、進学して、卒業論文で、中原中也の詩について、書かせてもらい、中也の故郷、山口県の湯田温泉まで、行って、中也の詩の原点を探索したのだった。

それから、最近、再び、本当に、何十年ぶりかで、中也の故郷を訪ねた。すると、な、な、なんと、其処は、すっかり変わっていて、(当たり前だが・・・)立派な、中原中也記念館が建てられ、中也グッズまで、販売されていた。

やっぱり、中原中也は、時代の先を駆け抜けた詩人で、彼が、夭折したのも、その、あまりにも、目まぐるしい生き様と、鋭くて、しかも繊細な感性を持ち、その才気溢れる、彼の才能に、肉体がついていけなかったのかもしれない。

ここに、彼が、書いた詩で、「一つのメルヘン」という作品を紹介させて戴きたい。この作品を、私は、今、改めて、読んでみて、なんと、凄い完成され尽くした作品なのかと気づかされた。何故なら、この詩は、4連の典型的な、抒情詩であるのだが、この詩ほど、起承転結が、顕著に表現された作品はない。そして、その、一連、一連が、まるで、一枚の絵画のように描写されているのだ。私は、まるで、紙芝居の絵を観るように、この詩をの世界を深く味わうことが出来て、幸せである。皆様も、どうか、中原中也ワールドを、存分に御堪能くださいませ。

 

            一つのメルヘン             中原中也

       秋の夜は、はるか彼方に、

       小石ばかりの、川原があって、

       それに陽は、さらさらと

       さらさらと射しているのでありました。

       陽といっても、まるで硅石か何かのやうで

       非常な個体の粉末のやうで、

       さればこそ、さらさらと

       かすかな音を立ててもいるのでした。

       さて小石の上に、今しも一つの蝶がとまり、

       淡い それでいてくつきりとした

       影を落としているのでした。

 

       やがてその蝶がみえなくなると、いつのまにか、

       今迄流れてもいなかった川床に、水は

       さらさらと、さらさらとながれているのでありました・・・・・

(中原中也記念館のパンフレットより出典しました。「個体」の字はママです。)

如何でしたか?すいません。ちょっと、自己満足に浸りすぎた、みかんでした。失礼をば致しました。現実は、もっとシビアだけど、ちょっと、メルヘンの世界に逃げ込みたい時は、こんな詩を、見られるのはどうでしょう。以上、みかんの中原中也ワールドからのお知らせでした 。ちゃん、ちゃん。(やっぱり、最後は、この落ちか? )

               byみかん        

                              

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