紙芝居「セロひきのゴーシュ」 2010年3月27日
今日は、小春日和のとてもいいお天気に恵まれ、田辺サロンで紙芝居教室を開かせて戴いた。私は、ロシアの昔話の「黒いパン」を実演させて戴いた。
この紙芝居は、近くのお寺の文庫に在る物をお借りしているのだが、子供さんが、選んでくださった、本当の信心や博愛とは、どのような、立派な福祉施設を建てることよりも、本当に空腹の人々に黒いパンを分けることの、慈悲の心の大切さを教えてもらえる、大人が観ても、素晴らしい作品である。
生徒さんの一人が、宮澤賢治の作品「セロひきのゴーシュ」の紙芝居を演じられた。この作品にも、本物の音楽や芸術を極めるには、まず、ドレミを学ぶこと、つまり、基礎をしっかりと身につけないといけないということが大事なのだということを、教えてくれる。そしてまた、どんな芸術でも(紙芝居にも言えることだが)心がなくては、人々の気持ちを感動させることが出来ないのだ。
宮澤賢治は、こんな凄い大切なメッセージを、百年近く前から私達に伝えようとしていたのだ。本当に、この人の感性は、時代の先端を駆け抜けていくように思われる。
このお話は、私が幼稚園の時、母が、毎月、一冊ずつ買ってくれた童話の中に載っていて、小学校2年生の時、学校の国語の授業で、この作品を学んだので、その本を学校に持って行ったのを、覚えている。
でも、気の弱かった私は、結局、その本をみんなに見てもらえなかって、黙って持って帰ったと、記憶する。
そんな思い出の作品を、今、紙芝居という形で再会し、実演してもらって、改めて、この作品の素晴らしさを認識し、宮澤賢治ワールドの斬新さと、紙芝居の奥深さを、また一段と知らされ、自分自身の勉強の方向性や、常に、原点に立ち返ることの重要性を実感した、みかんであった。
春の便りが聞こえたら、もう、ゴールデンウィークのイベントの準備に精を出し、多くの方々に、紙芝居を演じることと、観ることの醍醐味を実感して戴くべく、コツコツと励んでいこうと想うのであった。ああ、孫ちゃんたち、ごめん!ばっちゃんが、紙芝居バカで・・・
byみかん
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