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2010年2月

紙芝居の花の種を蒔きましょう。         2010年2月27日

今日は、田辺サロンでの紙芝居教室の日であった。朝から、今日の資料の準備をして(ものすごく要領が悪いのですが)いざ、愛車のパタパタバイクで、出陣!(たいそうやなあ)

すると、もう、すでに、教室の前で待ってくださっている方が居て、本当に申し訳ない気持ちでした。この場所は、すずき住建の社長さんが、地域の居場所や、文化的な活動の拠り所となればと想われて、提供してくださっている。何時も、温かいご理解とご支援を戴き、常に、感謝の気持ちを抱きながら、なかなか、紙芝居ということで、特殊な習い事の教室の為、定着して来てくださる方が、限られている。

それでも、温かく見守って戴き、なんとか、この教室を開講させて戴いて、この4月で、丸2年、続けさせて戴くことが出来た。細く、長く、続けていきたい、この教室を存続させる為に、難波の市民学習センターで、体験講座をさせて戴きたいと考え、市民学習センターの館長さんに、交渉したところ、最低、月に一度、施設を利用することが条件だったので、昨年の春から、難波市民学習センターでも、教室を開講させて戴く運びとなった。

さて、今日の田辺サロンの教室では、有り難いことに、椅子が足りなくなったほどの、たくさんの方々に、足をお運びいただき、本当に嬉しい限りであった。

紙芝居を御縁に、今日、来られた方が、温かい絆をむすぶことが出来、本当に嬉しかった。紙芝居の実演も、全く初めてだという方も、とても生き生きと実演され、達成感を味わっていただけたようで、本当に良かった。

まだまだ、私も、勉強不足で、至らないことや、不行き届きなことが、多々在ると思いますが、まずは、紙芝居の素敵な種を蒔かせて戴き、その、小さな種が、あちらこちらの、皆さんの地域や、活動されている場所で、見事な大輪の紙芝居の花を、一杯咲かせていただけたら、こんな嬉しいことは、ございません。

本当に、本日は、昨日の雨と打って変わって、お天気にも恵まれ、私の心も、青空のような、爽やかな気持ちになれました。ありがとうございます。

明日は、平野の全興寺さんで、紙芝居を実演させて戴く予定でございます。午後2じと3時から、また、冷や汗をかきながら、でも、一番の実践の修業の場所でさせて戴くことを、あり難く思い、子供さん達に喜んで戴けたら、嬉しいです。(子供さんが一番、厳しい先生でんなあ)全興寺は、地下鉄谷町線平野駅下車、徒歩10分程の、平野商店街の中にございます。宜しければ、ご家族揃って、お越しくださいませ。

                 byみかん

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「人間万事塞翁が馬 」           2010年2月26日

中国の故事に、「人間万事塞翁が馬」という教えがある。ある男が、馬を盗まれて、農作の仕事が出来なくて、大変だと騒ぎ立てた。そして、賢者にそのこと相談すると、「困ったことかもしれないし、そうでもないかもしれない」と、その男に言った。

次の日、その男は、畑に出かけると、立派な馬が居るのを見つけ、その馬を自分の物になったと言って、とても喜んだ。だが、賢者は「良いことであるかもしれないし、そうでないかも知れない。」と言った。

或る日、その男の息子が、馬に乗って落馬して、足を怪我して、農作業が出来なくなった。男は、また、賢者に「一つも良いことが無いどころか、息子は、一生働けない身体になった。」と言って嘆いた。

ところが、そえから、何日も経たないうちに、その国に戦争が勃発し、村中の若者が、兵隊に駆り出され、戦の前線に行かなければならないはめになった。

だが、その男の息子は、足を怪我しているで、ただ一人、戦争に行かなくてすんだという、中国の物語から、生まれた言葉が、この「人間万事塞翁が馬」といういわれであるそうだ

私は、この言葉が、大変好きである。特に、現代社会が、複雑化し、混沌としている時代を生きる私達にとっては、非常に含蓄の在る言葉であると想う。

人生、何が幸か不幸かは、物事の現象だけでは、計り知れない。大切なことは、その出来事を、在るがままに受け入れることで、自分の心に中の平安が保たれる。

そして、先のことに不安を抱くのではなく、今、この時、この瞬間に心を傾けるようにする、習慣が出来ると、困ったことが起きても、一喜一優せず、心豊かな人生を過ごすことが出来るのだと想う。

格言う私も、まだまだ未熟者で、何時も、家族に甘え、絡み、自分を悲劇の主人公にして、何時も反省ばかりしている。

人生は、自分の思う通りにならないことの方が多いけど、だからこそ、自分の思い通りに出来た時の喜びは、一入で在る。

在るがままに生きていく事は、簡単そうで難しい。まずは、当たり前のことに、感謝の気持ちを持ち、今在るものの、存在をありがたく思うことを、心がけていくことから、始めていこうと想う。

まだまだ、若い?ので血の気の多い私は、そんな簡単なことも、なかなかしんどいけれど、不器用は、不器用なりの良さを見つけて、自分を大切にしてあげたいと想う、みかんであった。

                 byみかん

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もう、春真っ盛りですか?              2010年2月24日

まだ2月だと言うのに、今日の馬鹿陽気は、一体なんなのだろう?やっぱり、おかしい。こんな暑い?冬は、初めてや。半そで着てる人も居てる。

我が家の愛犬も、毛布の敷かれたお家は、暑いらしくて、夜になっても、お家の外で過ごしておられる。毛が多いので、多分、毛布の敷いた、温かいお家では、老体に堪えるのであろう。愛犬、チャクよ!もうすぐ、お前の誕生日がやって来るね。お前、もう15才になるのか。よう、がんばっとるなあ・・・

うちも、最近、前日の疲れが、次の日に持ち越し、おまけに、こんなに、暑いのでは、お肌の美容に悪い。早速、ビタミンの補給に、CCレモンを買った。ついでに、のど飴も(なんでやねん!)

何時ものコンビ二で、また、ポイントカードの有無を確認されるのかと恐れ、少しうつむき加減で、レジの前に立ったら、なんと、「いらっしゃいませ!」と、若い男性の声が耳に入り、「おおっ!」とびっくりしたうちは、もう、本当に、ハートに春がやって来たような、天にも昇る気分になった。そして、さりげなく、CCレモンとのど飴を、スーパーバックに入れてもらい、ポイントカードの確認をされることもなく(店長さんごめんなさい)、私は、踊るように、お店を出た。でも、その時、しっかりと、店員さんの顔を拝見させてもらった。

店を出たうちは、本当に、春なんやんなあ。うちも、まだまだ、人生の春真っ盛り!(厚かましいですね)げんきんなもので、今まで、しんどかった気分が、いっぺんに、吹っ飛んだ。

まさしく、今、人生の春を謳歌し、今年も、異常気象で、亜熱帯気候になりそうな大阪のヒートアイランドで、皆様ご一緒に、ご陽気に、乗り越えて参りましょう。

               byみかん

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そんなの、ホットケーキ!           2010年2月23日

え~っ、しょうもない小噺を一席、やらせてもらいます。

「お父さん!また、おじいちゃんが、ガスレンジ全開で、ホットケーキ焼いてるわ。ほんま、火事になったらどないしょ。危ないから、やめさしてえなあ~」

「そんなもん、大丈夫や、わしが見といたるさかい、お前は、ホットケー、ホットケー、ホットッケーキ・・・・」

ばんざ~い!ばんざ~い!

え~っお後がよろしいようで・・・・

すんません。かなり暖かい気候になって来たのに、皆さんを南極の果てまで連れて行くような寒い、おやじギャグの小噺でした。

せやけど、なんでんなあ。ほんま、今の世の中、どうでもええことに、干渉するのに、肝心なことは、後回しにしたり、目をつぶる人が多なって来たような気がせんでもありまへんなあ。政界も、肝心の予算をよさんかあと言うてか、言わずか、重箱の隅をつっつきあって、肝心の国民の生活の視点に立った議論が、等閑になってると思いまへんか?

子供の喧嘩やないねんから、過去の過ちばっかり、論わんと、もっと建設的な意見で、議論してほしおます。「過去と他人は変えられへん」と云う言葉がおます。もう、ええ加減に、前を向いて、済んだことは、ホットケーキでも食べて、忘れましょう。消しましょう。

こんなえらそうなこと言うてる私も、引き摺るもんが一杯あって、しんどいけど、人生一度、同じ生きるのなら、笑って、おもしろおかしく、暮らしたいでいおます。

孫の静流ちゃんの、満面の笑顔は、隔世遺伝が効いたのか、私の赤ちゃんの時の笑い顔に、そっくりやと母も、申しており、嬉しい限りです。厭なことがあっても、静流ちゃんの笑顔を見たら、厭なことなんて、ほんまに吹っ飛んで、宇宙の銀河系の外まで、行ってしまうのでしょう。きっと。静流ちゃん、貴女は、宇宙の彼方から、バーバーの心を救いに、やって来てくれたのだね。ありがとう!今度、ばっちやんが、美味しいホットケーキを焼いてあげるさかい、お腹に、貴女の弟妹を宿しているおっかちゃんと、美味しく食べようね

           byみかん

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細く長くめげずに続けます           2010年2月21日

本日は、難波市民学習センターで、紙芝居教室をさせて戴いた。毎月第三日曜日の午後1時30分~4時30分まで、前半は、紙芝居の講義、後半は、演じ方の学びという形でさせて戴いている。

今日は、3名の方が参加して下さった。本当に有り難い。正直言って、運営していくのには、この人数では、かなり厳しいが、だが、何事も、すぐには結果が現れるのではないし、紙芝居という学びをされたいと思われる方が、まだまだ少ないのかもしれない。

また、私も、二足も三足も草鞋をはいて、時間の遣い方が下手で、まだまだ、自分の力不足なことは否めない。

だが、私の口癖は「やってやれないことはない。やらずに出来るわけがない。ちっちゃなことでも、喜び見つけて信じて行動しよう。夢はきっと叶う。」と、自分に何時も言い続けている。(かっこええやん~)

どんなことでも、続けていくということは、難しくて、大変な努力が必要や。だが、私は、紙芝居をさせて戴くうえで、その努力が必ず、報われるものだと信じている。いや、事実その通りなのだ。

そら、時には「なんでやねん!」と思うことも、何度かはあったが、少なくとも、紙芝居を演じさせえ戴いて、観客の子供達がもとより、全ての人が、喜んでくださる。人々に、生きる喜びと感動を味わって戴きたい。ただ、そのことだけを考え、演じきったとき、おこがましいかもしれないが、観客の方の声なき声が、自分の心に響いて来る。一人でも多くの方々に、このなんとも言えない、心地良い気持ちを味わって戴き、喜んでもらえて、「良かった、嬉しい!」と、演じた後に、なんとも言えない喜びと達成感を味あわせて戴けるのだ。紙芝居を演じて戴くことで、実感して戴けたら、こんな嬉しいことはない。

綺麗ごとばかり言うてるのかもしれないが、それが、私の本心なのだ。確かに、この不景気な、御時世に、紙芝居のことを学ぶのに、お金を出すのは、大変なのかもしれない。だが、私は、お金に換えられない、素晴らしい心の豊かさの鉱脈が、紙芝居という文化に秘められていることを信じている。

これからも、「あせらず、あわてず、あきらめず、くさらず」紙芝居の普及活動に邁進させて戴きたく存じます。次回の紙芝居教室は、27日(土)田辺サロンで、14時~16時です。受講料は、難波市民学習センター、田辺サロン、どちらでも、一回、千円でございます。(明瞭会計)演じられたい紙芝居がございましたら、是非、ご持参下さいませ。

田辺サロン(すずき住建様田辺事務所) 地下鉄谷町線田辺駅下車南へ徒歩7分

                 毎月第4土曜日 14時~16時

難波市民学習センター    地下鉄またはJR難波駅下車、OCATビル4階

                 毎月第3日曜日  13時半~16時半 次回は3月21日

お問い合わせ、お申し込みは 06-6621-2467 (FAXも) 山口迄

尚、留守番電話の場合は、ご連絡先の電話番号をお知らせ下されば、こちらから連絡をさせて戴きます。宜しくお願い申し上げます。

(講義内容)

2月3月      紙芝居の歴史(紙芝居のルーツから、現代の紙芝居までの道程)

4月5月      絵本と紙芝居との違いについて

6月7月      紙芝居ならではの特性とは

9月10月     紙芝居の作品の選び方 (紙芝居の二つの型と分類)

11月12月    紙芝居の作品研究(幼児、小学生、中高生、高齢者、赤ちゃん)

1月         発表会 

紙芝居は、日本で生まれた素晴らしい、コミュニケーション文化です。私は、この素晴らしいコミュニケーション文化である、紙芝居の奥深い魅力を、一人でも多くの方に実感して戴きたいと願い、これからも、細く、長く、普及活動に努めさせて戴きたいと想います。何卒、ころからも、青空視観(みかん)の紙芝居活動に、温かいご支援を賜りますれば、幸甚の存じます。いつも、本当にありがあとうございます。

              byみかん

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日本フィギュアー芸術劇場         2010年2月19日

遂に獲得!高橋大輔選手、銅メダル獲得おめでとう!貴方のフィギュアスケートの表現力は、抜群に素晴らしかったです。

「道」というタイトルの音楽を奏でながら、舞い踊るように演技をされる貴方の、表情、手足の指の先まで、神経を研ぎ澄まされているような演技、そして、フィギュアスケートにも、「間」の取り方が在るのだと、発見させてくださった、物凄い、緩急の計算し尽された緊張と緩和の施し方。これぞ、まさしく、表現芸術だと、感動をさせて戴いた。

貴方が、この冬季オリンピックの舞台に辿り着くまでには、幾多の困難や苦しみが在ったでしょう。(それは、全ての選手の方も同じでしょう)昨年、オリンピックを目指して、練習しているさ中に、足を怪我され、手術をされて、お医者さんからは、復帰は無理だと言われた中を、必死で痛みに耐えて、リハビリをされていた時、突如、そのあまりにも辛い苦悩から逃れ、何処かへ行ってしまわれたと、新聞で読みました。そして、コーチの先生が、実家に電話をされ、「もし、戻ってきたら、もう、スケートをしなくても構わないですと伝えてください」と、思い遣ってくださった時、貴方は、スケートリングに帰って来られ、「自分には、スケートしかない」と、自分一人になって、考えて、考えて、だされた結論なのだと、お察し致します。

貴方の演技を拝見させて戴いて、そんな辛い試練を乗り越えて来た人だからこそ、本当に、貴方の生き様や、人生観や、人間性までもが、その演技に、凝縮され、美しい宝石のように、キラキラ光輝いているように見えました。

メダルは銅メダルでも、果敢に、4回転ジャンプに挑戦された、攻めの演技としての勇気の証として、貴方の胸に美しく、荘厳に輝いていて、とても、まばゆかったです。

織田選手も、惜しくもスケート靴の紐が切れるというアクシデントにもめげず、最後まで演技をやり遂げられて、ご本人はくやしいでしょうが、本当に、立派でした。

小塚選手も、まだ、若いけれども、4回転ジャンプを見事にクリアーされ、果敢に演技された姿勢が、素晴らしかったです。これからが楽しみです。

なんか、いっちょ前の評論家みたいなことを、えらそうに申しましたが、この3人の選手の方々の演技を観ていると、他の国の選手の方の演技と、(みんなそうとは限らないが)日本の選手の演技を比較させて戴くと、フギュアスケートを技で競うのではなく、もっと奥深い、内面的な要素を大切に考えて、されているような気がする。

練習の時も、目の動きや、顔の表情までも練習するのだそうだが、それは、練習する以上に、それを突き抜けた、芸術的表現を尊び、人間性を発揮することが出来るか否かの違いが、表れているように思われる。

来週の女子選手の方々の演技が楽しみだ。・‥…━━━☆・‥…━━━☆・‥…━

                byみかん

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小さいことにくよくよするな!         2010年2月18日

私は、人前で大きな声で紙芝居を演じさせて戴くのは、苦にならないのだが、どうも、最近、小さなことで、クヨクヨと悩み、ストレスを溜め込んでいる傾向があるようだ。

こんにゃこったあ、いけないと、自分に言い聞かせ、ある書物を読んでみたら、人生は教室であり、そこには、忍耐科という科目があり、自分の悩みや、辛いこと、不安を乗り越えるには、それは、自分に心豊かに、幸せに生きていく為の教科書や、宿題みたいなものである。というようなことが書かれていた。

なる程、さも、ありなん。自分の悩みや人間関係のトラブルは、全て、私を指導してくれる勉強なのだと考えれば良いのだ。

また、こんなことも書かれていた。今、起きている、さまざまな、苦悩や苦しみや、マイナスの出来事が、一年後に起きたらと、かんがえる。そうすると、殆どの問題は、取るに足らない出来事であり、それほど、深刻に考えることなどは、殆どないと、イメージ訓練すると、気持ちが楽になるそうだ。

いずれにしても、人間、生きていく上で、様々な良いこともあるが、殆どの人(自分もふくめて)が、小さな日々の悩みを抱えながら生きていると思われる。

そんな時、私は、何時も、出勤する電車の車窓から、小さな居酒屋さんの、「ええやんか」と書かれている看板を見ると、何故か、凄く元気にさせてもらえる。

「ええやんか」と云う言葉を口癖にすることは、決して、ええ加減な生き方をするのではなく、小さな、自分の心の中のこだわりを捨て、良い加減で、しんどいことも一杯あるけど、人生を楽しみながら、生きていきたいと想う。

それには、人を赦す心、自分を大切に思う気持ち、枝葉末節なことは、心に引っ掛けず、大局的に物事を考えることを、心の習慣に出来る人でありたい。

えらそうなことばかり、ゴタクを並べましたが、私は、紙芝居を生き甲斐として、活動させて戴いているという、感謝の気持ちを常に忘れず、私という人間が、この世に生を受け、生かせて戴いていることに、ほんの小さなことかもしれないけれど、意味が在るのだと信じて、これからも、雑草のように強く、時には、しなやかに生かせて戴ければ、有り難いです。

不器用な生き方の典型人間、青空視観(みかん)をこれからも、何卒、宜しくお願い申し上げ奉ります。(すっごい馬鹿丁寧でんなあ)

最後になりましたが、藤田まことさんのご冥福を心から、願っております。まだまだ、ご活躍をして戴きたかったのに、本当に、急な訃報で、悲しみの気持ちで一杯です。どうか、天国でも、役者魂を持ち続けて戴き、「当たり前田のクラッカー」と、決め台詞で、天国の皆さんをよろこばせて差し上げてくださいね。心から、哀悼の辞を述べさせて戴きます。

               byみかん

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黄金色の2つのメダル             2010年2月16日

冬季オリンピックで、遂にメダルを獲得した。正直言って、私は、メダルの色など関係なく、自分の力を精一杯出し切った結果が、長島選手の銀メダル、加藤選手の銅メダルを手中に収めることが出来たのだと思う。

テレビのニュースで、そのレースを観て、私は、改めて驚愕した。何故なら、彼らのユニホームが、金色というよりも、黄金色に輝いた色なのだ。

そうや、色って、結構パワーに関係あるて、誰かが教えてくれはった。そのユニーホームの色に込められた、たくさんの日本の人々の期待を、一身に受けて、本当にプレッシャーに押しつぶされそうな気持ちだったに違いない。

だが、「こけてもいいから、滑りきろうと思った。」とか、「これで、メダルを獲れなかったら、辞めようと思った。」と、インタビューで述べていたように、彼らの心の中は、開き直りと、重圧感とが、入り乱れ、千路に乱れていたようだ。

長島選手、加藤選手、本当におめでとうございます。メダルを獲れたとか獲れなかったと、日本人は、(私もふくめて)えらいこだわりますが、3位と4位との差というのは、スポーツの世界では、それ程厳しいものなのでしょう。

明日から、いよいよ、男子のフィギュアスケートも始まり、イケメンの選手達の美しい演技を観ることが出来るのを楽しみにしています。

最近の日本の男性は、草食系云々と言われますが、なかなか、久しぶりに、ハングリーな逞しい笑顔を見ることが出来、めんくい?(うちの母ちゃんも)の私は、至極、満足でごわす。(なんで、鹿児島弁やねん!)

               byみかん

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「人生劇場 」                  2010年2/15

もしも、私にもう少し勇気があったら、世界中を旅をして子供達に紙芝居を見てもらいたい

もしも、私にもう少し勇気があったら、自分の生まれ育った街にみんなの居場所を造りたい

もしも、私にもう少し勇気があったら、母の柔らかい肩をさすってあげたい

もしも、私にもう少し勇気があったら、こんな世の中、間違っていると大声でみんなに叫ぶ

もしも、私に、たくさんの感謝の気持ちと自分の勇気を信じることが出来たなら、全ての人々にお礼の言葉を述べる手紙を、一人一人に手渡して生きたい

一番大切なことが、欠けている自分に、もう少し、寄り添いながら、歩いて行こう

欠けているから、可能性を秘めているのだと信じて、これからも、努力をしよう

誰でもが、みんな、人生の主役なのだから、誰一人、存在していけない人間なんて居ない

みんな、みんな、大切な自分が主役の、人生劇場を務めましょう

私も、その主役の一人として、これからも、夢を追いながら歩んでいくよ みんなと一緒に

                byみかん

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キッズプラザの紙芝居             10・2月14日

本日、キッズプラザさんのボランティアさんの紙芝居グループで、紙芝居の実演をされるということで、実演は出来ないが、朝のリハーサルと午後の本番を見守らせて戴いた。

日曜日ということもあって、館内は家族連れの親子さん達が、たくさん来られていて賑わっていた。絶好の紙芝居日和である。

ボランティアさん達も、みんな、とても生き生きと紙芝居を実演され、手遊びやクイズも、盛り込んで、観客の皆さんに喜んで戴けて、私も、とっても嬉しかった。

キッズプラザさんの紙芝居グループが立ち上がって、もう、丸二年になる。ここで、紙芝居をされるようになれたのも、本当に、紙芝居繋がりの御縁である。大阪市の人材バンクの研修会に出席した時に戴いた、一枚のチラシの講座に出向き、そこで、御縁を賜った方が、キッズプラザさんで、紙芝居のグループを立ち上げてくださり、私を誘ってくださったのだ。

本当に、人の縁(えにし)というのは、不思議なもので、私は、自分の出来ることを、出来る形で、精一杯やらせて戴いて、子供さんはもとより、大人の方にも、一人でも多くの方に紙芝居を観て戴くことで、豊かな気持ちになって戴けたら、こんな嬉しいことはない。

今年で卒業される、キッズプラザのボランティアさんとも、紙芝居を通じて、これからも良い御縁が続くことを願う。

私は何時も、「紙芝居は人と人とを繋ぐ接着剤です。」と申し上げている。豊かな人間関係を築くなら、紙芝居と是非、係わって下さい。なんて、紙芝居の宣伝ばかりしている私ですが、自分自身、紙芝居のことについて、まだまだ勉強しないといけないことが、たくさんあり、手探り状態であるが、紙芝居繋がりで出来た、たくさんの仲間の方々と、これからも、紙芝居の学びを続けさせて戴きたいと想う。

キッズプラザで、紙芝居をされることが出来た喜びを、たくさんの方々と共有し、そして、自分自身の成長の糧となれたことが幸せである。本当にありがとうございます。

今、坂本龍馬が、人気があり、また、幕末の時代が、注目があびている。現代社会に生きる私達も、今、そんな、時代の大きな変換期に来ているのかもしれない。そうして、坂本龍馬のような、人の心を動かし、自分自身も弛まず行動し続ける人間を求めているのかもしれない。坂本龍馬ほど、「共感力」の強い人材は居ないのではないだろうと、私は思うのだ。

何故なら、彼は、何時も世界を頭にいれ、物事を大局的に考え、人の心を揺さぶる気概があった。そんな、スケールの大きな人間が、今の時代にこそ、必要なのではないだろうか?

時代は、まさに、平成維新の先駆け、それは、未来を担う子供達の教育に、大きく関係していると思う。生意気なようですが、うちは、そんな時代の転換期の一つの草の根運動の草の根の一本になれたら、嬉しいです。

                  byみかん

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15の春は一度だけ             10.2月13日

「おーいで皆さん、聞いとくれ、僕は悲しい受験生。砂を噛むよなあじけなさ~僕の話を聞いとくれ~」これは、私が、学生だった頃に、一世を風靡した、高石ともやさんの「受験生ブルース」の一節だ。

今、高校受験、大学受験で、孤独と不安を抱えながら、自分の目標に、精一杯、机に向かっている、受験生の皆様、本当にお疲れ様です。

特に、高校受験生の方は、人生最初の、試練に立ち向かっていることと、お察し致します。でもね、なんの為に勉強せなあかんねんと、考える間もなく、勉強に勤しんでいる皆様に、これだけは、申し上げさせて戴きます。

今、自分に与えられた、この経験が、10年先、20年先には、きっと無駄ではなかったと思える時が、やって来ると思います。

人間は、どうしても、楽な方に流され易い者ですが(うちもそうだす)だが、今、精一杯、やったことが、きっと、あなた方の未来を、大きく羽ばたかせてくれると、信じています。

15歳の君達へ、今、この一瞬、一瞬の時を、どうぞ、大切に遣ってください。15の春は一度だけなのですから。それぞれの素晴らしい春がやって来ることを、切に願っております。

「人生の花も実も在る生き方は、その人の生き方次第、努力次第で決まるなり」

                 byみかん

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 忘却の贈り物              10・2月11日

「忘却とは、忘れ去ることなり」とう言葉があるが、人間は、忘れることが出来るから、成長することが出来るのかもしれない。

だが、おかしなもので、結構、いやなことは、いつまでも覚えているが、いいことは、忘れてしまっていることが、多い。また、自分は、忘れていることでも、厭なことを言われたり、理不尽なことをされた方は、何時までも根に持つということがある。

ジュリーの歌に「忘却の贈り物」という曲があるが、私は、この歌が、結構好きである。人間、厭なことや、辛いめに遭ったことを、忘れることが出来るから、未来に向かって歩んで行くことが出来るのかもしれない。

ええことは、すぐに忘れるけど、厭なことは、結構ひきずることが、多々あるが、それでも、いちいち、厭なこと全部を抱えていたら、限がない。過去の辛いことは、時間が経てば、だんだんと記憶が、薄れていく。勿論、風化させてはならないことも、たくさんあるが、細かい、枝葉末節のことは、忘れ去り、これだけは、忘れてはいけないということを、しっかりと、押さえておくと、同じ過ちを繰り返さないものだ。

だが、私は、学習能力がないのか、おんなじことで、いつも失敗ばかり繰り返している。

「はは、のんきだね~」なんて、冗談を言っている場合ではないのだが、私達は、大切なのは、誰しも過ちや、失敗をする。そして、それを赦す度量があるかどうかということだ。

自分の失敗は赦せても、人様の失敗を赦せない人って、結構多いのではないだろうか?自分自身も含めて、この際、「忘却の贈り物」で、人間を赦し赦され、互いに寛大な心で接することで、喧嘩や、もめごとをもなくなり、平和な世の中になるのではないだろうか。

かく言う私も、肝心なことは忘れて、どうでもええことは、何時までも、ずるずると引き摺っているという、不器用な生き方をしている人間の一人である。

昨日食べたおかずを思い出せないでも構わない。だけど、人様にお世話になった御恩は、出来るだけ忘れずに、いつも自分の心に刻むことのを、忘れないでいたいと想うみかんであった。

               byみかん

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少年よ!簡単に人を殺すな            10・2月10日

仕事から帰り、ほっとして夕刊を見ると、そこには、一面に少年が、二人の若い女性を殺めたと書かれている見出しがあった。

「あ~っ、またや!なんでやねん。」と、私は、もう、その見出しの字を見ただけで、胸が潰れそうになった。少年だろうと、成人だろうと、人をころしたら、殺人犯や。せやけど、日本の法律では、未成年の場合は、その名前も写真も公表されず、多分、極刑になることもあるまい。

どうして、こんなに簡単に、人を殺せるのか?殺人にまで至った経緯は、詳しくは知らないが、私が、一番、恐ろしいと思ったのは、テレビの報道で、ご近所の人のインタビューを放映していたのだが、人が二人も亡くなっているのに、動揺するわけでもなく、悲しむわけでもなく、まるで、関係のないことのような話し方だったのが、悲しい。

こんな、なんて言うか、こう言う言い方をしたら、失礼かもしれんけど、自分は部外者で、係わりがないのは、確かにそうかも知れんけど、娘さんを亡くした親御さんのことを思ったら、とても、平常心ではいられないと思う。

ご近所の方は、さて置き、この犯人の少年は、何故に、二人もの尊い命を奪わなければならなかったのか?他に、自分の気持ちを伝える選択肢は、なかったのか?どうして、こんなに簡単に、人を殺めることが出来るのか?人間が人間を殺めることは、人間として、一番卑劣な行為であるということを、今の教育では、どう教えているのであろうか?

判らないことだらけや。ほんまに死んだら、ゲームみたいに、二度と生き返られへんねんで。そこんとこの認識が、ずれてるのとちがいまっか?

こんな話を、昔、聞いたことがあります。ある少年が、学校で友達の鉛筆を一本盗み、その鉛筆をお母さんに見せると、その母親はその少年を叱るどころか、「うまいことしたね。」と誉めました。やがて、その少年は、大人になって、強盗殺人をして捕まり、死刑を言い渡され、その刑を執行される道中、沿道から、彼の母親が飛び出してきて、「お前は、なんてことをしでかしたんだ!」と言って、泣き叫んだ。

その時、その男が母親に言った言葉は、「お母さん、あなたは、私が子供の時に、一本の鉛筆を盗んだ、その時にどうして、いけないことだと言って、叱ってくれなかったのですか?お母さんに誉められたから、私は、それからずっと、人様の物を盗み続け、そして、その為に、人殺しをして、死刑になるのです。」

その言葉を聞いて、母親は初めて、自分のしたことを後悔した。が、もう、その時は既に、遅かった。

というお話であったと思う。私は、残忍な犯罪などが、起きる度に、この話を思い起こす。きっと、この少年も、いきなり、人を殺すような、人間ではなかったであろう。そこにまで、行き着くプロセスがあったと思う。

どこかで、真剣にこの少年と向き合う大人が、身近に居れば、こんな残念な事件は起きていなかったかもしれない。本当の教育とは、学校や家庭だけではなく、周りの大人が、どれだけ、その子供と真剣に向き合うことが必要かということだと、うちは、思う。

青臭い考えかもしれんけど、もう、これ以上、悲惨な殺人事件は、起きて欲しくない。だとすれば、うちら大人は、これからどうしていけば良いのかを、真剣に考えることが早急に必要なのとちゃうやろうか?二度とこんな事件は、もう、起こって欲しくない。人間の命の尊さを、もっと、子供達に伝えていかなければ、大変なことになるのではないだろうか?

事件は、起きてからでは、遅い。起きないように、防ぐことが大切なのだ。

                 byみかん

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受験生の皆さんに捧ぐ           10・2月9日

私は、幼い時は、習い事をさせてもらっても、全く続かなかった。習字も、そろばんも、オルガンも然り。何故なら、根気とやる気がなく、練習をするのが嫌いだったからであろう。

自分でも、本当に、なんでこんなに、続けることが出来ず、途中で止めてしまって、父母を落胆させていた。勉強も然り、塾に通わせてもらったが、何故か、これも、長続きせず、止めてしまい、お陰で、中学生の時の、数学の成績は、悲惨なもので、先生の授業についていけず、テストの答案を返してもらう度に、見事な赤色のピンハネ印が並んでいた。

こんな、へたれのうちを、こりゃいかんと思った母が、中3になり、高校受験の勉強を、うちの従兄弟に教えてもらうように、頼んでくれた。この従兄弟が、うちを、数学のちんぷんかんぷん地獄から、救い出してくれ、どうやらこうやら、今まで解らんかった、因数分解や、1次関数や2次関数の意味を教えてくれて、正直、代入の意味さえ解らんかったうちを、救い上げてくれた。

お陰で、うちは、自分の行きたかった高校に行くことが出来、本当に、有り難いと思っている。もし、あの時、従兄弟に勉強を教えてもらっていなかったら、うちは、ずっと、自分に自信を持つことが出来ず、言い訳ばかりして、現実から逃げようとしていたかもしれない。

こんなうちが、今は、紙芝居という、日本で生まれた素晴らしい、世界に誇る文化を学ばせて戴き、止めないで、活動を継続出来ることに、自分でも驚いている。

大人になったから、それだけ、分別?が付いて来たと言えば、それまででが、紙芝居を続けて来れた、一番の要因は、紙芝居という文化が秘めている可能性や、研究されて、日が浅く、未知への憧れのようなものを、掘り起こしていくという喜びが在るからだと想う。

そして、何より、紙芝居というものが、今の現代社会にとって、絶対、必要なものであるという確信を持っている。生意気なようだが、うちは、この紙芝居という文化を広めさせて戴くことで、幼いころに、何をやっても続かなかった自分に自信を無くし、ネガティブな子供だったのが、紙芝居と出逢わせて戴いたことで、自分に自信を持つことが出来、いろんな方々と御縁を賜り、繋がっていくことで、豊かな人生を過ごさせて戴いていることに、感謝している。

中学校の時、出来なかった数学が、解るようになって来た、あの、確かな手ごたえを実感出来、志望校に合格出来た喜びの経験が、土台となっているような気持ちがするのである。

明日は、私立高校の入学試験の日ですね、どうか、受験生の皆さん、有り触れた言葉では、ありますが、自分を信じ、最後まであきらめないで、答案用紙と向かい合ってください。今までの学習してきた、君達の力の全てを出し切って、試験に臨まれることを願っております。

「路は、誰かが造ってくれるのではなく、自分の力で切り拓いて行くものである。」

               byみかん

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コンサートご来場の御礼           10;2月8日

昨日の東住吉区民ホールで行なわれました、「WA!WA!WA!コンサート」では、たくさんのご来場を戴き、誠にありがとうございます。

お陰様で、無事に、救急箱も一度も開けることもなく、無事に終えることが出来ました。当日は、ご年配の方々を中心に、小さなお子様連れのご家族も来られ、皆様それぞれの休日を楽しく過ごせて戴けたようです。

不肖、私、青空視観も、舞台の上で、紙芝居を、大きなプロジェクターのスクリーンと、同時進行の形式で「三丁目のわんぱくケンタ」の紙芝居を無事に実演させて戴くことが出来ました。

本当に、アクションプランのスタッフの皆様方、お疲れ様でございます。ありがとうございます。私も、今日は、ちょっと、ゆっくりと休ませて戴きます。

だんだんと、年齢を積み重ねて参りますと、身体と言うか、精神的に堪えますなあ。いや、ほんま。

でも、一つのイベントをやらせて戴いた(私の主催ではないけんど)達成感を味わうことが出来て、嬉しいです。

これからも、こんなかんじで、身体の具合と相談しながら、ぼちぼちと、紙芝居の活動を続けさせて戴きたいと想います。本当にありがとうございます。いや、ほんとうに、地域で、させて戴いて、嬉しかったです。幸せ一杯、腹一杯。うん?ちゃうわ、胸一杯でんああ・・・

               byみかん

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WA!WA!WA!コンサートのご案内          10・2月6日

明日の2月7日(日)に、私の住まいする、大阪市東住吉区の東住吉区民ホールにて、午後1時~4時まで、東住吉区地域社会福祉アクションプラン主催の「WA!WA!WA!コンサート」(入場無料)が催されます。場所は、東住吉区役所3階(地下鉄谷町線田辺駅下車徒歩8分)に在ります。

この、コンサートで、私、青空視観(みかん)は、アクションプランの活動の一つである、コミュニティづくりの大切さの啓発を目的として創られた紙芝居「3丁目のわんぱくケンタ」を実演させて戴きます。私の紙芝居の実演は、東住吉アクションプランの活動報告の一貫として、紹介させて戴きます。

当日は、楽しいプログラムが盛りだくさん、ございます。

城南学園吹奏楽部による吹奏楽奏

今川女性会の銭太鼓の実演

キンキ雑楽団による演奏

ゆう・スペースのトーンチャイム

スナフキンさんによるギターの弾き語り

ご来場戴いた方にはお花の種のプレゼントがございます。みんなの街をお花一杯咲かせましょう!その他にも、「わたしカード」の配布やパネル展示等など・・・楽しみですね。期待しちゃいますよね。是非、ご家族揃って、お越しくださいませ。寒い2月の風をあったか~いコンサートで、ほっこりと心も身体も温めてくださいね。会場で、皆様にお会いするのを楽しみにしております!ありがとうございます。

                     byみかん

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「探偵ナイトスクープ」は一つの文化だ!       10・2月5日

金曜日の夜のお楽しみは、なんと言っても「探偵ナイトスクープ」を観ることだ。この番組を観ていると、なんか、自分のちっちゃな悩みやこだわりなんか忘れてしまい、観終わった後は、清清しい気持ちにさえなりるから不思議だ。

この番組が、20年以上も、高視聴率を保ち、うちら、一般庶民に愛されて来たのは、何より、主役が、探偵さんではなく、依頼をして来た、一般の視聴者だからであろう。それも、年齢も性別も問わず、老若男女が出演して、いろいろなドラマを繰り広げる。

最初は、お祖父ちゃんに育てられた少年が、育ててもらった恩返しに、柔道4段のお祖父ちゃんに、試合を挑む。そんな、凄いシナリオを、作り話ではなく、本当に映像で観ることが出来る。「探偵ナイトスクープ」の凄いところは、そんな、人間ドラマの悲喜こもごもを、当たり前のように、やってのける処だと、私は思う。

三番目は、お母さんの誕生日のお祝いに、2年前に閉店したケーキ屋さんに、お母さんが大好きだった、モンブランのケーキを、ケーキ屋さんに手ほどきで、作りかたを教えてもらい、自分一人で作りたいという依頼をした、若い女の子の巻。ここにも、やはり、高齢でお店を閉店したケーキ屋さんと、そして、親孝行をしたいという女性のドラマが、盛り込まれている。

わたしが、一番びっくりしたのは、2番めの小ネタ特集の中の依頼人の中の一人に、あの、知る人ぞ知る、元祖、伝説の素人テレビ出演者で有名になり、その実績から今は、テレビ局に就職し、今は「探偵ナイトスクープ」の番組の製作に係わっておられる、百田尚輝さんの息子さんが出演されたことだ。息子さんは、18歳で立派に成長されていた。

私は、改めて、この番組の歴史を実感した。そうなんや!この番組には、歴史が在る。そして、他の番組にはない、独特の文化として、堂々とその歴史を、出演者と視聴者と製作者で築いていっているのだ。

「探偵ナイトスクープ」の、一番初めから出演されているのは、探偵の桂小枝さんと、秘書の岡部まりさんであるが、この、岡部まりさんの、何時までも変わらない美しさ(小枝さんもキャラかわらんけど)の中に、この番組の、人気と中身の濃い凄さのヒントが、隠されているのだと思います。

昨今、一般の視聴者が出演する番組が、稀になってきて、お笑い芸人や、タレントさんが、しゃべくっているだけの番組に、あまり魅力を感じないのは、私だけでしょうか?

探偵ナイトスクープの、探偵さん達や、一般庶民の依頼者さん達が、身体を張って、真剣に、自分の成し遂げたいことに取り組んでいる姿を、テレビの画面の中で観る度に、日常を忘れられる、非日常の素晴らしさと面白さが、肌で実感出来る、私なのです。何故ならそれは、この探偵ナイトスクープという番組が、限りなく文化というものに近い番組だからなのでしょう。きっと・・・

                    byみかん

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うちらは、草の根っこや!            10・2月4日

うちらは、日本で生まれた世界に誇る、素晴らしい文化、紙芝居を広めさせて戴く、草の根運動をさせてもらっているのです。

草の根は、根っこがしっかりと張っていないと、すぐに枯れたり、抜かれたりする。だから、しっかりと、根を生やす為に、一番大切な、生きる喜びと、素晴らしさという肥やしを、しっかりと撒いてあげたい。

うちらは、先達の人々が、一生懸命に築いてこられた紙芝居の歴史を、受け継がせて戴き、そして、現代の時代を活かせる形を、構築させて戴く。温故知新を何より尊ぶ。

紙芝居は、演じることで、初めて完結される。演じられない紙芝居は、ただの絵が描いたカードに過ぎない。作家が自分の魂を込めて描かれた作品を、演者が、自分の今まで生きてきた姿を、全部曝け出して、心を込めて演じる。そういう形で演じられて、初めて、本物の文化としての紙芝居が完成されるのだ。

うちらは、まだ、未開の地を手探り状態で、一歩ずつ歩んでいく。しんどい。解らない。不安だ。困った。

だけど、うちらには、仲間が居る。良き理解者が居る。喜んでくださる観客が居る。楽しく、だけど、真剣に、これからも、少しずつ、前へ進もう。雑草だらけの、道なき道を・・・

仲間と共に、勇気をだして、手を携えながら、この現代社会が、少しでも明るくなれるように、紙芝居の輪を広げていくことで、一人でも多くの人間が幸せと感じられるのなら、うちらは、喜んで、草の根っこのように、ぢべたを這いながら、喜び勇んで、進んでいくよ。いついつまでも。世界中の人々が、みいんな幸せになってほしいから。「KAMISHIBAI」をひろげよう!世界に羽ばたかせよう!世界の果てまで・・・

             byみかん

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節分は、巻き寿司の食べる日か?        10・2月3日

今日、2月3日は、節分。そう、明日から、暦のうえでは、春ということで、立春を迎える前日ということで、季節の変わり目、そして、歳の数だけ豆を食べたり、豆まきをして、邪悪な鬼(災い)を追い払う行事が為される日だったと記憶する。

ところが、何時の間にか、巻き寿司を今年の恵方に向かって、黙って食べると、災いの難から逃れられるということで、節分に巻き寿司を食べる慣わしになり、それが、年々、エスカレートして来た。

毎日の献立を考えるのに苦慮する、主婦にとって、こんな在りがたいことはない。巻き寿司一本を、堂々と購入し、料理する煩わしさから、開放される日である。後は鰯の塩焼きと、温かい汁物を添えれば、もう、完璧な食事となる。丸かぶり寿司様様である。

ご他聞に漏れず、我が家も丸かぶり寿司を、購入に行った。そしたら、もう、凄い。スタンダードの巻き寿司の他に、いろんなバージョンアップの巻き寿司が、山積みにして販売され、もう、寿司、寿司、寿司の、これがほんまの、寿司事詰め状態?娘の話によると、別のスーパーでは、巻き寿司をバイキング形式で、販売されていたそうだ。

ここまでいくと、ちょっと、エスカレートし過ぎの感じがするが、世の奥様方が、堂々と、献立に悩まず、みんなで食べれば、恐くない?ということで、豆まきの豆よりも、巻き寿司の販売の方が、俄然、商売商戦には、持って来いなのかもしれない。

昔、子供達と、新聞紙を敷いて、豆まきをした頃が、とても懐かしいが、現代の家庭で、どれだけの家族で、豆まきを為されたかは、定かではないが、丸かぶり寿司を食べ、歳の数だけ、豆を戴き、豆まきをするも、しないも、各々の家庭によって、違うであるが、少なくとも、今日は、春を迎える為の大切な節目の日であることを、認識しながら、家族揃って、巻き寿司を戴くのも在りで、いいかなあ?と、私は想う。

日本人は、なんでも、右へ倣えの、世間の風潮に流される特性を持つ民族であるが、春の訪れに、少しでも近づきたいという、昔の人の気持ちに、少しでも寄り添える気持ち、そして、今年一年の災いを追い払う、昔から伝わってきた行事を、ずっと、伝え続けていって欲しいと、ねがう。

節分は、巻き寿司を食べる日、大いに結構。それで、不況な世の中が、少しでも活気溢れる景気の良くなる契機となれば、望むところである。

さあ、次は、バレンタインデーが、控えていますよ。商戦の踊らされているという気持ちは、否めないが、そんな行事をみんなで「楽しむ心」を持つことで、この不景気な、暗い世相が、少しでも明るくなってくれるのなら、いいんじゃないですか?と、考えるみかんなのであります。

因みに我が家は、何故か、買ってきた丸かぶり寿司と、娘達が作ってくれたお手製の餃子という、不思議な取り合わせの夕飯を、みんなで美味しく戴きました。静流ちゃん、初めてのお寿司を、気に入ったみたいで、食べる食べる、さすがは、食べることに旺盛だった、次女の血をひいておりまする。餃子も一杯食べて、早く大きくなあれ・・・

                 byみかん

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2月のみかんの予定             10・2月1日

早いもので、今年もあっと言う間に、一ヶ月が過ぎ、今日から2月に突入です。昔から、「1月は行く、2月は逃げる、3月は去る。」と言われて、この時期の時の過ぎる感覚が、何故が、猛スピードで、駆け抜けていくような、気持ちがします。そんな、めまぐるしい毎日ですが、一日、一日を大切に、丁寧に生きていくことが出来れば、素敵ですね。

今月も、私の活動の予定をお知らせさせて戴きます。特に紙芝居教室は、新規一転、新しい方も受講して下さるので、紙芝居の「知行統一」(学びと実践の確立)と、体系的なカリキュラムを組ませて戴き、初めての方でも、判りやすく、丁寧に、紙芝居について学んで戴くことを、目標に開催さえていただきたいと想います。そして、一番、大切に想っていることは、何よりも、みんなで、楽しみながら、続けていくことが出来れば、素晴らしいなあと、無い知恵を振り絞り、私も、日々、学び続けて、皆様に紙芝居の楽しさを、お伝え出切れば、幸いです。今月も宜しくお願い申し上げます。ありがとうございます。

                   記

2/7(日)「WAWAWAコンサート]13時~16時東住吉区民ホール

     オリジナル紙芝居「三丁目のわんぱくけんた」の口演

    地下鉄谷町線 田辺駅下車 南へ徒歩 東住吉区役所内

2/9(火) 「はなしのたね」さん紙芝居講座10時15分~11時45分

       堺市立中央図書館  JR「百舌鳥駅」下車

2/14(日) キッズプラザ紙芝居グループ 紙芝居のお話会

       午後1時~と2時からの2回口演 子供の街にて

       扇町公園内

2/14(日) 紙芝居教室 難波市民学習センター(OKATビル4F)

     13時半~16時半 テーマ「紙芝居の歴史を紐解く」

2/27(土)紙芝居教室 田辺サロン地下鉄谷町線田辺駅南へ7分

       午後2時~4時 「実演の学びと手袋人形の手遊び」

2/28(日) 全興寺紙芝居口演  午後2時と3時

              地下鉄谷町線平野駅下車 

上でございます。今月も寒さに負けず、皆様に喜んで戴けることと、紙芝居をみんなで楽しみながら、学んで参りたいと想っております。何卒、宜しくお願い申し上げます。

              byみかん

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現代社会で悩める貴方へ             10・1月31日

もし、貴方の周りに、誰も心を開いて話す家族や友人が居なく孤独に苛まされているのでしたら、、どうぞ、このブログに書き込みをして下さい。大したことは、言えないけど、愚痴の一つでも聴かせて、否、拝見させて戴き、貴方は、決して独りぼっちではない。少なくとも、このブログを通じて、貴方と心を通わせることが出来れ、素敵ですね

もし、貴方が、孤独で、自分は価値のない人間で、自分がなんの為に生まれて来たのか、悩んでいるとしたら、どうぞ、このブログで、私に、問いかけてください。期待通りの言葉で応えられるかは、定かではないけれど、貴方に寄り添って、一緒に、生きる意味を探していきましょう。

もし、貴方が、自分のことが嫌いで、自分を責めて、苦しんでいるのだったら、どうか、このブログで、その気持ちをぶつけてください。私は、在りのままの貴方を、等身大で見つめ、貴方自身が、貴方のことを、少しでも自分のことが肯定出来るお役に立てれば、幸いです。

生意気な事ばかり、申しましたが、紙芝居をやらせて戴きながら、皆様に生きる喜びを与えさせて戴き、また、このブログを何時も、見て下さる方々に、少しでも御恩返しが出来れば、嬉しいです。

まだまだ、人生修業、真っ只中の私ではございますが、皆様と共に、勇気と希望と愛を分かち合い、少しでも、只今、この瞬間、瞬間を、精一杯生きることで、豊かな人生を送ることが出来れば、こんな嬉しいことは、ございません。

一月も、今日が最後の日、明日から2月に入り、春は、一足、一足、近づいてくるようでございます。皆様も、どうか、どの年代であっても、人生、今が春の真っ盛りであり、青春時代なのだということを、実感出来るようになって戴きたいと、心から願っております。

”今が一番若いのだ”この言葉を、何時も自分で噛み締めながら、一日、一日を大切にこれからもずっと、生きていきたいです。

もし、貴方が、人生の絶望の淵に立たされているのなら、希望を持てなんて、陳腐な事は、申しません。その辛い気持ちの万分の一でも、理解することができたなら、少しは荷物が軽くなればいいと願い、貴方の心の叫びを、どうぞ、発してください。

最近、書き込みに、意味不明の文が書き込まれていることがありますが、貴方もきっと、自分自身の存在価値を確かめたくて、書いているのですね。表現したいのですね。寂しいのでしょうか?意味不明、大いに結構だけれど、少なくとも読む人が、どう思うのかを考えて、書いてくださいね。貴方の書き込みが、多くの人の心を傷つけたり、不愉快な気持ちにするような書き込みだけは、ご遠慮下さい。そこのところ、宜しく、ご理解下さる様、お願いもうしあげます。

また、そのような、書き込みに対しては、私は一切、お応えを致しかねますので、ご了承下さいませ。また、あまりにもひどい、書き込みをされますれば、それなりの法的機関に告訴致します所存でございます。このような、見る人が不愉快な書き込みを頻繁にすることが、度重なりますれば不条理の対象となり、それなりの刑罰に処されることを、一言申し添えさせて戴きます。

皆様が、気持ちよく、このブログを拝見して戴くことが出来る様に、切に願っております。いつも、いつも、本当にありがとうございます。

                    byみかん

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