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2010年1月

ガムテープのみかん               10・1月30日

テレビをつけると、あの、オリンピックの柔道で、金メダルを獲得した、、古賀選手が造られた、「古賀塾」が、紹介されていた。そこへ、長野県で、30連敗の、今までの試合で一回も勝てない小学生の男の子が、修業に行くというくだりだった。

古賀選手は、御存知の方も多いだろうが、オリンピックに出場する3週間程前の稽古で、足を負傷してしまった。だが、痛恨の痛みに耐え、見事に金メダルを獲得した。古賀さんは語った。「足を負傷した時に、絶対勝てると思った。」そうだ。

なんという、ポジティブな考えの持ち主。ピンチはチャンス。古賀さんは、その連敗の男の子に、「いいか、絶対にあきらめるな。」と、指導した。不屈の精神。それが彼のポリシーだった。

男の子は、古賀イズムの、厳しくて、しかも温かい指導のお陰で、故郷の長野に戻って、試合で、見事に勝利を勝ち得ることが出来た。

「あきらめない心」は、大切だということなら、私も母親譲りの、「あきらめの悪い」人間と言える。娘曰く、「お母さんはガムテープみたいや。」つまり、粘着力が強く、あきらめが悪いと言うことか?ええように言うたら、あきらめない気持ちが強く、悪いように言うたら、ひつこい性格ということだろう。

さもありなん。うちは、理不尽なめに遭うと、反対に、俄然、燃える性格なのだ、卑怯なことが大嫌いで、そんな境遇に出逢うと、余計、向きになるのは、父親譲りの性格に似たのかもしれない。

あれは、忘れもしない、私が中学生の時、父が大阪場所の相撲を観に連れて行ってくれた。そして、早めに行ったので、比較的前の方の、勿論、一番安い椅子席に、座っていた私達親子に、一人のお茶屋の人らしき女性が、その席を退けと、私達に言ってきた。

勿論、その席は自由席なので、私達は座っていても良いのだが、多分、其処の慣習で、その席は、退けと言ってきたお茶屋の暗黙の指定席になっていたのであろう。

だが、父は、ここは自分達が、先に座った席だから、どかないと言い張った。すると、その女性は黙って立ち去った。間もなく、袢纏を着た年配の厳つい男性がやって来て、私達に席を譲れと、また、威嚇するような態度で言ってきた。

すると、父は、思いっきり大きな声で、「ここは、自由席や。わしらが先に来てすわったんやから、なんで、どかなあかんねん!わしは、絶対に、どんなことがあったもどかへんで!」と、叫んだ。すると、その年配の男性は、あきらめて、黙って、その場をたち去った。

うちは、その時、凄く恥ずかしかった。けれど、周りで見ていた方達も、私達父子を温かい眼差しで見て、「よう言うた!」と声を掛けてくださった。

お陰で、相撲をしっかりと良い席で、最後の取り組みまで、観ることが出来た。私は、当時のこの父の、自分が正しくて間違っていないという態度を最後まで、押し通す姿を、今も誇りに思っている。

だから、決して古賀選手のように、強い精神力は、持ち合わせていないけれど、自分が間違っていないと思うことは、テコでも動かない頑固な気持ちは在る。それが、娘にガムテープみたいやと、言わしめたのかもしれない。

「ガムテープでも、接着剤でもええ。なんでも、やってみなければ解らないねんから。」と、自分に何時もそう言い聞かせながら、頭を打ち続けながら、デコボコ人生を歩んでいっているみかんであった。道は険しいなあ・・・

                 byみかん

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みかんのつぶやき              10・1月29日

ある日、みかんは、こうつぶやきました。

ああ、紙芝居の路を極めることて、しんどいなあ。もう、誰も教えてくれへんから、自分で紙芝居を選んで、みんなに観てもろうて、その結果をまた、持ち帰って、考えなあかん。

ああ、紙芝居の文化を切り拓いていくことて、大変や。ほんまもんの作品を、自分で見極める力を養わなあかんし、観てくれる人に、感動をしてもらえるように、演じきらなあかんさかい、レッスン、レッスンて、そんな、毎日、稽古ばっかりやってられへん。

ある日、みかんは、こうつぶやきました。

せやけど、誰しも、初めてのことをすることて、しんどいけど、すごく、やりがいがあるやんかいさ。うきうき、わくわくすることも、時にはあるやん!なんかしらん、えらい生意気やけど、うちは、ものごっつう大事なことをやらせてもらってるのやという、誇りみたいなもんを感じるなあ。

紙芝居は、今までの歴史の中で、二回、全国に普及されたことがあるけど、戦争やテレビの出現で、消えてしまった。三度目の正直で、今度こそ紙芝居が、ほんまもんの文化として、世界に羽ばたいて欲しいなあ。

せやから、うちは、また、明日から、紙芝居の勉強と活動とレッスンを、仕事と両立させて、いや、仕事と上手く融合させて、地道にコツコツと、出来ることから、やっていこう。

紙芝居に明日は在る。未来が拓ける。子供達が、笑顔で応えてくれる。うちは、こんな幸せな気持ちにしてくれる紙芝居に、感謝して、もっと、紙芝居という素晴らしい原石を磨いて、大切に輝かせていきたい。

せやから、これからも、ずっと紙芝居を輝かせる為にも、自分を信じ、家族を大切にして、友や仲間のことを思い遣り、言葉を大切に遣い、自分の言動に責任を持ち、良い本を読み、そして、たまには、息抜きに、好きな映画や、お芝居観たり、落語を聴きに行ったりして、自分磨きに励みたいでんなあ。

以上、みかんのしょうもない、つぶやきでした。失礼をば致しました。

                 byみかん

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ジュリーは永遠に不滅です!           10・1月27日

今日、1月27日は私の待ち焦がれていた日です。それは、私の大好きな歌手、沢田研二さんのコンサートに行く日だったのです。

どうして私が、沢田研二が好きだというと、とにかく、歌が上手い。顔がええ。(ちょっと老けたけど)そして、なんといっても、もう、60歳を過ぎておられるのに、物凄いパワーがある。これだけ三拍子揃っている歌手は、めったに居ないと思う。

そして、何よりも、うちらの青春時代に、グループサウンズ「タイガース」のボーカルで、”ジュリー”と言えば、もう、雲の上のプリンス様のような存在で、女の子の憧れの的であった。

まだ、小学生の高学年や、中学生の頃やったから、テレビでしか拝見できなかったジュリーを、今は、一年に一度か二度は、大阪でコンサートやお芝居で、実物を見ることが出来ることが、夢のようだ。

40年以上もずっと、ソロになってからも、第一線でスターとして輝き続けることは、並大抵の努力では、出来ないと思う。でも、沢田研二は、それを成し遂げ、今もずっと輝き続けながら、美しい歌声で、熱唱しているのだ

ジュリーは、凄い人や。何故なら、ステージで、次々と歌を歌い続け、歌と歌の間に必ず、「ありがとう!」「サンキュウ!」と、観客の人々に感謝の言葉を述べ続けておられる。そして、あのお年で(失礼!)広い厚生年金会館の大ホールの舞台を所狭しと、駆け回りながら、息もあがらず、歌うのだ。

ジュリーは、凄い人や。常に、前を向いて、考え行動されている。常に、観客に喜んでもらえることを意識されている。常に、自分に対して誇りを持ち、自分自身を信じている。

決して、良い席で観ることはできなかったが、だが、高い段上の席だからこそ、気づかせてもらえることが、多々あった。舞台の照明の色。スポットライトの光線の当たり具合。ジュリーの歌う立ち位置。等など。そして、何より、ジュリーと観客が創りだす、生のステージが醸しだす、会場全体の雰囲気が、しっかりと実感出来たことが、何より嬉しい。

「やっぱり、ジュリーは、永遠に不滅や。」と、私は心の中でささやいた。恐らく、ジュリーは70歳になっても、80歳になっても、ずっと彼のスタイルを崩さず、しかも自分の体力と相談して、これからも歌い続けるでしょう。また、そう、あって欲しい。だって、ジュリーは、みんなのジュリーであって、普遍的な魅力を持ちながら、動き続ける、稀有のスターなのですから・・・・・

              byみかん

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全興寺で紙芝居!                 10・1月24日

小春日和の日曜日。今日は、今年初めての全興寺での紙芝居をさせて戴く日。今年も、出来るだけ、ここで、紙芝居の実演の修業をさせて戴きたいと想う。

昼食を食べた後、紙芝居を持って、いざ、全興寺へ!今日は、何時もより早く着いたようで、まだ、紙芝居の舞台ある自転車は、到着していない。御住職も鈴木常勝さんも来られていない。

私が、水掛地蔵さんにお参りして、濡れた手を持ってきた、黄色いタオルで拭いていると、子供達が駆け寄ってきた。私の顔を見て、「あっ、紙芝居や!」と叫ぶ。(紙芝居やのうて、みかんやと言ってほしかった・・・まあ、ええわ。顔を覚えてくれているみたいやさかい。)と、心の中でつぶやきながら、笑顔で子供達を迎えた。

子供達と雑談していると、程なく、鈴木さんが来られ、御住職が、自転車を押してこられた。今日は、お天気も良いので、子供さんや大人の方もたくさん、集まって来られた。先月は、さみしかったわ~

俄然、やる気になった私は、2時からの口演は「たべられたやまんば」をさせて戴いた。だが、鈴木さんが、子供達に「みんな、やまんばて、何かわかる?」と尋ねてくださった。子供達は、口を揃えて、「しら~ん!」と応える。(わっ、えらいこっちゃ。これは、やまんばの説明からせなあかんなあ)と、私は、心の準備をした。

いよいよ、私の実演の番が来た。私は、紙芝居を舞台に入れながら、少し考えて、「あのね、やまんばて言うのは、西洋でいうたら、魔女みたいなもんで、人を食べるこわいおばあさんのことやで。せやけど紙芝居は、こわくないから見てね。」と、子供達に、一応、解説してから、実演を始めさせていただいた。ほんまに、ここは、生の紙芝居の修業の道場だ。

どんな場になっても、ひるんではいけない。たじろいではならない。何故なら、子供達の目は、みんな真剣に、紙芝居と実演をしている、私の方えをしっかりと見ているからだ。やまんばが、こぞうを追いかけてくる場面では、自分でも、思わずアドリブの台詞が、口をついて、言ってしまっていた。

やっぱり、この場所は、不思議な処や。でも、観客の反応が、肌で、びんびん実感出来るから、めちゃ楽しい!だから、紙芝居はやめられない。

鈴木さんの「金の斧、銀の斧」のパロディの紙芝居もめっちゃ面白い。さすがは鈴木さん、ほんまにうまいこと、子供達を惹きつけておられる。最後には御存知毎度お馴染みの、御住職の「おやじギャグクイズ」の始まり!と、もう、こどもも、大人も舞台の前に吸い寄せられるように、寄ってきて、じっと、クイズの場面を見ようと、必死になる。やっぱり、紙芝居は、集中が命やなあ。と、変に納得した、みかんであった。

3時からの部の口演も、気持ち良く「ごきげんのわるいコックさん」を実演させて戴き、ほんまに、全興寺さんでの紙芝居の良い時間を持たせて戴けた。

今日は、やっぱり早く来たので、気持ちに余裕みたいなのが出来ていたみたいだ。生意気なようだが、子供達も喜んでくれたようで、私も嬉しい。

水飴の作り方を、もう一度、鈴木さんに御指導戴き、私も、全ての経験が勉強だと、有りがたかった。

今日は、早めに終わったので、帰りにおも路地に立ち寄り、久しぶりと言うか、初めて、ここの駄菓子を買って、休憩させてもらいながら、子供達が遊んでいるのを眺め、駄菓子を食べた。駄菓子は、ほんまに美味しかった。これは、がんばって、紙芝居をさせてもろうた、自分へのご褒美だ!

                   byみかん

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嬉しい休日です                     10・1月23日

今日は、何時も紙芝居教室をさせて戴いている、すずき住建様田辺サロンで、有志の方々と、紙芝居とお茶とお菓子を囲んで、ささやかだが、親睦会を催させて戴いた。

皆様、普段はお忙しい方ばかりなので、教室が終わった後も、なかなかゆっくりと話をしたりする時間がなかったので、いろいろと、紙芝居の話題から、手遊びや、パネルシアター、エプロンシアター、ストーリーテーリング等、いろいろと中身の濃い話題が飛び交い、最後は、平野名物、「いわしの開き」の手遊びの伝授で、賑やかに盛り上がった。

本当に、楽しい時間を過ごさせて戴いて、嬉しかった。ありがとうございます。散会した頃には、日も少し暮れ始め、慌ただしくその足で、予約していた本をもらいに、愛車のパタパタで、針中野のアセンスへゴー!(社長さん、すんません。ご挨拶のお電話するの抜けてました。改めて、月曜日に連絡させてもらいます。)大河先生に勧められて、兼ねてから欲しかった本をやっとゲットしました。アセンスさん、いつも、確実に欲しい本を入荷して下さり、連絡を戴き、ありがとうございます。

急いで、帰宅したら、母に、「かあちゃん、ただいま!」と言いに、部屋に入ると、母の書斎?のこたつの上に、な、な、なんと、先日、このブログでもお話した、私のうけている生涯学習コーディネーターの通信教育の会からの郵便物が届いているでは、あ~りませんか?

わすれもしない去る、1月8日に、最後の課題と修了の作文を提出したのでした。ドキドキ胸がたか鳴るのを押さえ、震える手で、はさみで、その封書を開けると、なんと、修了書が入っていたではありませんか!「ヤッター、卒業でけた!」私は、嬉しくてたまりませんでした。母も一緒に、喜んでくれました。そして、すぐに、この講座を受講することを勧めてくださった、大河先生に報告のお電話を差し上げました。

考えたら、ほんまに、自分でもよう、やったなあ、仕事の行き返りの電車の中や、就寝前の布団の中で、ちんぷんかんぷんのテキストに、赤や青や黒のボールペンで、アンダーライン引っ張って、いっちょまえに解ったような気持ちになって、絶対、提出の問題には、最後まで見ないようにして、自分の汗と涙と鼻水で、何回も、消しゴムで書いては消し、書いては消して、課題と格闘して、問題に取り組んだこの、4ヶ月余りの月日が、走馬灯のように、自分の頭の中をぐるぐると回った。

喘息の発作で、死にそうになりながら、娘達にも心配かけて、なんで、ここまでやれたかと言うと、やっぱり、生涯教育を学んでいるという、誇りのようなものを守りたいという気持ちと、自分の心を信じ続けたい、また、その学ばせて戴いたことで、生意気なようだが、世の中のお役に立たせていただきたいという気持ちが、最後までやり遂げることが出来たのだと想う。

と、大河先生に喜んで戴いたことが、何より嬉しい。(母ちゃんは、私に感化され、自分も或る講座を受講することを決意した)ほんまにありがとうございます。

このように、うちは、たくさんの方々に支えられて、こんな豊かな人生を生かせて戴いている果報者だと、何時も感謝しています。

紙芝居のように、単純で判りやすい性格のみかんではございますが、これかれも、これで慢心せず、気持ちを引き締め、日々勉強と修業と遊び?の毎日を送らせて戴きたいと存じます、何卒、宜しくお願い申し上げます。「ぼちぼち登れ、富士のやま♪:;;;:♪:;;;:♪:;;;:♪:;;;:♪:;;;:♪:;;;:♪:;;;:♪:;;;:♪:;;;:♪:;;;:

                   byみかん

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ストーブと愛娘と眼鏡                10・1月21日

めずらしく、娘とストーブにあたりながら、話し込んだ。通販のカタログを見ながら、二人で、買いもしないのに、この服がええとか、こっちのソファーの方が気持ち良さそうやとか、加湿器を買おうかどうしょうか。果ては、体重計の取り合い?なる始末。

まったく、女性は、どうも物欲が強いようで、母娘で他愛もない言い合いをして、楽しんでいるのを聴いて、母が羨ましそうに、「何、二人で楽しそうに話してたん?」と、お風呂上りの下着姿のまま、お出ましになられる。

一番、娘が、私と話をしていて、盛り上がったことは、前から常々、感じていたことなのだが、自分の娘のことを、母親の私が言うのも憚るのだが、顔立ちは、まあまあ、十人並みと思うのだが、がり勉女子学生がかけているような、淵の細い眼鏡をかけていて、髪形も、ロングヘアーを、戦国時代の落ち武者みたいに、後ろで無造作に束ねているので、なんというか、晴れだった感じがしないのが、気になっていた。

そのことを、なんのはなしから、その話題になったのかよう、判らんけど、人は外見が美人だけでは、いいとは思わないけれど、やっぱり、売れ残ったら困るし、せっかくの、一番綺麗な年頃なのだから、美しくあって欲しいというのは、もう、賞味期限の過ぎた?母親の、せめてもの願いであるのだ。

娘は、そんな、思いもよらんことを、一番、在り得へん、おかんから言われて、びっくりして、早速、コンタクトを購入すると、素直に言った。

おかんは、やっぱり、どっちゃでもいいけんど、仕事の時は、眼鏡かけてる方が、支障を来たせへんねんやったら、まあ、友達とショッピングに行ったり、お買い物に出かける時ぐらいは、綺麗にお化粧して、出かけて、青春を謳歌しなはれ。今が、一番、おしゃれを楽しんで、人生の花の年頃なんやさかい。(もう、三十路が近こうなってきたで~)

うちも、明日は、久しぶりのホリデー。と云う訳で、休みの日は、すっぴんで過ごし、この年になると、お肌の皮膚呼吸をさせてあげる日も必要だということを実感する、今日このごろです。

古臭い石油ストーブにあたりながら、うちら母娘は、結局、カタログを見てはしたものの、何も買うこともなく、順々にお風呂に入って、さっぱりとした気持ちで、それぞれの夜の時間を過ごしたのであった。

とりとめもない、我が家の夜の家族の会話の作文で、失礼をばしました。

                    byみかん

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「華のある人」                10・1月20日

虫は、明るい処に集まるという習性がある。夏の夜、電灯などに虫が一杯飛んできて、集まっている光景をよく見ることがある。

虫と人間を同じレベルで考えるのは、失礼なことかもしれないが、人間も、明るい人が、どうも好きなようだ。明るくて、一緒に居ると楽しくて、なんだか元気をもらえる人、そんな人に人気が集まる。

よく、「あの人は華のある人だ。」などといわれることがある。では、「華」とは一体なんぞや?多分、その人が居るだけで、周りがぱっと明るくなり、その人の存在感のようなものが、浮かび上がり、そして、パワーやオーラのようなものを実感出来る人なのかもしれない。

言い換えれば、その人が居るだけで、とっても幸せな気持ちになり、ずっと一緒に居たいと思われる人なのかもしれない。

そんな、凄い人にはなかなかなれないけれど、少なくとも、私も、皆さんと一緒に居るときは、楽しいなあ、愉快だなあ、と、思ってもらえる人になりたい。

人見知りの激しい性格なので、結構、無口で話下手な人間ですが、紙芝居と出逢ってからは、だいぶ、スムーズに皆さんとコミュニケーションを図れるようになって来ました。

それと、紙芝居をしているというだけで、初対面の方と出逢っても、結構、親近感を持って接してくださるのが、有り難いです。

こんな、不器用な生き方しかでけん人間で、とても、「華のある人」とはほど遠く、「幅のある人」ですが、これからも、少なくとも、お天道様の下を堂々と歩いて、自分の路を一歩、一歩、踏みしめながら、生きていきたいと想います。

私の好きな言葉

「剛毅朴訥 仁に近し」  (論語より)

決して、饒舌ではないけれど、自分に正直に、誠実に生きていけたらとなあと思います。

                 byみかん

                

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一生涯勉強します。               10・1月19日

今日は、堺市立中央図書館で、「はなしのたね」さんというグループで、紙芝居のお話をさせて戴いた。先月に引き続き、今日が2回目の講座であった。

本日は、紙芝居の選び方ということを、お伝えしたかったので、出来るだけ多くの紙芝居を見てもらおうと、前日に持参する作品を検討した。夜中にごそごそしていたので、母が起きてきた。私は、それでも、もう、あれでもない、これでもない、と、必死で作品を選んでいた。(まったく、迷惑な娘や)

そして、本日、15作品の紙芝居を入れた重いカバンをさげて、百舌鳥駅に降りた。「えっ?図書館まで、900メートル?わっ!1キロメートルもあるわ。」私は、駅の表示板を見て、少したじろいだ。「まあ、ええわ。ええ運動になって、ちょっとは、お腹の肉も減るやろ。」と思い直し、どっこいしょと、掛け声かけて、ひたすら、図書館めざし、てくてくと歩いた。

しかし、なんでんなあ。生意気なようですけど、一つのことを、やり遂げさせて戴こうと想ったら、ほんま、大変でんなあ。せやけど、それだけやりがいが、あるということです。

やっと図書館に辿り着いた。ボランティアグループの皆さんが、温かく待ち受けてくださった。先月も来られていた、小さい子供さんを連れたお腹の大きい妊婦さんの女性も、元気良く挨拶してくださった。ほんまに嬉しい。

紙芝居の選び方のお話は、私も、まだまだ実践しながら、勉強していくことが大切なことなので、本当に難しい。だが、持って行った紙芝居を一つ一つ、紹介しながら、プログラムの立て方などの留意点をお話させて戴いた。

皆さん、本当に熱心に聴いてくださり、私も、もっともっと勉強させて戴かないと、申し訳ないと、実感した。話に熱が入りすぎて、時間オーバーしてしまい、後のミーティングに支障を来たしてしまい、御迷惑をおかけしました。

でも、終わってからも、個人的に質問をして下さる方もいらっしゃって、皆さん、紙芝居に対して、凄く、関心を抱いていただいたことが、嬉しかった。

「まだまだ、これからもっと一杯、勉強せなあかんなあ。」そう思いながら、帰りの電車の中で、一息ついたみかんであった。

この講座を橋渡しして、いろいろとお世話をしてくださっているYさん、本当に、ありがとうございます。堺の街のあちらこちらに、紙芝居の輪が広がり、子供さんは元より、大人の方々も、共に笑顔溢れる街になれるお手伝いの、ほんの少しでもお役に立てれば、嬉しいです。

紙芝居をさせて戴くことで、たくさんの人々との出逢いが出来、人生修業をしながら、生涯、紙芝居の学びを通して、豊かな心を持った人間になれるように努めたいと想います。

学校行ってた時は、あんまり勉強せんかったのに、今は、自分から進んで、勉強したいという気持ちが湧いてくる、蛍光灯のような、反応の遅い人間ですが、何卒宜しゅう、お頼もうします。

せやけど、うちのかあちやんも、今度は習字を始めて、毎日、手が真っ黒になるぐらい、練習しているのを見ると、血は争えないなと、つくづく思いました。「母ちゃん、あんまり根つめ過ぎて、身体こわしなや。うちも、今日はもう、夜中にごそごそせんと、早く寝るさかい・・・ねっ!」

                   byみかん

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がんばれ!紙芝居よ!                10・1月18日

昨日、キッズプラザさんに行った帰りに、久しぶりに書店に行って、紙芝居をじっくりと選んで購入しようと想い、阿倍野の本屋さんに立ち寄った。

ある、ある、紙芝居がぎょうさん並んでいる。真剣に一つ一つ、紙芝居のカバーを開けて、じっくりと選ばせてもらった。なかなか、自分の気に入ったお気に入りの紙芝居が、みつからない。紙芝居を選ぶのって、ほんまに難しい。

どうしても、自分の好みに偏り、おんなじような作品をえらんでしまう。それと、たてに並べて陳列しているので、絵が見えないし、取りにくい。「ああ、早く、紙芝居が、絵本のように、平積みで販売されるようになったらいいのになあ。」と、考えていると、一人の女の子が、お父さんに「紙芝居買ってほしい。読んでみたいねん。」と言う声が、私の背後から聞こえて来た。すると、その子のお父さんと思しき人が、「普通の絵本にしとき。」と、すげなく言われた。

せっかく、紙芝居に興味や関心を持ってくれたのに、残念無念。まだまだ、紙芝居の市民権を得る為に、うちらは、努力せなあかんなあ。紙芝居を選んでいた私は、改めて、そう思い、良い作品を選び、出来るだけ多くの方々に観て戴き、紙芝居の素晴らしさを、理解していただく様に、励もうと、心に誓った。

結局、悩んで、なやんで、悩み抜いて、一つだけ作品を選んで、購入した。今度、ある病院の小児病棟で、紙芝居を演じさせて戴くことになったので、子供達に喜んでもらいたいと想って、その作品を選ばせてもらった。

紙芝居を販売していている書店は、大阪でも、まだまだ数が限られているし、それよりも、何よりも、さっきの親子の会話でも分るように、まだまだ、紙芝居を購入してまで、楽しもうというところまで、世間の人は考えていない。それに、図書館に行ったら、気に入った紙芝居は、たいがい借りることが出来る。

でも、お気に入りの絵本を購入するように、マイ紙芝居を、一人でも多くの方や、子供達が、買ってくれて、楽しんで戴けたら、本当に嬉しい。

最近、ようやく紙芝居がスポットを浴び始め、紙芝居の良さを見直されて来たように思われる。大切なのは、すぐれた本物の作品を選び、紙芝居演じることを通して、人々が生きる喜びや意味を見い出し、みんなが繋がっていることを実感し、豊かな人間形成を育む文化として、確立させていくことであると、私は考えている。

なかなか、本物のすぐれた作品に出逢うことは、大変なことだけど、これからも、素晴らしい作品と出逢うべく、日々、アンテナをはり、紙芝居の普及に努めたいと想う、みかんであった。

がんばれ!紙芝居よ!21世紀は、紙芝居の時代が、やって来ることを、切に願っている。

                 byみかん

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天使の笑顔!                  10・1月16日

今日は、下の娘の26回目の誕生日だ。彼女は、もう既に、二人目の赤ちゃんを身ごもったお母さんになっている。

そんな、娘に、普段何もしてやれない、おかんやさかい、せめて、田辺の駅前に在る、美味しいケーキ屋さんの、ケーキを仕事の帰りに買い求めた。

店員さんに、「ローソクは何本おつけしましょうか?」と尋ねられ、まさか「26本付けてください。」なんて言えないので、遠慮がちに「ご、五本お願いします。」と、応えた。「なんで、こんなことで、動揺せなあかんねん・・・」と、自分自身に問いかけながら。それでも、真っ赤な箱に、ちびこい、ケーキを入れてもらい、るんるんで、帰宅した。

娘の家に電話したが、なぜか、誰もでんわ?!さむ~・・・

ようやく、娘と連絡がとれ、すわっ!エンジンのかかるようになった車で、ケーキの配達をしに行った。大切なケーキが、座席から落ちんように、ゆっくりと、安全運転で向かった。

娘の家に着き、チャイムを鳴らした。何時もの様に「山」「川」の合言葉を言おうか、それとも、チャイムに向かって、笑顔でピースしようかと、迷っていたら、な、な、なんと、娘の旦那様が出迎えてくれた。「あ~よかった。合言葉もピースもせんで、めっちゃ恥ずかしい思いするとこやった・・・」と、密かに安堵した。(実は、このブログも、娘の旦那さんが、何時もみられてるそうで・・・失礼しました。)

娘と孫の静流ちゃんは、なんでも、今、入浴中とか。「さよか、ほんなら、ちょっと、出て来るまで、待たせていただこう」旦那さんに、美味しいコーヒーを入れてもらい、いろいろと、雑談していると、じゃ~ん!静流ちゃんが、お風呂からあがられました。「おお、いとしの静流ちゃん、貴女はどうして、静流ちゃんなの?」なんや、訳のわからんこと言うて、すんません。久しぶりのご対面で、興奮したんどす。(出た!京都弁。もう、ええっちゅうに)

お父さんに上手に、パジャマを着せてもらい、静流ちゃんは、ご機嫌でした。あいかわらず、アクティブに動き回り、ばっちゃんの所へは、なかなか来てくれへん。

ほどなく、横綱、否、もうすぐ妊娠8ヶ月の娘が登場~しかし、お腹、よう出て来たなあ。春に生まれる、二人目の孫が入ってるんや。大事にしいや。

なんでも、お正月に親子三人、風邪をひいたらしく、娘も、鼻がつまって、苦しそう。もう少し、お邪魔したかったけれど、また、風邪引き戻したら大変やさかい、最後に、お父さんの膝の上に座っていた静流ちゃんを抱っこさせてもろうた。すると、彼女をあやしたら、「キャハハハ・・・」と、満面の笑顔で声をたてて笑ってくれた。私は、このときほど、幸せやと思ったことはない。彼女の笑顔は、まるで、天使のようだ。

26年前の今日、あんたのお母ちゃんが、この世に生を受けたから、あんたも生まれてきたんや。元気で、すくすくと、育ちや。静流ちゃん!

静流ちゃんのお母ちゃんのお母ちゃんは、(つまり、お祖母ちゃんやがな。)貴女の可愛い笑顔を見られて、幸せです。「この三人半の親子達に幸あれ!」と、願いつつ、うちは、エンジンのかかる車に乗り、家路に向かった。「典子、晶子、おかんの子供に生まれて来てくれて、ありがとう。」私は、そう、ハンドルを握りながら、、心の中でささやいた。(かっこええがなあ~)

                 byみかん

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子供達は想像力の神様だ!             10・1月14日

今日も、寒波が厳しく、凍てつくような寒い中を仕事に行った。こんなに寒いと感じたのは、ほんまに久しぶりや。「やっぱり、依る年波には、勝てないなあ・・・」などと、一人ごつを言いつつ、娘が作ってくれたお弁当を戴いた。

授業が終わると、元気良く、一年生の児童達が、やって来た。宿題を済ませると、な、な、なんと、この寒いのに、外で遊ぶという。やっぱり、若いって、いいわね!

子供達は、はじける様に、小躍りしながら運動場へ飛び出して行った。私は、ふと、一体、こんなに寒い中を、どんな遊びを楽しんでいるのやろか?」と、確かめてみたくなり、運動場に出て行った。

すると、朝礼台の辺りで、子供達が一塊になって、運動場の砂に、何か絵を描いて、遊んでいるようだった。私は、そっと近づいて、彼ら、彼女達の遊んでいる様子をうかがった。

すると、なんでも、朝礼台が釣堀で、運動場の砂に魚の絵を描いて、釣り掘りごっこをしていたのだ。一人の女の子が、朝礼台の階段の一番上の段を指差して、「先生、これ、めっちゃ辛いカレーやねんで。千倍カレーつくってん!」と教えてくれた。

見ると、そこには、赤や黒の木の実を入り混ぜた砂で出来た、美味しそうな?カレーが盛られていた。「へー、こんな実、何処でみつけたん?」と、私が、尋ねると、子供達は、嬉しそうに、校庭の遥か奥の方まで走って、案内してくれた。見ると、そこには、真っ赤な南天の実をつけた木が、何本もあり、足下には、黒い実をつけた植物が茂っていた。

子供達は嬉しそうに、その実を摘み取っていた。私は、(こんなところに生えている、黒と赤の実を見つけて、それを、カレーの香辛料にするなんて、凄い発想や!)と、改めて、子供達の豊かな想像力と、創造力に感動し、驚いた。

そして、(こんな冬の寒い日でも、なんにもなくても、外でこんなに豊かに、楽しく遊べる子供達って、ほんまに凄い。子供は神様や。)私は、子供達が、楽しそうに、激辛カレー?を食べる真似をして、遊んでいる姿を見て、そう、実感した。

「今も、昔も、子供は、遊びの天才や。まだまだ、世の中捨てたものやないなあ。」と思うと、なんとも言えないくらい、嬉しい気持ちになった。

外遊びの終わりの時間になった。「もう、時間になったから、部屋に帰ろう!」と、子供達に呼びかけて、運動場を後にして、歩き始めると、一人の女の子が、「先生、めちゃ、寒い!」と言って、私のウインドブレーカーのポケットに手を入れてきた。

私は、その小さなかわいい手を、思いっきりぎゅっと握りしめてあげた。すると、なんだか、ほんとうに、自分自身が、心の底から温まって、なんとも言えないくらい、愛しい気持ちで満ち溢れ、幸せな気持ちで一杯になった。みんな、豊かな時間を、与えてくれて、本当にありがとう!

                   byみかん

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凍える現代社会を生き抜く             10・1月13日

今日は、ほんまに寒かった。うちの、だじゃれよりも寒いなんて、相当なものだ。地球温暖化云々と言う言葉を、忘れ去る程の冷え込みだ。

だけど、異常気象ということを考えると、安心もしておられない。現に、アメリカの南の方の国で、大きな地震があり、多くの方が災難に遭われていると聴く。

大雪に地震か・・・神様はうちら人間に、何を教えようとしておられるのだろう?科学文明の発達による、人間の傲慢さに警鐘を鳴らされているのであろうか?

「このままでは、地球が危ない。人間が危うい。」なんて、危惧するのは、考え過ぎだろうか?少なくとも、夜空を見渡しても、昔、うちらが子供の頃は、お星様が、一杯輝いていた。せやけど、今、夜空を見上げても、お星様が、物凄く少なくなったような気がしませんか?

また、夜空を見上げる子供達も、少なくなって来たのではないでしょうか?携帯のメールにばっかり気持ちが捉われて、なんか、携帯を握り締めていないと、不安な大人が増えて来ていませんか?

私達人間は、もっと、大きな広い心を持っていたと思うのに、なんか、目先の、自分の周囲だけに捉われてしまい、大切なものを忘れ去りそうになってきているので、神様が、自然の偉大さ、厳しさに目を向けなさいと、おっしゃりたいのかもしれないですね。

ストレス一杯の現代社会、私達は何を以って、今の時代を乗り越えて、生き抜く事が出来るのであろうか?今こそ、みんなで考えていくことが、必要なのではないでしょうか?

明日の朝も、ものすご~く冷えるそうです。うちの車も、寒さの為バッテリーあがってしまい、エンジンが、かからなくなりました。皆様の所は、大丈夫でしょうか?また、水道の凍結等などにも、今夜はくれぐれもご用心下さいませ。

                 byみかん

               

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わが恩師の教え                    10・1月12日

私は、何時も申し上げているが、生涯の恩師でもあり、人間哲学の御指導を、何時も賜っている、大河満子次(ましじ)先生の薫陶を受け、これからも、先生の後をついて、人生を歩んでいきたいと、何時も想っている。

その、大河先生のお言葉を、今日はご紹介させて戴きたいと、思います。先生は、戦後すぐに、篤志家として、ずっと現代まで60年以上の長きに亘り、いろいろな施設を訪問されて、素晴らしいマジックをご披露され、それを生涯のライフワークとされながら、夜学や、通信教育で、さまざまな学問を学ばれてこられました。先生のその、熱い志のお言葉を、抜粋させて戴きます。

「子供達の豊かな心を育む教育」        大河満子次氏著

不安定な時代の中で、いかに子供の心を育むのか。

今日、私達の大きな目標である「青少年の豊かな心づくり」についてお話しましょう。

現在の教育社会情勢をみると、いじめや不登校、家庭内暴力、学級崩壊など子供達をめぐる諸問題が発生しており、これが今日の閉塞感を助長している感じがいたします。

現在の子供達の置かれている状況について、家庭や学校、地域社会との多方面にお話しましょう。

子供が置かれている状況は、全く大人と同じですね。

基本的に科学技術が発展する中で、子供達も「ゆとり」をなくし、競争競争というかたちで、せきたてられています。

これは当然、家庭生活や社会に反映され、そこで生活する子供達も知らずしらずの内にその影響を受け、不安な状態の中にいると言えます。

ですから、このような社会では、子供達の心も精神的にならざるをえません。

もう一つ言えば、ゆとりがない社会では、相手の立場に立って考えるとか、自分をしっかり見つめるという機会がなくなり、結局は心を貧しくします。

その中で、当然、人間として身に付けていなければならない「心」や「生き方」に目が向かず、現実的なところばかりに振り回されてしまいます。

順応的な子供ほど、社会の影響を受けてしまいます。

*家庭では、どうなのでしょうか。

家庭は、教育の基本です。しかし、現在は、家庭教育が充実していないといわれています。

大人達は、家庭生活よりも仕事やボランティア活動など、外に価値を見い出しています。

すなわち身内的なものに対するより、外的なものに感心が向いているのです。

そうすると、家庭が顧みられません。先ほども、お話したように、子供達は順応力はありますが、切り抜ける力は持っていませんから、自分の生き方も分らないまま、せかされ続け、ストレスに耐えられず、状況主義的にその場限りに生きてしまうことになってしまうのです

家庭の空洞化が大きく影響し、そこから様々な問題が起こってくるのが現状です。

子供達の心に係わることは、学校教育のみにまかせるのではなく、社会総がかりで当たることが必要ではないでしょうか。

家庭や学校、地域社会、それぞれの場において必要な役割、心構えがあるのではないかと思います。

いかがですか?このお話は、まだ続きがありますが、省略させていただくことを、お赦し下さい。大河先生の、おっしゃりたいことは、結論を述べますと、現代社会の教育に、大きな問題が、あるのだとおっしゃりたいのではないでしょうか?

「大人が変われば、子供も変わる」私達、大人が、もっと、真摯な心や姿勢で、生きていくことを見て、子供達も、初めて、真剣に「生きる」ことの喜びや、意味を見い出すことが出来るのだと思います。

そんな大人に、私はなりたい。なれるように、努力します。一所懸命に生きている背中を、子供達に見てもらうことが、大切なのではないでしょうか?

自分を信じ、他人を信じ、世の中を渡っていきたいですね。誰しも・・・

一人でも多くの人が、そんな風に生きていけたら、未来に明るい希望が拓けるのではないでしょうか?

いつも、おんなじことの繰り返しで、すいません。基礎が大事です。生きていく力の土台をしっかりと、子供達に築いていって欲しいと、うちは、いつも想っています。

わが恩師、大河先生の教えを実践すべく、弛まず、紙芝居を普及させて戴くことで、子供達に、豊かな心の育ちのお手伝いをさせて戴きたいのです!

                   byみかん

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感謝の初ステージ                10・1月9日

日、お陰様で無事に、守口生涯情報学習センター「ムーブ21」の土曜ステージにて、紙芝居仲間の、美女?5人組で、「新春お楽しみ紙芝居ステージ」の舞台を務めさせて戴くことが出来ました。本当にありがとうございます。

今回は、私達も初めての試みで、大人の方々へ捧げる紙芝居というスタンスで、リハーサルでも、みんなで、ああでもない、こうでもないと、みんなで知恵を出し合い、押し合いへし合い?ながら、紙芝居のステージを創っていきました。

本番では、多少のくい違いは、度胸と笑顔で切り抜け、なんとか、皆様に喜んで戴ける舞台となったと信じております。しかも、ラッキーなことに、明日が、なんでも、お琴の演奏会が、同じ場所で崔されるということで、な、な、なんと、お正月らしく、立派な金屏風をステージの背後に立てて戴いて、演じることが出来ました。こんなおめでたい、貴重な経験をさせて戴き、私も、仲間の方々も、紙芝居を演じることを、心の底から楽しんで、させて戴きました。終わってから、ステージ担当の、副館長さんが、「是非、また来年もやってください。」と云うお言葉を戴き、本当に嬉しかったです。本当にお世話になり、ありがといございます。

今回の舞台で、私は、紙芝居と紙芝居の間の、場つなぎということを、勉強させて戴き、本当に有り難かったです。テレビなどの番組で、司会者の方が何気なくされているようで、実は、物凄く、考えて、計算しつくして、場をつないでおられるのだということが、よく解りました。本当に、舞台は生もので、面白いけれど、大変な陰の努力の積み重ねが、必要ですね。

そんなことを、一つでも学習して、身につけたことを、これからの紙芝居の実演に活かせていきたいと、想います。今は、みんなでチームワークを組んで、一つのハードルを越えられたという、心地良い達成感と、ほど良い疲労感に浸っています。明日は、ゆっくりと休ませて戴きたいと思います。皆様、本当にお疲れ様でした。そして、ありがとうございます。

                byみかん

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1月のみかんの予定              10・1月9日

いつも、青空みかんのブログを御覧戴き、ありがとうございます。お待たせした方も、「そんなの関係ない!」と、おっしゃる方も、今月の予定をお知らせ致しますので、心の隅にしまって戴ければ、幸いです。ありがとうございます。

                        

1月9日(日)      新春お楽しみ紙芝居ステージ 17時~18時 ムーブ21

             地下鉄谷町線大日駅3番出口、北へ徒歩3分

1月17日(日)     キッズプラザ(ボランティアさん対象)講座

              13時~16時 扇町公園内

1月19日(火)     「おはなしのたね」さんの紙芝居講座

              10時15分~11時15分 JR百舌鳥(堺市)

1月23日(土)      田辺サロン(すずき住建様田辺事務所)

            13時~15時(地下鉄谷町線田辺駅南へ7分

1月24日(日)     全興寺さん紙芝居 14時と15時

月27日(水)    田辺親子サロン 赤ちゃんとお母さんの集い

              11時~11時20分  田辺会館

1月31日(日)  大阪市立難波市民学習センター(OKATビル4階)

               13時半~16時半 第一会議室

             「紙芝居の歴史を紐解く」と実演の学習 

以上でございます。今年も、紙芝居の学びを、皆様と共に、より深め、また、何よりも楽しむことをモットーに、やらせて戴きたいと想っております。

まだまだ、至らぬ点が多々在り、粗忽者(今日もコンビ二で買ったお弁当わすれちゃいました~)ではございますが、本年も宜しく、御指導、御鞭撻(痛いけど)の程を宜しくお願い申し上げまする~(相変わらず、たいそうでんなあ、もっと力抜いて)チャンチャン!

                  byみかん

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すき焼きは美味しい!               10・1月6日

今日から初出勤、満員電車に揺られて、職場に行き、満員電車で居眠りながら、帰宅する。そんな、私を待っている家族が迎える。

今日は、お正月に買っておいて、使わなかった冷凍しておいた牛肉を使った、すき焼きだ。(修飾語が多いがな。)ヤッター、缶チュウハイまであるでは、ありませんか。

ちょっぴり、お腹のお肉を気にしながら、みんなで、チュウハイ飲み飲み、解凍したお肉のすき焼きを食べる。私は、お腹の脂肪が気になるので、ご飯は控えめにして、ほん少しにした。だけど、すき焼きにいれてあるおうどんを、思いっきり食べたから、同じことか・・・

考えたらなんでんなあ。日本人が、すき焼きを考えたんでしょうが、これは、日本独自のお醤油という、調味料があったから、出来たのでしょうね。昔は、牛鍋と言われていたそうで、ハイカラな料理やったそうです。

うちは、香辛料の効いた、辛いもんが苦手やさかい、ほんまに日本人に生まれて良かったどす。(出た、京都弁!今年初。なんのこっちゃ)

解凍したお肉でも、家族揃って食べると、格別の味がする。幸せは、こんなささやかな場所に、ひっそりと隠れているのだろうか?昨夜は、母がダウンして、うちが点滴(またや)に行ってたさかい、それこそ、ろくなものが食べられず、険悪なムードになったが、決して、贅沢ではないけれど、豊かな食卓が在ると、みんな幸せになれる。

やっぱり、食べることって、大切ですねそれも、どこで、誰と食べるとかという、シチュエーションが、大きな要素となっているとうです。

孤食や、ファーストフードの現代社会で、夕食の支度が出来たからと、外で遊びに行っている我が子を迎えに行く母親の姿は、今や皆無になったなあ・・・日暮れまで空き地で遊んで、秘密基地ごっこをしていた子供の頃を、ふと、懐かしく思うみかんであった。解凍した肉のすきやきと、どういう関係があるんやろ?どういうこっちゃ?

                byみかん

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坂本龍馬の魅力とは            10・1月3日

本日から始まった、NHKの大河ドラマの「坂本竜馬伝」は凄いドラマですね。私は、今日の本番を観るまで、何回も流される、番組の予告編や、特集番組を観ていたので、「まあ、こんだけ見せてもろたら、大体、第一回目の中身は、把握出来たようなもんや!」なんて、傲慢な気持ちになっていたのが、とても恥ずかしい気持ちで一杯です。

主演の福山雅治さんは、元より、脇役を固める、香川照之さん、寺島しのぶさん、小玉清さん等など、全ての出演者の皆さん、また、スタッフの方々の、この番組に対する、物凄い真剣さを通り越して、魂を込めて創られているのが、判りました。

所で、坂本龍馬は、何故、そんなにも、日本の人々に慕われ、尊敬され、愛されるのかということを、自分なりに考えてみました。それは、彼は、土佐の脱藩浪人で、なんの身分も、地位もお金もないのに、日本の国を変える力を持っていた。そこに、坂本龍馬の魅力の答えが在るのだと思います。

それは、彼は、人の心を動かす情熱と、行動力と、そして、何よりも戦いではなく、話し合いで、日本の国を変えようとした。そして、子供のような純真で、真っ直ぐな心で、世の中と向き合い、真摯な態度で、日本の国のことを良くしようと考え、ひたすら行動した。

一言で言えば、坂本龍馬の魅力とは、「人様の為にがむしゃらに動き、しかも、自分自身も、その行動を楽しんだ」のではないでしょうか?

この時代に、日本の国を良くしようと、考えて行動された方は、たくさんおられました。しかし、「行動する」ことを楽しんで、嬉々として一所懸命働いた彼だからこそ、彼の人間性に惚れ込み、多くの人々が、彼の味方に付き、応援し、力を貸す気持ちになれたのだと思います。

まさしく、坂本龍馬は時代の寵児だったのです。坂本龍馬の魅力は、真面目くさって、面白いことを考え、幼子のように、だだをこね、だけど、これだけは、譲れないということ、それは、争いで問題は解決しない。命を大事のしないといけない。その、絶対譲れない、彼のポリシーが、動乱の幕末の時代の変革に合致し、寄与できたのです。

これから一年間続く、大河ドラマ「龍馬伝」で、坂本龍馬の人気は、益々うなぎのぼりのように上がっていくでしょう。私達の、この平成の格差閉塞の時代を、打開するヒントが見つかるかも知れないと期待しつつ、このドラマを拝見していこうと想います。

私達の現代社会も、今、大きな転換期を迎えようとしていることは確かです。せっかく、今の世に生まれて来たのですから、みんなで、どうすれば、この社会が生き易くなり、明るい展望が見い出せるか、一緒に考え、行動しようではありまんか?今の人間社会を構築しているのは、私達、一人ひとりの人間の存在そのものなのですから・・・

              byみかん

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こんなお正月もあるわ!                 10・1月2日

え~、お正月と言えば、おせちなどのご馳走を食べて、着物を着て、初詣などに行きまして、ほんでもって、お年玉も一杯もらえる。子供の頃は、そんなお正月が来るのが、もう、待ちどうしくて、仕方がありませんでした。

だが、今年のお正月は、なんと、有り難いことに、休養を摂れと言わんばかりに、寝込んでしまいました。見事に!ああ・・・年賀状を戴いた方、すんません。もう少しお待ち下さい。

まだ、初詣に行くこともなく、いや、それどころか、元旦から、まだ、一歩も家の敷地からでていないのです。唯一、ポストを覗きに行く時、元旦の朝、脱走して、大騒ぎになった、我が家の愛犬が、今日もまた、うちが、外に出ると、バツの悪そうな顔で、私をみるので、彼の足下を見ると、なんと、また、リードがはずれているではありませんか?「お前、また、脱走しようとしたんか?みんなが悲しむから、ちゃんと家におりや。」と、優しくいいながら、愛犬のリードをくくりつけました。

そんなこんなで、それっきり、うちは、壁の花ではなく、布団の葉っぱのように、じっと寝ておりました。しかし、なんですなあ。人間、あんまりじーっと寝てばっかりおると、あんまりええ事は、考えられまへんなあ。

早く、元気になって、普通の女の子、ちゃあうわ!普通の生活に戻りたいです。まあ、こんな正月もあるわ。寝てられるということは、幸せなこっちゃ。しんどくても、仕事休めない人も、ぎょうさんおられる昨今、テレビのニュースでは、Uターンの為に大雪で、飛行機の欠航が相次いでいるというし、道路は車の渋滞で、なかなか、我が家に辿り着けない人々がおられると、聞く。

どっこも行かれへんお正月やけど、やっぱり、みんな自分の家が、一番くつろげんのとちがいまっか?家出した、うちの老犬も、結局、自分の狭い犬小屋が一番ええみたいで、帰ってきましてから・・・犬も食わん?あっ、これは、別の意味でした。狭いながらも楽しい我が家。まさしく、これでんな。

                byみかん

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今年は共生と自立の日本に!           10・1月1日

皆様、新年、明けましておめでとうございます。お陰様で、この青空みかんのブログというか、つぶやき、ぼやきの作文も、今年で5年目を迎えることが出来ました。本当に、ありがとうございます。

なんでも、東北や、北陸地方は、大変な大雪のお正月になっているそうです。私が、年末に、大掃除をして、元旦から、風邪で寝込んでいるのですが、私が大掃除をしたことと、温暖化の気候のはずだったのが、大雪が降ったことと何か、関係があるのでしたら、ごめんなさい。こんなに、がんばって、お掃除して、自分自身でも、驚いているので、きっと、天の神様も、びっくりされて、雪が一杯降ったのでしょうか?

さてはおき、皆様も今年こそは、良いことが一杯在る年になって欲しいと、想われることと思います。私も全く同感です。失業者が溢れ、人々が夢や希望を抱けず、子供を産むことが、割に合わないような考え方をする、女性が増え、一年間の自殺者が3万人を昨年も越え、不景気で、若者が生来に夢がもてない、そんな社会に、一体誰がしたのでしょうか?

昨年、政権交代が為され、長きに亘る、自民党の社会から、民主党に替わったけれど、何も変わっていないじゃあないか?という声を最近、よく聞かれるようになりました。

でも、ちょっと、待ってください。私達国民が民主党に政治を託して、まだ数ヶ月しか経っていませんじゃあありませんか?それに、この自民党による政治は、戦後60年余りの、長い年月によって、造られて来た社会です。それが、たった、100日や、そこらで、結果を求めるのは、ちょっと、性急すぎやあしませんか?

赤ちゃんが生まれるのだって、十月十日、280日、お母さんのお腹の中で育まれ、おぎゃ~と誕生して、すぐに、一人前の大人になれるのではなく、少なくとも一人前と言われるまで20年は、かかるのです。それ故、この日本社会という、一つの国を、見通しのつく、安心して暮らせる国にしようとするのに、どれだけ、産みの苦しみや痛みが伴うのか、政策が出来、それを実行していくのに、どの位の期間がかかるのか、それを考えれば、そんなに早く、結論や結果が解るなんて、あり得ないことだと、うちは思います。

誤解しないで、下さいね。私は、民主党に所属していたり、味方をしているのではありません。何が言いたいかと云うと、私達は、政党が変わったから、何とかしろとか、どうにかならないかと、あまりにも、他力本願的に考えているのではないでしょうか?

もっと、自分達が、どうしたいのか、どうして欲しいのかということを、具体的に提言したり声を挙げることが大切なのではないでしょうか?そして、一番大切なのは、日本人は、革命ということを、したことがなく、明治維新の時でも、民衆が動いて為されたのではないように、民衆が、本気になって「動く」ということをしたことがないのでは、ないでしょうか?

本当に、この国をなんとかしたいのなら、私達、国民一人ひとりが、本気になって、考え、決断し、一致団結して、行動することが、大切なのではないでしょうか?

生意気ばかり言って、すいません。子供さん達だけではなく、大人のも若者も、老いも若きも、全ての人が、未来に希望を持ちましょう。持てないのではなく、持ちましょう。愚痴や不満を言うエネルギーで、どうしたらこの国が良くなるのか、みんなで考え、行動しましょう。

明るい日本の国を創る為には、私達一人ひとりが、自分で考え行動しようという自立心と、みんなが、幸せになる為に、共に手を携え、協力して行動する共生の気持ちが大切だと、うちは想います。

なんや、新年早々、愚痴っぽい言葉になりましたが、私、青空みかんは、今年も紙芝居という、共感の感性を育む、日本が産んだ素晴らしい文化を、皆様にお届けさせて戴くことで、この、しんどい時代を、なんとか、みなさまに、生きる勇気と力と、共に共感し合い、繋がっていく喜びを実感して戴き、自分の物にして戴ければ、こんな嬉しいことはございません。

大掃除をして、ダウンするようでは、まだまだ、修業が足りず、若輩で未熟者でございますが、今年は、私自身も、「自立と共生」のバランスを上手く操縦出来る様に、努めて参りたいと、想います。本年も、何卒、よろしゅう、お願い申し上げます。

何時も、ありがとうございます!今年も、紙芝居と、青空みかんを頭の隅っこに、すこ~し置いといて下さり、お暇が在る時に、このブログをのぞいてやって下さい。

~今年の初ステージのお知らせ~

日時        1月9日(土)17時~18時

場所        ムーブ21(守口生涯学習情報センター)

           一階エントランスホールにて

           TEL 06-6905-3921

           地下鉄谷町線大日駅下車3番出口北へ徒歩3分

  土曜ステージ ~新春お楽しみ紙芝居ステージ~(無料)

出演者       青空みかんの紙芝居の会有志4名

プログラム     「なんにもせんにん」

            「おまんじゅうのすきなおとのさま」

            「さぎとり」(落語紙芝居)

            「七度ぎつね」(落語紙芝居)

            「たけいいっぽん、しおいっしょう」

皆様方が良い年を迎えられることを願い、心を込めて、紙芝居の口演をさせて戴きます。昔話を中心に、大阪独自の上方落語の紙芝居も交えまして、土曜の夜の楽しいひと時をお過ごし下さい。ご家族揃って、是非、お越しくださいませ。紙芝居で、小さい子供さんから大人の方まで、全ての方に楽しんでいただけることを、願っております。ありがとうございます!

            byみかん

       

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