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2009年12月

学びの志(こころ)               09・12月29日

私は、生涯学習の課題として、紙芝居の学びや、生涯学習の勉強をさせて戴いている。人間は、学校に行っている時だけ、学習するのではなく、死ぬまで学んでいくことが大切だと気づき、生涯学習インストラクターの勉強を通信教育で学ばせて戴き、今は、また、ボランティア活動と、生涯学習の連携させ、コーディネートする必要性を、生涯学習と人生の恩師、大河満子次先生から、生涯学習コーディネーターの通信教育の学習を、仕事から帰って来て、寝る前などに、学ばせていただいている。

正直、生涯学習コーディネーターのテキストと、毎晩、格闘しているのだが、ほんまに難しい。ちんぷんかんぷんな、IT関係の学びから、教育基本法などの法律や、国の制度など、ほんまに、自分の知らない未知の分野が、多岐に亘って、テキストに書かれている。

ほんまに、(こればっかり・・・)もう、テキスト、放り投げたろかなんて、罰当たりなことを考えたこともあったが、なんとか止めずに、後、最後の課題に取り組むところまで、なんとか来られた。

これも、何時も、電話で、大河先生が、私を励ましてくださり、また、大河先生自らも、既に、この通信課程を、見事に修了されたという、お導きが在ったお陰だと、本当に感謝している。失礼ながら、大河先生は、86歳のお歳で、目も少し御不自由で、酸素ボンベを繋いで、生活されている中を、学習されたことに、本当に頭が下がる思いである。

私は、そんな大河先生を心から尊敬し、敬愛している。私に学びの大切さを教えてくださった大河先生の御恩に報いる為にも、修了させて戴きたいと思っている。また、その学んだことを、実生活に活かして、実践し、生涯学習コーディネーターの通信教育で学んだことで、社会のお役に立てるように、努めたいと想うのである。

幾つになっても、人間は、学んでいくことが大切だということを、実感し、弛まず、ゆっくりと歩んでいくみかんであった。知識だけが全てではない。だが、知らないことは、生きていく上で、自立の道を阻むであろう。生意気な、いっちょまえな事を申してしまいました。失礼をば致しましたです。○o。+..:*○o。+..:*○o。+..:*

               byみかん

                  

                 

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矢沢永吉さんのインタビュー             09・12月28日

深夜、また、テレビをつけっぱなしで、寝てしもた。チヤンネルをNHKの12チャンネルに合わせていたのだが、なんと、そこに、ちょうど、矢沢永吉さんが現れた!

テレビの中の永ちゃんは、再放送とかで、今から凡そ、30年くらい前のお姿で、30歳くらいだが、今とほとんど変わっていない。番組の中のテロップで、なんでも、永吉さんは、全くテレビには出演されないのだが、番組のスタッフの方が、一年半もお願いして、やっと出演して下さったと出ていた。

そのテロップを読むなり、急にわたしの、全身全霊は、そのテレビの中の永ちゃんに、釘付けになった。こんな凄い番組を観ないと、うちは、一生後悔する。

番組の中で、語った、矢沢永吉さんの生き様というか、人生観は凄まじいものがあった。このお方は、自分が幸せにならないと、誰がしあわせになれるんだと、おっしゃった。そうなんや、自分が幸せになる為に、みんな一生懸命に生きていくんや。誰もが幸せになれる権利がある。

だが、その後に、矢沢さんがおっしゃった言葉には、凄い重みがあった。「それを実現するために俺は、物凄い努力をして、やり続けなければいけない。」お金を稼ぐということは、お金の為に働くのではなく、安心して活動する基盤を築くために儲けるのだ。」そして、こうも言われた、「人間、大風呂敷をひろげてもいいが、俺は、その広げた大風呂敷を、最後にはきっちりとたたんで収めなければいけないのだ。」また、こうも言われた。「プラス10のことをしようとおもったら、その背後に、マイナス10の苦しみがある。自分は、底の部分をきっちりと、土台を固めて行動していかなければいけねいと思っている。」

その昔、矢沢永吉さんは、佐世保でコンサートをされた時、チケットが売れないので、スタッフの方が、タダでチケットをばらまいた。それでも1500人入れる会場で200名の観客しか、集まらなかった。その時の物凄い悔しい気持ちが、今の永吉さんの地位を築き上げたのだそうだ。ノーモア佐世保!それが、矢沢さんのエネルギーとなっている。

テレビの画面の中の矢沢さんは、煙草をずっと吸いながら、穏やかな表情で、このようなことを話されていた。インタビューをされる方の目をみつめながら、決して、感情的にならず、穏やかに、聴かれた質問に対して、真摯な態度で応えられている姿を観て、私も、こんな生き方が出来たら、素晴らしいだろうな。しんどくて、大変やろうけど、私は、矢沢さんのような、ビッグになりたいというのではなく、自分にこれだけ、正直に向き合いながら生きていくことの素晴らしさを、実感した。

20分位の短い番組では、あったが、私は、一生分くらいのおまけをもらったような、得をした気持ちになれた。勿論、永ちゃんの歌も、放送しながら、30年前に創られた番組とは、思えない普遍的な素晴らしい感性を込められた、矢沢永吉さんのインタビュー番組であった。うちは、そんな凄い生き方はでけへんかもしれんけど、誰もが幸せになることが大切なんやと、教えてくださった、矢沢永吉さんに、もっと幸せになって欲しいと願った。勿論、自分自身も、幸せになりたい。全ての人が、幸せになって欲しいし、幸せにならないとおかしいと、今の時代の世相を憂い、今年も後残すところ、3日となった。

来年こそは、みんなが幸せになれますように・・・

                byみかん

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感謝、感謝の全興寺。              09・12月27日

こんな師走の慌ただしい、寒い中を、紙芝居を観に来て下さる方が、一人でもおられたら有り難いと、想いつつ、先月は怒涛のような風邪の咳がひどくて休ませて戴いたのだが、今日は寒さ対策もばっとりとして、いざ、全興寺へと、バイクでパタパタと走らせた。

山門の所で、ちょうど御住職とお会いして、挨拶をさせて戴き、ご本尊でのお参りをさせてもらい、水掛お不動尊様の前の紙芝居の舞台を積んである、自転車めがけて、一目散に走っていった。

そこには、もう、紙芝居仲間の、さゆりんさんが来ておられた。ピンクのお帽子が良くお似合いだ。程なく、鈴木常勝さんも、来られたので、鈴木さんに、「よろしくお願い致します。」と、挨拶をさせて戴いた。

2時からの口演は、やっぱり誰も集まらない。ベンチに座っていた子供さんと、さゆりんさんとで、呼び込みに行ってもらった。その間に、私も自転車の所で、「2時から紙芝居がはじまりま~す。」と言って、呼び込みをすると、何人かの人が集まって来て下さった。

決して多くの方とは言えないが、それでも、紙芝居をすると言うと、皆さん集まってくださるのが、有り難い。前の二人の男の子達に、「どこから来たのん?」と尋ねると、なんと、名古屋から来てくれたのだそうだ。紙芝居を観るのは初めてだとのこと。そら、そうやなあ~

いよいよ、紙芝居が始まった。最初は、鈴木さん紙芝居。やっぱり、鈴木さんの紙芝居の語りは、凄い。その場のお客さんの雰囲気をや、空気を読みながらえんじられるのだ。

御住職の、冒険物紙芝居をされている時、後ろの方で観ていた女の子が、「紙芝居は、次、何時見れるの?」と尋ねたので、私は、「毎月第4日曜日にやってるよ。」と答えると、その女の子は、そばにおられたお母さんに、「毎月やってんねんて!」と嬉しそうに話していた。

さゆりんさんの「くまごろうの旅日記」の紙芝居の後、いよいよ、うちの番がやって来た。うちは、「かさじぞう」を演じさせて戴いた。今の季節に合った日本昔話だ。子供達も、一生懸命観てくれるから、ほんまに有り難い。、この話には、日本人が持っている、本当の優しさが込められている。

なんとか、最後まで「かさじぞう」を演じさせて戴いた。最後に、いつものように、川口御住職の「おやじギャグクイズ」が始まった。だが、今日のこどもさんは、初めてなのか、みんなおとなしい。うちは、はらはらしながら、クイズの当たり券を配った。

3時からは、さゆりんさんの紹介で来られた、サンタクロースさん?の男性の方が、ウクレレを演奏して下さった。うちも、厚かましくお願いして、「ねこはしる」の紙芝居を演じさせて戴く時に、演奏を入れていただいた。

「ねこはしる」の紙芝居は、長い話であったが、途中で、立ち去ることもなく、その場に居てた子供達も大人の方も最後まで観て下さった。みんな、寒い中を、ありがとう!

本日の、そして、今年最後の全興寺さんの紙芝居が、無事に終了した。今年も、ここで紙芝居をさせて戴いたこと、ここで、紙芝居の修業をさせていただいたこと、ここで、いろいろな方と出逢わせて戴いたことに、心から感謝いたします。

紙芝居が終わって、御住職と奥様に、お礼のご挨拶をさせて戴いた後、隣のお茶屋さんで、今日の出演者の方々とうちに、鈴木さんがおぜんざいをご馳走して下さった。鈴木さん、ほんまに、ありがとうございます。鈴木さんには、紙芝居を演じる上で、いろいろなことを教えてくださる。

紙芝居の生の実演で、なんにも判らず、失敗ばっかりしているうちに、いつも温かくご指導してくださり、有り難い。特に、子供さんとのコミュニケーションや、やりとりを事細かに教えてくださるのが、本当に嬉しい。

これからも、生の現場の紙芝居の実演の修業を、ここ全興寺さんで、やらせて戴きたいと想うみかんであった。4時間の寒い中を、本当に、皆様お疲れ様で、ございました。そして、こんな、素人のうちを、何時も紙芝居をさせて戴いて、御住職、鈴木さん、本当にありがとうございます。感謝の気持ちで、一杯の今年最後の全興寺さんでの、街頭紙芝居であった。来年も、よろしゅうに、おたの申します。

                 byみかん

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今年最後の全興寺に参ります!         09・12月26日

今年も、残す所、あと数日となりました。今年最後の全興寺さんの紙芝居に、参らせて戴きたいと、存じます。今、NHKでは、この先行きの見えない日本丸をどう舵取りをするか、お偉い先生方が、討論と云うより、解説や講義をされておられます。

なんか、うちら一般庶民には、難しゅうて、よう解らんけど、兎に角うちは、全興寺さんで、今年一年の最後の締めくくりとして、この暗い世相に満ち溢れた時代を、紙芝居を精一杯、実演させて戴くことで、払拭出来、皆様に、少しでも気持ち良く新しい歳を迎えられる、心の大掃除をして戴ければ、幸いでございます。

なんの紙芝居を実演させて戴くかは、もう、決めさせてもろてます。工藤直子さんの作品「ねこはしる」(すずき出版)です。どうぞ、不器用な子猫のらんと、小さな水溜りに住む、名もない魚の、悲しくも、そして、美しい友情の物語を、是非、御覧戴ければ、有り難いです。

この物語を演じることで、現代の人間社会に於いても、どうしても避けて通れない宿命に、立ち向かう勇気を、子供さんは元より、御覧戴く皆々様に、実感して戴ければ、こんな嬉しいことはございません。

まだまだ、未熟で、満足のいく実演はできませんが、青空視観は、これからも、切磋琢磨して、紙芝居を一人でも多くの方々に観て戴くことで、皆様のお力で、成長させて戴けたら、嬉しゅうございます。

なんや、だんだん、昔言葉で、仰々しい文になり、すんまへん。全興寺さんへは、大阪地下鉄谷町線「平野駅」下車が、一番便利でございます。屋外でさせて戴くと思いますので、寒さ対策をして、使い捨てカイロや、マフラー、手袋、股引き等、寒さ対策をして起こしくださいませ。うちも、母ちゃんのバッチを借りて(色気がない)参ります。

時間は、何時も通り、午後2時と3時の、二回口演やと思います。何卒、鈴木常勝さんや、川口御住職の、足を引っ張らない様、勉めさせて戴きたいと想いますので、暮のお忙しい最後の日曜日ですが、ご家族揃って、お越しくださいませ。ありがとうございます。

                  byみかん

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大阪光のルネッサンス紀行            09・12月25日

昨日のクリスマスイブの夜、私は、思い切って、友人のTさんをお誘いして、大阪は、中ノ島で催されている、光のルネッサンスを観に行って来ました!

まずは、淀屋橋から船に乗り、美しい大阪のイルミネーションされた街を、船内から眺め、何故か、煌びやかな船が行き交い、船窓から眺める中ノ島の界隈が、美しい電飾で彩られ、その周りの高層のビルも、全てライトアップに協力して、本当に大阪の街て、こんなに美しかったや!と、改めて感動を覚えました。

これは、私の独りよがりの考えかも知れんけど、この光のルネサンスというのは、まさしく、光と云う言葉だけでは、語りつくせない、新しい大阪の街の誕生を意味するような気持ちがした。

同行したTさんとも話していたのだが、大阪と言えば道頓堀のカニ道楽や、たこ焼き、通天閣などの、どちらかと言えば、庶民的なイメージがあるが、今日、この中ノ島の夜景を見ながら、二人で、遊歩道を歩いて、川沿いに立ち並ぶ、美しい光景を眺めると、本当にアーバン的な大阪の良さが結集され、しかも、昔の大阪の街の交通や商業、文化の中心地だった場所であることを、誇らしく思った。

光のルネッサンスは、これからの大阪の街に、新しい意味をもたらす、素晴らしいイベントであると実感した。大阪市役所を市民に開放し、生演奏を聴きながら、ホットワインは、止めといて、ホットコーヒーと、ラザニアを戴きながら、私達は、これまた、非日常の情感を味わった。

阪の街の素晴らしさを改めて、実感することが出来た、今回の光のルネッサンスは、残念ながら、本日で終了であるが、来年も、また、船に乗りながら、夜の大阪の素晴らしさを、満喫したいと望んだみかんであった。

大阪に観光に来られる方も、地元、大阪にお住まいの方も、是非、この、新しい大阪の発見を体験してみてください。大阪ええとこ、たこ焼き、お好み焼き、ぶたまん、餃子、美味いもんもぎょうさん在るけど、一番美味しいのは、大阪人の人情味でっせ~

                  byみかん

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こんなはずじやあなかった?           09・12月24日

昨日、民主党の鳩山由紀夫首相が、やっと、子ども手当てなどの予算の御達しが出された。う~ん微妙?なんか、公約を△印で並べられた新聞の記事を見て、「ちょうどええ」と云うよりも、「ちゅうと半端やなあ」といった気持ちになった。

国民の大方の皆様も、政権交代を願って、民意を意思表示され、これからの政府に多大な期待を持たれたことであろう。だが、政権交代で望んだ私達の民意が、今回の政策案にどれだけ反映されているのだろうか?

案の定、鳩山政権の支持率も、選挙の直後から比べると、段々と下落してきている。私はここで、考えた。皆さんは、なにを以って、政権交代を願って投票したのか?勿論、現状を何とか打開させたいという、熱い想いで、選択されたのだと想う。

ここで少し考えないといけないことは、「政権交代=生活の豊かさ」という図式を短絡的に考えると、トンでもない落とし穴に陥る場合があるということです。

どういうことかと云うと、政治を掌握する政党が替わっても、それを全部丸投げにして、期待するのではなく。私達国民も、主体的に一人ひとりが、どうすれば、日本の国が、もっと住み良い国になるのかを考え、声を挙げていくことが大切だと、私は思うのです。

公約通りでないとか、そんなんされたれ困るとか、受身的なことを言う前に、具体的にどうすればいいのかという案を、みんなで考え、その声を政府に吸い上げてもらえるような世の中になっていけたらいいと思います。

えらそうなことばっかり言ってすいません。でも、なんか、今の世の中で、わたしが一番欠落していることは、主体性を持って行動するというこたが出来ることが、少なくなっているのだと思うのです。

自分の生活で精一杯なのは判ります。うちもそうですから・・・だけど、「おかしい」ことは、「おかしい」とはっきりと言える世の中になって欲しい。私は、何時も言っておりますが、どこの政党、宗教にも属さず、これからも紙芝居の活動をさせて戴く所存です。

それが、生意気なようですが、世の中の現象を大局的に見つめながら、動いていけるとかんがえているからです。

私なんぞが、政治の話をするのは、憚りますが、あまりにも今の日本は、危うい。だが、危ういからこそ、みんなで力を合わせて、立て直す可能性が在ると想うのです。

日本人よ、もう一度、呼び覚ませ、フロンティア精神を!明日の日本は、自分達で築いていくのだから・・・・・・

                 byみかん

                

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もうすぐクリスマスですね!             09・12月22日

すいません。最近、このブログの書き込み、さぼっています。なんや、まついのりこさんの講座の疲れが、今頃出てきたのか、仕事から帰宅すると、ご飯はしっかり食べるのですが、お風呂に入って、布団にもぐると、もうあきまへん。バタンキューですわ。

今日は、兎に角、ひたっすらまっすぐ、わき目もふらずに帰宅して、このブログを更新させてもろてます。悪しからず。所で、皆さんは、子供の頃、本当にサンタクロースのおじさんが居てるて、いくつ位まで信じておられました?

私は、あれは、忘れもしない、確か、小学校に2年生くらいの時です。友達に、突然、「サンタクロースなんて、ほんまは、居てへねんでー。あれは、お父さんやお母さんが、夜中に寝ている間に、プレゼントを入れてくれるんや!」

私は、頭を後ろからガ~ンと強打されたような気分になりもうした。「うそだ!そんなはずがない。サンタさんが、自分のお父ちゃんとお母ちゃんやなんて・・・・」

私は、その年齢になるまでの、クリスマスには、枕元に、一番大きな靴下を吊り下げて、ワクワクしながら、眠りました。そして、朝になって目が覚めると、ちゃんと、サンタさんがプレゼントを靴下の中に入れてくれているのです。

皆さんも、ご経験があるでしょう?このサンタクロースの存在の否定が、子供の成長の一つの節目となるのですね。ファンタジーの世界から、現実の世界を認識する過程なのでしょう。

今の子供さん達は、どうなのでしょうね。うちらの時は、ゲームソフトや、DSなど、高価な品物は、望んでいなかったけど、今の親御さんは大変ですね。やっぱり、望みを叶えてあげるのかなあ?

2学期の成績が上がったら、お子遣いをあげるというのは、論外ですね。子供さんは、お金の為に勉強するのではありません。生きていく知恵を身に付ける為に、学ぶのですから・・・親の見栄の為に勉強するなんて、可愛そう過ぎます。

うちは、自慢じゃないけど、母も商売をしていて、働いていたので、勉強をしろと、言われたことがありませんでした。(そんなことを言う余裕もなかったのでしょう。)そんな親に育てられた私ですが、自分の娘達には、勉強しろと、やかましく言っていたので、本当に、勉強嫌いになりました。

サンタクロースの話から、飛躍しましたが、皆様の子供さんが、夢の在る未来を切り拓いていける世の中になって欲しいと願い、うちは、今日も母に紙芝居の練習台になってもらいます。(おんなじ紙芝居ばっかり見せられるのんて結構大変なのは、解っているのですが・・・)母ちゃん、いつもありがとう!☆*:;;;;;;:*☆*:;;;;;;:*☆*:;;;;;:*☆*:;;;;;:*

                        byみかん

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「芝枕」                      09・12月17日

芝生を踏みながら、こう考えた。智に働けばぼろが出る。情に棹させば溺れてしまう。意地を通せば四面楚歌。兎角にこの世は生き難い。

生きにくさが度を越すと、あほなことを考えて、自分を笑い飛ばしたくなる。誰にどう思われようと、開き直った時、度胸が湧いて、生きる力がうまれる。

夏目漱石さんは、芸術の誕生のいわれを「草枕」で、説いたが、うちは、あほな生き方しかでけへんから、こんなしょうもないパロディーしかでけへんけど、お赦し下さい。

因みに「草枕」の一説をご紹介いたしやす。何かのご参考になれば幸いどす。

草枕」

山路を登りながら、こう考えた。智に働けば角が立つ。情に棹させば流される。意地を通せば窮屈だ。兎角に人の世は住みにくい。

住みにくさが高じると、安い所へ引き越したくなる。どこへ越しても住みにくいと悟った時、詩が生まれて、画が出来る。

人の世を作ったものは神でもなければ鬼でもない。矢張り向こう三軒両隣りにちらちらする唯の人である。唯の人が作った人の世が住みにくいからとて、越す国はあるまい。

あれば人でなしの国へ行くばかりだ。人でなしの国は人の世よりもなお住みにくいかろう。

越す事のならぬ世が住みにくければ、住みにくい所をどれほどか、寛容(くつろげ)て、束の間の命を、束の間でも住みよくせねばならぬ。ここに詩人という天職が出来て、ここに画家という使命が降る。あらゆる芸術の士は人の世を長閑(のどか)にし、人の心を豊かにするが故に尊い。

住みにくき世から、住みにくき煩いを引き抜いて、有り難い世界をまのあたりに写すのが詩である。画である。あるは音楽と彫刻である。こまかに云えば写さないでもよい。ただまのあたりに見れば、そこに詩も生き、歌も湧く。

                                夏目漱石

明治の文豪である、夏目漱石が、生きていた時代でも、「住みにくい」時代であったようだ。だが、現代の平成の時代は、それを通り越して「生きにくい」という、大変な時代になってしまった。私達は、何を以って、この「生きにくい」平成の世の中を、生きていかなければならないのか、かんがえると、やっぱり、自分自身をわらいとばして、開き直り、大きな気持ちで、時代を達観するだけの度量が、必要なのだと考えるのは、私だけなのであろうか?

                 byみかん

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世の中、そんなに甘くは無い。          09・12月15日

今年も、後、半月となり申した。考えてみたら、今年の世相は、ほんまに暗かった。明るいニュースも、たまにはあったが、自分の思うようにいかないことの方が多い。

そんなことを言うと、わたしなんぞは、自分の好きな生き方をさせて戴いている者にとっては、バチが当たるかもしれん。

こだわるから、しんどい。せやけど、譲れんことも在る。そこんとこの折り合いをつけることって難しい。水にさらっと流せることがでけへんから、みんな苦しむのかなあ・・・

なんや、訳のわからんことばっかし、申しましたが、雪のように真っ白な、そんな心の持ち主だと、少しでも汚れると、気になる。せやけど、根性、ババ色なのも、臭くて、醜いからいやや。

そうや!やっぱり、青空のような、爽やかな色がいい。笑顔で、生き生きとした、活力の在る、そんな世の中になったら、もう少し、みんな元気が湧いて、一緒に、お腹の底から笑って暮らせる世の中になる。

そんなに世の中、甘くはないかもしれんけど、怒って、恐い顔するよりも、ニコニコスマイルの顔がいい。

みなさん、ご陽気にまいりましょう!この世は、仮の世か、ほんまもんかは、定かではないけれど、少なくとも、うちらは、今、この世の中を生きていくのやさかい、みんなで、気持ちの良い世にしていきませう。来年は、寅年。「猫でない証拠に、竹が描かれている。」これは、大河先生のお言葉。どういうことかは、今の世の中に、勢いの在る竹を描くべく必要がある。

猫に鈴を付ける鼠が居ないのなら、みんなで、ほんまもんの虎にするべく、力を合わせて、素晴らしい竹を描こう。見事な竹を・・・

                  byみかん

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まついのりこさんの講座のお礼           09・12月13日

本日、守口文化センターにて、紙芝居・絵本作家である、まついのりこさんの「紙芝居の素敵な秘密と演じ方」の一日講座を、無事に開催させて戴くことが出来ました。この場をお借りして、本日の講座にお世話になった、全ての方々に厚く御礼申し上げます。

本当に、素晴らしい時間を、皆様方と共有させて戴けたことに、心から感謝致しております。心の底から、ありがとうございます。

私の人生に於いて、このような時間を持たせて戴いたことは、一生の財産になります。これからは、この経験させて戴いた御恩を、出来る限りお返しさせて戴くべく、私は、これからも、まっすぐに紙芝居道を歩ませて戴きます。

東京に帰られた、まついのりこさんが、本当に大阪に来て良かったと、言ってくださったのが、嬉しかったです。講座にご出席して戴いた方々も、受講されて、本当に良かったと思って戴けたら、こんな嬉しいことはございません。

まだまだ、未熟で、至らない点や、課題は、多々ございましょうが、まずは、厚く御礼申し上げさせて戴きます。本日は、誠にありがとうございます!運営委員の方、スタッフの方、受講の方を紹介して下さった方、お世話になり、本当にありがとうございます。

来年は、更に、紙芝居が、もっと広がり、心豊かな歳になることを願っております。粛々☆*:;;;;;;:*☆*:;;;;;;:*☆*:;;;;;:*☆*:;;;;;:*

                                山口文子

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間にも拍子にも合わない。             09・12月9日

まったく、みかんほど、間にも拍子にも合わない者は、居ない。もう、ええ加減に、慣れたらええのに、段取りが悪くて、もたついて、思うように、口も身体も動かない。

やっと、13日の、まついのりこさんのプログラムを、刷ることが出来た。やれやれ。せやけど、まついのりこさんからの、打ち合わせのお電話を戴いている時も、よう、でんわで、こちらから、あわてて、かけなおして、サインセールのことをどうするのかと聴かれて、しどろもどろで、応えられへん!本当に、まついのりこさんに、不安な気持ちにさせて、申し訳ない。

どうして、私は、こんなにとろいのか?自分でも、精一杯やらせて戴いているのだが、仲間の方々が、協力して下さるお陰で、なんとかやらせて戴けるのだ。

こんな頼りないうちやけど、やらせて戴くと決めた限りは、へたっている場合ではない。明日から、気持ちをリセットして、本番に備えて、準備万端、整えさせて戴き、本当に良い講座だったと思って戴けるように、させて戴きたいと想います。

間にも拍子にも合わんみかんですが、つまようじ位のお役には立てて、皆様方が、気持ち良く、紙芝居の醍醐味を味わって戴ける様、努めさせて戴きます。よろしゅうお頼みもうします。ありがとうございます。ちゃちゃちゃんちゃん・・・

                     byみかん

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長女がだいくに参加?                  09・12月6日

今日が、いよいよ本番の日だそうだ。私の紙芝居の実演ではない。なんと、うちの長女様が、だいくに申し込みをしてずっと練習されてて、今日が当日の日なのだそうだ。だいくと言っても、お家を作る大工さんではなく、なんでも、べ、ベートーベンの第九交響曲とかの合唱をされるのだそうだ。それも、あちゃらのドイツ語で一万人の・・・ひぇ~っ!信じられへん。すいません。親バカで・・・

彼女は、本番に穿くのに、黒のロングドレスが要ると言っておられたので、私の、いっちょらの黒いスカ~トを、おそるおそる、差し出した。案の定、ウエストのサイズにかなり差があるようだが、丈が合ったので、そのスカートを身に纏われ、本日、本番にお出ましになられたそうだ。

嬉しそうに、にこやかな笑顔で帰宅した彼女に、「でやった?」と尋ねた私は、「すんごく良かったよ。ええ経験させてもろた。来年もでたいわ~」とのたまう。それならと、相変わらず、好奇心の塊で、出たがりの私は、「お母さんも出ていい?」と尋ねた。

所が、「ごめん。これ出るのって、職場の人の紹介で参加したから多分、無理やとおもう。」と、断られた。しょうかい、しょうかい、ええよ、おかんは、おかんは、紙芝居で、自分を表現させてもらえる場所が、在るさかい。それなら、自分の娘の晴れ姿を、じっくりと、テレビで拝見することにしょう。

皆さんも、良かったら観てやってください。(やっぱり、親バカや)放送は、12月23日の午後4時から、毎日放送です。多分、関西だけやと思います。それに、一万人も歌ってはるから、みんなの顔は、豆つぶみたいで、誰が誰かわからんやろけど、あの中に、うちのぶかぶかのスカートをたくし上げて、一生懸命歌っている我が娘が居ると、実感出来るだけで、うちはほんまに嬉しいです。すんません。やっぱり親バカで・・・

                  byみかん

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つぶれたみかん                   09・12月4日

あかん!疲労が極度に来て、限界や!そんなつぶやきか、ぼやきか解らんけど、うちは、家路に辿り着いた。

あ~っ、今日も一日、無事に過ごさせてもろうたけど、この倦怠感は、なんぞね?これじゃまるで、つぶれたみかんやがな。最近のうちは、気持ちに余裕がない。

心のゆとりを持とう。観たい映画も観れず、行きたい美術展にも行けず、感じたい紅葉の美しさも感じることがでけへんけど、今日は、運動場でみんなと、楽しくボール投げを、一緒にしたなあ・・・

そんな、小さな喜びを大切して、うちは、心のオアシスを広げていこう。大切なのは、精密機械みたいに、完璧な人間になることではなくて、しんどい時でも、ちいさな箱庭みたいな広さでいいから、心にゆとりを持つことや!

頭では、解っているいるけど、しんどい時もある。感情的になる時もある。人に八つ当たりしてしまって、後悔することもある。でも、つぶれたみかんは、みんなに、良い柑橘の香りを与え、美味しいお汁を味わってもらえる。

犠牲じゃないよ。自分自身も活かされる喜びとなることを、うちは、願ってます。こんな生き難い時代やこそ、味の在る人間関係を築いていきたいですね。お互いに・・・★゜・。。・゜゜・。。・゜☆゜・。。・゜゜・。。・゜

                byみかん

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今が青春!                     09・12月2日

今年も、後、僅かとなり、瞬く間に一年が過ぎようとしている。また、一つ、歳を積み重ねるのかと考えると、複雑な気持ちになる。

十代の頃は、「早く成長したい。大人になって、綺麗な服を着て、お化粧をして、ハイヒールを履いて、通勤するOLのお姉さんになりたい!」と、憧れたものだ。

だが、もうこの年になって、そら、お化粧はするが(しないと困る、時もある)、フリフリの洋服を着て、ハイヒールを履く訳にはいけない。(いや、まだいける!?)

この一年間、なんか、夢中で突っ走って来たような気がする。超特急に乗って、周りの景色というか、周りの方に、凄くお世話になったり、御迷惑をおかけしたりしているのに、もう、振り返る余裕もなかった。それが、青春なのかどうか、よう判らんけど、私は、今、まさしく、人生の青春の真っ只中に居ることは、間違いない。

若かろうが、高齢だろうが、歳は、関係ない。夢中になる、打ち込むものに憧れ、それを追い求めている、その一瞬、一瞬が、まさしく、青春なのだと、うちは思う。

確かに、行き難い時代になったと思う。格差社会や、教育の荒廃、自殺者の増加、児童虐待、無差別殺人の横行、リストラ、等など、今の時代にマイナスの背景は、一杯在る。

だが、そんな時代だからこそ、未知の可能性が隠れているのかもしれない。時代の大きな転機の時期に差しかかっているのだと、言えると思う。

うちらは、そんな時代に生まれ、生き、そして、自分達が生きているという証(あかし)を刻んでいくことの出来る時代なのだと考えると、現代(今)を生きていくことって、そんなに不幸なことではないのではないだろうか。

今日、久しぶりに母に、紙芝居を観てもらった。(いつも、練習に付き合ってもろてます!)だが、今日、私が演じた紙芝居は、母に戦争中の辛い思い出を呼び覚ましてしまったようだ。母は、自分の青春時代を、戦争で犠牲になったと、こぼしていた。

二十歳前後の一番、人生で楽しい時代に、戦争を経験した母にとって、若い時の青春時代は、辛い思い出しか残っていないようだった。

「青春は二度と来ない」ものではなく、「青春は、ずっと続いていく」もので在るような生き方を、母にもしてもらいたいと、心から願った。「今が、青春」と言えるように、母に生き生きとした、これからの人生を歩んでもらいたいと切に想う。と、同時に、自分自身も、やっぱり、来年も、突っ走る生き方をして、青春を謳歌出来るといいなあ~仲間と共に・・・・・と、相変わらず、子供の様にはしゃいでいる、みかんであった

来年は、虎年か・・・がお~ニヤン

               byみかん

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