« 私と紙芝居                 09・9月20日 | トップページ | 山登りは楽しいかな?            09・9月25日 »

再び映画「おくりびと」を観て           09・9月21日

以前に、こちらのブログで、「おくりびと」の映画を観た時の感想を述べさせて戴いた。あの時は、アカデミー賞に輝く映画になる前であった。今回は、テレビで放映されたのを観たのだが、やっぱり、ほんまもんの映画は、普遍的な存在感が感じられる。

確か、初めに観た時は、納棺師のもっくんの美しい所作に圧倒され、感動を覚えたと記憶する。今回、もう一度観させてもらい、私は、何故、この映画が世界中の人々の共感と絶賛を得たのかを考えながら、拝見させてもらった。

お断りをしておくが、何も初めから、そういう目で観るのではなく、この映画を観ているうちに、だんだんと、そういうことが自然に浮き彫りのように、浮かびあがって来たのだ。

何故、この映画が世界中の人に受け入れられたのか、それは、人間が誰しも避けて通れない「死」というテーマに、真正面から向き合って、そして、美しい日本の風景と融合され、改めて、生きることの意味や人間の尊厳を考えさせる作品として、完結されていたからだと、私は思う。

そして、人間は、その尊い命在る物を食することで、生かされている。私たちは、そんな一番簡単で大切なことを忘れかけてきているのではないかと、問いかけているのではないだろうか?

この、作品には、人間のどうすることも出来ない性(さが)や、親子の愛、夫婦の愛、そして、宿命の存在が見事に織り込まれている

「死」の意味を宗教を超越した、人間の命の尊さという視点から捉えていることが素晴らしい。そして、もっくん、広末涼子、山﨑努、余貴美子、という素晴らしい俳優陣の演技で、見事に彩られたのだ。

中でも、名わき役の笹野隆史さんの存在感が際立った。火葬場の職員の役で、その台詞が、印象的だった。「死ぬということは、一つの門を潜り抜けることなのだ。私はその門番なのです。」と・・・・

死生観を根源的に覆すこの言葉で、死の恐怖から、どれだけの人が救われたであろう?この映画は、まさに、人間の一つの希望の灯である。

再び、この映画「おくりびと」を観ることで、私は、また一つ、人生観がすこうし、変わったような気がしました。皆さんは如何でしたか?

                 byみかん

|

« 私と紙芝居                 09・9月20日 | トップページ | 山登りは楽しいかな?            09・9月25日 »

コメント

この記事へのコメントは終了しました。