« 2009年8月 | トップページ | 2009年10月 »

2009年9月

もう、秋なのに何故に暑いのか?          09・9月29日

明日で、もう、9月も終わりと云うのに、この連日の暑さは、本当に異常ですね。秋雨が降らない。台風が来ない。ムシムシする気候・・・・ほんまにおかしいですね。

もう、ぼちぼち、秋の虫の声も、聞こえる頃なのですが、我が家の狭い裏庭では、こおろぎの鳴き声一つしません。皆さんの所ではどうですか?

これも、地球温暖化の影響なのでしょうか?北極や南極の氷が溶けたら、陸地は沈んでしまうのとちがうのやろか?なんて、本気で心配している無知な私です。

今、私達が出来ることは、一人ひとりが、少しずつでもエコのことを考えることかと思いました。それが証拠に、チラシを印刷するのに用紙を購入したら、一年前よりも、とってもお値段が上がっていました。トイレットペーパーだって、馬鹿になりません。

スーパーバッグを辞退したら、2円値引きしてくれるスーパーも現れました。これって、とっても大切なことですよねえ。

高速料金が安くなったり、無料になることて、有り難いですけど、排気ガスを出すお手伝いにはならないのでしょうか?日本人の特性は、みんなが右へ行けば、自分も行かないといけないと、出遅れるみたいなところがあるのが、心配です。

日本の資源は限られています。自給率も低いです。皆さん、今一度、私達一人ひとりが、どうすれば良いのかを考える時期が来たのではないでしょうか?

「もう、明日のエコでは遅い。今すぐエコを考えよう」と、テレビのコマーシャルでも呼びかけています。まずは、マイエコバッグを持って、買い物に出かけよう。から、実行致したいです。 「あっ、しもた、トイレの紙を補充すんの忘れた。母ちゃんが、トイレ入った!」失礼をばしました。メェ~

              byみかん

| | コメント (0)

ちょうどええ漫才師                09・9月27日

久しぶりに、本格的なしゃべくり漫才師で、おもしろい話術を披露して下さったコンビが現れた。その名は「二丁拳銃」さんというコンビだ。

最近の漫才師の方の芸は、コント的なものか、相方をけなしたり、どついたりする、はっきり言って、おもしろくないなあと、感じていたのだが、今日、深夜のテレビに登場した「二丁拳銃」という漫才師さんは、確か、芸暦が16年と云うベテランで、昔、少しだけテレビに出ておられた記憶がある。

こんなことを言うと、失礼だが、その時の二人の漫才は、あまり魅力を感じなかったような気がする。だが、今日の彼らの漫才を拝見して、ほんまにおもしろい。早口でまくしたてる今の芸人さんと違い、ゆっくりと、一言一言、言葉を大切にしゃべり、そして、間を計算しているのが、充分に伝わってくる。

そして、何より、久しぶりにおもしろいギャグを考えられた。それは、「ちょうどええ」という言葉だ。少し前、「ちゃらんぽらん」という漫才師のコンビの方が「ちゅうとはんぱやなあ」というギャグで、人気を博した。私は、この「ちょうどええ」と云う言葉は、今の息苦しい現代社会にぴったりの言葉やと思う。

あんまり、頑張り過ぎず、でも、手を抜くのでもなく、自然体で生きることの難しい現代社会で、「ちょうどええ」生き方をすることって、素敵だなあと,思った。

「二丁拳銃」のお二人が、あせらず、あきらめずあわてず、くさらず、ずっと磨き上げて来られた芸の華が、この「ちょうどええ」時期に、見事に咲きほこり、実をむすばれるように、陰ながら、応援したい。

番組の最後に、コンビの一人(すんませんお名前わからんのですが、ビートルズみたいな髪形の方)が、三人目のお子さんが誕生するということで、はにかみながら、名前を考えて、「これでいいでしょうか?」なんて、謙虚に尋ねられる所に、とても、人間的な魅力を感じました。きっと、家庭では、優しいお父さんなのですね。

「二丁拳銃」さん、これからも、大阪の正統派のしゃべくり漫才を伝えて行ってくださいね。芸の路は厳しいものです。あまたおられる、芸人の皆様、私もプロではありませんが、紙芝居という、表現文化の路を歩み始め、まだまだ、未熟で、今日の全興寺さんの紙芝居でも、子供さん達に満足に喜んでもらえたかどうか、覚束ないですが、この”ちょうどええ漫才師”さんを見習い、自分にとって、ちょうどええ紙芝居の作品をこれからも、発掘していく様に努めます。夢はでっかく、心は晴天、足下は地道に・・・ですね。

                byみかん

| | コメント (0)

山登りは楽しいかな?            09・9月25日

私の望み、それは山登りをしたいのです。子供の頃は、よく、家族で金剛山や葛城山等に連れて行ってもらいました。特に、冬の金剛山では、樹氷が見られ、とてもきれいだったのを覚えています。

雪山を登るのは、結構しんどいけど、頂上に登った時の、あの、なんとも言えない爽快感は、子供だった私でも、味わうことが出来ました。そして、登山をしている時に、すれ違う人全てのひとが、「こんにちは」と挨拶をすることに、なんとも言えない気持ちのいい思いがします。

雪の積もった坂を、シートを敷いて、滑るのも、とっても楽しく、スリル満点でした。どちらかと言うと、金剛山に登った思い出の方が、たくさん残っています。名前の通り、登るのは、かなりきついですが、素晴らしい山です。

自然の中に自分の身を置くことで、自然と自分が融合され、そして、同化する喜びが、山登りにはあると思います。

でも、多分、今は金剛山に登るのには、とってもブランクとハンディーがあるので、もう少し、身近な低い丘をハイキングしたいです。これからは、そういうお出かけにぴったりの季節ですね。

街の中をウォーキングするのもいいけれど、自然の景色や音色を楽しみながら、歩きたいと、最近、凄く想うのです。

秋の山々の美しい紅葉楽しめるということは、日本人にとって、本当に有り難いことですね。都会の鳩とカラスしか見れない私は、美しい鳥の鳴き声を聴きに行きたいと切に願っている、今日この頃です。

               byみかん

~田辺サロン紙芝居教室のお知らせ~

日、9月26日は田辺文化サロン(すずき住建様田辺事務所)で、午後2時から紙芝居教室があります。よかったら、紙芝居を観に来て下さいね。場所は、地下鉄谷町線田辺駅下車南へ真っ直ぐ歩いて、東和病院の斜め向かえです。紙芝居を囲んで、楽しいひと時を過ごしましょう。お待ちしてま~す!

| | コメント (0)

再び映画「おくりびと」を観て           09・9月21日

以前に、こちらのブログで、「おくりびと」の映画を観た時の感想を述べさせて戴いた。あの時は、アカデミー賞に輝く映画になる前であった。今回は、テレビで放映されたのを観たのだが、やっぱり、ほんまもんの映画は、普遍的な存在感が感じられる。

確か、初めに観た時は、納棺師のもっくんの美しい所作に圧倒され、感動を覚えたと記憶する。今回、もう一度観させてもらい、私は、何故、この映画が世界中の人々の共感と絶賛を得たのかを考えながら、拝見させてもらった。

お断りをしておくが、何も初めから、そういう目で観るのではなく、この映画を観ているうちに、だんだんと、そういうことが自然に浮き彫りのように、浮かびあがって来たのだ。

何故、この映画が世界中の人に受け入れられたのか、それは、人間が誰しも避けて通れない「死」というテーマに、真正面から向き合って、そして、美しい日本の風景と融合され、改めて、生きることの意味や人間の尊厳を考えさせる作品として、完結されていたからだと、私は思う。

そして、人間は、その尊い命在る物を食することで、生かされている。私たちは、そんな一番簡単で大切なことを忘れかけてきているのではないかと、問いかけているのではないだろうか?

この、作品には、人間のどうすることも出来ない性(さが)や、親子の愛、夫婦の愛、そして、宿命の存在が見事に織り込まれている

「死」の意味を宗教を超越した、人間の命の尊さという視点から捉えていることが素晴らしい。そして、もっくん、広末涼子、山﨑努、余貴美子、という素晴らしい俳優陣の演技で、見事に彩られたのだ。

中でも、名わき役の笹野隆史さんの存在感が際立った。火葬場の職員の役で、その台詞が、印象的だった。「死ぬということは、一つの門を潜り抜けることなのだ。私はその門番なのです。」と・・・・

死生観を根源的に覆すこの言葉で、死の恐怖から、どれだけの人が救われたであろう?この映画は、まさに、人間の一つの希望の灯である。

再び、この映画「おくりびと」を観ることで、私は、また一つ、人生観がすこうし、変わったような気がしました。皆さんは如何でしたか?

                 byみかん

| | コメント (0)

私と紙芝居                 09・9月20日

すんません。まだまだ未熟な身でありながら、紙芝居の勉強会を開催させて戴くことをお赦し下さい。

すんません。まだまだ紙芝居のことをほんの少しも判らないのに、何時も皆様方に、生意気なコメントをさせて戴くことをお赦し下さい。

すんません。最終電車に乗り、帰宅してふらふらになりながら、このブログを書き込みさせて戴いておりますことを、お赦し下さい。

何故、謝りたいのか、よう判らんけど、自分の未熟さ、至らなさ、そして、そんなうちを赦して下さったり、温かく見守ってくださる全ての皆様方に、ただ、ただ、感謝の気持ちを述べさせて戴きたいのです。

こんな自分でも、紙芝居というものに出逢い、そして、紙芝居の活動をさせて戴いているお陰で、いろいろな方と出逢わせて戴き、御縁を賜ったことが有り難いのです。

自分の夢を形にすることは、そんなに簡単に出来ることではないということは、本当に身に染みて解るような気がします。自分を支えて下さる全ての方のお力が在ってこそ、実現出来るのだと想います。

今日は、やけに素直なみかんなのが、不思議です。きっと、良き方々との出逢いを積み重ねさせて戴けたからでしょう。

こんな私でも、何か人様のお役に立てることが、嬉しいのです。人間の生きる喜びとは、どれだけ、人様の人生に関わらせて戴き、自分の存在価値を見い出すことが出来るかということに集約されるのだと、私は想います。

まだまだ、至らぬ、未熟者ですが、紙芝居に対する熱い情熱だけは、ずっと持ち続けていたいです。何故なら、紙芝居が、どんなに落ち込んだ時でも、私に自分のことを肯定する力を与えてくれるからです。

簡単だけど、奥が深い、それだけやり甲斐があるものですが、これからも、紙芝居を謗らず、侮らず、真摯に向き合い、でも、楽しく続けていくことがでけたらええなあなんて、感じる、今日この頃です。

皆様、いつもありがとうございます。紙芝居をブームで終わらすか、文化として、歴史に残していくか、これからの紙芝居の行く末を見守って下されば、こんな嬉しいことはございません。青空視観は、これからも、紙芝居道をぼちぼちと、富士山を登っていくような気持ちで、歩んで参ります。宜しくお願い申し上げます。

                   byみかん

| | コメント (0)

昔話と紙芝居               09・9月16日

私は、紙芝居のお話会をさせて戴く時には、必ずと言っていいぐらい、日本の昔話を一つ、プログラムに入れさせて戴くように心掛けている。

何故昔話を取り入れるのかと申しますと、それには、三つの理由がある。

一つ目は、昔話には、昔の人の知恵や教えが込められている。窮地に陥った時に、どうしたら難を逃れられるかということを知らしめてくれる。例えば「食わず女房」のように、やまんばになった女房に追いかけられて、万事窮すと云う時に、しょうぶの生えている場所に逃げるというのは、魔物や鬼は、菖蒲やよもぎの葉っぱを嫌うと云われているからである。

二つ目の理由は、昔話には、何よりも美しい日本語で語られているからである。しかも、リズムを刻んだ言葉や、お決まりの言い回しの言葉で語られることで、安心感が養われる。昔は、子供を寝かせる前に、お布団の横で母親やお祖母さんが、語り聴かせて寝かせてきた物語が、昔話だ。その語りによって、心地良い睡魔がやって来て、子供達は眠りに就いた。

三つ目は、日本の昔話だけでに拘わらず、昔話には、残酷なことや非道な出来事も想像のなかで、子供達の頭の中で消化出来るからである。しかも、紙芝居だと、大抵、みんなで観るから、色々な価値観を知ることも出来る。こんな考え方もあるのだと、違った価値観を認めることも出来る機会の居場所になる。そして、何より、規範意識が生まれ、善いことと悪いこととの、価値判断力が養われる。

このように、昔話には、いろいろな特色があり、しかもそれは、長い年月をかけて、ずっと語り継がれてきたものである。どの昔話も、普遍的な根源が存在しているので、誰が観ても、納得する。しかも、おもしろいので、飽きない。日本人が大切に伝えてきた、美しい心と母国語で、これからも、私は、紙芝居を演じることで、子供さん達に豊かな心の育ちのお役に立てば、こんな嬉しいことはない。

生意気にも、何時も、紙芝居の活動を続けさせて戴いていることを誇りに思い、また、感謝しているみかんであった。政権交代みたいに、目まぐるしくはないが、ぢみ~に、だが、確実に世の中を住み良くしていきたいと、私は何時も想いながら、紙芝居を仲間の方々と、これからも演じていきたい。

                    byみかん

| | コメント (2)

ばつのわるそうな犬            09・9月15日

夜、疲れた足どりで我が家に辿り着くと、いつも、寝そべっているか、小屋の中でそっくり返っている、我が家の愛犬チャクが、なんと、玄関にお座りをして、私を出迎えてくれているでは、あ~りませんか?

うん?なんか怪しい。このおうちゃくな犬が、そんなおりこうな真似をするには、なんか訳があるに違いない。

「あーっ!やっぱりな~そうなのね~ 」なんと、犬小屋の横に置いてあった、うちが、置いてあげた座布団を噛み噛みして、中身の綿を全部引っ張り出しているではあ~りませんか?小屋の周りは綿だらけ

「おまえなあ、この座布団は、そんじょそこらに在る座布団とは座布団がちゃうねんで!御免で済むねんやったら平野警察いらんやろ」と云う、鈴木常勝さんの、ギャグをこの犬に言うた処で、座布団が元に戻るわけじいゃあない。やっぱり、畜生は畜生なみのお脳しかあらへんねんから、しゃあないなあ・・・と、自分で心の整理をして、玄関のドアを開けた。

母に、そのことを告げると、母が既に、彼?をおもいっきし叱ったそうだ。どうりで、ばつの悪そうな態度をとっていたんやなあ。もう、「覆水盆に還らずや」と、私は、もう、座布団なんて、形在る物は、いつかは壊れるのだと、自分に言い聞かせ、みんなで、夕ご飯を戴いた。

「この幸せが、何時までも続いてくれますように・・・」そう、願いながら美味しく、夕飯を食した。母が刻んでくれた奈良漬が、凄く美味しく感じられた。(実は、私の大好物なのだ)

夕ご飯の後片付けをしている時、下の娘からメールが来た。なんでも、孫に毎月送っている絵本が届いたとのこと。本を抱えている静流ちゃんの写真も送ってくれた。

私は、その写真をながめながら、「まあ、しゃあないわ。あんたが置いて行った犬やさかい、最期まで大事にめんどうみさしてもらいまっさ。二人目の孫も、こんなに早く授かったのは、娘の置き土産の愛犬を可愛がっているお陰なのだろうと、変に納得するみかんであった。来年の春には、元気な赤ちゃんが無事に生まれて来てくれますように・・・

                  byみかん

| | コメント (0)

今日は日曜日だ!                09・9月13日

今日は、日曜日だ。きっぱりと日曜日が来た。

みんなのお休みの日、それは、日曜日。

だけど、最近は日曜日になると、何故か慌ただしい。

駅も電車の中もデパートも、人で一杯だ。

出て来るわ、出て来るわ。なんのおのれが桜かな

こんな都会の狂騒を詩った、中原中也も、きっとびっくりするだろう。

日曜日は、映画館も美術館もどこもかしこも、人でいっぱい。

昔は遊園地に遊びに行ったが、今は、家族で何処へ出かけるのであろう?

これからは、行楽の秋。みんな、ハイキングや山登りに出かけるのかな?

うちは、日曜日は、相変わらず紙芝居の活動をさせていただいている。

来いと、言って戴けるのが有り難い。

「もう、来るな」と言われた、苦い経験もある。

休日も休みという実感はあまり、湧かないけれど、とっても充実している。

一日一日を、精一杯、目一杯、駆け抜けるみかんを笑ってやってください。

私は、紙芝居の普及にお役に立てることが、とっても嬉しいのです。

紙芝居で、みんなが幸せになってもらえたら、幸せなのです。

日曜日は、休めない日が多いけど、「これでいいのだ」と、自分に満足しているみかんであった。キラン

                  byみかん

| | コメント (0)

久しぶりに雨が降れば・・・              09・9月12日

久しぶりの雨。昨日までは、昼間はとっても暑かったので、ばてばて気味の私にとっっても、恵みの雨となりました。朝食もそこそこに、駅に走る私は、もう、すっかり通勤生活も慣れてきました。

雨は、お昼からは、本格的にどしゃぶりとなり、帰宅の時間になっても、雨は止まず、とことこと傘を差して、家路に着いた。心なしか、雨が降ると、空気も澄み渡ったような気持ちになる。

夜になって、雨がやむと、涼しいそよ風が吹き、なんとなく、愛犬のチャクちゃんも元気だし、母も玄関の戸を開けてくれて、元気に出迎えてくれる。嬉しいことに、娘もお帰りの挨拶してくれる。「風が吹けば、桶屋がもうかる」と云う言葉が、昔はあったが、「久しぶりに雨が降れば、みんなの気持ちが澄み渡る」なのかな?

こんな風に感じられる人生も在っていいかなあ?なんて、少しずつ迎える秋の季節を存分に楽しみたいと、いろいろと目論むみかんなのであった。「秋近し みかんは 血騒ぎ肉踊る」!

「食欲の秋に注意一度、お腹ぽっこり」のみかんでした。なんのこっちゃ?

                byみかん

| | コメント (0)

我が故郷の詩(うた)               09・9月10日

                我が故郷の詩

                              山口朗鳳

我は、この街にうまれにしやも

いつかは帰ると思しきこともなく

この街に再び戻りつ

変わり果てたる路もあり

変わり果てたる家もある

だが、相も変らぬ物なんあり

そは、我が志の胸の裡

そは、我が母の優しき声

そは、我が故郷の路地裏の塀

そは、我が恋しき、生まれ故郷の空の青さ

いつかは、別れし時期くれど、いついつまでも変わらじと

願うは、生まれ育った我が故郷の青い空

いついつまでもずっと変わらず

優しく照らせ、おてんとさま

優しくそよげ、風小僧

我はいかなる童をも、とこしえに幸いことなん望みそ

そが、我が故郷の美しき未来

そが、我が故郷の限りなき希望

青く晴れたる空の下は子らの笑顔でいっぱい:;;;:+*+:;;;:+*+:;;;:+*+:;;;:+*+:;;;:+*+

                          

| | コメント (0)

飛鳥のパンフレットができました。       09・9月8日

        

来る、10月18日の日曜日に、奈良の国営飛鳥公園で、「飛鳥で紙芝居がいっぱい」と題して、高松塚古墳と、石舞台で、紙芝居の実演を仲間の方々とさせていただくことになっている。その案内が載っているパンフレットが、今朝、宅配便で着いた。

日本人の心のふるさと、明日香で紙芝居をさせて戴けるということは、本当に有り難い。どうぞ、いにしえの明日香の都の皇族の方々にも、私達の演じさせて戴く紙芝居の言霊が、届くことを願っている。

来年は、奈良遷都千三百年の年だ。この混迷した、日本の国がどうか、安寧に秩序を保ち、人々が幸せに暮せることを祈り、紙芝居を演じさせて戴けたらと想う。

そして、明日香に来られる観客の方々が、心から喜んで戴けるステージになれると嬉しい。当日は童謡等も唄い、みんなで、心のふるさとをしみじみと味わうことが出来るといいなあ。是非、10月18日は、奈良の明日香へお越し下さいね。

万葉の故郷に我ら、紙芝居を携え、厳かに務めさせて戴きますは、実りの秋の慶びの詞でござ~い。

            byみかん

| | コメント (0)

必殺だるま落とし!                  09・9月7日

昔のおもちゃで、だるま落としと云うのが有る。これは、縦に積んだだるまさんを、一番下のだるまさんから、勢い良く槌のような物で叩くと、あ~ら不思議、一番下のだるまさんだけ、はずれされて、残りのだるまさんは、ひっくり返らない。昔の人の知恵というのは、本当に凄いなあと、改めて感心させられるおもちゃだ。

今日のニュースで、大阪タワーという、なんでも通天閣よりも高い塔を、取り壊し工事が始まり、その解体工事の手法に、このだるまおとしの原理を使った方法でされるのだそうだ。何故かと云うと、周りは大きな建築物がたくさんあって、手荒い解体工事が出来ないので、この方法を考えられたということである。

私は、テレビのニュースで、この方法で塔を解体されている映像を見て、ふと、気がついた。それは、先日の試写会で観た映画「火天の城」で、お城を建てる棟梁の、西田敏行が、内装の出来た城内の柱の上に登り、天井のある一箇所に、歪があるのを発見し、このまま、工事を進めると、お城は、その歪のために、崩壊してしまうおそれがあるというのだ。そこで、棟梁が考えたのが、このだるま落としの仕組みの修正方であった。

職人もその女房達も、全員一丸となって、太い大黒柱を、上から結んだ縄でしっかりと固定させ、西田敏行が、その歪のある大黒柱の下の部分を、くるいがある長さだけ、切り落とすという方法だ。そのくるいのある長さだけを切り落とすと、柱は下に降り、上の歪が元に戻るのだ。こんな凄いことを考え、そして、仲間が全員で、手から血をながしながら、絶えて、柱を引っ張って、辛抱する場面は、本当に圧巻である。

私は、この大阪タワーの解体のニュースと、この映画を観て思ったことは、ニュースの最後にコメントされた、現場の作業員さんの言葉に、心を揺り動かされた。「今までは、建物を造ることばかりして来たが、これからは、その建てた物を解体することの方が増えていくでしょうね。」なるほど、それも然り。この世に永遠に残る物は無い。全ては無常である。

だが、人々の心の豊かさだけは、このだるま落しの玩具のように、不変であって欲しいと想うみかんであった。映画「火天の城」は、絶対お勧めします。12日封切りだそうです。

                 byみかん

| | コメント (0)

斉藤孝さんの三つの生きる力          09・9月6日

古本屋さんで、斉藤孝さんの本を買った。「子どもに伝えたい<三つの力>」NHKブックス

この本に拠ると、斉藤孝さんは、昔の寺子屋で教えていた、読み・書き・そろばんという概念を更に発展させて、現代社会の教育に求められる力とは、コメント力・質問力・段取り力と言う、この三つの力を身につけることが重要だと述べられている。

斉藤孝さんと言えば、すぐに、「声に出したい日本語」シリーズを思い起こす方もおられるだろうが、両方の著書で、共通して述べられていることは、やはり、コミュニケーション力を判る形で、身に付ける必要があるということが、共通していると、わたしは考える。

つまり、現代社会の日本人に必要なのは、その、あまりにも弱い言葉の語彙力と、それらを組み立てて、限られた時間内で、的確に伝える、プレゼンテーション力に尽きるのではないだろうか?

日本人は、元来、阿吽の呼吸とか、以心伝心と云った、話さないでも、相手の心が読めることに、重きを置いて来た。だが、現代社会のように、さまざまな情報が飛び交い、価値観が多様化し、増して、このような世相が閉塞化して来ると、「話さないと、理解し合えない」時代となって来たのである。

斉藤孝さんが、現代を生き抜く力として、最も大切なのは、そういった、適切なコメントを発する力。建設的な答えが返って来る質問を考える事の出来る、質問力。そして、細かい枝葉末節的な事柄を、切捨て、物事を大局的に捉え、筋道を論理的に組み立てる段取り力を身につけることで、これからの時代を生き抜く力を養うことが出来るのだと、述べておられる。

何回も云うが、私はこの本を古本屋さんで、購入したのだが、この著書は、今から8年も前の2001年に出版された本である。斉藤孝さんは、著書の中で、この事柄は、もう十年前から、研究をされていると述べられている。恐るべし、斉藤孝さん!時代の先の先を見据えた、しかも理論だけでなく、実践も、大学の学生さんを対象に、また、斉藤メソッドという、実践塾で、子供さん達と向き合いながら、今も、ずっと、切磋琢磨されている。

私は斉藤孝さんの講演を、一度だけ、聴かせて戴いたが、とても、楽しくて、しかも判り易くお話をして下さるので、本当に、楽しく学ばせて戴いた。この学習が、自分の紙芝居の活動に、役立つように、努めていきたいと想うみかんであった。

明日、9月7日は、東住吉区のさわやかセンターで、午後2時~4時まで、「東住吉アクションプラン」製作の紙芝居実演講座がございま~す。題して「三丁目のわんぱくけんた」さて、どんな紙芝居でしょうか?それは、観てのお楽しみでござ~い!べ、べ、べんべんべん・・・・ああ、やっと、調子出てきた。残暑バテ気味のみかんでした。ちゃんちゃん

              byみかん

| | コメント (0)

二つ目のグリコのおまけ              09・9月3日

何時も私事で恐縮ですが、この度、グリコのおまけパート2がでけました。予定は、来年の4月だそうです。それは、おめでたいことなのですが、おまけを育てるのは、結構大変ですね。

おまけと言っても、泣きもするし、笑いもするし、お腹の上を上って来て、顔を叩かれ、娘を産婦人科に連れて行くのに、チャイルドシートに座らせると、止まると大声で泣くし、車が軽快に走ると、ご機嫌が良くなるのです。

こんなおまけが、また一つ増えるのかと思うと、きっと、車の中で、大合唱になること間違い無しやなあと、今から、安全運転をしっかり心得ておかなければと、ハンドル持つ手も緊張します。

おまけ、おまけと言いながら、本当は、懸け替えのない命を授かり、心から有り難いと思っております。つわりでしんどそうに、横になっている娘のお腹の上に、情け容赦なく、でんと、上に乗っかる孫を見ると、「うちも、あないして、上の娘にされていたのんやろなあ。」と、昔を思い出すのです。せやけど、子育てしている時は、もう、夢中で、何が何か解らんかった。

けど、今、こうして、改めて娘に二人目の赤ちゃんが授かると、我ながら、よくぞ子育てしとったなあと、誰も誉めてくれへんので、自分で自分のことを認めてあげる、みかんであった。とにかく、元気な赤ちゃんを無事に出産する事だけを願っている。お姉ちゃんになる静流ちゃんは、すこぶる元気だ。よちよち歩きが出来、うちのこと「ちゃあちゃん」と呼んでくれます。「バーバ」でなくて、良かった。

                  byみかん

| | コメント (0)

月夜のお散歩               09・9月2日

最近、お嫁に行った次女の置き土産の老犬と、夜、散歩に出かけるのが、私の日課になって来た。彼はもう、人間で言うと80歳くらいのおじいさんに匹敵すると思う。多分・・・・

娘が小学生の時、絶対に自分で世話をするからという約束で、クラスメイトのお宅で、生まれたての犬をもらってきたのが、その老犬である。

考えてみると、我が家で一番元気なのが、この犬である。散歩に連れて行くと、走る、走る、ピンピンして、しゃんしゃんと綱を引っ張る力も、半端じゃない。

一時は、犬用の紙おむつをされていたのだが、やはり、犬も、おむつの中で用をたすのは、憚るようで、結局、最終的には、うちがめんどうを見ることになったようである。

老犬とは云え、彼の用をたしたものの後始末をすると、なんだか、幸運を掴んでいる様な、変な気持ちになるのは、何故だろう?きっと、この、愛する娘が残していった老犬が、私は、この上もなく愛しくて、たまらないからであろう。健康な便をしてくれると、本当に嬉しくなる。「チャク、お前、もっと長生きしてや。共に、仲良く生きていこうね!」

夜空を見上げると、月とその横に光る星一つ。その2つの星が、自分達のように思えて来る。相変わらず、草の匂いを嗅ぐのが、大好きな犬だけど、その気持ちがなんとなく解って来て、犬と共感するみかんであった。

帰りは、ビニール袋に一杯のお土産を持ち帰り、冷たいお水を、美味しそうに飲んでいる愛犬の姿を見るのが、この上なく幸せな気持ちにさせてくれる、我が家の大切な家族である。ワオ~ン!

                   byみかん

| | コメント (0)

9月のみかんの予定                 09.9月1日

早いもので、今日から9月に入り、朝晩はなんとなく、秋の涼しげな風がそっと吹きぬける気配がします。私の勤めている小学校の子供達も、元気に登校し、みんなの笑顔が、きらきらと輝いていました。政局も大きなうねりが起こり、変化の感じられる時節、皆様も夏の疲れが出ないように、充分お気をつけ下さいませ。

今月のみかんの予定です。何かの参考になれば幸いです。宜しくお願い申し上げます。いつもありがとうございます!

                        

9月7日(月)11日(金)東住吉アクションプラン製作紙芝居講習会

     さわやかセンター 7日14時~16時 11日19時~21時

9月9日(水)    田辺親子サロン 田辺会館

            午後2時~2時30分

9月13日(日)    キッズプラザ紙芝居グループさん勉強会

            午後1時~4時

9月20日(日)    青空みかん紙芝居教室in難波

            午後1時30分~4時30分

            難波市民学習センター和室(OCATビル3F)

9月24日(木)    マザーズドリームさんの紙芝居のお話会

             大阪市東住吉区田辺 川副様宅

9月26日(土)    青空みかん紙芝居教室in田辺サロン

        午後2時~4時 なちゅらるすずき住建様田辺事務所

9月27日(日)      全興寺紙芝居(大阪市平野区)

              午後2時と3時 

以上でございます。尚、東住吉アクションプラン創作の紙芝居「三丁目のわんぱくケンタ」の演じ手を募集中です。お申し込み、お問い合わせは、06-6621-2467(山口)までお願い致します。

それでは、今月も、皆様、まだまだ残暑が厳しいようですが、元気で、ぼちぼちと、ご陽気に参りましょう!

                   byみかん

 

  

| | コメント (0)

« 2009年8月 | トップページ | 2009年10月 »