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2009年7月

みかんの休日                   09.7月30日

久しぶりの休日。夏休み中のお仕事は、結構疲れるのどす。ゆっくりと休んでいたかったのだが、朝から美容院に行って、頭を散髪してもろて、すっきりとした。

疲れていたようで、私は、頭を綺麗にしてもろている間、ずっとい眠っていたようだ。気がついたら、あ~ら不思議?鏡の前の自分の姿は、まるで、ちびまるこちゃんみたいに、短くなって、少し、女前があがったようだ。(自分で言うか?)

そんな、綺麗な頭に、ヘルメットをかぶって、帰宅するから、世話はない。母と、冷蔵庫の掃除をしがてら、昼食を摂り、そして、後の記憶がまたないのが、不思議だ。そう、私は、また、二階で昼ねをしてしまったのだ。ほんまに、寝る子はよう育つとは、よく言ったもので、やっぱり、疲れていたのであろう。熟睡してしもた。

夕方、母と近所のスーパーにお買い物に行く。ウ~ン、白玉あんみつが、美味しそう~そんなこんなで、買い物に夢中になっていると、私の携帯が、鳴った。出てみると、私と一番、年の離れた従兄弟からだ。えっ?今から家に来られるの?母と、急いで、家に帰り、彼を迎える用意をする。母ちゃん、うちも、コーヒー飲むね。

彼は、魔法の国から来たマジシャン。そう、マジックのボランティアをしていて、何時も子供さんの人気者。早速、仏間にお通しすると、お祖父ちゃんとお祖母ちゃんに、二人で手を合わせる。お祖父ちゃんも、お祖母ちゃんも喜んでくれているみたい。

それから、二人で作文を書くのにかんかんがくがく、延々と、谷町線の終電車まで、ガンバって製作した。こんなに、頭を使ったのは、学生時代の卒論書いて以来や。ほんま、脳の活性化になりました。途中で、娘にも見てもろて、アドバイスをもらう。ほんま、おおきに

無事に、作文が入選しますように、二人でまた、お祖父ちゃんとお祖母ちゃんと、ご先祖様に手を合わす。もう、やるだけのことは、やった。悔いはない。

人間、結果もお大事だが、過程も大切だ。一生懸命、真面目に人生を生きていたら、きっと、少なくとも、お天道様は観てくれたはる。手品と紙芝居。進む道も歳もだいぶ違うけど、血は近い。

最終電車に間に合った彼を、駅まで見送った帰り道、久しぶりに、夜空に美しい星が瞬いていた。かっこええなあ・・・

                  byみかん

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大阪の梅雨明けは遅い!            09・7月27日

何ということだ!夏休みに入って、もう、一週間が経つというのに、まだ、大阪は梅雨が明けていない。しかも、梅雨明けは、8月になってからになるという・・・・

皆さん、やっぱり、今年の気候は少しおかしいと思いませんか?何時もなら、台風の一つも、生まれそうな頃なのに、まだ、梅雨も明けず、九州や中国地方では、豪雨が降り続き、関東では、竜巻荒れ狂うという、この異常気象は、やっぱり変ですぞ。

日本全体が、まるで亜熱帯地方の気候になってしまったようで、うちらも、小島よしおみたいに、裸で過ごせるのでしょうか?(最近は、何故か服を着てるが)そんなあほな!と、突っ込みたいけれど、笑うに笑えない状況になって来ているような気がします。

被害に遭われた方々に、心からお見舞い申し上げます。本当に、自然程、恐ろしいものはないと、改めて感じました。うちら人間は、もっと、自然に対して、敬謙」な気持ちにならんとあかんと言うて、自然が戒めているのでしょうか?

災害に遭われた方々が、いけないというのではなく、もっと、全ての人間に、神は怒っておられるのでしょう。いや、ひょっとすると、これは、自然が悲鳴をあげているのかもしれないと、私は思うのです。自然の理を犯してきた人間に、「もう、堪忍してくれ、もう、限界や」と、警鐘を発しているのではないかと考えるのは、私だけでしょうか?私達人間、特に、先進国の人々は、もっと、自然の叫び声に耳を傾けないと、とんでもないことになるのではと、危惧しております。

自然の生態自体が、犯されている昨今、私達人類の存在の存続の問題にもなり兼ねない、大変な事態になっているのだということを、今一度、真剣に考えなければいけないと思うのですが・・・・

大阪の梅雨はまだ明けまい

                     byみかん

~みかんのお奨め紙芝居コーナー~

「セロひきのゴーシュ」(宮澤賢治原作 堀尾青史脚本 池田仙三郎絵 童心社)

宮澤賢治の作品は、何故か現代社会に於いても、とても斬新で、少しも違和感を感じないのは何故だろう?それは、やはり賢治の作品自身の普遍性に集約されるのかもしれない。この作品も、決して上手なセロ(チェロ)の演奏家ではないゴーシュが、いろいろな動物達と係わることで、本当の演奏というのはどんなものなのかと言うことを、開眼していく過程が、とても興味深い。そして、ゴーシュ自身が動物達に対する、感謝の気持ちと思い遣りの心を持つことで、素晴らしいセロの演奏家として成長していく。ゴーシュと動物達のやり取りの場面が、なんともいえないおかしさと、哀愁がこもっている。私自身も基楚の練習がどれだけ大切かということを、おしえられた作品である。

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商店街見て歩る記               09・7月27日

今日は、大雨の降る中を、ご近所の商店街にお邪魔した。普段、何気なく歩く商店街だが、ゆっくりと、一軒、一軒のお店を見てみると、とても新鮮な気持ちになれるから不思議だ。

アーケード一つにしても、そんな上を向いてみたこともないけれど、ガラス張りのアーケードも在れば、昔ながらのテント張りの物もある。商店街のお客さんと言うよりは、訪問者の私達を、不思議そうにお店の方が、私達をみておられる。

勇気を出して、お話を聴かせて戴いた店主さんは、心良く、質問に応えてくださった。何故、商店街にお邪魔することになったかと申しますと、昔、子供の頃は、とても賑やかだった商店街が、だんだんと、お店が閉まり、シャッターが並んでいるのが、とても寂しく思え、そんな商店街に、なんとか元気になって戴きたいという、熱い想いを持っておられる女性と、ご縁が出来、この度、私の生まれ育った街に在る商店街を案内させて戴いた。

こんなことを言うと、とってもおこがましいことで、お伺いした商店街に対しても、大変失礼なことであるが、街が元気になるということは、人が集まる場所が、賑やかになることでもあるのだと考え、一所懸命にガンバっておられる、店主の方々、どうぞ、お赦し下さいませ。

もう一人、ご一緒した方が、商店街を歩いている時におっしゃった言葉が、心にのこっている。それは、「いろいろな商店街を歩いて来て、家に帰ると、うちの犬が鼻をならして飛びついて来るんです。きっと、いろいろなお店のにおいがしみ付いてるんでしょうね。」

なるほど、そうだ。確かに商店街を歩いていると、その商店街ごとに、お店から醸しだされるにおいというか、香りがあって、音楽で言うと、それは交響曲のようなものかも知れない。その交響曲の大切な楽器を失わせない為にも、是非、その女性の想いが叶って欲しい。そんなことを考えながら、商店街のアーケードをから出ると、雨は既に止んで、日差しさえ、差し込む良いお天気になっていた。何故か私の心も身体も、とても軽やかな感じになったのが、これまた不思議だった。

                    byみかん

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みかんの紙芝居創作教室          09・7月25日

ここの所、お陰様で、忙しい日々を過ごさせて戴き、しんどいけれど、有り難く思っている。自分の身体と相談しながら、やらせて戴けたら、一番ベストなのだが、生来が馬車馬のような性格で、一本道を突っ走る性格なので、たびたび、回りの方々にご迷惑をおかけしたり、失礼なことが多々あると思いますが、どうか、お赦し下さいませ。

昨日は、田辺の紙芝居教室で、子供さんと大人の方も参加されて、紙芝居作りをやらせて戴いた。紙芝居を演じることを続けさせて戴くと、やっぱり、紙芝居を創ることの必要性を実感し、ぶち当たる。そんなことを考えている頃に、丁度、紙芝居教室の場所を提供して下さっている、すずき住建の社長さんのご理解と、田辺事務所に勤めておられた、Sさんのご協力を戴き、紙芝居創作教室が実現することが出来た。

Sさんの娘さんも参加され、小学校3年生の子供さんが3人来てくださり、みんな、もうお話を考えて来ていると云うことで、下書きの絵と文が、早々と出来た。本当に、子供さんの才能は凄い!下書きの絵とお話が出来ると、それを、画用紙に写す。そして、後は、それに色を塗るだけだ。もう、かなり、見通しはついている。画用紙の下絵と字も、順調に書き終えた。

お迎えに来られた、お母様方も、子供さんの新たな才能を発見し、とても喜んでおられた。次回は、自宅で、出来る処まで色を塗ってきて、仕上げをすることにした。大人の方も、それぞれ、下書きをされたので、画用紙を持ち帰られ、お家で続きをされるようにした。なんとか、無事に出来そうで、私も、凄く嬉しい。

紙芝居が出来たら、ささやかではあるが、発表会をさせて戴こうと想っている。えっ?私の作った紙芝居ですか?それは、当日のお楽しみ・・・ほんま、出来るやろか?一番心配なのは、実は、私自身なのです。こまったもんだ。

                   byみかん

~みかんの全興寺紙芝居日記~

月に一度、大阪平野の全興寺さんで紙芝居をさせて戴いております、その、感想文を書かせて戴きます。今日も、うっとうしい日でしたが、何時ものように全興寺さんの境内で、紙芝居を実演させて戴きました。本日のメンバーは、鈴木常勝さん、川口御住職、私の紙芝居仲間の、村松さん、そして、私、みかんどす。演目は、2時からの出し物は、鈴木さんの「ちょっちゃん」御住職の「一寸法師2」、みかんの「ながぐつ ながぐつ」村松さん「くわず女房」そして、御住職の「おやじギャグクイズ」でござ~い。途中でわたしが、ながぐつの紙芝居をした為か、雨が降ってきたので、おも路地へ、急遽移動。3じからは、村松さんのオリジナル「地極、極楽めぐり」をのぞきからくり節で、見事に実演され、子供達も目を丸くしていた。続いて、私の番「ニャーオン」ネコとお月様の紙芝居やけど、とってもロマンがあるねんけど、今の子供達に、理解してもらえたかどうかは、定かではない。そして、御存知これまた、鈴木さんの「ちょっちゃん」シリーズの紙芝居。大人も子供も、みんな可笑しくて、お腹をかかえて、否、水飴練りながら、笑っている。続いて、大人気の御住職の「おやじギャグクイズ」。もう、子供達の目が真剣になって輝いている。

汗だくの2時間余り、無事に今月も、全興寺さんの紙芝居をさせて戴いた。皆様、本当にありがとうございます。来月は、お祭りということで、3時から一回口演でございます。大念仏さんのゆうれいの片袖も公開されます。是非、平野郷へ御足をお運びくださいませ。

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どうして万歳なのか?              09・7月21日

本日、遂に衆議院議員が、解散となった。私もテレビの前で解散宣言の場面を観ていたのだが、解散の宣言が為されるや否や、議員のセンセイ方が、もろ手を挙げて、一斉に万歳三唱を行なった。

私は、呆気にとられた伴に、こんなくそ暑い時に解散して、国民を置き去りにして、何が万歳なのだ?確かに、今回の解散で、政権交代が為されるやもしれない。政治が、今より良くなるのなら、それは喜ばしいことである。

だが私が一番、がてんがいかないのは、散々、解散を引き伸ばしておいて、それも、投票日まで、40日余りもかけて、8月30日にするなんて、全く、国民のことを、置き去りにするのも甚だしいとおもう。

楽しい夏休みの最中に選挙カーが、毎日、政策もなく候補者の名前だけを連呼される身にもなってみて欲しい。もうちょっと、解散するのなら、もうちょっと、うちら庶民の立場に立って、考えてやってもらいたい。

凡そ、2ヶ月程の間、国会が機能せず、まして、8月6日、8月9日の原爆慰霊祭、8月15日の終戦記念日という、日本にとって、とても大切な、忘れてはならない日を、センセイ方は、どういうつもりで臨まれるのであろう?自分達の当選ことばかりを考えて、戦争で心身が傷ついた方々や、戦争で失った多くの魂に、私は、本当になんの配慮も考えておられないと、考えるのは、穿った思いであおうか?

第二次世界大戦の犠牲になられた、多くの兵隊さんたちは天皇陛下、ばんざい!」と言って亡くなられたと聴く。国の立法機関が、後回し、後回しにしてきた解散が、やっと為されて、「万歳三唱」となったと言うのでは、あまりにも、この国は危ないのではないかと危惧するのは、私だけであろうか?

                   byみかん

~みかんのお奨め紙芝居コーナー~

「あひるのおうさま」(堀尾青史脚本 田島征三絵 童心社)

とてもぜいたくな王様がいて、無駄遣いばかりしていました。ある日、お金がなくなって、あひるにお金を貸してくれと、言いました。あひるは、王様の言いつけなので、お金を貸してしまいました。ところが、この王様、ちっともお金を返さない。あひるは、きつねと、蜂と川を連れて、王様のお城に、お金をかえしてもらいに行きました。でも、王様は初めからお金を返す気持ちなど、全くなく、あひるに、次々とやっつけようとしたのです。さて、あひるは、果たして、王様に勝つことが出来たのでしょうか?これは、フランス民話を元にした紙芝居ですが、何処かの国と似ていませんか?

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久しぶりの休日                  09・7月20日

毎日お暑うございます。皆様、お変わりございませんでしょうか?私は、ほんまに、今日、久しぶりにお休みをさせて戴き、お昼寝もして、愛犬の散歩も行き、駒川商店街で、買い物もし、心身ともに、休息を摂ることが出来ました。

やっぱり、人間、疲れたをためたらいかん。疲れると、気持ちが在っても、身体がいうことをききません。私も、ここんとこ、ずうーっと、仕事と紙芝居の活動などで、忙殺され、気持ちの余裕がなかったような気がします。

まあ、忙しいことは、ほんまに有り難いことなのですが、「忙しい」と言う字は、心を亡くすと書きます。人間、忙しいのも、ほどほどにせんと、気持ちにゆとりが無くなり、自分にも、人様にも、優しく出来なくなります。

前は、道に落ちていて空き缶や、ゴミを拾うことが出来ていたのですが、最近の私は、ゴミが落ちていても、拾う気持ちがあっても、身体がコントロールできず、素通りしてしまうのどす。そんな、自分を責めたくはないので、「まあ、ええわ、もうちょっと元気になったらできるやろう・・・」などと、自分で自分を慰め、心の整理をするのどす。(なんで京都弁になるのん?)

とにかく、こんな心身をメンテナンスする日も貴重であると、身を持って知ったみかんです。私達、現代人は、常に時間に追われて、何か大切な物を置き去りにしてきたような気がします。皆様も、どうか、お忙しいでしょうが、休める時は、休んでくださいね。そしたら、また、明日から、顔晴ろうという、英気が湧いてくるような気がします。ああ、明日から、いよいよ、夏休みバージョンの仕事体制に入ります。なんとか乗り切れるように、無理せず、ぼちぼちいこか○o。+..:*○o。+..:*○o。+..:*

                 byみかん

~みかんのお奨め紙芝居コーナー~

「ものまねじいさん」(仲倉眉子 作/画 教育画劇)

この紙芝居は、これからの高齢者社会の問題を解決出来る素晴らしいヒントが込められているように想われる。隣のおばあさんのやることをなんでも真似したがるおじいさん。だが、絵もうまく描けないし、編み物もクチャクチャ、ヤギのお乳も想うように搾れない。そんなおじいさんの失敗しても、次々とチャレンジするけなげさと、借りた物を必ずおばあさんに返す律儀さが、とっても共感できる。そして、遂に、本当にやりたいことを見つけたおじいさん。それは、薔薇の花を育てることだった。でも、やり過ぎて、またまた失敗するけど、それでも懲りないおじいさの前向きな心が、なんともいえないくらい、大好きだ。土をいじり、花を育てることが認知症の予防になるということを、ニュースで知り、この紙芝居は、そんな現代人の問題解決の糸口も孕んでいるのだと理解すると、凄い紙芝居だと実感する。

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みかん、紙芝居の歴史を学ぶの巻         09・7月18日

昨日の金曜日の夜、紙芝居文化の連続講座を受講させて戴き、其処で私は、まついのりこさんから、紙芝居の歴史についての、お話を聴かせていただきました。

考えてみれば、私達も歴史の真っ只中に存在しているのである。歴史を築いていくのは、何も、偉い人や、立派な功績を残した人が創るのではなく、うちら一般庶民が、時代の流れの渦の中で、どの様に生きてきたのかで、その真価が問われるのだと思う。増して、紙芝居のような、大衆の中から生まれた文化は、尚のこと、その時代に生きてきた人々の生き様に対して、とても興味深く考えさせられるのである。

紙芝居の誕生は、今から凡そ80年程前、現代社会よりも、もっと過酷な時代に、巷に溢れた、多くの失業者が、当時、娯楽の少なかった子供達に、飴や駄菓子を売って、日銭を稼ぐ為の道具として、東京の下町に生まれたのが、発端である。

と、言うことは、もう、既に御存知の方や、お気づきの方もおられるでしょうが、紙芝居は、日本で生まれた素晴らしい文化なのです。その、発生は、街頭紙芝居という形でしたが、この紙芝居という、独特の形式を、印刷紙芝居にして、キリスト教の布教や、教育の現場で利用しようとされた、今井よねや、高橋五山、松永健哉、などの先人達の努力が、現在の私達が、普及させて戴いている、教育紙芝居の布石を築きあげたのだ。

だが、悲しいことに、紙芝居が誕生したのが、1930年で、それから、印刷紙芝居が次々と出版され、さあ、これから紙芝居の新たなる歴史が構築されれいくと思った時、日本は、15年戦争の時代に突入する。

そして、治安維持方を始めとした、さまざまな、言論や文化の統制が為され、そればかりか、紙芝居は、国策紙芝居と名打って、まさに、人々に戦意高揚や、銃後の護の意識を植え付ける、プロパガンダの道具として利用されたという、悲しい負の遺産の時代があった。

まついのりこさんの講義に拠ると、当時、紙芝居は「新武器」と名づけられ、正しくそれは、どんな凄い、機関銃や戦車や戦闘機、軍艦よりも、人々の内面を全く戦争することは、正しいのだ、戦争の為なら、どんな苦労も厭わないという、幼い子供の時から、心の内面を洗脳するという、本当に恐ろしい「武器」であったとおもわれる。

紙芝居の歴史については、まだまだ、解明されていない事も多々ある。いや、紙芝居の歴史だけでなく、紙芝居そのものの研究が、本当に、まだ未開の分野である。

紙芝居と絵本を比較することで、紙芝居の理論を打ち出された、まついのりこさんの講義は、本当に意義深いものがあり、予定時間を遥かに超過して、熱く語られるお話を、私は、寸部も聞き逃さないようにと、全身全霊、魂を込めて聴かせて戴いた。

今、毎日のように、紙芝居が新聞やテレビで紙芝居のニュースが取り上げられているように思われる。それは、何故かと考えたら、やっぱり、現代社会のパソコンや、テレビゲーム、携帯電話の生活にどっぷりと浸かってしまった私達に、今一度、本当の意味での人間社会の本来の、人と人との生身の触れ合いの大切さを見直すことが、大切だと気づき始めた、一つの現象であると、私は思うのだが、如何なものだろうか?

                    byみかん

~みかんの紙芝居の本の紹介コーナー~

「昭和紙芝居史」(加太こうじ著 岩波現代文庫)

黄金バットの作者である、加太こうじ氏が、昭和の時代と伴に歩んできた、街頭紙芝居を中心とした歴史を具に、書き綴っておられる。特に、紙芝居の作者として生きてきた、著者の実体験を通して語る、時代の変遷と伴に変わっていく紙芝居の歴史は、非常に興味深いものがある。紙芝居の歴史を紐解くことを希望される方は、是非、一度、ご購読されることをお奨めする。

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絵本は、え~本選ぼう!             09・7月16日

初孫の静流ちゃんの豊かな心の成長を願って、自己満足かも判らんけど、毎月、絵本を二冊ずつプレゼントする手配をした。本日、娘から早速、絵本が届いたとの、連絡があった。だが、静流ちゃんには、まだ、絵本の価値が解らんようで、生えかけた歯の痒みを和らげる為に、カミカミしているそうだ。

静流ちゃん、早く、絵本が来るのを、楽しみになってくれるようにね。バーバは、それが楽しみで、貴女に絵本を贈り続けます。

あれは、うちが、幼稚園の時やった。母が、毎月一冊ずつ、イソップ童話や、昔話の本を買ってくれた。決して、豊かではなかった生活の中で、毎月、本を私に与えることは、結構大変だったと想像する。

だが、不思議と、私は、それらの本の内容を、今でもわりと定かに覚えている。一つ一つのお話の内容もさることながら、本の挿絵もおぼろげながら記憶の中にある。そんなお話を私に与えてくれた母に、感謝している。

あれは、うちが、まだ、3~4歳くらいの時やった。母と二人で和歌山の或る温泉に、知り合いの人と旅行に連れて行ってもらった時、私は、生まれて初めて、絵本を買ってもらった。それは「さるかに合戦」だったと、記憶する。

悪い猿が、蟹のお母さんと、握り飯と柿の種を交換して、蟹の実らせた柿の実を全部独り占めして、蟹に固くて青い柿を投げつけて、蟹を殺してしまった。そして、蟹の子供達が敵討ちをするお話で、蜂や、栗や、臼も味方になって、遂に、猿を懲らしめて、見事、親蟹の敵討ちをする、皆さん御存知の昔話である。

私は、その絵本を買ってもらったことが、本当に嬉しかったと記憶する。そして、その幼い時の思い出の感慨に耽ると、決まって、あの、美しい和歌山の海の光景が目に浮かび、何故か、その時に乗せてもらった、海中を観ることの出来る船に乗せてもらった思い出へと、繋がっていくのだ。

きっと、私の心の原点は、海中の美しい珊瑚の在る景色なのかもしれない。話が、だいぶ、飛躍し過ぎまして、失礼をば、致しました。

                 byみかん

みかんのお奨め紙芝居コーナー~

「ねこはしる」(工藤直子原作・脚本 保手浜孝絵 すずき出版)

らんは、とても不器用な子猫でした。他の兄弟達が出来る技をなかなか習得することが出来ません。そんな不器用ならんが、小さな水溜りに住んでいる一匹の魚と出会い、親友になりました。二匹、否、二人は何時も一緒に、夢のような日々を過ごしていたのですが、とうとう、二人に運命の時がやって来ました。さて、それはどんな、現実だったのでしょうか?まるで、お芝居のような、工藤直子さんの作品世界を、そして、共に生きることの喜びと大切さをどうぞ、皆さんも、この作品を通じて、考えて戴ければ、嬉しいです。

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先送りは損でっせ!                  09・7月15日

皆様、毎日猛暑の日々が続きますが、如何お過ごしでしょうか?なかなか、このブログを更新でけへんですんません!私も、毎日、仕事と活動に追われ、毎日、老体、否、若体に鞭打って、日々を過ごしております。

そして、そんな大変な日々の中、今日は今日とて、母が我が家の飼い犬の鎖にけつまずいて、仕事から帰って来るや否や、母君を病院にお連れ致した次第です。幸い、骨に異常はないようで、今は、痛み止めのお薬を飲んで、休んでおります。やれやれ・・・次から次と、いろいろなことがありすぎて、私の人生面白すぎます。

そして、世の中の動きも、俄かに慌ただしく、移り変わろうとしているようですね。麻生さん、「あっそう!」と、言っていることが出来ない位、追い詰められておられるようで、今までの、衆議院の解散をずっと、先延ばしにして来た反動が、ここで、いっきに噴出してきたようでございます。

私事で、こんな例は、相応しいかどうか判りませんけど、この前、TUTAYAで借りて来た、CDを、三日延滞して、返却しただけで、1800円も、延滞料を支払いました。今日、返そう、明日中には、返そうと思いながら、やっと返したのですが、こんなに高くつくとは、思いもよりませんでした。

TUTAYAの返却と、政治を一緒にして、少し不謹慎かもしれませんが、なんでも、せなあかんことは、早めにやっとくことが、一番肝要と、身に染みて判りました。

このブログも、毎日、皆様に発信させていただこう、と、毎日思いつつ、ついつい、家に帰ると、バタンキュウーの日々を過ごしておりまして、申し訳ございません。

皆様も、今年の夏は、えげつない程、暑くて、体力、気力が磨耗しそうですので、くれぐれも、体調管理をして、乗り切ってくださいませ。

話が前後しますが、母がこけて、昔、複雑骨折したひざを、また、強打したのですが、幸い、骨には異常なく、なんとか無事に、入院せずに済みました。娘も、仕事から帰って、疲れているのに、夕ご飯の買い物に行って、美味しいドライカレーを作ってくれました。母と私が帰るのを、待っててくれて、みんなで頂いた、ドライカレーは、本当に美味しかったです。毎日を平々凡々に、当たり前に暮らせることが、一番の幸せなことだということを、しみじみ実感した、みかんです。

今の世の中も、どうなるのか判らないですが、少なくとも、人々が、医(あえて、この語にしました)、食、住に不安なく、豊かではなくても、心配のない暮らしが出来る世の中になってくれるのなら、時代は、自ずと、その方向に向かってくれるでしょう。だって、政治家を選ぶ、参政権は、私達国民、一人ひとりにあるのですから。

                 byみかん

~みかんのお奨め紙芝居コーナー~

「おうさまさぶちゃん」(馬場のぼる作絵 童心社)

さぶちゃんは、まだ一人で、洋服が着れず、何時もママにあまえて着せてもらっています。そんな、さぶちゃんをみた、動物王国の大臣が、さぶちゃんは、よほどえらいお方だと思って、自分達の国の王様になって欲しいとたのみ、さぶちゃんは、心良くひきうけたのはいいのですが・・・さあ、果たして、さぶちゃんは、ちゃんと王様になれるのでしょうか?この作品は、ややもすると、躾を促す、押し付けの紙芝居になってしまうことがあるのですが、さぶちゃんの、天真爛漫なキャラクターと、ママのさぶちゃんの全てを受け入れる愛情を、自然体で演じると、とても共感深い作品になり、子供達のハートをぐっと捉えるでしょう。

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ただ、紙芝居が好きなだけです。         09・7月11日

今日は、私、青空みかんがこの世に生を授かった日。一年に一度、やって来る、大切な記念だ。父と母に感謝し、これからも、この生かされている喜びを、出来るだけ多くの方々と分かち合い、紙芝居を通して、その喜びを自分なりに、お伝えさせていただけたらと想うみかんである。

正直言って、もう、孫もいる年齢で、決して、若くてびちびち、失礼、ピチピチではないけれど、紙芝居のことが本当に、心底好きで、好きで堪らなくて、きょうまで、性懲りもなく、ただ、ひたすら、突っ走ってこられたのも、家族の優しい理解と、多くの友人、仲間の方々のお陰だと、何時も感謝の心を忘れないで、日々邁進していきたいと想っている。

紙芝居が、ただの一過性のブームになるか、本物の文化として、人々の心の糧となってもらえるかの、今が踏ん張り処であると、自負している。そんなこと、私、一人では到底できっこないことは、百も重々承知でござんす。せやけど、こんな、紙芝居バカな女が、一人くらいおらんと、紙芝居の方向性が、彷徨してしまいそうで恐いのです。

それには、紙芝居の理論をきっちりと、体系的にまとめあげ、紙芝居を学問として、確立することが、必定なのです。勿論、実践に裏打ちされた、系統的理論を打ち出すことを、当面の目標の一つとして、うちは、今日も、重たい舞台を携えて、紙芝居を観て下さるお客様の下に、まいるでありんす~(文楽調?)べ、べ、ベンベン・・・・

                   byみかん

~みかんのお奨め紙芝居コーナー~

「クレヨンさんのけんか」(八木田宣子作 田畑精一画 童心社)

せっちゃんは、絵が描きたくなって、クレヨンをクレヨン箱から出してきました。すると、せっちゃんがお母さんに呼ばれて、誰も居なくなると、赤いクレヨンが飛び出してきちゃって、ある、果物の絵を描きました。そして、クレヨンで一番偉いのは、赤だと言い張りました。すると、黄色いクレヨンが、赤いクレヨンに対決を挑み、いろいろな果物の絵を描いて対決します。さて、このけんかどちらに賞杯があがったのでしょうか?クレヨンのように、にんげんだって、みんな、個性が違います。私は、いろいろな個性をみんなが、持ち合わせているからこそ、人生て、素敵なんだなあと、想います。そんな人生の素晴らしさを、クレヨン達が、わたしに教えてくれた作品です。

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   日本人の心の故郷              09・7月10日

今年の10月18日(日)に、有り難いことに、奈良県の飛鳥に在る、国営飛鳥自然公園で、紙芝居の野外口演を行なわせて戴く運びとなった。

今日は、その国営公園の下見と打ち合わせを兼ねて、紙芝居仲間のNさんと、Mさんとご一緒に、朝から一日、近鉄電車に揺られて、行ってきた。

飛鳥は、「明日香」と表記する方が、認知されているように、奈良時代よりも、まだ、いにしえの、多くの貴重な古墳や遺跡がある街だ。私も、何十年ぶりかで、この街を訪ねさせて戴いた。

駅に到着すると、駅前の様子は、昔とは一変していて、何か、観光地のような案内板や、やけに、コンクリートで、固められた建物や、塀が目についた。そんな、光景を尻目に、私達は、まず、高松塚古墳の方へと向かった。

10月18日の当日は、午前中は、高松塚古墳辺りで、紙芝居を実演させて戴き、午後から、石舞台古墳のそばの野外ステージで、実演させて戴くと云うスケージュルだ。

高松塚古墳は、壁画が発見されたことで、一躍、注目を浴びた古墳であるが、今は、修復する為か、大きな塀が、囲ってあって、なんだか殺風景な様子だった。だが、私は、その古墳が在る、小高い丘から、大和の山々が、美しく見渡せる、美しいロケーションに圧倒された。本当に、ここは日本の人々の心の故郷なんだ。この、美しい日本に生まれて、本当に幸せだと、心から思った。

お昼からは、国営公園の職員さんの案内で、石舞台の横に造られた、野外ステージを見させて戴いた。屋根も張られている、本当に立派な、素晴らしい舞台であった。舞台の上に立つと、石舞台の古墳は見られないが、広い芝生の観客席を臨むと、また、遥か向こうの方に美しい山に囲まれた自然の風景が、見渡せることが出来る。

ここで、本番の日は、青空の下、飛鳥に来られた、たくさんの人々に紙芝居と、従兄弟の手品と、そして、日本の美しい童謡を、観たり、聴いたり、歌ったりして、共に生きる喜びを分かち合い、素晴らしい思い出の一コマとなって戴けたら、こんな嬉しいことはない。

私を、こんな素晴らしい処へ連れて来てくださった、Nさん、本当にありがとうございます。そして、奈良県にお住まいで、ご一緒に現地を視察して下さり、美味しいおにぎりと、お団子をご馳走になりましたMさん、本当にありがとうございます。

また、ご親切に車で、石舞台古墳のステージを案内戴き、この、夢プランに、いろいろとお世話をして戴くことになる、職員のMさん、本当にありがとうございます。

今、この日本人の心の故郷、飛鳥の里で、紙芝居と手品と、童謡を披露させて戴くことで、この困窮する国を、いにしえの人々に届き、救いの手を差し延べて下さることを、心から願っております。当日は、出来るだけ多くの、お仲間の方々と、手を携えて、舞台を務めさせて戴きたく存じます。何卒宜しくお願い申し上げます。ありがとうございます!

                   byみかん

みかんのお奨め紙芝居コーナー~

「ながぐつ ながぐつ」(内田燐太郎作 長谷川義史絵 童心社)

雨の日に長ぐつをはいている人を見ることも、最近は少なくなりましたね。この紙芝居を観ていると、長ぐつをはいて歩くことが、なんだか楽しくなってきそうですよ。特に、長ぐつをはいた長ぐつが登場するところが、とっても奇想天外で、でも、みんなで長ぐつをはいて楽しく行進している場面は、とっても私は郷愁を感じます。皆さんは如何でしょうか?

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夜風に吹かれて                  09・7月8日

今日は、ほんまに久しぶりの休日。めずらしく、部屋のかたづけなどをして、夜、ぼんやりと、TUTTAYAで借りてきた、水谷豊のCDを聴いていた。

すると、娘が、何を思ったのか、「お母さん、散歩に行こう。」と、お誘いを受けた。私は、それも、たまにはいいなあと思い、「ええよ!」と応えた。

散歩にさそった時は、ひらひらのスカートはいていた彼女が、はやばやと、こげ茶色(この前、ぐんじょう色言うて、おこられた)のパンツスタイルに着替えて、部屋に入ってきた。

そうか、彼女はかなり、バリバリに歩く心づもりみたいやな。私も、ぺったんこの靴をはいて、二人で出かけた。二人は風の吹くまま、気の向くままに行こうとしたが、な、な、なんと風が、全く吹かない。無風状態だ。

むふ、これはやばい。これでは、美貌の顔に汗がしたたり落ちるではないか?まあ、ええわ。家に帰って、お風呂で汗をながそうっと!

川沿いの堤を歩いて行くと、公園があり、娘は、また、逆上がりに挑戦すると、のたまう。勝手に、好きなだけやりよし・・・・かあちゃんは、見とくさかい。母ちゃんが鉄棒にぶら下がったら、鉄棒が折れたらいかんさかい。そんなあほな

逆上がりが出来た娘は、子供の様に喜んでいた。娘は、夜の公園で、母親と一緒に、鉄棒で、まだ、逆上がりして喜んでいる位やから、まだまだ、結婚のご縁はなさそうである。

帰り道、高架の下の道に出ると、やっと風が吹いてきた。「ああ、ええ気持ちやなあ。」二       人は、少し、汗ばんだ身体に、かすかな風を実感し、家路に着いた。

家に入って、二人で冷たいお茶を飲んだ時、私は、心から、幸せだと感じた。こんな形の、幸福もあるんだなニャア~

                  byみかん

          

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簡単に人を殺すな!               09・7月7日

今日は、七夕。お星様に願いごとをすると、叶うと聴く。

だが、私は、ここ数日、もう、やりきれない気持ちで一杯だ。

腹が立つからと言って、簡単に、同級生を殺すな。

誰でも良かったと思って、簡単に、人を焼き殺すな。

気に入らないからというだけで、自分の父親を殺すな。

そんなに、簡単に人の命を奪ってしまっていいのか?

人間一人の命は、地球よりも重くて、大切なのが判らんのか?

いっぺん死んだら、二度と生き返らないし、人を殺めた罪は、一生かけても償えないぞ!

うちは、もう、限界灘に来てる。

これ以上、自分の感情で、人を殺すな。

私は、産む性として、断固として、赦さない。

君達のご両親は、君達を人殺しにする為に、産み、大切に育んできたのではない。

今の世の中、ゆがんんでいる。くるっている。たががはずれている。

これ以上、人間を殺すな。簡単に・・・・

子供を産み育て、育んでいくことが、どんなに大変なことか。判らないのか?

どんな小さな生き物の命も大切だし、誰一人として、必要のない人間なんて、存在しない。

みんな、この世に生を受けた意味が在って、生きているのだ。

だから、これ以上、自分の感情で、人間を殺すな。自分自身も含めて・・・・

私は、何度でも言う。もう、誰でもいい殺人なんて、たくさんだ。誰でもいいことなんかない!誰もいいことはないのだ。そのことを、ゆめゆめ、忘れないでいて欲しい。

本当に、心からそう願うのだ。無駄な命なんて、この世に一つとして存在しない。みんな、大切な、懸けがえのない、たった一つの、母に産んでもらった、大切な命なのだから・・・

             byみかん

~みかんのお奨め紙芝居コーナー~

「おかあさんのはなし」(稲庭桂子作 いわさきちひろ画 童心社)

死神にさらわれた、我が子を取り戻す為、おかあさんは、湖に自分の目を与え、墓番のおばあさんに、美しい髪の毛を交換し、そして、命の花園で、死神から、ぼうやを返してもらうように、お願いするのだが・・・・昭和25年度の文部大臣賞受賞の珠玉の作品である。命の尊さと、母の愛の気高さを、いわさきちひろの美しい絵によって、浮き彫りにされた傑作である。

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7月のみかんの予定               09・7月3日

毎日、暑くて、うっとうしい日々が続きますが、皆様お変わりございませんか?私も、少し夏バテ気味でしたが、紙芝居を実演させて戴くことの喜びをバネに、なんとか、この夏を乗り越えたいと想います。今月の私の予定を僭越ではございますが、案内申し上げます。何かのご参考になれば幸いです。いつも、ありがとうございます。

                 記

7月8日(水)     田辺親子サロン 午後2時30分~3時

             田辺会館 (地下鉄谷町線田辺駅)

7月12日(日)    箕面紙芝居まつり参加 午前11時~午後3時

             メイプルホール 阪急箕面駅下車

7月12日(日)    キッズプラザ紙芝居グループ講座

             午後2時~4時(扇町公園内)

7月19日(日)  青空みかんの紙芝居教室 午後1時半~4時半

             大阪市立難波市民学習センター第二会議室

7月23日(木)    紙芝居グループマザーズドリームさんお話会

             午後4時~4時30分

7月25日(土)    田辺文化サロン紙芝居創作教室

        午後1時半~4時半(すずき住建様なちゅらるすずき)

7月25日(土)    子育てセンター支援センター主催夏祭り

             午後6時15分~7時 JR福知山線猪名寺駅

7月26日(日)    全興寺さん街頭紙芝居 午後2時と3時

             大阪市平野区(地下鉄、JR平野駅下車)

以上でございます。お陰様で、今月も、紙芝居仲間の方々と共に、皆様に紙芝居を楽しくご披露させて戴いたり、学ばせて戴けて、本当に私は、嬉しいです。心から、感謝申し上げます。ありがとうございます。★゜・。。・゜゜・。。・゜☆゜・。。・゜゜・。。・゜

               byみかん

 

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あ~びっくりしたなあ、もう~            09・6月30日

今の世の中、驚かされることばかりだ。なんと、このブログを打とうとしたら、パスワードを入力するのだが、今までは、洗濯いや、選択ででけたのだが、いきなり今日から、只今すぐに、自分で入力せなあかんようになったのだ。当たり前のことだとお思いの方もおられましょうが、自慢じゃないが、うちは、メカにメチャメチャ弱い。

そんな私が、このブログを続けさせて戴いているのですから、それも、びっくり!なんや、クリの大安売りみたいですが、最近、正直言って、わたし疲れています。今日は、道でこけへんかったけど、なんや、お天気が梅雨空やし、世の中も、真っ暗闇じゃあござんせんか?(だいぶ疲れてる?

小学校の先生が、トイレを盗撮するて、それはいけませんわ。トイレは、誰にも邪魔されない、自分自身が一人になれる、貴重な居場所です。それを、盗み撮りするなんて、それも、学校の先生が夫婦揃ってするなんて、もう、子供達は、何を信じていいのか判らないようになります。

マイケルジャクソンが、一晩でお亡くなりになるのも、ショッキングでした、朝(あした)に紅顔ありて、夕べに白骨となりぬる、人の命のはかなさを、まぢかに見た思いです。スターは、生きてこそ、輝くのであって、空の星になってしまったら、その輝きも、遠くに消え入りそうで、本当に残念で、悲しい気持ちで一杯です。

私が一番、びっくりしたことは、私ごとで恐縮ですが、最近の娘達が、このおかんよりも、遥かに成長して、大人になったことどす。「親はなくとも、子は育つ」と、申しますが、ほんまでんなあ・・・頼りないおかんを持ったら、子どもも自立せんといかんと思うのでしょうか?

すんません。手前味噌、醤油、ふりかけ、出し昆布な話を致しまして、幸せは、すぐ身近にあるもので、同じ日常の繰り返しの当たり前さが、そのものなのだと、うちは想います。びっくりするのは、このブログ打つ時ぐらいにして、未来を担う子供さん達が、人間を信じ、大人になることに憧れ、明るい未来がやって来る時代になってもらえるようになって欲しいと、願うみかんなのです。

             byみかん

~みかんのお奨め紙芝居コーナー~

「にじになったきつね」(川田百合子作 藤田勝治画 童心社)

ごろざえもんきつねは、いつもいたずらばかりして、子供達にまで、しかられていました。そんな、いたずら好きのごろざえもんが、ある日、病気になったおじいさんの為に、命がけで、美しい虹に化けたのです。富士山を背景に描かれる、ほのぼのとした、美しい紙芝居です。私は、この命掛けで、おじいさんの為に虹に化ける、ごろざえもんが大好きです。

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