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「判官びいき」は健在か?             09・6月23日

日本人独特の考え方の一つに「判官びいき」と言うものがある。「判官」とは、皆様もよく御存知の、あの「源義経」である。そう、つまり、「判官びいき」というのは、弱い者や、敗者を応援する心。因みに、「判官」は「はんがん」ではなく、「ほうがん」と読むことは、言うまでもないことなのだが、古典や、日本史の勉強している学生さんの応援の意味も込めて、付け足して、解説させていただきまする。(こうしゃくはええから、はよ、本題に入りよし!)

そう、聴くも涙、語るも涙の物語、ちゃちゃちゃん、ちゃんちゃん~昔の人は、そういう弱い人に優しかった。人情があった。それを、逆手にして、人様をだます悪党も横行していたようだ。

だが、現代社会はどうであろう?一寸の虫にも五分の魂なんて言葉は、消え去りつつあるのか?社会的弱者の方々にとって、なんと世知辛い世の中になりましたのであろうか?よよよよよ、・・・・

出けて当たり前、出けへんかったら、なんでやねん。そんな、心の豊かさと言うか、人を赦す気持ちの余裕が、うちも含めて、なくなってきたのではないでしょうか?

逆手とは、弱さを利用することではなく、出来ないことや、足りないことを、バネにして、乗り越えることだと、うちは想うのどす。源義経さんも、あれだけ素晴らしい功績を残したのに、将軍になれず、ついには、頼朝兄さんに討たれてしまう。せやけど、名は残りました。

人々の心に、源義経の生きざまが、しっかりと残り、歌舞伎や、絵巻物などとして、しっかりと伝えられております。

「平家物語」も然り。つまり、日本人は、「無常」ということに、とても敏感な感性を持ってたのではないでしょうか?

だのに、現代人は概して、「変」ということ鈍感になってきたのではないでしょうか?おかしい、おかしいと思うけど、当事者意識が薄く、人事と捉えていると、取り返しのつかないことにもなりかねないと言えます。

うちらは、もっと、危機感を持って、時代と向き合うことが必要なのです。自分のことだけで、精一杯やと思いますけど、そこをまけて、ちゃうは、まげて、見つめていきましょう。時代の危機感と真正面から・・・・

それが、「今」を生きていくことだと、私は想うのです。愚痴が長くなりました。すいません。

               byみかん

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