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2009年6月

え~っ!孫が入院したの?            09.6月29日

朝から、どんより曇り、むんむんとした不快感が、身体の隅々まで回りそうな、梅雨空の日。何時も早起きの母ちゃんが珍しく、起きてこない。布団の上で、へしゃげたかえる状態のままだ。私は、生死の確認の意味も込めて、大声で、「おはよう!」とどなった。すると、母ちゃんは、か細い、蚊のなくような声で、「おはよ~」と応えた。ああ、第一関門クリア。やれえやれ。

しかし、依然として、私の絶不調の体調は、いっこうに良くならない。珍しく、食欲もなく、胸がむかむかする。こら、あかん。なんとかせんと。と、横になりたいのを我慢して、身支度もそこそこに、いつもお世話になっている、鍼灸院で、2時間、たっぷりと、全身に針を刺しまくって戴き、灸を身体中に焚き火みたいに、すえてもらい、なんとか、自力で、ママチャリで、田辺の駅に辿り着き、地下鉄で、職場に向かった。

すると、二度あることは、三度あると云うが、全くその通り、それも、この前とおんなじ場所で、ずっこけた。もう、受身の態勢が出来る様になったので、怪我もなく、ズボンもずぼんと、穴のあく事もなく、無事に、小学校に着いた。

今日は、少し、余裕をもって、早めに着いたので、先日から、孫の静流ちゃんが、40度の熱を出して、夜半に休日病院に連れて行っていき、あくる朝、熱が下がったので、週末は、連絡をとっていんかった、娘に、静流ちゃんの塩梅を尋ねる、メールを送った。

すると、娘から、すぐさま電話がかかって来て、静流ちゃんが、入院したと言う。私は、不調な身体が、また、いっぺんに、どっと、疲れと倦怠感が押し寄せ、ショックで、胸がドキドキした。しかし、ここで娘を動揺させては、いけないと思い返し、平静を装い、受け答えした。なんでも、あれから、また、40度の熱が出て、下がらなかったので、かかりつけのお医者さんに、紹介して戴いて、大阪は、旭区に在る、中野こども病院に入院させていただいたそうだ。

でも、早く手を打って、こどもさん専門の病院に入院させて戴いて、本当に良かった。病院の先生や看護士さん方に、ここは、全てお任せして、早く、元気な顔を見せて欲しい。

娘も、辛いであろうが、決して、自分を責めず、毎日、静流ちゃんに会いに行き、一日も早く、退院できる日をバーバーは、楽しみにしています。

まずは、自分の夏バテを治し、あせらず、ぼつぼつと、紙芝居の活動と、お稽古に邁進させて戴く所存です。

7月6日は、私の勤めている学校の児童クラブで、七夕祭りを催しさせて戴く予定です。勿論、紙芝居も観て戴こうという、趣向です。たんざくに書いた、子供達や、皆さんの願いが、天に届きますように・・・・勿論、私の願いも、叶いますように★゜・。。・゜゜・。。・゜☆゜・。。・゜゜・。。・゜☆*:;;;;;;:*☆*:;;;;;;:*☆*:;;;;;:*☆*:;;;;;:*☆*:;;;;;;:*☆*:;;;;;;:*☆*:;;;;;:*☆*:;;;;;:*

               byみかん

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ならぬことはならぬものです。           09・6月27日

先日、紙芝居の勉強の為、福島県に行ってきた。勉強会の翌日、会津若松市の日新館を訪れた。ここは、白虎隊で有名な、会津若松藩の藩校である建物を、そっくりそのまま、再現させた、建物である。

平日の午前中と言うこともあって、訪れた観光客は、私と、一緒に同行した彼女の他には、誰も居なくて、ひっそりとした広い館内を、私達は、食い入るように魅せられ、隈なく回った。

中でも、十歳になった藩士の子供達が、初めて習う、「什の掟」は、本当に素晴らしい。その全文を挙げさせていただくと、

       什(じゅう)の掟

一、年長者の言うことに背いてはなりませぬ

一、年長者にはお辞儀をしなければなりませぬ

一、嘘言(うそ)を言うことはなりませぬ

一、卑怯な振舞をしてはなりませぬ

一、弱い者をいじめてはなりませぬ

一、戸外で物を食べてはなりませぬ

一、戸外で婦人(おんな)と言葉を交へてはなりませぬ

ならぬことはならぬものです

一番最後の言葉は、今の時代の価値観とは、大きくかけ離れているが、この掟を毎日、藩校に来ると、声を出して、素読させたのだと聞く。

この教えこそ、今の教育の原点なのではないかと、私は思った。なんで?とか、どうして?という考え方も大切であるが、理屈ではなく、人の道に外れたことをしてはいけないということは、まさしく、「ならぬことは ならぬのです」という、教えが基本となるのではないでしょうか?

古臭い考え方だと、お思いのお方もおられましょうが、現代社会の教育現場の荒廃は、こういう、日本人が古来教えられてきた考え方が、欠落してしまったことが、大きな原因ではないでしょうか?と、私は思います。

何も、旧い考え方を押し付けるのではなく、理屈ではなく、いけないことはいけないのだと云うことを、子供の時にしっかりと、身につけることが、豊かな人間性を育む基盤であるのだと、私は考えるのです。

私自身、こんな偉そうなことを述べさせて戴いておりますが、やはりこんな歳になりましても、母親に生意気な言葉を投げかけているなあと、何時も、自戒の念を抱いているみかんなのです。反省・・・・

               byみかん

                

         

~みかんのお奨め紙芝居コーナー~

「太陽はどこからでるの」(チョン・ヒュウ 作 ベトナム紙芝居協会)

かにと、さると、しかが、それぞれの立場から、太陽の出て来る場所を言い合って、本当のことを探す為に、出かけることにした。この紙芝居は、ベトナム戦争にも行かれた作者の、チョン・ヒュウさんの、真実を探求することの大切さを謳った、傑作である。決して、太陽の日の出の方角を教える為だけの紙芝居ではないことは、最後の場面の美しい鶏の姿のを観て戴くと、判っていただけるであろう。

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梅ジュースはうめ~                09・6月24日

夜、帰宅すると、娘が冷蔵庫から、何か取り出し、「お母さん、夏バテに効くから、飲んでみる?」と、言って取り出してくれた、見なれぬ実を一つ、コップに入れてた。そして、少しの液体を、お水で割って、「飲んでもいいよ」と言ってくれたかどうかは、定かではないが、私は、そのコップに入った液体を口にした。

娘が、「どない?」と尋ねたので、私は「うめ~!」とやぎのように、叫んだ。「それは、梅やで」と、おしえてくれたので、「うめは、うめ~」と、また、さぶいだじゃれをいったが、彼女には、しっかりと、免疫が出来ているので、素知らぬ顔で、「また、今度行った時、もっともろてくるわ。」と、言ってくれた。

ありがたい!少し、いや、かなり暑さでバテ気味だった私は、これで、この夏を乗り越えられるぞ!と嬉しくなった。

そう言うたら、昼間も、母がデイサービスから帰って来て、おんなじものを飲んでいたような、いないような・・・・・やっぱり、母ちゃんも、夏バテせんように、健康に留意してんねんなあ・・・

この梅ジュース、出来ることなら、玄関で、グテ~と、へたっている愛犬に、飲ませてやりたいなあ。おまえ、よう、へたばらんと、生きてくれとるなあー。何回、一日に何回も、つっついて、生死の確認をしたことか・・・・・

母ちゃんが、お前が元気がなくて、お食事を召し上がらないと、心配しているさかいに、母ちゃんの二つの心配事?(らしい)の一つを取り去るべく、元気になってや!チャク

               byみかん

こで、みかんのお奨め紙芝居コーナー

「やさしいおともだち」(瀬名惠子 脚本 絵 童心社)

ある馬小屋にうまが一匹居ました。独りぼっちのうまと、ネズミたちが仲良しになりました。そんな、ある晩、馬小屋が火事になり、うまは繋がれて、逃げることが出来ません。瀬名惠子さんの、ほっと癒される優しい絵が、観る人の心をなごませてくれて、誰もが優しい気持ちになれる内容の作品です。

                

                           

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「判官びいき」は健在か?             09・6月23日

日本人独特の考え方の一つに「判官びいき」と言うものがある。「判官」とは、皆様もよく御存知の、あの「源義経」である。そう、つまり、「判官びいき」というのは、弱い者や、敗者を応援する心。因みに、「判官」は「はんがん」ではなく、「ほうがん」と読むことは、言うまでもないことなのだが、古典や、日本史の勉強している学生さんの応援の意味も込めて、付け足して、解説させていただきまする。(こうしゃくはええから、はよ、本題に入りよし!)

そう、聴くも涙、語るも涙の物語、ちゃちゃちゃん、ちゃんちゃん~昔の人は、そういう弱い人に優しかった。人情があった。それを、逆手にして、人様をだます悪党も横行していたようだ。

だが、現代社会はどうであろう?一寸の虫にも五分の魂なんて言葉は、消え去りつつあるのか?社会的弱者の方々にとって、なんと世知辛い世の中になりましたのであろうか?よよよよよ、・・・・

出けて当たり前、出けへんかったら、なんでやねん。そんな、心の豊かさと言うか、人を赦す気持ちの余裕が、うちも含めて、なくなってきたのではないでしょうか?

逆手とは、弱さを利用することではなく、出来ないことや、足りないことを、バネにして、乗り越えることだと、うちは想うのどす。源義経さんも、あれだけ素晴らしい功績を残したのに、将軍になれず、ついには、頼朝兄さんに討たれてしまう。せやけど、名は残りました。

人々の心に、源義経の生きざまが、しっかりと残り、歌舞伎や、絵巻物などとして、しっかりと伝えられております。

「平家物語」も然り。つまり、日本人は、「無常」ということに、とても敏感な感性を持ってたのではないでしょうか?

だのに、現代人は概して、「変」ということ鈍感になってきたのではないでしょうか?おかしい、おかしいと思うけど、当事者意識が薄く、人事と捉えていると、取り返しのつかないことにもなりかねないと言えます。

うちらは、もっと、危機感を持って、時代と向き合うことが必要なのです。自分のことだけで、精一杯やと思いますけど、そこをまけて、ちゃうは、まげて、見つめていきましょう。時代の危機感と真正面から・・・・

それが、「今」を生きていくことだと、私は想うのです。愚痴が長くなりました。すいません。

               byみかん

みかんのお奨め紙芝居コーナー~

「天からおだんご」(高橋五山作 絵 童心社)

ある、暖かい、うららかな日和に、おばあさんが、うつらうつらしていると、突然、天から、お皿や串、そして、遂には、美味しそうなおだんごが、次々と落ちて来る。おばあさんは、子供の頃、お母さんが作ってくれた、おだんごを思い出し、歯のないお口で、戴く。貼り絵の紙芝居が、単純な内容に、シュールなイメージを醸しだす。高橋五山ワールドへ、貴方を誘ってくれます!

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もう、ほんとうに夏なのか?                09・6月18日

なんで、こんなに暑いのんやろ?おたまじゃくしが降ってきたりして、ちょっと異常ですな。

私も、少しバテ気味で、暑いこの時期をなんとか乗り越えようと、自分で自分の身体を休めるべく、体力の温存に努めております。

しかし、なんでんなあ。こんなに、地球があつうなってきているのに、なんで、みんなもっと危機感をいだかへんねんでっしゃろ?もうすぐ夏至やら、月食がちかづいてきているこの機会に、もっと、地球の未来のことを考える時がやってきたのではないでっしゃろか?

だって、地球が干上がってしもたら、もう人間は元より、全ての生物は絶滅でっせ。そんなん、まだまだ、先のことやから、関係ないとおもてたら、大間違いどす。

皆さん、もっと身近な、気候の異常に目を向けないと、これは、大変ですわ。子供達は、本気で、もうすぐ、地球は絶滅すると思っているのです。そんな子供達ばっかりが、この地球上に溢れたら、どないなります?

この世に生まれて来たことさえ、否定するようになったら、あまりにも、切ないじゃあ~りませんか?

「地球が危ない!」この危機感を私達は、もっと、みんなで考えて、どうすれば良いのか思案することが必要だと、うちは思います。エコは、小さなことから、コツコツと。地球の資源には限りが有るのだから・・・・ソーラー!(なんのこっちゃ!)あつい~

              byみかん

~みかんのお奨め紙芝居コーナー~

「かりゆしの海」(脚本・絵 まついのりこ 童心社)

2000枚以上の沖縄の海の写真から、たった、4枚を選び、沖縄の言葉で、幸せになりますようにという意味の「ユガフ ターボーり」と、みんなで唱えると、不思議なことが起こるのだよ。是非、あなたも、体験してみてくださいね!

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みかんのあほ                09・6月17日

最近の私は、変なんです。何故かと言うと、妙に考え方が後ろ向き、ネガティブ?ていいまんのかよう、わからんけど、気持ちが空回りしているのが、判るんです。

過去と他人はかえられないと、頭で判ってても、心の中で許せない自分が居るのが、たまらんのです。

そんな、忸怩とした気持ちを、在る人に聴いてもらったら、物凄く叱られました。本気で、私の、その暗い思考過程を、つぶさに分析して下さり、私は、もう、目から鱗が落ちると言うよりも、全身に電流が走り、うたれたような気持ちになりました。

嗚呼、なんと自分は、弱い人間なんだ。ちっぽけな心の持ち主なんだと、自分自身が情けなくなりました。でも、そんな自分の弱さや、心根のちっぽけさを知れば知るほど、自分自身が、ほんの少し強くなり、ひと回り大きくなるような気がしてきました。

こんなあほなわたしを、真剣に叱って戴いて、ほんまに嬉しかったです。あほは、あほなりに、学習せんといかんのですわ。そうでないと、自分を見失ってしまうから・・・・

N様、本当にありがとうございます。今度、貴女様にお会いした時には、心から、もう一度、お礼を述べさせてください。その時は、今よりは、もうちょっと元気な笑顔で、ご挨拶できるでしょう。本当に、ありがとうございます。

                    byみかん

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今日は、はよ寝ます。             09・6月16日

すんません。なかなか、ブログ更新することが出来ず。日々に追われてます。

今日も、明日は、家族で遠足行くので、娘らに、はよ寝えやコールが、かかっております。

グリコのおまけも一緒に連れて、遠足に行ってきます。もっとも、グリコのおまけが、一番貴重品みたいに、扱わないけまへんけど・・・・

グリコのおまけの産みの母も、しっかり、自分の身体と携帯電話を我が家で充電出来たみたいで、来た時よりも、ちょっと元気になっています。

グリコのおまけが、あばれるのやそうですが、まあ、後は、若いもんに任せて、うちは、はよ寝かせてもらいまっさ!

あんまり、家庭のこと書くと、怒られる今日この頃、みかんは、今日も、おんなじ道でずっこけて、少しくたびれているみたいなので、もう、休ませてもらいます。

突然ですが、今日の、みかんのお奨め紙芝居コーナー(なんのこっちゃ!)

「へっこきよめ」(香山美子脚本 川端誠絵 教育画劇)

この紙芝居は、日頃のストレスとお腹の中の悪いものが、ふっとんでしまうような、爽快感を味わうことが出来ますよ。

                  byみかん

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みかんの回転すし屋の開店道中記        09・6月14日

今日は、花の日曜日。一週間がんばった御褒美に、家族で回転すし店へ、車でレッツゴー!だが、出遅れた・・・一件目のお店は、一時間待ちとの事。娘と合議の末、一番近い、別のお店に行くことにした。

途中、大きな交差点を右折すると、いきなり、助手席に座っていた彼女の歓声があがった。「いや~、こんな処にコンビにできてる。あっ、あそこに焼き鳥屋が出来た。向こうに、すき屋なんかがあるやんか!」と、次々と、お店が代変わりしているようで、もう、大変な興奮状態。(また、こんなん書いたら、おこられる・・・)大変な、新鮮味を覚えられたようであった。

そして、目指す、回転すし店に近づくと、目敏い彼女は、「あっ、スシローになっている!」とおっしゃるではないか?「何?あの、いつもの、大阪商人の代名詞のような名前のお店が、代変わりしたのか?げに、商売とは、恐ろしきものよ。」と、頭の中で、動揺したが、ここまで来たら、仕方がない。後は、駐車場に入れて、まつたけ~否、待つだけだ。

娘が予約をようやく入れてきてくれて、「30分くらいやて!」仕方がない。待つとしようか。食べれるまで。母も大切な、大河ドラマを諦めて、来たのだから、もう、一歩も後に退けない。(そんな、たいそな、土曜日の再放送観た方が、よう覚えてて、ええやんか)などと、あほな話の一つ二つなどをして、待っている間に、次々と、家族連れやら、カップルやら、お年寄りやら、一人暮らしの中年の男性等など、さまざまな方が、やって来る。本当に、凄い人出だ。自動ドア、いらんのんと違うノンと、突っ込みたくなるくらい、えらい人、ひと人で、待合室は、一杯だ。中には、表の階段の所で、佇みながら、待っておられる方もいる。

日曜日の夜、回転すし店に行くことが、一般庶民の、限られた、ステイタスの一つなのであろう。うちらもそのくちであるのあが・・・・ほんまに、こんな不景気やったら、子供連れでも、お皿の数だけ読んだら、いくら支払うのかわかるさかいに、ありがたいんやろうなあ・・

おすしも回るけど、デザートも回る。自分の好きなネタを選択すると云う事が、一番のたのしみなのであろう。やっと、うちらの番号を呼んでもらい、席に着いた。回る、回る、御すしが回る。速く回れば、回る程、お客さんも回転が速く、お金も回っていく。

本当に、凄い商売を考えたものだ。この、回転すしの発生も、大阪なのだそうだ。やっぱり、大阪人は凄い!発想の転換がでけてる。これは、カラオケと同じように、文化となるのではなかろうか?などと、以前のお店を新たに、リニューアルして、「スシロー」と、洋物の名前になったので、少し不安ではあったが、ネタも新鮮やし、種類も豊富で、私達は、お腹へってたもんだから、むしゃぶりついて、食べた。

満腹になって、満足感に浸り、とても威勢のいい、元気な明るい、警備員さんの誘導で、私達を載せた車は、開店したばかりの開店すし店を後にした。あああああ、満足!「また、行こうね!」と、久しぶりで、家族で外食して、喜んでくれた娘と、家に帰って、ずっと、我慢していた、おビールを戴いた時の、美味しさは、格別であった。「嗚呼、美味でございます!」

             byみかん

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将棋の味方?                 09・6月13日

人間、土壇場に追い込まれると、必ず、其処に、正義の味方が現れることを期待する。今日も、私は、危機に貧した。小学二年生の男の子が、どうしても、うちと、将棋を指したいと、友達の誘いも振り切り、将棋盤の前を離れない。

自慢じゃないが、私は、将棋の駒の金と銀の手の方向もおぼつかない。全くのルーキーちゃんだ。いや、ど素人なのだ。でも、彼は、一生懸命、うちが将棋の本とにらめっこしていると、その本までも、取り上げて、私に将棋の盤に集中させようとする。

気持ちは、嬉しいが、実力がついていかない、情けなさ・・・・こんなことなら、子供の時に、ひょこ回りばっかりせんと、本将棋をしておけば良かった。とほほほ・・・・と、後悔をしかけていた時、「あっ、お兄ちゃん!」と、急に、彼の声が弾んだ。

すると、なんと部屋の出入り口の処に、一人の背の高い、赤マント姿ではなかったが、凛々しい若者が、立っているでは、あ~りませんか?(娘とおんなじタイプの短い靴下はいている)その若者は、どうも、彼の本当のお兄ちゃんみたいで、つかつかと入って来て、有り難いことに、私の座っている方に、腰を降ろしてくれた。(これが、反対やっったら、大変や!)

始めは、うちらの対戦を、なんかよう判らんけど、口で解説してくれとったけど、終いに、指が出の、手が出の、遂には、私は、席を「お兄ちゃん」に譲ることが出来た。ほんま、これこそ、「正義の味方」や「しょうぎの味方」「将棋の味方」・・・・ばんざ~い!ばんざ~い!

「溺れるものは、藁をもつかむ」やのうて、「鬼に金棒?」いや、「苦しい時の神頼み」もう、なんでもええは、「三十六計、逃げるが勝ち」や!

処が、世の中、そんな甘いことあらへんかった。もう一人、傍で、うちらの将棋を見ていた男の子が、これまた、将棋の名手で、なんと、彼と、その名手が、何時の間にか交代してしまったのだ。

そして、私の、予感が当たった。彼は、また新たに別の将棋盤を出そうとしているのだ。どうしても、私と、将棋をやりたいようなのだ。私は、苦し紛れに、「見ている方が、もっと勉強になるから、一緒に身とこ。」と、冷や汗をかきかき、申し上げたが、聞く耳持たず、将棋盤を広げ、駒をもらいに行かれる。万事窮す。そこへ、また、救いの神の、隣の部屋の先生が、彼にお昼ご飯の時間だと、呼びに来られた。

私は、「お昼から、一緒にやろう!」と、言うと、彼は将棋盤と駒を、きちんと揃えて、テーブルの上に置いた。私は、その行動を見て、本当にすまない気持ちになった。そして、お昼の食事を済ませ、約束の時間に、私から、将棋をやろうと、誘いに行った。もう、逃げない。出来ないなら、出来る様に、なってみよう。こんなに、私と将棋をやりたいと想ってくれる、その気持ちが有り難く、この上もなく嬉しい。

「将棋の味方」のお兄ちゃんに、手取り、足取り、教えてもらい、将棋って、先の先迄、見通す能力が要る、凄いものだと、改めて、実感したみかんであった。勿論、まだ、将棋の腕前は、全く皆無で、結局、お兄ちゃんに、至難の技をしなんなりに、指南してもらったのであった。なんのこっちゃ?

                 byみかん

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みかんの一人ごつ            09・6月10日 

気づきが知識になり、知恵となり、人間の叡智となる。。発見が、法則となり、真実の探求となる。

となると、私の紙芝居とは、一体世の中の、どんなお役にたちまんねん?みかんはん。

それはね、癒しでもなく、芸でもなく、なんて言うか、観て下さる方が、感銘を受け、そして、生きる力の源となる活力剤かなあ・・・

そんな偉そうなこと言うて、あんたはんが、ダウンしそうになったら、どないしまんねん。

そうですね・・・・それは、ちょと困る。まだまだ、若い?し、もう少しこの世で、生かせてもらいたい。ですが、ほっとけんのですわ。どうしても、この世の中のくら~い事件、事故、天災、等など。何より、人々の心が蝕まれていくのが、堪らんのです。

せやねえ。ほんまにここんとこ、あまりにも、ひどい時代になってしもうて、えらいこっちゃ!そんで、みかんはん、あんたはんは、紙芝居で、この生きにくい世の中をどうしたいねん?

そうですね。少なくとも、私は、紙芝居を演じること、広めさせて戴くことで、日本人の心を取り戻したいのです。何も、昔がよかったと、懐古主義になるのではなく、日本人本来が持っている、人を慈しむ心というものが、あまりにも無くなって来たような気がするのです。

なるほど、そんで?

だからこそ、紙芝居を独りではなく、みんなで観ることで、ええことも、悪いことも、紙芝居という、実体験を通して、子供さん達に、噛み分けてもらい、本当の優しさや、生きていく強さを、培っていって欲しいのです。

えらい、話が、小難しゅうなってきましたな。

すんません。へりくつゆうて・・・・結局、今の子供さん達が、大変で、将来に希望が持てないのは、想像力はあるけど、空想力がないような気がするんです。

ふむふむ・・

想像力を持つことは、もちろん大切なことですが、空想力を持つことは、もっと、大事なことやと想うのです。つまり、夢とロマンの心です。これが欠落すると、希望がなくなり、こうなったらいいなあとか、ああいう風になりたいなあとか、こんな物があれば嬉しいなあなどという、明るい未来を夢見る心です。私は、今の大人の人の多くの人が、そんな空想力を持たずに育ってしまったのではないかと、懸念するのです。

それで?

だから、今の子供さん達に、紙芝居を観てもらうことで、みんなで、空想してもらいたいのです。明るい未来に向かって、自分は独りではない、みんなと力を合わせたら、とてつもなく偉大な力が生まれ、自分の夢も、みんなの夢も実現し、豊かな幸せがやって来るのだと・・・青くさいと言われるのは、重々承知で、お話させてもらいました。

いや、そんなことあらへんで。

ありがとうございます。兎に角、堪らんのですよ。うちらは、もっと、子供さん達を物質的に豊かにするのではなく、心を豊かにすることを真剣に考える時が来てるんだと想います。

ほんまに、そうやなあ・・・

そうですね。本当に、そう想いますよね。おおきに!

以上、みかんの、つまらないひとりごつでした。おしまい~「ねこはしる」

                byみかん

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「青春」の詩(うた)            09・6月9日

我が恩師、大河満子次(ましじ)先生から、送られてきた詩を紹介させてください。

             青春          サムエル・ウルマン作

青春とは人生のある期限ではなく、心の持ちかたを言う。

薔薇の面差し、紅の唇、さなやかな肢体ではなく、たくましい意思、ゆたかな想像力、炎える情熱をさす。

青春とは人生の泉の清新さをいう。

青春とは怯だを退ける勇気、安易を振り捨てる冒険心を意味する。

ときには、二〇歳の青年よりも六〇歳の人に青春がある。

年を重ねただけで人は老いない。理想を失うとき初めて老いる。

歳月は皮膚にしわを増すが、熱情を失えば心はしぼむ。

苦悩・恐怖・失望により気力は地に這い、精神は芥になる。

六〇歳であろうと十六歳であろうと人の胸には、驚異に魅かれる心、おさな児のような未知への探究心、人生へんの興味の歓喜がある。

君にも吾にも見えざる駅逓が心にある。

人から神から美・希望・喜悦・勇気・力の霊感を受ける限り君は若い。

霊感が絶え、精神が皮肉の雪におおわれ、悲歎の氷にとざされるとき、二〇歳であろうと人は老いる。

頭(こうべ)を高く上げ希望の波をとらえる限り、八〇歳であろうと人は青春にして己む。

                                 (著者訳)

この詩(うた)を、自分自身も含め、人生のさまざまな困難に立ち向かったり、自分の心の葛藤に苦しんでいる方、全ての人々にお伝えいたします。

もし皆さんが、悩み、迷い、苦しむことがあります時は、どうぞ、この詩を思い出して、読んで下さい。人は老いるのではなく、追われるのだと、私は何時も思うのです。生意気なことを申しました。お許し下さい。

                      byみかん

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有馬温泉は、あります!?          09・6月4日

珍しく、家族で日帰り旅行を計画することになった。目的地は、有馬温泉。なんでも、この温泉に、日帰りで、ゆっくりとくつろげる施設が在るということで、いざ、有馬へ、参らんと、娘達と、孫の初旅行と、洒落込む計画だ。果たして、この日帰り旅行、如何なることに、相成ることか、乞う、ご期待くだされ。

そんな、あほな事でも言わんと、やってられない私の、日常生活をお察し下さい。ほんま、大変なんです。ぼやきたくないけど、朝、起きたら、はは呑気だねと、云う感じで、母に「おはよう~」と、朝の挨拶をすると、母は、直立不動の姿勢で、「今日は、私は何処其処の役所へ、言って参ります!」と、のたまう。そんな事言われても、まだ起き抜けで、判断力のない頭がぼ~っとしている時に、ダイレクトにのたまわれると、ついて行けないのだ。ごめんな、母ちゃん、朝はテンション低くて、「役所へ何しに行くのん?」などと言って、貴女様のお話が聴けなくて・・・・

我が家の、娘の置き土産である、老犬も遂に、紙おむつをする事となった。なんと、犬用の紙おむつというのがあって、ちゃんと、しっぽの出る穴まで、空いているのだ。チャク、お前は、ほんまに長生きで、ご主人様孝行な犬やなあ・・・・お金かかるけど

有馬温泉には、愛犬と一緒には、行けないけど、犬用の手ぬぐいでも、お土産に買って帰ろうか?お前はタオルで遊ぶのが好きやさかいなあ・・・

とにかく、そんなこんなで、日々に追われている、我が家の家族は、命の洗濯に行って参ります。まだ、もうちょっと、先やけど・・・・遠足に行くみたいに、はしゃいでいるみかんであった。

                 byみかん

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6月のみかんの予定               09・6月3日

皆様、早いもので、今年も、もう半分が過ぎようとしております。毎日、慌ただしい日々に追われ、季節の変わるのも、ゆっくりとかみしめられない己を、自戒しつつ、今月の予定を、お知らせさせて戴きます。何卒、宜しくお願い申し上げます。

                   記

6月7日(日)       紙芝居教室ワンデイレッスン

               14時~16時 難波市民学習センター

6月7日(日)       「ほたるの夕べ」 東住吉アクションプラン

               18時半~19時半頃

               大阪市立東田辺小学校 谷町線駒川中野

6月14日(日)      「紙芝居大好きの会」定例会

               14時~16時  住吉人権文化センター

6月24日(水)       田辺親子サロン 田辺会館

                午前11時15分~11時40分

6月25日(木)       紙芝居サークルマザーズドリームお話会

                午後4時~4時30分 谷町線田辺駅

6月27日(土)       紙芝居教室in田辺  田辺文化サロン

                午後2時~午後4時

              すずき住建様田辺スタジオ 谷町線田辺駅

6月28日(日)       平野全興寺さん街頭紙芝居

                午後2時と3時    谷町線平野駅下車

以上でございます。尚、全てに関するお問い合わせ先、お申し込み先は

06-6621-2467(FAXも)山口迄お願い致します。

先日の5月31日に行なわれました、共生・共走マラソンは、お陰様で、良いお天気に恵まれ、しょうがいのある方も、そうでない方も、共に、活き活きと、豊かに生きていこうと云う主旨で、今年で16回目を迎え、大阪市立鶴見緑地公園で、無事に終えることが出来ました。当日、お世話になった、スタッフや、ボランティアの方々、出演して下さった方々、ステージを観に来て下さった方々、本当にありがとうございます。私は主催者ではございませんが、心から御礼申し上げます。

それでは、今月も、また、暑い日が続くと思いますが、皆様、くれぐれも、体調に気をつけて、素敵な日々を送ってくださいね。いつも、このブログを見て下さり、誠にありがとうございます。                 byみかん

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我が道を往く                 09・6月2日

私は、一つの決意をした。それは、紙芝居の学問を、これからは究めていくことだ。それは、とてつもなく、難しいことだし、物凄い努力を要するし、私の様な、単純な頭では、到底、歯が立たないかもしれない。

だけど、やると決めたからには、必ずやり抜く覚悟である。先人方の紙芝居に対する、熱い想いを形にするべく、私のような、無学で、若輩者が、こんなことを考えるのは、本当におこがましいことであるけれど、紙芝居を文化として大成させ、そして、今の時代に、如何に必要な大切なものであるかを、検証することを、私は、悟ったのだ。

そんな、紙芝居なんて、子供さんが楽しめたらええやんか、と言うお叱りのお言葉を掛けたい方もおられることと存じます。が、私は、もう決めたんです。紙芝居を本当の文化として研究し、実践と理論を体系的に纏め上げることが、どんなに大切なことなのかと・・・

人様に偉そうなことを言える程、私は大した人間ではありません。けれど、もう、その時期が来ていると思われるのです。こんな、生きにくい、人間を信じたいと思っても、混沌とした時代になってしまったら、やらせて戴くしかありません。

昭和の始めに、当時の失業者の方々の日銭を稼ぐ道具として生まれた、今の形の街頭紙芝居を、初めて、印刷をして、キリスト教の布教に活用しようと、思いついたのが、今井よねさんという女性です。そして、その、今井よねさんの影響を受けて、教育の現場で、子供達に紙芝居を見せることで、豊かな人間性を育もうとした、松永健哉氏を、私は尊敬しています。彼の努力には、本当に、人間の魂の底力を感じます。

先日、大阪国際児童文学館で、今井よねさんと、幼児紙芝居の先駆者、高橋五山氏の紙芝居を拝見させて戴いた。残念ながら、松永健哉の紙芝居はなかったが、戦前の紙芝居を見せて戴いて、感じたことは、本当に、先達は凄い想い入れを以って、紙芝居を創って来られたことが、その、力強い絵と、裏書を読むと、うかがわれる。

この貴重な、資料である、紙芝居を生かすべく、私は、紙芝居の歴史を紐解き、現代社会に於ける、紙芝居の文化としての位置づけなるものを、探求させていただくことを、心に誓った。

紙芝居には、日本人のその素晴らしい、叡智が詰まっているのだ。

あ~今日のブログの内容はテーマが重いな・・・けど、これは、避けて通られへんねん。

これからすこしずつ、文献を当たっていきまっせ。なんか、学生時代に戻った気分やなあ・・・♪:;;;:♪:;;;:♪:;;;:♪:;;;:♪:;;;

               byみかん

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