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無事ということの有り難さ           09・3月26日

昔は、手紙などで(今でもあるが)「つつがなく過ごす。」という言葉が在る。この「つつがなく」とは、お腹の中の寄生虫である、つつが虫のことを言うそうだ。なるほど、昔の人は、よく考えたものだ。

また、「何も便りが無いのは、元気な証拠」とも言った。現代のように、携帯電話やインターネットなどの通信方法が発達していない。増して、車も電車も無い、歩いて旅をする時代だったから、さぞかし、情報がキャッチ出来ないから、不安な日々を過ごしていたのかと思う。そんな、不便な時代の昔の時代の人々の考え方に、私達現代人は、時間や情報に翻弄されている我が身を、省みないといけないのかもしれないと、私は思う。

いかに科学が発達し、生活が便利になり、なんでも自由に手に入れることが叶ったとしても、人間の力ではどうすることも出来ないという、畏敬の念を私達は忘れてはならないと考える時が来たのではないだろうか?

最近の私は、結構真面目である。何故か?それは、みんな真剣に生きているからである。でも、こんな生きにくい時代やから、笑いも必要だと、うちは想う。肩の力を抜こう。自然体、いや、天然ぼけでもええかなあ・・・・

だんだん、今日のタイトルからかけ離れとるがな。どないしょ。まあ、みかんのひとりごつやから、堪忍してもらおう。とにかく、今日、うちが一番言いたいことは、「天災は忘れた頃にやって来る。」何事もなく、今日も一日、みんなが無事で元気である事に、感謝をしたいのだ。「ありがたい」と言う言葉は、「有り難い」と書く。つまり、あるべき事が難しい。言い換えれば、何事もなく一日を過ごすことの方が、難しくて大変だったのだ。昔は・・・

今、私達は、そういう何事もないことが当たり前のように考えているから、こんなに生き難い、大変な時代を迎えようとしているのだと思う。(今日は、我ながらええこと言うやんか!箪笥の角で頭打ったからやろか?)

今日、只今、この時を真剣に、真摯に生きたいと想いながら、反省はするけど、後悔はしたくないと、まだまだ、青臭いみかんであった。人生死ぬまで、勉強か・・・・修業か修行か、どっちか判らず、迷ってばかりいる私の生涯、いかなることか?この続きは、また、今度のお楽しみ!えっ?誰も楽しみにしてへんて?自分で突っ込んで、ぼけなあかん、大阪人の性(さが)をお許しください。ほんまに、いつも、こんなしょうもないブログ覗いて下さり、ありがとうございます!

                 byみかん

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