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今朝の新聞の記事を読んで・・・          09・2月2日

今朝の朝刊の第一面を広げると、85歳の男性が、80歳の癌の病に犯された妻と、最期まで、自宅で闘病したと云う記事が載っていた。一見、それは素晴らしいことで、夫婦の絆の深さを記事にしたもので、この世知辛い世の中に、一服の清涼な思いを呼び起こす記事ではあった。

だが、私はその記事を見て、何か違和感を覚えたことが、一つある。それは、もう、余命いくばくもない妻が、自宅で最期を迎えさせたいと云う、妻の願いを叶えるべく、終の棲家で、妻を見送ったという出来事を、新聞の一面のトップに載せ、その上、三面記事にその詳しい詳細を報道し、おまけに、その記事は、これからも続きがあるとのことであった。

では、何故私は、この記事に疑問を抱いたかということを、(いみじくも、母も全く同じ意見であった。)恐れながら、述べさせて戴きたい。

1)これからの時代、益々高齢者社会の問題が、増大していく中で、このように、自宅で最期を家族と共に、少しでも永く一緒に居たいと云う気持ちは、とてもよく判るが、高齢者の方が、高齢者を介護することは、非常に大変なことである。

2)また、そのような高齢者に方に負担を軽減する為に、介護保険の制度が出来、少しでも、介護する方の負担を軽減する為に、毎月の高齢者に貴重な年金から天引きして、デイサービスや、寝たきりの方の受け入れ先の施設を整えているのではないか。

3)これが、わたしのこの記事に対する、一番の疑問であるが、今、何故このような、自宅で、85歳に夫が80歳の妻の看病をして、見送ったことを、美談として報道をするのかが、全くわからない。なんの為に、高齢者の方が、介護に行き詰まり、無理心中を図ったり、また、息子や娘が自分の親とは言え、介護のストレスから、暴言を吐いたり、虐待するケースが、社会問題となっている昨今、何ゆえに、このような、時代に逆行した記事を、美談の記事として、大きく載せるのか、その意図が、全く理解に苦しむのである。

私も含めて、誰も好き好んで、自分の親を施設や病院のお世話にる選択肢を選んだわけではない。苦渋の選択をし、そして、今尚且つ、自宅で父の介護をさせてもらえたら、どんなに母も私も、心は救われるであろう。だが、母の肉体的な限界や、父の病状の悪化の限界を実感し、やれる手立ては、やり尽くした結果、今に至ったいるのである。

この記事が、おかしいと思ったのは、何よりも、自宅で家族や介護することが、理想であることを訴えているという、唯一、この一点にある。百の家族があれば、百通りのそれぞれの家庭の事情がある。一概に、自宅で最期を看取ることが、素晴らしいことであると安易に書き立てることは、何度も申しあげるが、これから、益々高齢者社会になっていく現代社会において、自宅での老老介護を勧めているようにしか、思われない。

誰しも、自分の最期は、自宅で迎えたいものだと云うことは、百も承知で、敢えて、私はこの記事に、苦言を述べさせて戴いたことに、ご理解戴ければ、幸いである。

               byみかん

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