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2009年2月

紙芝居教室での話の種は尽きない。      09・2月28日   

本日、大阪市東住吉区の田辺で、青空みかんの紙芝居教室を開講させて戴いた。いつも、遠い所から、熱心にお越しくださり、本当に在りがたい。

紙芝居教室と言っても、私が一方的に話すよりも、この教室では、出来るだけ、紙芝居の演じ方を実践して戴くことを、重きを於いて、進めさせていただいたいと想っております。

また、紙芝居を創るということにも、これからは、学習していき、より良い紙芝居を選んだり、演じたり、創作していきながら、紙芝居の世界に、どっぷりと浸かって戴けたら、幸いである。

勿論、紙芝居を実演して、観客の方に観て戴くことが、最も大切なことであると思う。したがって、来月、3月の紙芝居教室は、今まで、教室に着て頂いた方に出切るだけ多く発表して頂けたらと、考えている。

3月の予定は、確定次第、皆様にお知らせ致しますので、どうぞ、宜しくお願い申し上げます。

明日は、徳島県の、紙芝居ボランティアさんに、紙芝居のお話と実演に行かせて戴きます。昨年もお伺いして、大変お世話になりました。皆さんにお会いできるのを楽しみにしています。日帰りでバスで行くので、今日は、もう、休ませて戴きますね。皆さん、おやすみなさい。

             byみかん

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ええやんか、ええやんか!            09・2月26日

ええやんか、ええやんか!少しくらいええやんか!せやけど、高校生が自分の家で、密かに爆弾作る勉強するのは、ほんまにこまる。

ええやんか、ええやんか!少しくらいええやんか!せやけど、郵便代、十年間もごまかして、安うにまけてもろたら、ほんまにいや、こまる。

ええやんか、ええやんか!少しくらいええやんか!防衛費、ぎょうさん予算あるねんから、ちょっとくらい、減らしたいゆうておこったら、うちら一般庶民は、路頭にまようやんかいさ。

えやんか、ええやんか!少しくらいええやんか!ママチャリだって、市民権あるんやさかい、後ろに籠つけて、二人乗りでけへんでも、そら、かまへん。

ええやんか、ええやんか!人間みんな顔ちがうみたいに、心もちがう。考え方がちごうとても、根本的に理解し合えたら、そら、幸せが、ほら、すぐ其処までやって来る。

春がもうすぐ訪れるのと、おんなじように、みんなの幸せやってきても、ええやんか、ええやんか!絶対、みんな幸せになろな!

                byみかん

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初孫て、得ですね!              09・2月24日

買い物に行った帰りに、静流ちゃんの初節句ということで、ケーキ屋さんに寄って、ひなケーキを注文した。おひなさまのケーキだから、まあ、たかが知れているわいと、高を括っていたが、見本のケーキのお値段を見て、これは驚いた。

なんと、お誕生ケーキよりも、凄くお高いのである。「も~どないしょ?お誕生日のケーキにしとこか?いやいや、せっかくのおひな様の日やから、やっぱり、ひし形のケーキの方がええなあ・・・」などと、さんざん迷った。

そこで、私はやっぱり、ひし形のおひな様のケーキを予約することに決めた。しかし、ひなケーキには、可愛い静流ちゃんの名前が入れられない。そこで、私は、やっぱり言ってしもうた。「あのう、ひなケーキに、名前入れられますか?」

びっくりした店員さんが、奥のマスターに尋ねてくださった。すると、「おひなまつりと書いている紙と入れ替えに、お誕生ケーキのチョコレートのプレートに、名前を入れることができます。」とのこと。さすがは、マスター、機転がきくね!

私は、これで、しっかりと静流ちゃんの名前もいれてもらえた、雛ケーキを注文出来て、大満足で、ケーキ屋さんを出た。

ほんまに初孫は得やと思いつつ、せやけど、ケーキ食べるのて、当人以外の大人やから、結局、一番喜ぶのは、母親の我が娘か?あの子は、小さい時からチョコレート好きやったから、絶対、静流ちゃんの名前の書かれている、チョコのプレートは、あの娘がたべるんやろなあ・・・名前入れてもろて、正解やった。

月3日の初孫の初節句の日に、娘がケーキを見て喜ぶ顔を、今から楽しみにしている、ばばバカ、いや、親バカのみかんであった。

                byみかん

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ほんまもんの文化とは?         09・2月23日

映画「おくりびと」が、アカデミー賞の外国語映画賞を見事勝ち得たということで久しぶりに明るいニュースが飛び込んで来た。私もこの映画を観させて戴き、その感想をこのブログに書かせて戴いた。

この映画が、何故素晴らしいかというと、主演のもっくんも、おっしゃっていた、日本人の「おもてなしの心」というものが、亡くなった方やそのご遺族の方に対する、死者の尊厳の意味を深く捉えて、この日本独特のものである、「おもてなしの心」が、美しい日本んの自然を背景に、端的に、しかも細やかに表現されれいるのではないかと、私は思う。

では、「おくりびと」のような映画には、ほんまもんの文化としての価値があるのだと思うのだが、ほんまもんの文化とは、一体なんぞやと問うと、それは、一言で述べると、「ずっと、残る普遍的な要素を持っているもの」と、私は考える。

なんや、話がまた、小難しゅうなって、恐縮ですが、特に表現文化は、目に見えないものも在る。だから、人から人へと手渡していくのに手渡し方がそれぞれ違う。だが、永遠に残るほんまもんの文化の根底には、人間の生きることの尊さや喜びのメッセージが込められていっるのだと、考えるのだ。

「おくりびと」は、そういう、ほんまもんとしての意味が、日本人だけでなく、世界中の人々に理解され、認められたという点で、ほんまもんの文化んなのだと、私は思う。

そこで、また、映画を紙芝居に置き換えて考えるのが、私の癖であるが、やっぱり、同じ紙芝居を、やらせて戴くのなら、うちは、紙芝居をほんまもんの文化としての価値の在るものとして、伝えさせて戴きたいと想う。

それは、これからまだまだ、不断の努力と切磋琢磨を要するであろうが、やらせて戴くだけの価値があるのだと、自負している。まだまだ、自分は人間として未熟で至らない処が多々在るが、紙芝居をほんまもんの文化としての価値に高め、本当に人々の心に感動して戴き、喜ばれ、生きる勇気を喚起して戴けるように、自分を磨いて、紙芝居を演じさせて戴けたら、こんな嬉しいことはない。

ほんまもんの文化て、時には人に優しく、時には、勇気を呼び起こす逞しさがあり、時には、繊細で細やかな要素を持った、ちょっと捉えにくいものですね。でも、人間が生きていく上で、ほんとうに大切な普遍性の要素を持っているものなのだと言えると思います。それは、人間が築きあげてきた叡智と言っても良いでしょう。

              byみかん

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文庫と、暫し別れの日             09・2月21日

久しく訪れることが出来なかった、近所のお寺の文庫にお邪魔した。いつもなら、閉門ぎりぎりの5時前に行くことが多いが、今日は、貴重なお休みの日を遣い、最近疲れ気味の身体にパワーを戴きたいと想い、3時過ぎに、愛車のママチャリに乗って、いざ、文庫へ!

山門をくぐり、まずはご本尊様にお参りをした。何時もなら、お賽銭を10円入れさせてもらうのだが、何故か今日は、100円玉を、お賽銭箱に入れ、一心にお参りさせて戴いた。

境内の文庫に向かうと、文庫の方で、「紙芝居の人が来たよ」と言う声が聞こえる。私は少し気恥ずかしい気持ちになったが、文庫の門をくぐった。

すると、「わ~、山口さん、ええ時に来たね。今、写真撮ってるから、上がって、上がって!」と言う、文庫のお世話をしておられる、Mさんに歓迎されて、私は急いで、靴を脱いで、お邪魔した。Mさんの話によると、なんでも近々、こちらの文庫を新しく建て替えられるとのことで、記念に残す写真を、文庫に何時も来ている、二人の子供さんと、撮っている真っ最中だとのことだった。

私は、それを聞いて、少し寂しい思いをした。何故なら、ここには、本と一緒に、昔の紙芝居がたくさんあって、正しくこの文庫は、私の心の居場所だったので、新しくなるのは嬉しいが、暫くMさん、子供達、そして、紙芝居達に会えなくなるとおもうと、心の中に、ぽかんと、穴が空い様な気持ちになる。

ああ、だから、私は今日ここに、導いてくださったのだ!と、変に納得したのであった。最後だということで、子供達と一緒に写真を撮ってもらい、ついでに、私の紙芝居を演じている所も撮ってもらえるとのこと。本当に在り難い。

お姉ちゃんの方の子供さんが選んでくれた紙芝居「とんまなおおかみのはなし」と言う、紙芝居を実演させて戴いた。これは、初めて出合った紙芝居だが、もう、本当におおかみが、気の毒なぐらいとんまで、おもしろい内容だった。私は、実演しながら笑ってしまうということは、めったにないのだが、このお話は、思わず吹き出してしまい、みんなで、大笑いした。

楽しい時間もあっと言う間に過ぎて、お寺の閉門を告げる鐘の音がゴーンと鳴った。私達は、名残惜しみながら、文庫を出た。すると、文庫の前の中庭の奥に、二宮金次郎の像があって、そのまえの大きな釜に、太陽の光が当たって、まるで、釜戸の中に火が燃えているように観えて、私達はとても感動しながら、ながめた。

きっと、文庫にさよならをしに来た私達に、応えてくださったのであろう。ありがとう!文庫さん。暫くお別れだけど、今度の新しい文庫になったら、みんなが、もっと楽しく集える居場所になってくれたらいいのにと、心から願い、お寺の山門を出た。

勿論、久しぶりに会ったMさんと、それから、なが~いお茶タイムを過ごし、お互いの日頃のストレスと心の垢を、話を聞き合うことで、洗い流したことは、言うまでもない

                byみかん

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最近、幸せに感謝できるようになって来ました。     2月20日

最近の私は思うのです。私は、なんて幸せなんだろうって!お金はないけど、好きなことをやらせて戴いて、仲間がいて、そして、応援して下さる方がいる・・・・

志を立てて、紙芝居を普及させることで、世の中の人々が明るく、元気に生きる喜びを見出してもらって、幸せになってもらいたいなんて、思いあがったことを考えていました。でもね、最近気づいたんです。好きな紙芝居を、観て下さる観客のかたが、居るから、私は幸せなんだと・・・・

好きなことをさせてもらって、喜こばせて戴いていることに、感謝しないといけないんだと、ようやく気が付いた、蛍光灯の私です。紙芝居が出来ることが当たり前なんだと、思う心があったことは事実です。

でも、よく考えたら、紙芝居を始めた頃は、誰が喜んで、こんな下手くそな紙芝居を、好き好んで観てくれますか?それ所か、もう、来なくていいとか、紙芝居をしているというだけで、理不尽な思いを一杯してきました。

今は、ようやくこんな私の紙芝居の実演でも、喜んで観てくださる方がおられる。紙芝居を一緒に学んでいく仲間の方が居てくださる。本当に、紙芝居をやめず、続けて来て良かったと、最近は心から思えるようになりました。

夢はでっかく、志は大きく、だけど、地道な稽古と実践の積み重ねをしていくことで、本当の意味での、紙芝居価値が活かされるのだと、私は信じて、これからも精進します。

              byみかん

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一体誰の為の政治なのか?            09・2月18日

自民党の、麻生首相の下での、数々の政治不信、辞任劇、内紛等など、今、私達のこの日本の国は、一体全体、何処へ流れされていくのだろうか?

それなのに、自民党の議員の方の中では、何時も決まりきった言葉しか出てこないのが空しい。それは、「このままでは、麻生さんでは、選挙は勝てない。」

私は、この言葉を今まで、何人もの首相が次々と代わる度に聞かされてきた。だが、その考え方、ちょっと待って!戦うとは、一体誰の為に戦うのですか?自分の組する政党の為ですか?それとも、各々の議員さんが、当選する為ですか?自分達の今まで築き上げてきた地位を守る為なのですか?

よく、政治家の先生方がお話される時に、「国民の為」とおっしゃる時と「国民の皆様方の為」と、時と場合によって、言葉がぶれている政治家の方がおられます。

私は、何時もその時、思うことは、「嗚呼、この方は自分の言動に迷いがあるのだ。」

言葉は、その人の人間性の、最も端的に現れる表現です。遣う言葉で、その人の考えや価値観、品格さえも窺えます。

お話を元に戻しますが、「選挙が戦えない。」とか。「退任させて、新しい首相を立てなければ」等と言う言動を聞くと、全くうちら、一般庶民の立場に立ったり、同じ目線で、国を立て直そうと本気で思ってくれているとは、到底考えられないのです。

少なくとも、自分達の面子や体裁、保身が優先順位の真っ先に立つことしか考えていないとしか、考えていないようにしか思われないのです

こんな事を考えているのは、果たして私だけなのでしょうか?一介の庶民の戯言とと、聞き流すも良し、この考え方に共感戴き、真剣に今の日本のことを考えて戴けるのなら、それはそれは、本当に有り難いです。

紙芝居に、こんな話があります。とてもぜいたくな王様が居て、お金がなくなったので、働き者のあひるにお金を借りました。ところが、この王様は、あひるにちっともお金を返そうとさません。あひるは、王様のところへ、お金を返してもらいにお城へ向かいました。その道中で、きつねと、蜂と、川が一緒について行ってくれることになりました。

王様は、あひるにお金を返す所か、あひるを釜茹でにしたり、首をちょん切ろうとしました。そんな危機一髪の時に、仲間のきつねや蜂や川が、あひるをたすけてくれます。最後に、川で落とした王様の冠をあひるが頭にかぶると、ぴったりと合いました。国中の人々は、なまけ者の王様よりも、働き者のアヒルの方が、ずっと王様に相応しいと思い、「あひるの王様ばんざい!」とさけびました。これは「あひるの王様」(脚本 堀尾青史 絵 田島征三 童心社)という紙芝居の作品の内容です。

皆さんも、どうか、国を心から守ってくれるリーダーを、本気で自分達自身の手で選ぶ時代がやって来たのではないかと思いませんか?

                   byみかん

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紙芝居が完成しました!             09・2月16日

私の住まいする地域の街造りにグループ「東住吉区アクションプラン」さんが、兼ねてから手掛けていた、創作紙芝居が遂に完成しました!

題して「三丁目のわんぱくケンタ」 この紙芝居は、一人のわんぱくな、サッカー大好き少年である、ケンタという少年の成長を通じて、地域の防災意識や、助け合いの心、また、本当の勇気とは、何かということを知ってもらうことをテーマとして、豊かな街造り運動の啓発のお役に立てることを願うのです。

紙芝居は、何時でも、何処でも、誰でもが楽しみ、親しみ、慈しみ合える素晴らしい居場所を提供することができる特性を持っています。

この「三丁目のわんぱくケンタ」の紙芝居が、さまざまな街で実演され、人々がより住み良い街になる為のコミュニティー作りが出来るように、活かされる為に努めさせて戴けたらと想います。

紙芝居を創るのに、大変なご尽力を戴いた、アクションプランの皆様方、また、製作会社の方、アドバイスを戴いた識者の先生、本当にありがとうございます。紙芝居は協働できる、素晴らしいツールですね。一人でも多くの方々に、この紙芝居を観て戴けたらと、願っております。

                byみかん

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祝!ココログブログ登録者1700名       09・2月15日

ちょっと皆さん聞いてください。知ってましたあ?このブログて、携帯でも見れるですね。今朝がた、朝起きるなり、家のお嬢様が、「お母さん、私、いけめんパラダイスなんか借りてないよ!訂正しといてや。マウスピィースのことも書いてるやんかいさ!」とのたまう。

そうか、前々から薄々は感じ取っていたのだが、やっぱり娘は、母君様のブログをチェックしてたのか・・・・・やばい!」

ためしに、自分の携帯でアクセスしてみた。「わっ!昨日書いたのん、そのままやんか!」(当たり前やけど・・・・)

皆様、このブログを登録された方も、今日めでたく1700人となりました!益々、ブログは広がる。身近な家庭から?

なんのことかわからんけど、今日の私は、ずっと風邪をひいていたので、面会を遠慮していた、愛する我が初孫の静流ちゃんと、久しぶりに御対面したのです。久しく会わない間に、静流ちゃんは、もうお座りが出来るようになり、とっても嬉しそうに、得意気に笑ってくれるのです。{う~ん、マイスイートメモリーハニーしずるちゃんあなたは、どうして、しずるちゃんなの?}どっかで聞いた台詞ですね。

今日は、みんなでお買い物、お買い物、と云う訳で、初めて電車に揺られて、デパートメントストアーに参りました。お昼を食べた後、7階の授乳室と言う所へ、初めてお邪魔しました。すごい!産婦人科の待合室顔負けの、ソフアーが並べていいて、その奥には、男子禁制の大奥のような、お母さんが赤ちゃんにお乳をあげるお部屋が、いくつも在るのです。

こんな立派な設備、うちら子育てしてた時なかったよなあ!少々、カルチャーショックを受けたみかんであったが、娘は早速、ベビーベッドに静流ちゃんを寝かせて、おむつの交換。

紙おむつを持って、娘がトイレに行っている間、静流ちゃんと私の二人っきりの至福の時。静流ちゃんは寝返りをして、とってもうれしそう!

娘が帰ってきて、交代して私はトイレに行き、戻る時に、どうしても赤ちゃんのおもちゃが目につく。「なるほど、トイレと授乳室の間に距離があるのは、消費者の購買欲を駆り立てる為であったのか。さすが!」そんなことで、変に納得して、私も静流ちゃんが六ヶ月になるお祝いに、おもちゃを購入した。

静流ちゃんは、そのおもちゃが気に入ってくれたようで、私も嬉しい。でも、それも束の間、エレベーターに乗ろうとした時に、そのおもちゃを床に落としてしまった。すかさず、娘が「舐めたら、汚いから、帰ってから洗って使おうね。」とのたまい、静流ちゃんに気に入ってもらったおもちゃは、あえ無くバッグ入り。

「まあ、今時の子育ては、こんなもんか!」と、私も仕方がないと、自分で納得しいしい、お決まりのコース、551のぶたまんを買って、家路に着いた。やれやれ、お疲れ様でした。

           byみかん

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みかんのバレンタイン           09・2月14日

今日はバレンタイン。そう、女性から愛を告白する為に、チョコレートをプレゼントする日なのです。そんな肝心な日なのに、私は風邪が依然として治らず、お布団の中にもぐっている始末。

いけませんねえ。こんなんじゃ!娘と言えば、土曜日で休日だと言う事で、兼ねてから予約していた、マウスピィースが仕上がったとかで、朝から歯医者さんに行き、帰宅してからは、ずっとお家に篭もりっきり。

嗚呼、なんと、お色気のない母娘でありましょうか。みなさん!

唯一、母だけが、大好きな氷川きよしの歌を聴いて、人生を謳歌されたまうのでありました。ほんまに、誰がこんな行事決めたんでしょうね?

少なくとも、我が家では、こんな有様で、世の女性達のように、チョコレートとは全く無関係な次元の女性の粒ぞろいでありました。

まあ、13日の金曜日よりはいいか!義理チョコとか、感謝チョコとか、ちょこっとプレゼントさえしない、こんな世間の一般常識からかけ離れた我が家ではありますが、愛犬チャクと一緒に、お金はないけど、愛は在るのだと、ひとり、息巻いているみかんであった。

夜、また、TUTAYAで、「いけめんパラダイス」のビデオを借りてきて観ている娘の隣で、密かに、このブログを打つのであった。こんな文章打ってるのん見たら、おこられるやろなあ・・・・あっ、うちもはよ、「難波の華」見んと、終わってしまう!

               byみかん

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おめでたい、春一番!          09・2月13日

今日は、全国の各地で春一番が吹いたそうだ。そして、私立高校の入学試験の合格発表も行なわれた。うちらが、受け持たせて戴いている生徒さん達は、全員、見事に合格された。おめでとう!本当によかったね。

まだ、公立高校の入試を控えているが、とりあえず、これで安心。でもね、君達の合格の陰で、そっと無念の涙をのんでいる人がいることを、忘れずにいようね。

日本の入学試験の制度は、まだまだ当分変わりそうにないから、変わらないのなら、やるしかないね。偏差値で、志望校を決めないで、本当に自分が行きたい学校が見つかるといいのにね。

なりたい自分になれるように、うちは望んでいるさかい、みんな、あきらめんと顔静ろうね。うちは、ほんの支えにもならんけど、応援し続ける気持ちは、もっとるさかいに、受験生諸君、ここが、踏ん張り所やから、こつこつ努力することを、惜しまないでください。

桜の花が咲く頃には、みんなの笑顔が見られることを、心がら願ってます。

                   byみかん

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紙芝居の実演会のお礼             09・2月11日

本日、大阪市立平野図書館二階多目的室で、「紙芝居だよ 全員集合 おとなも子供もよっといで」という、私達「紙芝居大好きの会」のメンバー主催の紙芝居のお話会をさせて戴きました。

お陰様で、祝日ということもあって、お子さんから大人の方まで、沢山の観客の方々に来ていただき、本当に嬉しかったです。

本番では、紙芝居のほかに、パネルシアターやマジックショーの披露をして戴いて、お話会を盛り上げて戴きました。

私は、参加して下さった方やお越しくださった方、また、場所を提供して下さった、平野図書館の方、すべてのお世話になった、お一人お一人に、感謝の念を抱いてお礼の言葉を述べさせて戴きたいのですが、この場をお借りして、お礼を申し上げることをお許し下さい。

本日のお話会が、子供さん達や、大人の方々に楽しんで戴き、心の隅に思い出として残って戴けたら、こんな嬉しいことはございません。

また、是非、このような、紙芝居のお話会をさせて戴きたいと想います。本当にありがとうございます!風邪ひきは、冷や汗かいて、治ったようです。本当に、何かに夢中になると、病気も吹っ飛んでしまうものなのですね。恐るべき、紙芝居パワーでした。

                   byみかん

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紙芝居の発表会のお知らせ        09・2月9日

いよいよ、明日は大阪の私立の入学試験日!みなさん、初めての受験で、緊張するのは当たり前ですが、どうか、いつも通りの実力を発揮してくださいね。良い結果が出ることを心より願っています。

さて、そんな緊張した私立の受験の次の日は、暫し、紙芝居を観て、身も心もリフレッシュしませんか?勿論、受験生の方に限らず、何方様もお気軽に起こし下さいませ。

来る、2月11日(水祝)  午後2時半~4時迄  

大阪市立平野図書館二階の多目的室 (JR平野駅、地下鉄谷町線平野駅からバスですぐです。)

「紙芝居だよ、全員集合!おとなも子供もよっといで」 入場無料

主催  「紙芝居大好きの会」

共催  大阪市立平野図書館

実演プログラム   「みんなでぽん」 「手袋を買いに」

             「へんしーん」  「てぶくろ」

             「こっこおばさんのおいしいレストラン」

             「だんごひょいひょい」

             「いなむらの火」 (大型紙芝居)

             お楽しみパネルシアター

             やすけんのマジックショー

*都合で、順番やプログラムが変更する場合があります。

また、当日の午前中には、平野図書館のボランティアグループ「あっぷぷ」さんによる、大人の方が楽しめる、お話会を崔されます。どうぞ、2月11日は、平野図書館で、一日、楽しい時間をお過ごし下さいませ。

以上、お問い合わせは、06-6621-2467(FAXも)山口までお願い致します。 

皆様のご来場を心よりお待ち致しております。☆*:;;;;;;:*☆*:;;;;;;:*☆*:;;;;;:*☆*:;;;;;:*

受験生、ガンバ! BYみかん

                        

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ええとこだけ見るのは、難しい?         09・2月8日

先日、風邪でうろうろの状態で、塾の授業に入らせてもらっていた時、国語の四字熟語の問題で、「一長一短」と言う言葉があった。案の定、生徒さんに、「これってどういう意味ですか?」とダイレクトに聞かれた。

さあ、大体の意味はわかるんやけど、はっきりと言えないので、自分の心の友である、国語辞典をめくって、意味を調べた。「人にはそれぞれ、長所もあれば、短所もあるという意味やよ。」

私はこの言葉の意味を調べて、なるほど、昔の人はなかなかええこといいはると、思った。人間、誰しも長所もあれば短所もある。また、短所は見方を変えれば、長所になるし、その反対もある。なるほど然りである。

だのに、うちら凡人は、なかなか人の良い所を認めないで、どちらかと言うと、悪い所ばかりをあげつらう帰来があるもんだ。特に、自分と馬が合わない人となると、欠点ばっかりを見て、陰口たたく悪い癖がある。

日本人は勤勉で真面目なだけに、出来ていないことを許すことが出来ない民族なのか?はたまた、現代社会では、効率や能率ばかりを重んじて、人々の心に余裕がなくなってきたのであろうか?人を赦すということが、なかなか出来ない時代になってきた。

確かに、言葉は大切である。だけど、人間だもの間違いはあるさ。後で考えると、「なあんだ、あれっぽっちのことで・・・・」と、くそ真面目な性格の私は、よく義憤に駆られて、憤慨することが多く、反省する。

だから、せめて、子供達には対しては、できるだけいい所を見るように努めている。子供達だから、一杯未完な所はあって当然だ。せやけど、いいところを誉めてあげると、凄く喜んで、瞳を輝かせてくれる。

考えてみれば、私自身も、親に叱られたことよりも、誉めてもらったことの方が鮮明に覚えているように思う。これも昔から、「三つ叱って、七つ誉めよ」という言葉があったと思う。

人様の良い所を見て、自分もああなりたいなあと、想うようになれたらしめたもの。上方落語界のサラブレッド、桂米團冶さんの落語を観て、自分も、あんな素晴らしい舞台を務めることの出来る、紙芝居の演じ手になりたい。ああ、あやかりたい。あやかりたい。と、そっと、憧れの矢を手中に握りしめ、いつかは、放つ時期(とき)が来ることを信じて止まない、みかんであった。

                byみかん

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風邪は、万病の元             09・2月7日

すんません。また、風邪をひいてしまいました。

すんません。また、声が出なくなってしまいました。

すんません。また、各方面の皆様方に多大なご迷惑をおかけします。

すんません。出来るだけ早く、速やかに声が出るように努めます。

すんません。このブログを御覧戴いている皆様、勝手致しました。

せやけど、なんでんなあ。去年は風邪を全くひかなかったのに、今年の冬は、えらい風邪ばっかりひいて、やっぱり、若い?とは言え、歳には勝てないのでしょうか?(なんのこっちゃ!)

昔から、風邪は万病の元と申しますが、ほんま、風邪ひいたら、気力、体力、おまけに食欲までなくなり、一番こまったのが、集中力でんなあ。熱で意識が朦朧として、おまけに声出えへんから、何が言いたいのか、伝えられへんのです。ほやから、笑顔でにかにか笑ってごまかすと云う戦法もありますが・・・・

風邪ひいて、一番こまるのは、やはり、考え方が後ろ向きになることでんなあ。もう、お布団に入って、じっと寝ていると、自分の可能性が狭められていくようで、辛いどす。

も希望も、健康な身体があってこそ、成し遂げられると鑑み、養生して、早く元気になって、みかんの紙芝居を皆さん、観とくなはれ!

                 byみかん

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2月のみかんの予定            09・2月3日

寒中お見舞い申し上げます。今日が節分と言うことで、歳の数だけ豆を食べた方もそうでない方も、どうか、今年一年、マメに暮らせることを願っております。大変遅くなりましたが、今月のみかんの紙芝居の活動のご案内をさせて戴きます。宜しければ、どこかで、観て戴けたら、こんな嬉しいことはございません。

                    記

2/8(日) 午前中   大阪市立川北小学校(大阪市西淀川区)で、節分のお餅付き大会

              ~紙芝居大好きの会の皆様と共に~

2/9(月)       午後2時~2時30分有馬外科デイサービスさん

             大阪市東住吉区

2/11(水・祝)     午後2時半~4時まで「紙芝居だよ全員集合」

             紙芝居大好きの会主催大阪市立平野図書館

2/21(土)                午後2時~4時  青空視観紙芝居教室 

          すずき住建さん田辺スタジオ(なちゅらるすずき)

2/22(日)       午後1時と3時キッズプラザ(扇町公園内)

           ボランティアさんのグループ発表会のアドバイザー

2/25(水)       午前11時~11時30分田辺親子サロンさん

以上、宜しくお願い申し上げます。上記に関する全てのお問い合わせにつきましては、

06-6621-2467(FAX も同じ)山口まで、お願い申し上げます。

明日から、立春。暦の上では春となりますが、まだまだ寒い日が続きます。どうか、皆様風邪など召されないように、お身体を労わって下さいませ。

皆様に喜ばれる、紙芝居を実演すべく、練習台になってくれる母に感謝しつつ、ご近所迷惑にならないように気をつけながら、紙芝居の稽古に励みたいと想います。昨年は、私の不注意から、声が全く出なくなり、大勢の方々にご迷惑をおかけしましたが、お陰様で、声もほぼ以前の通り出るようになり、ほっとしております。3月には、今年も、徳島に参る予定です。紙芝居ボランティア「おしゃべりくまさん」の皆様にお会い出来るのを楽しみにしております。また、このブログを見て下さっている皆様、本当に何時もありがとうございます。これからも、エンジンかかるのが遅いし、頭も蛍光灯やし、天気はノーなみかんではございますが、よろしゅうおひきたれ、ちゃうは、お引き立て申し願い奉りまする。ちゃちゃんちゃんちゃん

               byみかん

              

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今朝の新聞の記事を読んで・・・          09・2月2日

今朝の朝刊の第一面を広げると、85歳の男性が、80歳の癌の病に犯された妻と、最期まで、自宅で闘病したと云う記事が載っていた。一見、それは素晴らしいことで、夫婦の絆の深さを記事にしたもので、この世知辛い世の中に、一服の清涼な思いを呼び起こす記事ではあった。

だが、私はその記事を見て、何か違和感を覚えたことが、一つある。それは、もう、余命いくばくもない妻が、自宅で最期を迎えさせたいと云う、妻の願いを叶えるべく、終の棲家で、妻を見送ったという出来事を、新聞の一面のトップに載せ、その上、三面記事にその詳しい詳細を報道し、おまけに、その記事は、これからも続きがあるとのことであった。

では、何故私は、この記事に疑問を抱いたかということを、(いみじくも、母も全く同じ意見であった。)恐れながら、述べさせて戴きたい。

1)これからの時代、益々高齢者社会の問題が、増大していく中で、このように、自宅で最期を家族と共に、少しでも永く一緒に居たいと云う気持ちは、とてもよく判るが、高齢者の方が、高齢者を介護することは、非常に大変なことである。

2)また、そのような高齢者に方に負担を軽減する為に、介護保険の制度が出来、少しでも、介護する方の負担を軽減する為に、毎月の高齢者に貴重な年金から天引きして、デイサービスや、寝たきりの方の受け入れ先の施設を整えているのではないか。

3)これが、わたしのこの記事に対する、一番の疑問であるが、今、何故このような、自宅で、85歳に夫が80歳の妻の看病をして、見送ったことを、美談として報道をするのかが、全くわからない。なんの為に、高齢者の方が、介護に行き詰まり、無理心中を図ったり、また、息子や娘が自分の親とは言え、介護のストレスから、暴言を吐いたり、虐待するケースが、社会問題となっている昨今、何ゆえに、このような、時代に逆行した記事を、美談の記事として、大きく載せるのか、その意図が、全く理解に苦しむのである。

私も含めて、誰も好き好んで、自分の親を施設や病院のお世話にる選択肢を選んだわけではない。苦渋の選択をし、そして、今尚且つ、自宅で父の介護をさせてもらえたら、どんなに母も私も、心は救われるであろう。だが、母の肉体的な限界や、父の病状の悪化の限界を実感し、やれる手立ては、やり尽くした結果、今に至ったいるのである。

この記事が、おかしいと思ったのは、何よりも、自宅で家族や介護することが、理想であることを訴えているという、唯一、この一点にある。百の家族があれば、百通りのそれぞれの家庭の事情がある。一概に、自宅で最期を看取ることが、素晴らしいことであると安易に書き立てることは、何度も申しあげるが、これから、益々高齢者社会になっていく現代社会において、自宅での老老介護を勧めているようにしか、思われない。

誰しも、自分の最期は、自宅で迎えたいものだと云うことは、百も承知で、敢えて、私はこの記事に、苦言を述べさせて戴いたことに、ご理解戴ければ、幸いである。

               byみかん

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