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2009年1月

三度目の正直                 09・1月31日

今年に入ってからずっと、いろいろと自分の身の回りで、出来事が起き、また、精神的、肉体的にも、かなりしんどい日々が続いた。そして、今日、久しぶりに一日中、外に一歩も出ず、ゆっくりとお休みをさせてもらった。

夜、テレビで、たまたま消防士のドラマと、刑事のドラマを立て続けに観た。そして、気づいたことがある。消防士さんも、刑事さんも、自分の命を犠牲にして、人命を救うのではなく、自らの命も生かして、尚且つ、人様の命を護ろうとする、使命感を持っておられる。

そして、その尊い志や使命感を次の世代の若い後輩に受け継いでもらうべく、努力を惜しまず、行動しておられる。この事実を観て、私が思ったことは、今、紙芝居を文化として普及して、この生きにくい世の中が、少しでも生き易くなっていって欲しいと願いつつ、活動をさせて戴いている。

だが、まだまだ、自分の力の無さと未熟さに、恥じ入り、それでも、何故か自分がやらせて戴きたいことの方向は、間違っていない。絶対に、今の時代に紙芝居は、必要なものだと信じている。

紙芝居は、その誕生から現代までに、二度の興亡があった。一度目は、紙芝居が誕生した、今から凡そ80年近く前、昭和5~6年の頃であった。その発生は、街頭紙芝居であったが、教育の現場に紙芝居を取りいれた、松永健哉や、高橋五山の活躍があった。

だが、まもなく日中戦争が始まり、紙芝居は、国策紙芝居という形で、民衆の戦意高揚の道具として、利用された。

二度目の紙芝居の隆盛は、第二次世界大戦の直後、焼け野原の中で、復員兵や戦争で焼け出されて、生活に困った人々が、生きていく為に、街頭紙芝居が再び、現れたのだ。

そして、今まで別々に活動していた、街頭紙芝居と教育紙芝居に携わる人々が共に協力して、紙芝居の復興に汗を流された。御存知、「黄金バット」の作者、加太こうじ氏と、童心社の前進であり、戦後の教育紙芝居の母とも言うべく稲庭桂子氏らが、手を取り合って、紙芝居の普及活動を精力的に行なった。

そして、街頭紙芝居は、戦後の子供達の心を捉え、また、教育紙芝居は、小学校の国語や社会の教材にまで発展していったのであった。

だが残念なことに、テレビの普及と高度成長の相乗効果?で、街頭紙芝居は、街角から消え、教育紙芝居は、行政の予算の改革法に拠って、小学校の教育の現場から無くなってしまった。

そして、平成の現代、私達は三度、紙芝居の新たな価値を見出し、そして時代をより良きものにしていく為に、今一度、紙芝居の持つ素晴らしい特性と、本物の文化として確立し、子供達の心だけではなく、この時代を生きる全ての人々の心を救う紙芝居であって欲しいと願いつつ、私は活動をさせて戴いている。

現代社会で、多くの先達が努めてこられたことを、肝に銘じ、青空みかんは、今日も平成の時代に、本当の青空と、みかんのような、温かいぬくもりのある心を、人々にお届けし、広がってくことが、自分の喜びであると、信じているのであった。(かっこええなあ・・・)

               byみかん

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父の手術無事済みました。            9・1月29日

以前から、寝たきりになってしまっている、81歳の父が、急遽、食べ物を飲み込むことが出来ないので、胃に管を通して、栄養を摂る為の手術が、行なわれた。

一昨年は、骨肉腫の為、左手の親指の切断の手術をし、昨年は、母のぺースメーカーを入れての全身麻酔の手術に立会い、今年もまた、父の手術に向かい合わなければいけない。だが、これで、両親揃って、長生きしてくれるのなら、こんな嬉しいことはない。

かけがえのない二親に、生きていてもらえるだけで、幸せだと思う。いろいろ、大変だけど、後悔のないように、見守らせていただこうと、心に決めている。

苦労性の母も、一安心したようで、ご機嫌がいい。私は、連日の緊張とストレスで、少々、グロッキー気味だが、また、一晩ぐっすり寝たら、大丈夫!

最近は、しんどい時や、落ち込んだ時に、孫の静流ちゃんの顔を思い浮かべることにしている。携帯の待ち受けも、勿論、静流ちゃん!本当に、彼女の顔を見ていると、心が癒される。私は、こんなに幸せで、有り難いと、感謝している。

少々、へこたれる事もありまするが、紙芝居の舞台の横に立ち、子供達の息を呑んで、たたずむ空気と、彼ら、彼女達の真剣な眼差しを実感出来ることが、私の人生最大の喜びだと想います。

どうか皆さん、こんな生きにくい時代だからこそ、日常のささやかな、当たり前の出来事に幸せを見出せるようになれたらいいですね。お互いに・・・・☆*:;;;;;;:*☆*:;;;;;;:*☆*

                 byみかん

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継続は忍耐なり!             9・1月27日

すんません。このブログなかなか、毎日書き込みできなくて・・・言い訳はしません。自分を責めることもやめます。だけど、本当に、毎日続けることって、本当に難しいことですね。

私は、このブログを書き込むのを、毎日習慣に出来たらいいなあと想ってるんですが、やはり、体力?いや、気力がなくなる時が、最近増えてきました。正直言って、パソコンの前に座るのが恐い時があります。

なんでって言われると、申し上げにくいのですが、自分の言ったことや、書いたことに責任を持つことて、結構大変なプレッシャーを伴うのです。こんな、字だけの、動画もあらへん素朴なブログやのに、毎日見て下さる方がおられることが、本当に嬉しいです。だけど、その反面、やっぱり、ええ加減なことは書けないかなあと、戸惑う今日この頃・・・・なんのこっちゃ?

この前の日曜日は、滋賀県の長浜と言う所へ、行ってまいりまして(本当は、全興寺さんの紙芝居の日でした!ごめんなさい。)子供さん達が、長浜や、琵琶湖にまつわる、昔話を題材にして、紙芝居を作り、その発表会をどうしても、観たかったので、行って参りました。

行ってみて、もう、びっっくりしました。何に驚いたと言うと、子供さん達の創った紙芝居の素晴らしい感性に惹かれたのです。紙芝居を創ることは、演じることよりも、もっと高度な能力を要します。

なんにもないゼロからの出発です。自分達でおはなしを、聴いてきて、それをもう一度、編集しなおして、文章を考え、下絵を描き、色を塗り、そして、実演もするのですから、紙芝居を創るということは、全ての総合的な能力と粘り強さと、そして、表現能力が結集されなければなりません。

こんな凄いことを、出来るなんて、やっぱり子供さんは、神様のお使いだ。大切に、この感性を育んでいってもらいたい。そして、この紙芝居創りが、来年も、これから先もずっと続いていってほしい。と、心から願った。本当に長浜へ行かせて戴いて良かった。

お世話になった、野部先生、村田様、そして、滋賀県紙芝居文化協会の皆様、本当にありがとうございます。大阪でも、きっと、素晴らしい歴史にまつわる逸話が一杯在ると想うので、いつかはきっと、大阪の財産になるような、紙芝居を子供さん達に創ってもらえたら、こんな嬉しいことはありません。

継続は、力なり。そして、継続することは、本当に忍耐が要ると、実感しているみかんなのです。だからこそ、楽しく続けていけたらいいなあと、想うのでありまする。どうか、末永くお付き合いの程、お願い申し上げまっする。(あ~たいそうな文章になってしもたなあ。えらい、すんまへん・・・)

              byみかん

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やさしさ紙芝居             9・1月24日

TUTAYAで、CDを借りてきました。3枚で525円やったから、いろいろ迷ったけど、水谷豊のアルバムと、氷川きよしの演歌と、桂枝雀さんの「地獄八景亡者の戯れ」と、まあ、バラバラの趣味で、恐縮です。

その水谷豊さんのアルバムの中に「やさしさ紙芝居」(作詞 松本隆・作曲 平尾昌晃)という曲があり、以前から気になっていたので、借りてみました。その曲の歌詞の中で一番は「人生なんて紙芝居だと 涙も笑顔も続きは明日 時って言う名の自転車こいで~」と、二番の「ねえ君 ぼくはこう想うのさ 人生なんて紙芝居だと 白くて大きな愛のぬり絵を笑いや涙の絵の具で染める~」と在る。

私は、特にこの二番の、歌詞がとても共感出来る。そうなんだ、人生は、紙芝居で、もう、過去には後戻りできなくて、笑ったり、泣いたりしながら、みんなそれぞれの自分色の絵の具で、白くて大きな愛というぬり絵を、などるのではなく、深く刻み込む様に、染めあげていくことなんだ。

百人居たら、百の作品の紙芝居が染め上がる。幾通りもの紙芝居をみんなが、実演しあい、この世の中を渡っていく・・・・人生は、まさしく紙芝居そのものの如く、人々の心をときめかし、そして、夢や希望に胸ふくらませ、そして、最期は、おしまい。と、それぞれの人生の幕を閉じる。

だから、一生懸命演じましょう。自分の為に。だから、楽しく演じましょう。観客に喜んでもらえるために。人生の紙芝居は、皆様方、お一人、お一人が、全て主役なのですから・・・☆*:;;;;;;:*☆*:;;;;;;:*☆*:;;;;;:*☆*:;;;;;:*              

                byみかん

お知らせ  明日25日の大阪市平野区の全興寺(せんこうじ)さんの紙芝居の日でございます。時間は、午後2時と3時の2回口演です。宜しくお願い申しあげます。 

                              

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有言実行のじれんま          09・1月23日

いつも自分に言い聞かせている言葉がある。「やってやれないことはない。やらずにできるわけがない。信じよう。ちっちやなことでも、喜びがあるから。」なんて、えらそうな事を言いながら、自分に今課せられている課題に、私は躊躇しているのが、自分で自分が歯痒いのだ。

だからと言って、自分を責めたくはない。考えたいのだ。立ち止まりたいのだ。ゆっくりと、結論を出したいのだ。いろいろな人の考えを聴いて、最後には、自分で納得のいく答えを出したい。ただ、それだけなのに、何故に、こんなに心が、揺れ動くのか判らない。決断すると、私は、止まらないのが、判っているからだろうか?

有言実行とは、自分の言ったことに責任と、それから、使命がある。せやけど、それだけやとおもんない。そこに、人生の楽しみや喜びがなければ、やってられない。

こんなことを言うたら、憚るかもしれんけど、地位や名誉に胡坐をかいている人の顔て、大体、あんまり楽しそうな顔したはれへん。しかめっつらや、口をへの字にまげて、自分の威厳を保とうとしていて、見ていてもしんどい時がある。そんな人に限って、自分の保身のことだけを考えるものだ。

ああ、うちは、今、そんな人間になろうとしているんかなあ・・・・自分を客観視でける人て、凄いよね。うちは、どうしも感情が先に出るにんげんやから、しんどい。せやけど、自分のことが、好きや。

誰になんと思われてもおいいから自分の信じた路を行くのみ。結果は後からついて来るさかいに、あんまり深うかんがえんとこ。為せばなる。為さねばならぬ。何事も、辛抱が肝心。渡る世間に、鬼はなし・・・かな?人間を信じたたいですね!みんなさん~

                byみかん

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ジャマイカで行こう!               09・1月21日

人生いろいろあるけど、一番いいのは、ジャマイカ婦人?になれと聴いたことがある。

じゃ、ま、いいか!ジャ、マ、イイカ、ジャマイカ・・・・・ばんざ~い!ばんざ~い!うん?そんなこんなで、私は今、人生の岐路に立っていて、結構深刻なんですが、ゴチャゴチャ考えててもしゃあない。えっ?そんなん無責任過ぎるて?さも在りなん。

だけどね、一寸先は闇、増して、今のご時勢、何があってもおかしくない時代やからこそ、枝葉末節、切捨て御免、天下御免の向こう傷?とにかく、しんどい、もう、考えるのがしんどい。せやから、行動しよう。楽しもう。同じあほなら、踊らにゃそんそん・・・・

すみません。今日の私は少し変です。何が言いたいか、結論出んけど、思いつきで、行動するのは、はばかるが、慎重になりすぎてもあかん。ほどほどがええ。完璧さを求めるとしんどい。せやからと言って、逃げるのも卑怯やと思う。

私は、意地っぱりな所があるから、それは、気をつけないといけないけど、これだけは、譲れないと思うものも、持っている。畏れ多いかもしれんけど、紙芝居のことに関しては、あまり軽く見られるのは、正直言って厭だ。だから、真面目にしろとか、手を抜くなとかいうのではなく、紙芝居を侮ったり、謗るのはやめて欲しい。

なんで、ジャマイカ婦人から、紙芝居の話になったのかは、判らんけど、多分、自分のこだわりを客観視したいのだと思う。こだわるから、しんどい。せやけど、甘くみられることが、耐えられない。やっぱり、頭が固いのかなあ?ジャマイカ婦人でなくて、アラスカ婦人ぐらいにしておこう。「あら、そうでアラスカ?」なんのこっちゃ!以上、みかんの一人ごつでした。

             byみかん

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一足早い一葉の便り             09・1月20日

それは、昨日の少し温かくなった冬の午後のことであった。何時もの如く、あちらこちらへ、久しぶりに、友人のOさんと会って、ゆっくりとくつろがせて戴いて、帰宅すると、玄関の郵便ポストに、母の行きつけのクリーニング屋さんの特売のお知らせの葉書きと一緒に、一葉の便りが入っていた。

「あっ!しおりちゃんからや!」私は、もう、一目散に玄関の扉を開けて、その葉書きに目を通した。其処には、あったかそうなセーターの絵が描いてあり、私が、彼女が住んでいる街の一本桜を是非観に行きたいと、年賀状に書いたので、その、返事をくれたのだ。

彼女=しおりちゃんと知り合って、もう何年になるだろうか、今では、すっかり高校生のお姉さんになっているが、私と出逢ったのは、確か、しおりちゃんが、まだ小学4年生の時だった。それから、しばらくは、音信が途絶えていたのだが、彼女が中学生になった2年生の、お正月に突然、年賀状を私に書いてくれたのが、きっかけで、折々に便りを交換しているのだ。

昨年の春、しおりちゃんの街に咲く、その立派な一本桜の写真を送ってくれた時、そのあまりの見事な美しさに感動して、是非一度、この目で観たいものだと、ずっと憧れていた。そして、「今年は、絶対に観に行くから、案内をおねがいね!」と、本気で書いて、年賀状を送ったのだ。

そのしおりちゃんが、喜んで、案内してくれると返事をくっれた。しかも、あったか~いおくりものですと、しゃれこんで、ふわふわのせーターの絵まで描いてきてくれて、本当に嬉しい。しおりちゃんの成長していく過程が、何よりも私の励みになる。

「しおりちゃ、あったか~いおくりもの、本当にありがとう!そちらは、山里で寒いでしょうに、一足早い春の便りをくれて、ありがとう!二人で一緒に、一本桜を絶対観ようね!」

               byみかん

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大阪国際児童文学館で、紙芝居の勉強でける!  09・1月18日

久しぶりの雨の日曜日、私達「紙芝居大好きの会」の有志、数名で、大阪は千里にある、大阪府立国際児童文学館をを訪れた。此処には、沢山の貴重な昔の紙芝居や、資料、研究書が所蔵されていて、かねがねから、行きたいと想っていた処だ。

予想どうり、館内のコンピューターで検索すると、あるある、貴重な私達の紙芝居の宝物が、どんどん出て来て、どれから観ていいのか判らなくなってしまうくらいだ。

とにかく、「紙芝居の歴史を探ろう」と、言うことで、人物別に検索した。高橋五山、松永健哉、今井よね・・・もうこれだけで、充分すぎるくらいの紙芝居や書籍が出てきた。最後は、やっぱり、「黄金バット」が観たいという、仲間の声から、「黄金バット」の紙芝居を書庫から、出して戴くことにした。

紙芝居を書庫から出して戴いて、私達にとっては、宝のように大切な、戦前に創られた紙芝居を手に取って、じっと見入ってしまった。もう、半世紀以上前に出版された紙芝居だけれど、とてもきれいに保存されていて、特に、高橋五山さんの保育紙芝居は、色目も鮮やかで、今の時代でも、子供さん達は、充分楽しめそうだ。

初めて、印刷紙芝居を創った、今井よねさんのキリストの紙芝居は、今の紙芝居の半分位の大きさしかなく、みんなは、とても、びっくりした。松永健哉さんの紙芝居は、残念ながら、なかったが、教育の現場で、紙芝居を手掛けた台頭である、熱い想いを込めた、実践の本を拝見することが出来、改めて、松永健哉氏の、紙芝居に対する情熱のようなものを実感出来た。

こんなことばっかり書くと、紙芝居に関心のない方には、つまらない内容で、恐縮なのだが、何が言いたいかというと、紙芝居だけでも、こんなに沢山の貴重な物が蔵されている、国際児童文学館が、もうすぐ、なくなってしまうかもしれないのだそうだ。

「え~っ!そんなあ・・・」私達は、書庫の見学をさせて戴いた時、正直言って、こんなに大量の児童文学書だけを所蔵している文学館は、恐らく、日本全国を見て回っても、稀であると思う。そんだけ、凄いのだ。何が凄いって、特に、漫画から、大学の研究書まで、言わば、ここで、児童文学の研究する資料jが、全て揃っていると言っても過言ではない。

ここの立地や、運営方法」などで、多々問題はあるだろう。だけど、それらを全部差し引いても、この文学館がなくなってしまうのは、本当に惜しい気がする。

今日、一緒に行った、「紙芝居大好きの会」の仲間の方、本当にお疲れ様でした。とても、楽しかったです。今度は、今日行けなかった、仲間の方々も、是非一緒に行きましょう。そして、書庫見学ツアーを案内して下さった司書の方、私達の要望した多くの紙芝居を出してくださったり、大量の資料をコピーして下さった職員の皆様、大変お世話になり、本当にありがとうございます。

この素晴らしい文学館が、一日でも永く、存続してくれて、こどもさん達の本との出逢う、素晴らしい居場所でい続けてくれることを願いながら、私達は小雨の降る、万博公演を後にして、帰路についた。千里中央駅で、みんなで食べた、たれに漬けて食べるラーメンが、めっちゃ美味しかったよ!これぞ、共食の喜び?みんな、また、ラーメンも食べに、此処に来ようね!

            byみかん

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夢や希望を持てとは言わないが・・・      09・1月16日

若者諸君、こんな先行きの見えない世の中だから、将来に夢や希望を持てと言えないが、せめて、自分の気持ちと向き合う時間を持とう。

若者諸君、こんなく暗い世の中にした、私達はとても、責任を感じ、なんとかしようと考えている。でも、それでも、力が足りなくて、とってもすまない気持ちで一杯です。

だから、若者諸君、希望も夢も諦めろとは言わないし、持てとも言わない。ただ、真摯に時代を見つめ、自分を大切にして、夢多きこと、可能性を一杯秘めていることに、もっと自信と誇りをもとう。

如何に時代が、悪くなっていこうと、君達は流されないで下さい。気持ちをくさらせないで下さい。こんな時代に誰がしたと、怒ってもいい。憤ってもいいのです。

でもね、少なくとも、君達には無限大の可能性と、将来に対する展望が拓けるかもしれないという希望は、必ずや在ることを、私は信じたいのです。

だから、どうか、今すぐに、夢や希望を持てとは言いません。が、どうか、未来に対して、決して諦めないで下さい。希望を持とうと努めるようにして欲しいです。

何故なら、私達、大人にとって、君達自身が、将来の希望や夢そのものなの

ですから・・・

               byみかん

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え~暫くの間お付き合いを願います。     09・1月13日

以前にもお話したかどうかは、定かではないが、今、私は落語紙芝居に関心を持ち、いっこうに上手くはならないのだが、上方落語の紙芝居の練習をしている。

今、取り組んでいるのは、「さぎとり」(脚本 桂文我 童心社)と云う紙芝居で、これが、なかなかおもしろいお噺なのだが、女の私がすると、どうしても、トーンが高くなってしまうのが、問題だ。

内容は、でんすけさんと云う男が、きれいな鳥を捕まえたいと、想い、さぎを取ることを考える。その捕まえ方を、げんさんと言う人に、こと細かに話すのだが、このくだりが、また、難問で、二人のやり取りの面白さや、こっけいさを、私はどうしても、主観的に捉えてしまい、自分も二人のはなしの中に入り込んでしまう。ここの処の二人の言葉のやり取りの面白さを醸しだせるかどうかで、この落語紙芝居の出来が八割方決まると言っても、過言ではないだろう。

テレビで、落語の番組を観て、勉強しているのだが、紙芝居では、どうしても、上下(かみしも)をつけるのが難しい。そこが、私の紙芝居の壁にぶち当たったいるのかもしれまへん。

考えたら、落語家さんは、ほんまに大変でんな。なんにも、絵も音もない、素話だけで、何人もの人を演じわけないといけないのやから、そら、修行を積まないと、なかなかでけへんと思います。

その点、紙芝居はまだ、絵が描いてあるから、絵を見たら、誰が話しているのかが判るので、有り難いと思わないといけないのです。けど、悲しいことに、私の力量では、まだまだ、路を究めるのは、先どす。(また、京都弁になってきた・・・)

この「さぎとり」の紙芝居は、大阪の天王寺が舞台になっている噺なので、これからも、修行を積んで、いろいろな処で演じさせてもろて、大阪の文化としての紙芝居がでけたら嬉しいなんて、物凄いおこがましいことを考えている、みかんです。

桂文我師匠、どうか、上方落語の紙芝居を、もっと創っとくなはれ!お願いします。まだまだ、未熟ではございますが、大阪の笑いの文化を、紙芝居で広めさせて戴きたいなんて、厚かましいことを考えていることを、堪忍しておくんなはれ。

こんな時代やからこそ、私は、嫌味のない、ほんまもんの笑いの文化を広めさせて戴けたら、こんな嬉しいことは、ございません。

上方落語は、なんで面白いかと言うたら、「そんな、あほな!」と、突っ込める、ナンセンスが、まことしやかに描かれていて、庶民の人々の生き生きとした様子が、窺えるところが、私は、素晴らしいと思います。つまり、「上方力」(かみがたりょく)が、土台になっているのやと思うのです。私は、落語紙芝居を演じさせて戴くことで、「上方力」を築けていけたら嬉しいと、思っているのです。未熟ながら、これからも、精進致したいと想いますので、皆様方宜しくお願い申し上げます。☆*:;;;;;;:*☆*:;;;;;;:*☆*:;;;;;:*☆*:;;;;;:*

え~お後がよろしいようで、最後まで、お付き合いを願いまして、誠にありがとうございます。

             byみかん

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寒いでんなあ・・・・・            09・1月10日

暖冬や、地球温暖化やと、騒いでいましたけど、やっと、本番の冬が到来したようで、とっても寒くなってきました。皆さん、如何お過ごしですか?

寒さに弱い私は、こたつで丸くなりながら、このブログを打っています。やはり、寄る年並みには、付いていけず、足腰が冷えてしょうがおまへんなあ。(もう、こんなんいやや!)

だが、私の好きな言葉に(不春遠)「春遠からじ」と、自分自身に何時も言い聞かせています。寒い冬を、じっと耐えて、過ごすからこそ、春の来る喜びを実感できるのだと想います。

今、私は、沢山の受験生達の生徒さん達と触れ合って、彼ら、彼女達の15の春が、やって来るように、少しでもお役に立ちたいと、夜おそくまで、仕事をしています。

どうか、皆さんも、今は風邪をひいて、しんどかったり、手足が冷えて、辛い思いをしている方も多々おられると、思います。また、政治の世界でも、今は、混迷の時が続き、この日本の国のまさしく、冬の時代の様に、私は思われるのです。

こんな、先行きの見えない時だからこそ、どうか、心に深く、希望の灯りを灯す、種火を認めておきたいものですね。冬の時代は、そんなに永くは続かないことを、私は信じていますから・・・・・・★゜・。。・゜゜・。。・゜☆゜・。。・゜゜・。。・゜

            byみかん

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はい!喜んで、ころこんで?         09・1月8日

午前中、所要があって、外出して、天王寺の或るお店で、お昼御飯を食べた。お店は、とっても活気があり、元気に挨拶をされていて、とても気持ちが良かった。

中でも、印象に残ったのは、一人の若い男性の店員さんが、お客さんに呼ばれたり、注文されたりすると、「はい!喜んで!」と言って、駆けつける姿が、なんとも言えないさわやかさを感じられた。「笑顔もいいけど、元気で、きびきびとした態度は、もっと、インパクトがあるなあ」と、感心してみていた。

だが、一つ、残念だったことは、私が、しっかりとメニューを見ていなかったのかも知れんし、当たり前のことなのかもしれないけど、お勘定をする時、しっかりと消費税が、1円の端数まで、請求されたことだ。

「そうか、サービスもお勘定に入っていると思えばいいのかなあ・・・・」と、いやに、素直に納得しようとしたのでは、あったが、大阪人で、商売人の娘の私にとっては、愛想は、お客様に対する、感謝の気持ちの表現の一つと考えるのだ。

「まあ、あれだけ、接客の教育が徹底せな、今の時代、生き残れないのかもしれんなあ・・・」と、いろんなことを考える、今日この頃。

夜、仕事から帰り、テレビをつけると、初々しい、メジャーデビューしたばかりの歌手の女の子達が、生き生きと歌っていた。

私は彼女達と、今日のお店の店員さん達と比べるつもりはないのだが、同じ生き生きしていても、自分の意思で、生き生きしているのと、教育されてキビキビしているのと、ちょっとちがうなあと、考えながら、遅い晩御飯のおかずの、エビフライをかじった。

結局、テレビの歌手の女の子達には、初めて、テレビに出演すると云う、初々しさは在るが、音楽を楽しむだけの余裕がなかったように思われる。

昼間の店員さん達は、楽しんで働いている様子だったが、自主的な挨拶ではなく、そういうマニュアルで、やらされているという、受身的な要素が感じられたのだ。

何が言いたいかと言うと、結局の所、私は、昼間の店員さんと、ルーキーの歌手さん達を、足して2で割ったら、本物の喜びの表現になれるんやないかと思う。これは、凄く難しいことやけど、心底、楽しむと言うことは、そういうのなのかもしれないと、思うのである。

紙芝居も、自分からすすんで楽しみ、お客様に喜んで戴けるように、心がけることは、大変なことやけど、本当の芸術て、そこまで目指すもんなんかなあと、おもうみかんであった。~我、未だ路、半ばなり~

                byみかん

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疲れると、言葉が出ない?       09・1月7日

すいません!最近ブログさぼってて・・・正直、最近また、オーバーウオークになって、昨日も、恐い夢を何回も見て、テンション下がってます。

新年早々、これでは、いけないと、気を取り直し、紙芝居仲間の方に、電話をしたのですが、お酒を飲んでいないのに、用件をうまくまとめられず、しどろもどろになってしまいました。何時もだと、トントンとお話が弾むのですが、疲れると、頭のシナプスの回路が、ブチ切れしちゃうんでしょうか?えっ?もともと切れてるて?さもありなん・・・・

兎に角、明日も過密スケジュールなんで、もう休みます。皆さんごめんなさい。今日は、いい言葉が出てきません。「まっ!こんな日もあるさ!」と、開き直って、今日は、もう休みます。「今日できることは。明日にやれ。」と、言う言葉があります。

「疲れたら休む!」これが、いちばんですね。継続は力なり。続けるためには、いっぷくも必要なりかな。昔の人は、もっと、ゆっくりとしたリズムの中で日常を過ごしていたように思います。私達現代人は、少し、性急過ぎるのかもしれません。

ひねもすのたり、のたりかな・・・・ぼちぼちいきましょう!お休みなさい

(業務連絡・・・紙芝居大好きの会の皆様へ 1月12日(月・祝)住吉人権文化センターにて、定例会を行ないます。時間は何時ものように、午後1時半~4時頃迄やってますので、来れる時間に起こし下さい。演じたい紙芝居持って下さってもいいですよ。)♪:;;;:♪:;;;

                  byみかん

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伝統と時代遅れ             09・1月4日

よく、時代遅れと言う言葉聞くが、そもそも時代遅れとは、どういうことかと考えた。時は、今、この瞬間に刻々と過ぎていき、時間の経過と伴に、人々の心の在り様も、変化していく。

時代遅れとは、流行語のような、顕著なものと比べたら、まだ、緩やかだが、少なくとも、その時代に生きている人々の価値観の変化と、マッチしなくなったものが、時代遅れなのかもしれない。

では、伝統とは何かと考えると、昔の人の考え方や文化や儀式や生活習慣や技術をそのままの形で踏襲されて来たものをいうのだと、私は思う。

なんや、話が小難しゅうなってきましたが、何が言いたいねんというと、私は、如何に伝統を重んじながら、現代社会に合った、スタイルを構築することが、大切なのかということを、言いたかったんどす。

温故知新の考え方が、一番、この考え方に合った言葉であると思いますが、これが、なかなか難しい、至難の技や!いや、ほんま。

芸人さんも、役者さんも、アートをされる方は、これで殆ど悩んでおられると思います。うちは、プロの紙芝居師ではおまへんけど、やっぱり、常に新しい紙芝居が出版されるので、アンテナをめぐらしているつもりどす。(なんで、京都ことばやねん?)そして、何より、観る側の方々が、何を求めておられるのか、どんな紙芝居を観たいのか。そのことに、重きを於いて、演じさせて戴けたら、在りがたいと思うのどす。

しかしながら、私は何時もこう思うのです。如何に時代が、変化しようとも、時代のニーズに合った紙芝居を演じることも大切やけど、まずは、演じ手が、紙芝居を演じることを楽しむことに徹することが、一番たいせつなんやと思うようになって来た今日このゴロゴロ?

時代は目覚しく、変化し、人々の心も移ろぎ易いからこそ、伝統を守るもよし、時代遅れもよし、自分のスタイル決めてもよし、まずは、自分自身が楽しむことで、観客の皆さんも喜んで戴けるのではと、思うのです。ただ、これをすると、自己満足になるきらいが、一番恐いのですが、そのことについては、また今度、お話させてもらいたいと想います。以上、みかんの紙芝居の蘊蓄でした。ご静聴、違うは、最後まで、読んで戴いて、ほんまおおきに~(最後まで、京都言葉)どした!

               byみかん

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私の青春の思い出             09・1月3日

新年早々、本棚を整理していると、学生時代に所属していた演劇部の卒業文集が、出てきた。好奇心の強い私にとっては、格好の材料で、早速中を開いて見てみた。

すると、その頃のガリ版刷りの文集には、みんな思い思いの気持ちを紙に認めているのであった。勿論私も・・・・考えてみると、今の紙芝居の活動の原動力になったのが、この演劇部で、或る先輩にしごかれた、いや、指導して戴いた経験が、土台になっているのであろう。

うちらの学校の演劇部て、文化クラブやと思って、気軽に入部したのですが、2年上の先輩に、物凄い厳しい方がおられて、どんくっさい私は、何時も叱られてばかりいました。

忘れもしません。初めての大学祭の公演で、役をもらった時、練習の時は、もう、ぼろくそに叱られました。台詞はおぼえてない。踊りの振り付けに全くついていけない。おまけに、薄い白の着物を着て踊る私は、まだ、若かったので、可愛い柄つきのパンツをはいていたのが、透けるとかで、女の先輩を通じて、注意された時は、本当に恥ずかしくて、もう、辞めたいと思いました。

でも、本番が近づいて来て、段々と、台詞も覚え、踊りも踊れるようになって来た時、また、別のおんなじ学部の先輩から、「保田さん(私の旧制)、ものすごくようなったねえ。」と言って、誉めて戴いたのが、凄くうれしくて、なんとか、大学祭の公演を務めることが出来ました。考えてみたら、私は、あの頃から、不器用にできていたんですね。

でも、人生に於いて、無駄なことは一つもないと言うことの意味が、なんとなく判ってきました。あの時、体育会系のクラブみたいな、激しい腹筋運動や、発声練習をして、多くの先輩方に指導して戴いたり、励まして戴いたことが、今の自分の思い出だけでは、はかり知れない宝物になっているのだと思います。

忘れもしません。合宿の時、朝のラジオ体操をだらだらとしている私に、「やすだ!おまえ、なにしてんねん。もっとちゃんとせえ。」と、怒鳴られ、文化祭の時、みんなと同じ様に踊れなかった時、「やすだ!おまえ、踊り、全然覚えてきてないやろう!」と、責められ、落ち込んだ日々・・・・

私は、そんな先輩の厳しいお叱りの言葉を受け、でも、時には、自分のお金で、私達に、お菓子やジュースをおごってくださった、優しさも、決して忘れていません。

この、先輩がおられたから、私は、演劇部に入り、(学食で勧誘された)そして、芝居とは何かということを教えて戴き、そして、役になりきる感情移入、間の取りか方、人物描写、また、作品を貫く主題の捉え方等など、本当に、今の紙芝居を演じることに共通したテーマを、具に教えて戴いたことが、私の青春時代の素晴らしい宝物です。

そして、クラブのみんなと過ごした時間、毎日二時間かけて、通学して、練習が終わるのが、夜の7時、8時になることもあって、とても、しんどかったけど、充実した学生時代を送らせてもらえました。(もちろん、勉強も、テストの前には、一応しましたが・・・・

今、昔の文集を見て、思ったことは、「あの頃の私は、ほんまに、身も心も細かったんやなあ」と、言うことです。今はどっちも図太いですが・・・・・

                byみかん

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嗚呼、初詣で御一行様          09・1月2日

日は、朝から、そわそわしどうしだ。誰が?それは、、我が家の家族全員!何故なら、初孫であらっしゃられる、静流様が、今年初めて、我が家にお越しになられるからだ。

そんなたいそうな?と、思われる方も多々おられるでしょうが、これが、結構大変なんです。孫が来るのに、なんでこんな、家の中が慌ただしいのか、判らんのやけど、到着された時の、我が家の愛犬チャクが、とってもうらやましそうな顔をしていたのが、印象に残っていた。

静流ちゃんが来たら、みんなで、近所の氏神様の、山阪神社に初詣に行くことになっていたので、早速、乳母車に静流ちゃんを乗せて、いざ、出陣!「あっ!氷雨が降ってきたでえ」「かまへん、かまへん、行ってまお!」ええ加減な、O型と、アバウトなB型が寄り合った家族は、そのまま、冷たい雨の中を、傘もささず、乳母車に、カバーもせずに、ひたすら、山阪さんに向かった。

「せやけど、こんな寒い日に、みんなお参りにいきはるんかなあ・・・」と、つぶやいていると、向こうから、来た来た、赤ちゃんをバギーにのせた、一個団体が。あっ!こちらからも、赤ちゃん抱いた、団体さんが、お参りから帰って来る。不思議やなあ、なんで、赤ちゃん連れている一行は、こんなに、人数が多いのやろ?

つまらない疑問を自分に問いかけているうちに、鳥居の前に着いた。「わあ~おいしそうな今川焼き、こっちのりんご飴も捨てがたいなあ・・・」と、食べ物ばっかりに目が行く自分を反省しようとすると、長女が、「しもた!からっぽの中身の無い財布持ってきてしもた!」と、のたまう。

「神社にお参りするのに、賽銭なかったらあかんがな。かあちやんは、昔、それで、えらい目に遭ったことがあるんやで・・・・」と、言いたい所をぐっと飲み込んで、お賽銭を娘に手渡した。「どうか、今年も、みんな健康でマメに過ごせますように・・・」

それから、みんなで、勿論、静流ちゃんの顔が帽子とオクル身で、全く見えないのを無視して、撮影タイム。何故か、母は邪魔らしい。娘二人と、静流ちゃんとで撮りたいみたいだ。ここは、若いもんに譲って、うちは、また、美味しそうなりんご飴の方をじ~っと見ていた。全くあきれたものだ。

結局、何も買わずに、鳥居を出て、私が、近くのお寺の鐘をつきに行きたいと言ったので、つきあってくれた。なんのこっちゃ?

この鐘をついて、一年の無事を願い、みんなの幸せを祈ると、パワーがもらえのだ。

私のついた鐘の音は、「ご~ん!」と思いっきり、ついたので、お寺中に響き渡り、木霊した。「やった~!これで、もう、思い残すことはない。」社務所で、おみくじを引いて、大吉でもなく、小吉でもなく、ただの「吉」と出て、これは、自分の努力次第で、報われるんや!と、勝手にええように解釈して、お寺の門を後にした。

今年は、どんな年になるのかしら?まあ。みんなで、お参りしたんやから、大丈夫。大丈夫。そう、つぶやきながら、家路に向かう、O型B型の御一行の私達であった。モ~

                 byみかん

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感謝!今年も無事に、明けました!      09・1月1日

★゜・。。・゜゜・。。・゜☆゜・。。・゜゜・。。・゜皆様、明けましておめでとうございます。何時も、青空視観(みかん)の一日一言のブログを覗いて戴きまして、誠にありがとうございます!今年も、無事にお正月を迎えることが出来、今年で4年目に入りましたる、このみかんのぼやき、否、つぶやきの日記を続けさせて戴けることが、本当に有り難く想っております。

そして、何よりも、健康で、紙芝居の活動をさせて戴けることが、私の最高の喜びです。どうか、これからも、青空みかんの紙芝居を宜しくお願い申し上げ奉りまする。

さて、新年のご挨拶の口上は、この辺で終わらせて戴き、今年の1月の、みかんのおもな活動予定を、お知らせさせて戴きます。宜しければ、どこかで、私の紙芝居 を御覧戴ければ、幸いです。そんなんどうでもええわ!と思われる方は、すいません。ご容赦願います。

1月   10日、24日(土)    青空視観の紙芝居教室     なちゅらるすずき様

      7日 (水)        有馬外科さんデイサービス    大阪市東住吉区

      11日(日)       キッズプラザのボランティアさんに紙芝居のアドバイザー

      14日 (水)       田辺親子サロンさん       田辺会館にて

      12日(祝)       紙芝居大好きの会定例会    住吉人権文化センター

      18日(日)        紙芝居大好きの会見学会と新年会

                   国際児童文学館で、昔の紙芝居等を見て、紙芝居を学ぶ

      22日(木)       マザーズドリームさんの紙芝居のお話会 東住吉区

      25日(日)       全興寺街頭紙芝居       大阪市平野区

 

予告! 2月11日(祝)      平野図書館にて、「紙芝居だよ全員集合」開催致します

                    時間は午後2時30分~4時まで(入場無料)

                    どなたでも、お気軽にお越し下さい。まってま~す!

以上でございます。最後になりましたが、今年一年の皆様のご多幸とご健康を、心がら願っております。本年も何卒宜しくお願い申し上げます!

あっ!忘れてた!上記の紙芝居の全てのお問い合わせは

      TEL・FAX  06-6621-2467山口迄お願い致します。

ありがとうございます★゜・。。・゜゜・。。・゜☆゜・。。・゜゜・。。・゜

                            青空視観(みかん)

     

      

      

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