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美しい日本語を残す為に・・・          12月3日

私は、日本語が大好きだ。美しい日本語を自分の出来る、紙芝居という形で、後々の次代を担う子供達に、お伝え出来たらと、生意気なことを考えて、活動させてもらっている。

最近、日本語もそうだが、漢字の読んだり、書いたりする力が見直されてきたように思われる。漢字を覚えるのって、結構難しい。まず、漢字には、音読みと訓読みがあるから、熟語などになると、どちらで読むのかを判断するのが大変だ。

最近の学生さんは、あまり辞書を使わなくなった。みんな、携帯で、変換して調べる。これでは、漢字は解っても、その言葉の意味が理解出来ない。ここで、漢字の調べ方の蘊蓄を述べるつもりは、さらさらないが、どうも、この辞書を使わなくなったり、新聞や本を読まなくなることと、言葉の語彙数が減っていくことと、関係があるようだ。

今の子供達のいじめは、ほとんどが、携帯や、パソコンのメールの書き込みで為されるそうで、匿名で、誹謗や中傷する言葉を、送ってするそうだ。

自殺者も出たという、深刻な社会問題である。では、何故、このようないじめが、頻繁に為されるようになったのか?それは、誰がやったのか判らないという特徴が、その原因なのかもしれない。つまり、いじめる方もいじめられる方も、相手の顔が見えない。だから、やり易いし、傷つきやすいのだ。

ここで、問題を元に戻すが、現代社会に於いて、語彙数が減ってきたことと、関連させて考えると、誹謗、中傷、そしる言葉の連呼でしか、言葉を一方的に発信できず、論理的思考で、相手を封じ込めるといったやり方は、出来ないのだ。

はなしが、真面目過ぎて、自分でもどう、まとめて良いか判らないのだが、出来るだけ美しい日本の母国語を残していきたい私にとって、この社会現象は、本当にやりきれない思いで一杯である。言葉は魔物だ。言葉一つで、人を傷つけるどころか、殺すことだって出来るのだ。

人と人との、触れあいの中で、言葉は、育まれ、大切に生かされていくものだと、私は思う。ややこしい話になってしまったが、今一度、私達は、言葉の大切さを見直し、考え、どう扱っていけば良いのかを考えることが必要だと、私は思う。

現代社会の若者のコミュニケーション能力が、著しく低下しているというお話を、ある場所で聴き、どうすれば、それを高めることが出来るかと考えたら、やはり、ネット社会がはびこび、直の人間同士の触れ合う機会が少なくなって来たことが、一番大きく起因しているではないだろうか?かく言う私も、このブログで、皆様と接点を保ち、矛盾しているのだが、出来るだけ多くの方々に、より良い人間関係を構築できるように、紙芝居といいう、コミュニケーション文化を普及させていただきたいと想う、みかんである。

                byみかん

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